上原記念生命科学財団研究報告集, 25 (2011) 31. 微生物由来 DNA の機能性食品素材としての利用法の開発 下里剛士 Key words: 食品免疫学, 微生物 DNA, 機能性食品 飼料 信州大学ファイバーナノテク国際若手研究者育成拠点 緒言古来より乳酸菌は, ヨーグルトなどの発酵乳に用いられ, 食経験的に安全性の高いことから,GRAS(Generally Recognized As Safe)Bacteria と呼ばれている. また, 乳酸菌のもつ整腸作用などの保健の効果を利用した発酵乳製品は, 特定保健用食品として多く認可されている. 昨今の健康ブームを背景に, 発酵乳製品は機能性食品として注目され, 乳酸菌由来の様々な機能性成分が同定されている. 実際に, 特定保健用食品の認可は受けていないものの, 花粉症の緩和やアトピー性皮膚炎の改善などの抗アレルギー効果を併せ持った商品が発売され始めている. これらの効果に対して, 機能や成分, メカニズムが全て明らかになった生体防御食品の開発が強く求められている. 当研究室では, 食品の有する生体調節機能, とくに生体恒常性の維持 調節に関わる機能に注目し, 乳業用乳酸菌やプロバイオティック乳酸菌由来因子 ( 細胞壁成分, 菌体外多糖成分, ゲノム DNA およびゲノム DNA 由来の DNA モチーフ ) の免疫調節作用について研究している. なかでも微生物由来免疫刺激性オリゴヌクレオチドは, 樹状細胞やマクロファージに発現する DNA 受容体 (Toll like receptor 9;TLR9) を介して自然免疫系を活性化することが知られている.TLR9 は細菌に特異的な CpG モチーフを持つ非メチル化 DNA を認識し,1 型ヘルパー T(Th1) 免疫応答を増強する. これまでに Lactobacillus 属や Bifidobacterium 属など, 食経験豊かな微生物のゲノム配列中より免疫刺激作用を有する DNA 配列が同定され, その作用特性が報告されている. 2009 年には, 乳業用乳酸菌として知られる Streptococcus thermophilus ATCC19258 株 lacz より同定された免疫刺激性オリゴヌクレオチド (MsST) 1) を用いたマウス免疫細胞における免疫機能性解析から, インターロイキン (interleukin;il)-33 が誘導されることを発見した 2).IL-33 は IL-1α,IL-1β および IL-18 と多くの特徴を共有する IL-1 ファミリーサイトカインのメンバーであり, 炎症性疾患, 感染性疾患, あるいは自己免疫疾患の広範囲にわたって主要な役割を果たしている.IL-1β および IL-18 は前駆体の分子 (proil-1β, proil-18) として産生され,caspase 1 によって全長分子の C 末端部分を構成する成熟型へプロセシングされるが,IL-33 は前駆体の分子 (proil-33) として産生され,caspase 1 あるいは caspase 3 による切断により不活性化されると報告されている. また,IL-33 は IL-1 受容体関連タンパク質の ST2(ST2 受容体 ) を受容体とし,ST2 を介してマスト細胞,2 型ヘルパー T(Th2) 細胞リンパ球, 好塩基球あるいは好酸球に応答し, 炎症誘発性サイトカインあるいは 2 型サイトカインの産生を誘導する. 実際に, 内皮細胞において高レベルで発現している proil-33(full length IL-33;31 kda) が内皮細胞の損傷や障害の後に細胞外に放出されることで Th2 細胞表面の ST2 受容体に結合し,Th2 系免疫応答を誘導することも明らかになっている. 一方で,caspase 3 および caspase 7 により切断された IL-33(cleaved IL-33) は ST2 受容体に結合できるが, その後のシグナル伝達が起こらず,Th2 型サイトカインの産生を抑制すると報告されている. これまでに我々の研究グループは CpG ODN(Oligodeoxynucleotide) である MsST は Th1 型サイトカインである IL-12 を誘導するが, 一方で刺激後長時間に渡り Th2 型サイトカインである IL-4 の発現を抑制する働きを持つことを発見した.CpG ODN による Th2 型サイトカインの抑制機序については明らかになっておらず,Caspase ファミリーによって切断された cleaved IL-33 に起因するものか否かは明らかになっていない. そこで本研究では,MsST が強く誘導する IL-33 の機能解析を行うことを目的とし, とくに proil-33 を分解する Caspase ファミリーの発現と活性化について解析を行った. 1
方法および結果 C57BL/6 マウス,4 週齢, 雄マウスは日本エスエルシー株式会社より購入し,6 週齢から実験に使用した. 動物実験においては, 信州大学における動物実験等実施規程に則って実施した. まず,C57BL/6 雄マウスから脾臓細胞を調製し,MsST およびコントロールの ODN 1612 で刺激した. その後, 経時的変化に伴う 13 種の IL-33 関連タンパク分子 (IL-1 ファミリーおよび Caspase ファミリー ) の発現を定量的 PCR 法により解析した. 本研究で使用したマウス免疫関連遺伝子プライマーは TaKaRa バイオ株式会社の Perfect Real Time サポートシステムより購入した. また, 活性型 caspase 8 の発現を抗 caspase 8 抗体および HRP 標識抗ヤギ IgG 抗体を用いたウエスタンブロット法により, それぞれ解析を行った. 定量的 PCR 法により各種 mrna の発現解析を行った結果,MsST 刺激後 3-6hr にかけて IL-1α,IL-1β,IL-18 および caspase 12 の発現が誘導された. 刺激後 24hr からは IL-1α,IL-1β,IL-18 および caspase 12 の発現は抑制され,caspase 8 関連タンパク分子が強く誘導された ( 図 1). 図 1. caspase 8 関連タンパク分子 (Casp8ap2) の mrna 発現解析. MsST 刺激後 24 時間以降において Casp8ap2mRNA の強い発現がみられた. その他の Caspase ファミリーでは, 強い発現誘導は見られなかった.C57BL/6 雄マウスから脾臓細胞を調製し,MsST およびコントロールとして ODN 1612(3.0µM) で刺激後,CellLyticTM M cell Lysis Reagent(Sigma) を加えて, 脾臓細胞溶解液とした. 抽出後,Pierce BCA Protein Assay Kit(Thermo Fisher Scientific) を用いて,Multiskan FC 吸光マイクロプレートリーダ (Thermo Fisher Scientific) により, 吸光度 595 nm でタンパク質濃度を測定した. その後, タンパク質濃度 4µg/µL になるように SDS サンプルバッファーを用いて SDS 化した. 得られたサンプルを用いた SDS-PAGE および PVDF 膜への転写後, 一次抗体として抗 β-actin モノクローナル抗体 (Sigma) および抗 caspase 8 抗体 (R&D Systems) を, 二次抗体として HRP 標識抗マウス IgG 抗体 (Sigma) および HRP 標識抗ヤギ IgG 抗体 (R&D Systems) を用いて, ウエスタンブロット法により caspase 8 の遺伝子発現解析を行った ( 刺激後 24, 48, 72, 96 hr)( 図 2). 2
図 2 ウエスタンブロット法による活性型 caspase 8 の発現解析. 24-96hr 全てのタイムポイントにおいて ODN1612 刺激による caspase 8 の p18 活性型断片は検出されなかったが MsST 刺激による p18 活性型断片は検出された MsST および ODN1612 刺激後 24-96hr 全てのタイムポイントにおいて loading コントロールである β-actin が発現して いることを確認した 24-96hr 全てのタイムポイントにおいて ODN1612 刺激による caspase 8 の p18 活性型断片は検出され なかったが MsST 刺激による p18 活性型断片は検出された また MsST 刺激による 60 kda 付近におけるバンドの濃さは 経時的に薄く 45 kda 付近におけるバンドの濃さは経時的に濃くなったことが確認された 考 察 IL-33 は内在性外傷による免疫応答に関与し 喘息や他のアレルギー性疾患 リウマチ性関節炎 アテローム動脈硬化あ るいは循環器系疾患を含む多くの疾病の有望な治療標的として提案されている in vivo における IL-33 および ST2 の生物活 性は著明であり 粘膜器官における IL-33 の投与は Th2 型サイトカインの発現増加 顕著な好酸球増加および病理学的変 化をもたらすことが知られている また マウス実験系において ST2 遺伝子のノックダウンや変異により Th2 型サイトカインの 産生を減弱させ Th1 型サイトカインの産生を増強させることが報告されている しかしながら CpG ODN によって誘導された IL-33 の機能については未だに解明されていない Th2 免疫応答の重要なサイトカインとして認識されている IL-33 であるが 当研究室では MsST が Th2 型サイトカインで ある IL-4 の発現を抑制する働きを持つことを発見した すなわち Caspase ファミリーによって分解された proil-33 は cleaved IL-33 として細胞外に放出され ST2 受容体を不活化することで Th2 型サイトカイン産生のシグナル伝達を阻害するのではな いかと考えた とくに proil-33 を分解する caspase ファミリーの発現と活性化について解析を行った MsST で刺激したマウス 脾臓細胞における IL-33 関連タンパク分子発現解析を定量的 PCR 法により行った結果 MsST 刺激後 3-6hr にかけて IL-1α IL-1β IL-18 および caspase 12 の発現が誘導されたが 刺激後 24hr では完全に抑制された caspase 12 は炎 症性メディエーターであり caspase 1 に作用してその活性を阻害することが知られている caspase 12 は TLR を刺激する様 々な細菌成分に反応して 炎症性サイトカインである IL-1β IL-18 および IFN-γ の産生は抑制するが TNF-α および IL-6 の産生は抑制しない 本研究において IL-1 ファミリーは初期の一時的な発現誘導のみで 24hr 以降には発現が抑制された こと また 以前に我々は TNF-α および IL-6 の発現誘導を確認したことから これらのサイトカインの発現および抑制機序に は caspase 12 が関わってくるのではないかと考えられた MsST 刺激後 24hr には代わって caspase 8 関連タンパク分子の発現誘導が見られた caspase 8 関連タンパク質は FLICE-associated huge protein FLASH と非常によく似たタンパク質であり 上流 caspase である caspase 8 の活性化 に必要不可欠である 本研究では 刺激後 48hr 以降においても caspase 8 関連タンパク分子が誘導されたことから caspase 8 関連タンパク質が caspase 8 の活性化を誘導する可能性が示唆された ここで 以下の caspase 8 活性化関連経路につい て述べる Fas 細胞へのアポトーシス性シグナルを仲介する細胞表面受容体 が Fas リガンドの結合によって活性化される と FLASH および caspase 8 関連タンパク質も活性化され procaspase 8 p55/p53 は FLASH および caspase 8 関連 3
タンパク質が含まれる DISC( アダプターおよびシグナルレセプターの複合体 ) に結合する.procaspase 8 は DISC に結合することによって p18 と p10 の間で切断が起き, 中間体である p43/p41 へプロセシングされ, 続いて,p43/p41 中間体と p18 の間で切断が起き,p10 および p18 サブユニットへプロセシングされる. 最終的に,procaspase 8 はヘテロ四量体である p102- p182 を形成し,p10 および p18 が活性型断片となる.caspase 8 は他の caspase と同様に通常は不活性型として存在しているが, 上記の切断経路により産生された活性型 caspase 8 が, 下流 caspase である caspase 3 を p17 および p19 に切断することで活性化する. 本研究の mrna レベルの実験系では caspase 8 の断片化は確認できないことから, タンパク質レベルの実験系による caspase 8 の断片化を検討する必要が生じた. そこで,caspase 8 関連タンパク質が誘導する caspase 8 の活性化をウエスタンブロット法により解析した. MsST で刺激したマウス脾臓細胞における caspase 8 の発現解析をウエスタンブロット法により行った結果,24-96hr 全てのタイムポイントにおいて caspase 8 の p18 活性型断片が検出され,caspase 8 の活性化が示された. とくに刺激後 48hr における p18 活性型断片のバンドが濃く検出され, 刺激後 48hr に caspase 8 が強く活性化される可能性が考えられた. このことは,IL-33 が MsST 刺激後 48hr 以降においても強く発現することと関連するのではないかと考えられる. また,60 kda 付近における full length procaspase 8 は経時的に薄いバンドが,45 kda 付近における p43/p41 中間体は経時的に濃いバンドが検出されたことから,caspase 8 関連タンパク質が経時的に caspase 8 を断片化したと考えられる. 図 3. 微生物 DNA の免疫機能性. MsST により caspase 8 関連タンパク分子の発現が誘導され, caspase 8 の活性化と, caspase 8 の活性化する caspase 3 断片が IL-33 を切断して Th2 型サイトカインの産生を抑制する可能性が示唆された.MsST を含む微生物 DNA の機能特性に関する研究に新しい展開が期待できる. 以上のことから, 本研究では MsST による caspase 8 関連タンパク分子の発現誘導によって caspase 8 の活性化が示された. このことから caspase 8 が caspase 3 を活性化し,caspase 3 活性型断片が IL-33 を切断して Th2 型サイトカインの産生を抑制する経路の存在が示唆された. 今後も引き続き Caspase ファミリーに注目し, 経時的な実験系に基づくタンパク質レベルでの caspase 3 の活性化について詳細に解析し,IL-33 を切断する Caspase ファミリーを同定する必要がある. また,ST2 受容体に結合する cleaved IL-33 の型を同定し,MsST が誘導する IL-33 の Th2 免疫応答について明らかにしていきたい. 4
本研究の成果は, 腸管における TLR9 を介するシグナル伝達経路について, その認識メカニズムを分子レベルで明らかする ための糸口となり, 自然免疫という基本的な免疫システムがより発展的に解明されるための原動力になると確信する. さらに, 免 疫賦活化作用に関わる微生物 DNA 配列を同定し, サイトカイン誘導による腸管免疫ネットワーク調節作用として発展的に把握 することで, アレルギーや感染症予防に寄与する生体防御食品の創製に向けた基礎的研究として大いに期待できる. 今後, 免 疫刺激性 DNA モチーフのように新たな免疫活性因子の特定とその受容体を介する活性発現メカニズムの解明を通して, 自然 免疫から獲得免疫の基本的な免疫システムを食品免疫学の観点から応用することで, 感染症, アレルギーや炎症性疾患などの 予防や改善に寄与する新たな 機能性食品 飼料 の創製が実現するものと信じている ( 図 3). 共同研究者 本研究を遂行するにあたりご助力頂いた, 東北大学大学院農学研究科の北澤春樹先生, ならびに National Cancer Institute (NCI) の Dennis M. Klinman 博士, 横浜市立大学医学研究科の佐藤隆先生に深く感謝申し上げる. 最後に, 本研究にご 支援を賜りました上原記念生命科学財団に深く感謝します. 文献 1) Shimosato, T., Tohno, M., Sato, T., Nishimura, J., Kawai, Y., Saito, T. & Kitazawa H.:Identification of a potent immunostimulatory oligodeoxynucleotide from Streptococcus thermophilus lacz. Anim. Sc. J., 80:597-604, 2009. 2) Shimosato, T., Fujimoto, M., Tohno, M., Sato, T., Tateo, M., Otani, H. & Kitazawa, H. : CpG oligodeoxynucleotides induce strong up-regulation of interleukin 33 via Toll-like receptor 9. Biochem. Biophys. Res. Commun., 394:81-86, 2010. 5