乾燥地における節水灌漑技術の現状と課題 鳥取大学乾燥地研究センター井上光弘 1. まえがき 食糧確保のために 安定した食糧確保 水平拡大 農地面積の拡大 原野の開墾や開拓 農地の基盤整備 単位面積当たりの収量増加 仮説世界人口の増加 水資源の開発 労働生産性の向上 1 垂直拡大 灌漑排水システムの導入 肥料施用法の改善 品種改良 土壌改良 栽培方法の改善 土地生産性の向上 大規模公共事業 持続的農業 1. まえがき 2. 乾燥地における灌漑の必要性 3. 水資源の確保 4. 乾燥地の灌漑による 5. 種々の灌漑方法と灌漑効率 6. 節水灌漑の事例 7. 究極の節水灌漑法の確立 8. あとがき 2 20000 種 類 灌漑地 (A) 非灌漑地 (B) コムギオオムギミレットソルガムワタアルファルファ豆類 ( 乾燥指数 ) 灌漑による作物収量の効果 1,182 1,153 1,404 1,080 1,133 2,784 586 482 508 459 672 957 1,187 512 (kg/ha) 収量比 (A/B) 2.45 2.27 3.06 1.61 1.18 2.35 1.14 乾物生産力 NPP (kg/ha/yr) Humid Semi-humid 15000 Semi-arid Arid 10000 日射量 Rn = 1500 (MJ/m 2) 5000 Rn = 2000 (MJ/m 2) Rn = 2500 (MJ/m 2) Rn = 3000 (MJ/m 2) 0 0 500 1000 1500 2000 年降水量 p (mm/yr) 図 1 乾物生産力と年降水量の関係 1
3 4 全世界の水需要 km 3 / 年 6000 4800 3600 2400 1200 総量農業用水工業用水生活用水 0 1900 1920 1940 1960 1980 2000 西暦 農業用水 69% 工業用水 21% 生活用水 10% 増大する水利用 1900 年 350m 3 / 人 2000 年 642m 3 / 人 ( 出典 : 水の世界地図 ) 2
人工的な水資源の開発 5 太陽エネルギーを用いた造水装置 水の再利用と造水技術雨水の利用水蒸気や露の利用霧の利用地下水の利用 ( 井戸, 地下ダム ) 水の再利用 ( 排水処理水の利用 ) 海水 塩水の利用 ( 淡水化 ) 海水淡水化電気透析法逆浸透法冷凍法蒸発法 イオン交換樹脂膜を利用する海水から機械的に水を押し出す海水を氷結させて, 水を濾別し融解する海水を蒸発させ, 水蒸気を凝結して水に戻す 太陽熱蒸留器直接式 ( 低コスト ) 複合蒸留式 気温と地温との温度差を利用 地中熱交換式地気熱交換式 化石燃料を利用 水資源 6 限られた淡水資源 地球の水の量はおよそ 14 億 km 3, その約 97% が海水で残りの 3% の淡水の大部分が南極と北極地域の氷で, 地下水や河川などの淡水は 0.8%, 実際に使用できる水資源は, 地球の水総量の 0.01% 程度である 単位 ( 千 km 3 / 年 ) 淡水資源 3500 万 km 3 の水 10 万 km 3 の水 ( 図地球環境を守る ) ( 出典 : 水の世界地図 ) 3
4. 乾燥地の灌漑による 水の種類 淡水 ( 万 km 3 ) 利用しやすい量 ( 万 km 3 ) 地下水 1053.0 土壌水 1.65 氷河 2406.4 永久凍結層 30.0 内の地下水 湖の水 9.1 9.1 沼地の水 1.15 1.15 河川水 0.212 0.212 生物中の水 0.112 大気中の水 1.29 合計 3502.9 10.462 農業用水は, 地下水, 湖の水, 沼地の水, 河川水から利用できるが, 近年 農業生産にとって 水不足と水質のが注目されている 湖水は17 万 6000km 3 のうち, 淡水が9 万 1000km 3 で, 沼地の水は1 万 1500km 3 が淡水, 河川水は 2120km 3 が淡水である したがって, 合計の10 万 4620km 3 が淡水として利用可能である ( 出典水土の知を語る,21 世紀は水の世紀 ) 地下水を水源とする農業用水は, 不足している 過去 20 年間に, 中国中央部と北部, インドの北西部と南部, パキスタンの一部, アメリカ中西部などが, 地下水の枯渇という深刻なが発生している 7 ナイル川の取水堰 ( 近代的な河川からの取水方法 ) ( 写真井上光弘 ) 乾燥地の地下水を利用した灌漑農業において 新開発農業による 8 カナート 帯水層の水を暗渠によって自然流下で導く地下給水施設 カナートは 地域によって カレーズ, フォガラ, ファライとも言う 新井戸施設 農地 貯水池 暗渠 竪坑 母井戸 地下水位 帯水層 不透水層 基礎岩盤 新井戸建設による揚水でカナートから水が出ない 地下水の枯渇 対策として, 帯水層内の貯水容量, 降雨などを調査して, 新井戸の揚水量を制限 ( 出展 : 世界の灌漑と排水 ) 4
9 乾燥地の河川水を利用した灌漑農業において 上流側の過剰な取水による 天山山脈やパミ - ル高原を源としたアムダリア川とシルダリア川に, 多くのダムや頭首工が建設され, 大規模な水資源開発が行われた 緑色で示した地域が綿花, 水稲栽培を中心とした大規模灌漑地域 シルダリア川 過剰取水 上流で水を取りすぎて, 下流に水が流れない 上流の排水が下流に混ざり, 河川水の塩分濃度が下流へ行くほど高くなる アラル海の縮小による環境破壊 アムダリア川 ( 出展 : 世界の灌漑と排水 ) 乾燥地の河川水を利用した灌漑農業において 上流側の過剰な取水による 10 20 年間で流入量が10 分の1に減少した結果, アラル海が縮小し, 干陸した湖底に漁船が放置されて, 漁業は壊滅状態 干陸地では, 露出した地表面に塩が吹き出し, 風で塩と砂が吹き上げられて, 周辺の農地に塩害が発生 2008 年 10 月 5 日 http://rapidifire.sci.gsfc.nasa.gov/ 対策は, 極めて困難 上流側の用排水分離による水量と水質の適切な管理, 除塩など 実際には, 近年, 小アラルに流れるシルダリア川の流入だけが頼りで, 大アラルは海水よりも塩濃度が高くて, 農業用としては放棄 干上がりで放棄された漁船群 ( 出展 : 世界の灌漑と排水 ) 5
中国の灌漑面積と用水 11 南水北調の水利構想 乾燥地の河川水を利用した灌漑農業において 下流側の塩分濃度の 1 頭首工 第 1 次支線用水路 2 幹線用水路 No.EC 値 Na + Ca 2+ Mg 2+ Cl - (ds/m) (mg/l) 1 1.23 133.0 19.7 45.9 144.6 2 4.20 721.0 20.2 159.0 1015.0 3 3.90 719.0 18.0 137.4 992.2 4 9.00 1240.0 30.5 335.5 2390.0 第 1 次支線排水路 4 3 黄河 幹線排水路 鳥梁素海 年間 50 億 m 3,EC 値で1dS/m( 塩 0.5g/L 相当 ) の取水があると, 農地 50 万 ha に年間 250 万 tonの塩が供給される これは50 年間に250 ton/ha ( 塩の密度 2g/cm 3 で,1.25cm 堆積相当 ) の塩を農地に供給塩供給対策として, 用排水分離, 農地の排水, 排水中の脱塩処理が必要 12 ( 出典 : 河套錦綉 ) 6
乾燥地の河川水を利用した灌漑農業において 上流側の過剰な取水による 頭首工による取水 年降水量 130~210mm の乾燥地で, 灌漑が必要 川幅 400 m の黄河に頭首工を建設, 設計最大流量 565m 3 /s( 年間 53 億 m 3 ) を取水 受益面積は約 53 万 haで, 小麦, アワ, トウモロコシ, テンサイ, ヒマワリを栽培 ( 取水量 1000mm 相当 ) 過剰取水頭首工 ( 取水ダム ) 取水堰 13 河川 取入れ口 幹線用水路 ( 出典 : 河套錦綉 ) 黄河の下流部で地下水位低下が生じ, 断流が発生黄河の断流異常気象による降水量の減少, 黄河上流の都市部の人口増と工業化による水需要の増加, 農業用水の過剰取水によって,1999 年には年間 226 日も黄河の下流で地下水位が低下し, 黄河の水が海まで流出しない ( 断流現象 ) という環境が生じた 対策として, 取水量を年間 40 億 m 3 に制限し, 河川維持流量を 100m 3 /s 以上確保 乾燥地の河川水を利用した灌漑農業において 下流側の塩分濃度の 14 調査結果 1990 年 8 月, 黄河の青銅峡ダムから導水した穀倉地帯で塩類集積がとなった 沙坡頭付近の黄河水の電気伝導度, EC 値,0.38 ds/m 銀川市 用水路の EC 値 0.55 ds/m 排水路の EC 値 1.19 ds/m 日本の農業用水 ( 水稲用 ) 水質基準は EC 値が 0.3 ds/m 以下 ( 写真提供 : 井上光弘 ) 対策として, 一般的に, 河川の上流から下流に行くほど塩分濃度は高くなり, 用水路よりも排水路の方が, 塩分濃度が高くなる傾向にある 長い間に塩は集積するので, 塩収支を常に考え, 土壌を適切な状態に保つ 7
乾燥地の河川水を利用した灌漑農業において 大型ダム建設の 15 1970 年, ナイル川上流にアスワンハイダムが完成し, 集中的な灌漑とともに, 従来のナイル川の氾濫を抑え, 人民の飢餓を防ぐことができた また アスワンハイダムは, エジプトの発電量の3 分の1を供給し,80 万 haの農地面積が増えた ナイル川の氾濫による栄養分を含んだシルト分の補給が減少したことで, 耕作に新たに化学肥料を施用している 揚水ポンプで灌漑に排水を使用しているので 農地では土壌の塩類化が進行している ( 図世界の灌漑と排水 ) ( 写真井上光弘 ) 畜力水車サキヤを用いた伝統的な揚水システムは消滅し, 動力揚水方式に移行している ナイルデルタのポンプによる取水 ( 写真井上光弘 ) 乾燥地の過剰灌漑による農地の塩類化の 16 排水設備のない畑地に, 過剰な灌漑を行うと地下水が上昇する 地中の毛管上昇水が地表に届き, 蒸発すると, 地表面に塩分が残る 塩類集積 対策として, 地表排水, 地下水位低下などの排水整備法, リーチング, 土壌表層除去などの除塩法, アルカリ土壌の改良,pH 調整などの土壌改良法, がある しかし, 健全な土壌に回復させるには, 経費と時間が掛かる 3 年前まで畑, 塩類集積による農地の放棄 ( 写真提供 : 本名俊正 ) 8
乾燥地の過剰灌漑による農地の塩類化の修復課題 17 河川水や地下水などの水利用程度アルカリ土壌の程度 多 ph 大 土の透水性 地下水位制御 リーチング ( 溶脱 ) による除塩 放棄された塩類集積農地 大 石膏による土壌改良 不合理な水管理あるいは土壌管理が原因で, 水資源の枯渇や土壌の塩類化による農地の砂漠化 土壌劣化 少 小 表面流出除去法 ( フラッシング ) 耐塩作物による吸収法デハイドレーション法 ( 例えば, 捕集シートの使用 ) 水利用,pH, 透水性などの程度や, 必要経費を勘案して, 有効な方法を併用して除塩する 巨額な経費と膨大な時間を要する ph 小 塩蒸発除去法 ( スクレーピング ) 表層剥取除去法 ( 機械的 ) 石灰による土壌改良 ( 出展 : 世界の灌漑と排水 ) レポート : 塩類集積農地の修復と自然回復力について, 具体的な方法を文献で引用しながら, 自分の意見をまとめる (5 月 10 日までに, メールに添付して提出すること ) 題目 現地の状況 ( 農地の想定条件 ) 具体的な対策 ( 改良方法など ) まとめ ( 将来ビジョンなど ) 参考文献 ( 新聞, 参考書など ) 氏名 ( ) 9