最近の重大事故とリスクアセスメント 横浜国立大学客員教授 高圧ガス保安協会参与 小林英男
最近の重大事故 塩ビモノマー製造施設の爆発死亡事故 平成 23 年 11 月 13 日 ( 日 )15 時 24 分頃 東ソー株式会社南陽事業所 レゾルシン製造施設の爆発死亡事故 平成 24 年 4 月 22 日 ( 日 )2 時 15 分頃 三井化学株式会社岩国大竹工場 アクリル酸製造施設の爆発死亡事故 平成 24 年 9 月 29 日 ( 土 )14 時 35 分頃 日本触媒株式会社姫路製造所 1
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3 件の事故が社会的に注目された 理由 1 コンビナート ( 高圧ガス 危険物 ) における爆発事故 2 死亡 ( 運転員 消防吏員 ) と近隣地域への被害を伴う重大事故 3 大企業 優良企業の事故 ( 社会的信用の失墜 ) 4 事故に伴う製品供給停止の社会 経済への影響 5
極めてまれな事故が連続して発生 製造事業所における高圧ガス事故の統計 94% が漏えい事故 漏えいなしの爆発 火災 破裂事故は少ない (6% 以下 ) 漏えいした後に爆発 火災事故に至る件数も少ない (5% 以下 ) 3 件の爆発事故は 典型的な漏えいなしの破裂とその後の爆発 化学反応の制御に失敗した結果 6
重大事故に共通する要因の抽出 非定常運転 ( 作業 ) 非定常運転 ( 作業 ) のリスクアセスメントの実行と対応の検討なし 反応制御取扱い物質の化学反応の知識 温度の検出と制御の技術について 組織としての共有なし 組織的 人的要因 類似事故の繰返し ( 事故情報の活用なし ) 生産性優先 ( 設備 能力変更 ) 組織と人に対する教育の不十分 7
リスクの定義 事象の発生確率 事象の結果 リスクは発生確率と結果の組合せ 8
リスクマネジメントの規格 基本規格 規格作成の基本 ISO / IEC Guide 2 (2004) 用語と定義 ISO / IEC Guide 73 (2009) 基本規格 ISO 31000 (2009) リスクの定義 事象の発生確率と事象の結果の組合せ 目標に対して不確かさが与える影響 9
リスクマネジメントの構成 リスクマネジメントリスクアセスメントリスク解析ハザードの特定リスク算定リスク評価リスク対応リスクの回避リスクの移転リスクの削減リスクの保有リスクの受容リスクコミュニケーション 10
リスクアセスメント リスク解析 ハザードの特定(FTA ETA) リスク算定( リスクマトリックス ) リスク評価 リスク許容値の設定 リスク対応の方針 11
ハザードの特定 ハザード (hazard) の定義 人的被害 物的被害または環境被害を引き起こす可能性を有する潜在的危険要因 ハザードの種類 本質ハザードの想定と対処 対処の阻害要因 構造的ハザードと人的ハザード ハザードの特定 ハザードのシナリオ解析 FTA (Fault Tree Analysis) と ETA(Event Tree Analysis) 12
工学におけるハザード 機器の機能 性能がハザードの要因 ( 本質ハザード ) 高圧 高温 高速 圧力容器 高圧 : 破裂危険性 内蔵流体 : 火災 爆発 中毒危険性 13
JIS B 9700:2013 機械類の安全性 - 設計のための 一般原則 - リスクアセスメント及びリスク低減 ISO 12100:2010が対応国際規格 JIS B 9700-1 及びJIS B 9700-2は廃止 主要な目次 4 リスクアセスメント及びリスク低減のための方法論 5 リスクアセスメント 6 リスク低減 14 7 リスクアセスメント及びリスク低減の文書化
制限 ( 使用上 空間上 時間上など ) 危険源の同定リスク見積りリスク解析リスク評価文書化本質的安全設計安全防護使用上の情報リスク低減危険源の除去ガード 保護装置制限の再指定 Yes Yes Yes Yes リスクアセスメントリスク低減機械類のリスクアセスメントとリスク低減のプロセス 15 No 制限の決定
機械類における安全の確保 リスクアセスメントによるリスク低減 リスクアセスメントでは不十分 人は誤る 機械は誤作動し 故障する 機械は人に危害を及ぼす( ロボットは人類の敵 ) 本質的安全設計と安全防護フールプルーフ インターロック フェールセーフ 16
化学プラントにおける安全の確保 人の技術力 技術者の現場力 感性の低下 技術者の技術の不伝承 従来の取組み ( 日本化学工業協会 ) 労働安全衛生システム (ISO 18001) の導入 KY( 危険予知 ) 活動 ヒヤリハット事例の摘出と対応 リスクアセスメントの欠如リスク 危険 リスクアセスメント リスク評価 17
JIS B 9700 附属書 B( 参考 ) 危険源 危険状況及び危険事象の例 B.1 一般 B.2 危険源の例 ( 表 B.1 表 B.2) B.3 危険状態の例 ( 表 B.3) B.4 危険事象の例 ( 表 B.4) 18
機械類と化学プラントに共通する ハザード 危険源 熱的危険源 ( 爆発など ) 材料及び物質による危険源 ( 爆発性など ) 危険状態 運転 ( 停止 / 中断後の機械の再起動など ) 危険事象 材料及び物質又は物理的要因 ( 危険になり得る物質の放出など ) 19
化学プラントに特有なハザード 物質ハザード 単一物質分解性 爆発性 重合性 可燃性 酸化性 自然発火性 自己発熱性 禁水性 複数物質混合危険性 反応危険性 プロセスハザード製造 貯蔵 輸送 20
化学プラントの本質ハザード 化学反応と反応制御 物質ハザード( 複数物質の反応危険性 ) プロセスハザード( 主として製造 ) 非定常運転 ( 作業 ) プロセスハザード( 製造 貯蔵 輸送 ) 非定常運転( 作業 ) ありが原則 ( 機械類はなし ) 21
化学反応と反応制御 化学プラントの本質ハザード 化学反応 物質 エネルギーの創成 反応制御 温度 圧力の制御 温度の制御 温度の検出と冷却 反応制御の失敗 異常反応 暴走反応 圧力容器は安全確保の最後の砦にならない 温度上昇 爆発 漏洩 圧力上昇 破裂 漏洩 漏洩 爆発 火災 22
非定常運転 ( 作業 ) 化学プラントの本質ハザード 定常運転と非定常運転の区分ありの場合 定常運転は想定事象で マニュアルあり 非定常運転は想定外事象で マニュアルなし 定常運転から非定常運転に移行する場合 定常 非定常は化学反応と反応制御の問題 非定常運転 反応制御の綱渡り 23
リスクアセスメントのケーススタディ 事故 ( 事後 ) のリスクアセスメント 事故調査結果あり ( 委員会 報告書 ) リスク解析 (FTA ETA) 不要 事故のシナリオとハザードの特定 本来 ( 事前 ) のリスクアセスメントに役立つ ケーススタディ 塩ビモノマー製造施設 (A 事故 ) レゾルシン製造施設 (B 事故 ) アクリル酸製造施設 (C 事故 ) 24
塩酸塔回りのフロー 25
緊急放出弁の故障 設置の必要なし インターロック停止 緊急ロードダウン 塩酸塔 プラント全停止 塩酸塔 環流槽 塔頂のガス組成異常 液組成異常 封止 HClへのVCM 混入 HCl( 塩化水素 ) VCM( 塩化ビニールモノマー ) 1,1-EDCの生成反応 EDC( 二塩化エタン ) 移液 温度 圧力上昇 圧力上昇 液塩酸 一時受タンク 破裂 漏洩 漏洩 爆発と周辺設備の火災 A 事故のシナリオ 火災 26
事象ハザード 供給量の低下 非定常運転 中段温度の低下 塩酸塔加熱器蒸気量の増加 還流量の低減塔頂 塔底の温度検知なし 塔頂の温度上昇 HCl への VCM の混入 塩酸塔還流槽及び液塩酸一時受タンク HCl と VCM の混合液満液 鉄錆由来の FeCl 3 ( 触媒 ) 1,1- EDC の生成反応温度 圧力の制御なし A 事故のハザードの特定 27
酸化反応器
事象ハザード 蒸気使用施設の停止指示 RS 製造施設のインターロック停止非定常運転 RS( レゾルシン ) 酸化反応器への窒素供給 冷却水 ( 循還 緊急 ) の切替え インターロック解除冷却水 ( 緊急 循還 ) の切替え 冷却方法の変更 窒素供給停止 液相流動の低下 液相上部で温度上昇 液相上部に温度計 冷却コイルなし 過酸化物の分解と発熱 安全弁作動 温度と圧力の急上昇 酸化反応器の破裂 漏洩 漏洩による爆発 火災 29 B 事故のシナリオとハザードの特定
中間タンク液留め後の状態 30
事象ハザード 回収塔能力アップテストの準備 中間タンクの液留め 非定常作業 天板リサイクルの実施なし 貯蔵液上部の温度上昇 上部に冷却コイルなし アクリル酸の二量体生成反応 反応熱による温度上昇 温度計なし アクリル酸の重合反応 温度と圧力の上昇 中間タンクの亀裂と漏洩 圧力低下による蒸気爆発 破裂 漏洩 火災 C 事故のシナリオとハザードの特定 31
3 件の事故に共通するハザードの特定 非定常運転 ( 作業 ) 非定常運転 温度検知なし (A 事故 ) 冷却方法の変更 (B 事故 ) 非定常作業 天板リサイクルの実施なし (C 事故 ) 反応制御 温度 圧力の制御なし(A 事故 B 事故 C 事故 ) 液位の設定なし(A 事故 B 事故 C 事故 ) 32
機器設計のハザード 化学プラントのハザード ( 運転のハザード ) 物質ハザード プロセスハザード 機器設計のハザード 温度計 圧力計の設置 冷却装置の設置 液位の設定 33
塔槽類 タンクの液位 液位のハザード 定常運転 ( 作業 ) の液位の上部にスペースあり 非定常運転 ( 作業 ) でスペースを使用 スペースに温度計 冷却装置なし スペースの壁に鉄錆あり 機器設計の課題 使用しないスペースをつくるな 液位の設定 温度計 圧力計 冷却装置の配置 34
技術教育と技術伝承 教育 授ける人 ( プロとしての個人 ) 受ける人 ( 不特定多数のアマの集団 ) 教育を授ける人の不在 自社技術 長期間の連続運転 トップ企業の弊害 リスクアセスメントの活用 組織としてのリスクアセスメントの実行と対応 リスクマネジャーの育成 ( 授ける人 ) 非定常運転 ( 作業 ) の疑似体験の学習 ( 受ける人 ) 35
リスクアセスメントのすすめ 事故 ( 事後 ) のリスクアセスメントのケーススタディ 化学プラントのハザードの抽出 本来 ( 事前 ) のリスクアセスメントの実行と対応 反応制御 非定常運転( 作業 ) 機器設計の見直し 技術教育と技術伝承に活用 36
設備等のリスクマネジメント技術者 認証基準 ( 一社 ) 日本高圧力技術協会評価試験と講習会 平成 22 年度から実施平成 22 年度認証者 21 名平成 23 年度認証者 3 名平成 24 年度認証者 13 名合計認証者 37 名 37
講習会の講演項目 (BOK) 1. 圧力設備等の診断に関する基礎知識 2. リスクマネジメントの基本 3. リスクアセスメントの基本 4. メンテナンスのためのリスクアセスメント 5. ハザード 6. プロセスプラントのリスクアセスメント 7. リスクベースメンテナンスの実践方法 8. 演習 38
( 一社 ) 日本高圧力技術協会 圧力設備診断技術者の認証制度 平成 12 年から継続中 レベル 1 とレベル 2 平成 24 年までの現有資格者数 レベル 1 458 名 レベル 2 178 名 39
レベル 1 の BOK(Body of Knowlege) 1 設備診断の基本 2 法規制と規格 3 強度設計の基本 4 機器の種類と構造 5 材料選定の基本 6 製作と溶接 7 損傷 劣化と腐食 8 非破壊検査の基本 9 維持規格の基本 10 耐震診断の基本 40
レベル 2 の BOK(Body of Knowlege) 1 設備診断の実践 2 法規制 国内外規格と国際規格 3 シーリング技術 4 破損モードと応力 5 溶接補修と更新 6 供用中検査 7 供用適性評価 8 破壊事例と解析技術 9 リスクベース保全技術 10 配管系の耐震診断 41