平成 28 年度農林水産業 食品産業科学技術研究推進事業 平成 29 年 1 月版 コムギなまぐさ黒穂病 Q & A 北海道農政部生産振興局技術普及課 北海道病害虫防除所 北海道立総合研究機構農業研究本部
発行にあたって コムギなまぐさ黒穂病は 道内では古くから確認されていましたが 戦後は発生記録がほとんどありませんでした しかしながら 平成 18 年から一部地域で発生が確認され 平成 28 年には 1 千ヘクタールを超える発生が確認されました 本病は いわゆるカビによる病気のひとつであり 小麦に感染すると生育が停滞するとともに 生臭い異臭を放つことから 乾燥調製施設などに混入すると 異臭によって健全な小麦にも被害が拡大する可能性が懸念されています 本病の発生とまん延を防止するため 種子消毒や適期は種 適正な輪作体系の実施 排水対策といった基本技術の励行による防除対策の徹底を指導しておりますが これまで大規模な発生が確認されなかったこともあり 詳細な生態が明らかではなく 感染も穂が出た後でなければ確認できないなど 防除対策が難しい病気であります このため 発生要因の分析や原因菌の生態解明を進めておりますが 現時点における本病に関する情報をQ&Aとして取りまとめましたので 生産現場において 本病の発生及びまん延防止に向けてご活用ください
目次 1 病気について 1 コムギなまぐさ黒穂病は どのような病気ですか? 03 2 発病した穂はどのような症状になりますか? 05 3 コムギなまぐさ黒穂病にかかるとどんな影響がありますか? 07 発生と感染経路 4 北海道内では 過去の発生記録はありますか? 07 5 近年 各地で発生したのはどうしてですか? 08 6 病原菌にはどんな特徴がありますか? 08 7 感染経路や小麦の体内に侵入するのはいつの時期ですか? 09 8 種子伝染と土壌伝染では どちらのリスクが高いですか? 09 9 病原菌が土壌中で増殖することはありますか? 10 10 発生ほ場内で発病が見られなかった場所にも 病原菌はいますか? 10 他の作物との関係 11 とうもろこしで黒穂病が発生している場合がありますが コムギなまぐさ黒穂病とは関係がありますか? 10 12 春まき小麦では コムギなまぐさ黒穂病は発病するのですか? 11 病気が発生したら 13 土壌における病原菌の密度を測る方法はありますか? 11 14 発生ほ場での小麦作付けは 何年休めば良いのでしょうか? 11 15 発生ほ場を水田に戻すと病原菌はなくなりますか? 12 16 発病した小麦をすき込んだ場合は 土壌中の病原菌は増えますか? 12 17 発病穂をすき込み処理する場合と焼却処理する場合では どちらの方法が土壌の汚染が少ないのでしょうか? 12 18 発生ほ場の小麦は どのようにすき込めばよいですか? 13 19 発生ほ場ですき込んだ後に 野良ばえした小麦は感染源になりますか? 13 20 発病が疑われる小麦を発見した場合 どこに連絡すれば良いのですか? 14 01
目次 2 生産物について 21 小麦の乾燥調製施設での受け入れ段階で 発病粒の有無を調べることはできますか? 14 22 どれくらいの割合で発病粒が混入すると異臭麦となるのでしょうか? 14 堆肥 品種について 23 発生ほ場の麦稈を原料とした堆肥は 伝染源となりますか? 15 24 7 年以上牧草を栽培した後や 水田からの転作 1 年目ほ場の秋まき小麦において 発病が確認された事例がありますが 原因は何ですか? 15 25 品種によって発病の違いはありますか? 16 防除について 26 コムギなまぐさ黒穂病に登録のある薬剤はありますか? 17 27 防除効果が高いとされる 秋期の茎葉散布する適期はいつ頃ですか? 18 28 茎葉散布剤に除草剤の混用や近接散布は可能でしょうか? 19 29 異なる 2 剤を用いて種子消毒を行っても発病したのですが 今後どのように対策すれば良いのでしょうか? 19 30 新たな薬剤試験を行っていますか? 19 採種ほ場について 31 種子ほ場の審査基準では 黒穂病などの種子伝染性病虫害は発生していないこと と明記されていますが 抜き取りが行われた場合 どのように扱われますか? 19 02
Q.1 コムギなまぐさ黒穂病は どのような病気ですか? A.1 国内では 小麦以外での感染 発病は確認されていません 出穂するまでは 外観からこの病気の症状は確認できません 小麦の出穂期以降 発病穂は健全穂に比較して草丈がやや短くなる傾向になります なまぐさ黒穂病発見のポイント 出穂期以降にわかるようになります 草丈が短くなります 出穂期のなまぐさ黒穂病の症状 ( きたほなみ ) 内は発病穂 03
健全穂 内は発病穂 収穫前の小麦の様子 矢印が発病している穂 一つの株でも 健全な穂と発病した穂が混在しています 収穫前の小麦ほ場の様子 内は健全穂 発病穂 04
Q.2 発病した穂はどのような症状になりますか? A.2 * こうまくほうし 小麦の乳熟後期頃から子房が茶褐色の粉状物 ( 厚膜胞子 ) で満た され 小花が膨れるため 小穂の並びが乱れる ( 穂の外観がいびつになる ) 傾向になります 小麦の登熟が進むにつれ 病穂はやや暗緑色から茶褐色を帯びてきますが 外皮 ( 頴 ) は破れにくいので裸黒穂病のような胞子の露出と拡散はほとんどありません * 厚膜胞子 : 厚い膜で覆われ耐久性を持つようになったカビの胞子 小穂 小麦の穂 小花 ( 麦の粒が入る部分 ) 健全な穂 発病した穂 穂の形が健全な穂と異なりいびつになります 上 : 健全子実 下 : 発病した子実 ( 乳熟後期 ) 発病した小麦の子実は厚膜胞子が充満して 濃い緑色で丸くなります 同じ時期の健全な小麦の子実は細長いです 05
健全な穂 発病した穂 発病した子実は成熟期頃には褐色になります 参考 : 裸黒穂病 いびつな穂の中に 黒い粉がつまった子実が入っていたら要注意! 左 : なまぐさ黒穂病 右 : 裸黒穂病 06
Q.3 コムギなまぐさ黒穂病にかかるとどんな影響がありますか? A.3 病穂内の茶褐色の粉状物 ( 厚膜胞子 ) は 生臭い異臭を放ちます 収穫作業でこの厚膜胞子が健全粒に付着するため 本病が発生すると減収のみならず 異臭による収穫物全体の品質低下が起こります さらに 汚染された収穫物が乾燥調製施設に混入した場合 施設全体が汚染されることとなり被害は拡大します 健全な子実 発病した子実 詳しい判別方法は 小麦のなまぐさ黒穂病の特徴と見分け方で検索 QR コード Q.4 北海道内では 過去の発生記録はありますか? A.4 北海道では 1900 年前後や1920 年に発生した記録があります その後 近年発生するまでは ほとんど確認されていませんでした 07
Q.5 近年 各地で発生したのはどうしてですか? A.5 何らかの要因で発生条件が整ったため 各地で発病したものと考えられますが 原因は不明です 現在 防除方法などを試験研究しています Q.6 病原菌にはどんな特徴がありますか? A.6 小麦にのみ寄生するカビの仲間です 死んだ植物残渣などでは 増殖できません 以下の2 種類が北海道内で報告されていますが 近年の発生は網なまぐさ黒穂病が主体です 病原菌はこの形で土壌中で休眠状態で生存しています 厚膜胞子は 生きている小麦 *50μm=0.05mm の子実の中だけで作られます 網なまぐさ黒穂病の厚膜胞子 厚膜胞子から伸びてきた菌糸が 小麦に侵入することによって感染が起こります 菌糸が伸びてきたところの厚膜胞子 08
Q.7 感染経路や小麦の体内に侵入するのはいつの時期ですか? A.7 土壌伝染と種子伝染 2 種類のパターンがあると考えられています 小麦が発芽したあと 比較的早い段階 (1~3 葉期 ) で感染するとされています その後 穂に症状が出るまでは 見かけ上では感染はわかりません また 同一株内のすべての穂が発病するとも限りません 生育初期に感染すると考えられています 発病がわかるようになります 茎葉散布時期 厚膜胞子が充満した子実 越冬 収穫作業等による厚膜胞子の飛散 土壌伝染 種子伝染 体内で菌が進展 出芽 ~ 3 葉期 出穂 収穫 汚染種子 ( 表面に厚膜胞子が付着した種子 ) すき込まれ土壌中へ 感染経路のイメージ図 発病穂や厚膜胞子が付着した麦稈 Q.8 種子伝染と土壌伝染では どちらのリスクが高いですか? A.8 現時点においては どちらのリスクが高いかは判断できません ので 現在解明のための試験研究を行っています 09
Q.9 病原菌が土壌中で増殖することはありますか? A.9 土壌中で病原菌が増殖することはありません なお 感染源となる厚膜胞子は小麦の穂の中でしか作られません Q.10 発生ほ場内で発病が見られなかった場所にも 病原菌はいますか? A.10 発生ほ場の中で 未発生の場所から採取した土壌からも病原菌は 検出されています Q.11 A.11 とうもろこしで黒穂病が発生している場合がありますが コムギなまぐさ黒穂病とは関係がありますか? トウモロコシ黒穂病 コムギなまぐさ黒穂病 互いに感染しません 10
Q.12 春まき小麦では コムギなまぐさ黒穂病は発病するのですか? A.12 道内では 初冬まき栽培を含め春まき小麦での発病は確認されていません 海外では 発生事例が報告されていますので 今後 試験研究が行われる予定です 初冬まきのは種風景 雪解け直後の初冬まき小麦の様子 Q.13 土壌における病原菌の密度を測る方法はありますか? A.13 土壌における病原菌の厚膜胞子の密度を測る方法については 現在 試験研究中です Q.14 発生ほ場での小麦作付けは 何年休めば良いのでしょうか? A.14 何年休めば良いかは解明できていません 適正輪作 (3 年以上 ) を 行ってください 11
Q.15 発生ほ場を水田に戻すと病原菌はなくなりますか? A.15 道外では 水稲を作付けすることで 病原菌が減少したとする 研究事例が報告されています Q.16 水稲間作小麦栽培の様子 発病した小麦をすき込んだ場合は 土壌中の病原菌は増えますか? A.16 麦稈に付着した厚膜胞子は土壌中に残ることになりますが すき込んだ小麦から増えることはありません 発病穂をすき込むと 土壌中に厚膜胞子が残ります Q.17 発病穂をすき込み処理する場合と焼却処理する場合では どちらの方法が土壌の汚染が少ないのでしょうか? A.17 焼却処理は 廃掃法 * により原則禁じられていますが 例外として 農業等を営むためにやむを得ないものが認められています ただし 生活環境上の支障がある場合は 行政指導の対象となることがあります 焼却処理 ( 特に立毛状態のまま焼却 ) の方が土壌への汚染は少ないと考えられますが 焼却した穂でも焼け残っていた残さ物から厚膜胞子が検出されているので 万全の対策ではありません 発病穂のすき込み処理は 周囲の健全ほ場への伝染を防ぐ観点から必要な対策となります * 廃棄物の処理及び清掃に関する法律 12
Q.18 発生ほ場の小麦は どのようにすき込めばよいですか? A.18 プラウ等で深く反転 すき込みを行ってください プラウ作業の様子 Q.19 発生ほ場ですき込んだ後に 野良ばえした小麦は感染源になりますか? A.19 野良ばえした小麦が発病すると 出穂後に新たな厚膜胞子が作ら れるため 感染源になります 厚膜胞子を作る出穂前までに再度 すき込むか 除草剤などにより 適切な処理を行うことが重要です 越冬前の除草剤散布の様子 13
Q.20 発病が疑われる小麦を発見した場合 どこに連絡すれば良いのですか? A.20 まん延防止と発病粒の製品への混入を防止する観点から 所属の 農協や管轄の農業改良普及センターへの連絡にご理解とご協力を お願いします Q.21 小麦の乾燥調製施設での受入段階で 発病粒の有無を調べることはできますか? A.21 発病粒が粉砕されなければ調べることはできますが 収穫段階で 発病粒が粉砕されてしまうと困難です 発病粒が砕けると 健全な小麦にまぶされて 黒く見えます Q.22 どれくらいの割合で発病粒が混入すると異臭麦となるのでしょうか? A.22 発病粒の混入割合による異臭の程度については解明されていません 14
Q.23 発生ほ場の麦稈を原料とした堆肥は 伝染源となりますか? A.23 発生ほ場の麦稈を原料とした堆肥は 伝染源となる可能性が高いです 病原菌は種子の温湯消毒事例では55 5 分が有効とされていますが 堆肥化による死滅温度などは不明です Q.24 7 年以上牧草を栽培した後や 水田からの転作 1 年目ほ場の秋まき小麦において 発病が確認された事例がありますが 原因は何ですか? A.24 小麦以外のイネ科作物が 発病の原因とはならないと考えられています 秋まき小麦 1 作目で発病する場合は 機械作業による汚染 汚染種子の使用 汚染麦稈を原料とした堆肥の投入 風雨などによる汚染土壌の移動などが原因と考えられます 病気の予防のため 拡大を防ぐために 機械の洗浄を心がけましょう 15
Q.25 品種によって発病の違いはありますか? A.25 道内で作付けされている優良品種 ( 春まき小麦を除く ) では すべて発病が確認されており 品種間差は認められていません きたほなみ発病穂 ゆめちから発病穂 つるきち発病穂 キタノカオリ発病穂 16
Q.26 コムギなまぐさ黒穂病に登録のある薬剤はありますか? A.26 コムギなまぐさ黒穂病の主な登録薬剤は 下記のとおりです 商品名 希釈倍数成分名使用時期使用方法使用 散布量 ベフラン液剤 12.5 イミノクタジン酢酸塩液 12.5% 500~1,000 倍 10~30 分間種子浸漬 ベフラン液剤 25 イミノクタジン酢酸塩液 25% 1,000~2,000 倍 10~30 分間種子浸漬 トリフミン水和剤 トリフルミゾール 30% 種子重量の 0.5% 種子粉衣 ベンレート T コート チウラム 20% ベノミル 20% は種前 種子重量の 0.5% 種子粉衣 200 倍 6~24 時間種子浸漬 ベンレート T 水和剤 20 チウラム 20% ベノミル 20% 20 倍 10~20 分間種子浸漬 7.5 倍種子吹き付け処理 ( 乾燥種籾 1kg 当り ( 種子消毒機使用 ) 希釈液 30mL) 乾燥種子重量の 0.5% 種子粉衣 チルト乳剤 25 プロピコナゾール 25% 小麦 1~3 葉期但し 根雪前 750 倍 (60~150l/10a) 散布 平成 28 年 12 月 1 日現在 17
Q.27 防除効果が高いとされる 秋期の茎葉散布する適期はいつ頃ですか? A.27 適期は小麦 1~3 葉期 ( 根雪前 ) です おおむね出芽後 2 週間前後までとなりますが は種時期や天候など に左右されます 1 葉期 ( 出芽後 3 日 ~1 週間 ) 2~3 葉期 ( 出芽後 10 日前後 ) 左の写真のような小麦がたくさんあったら そろそろ適期終了です! 3 葉期 ( 出芽後 2 週間前後 ) 3 葉期の小麦 18
Q.28 茎葉散布剤に除草剤の混用や近接散布は可能でしょうか? A.28 薬害の発生や茎葉散布剤の効果が低下する可能性があります ので 除草剤の混用や近接散布は避けることが望ましいです Q.29 異なる 2 剤を用いて種子消毒を行っても発病したのですが 今後どのように対策すれば良いのでしょうか? A.29 多発生したことのあるほ場では 小麦の作付は避けるのが望ま しいです Q.30 新たな薬剤試験を行っていますか? A.30 種子消毒剤 茎葉散布剤 土壌混和剤などの試験を継続して 行っています Q.31 種子ほ場の審査基準では 黒穂病などの種子伝染性病虫害は発生していないこと と明記されていますが 抜き取りが行われた場合 どのように扱われますか? A.31 発生ほ場において 発病株が完全に除去されたことを確認する 方法は今のところないため 種子ほ場で発生を確認した場合は 抜き取りを行っても不合格となります 19
コムギなまぐさ黒穂病 Q & A 集 監修 執筆者一覧 執筆 北海道農政部技術普及課 主 任 普 及 指 導 員 主査 ( 地域支援 ) 主幹 ( 農業環境 バイオマス ) 主査 ( 普及指導 ) 主査 ( 研 究 ) 上 席 普 及 指 導 員 主 任 普 及 指 導 員 上 席 普 及 指 導 員 主査 ( 地域支援 ) 斯波肇笠原亮平安田貞彦片山正寿鈴木孝子木俣栄池田勲三宅俊秀千石由利子 ( 農業研究本部駐在 ) ( 農業研究本部駐在 ) ( 上川農業試験場駐在 ) ( 十勝農業試験場駐在 ) ( 北見農業試験場駐在 ) ( 北見農業試験場駐在 ) 北海道病害虫防除所 主幹 ( 予察 防除指導 ) 主査 ( 予察 防除指導 ) 中井周治上野雅和 道総研農業研究本部 中央農業試験場 主査 ( 予察 ) 小松 勉 ( 病虫部予察診断 G) 主査 ( 病害虫管理 ) 小澤 徹 ( 病虫部クリーン病害虫 G) 上川農業試験場 主査 ( 病 虫 ) 新村昭憲 ( 研究部生産環境 G) 十勝農業試験場 主査 ( 地域支援 ) 長濱 恵 ( 研究部地域技術 G) 監修 道総研農業研究本部中央農業試験場病虫部 部長 清水基滋 ホームページ http://www.agri.hro.or.jp/boujosho/ 20 QR コード
平成 29 年 1 月 発行 北海道農政部技術普及課