生物の形質改良を加速する新しいゲノム改良技術の発明 大規模ゲノムシャフリング技術 TAQing システム 1. 発表者 : 小田有沙 ( 東京大学大学院総合文化研究科特任助教 ) 中村隆宏 ( 東京大学大学院総合文化研究科助教 ) 太田邦史 ( 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻教授東京大学生

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イネは日の長さを測るための正確な体内時計を持っていた! - イネの精密な開花制御につながる成果 -

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法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

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世界初! 細胞内の線維を切るハサミの機構を解明 この度 名古屋大学大学院理学研究科の成田哲博准教授らの研究グループは 大阪大学 東海学院大学 豊田理化学研究所との共同研究で 細胞内で最もメジャーな線維であるアクチン線維を切断 分解する機構をクライオ電子顕微鏡法注 1) による構造解析によって解明する

論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

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PRESS RELEASE (2014/2/6) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

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PRESS RELEASE (2012/9/27) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

報道機関各位 平成 27 年 8 月 18 日 東京工業大学広報センター長大谷清 鰭から四肢への進化はどうして起ったか サメの胸鰭を題材に謎を解き明かす 要点 四肢への進化過程で 位置価を持つ領域のバランスが後側寄りにシフト 前側と後側のバランスをシフトさせる原因となったゲノム配列を同定 サメ鰭の前

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統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

長期/島本1

サカナに逃げろ!と指令する神経細胞の分子メカニズムを解明 -個性的な神経細胞のでき方の理解につながり,難聴治療の創薬標的への応用に期待-

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大学院博士課程共通科目ベーシックプログラム

植物が花粉管の誘引を停止するメカニズムを発見

生物時計の安定性の秘密を解明

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地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム (SATREPS) 研究課題別中間評価報告書 1. 研究課題名 テーラーメード育種と栽培技術開発のための稲作研究プロジェクト (2013 年 5 月 ~ 2018 年 5 月 ) 2. 研究代表者 2.1. 日本側研究代表者 : 山内章 ( 名古屋大学大学

報道関係者各位 平成 29 年 2 月 23 日 国立大学法人筑波大学 高効率植物形質転換が可能に ~ 新規アグロバクテリウムの分子育種に成功 ~ 研究成果のポイント 1. 植物への形質転換効率向上を目指し 新規のアグロバクテリウム菌株の分子育種に成功しました 2. アグロバクテリウムを介した植物へ

脂質が消化管ホルモンの分泌を促進する仕組み 1. 発表者 : 原田一貴 ( 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程 2 年 ) 北口哲也 ( 早稲田バイオサイエンスシンガポール研究所主任研究員 ( 研究当時 )) 神谷泰智 ( 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻修士課程 2 年 (

報道発表資料 2007 年 8 月 1 日 独立行政法人理化学研究所 マイクロ RNA によるタンパク質合成阻害の仕組みを解明 - mrna の翻訳が抑制される過程を試験管内で再現することに成功 - ポイント マイクロ RNA が翻訳の開始段階を阻害 標的 mrna の尻尾 ポリ A テール を短縮

背景 私たちの体はたくさんの細胞からできていますが そのそれぞれに遺伝情報が受け継がれるためには 細胞が分裂するときに染色体を正確に分配しなければいけません 染色体の分配は紡錘体という装置によって行われ この際にまず染色体が紡錘体の中央に集まって整列し その後 2 つの極の方向に引っ張られて分配され

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

第4回独立行政法人評価委員会技術基盤分科会製品評価技術基盤機構部会 参考資料N2-1 平成15年度NITE業務実績表参考資料集 表紙~P19

平成 30 年 8 月 17 日 報道機関各位 東京工業大学広報 社会連携本部長 佐藤勲 オイル生産性が飛躍的に向上したスーパー藻類を作出 - バイオ燃料生産における最大の壁を打破 - 要点 藻類のオイル生産性向上を阻害していた課題を解決 オイル生産と細胞増殖を両立しながらオイル生産性を飛躍的に向上

本成果は 主に以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました 日本医療研究開発機構 (AMED) 脳科学研究戦略推進プログラム ( 平成 27 年度より文部科学省より移管 ) 研究課題名 : 遺伝子改変マーモセットの汎用性拡大および作出技術の高度化とその脳科学への応用 研究代表者 : 佐々木えり

2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

光刺激で ips 細胞を神経細胞に分化させる技術を開発 CRISPR Cas9 の新たな応用の開拓 1. 発表者 : 二本垣裕太 ( 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻大学院生 ( 研究当時 )/ 現 : ジョンズホプキンズ大学医学部細胞生物学科博士研究員 ) 古旗祐一 ( 東京大学大学院新領

スチック その他の化学物質を生産する化学工業ではなく 生命最強のツールである酵素を使って化学反応を触媒し さらには 新しい酵素を設計して作り出すことによって 物質生産を根本的に変えることができると考えていました 当時 世界的なバイオテクノロジーブームが盛り上がる中で アーノルド博士と同様のことを多く

生理学 1章 生理学の基礎 1-1. 細胞の主要な構成成分はどれか 1 タンパク質 2 ビタミン 3 無機塩類 4 ATP 第5回 按マ指 (1279) 1-2. 細胞膜の構成成分はどれか 1 無機りん酸 2 リボ核酸 3 りん脂質 4 乳酸 第6回 鍼灸 (1734) E L 1-3. 細胞膜につ

東京医科歯科大学医歯学研究支援センター illumina Genome Analyzer IIx 利用基準 平成 23 年 10 月 1 日医歯学研究支援センター長制定 ( 趣旨 ) 第 1 条次世代型シークエンサーはヒトを含むあらゆる生物種の全ゲノム配列の決定 全エキソンの変異解析 トランスクリプ

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今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

平成14年度研究報告

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研究の詳細な説明 1. 背景病原微生物は 様々なタンパク質を作ることにより宿主の生体防御システムに対抗しています その分子メカニズムの一つとして病原微生物のタンパク質分解酵素が宿主の抗体を切断 分解することが知られております 抗体が切断 分解されると宿主は病原微生物を排除することが出来なくなります

2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

「組換えDNA技術応用食品及び添加物の安全性審査の手続」の一部改正について

豚における簡便法を用いた産子数の遺伝的改良量予測 ( 独 ) 農業 食品産業技術総合研究機構畜産草地研究所 石井和雄 豚の改良には ある形質に対し 優れた個体を選抜してその個体を交配に用 いることで より優れた個体を生産することが必要である 年あたりの遺伝的改良量は以下に示す式で表すことができる 年

PowerPoint プレゼンテーション

1. 背景 NAFLD は非飲酒者 ( エタノール換算で男性一日 30g 女性で 20g 以下 ) で肝炎ウイルス感染など他の要因がなく 肝臓に脂肪が蓄積する病気の総称であり 国内に約 1,000~1,500 万人の患者が存在すると推定されています NAFLD には良性の経過をたどる単純性脂肪肝と

背景 人工 DNA 切断酵素である TALEN や CRISPR-Cas9 を用いたゲノム編集技術により 遺 伝性疾患でみられる一塩基多型を導入または修復する手法は 疾患のモデリングや治療のた めに必須となる技術です しかしながら一塩基置換のみを導入した細胞は薬剤選抜を適用で きないため 正確に目的

「組換えDNA技術応用食品及び添加物の安全性審査の手続」の一部改正について

CiRA ニュースリリース News Release 2014 年 11 月 20 日京都大学 ips 細胞研究所 (CiRA) 京都大学細胞 物質システム統合拠点 (icems) 科学技術振興機構 (JST) ips 細胞を使った遺伝子修復に成功 デュシェンヌ型筋ジストロフィーの変異遺伝子を修復

みどりの葉緑体で新しいタンパク質合成の分子機構を発見ー遺伝子の中央から合成が始まるー

STAP現象の検証の実施について

細胞膜由来活性酸素による寿命延長メカニズムを世界で初めて発見 - 新規食品素材 PQQ がもたらす寿命延長のしくみを解明 名古屋大学大学院理学研究科 ( 研究科長 : 杉山直 ) 附属ニューロサイエンス研究セ ンターセンター長の森郁恵 ( もりいくえ ) 教授 笹倉寛之 ( ささくらひろゆき ) 研

TuMV 720 nm 1 RNA 9,830 1 P1 HC Pro a NIa Pro 10 P1 HC Pro 3 P36 1 6K1 CI 6 2 6K2VPgNIa Pro b NIb CP HC Pro NIb CP TuMV Y OGAWA et al.,

た遺伝子を切断し修復時に微小なエラーを生じさせて機能を破壊するノックアウトと 外部か ら任意の配列を挿入して事前設計した通りの機能を与えるノックインに大別される 外来遺伝 子をもった動物の作成や遺伝子治療には後者の技術が必要である しかし 動物胚への遺伝子ノックインには マイクロインジェクション法

遺伝子組み換え食品について KAIT_Japan igem 遺伝子組み換え食品とは何か - 定義 - 遺伝子組換え食品とは 他の生物から有用な性質を持つ遺伝子を取り出し その性質を持たせたい作物などに遺伝子組み換え技術を利用して作られた食品である 日本で流通している遺伝子組換え食品には

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

ルス薬の開発の基盤となる重要な発見です 本研究は 京都府立医科大学 大阪大学 エジプト国 Damanhour 大学 国際医療福祉 大学病院 中部大学と共同研究で行ったものです 2 研究内容 < 研究の背景と経緯 > H5N1 高病原性鳥インフルエンザウイルスは 1996 年頃中国で出現し 現在までに

創薬に繋がる V-ATPase の構造 機能の解明 Towards structure-based design of novel inhibitors for V-ATPase 京都大学医学研究科 / 理化学研究所 SSBC 村田武士 < 要旨 > V-ATPase は 真核生物の空胞系膜に存在す

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図 1. 微小管 ( 赤線 ) は細胞分裂 伸長の方向を規定する本瀬准教授らは NIMA 関連キナーゼ 6 (NEK6) というタンパク質の機能を手がかりとして 微小管が整列するメカニズムを調べました NEK6 を欠損したシロイヌナズナ変異体では微小管が整列しないため 細胞と器官が異常な方向に伸長し

Microsoft PowerPoint マクロ生物学9

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

Microsoft Word - プレスリリース_東大・佐藤守俊(最終版)

領域代表者 : 金井求 ( 東京大学大学院薬学系研究科教授 ) 研究期間 :2017 年 7 月 ~2023 年 3 月上記研究課題では 独立した機能を持つ複数の触媒の働きを重奏的に活かしたハイブリッド触媒系を創製し 実現すれば大きなインパクトを持つものの従来は不可能であった 極めて効率の高い有機合

別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

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研究の背景と経緯 植物は 葉緑素で吸収した太陽光エネルギーを使って水から電子を奪い それを光合成に 用いている この反応の副産物として酸素が発生する しかし 光合成が地球上に誕生した 初期の段階では 水よりも電子を奪いやすい硫化水素 H2S がその電子源だったと考えられ ている 図1 現在も硫化水素

60 秒でわかるプレスリリース 2007 年 12 月 4 日 独立行政法人理化学研究所 DNA の量によって植物の大きさが決まる新たな仕組みを解明 - 植物の核内倍加は染色体のセット数を変えずに DNA 量を増やすメカニズムが働く - 生命の設計図である DNA が 細胞の中で増えたらどうなるので

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Hi-level 生物 II( 国公立二次私大対応 ) DNA 1.DNA の構造, 半保存的複製 1.DNA の構造, 半保存的複製 1.DNA の構造 ア.DNA の二重らせんモデル ( ワトソンとクリック,1953 年 ) 塩基 A: アデニン T: チミン G: グアニン C: シトシン U

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図 : と の花粉管の先端 の花粉管は伸長途中で破裂してしまう 研究の背景 被子植物は花粉を介した有性生殖を行います めしべの柱頭に受粉した花粉は 柱頭から水や養分を吸収し 花粉管という細長い管状の構造を発芽 伸長させます 花粉管は花柱を通過し 伝達組織内を伸長し 胚珠からの誘導を受けて胚珠へ到達し

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遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

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報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

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1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

2017 年 2 月 6 日 アルビノ個体を用いて菌に寄生して生きるランではたらく遺伝子を明らかに ~ 光合成をやめた菌従属栄養植物の成り立ちを解明するための重要な手がかり ~ 研究の概要 神戸大学大学院理学研究科の末次健司特命講師 鳥取大学農学部の上中弘典准教授 三浦千裕研究員 千葉大学教育学部の

計画研究 年度 定量的一塩基多型解析技術の開発と医療への応用 田平 知子 1) 久木田 洋児 2) 堀内 孝彦 3) 1) 九州大学生体防御医学研究所 林 健志 1) 2) 大阪府立成人病センター研究所 研究の目的と進め方 3) 九州大学病院 研究期間の成果 ポストシークエンシン

がんを見つけて破壊するナノ粒子を開発 ~ 試薬を混合するだけでナノ粒子の中空化とハイブリッド化を同時に達成 ~ 名古屋大学未来材料 システム研究所 ( 所長 : 興戸正純 ) の林幸壱朗 ( はやしこういちろう ) 助教 丸橋卓磨 ( まるはしたくま ) 大学院生 余語利信 ( よごとしのぶ ) 教

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遺伝子組み換えを使わない簡便な花粉管の遺伝子制御法の開発-育種や農業分野への応用に期待-

ます この零エネルギーの輻射が量子もつれを共有できることから ブラックホールが極めて高温な防火壁で覆われているという仮説が論理的必然でないことを明らかにしました 本研究の成果は 米国物理学会誌 Physical Review Letters に 2018 年 5 月 4 日 ( 米国東部時間 ) オ

2. 看護に必要な栄養と代謝について説明できる 栄養素としての糖質 脂質 蛋白質 核酸 ビタミンなどの性質と役割 およびこれらの栄養素に関連する生命活動について具体例を挙げて説明できる 生体内では常に物質が交代していることを説明できる 代謝とは エネルギーを生み出し 生体成分を作り出す反応であること

物学的現象をはっきりと掌握することに成功した論文である との高い評価を得ています 2. 研究成果ブフネラゲノムの全塩基配列の決定に当たっては 全ゲノムショットガンシークエンス法 4 を用いました 今回ゲノム解析に成功したのは エンドウヒゲナガアブラムシ (Acyrthosiphon pisum) の

_乾燥試薬東大プレスリリース案【広報課確認】

かし この技術に必要となる遺伝子改変技術は ヒトの組織細胞ではこれまで実現できず ヒトがん組織の細胞系譜解析は困難でした 正常の大腸上皮の組織には幹細胞が存在し 自分自身と同じ幹細胞を永続的に産み出す ( 自己複製 ) とともに 寿命が短く自己複製できない分化した細胞を次々と産み出すことで組織構造を

■リアルタイムPCR実践編

生命情報学

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生物の形質改良を加速する新しいゲノム改良技術の発明 大規模ゲノムシャフリング技術 TAQing システム 1. 発表者 : 小田有沙 ( 東京大学大学院総合文化研究科特任助教 ) 中村隆宏 ( 東京大学大学院総合文化研究科助教 ) 太田邦史 ( 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻教授東京大学生物普遍性連携研究機構 / 元理化学研究所 太田遺伝システム制御研究室准主任研究員 ) 2. 発表のポイント : 多くの遺伝子が関わる複雑な形質を高速で改良できるゲノム改良技術 TAQing システム を開発しました この技術では 従来の交配による品種改良や放射線 変異源処理による品種改良と異なる方法で大規模にゲノム DNA を変化させ 複合的な新形質を効率よく得ることができます 本技術により 今後さまざまな有用形質をもつ微生物や 新しい作物品種を効率的かつ高速 に育種することが可能になります また ゲノム進化の実験的検証や 近年進展が著しい合 成ゲノム研究への応用も期待できます 3. 発表概要 : 東京大学は豊田中央研究所 トヨタ自動車 理化学研究所と共同で 生物のゲノム DNA を 大規模に再編成して形質の改良を著しく効率化する新技術の開発に成功しました 優れた形質をもつ農作物の育種や 有用な発酵性能をもつ発酵性微生物の改良には 複雑な 性質に関わる多数の遺伝子を同時に改良することが必要とされます 従来の技術では多数の遺 伝子を同時に変化させるのに 長い年月を要したり また生物に致死的な影響が出ない範囲で 実験を行ったりする必要があり 改良効率が限られていました 今回 DNA 切断活性を温度で調節できる酵素を生細胞内に導入し 一時的に細胞を加温し て活性化させることで 細胞の DNA をランダムに切断 / 再結合 ( シャフリング ) させ 効率 的に多数の遺伝子が関わる複雑な形質を改良する新しい技術を開発しました この方法を用いることで 熱帯環境下のような高温下で効率的にバイオエタノールを合成で きる酵母や 新しい形質をもつ植物などを効率的に生み出す事に成功しました また ゲノム 進化のプロセスを実験的に検証するためにも この技術が有効である事が示されました 4. 発表内容 : 人間は自らの生活に生物を利用してきました これらの生物は 人間との関わりの中で徐々 に細胞の DNA( ゲノム ( 注 1)DNA) を変化させ 人間の求める条件に適した性質を獲得し てきたと考えられています ゲノム DNA の変化は世代交代の際に少しずつ起こるため 生物の改良には非常に長い期間がかかります 現代では放射線照射や薬剤処理により DNA 変化を増大させたり 狙った遺伝 子だけ変化させる ゲノム編集技術 ( 注 2) 長い DNA を人工合成する技術を用いた 合成ゲノム技術 ( 注 3) などを利用したりして より高速に生物の改良を行う可能性が試みられて います

一方で 放射線や薬剤処理では得られる形質が飽和しつつあります また ゲノム編集は 多数の未知遺伝子が複雑に関わる形質の改良には向いていません 合成ゲノムは今後有望です が どのように DNA を合成するかを推定するために 既存ゲノムの再編成と表現型の関係を見出す必要があります そこで 新たな原理に基づく大規模なゲノム再編成技術が必要となり ます 放射線や薬剤では DNA 切断と再結合が複雑なステップで行われますが 本研究ではすぐ 再結合可能な形で DNA を切断する酵素を細胞内に導入し 細胞内の DNA を同時多発的に切 断して 多数の遺伝子の関与する形質を高速に改良する技術を開発しました DNA を切断する酵素を細胞に導入すると 通常は細胞が死にます そこで 温泉などに生息 する高度好熱菌由来の DNA 切断酵素 (TaqI) を用いました ( 図 1) この酵素は一定の温度以上 でないと DNA を切断しませんので 細胞内に TaqI を導入しても細胞が生育できます そこ で 酵母細胞や植物 ( シロイヌナズナ ) の細胞に TaqI 導入し 細胞を一時的に加温すること で 同時多発的に細胞内の DNA を切断しました その後生存した細胞を増やして 高速 DNA 配列解析装置 ( 注 4) などでゲノム DNA を分析したところ ゲノム DNA がさまざまなパタ ーンで大規模に変化することが明らかになりました また このような大規模なゲノム DNA 再編成を起こした酵母細胞や植物は さまざまな形 態変化や バイオエタノール発酵性能の改善 ( 図 2) バイオマスの増大などの形質変化 ( 図 3) を起こすことがわかりました この形質変化は たった一回の DNA 切断で引き起こされるも ので 従来の方法に比べるとたいへん効率的です またこれまで得にくかった新形質の獲得も 容易になりました さらには 生物進化の過程で重要な働きをすると考えられている ゲノム全体のコピー数 ( 倍 数性 ( 注 5)) 増大 が起きると 複雑な DNA 再編成が起こりやすいことがわかりました ( 図 3) また ゲノム中に散在する反復性配列 ( 注 6) が DNA 再編成の起点となりやすいことな ども明らかになりました 今後は この技術を用いて優れた発酵性能をもつ微生物や 有用形質をもつ作物の育種の可 能性が拡大することが期待されます また ゲノム進化のプロセスを実験室内で検証する事も 可能になると考えられます 5. 発表雑誌と支援を受けた研究費 : 雑誌名 : Nature Communications ( オンライン版 )2018 年 5 月 18 日掲載 論文タイトル :"Phenotypic diversification by enhanced genome restructuring after induction of multiple DNA double strand breaks" 著者 :Nobuhiko Muramoto, Arisa Oda, Hidenori Tanaka, Takahiro Nakamura, Kazuto Kugou, Kazuki Suda, Aki Kobayashi, Shiori Yoneda, Akinori Ikeuchi, Hiroki Sugimoto, Satoshi Kondo, Chikara Ohto, Takehiko Shibata, Norihiro Mitsukawa, and Kunihiro Ohta DOI 番号 :10.1038/s41467-018-04256-y アブストラクト URL:https://www.nature.com/articles/s41467-018-04256-y 本研究は トヨタ自動車株式会社 AMED 創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業 文部科 学省生命動態拠点研究費 日本学術振興会科学研究費補助金 公益財団法人発酵研究所等の助成により支援されました

本研究は太田邦史が理化学研究所に在籍中に開始され その後株式会社豊田中央研究所およ びトヨタ自動車株式会社との共同研究として実施されました 7. 問い合わせ先 : 東京大学大学院総合文化研究科教授太田邦史 ( おおたくにひろ ) 153-8505 東京都目黒区駒場 3-8-1 Tel: 03-5465-8834 Fax: 03-5465-8834 kohta@bio.c.u-tokyo.ac.jp 8. 用語解説 : ( 注 1) ゲノムある特定の生物種を記述する最小単位の DNA 情報 細胞一つ一つにゲノムの情報をもつ DNA( ゲノム DNA) が格納されています ( 注 2) ゲノム編集技術狙ったゲノム DNA の位置で DNA を切断し DNA の切断 / 再結合を引き起こすことで 目 的の遺伝子の機能を改変する技術 CRSIPR-Cas9 などの DNA 切断酵素を用いる技術で 近 年実験室における遺伝子改変に多用されています ( 注 3) 合成ゲノム技術長い DNA を人工合成して細胞内に導入し ゲノムを設計 合成する技術 2010 年にベンターらは化学的に合成した DNA をもつマイコプラズマ細胞を合成することに成功しました 2016 年にはヒトゲノムの設計技術や合成技術の開発を目指す The Human Genome Project- Write というプロジェクトが提案されています ( 注 4) 高速 DNA 配列解析装置 DNA 分子上の塩基の並びを 同時に多数の分子で分析することで 高速に解析する装置 今回は短い配列を解析する Illumina 社のシステムと 長い配列を解析する PacBio 社のシステ ムを併用したことが解析成功の鍵になりました ( 注 5) 倍数性人の細胞には 父親由来と母親由来の合計二セットのゲノム DNA が含まれています この状態を 二倍体 といいます 生物によっては ゲノムセットがさらに四倍などに増えているものがあります 新しい生物種が登場する際に 倍数性の増大とゲノム再編成が連続して起こったのではないかという説が提唱されています 本研究ではその仮説を支持する実験データが得られました ( 注 6) 反復性配列 ゲノム DNA には 同じ塩基配列がいろいろな位置に現れることがあります たとえば タンパク質を合成する工場であるリボソームを指定するリボソーム遺伝子の領域では 一つのリボ ソーム遺伝子が繰り返し反復して並んでいます その他 自分自身でコピーを増やす性質のある レトロトランスポゾン という DNA 配列も ゲノム DNA の中に多数見られます 今回 の研究では これらの反復配列の中で DNA 再編成が頻繁に起こることが確認されました

9. 添付資料 : 図 1 TAQing システムの概要 図 2 TAQing システムで改良に成功したバイオエタノール産生酵母 高温でもキシロースを 栄養源とする株が得られた

図 3 倍数性の大きいシロイヌナズナで TAQing システムを実施すると より複雑なゲノム DNA 再編成が起こる ( 上段 ) 形質が変化した TAQing 変異株 ( 下段左 ) 植物における大規 模ゲノム再編成の変異箇所の例 ( 下段右 ) 二倍体よりも四倍体で多くの変異が入りやすい