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55 蛍光波長解析により T/N 比が 1.1 以上の部分の組織を病理組織診断に提出した. 3)5-ALA 蛍光定量化診断を用いた神経膠腫摘出術開頭腫瘍摘出はニューロナビゲーション下に施行した. 術中 405 nm の violet-blue 励起光で腫瘍部を照射し, 分光解析装置を用い 635 nm の PpIX 特異的波長を検出し波長比 (T/N) が 1.1 以上のピーク陽性部位より腫瘍組織を摘出, また腫瘍周辺部で同様にピークを呈した部分より組織を摘出した. それぞれの部分の凍結標本とホルマリン固定標本より切片を作成し, 蛍光顕微鏡下で組織を観察するとともに HE 染色,MIB-1 染色を行い, 病理組織像を比較検討した. 結果 内視鏡的腫瘍生検術は 10 例に施行した ( 表 1). 術中の蛍光波長解析では 10 例中 8 例で波長比 (T/N)1.1 以上の部分が存在した.PpIX 特異的波長ピークがみられた部分より摘出した組織では全例腫瘍細胞が認められ, 病理診断の確定が可能であった. 病理診断の内訳はジャーミノーマ 6 例, 退形成性星細胞腫 1 例, 神経膠芽腫 1 例であった. 一方, 波長ピークを認めなかったのは, 最終病理組織診断が放射線壊死であった 1 例と, 肉芽腫性変化が強く c-kit 免疫組織染色で陽性細胞がわずかに認められ診断に至ったジャーミノーマ 1 例であった. ジャーミノーマの 2 例では, 術前 MRI で腫瘍病変が指摘できない部位に内視鏡下で蛍光波長ピークを認め, 画像診断では把握できない病巣の広がりを検出できた. 代表症例を呈示する. 症例 3: 16 歳男性 : 上方注視麻痺, 脳圧亢進症状を主訴とし,MRI では松果体部腫瘍, 水頭症を認めた. 内視鏡所見では松果体部で PpIX 特異的波長ピーク (635 nm) を認めるとともに, 術前の MRI では検出できない側脳室前角, 漏斗陥凹部にも PpIX 特異的波長ピークが検出され波長 比 (T/N) は 1.1 以上であった. 漏斗陥凹部は侵襲を考え摘出を施行しなかったが, 松果体部, 前角部の波長ピーク陽性部より生検した組織の病理診断はジャーミノーマであった ( 図 1). 症例 5:25 歳男性 : 尿崩症で発症し,MRI で視床下部に腫瘍を認めた. 内視鏡による観察では, 視床下部の膨隆がみられるのみであった. この膨隆部で PpIX 特異的波長ピーク (635 nm) が検出でき, 波長比 (T/N)1.1 以上の部分より組織生検を行い, 病理診断はジャーミノーマと確定できた ( 図 2). 定位的腫瘍生検は 10 例で施行した. このうち 9 例では標的部位より生検した組織で PpIX 特異的波長ピーク (635 nm) が検出でき波長比 (T/N)1.1 以上の部分が存在した. これらの摘出組織標本より病理診断がすべての症例で確定できた ( 表 2). 膠芽腫に対する開頭腫瘍摘出術 ( 図 3) において PpIX 特異的波長ピークを認めた腫瘍本体では, 多数の腫瘍細胞の細胞質が蛍光顕微鏡による観察で蛍光陽性であった ( 図 4-A). 一方,PpIX 特異的波長ピークを認めた腫瘍周囲部では, 細胞成分がない間質部で蛍光が陽性であり ( 図 4-B 上 ), この部分の凍結切片の HE 染色所見では, 浮腫を伴ったグリオーシス像を示した ( 図 4-B 下 ). 同部位の病理組織像をホルマリン固定標本でも確認した. 凍結切片の結果と同様, 腫瘍周囲部には MIB-1 染色を行っても陽性細胞は存在せず, 反応性のアストロサイトを認めるものの明らかな腫瘍細胞は検出できなかった. 考察 従来,5-ALA を用いた術中蛍光診断での蛍光陽性の判断は, 肉眼的所見に頼っており定量性を欠いていた. 特に神経内視鏡下での蛍光陽性, 陰性の判断はこれまでの肉眼的検出法では不可能であった. この 表 1. Summary of cases treated by fluorescence-guided endoscopic tumor biopsy

56 三島 一彦 他 図 1. Endoscopic biopsy of pineal region tumor. 図 2. Endoscopic biopsy of hypothalamic region tumor. 表 2. Summary of cases treated by fluorescence-assisted sterotactic tumor biopsy

57 図 3. 図 4. 欠点を補う方法として 腫瘍より発生した蛍光をファ イバーにより分光器に誘導し スペクトル解析装置を 用いて PpIX 特異的 635 nm の波長ピークの定量化を試 みた このシステムを用いると肉眼的には腫瘍と判断 が難しい部分においても蛍光ピークによる評価で腫瘍 が存在するかを判定することが可能となり 内視鏡腫 瘍摘出の際の摘出部位を決定するのに有効であった また この手法により蛍光ピーク陽性部より摘出した 組織を用いて病理組織診断を確定することが可能で あった 胚細胞腫瘍などでは内視鏡的に蛍光診断を応 用することで MRIなどの画像診断では検出できない 微小な腫瘍の存在 腫瘍の広がりを検出できる可能性 がある また定位的腫瘍生検術の際も 635 nm 波長 のピークを定量化することで 確実に腫瘍組織が摘出 標本に含まれていることが確認でき 迅速診断のため の追加切除操作に起因する脳内出血などの合併症を防 ぐためにも有用な手法と考えられた このように低侵 襲で施行する腫瘍摘出術に 5-ALAを用いた蛍光診断は

58 三島一彦, 他 非常に有用であることが本研究により確認できた. 蛍光診断の問題点であるが, 浮腫の強い神経膠腫などでは, 腫瘍周囲の浮腫部でも蛍光陽性となることがあり, この部分の組織を解析すると腫瘍細胞ではなく浮腫部組織の間質が蛍光陽性を示していた. また間質の蛍光陽性は, 分光解析を行っても腫瘍細胞による陽性との鑑別は困難であった 3). 浮腫間質部ではどのような機序で蛍光物質が産生されるか, また腫瘍組織より蛍光物質が浸透移行する可能性があるかなど今後検討しなければいけない課題である. 腫瘍周囲浮腫部の摘出にあたっては蛍光陽性部位であっても腫瘍細胞の有無を蛍光顕微鏡下にリアルタイムに観察し, 摘出範囲を決定することが必要であると考えられた. 研究成果リスト, 文献 1) 三島一彦, 松谷雅生, 西川亮 : 5aminolevulinic acid(5-ala) を用いた脳腫瘍の術中蛍光診断脳神経外科速報 2006;16:989-96. 2) Mishima K, Tachikawa T, Adachi J, Ishihara S, Nishikawa R, Matsutani M : Fluorescence detection of CNS germ cell tumors with 5-aminolevulinic acid. Neurooncology 2005;7:530. 3) 三島一彦, 石沢圭介, 上宮奈穂子, 鈴木智成, 廣瀬隆則, 西川亮 : 腫瘍周囲浮腫部の蛍光陽性像についての検討第 4 回日本脳神経外科光線力学研究会, 2008.3 月 ( 学会発表 ) 謝辞 本研究は平成 18 年度埼玉医科大学学内グラントにより行われた. 病理診断をいただきました, 埼玉医科大学病理学教室 : 石澤圭介先生, 廣瀬隆則先生に深謝いたします 2008 The Medical Society of Saitama Medical University http://www.saitama-med.ac.jp/jsms/