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Transcription:

北水試研報 81,125 129(2012) Sci.Rep.Hokkaido Fish.Res.Inst. 標識魚の遡上状況からみた北海道尻別川水系内でのサクラマスの母川回帰 宮腰靖之 *1, 高橋昌也 2, 大熊一正 2, 卜部浩一 1, 下田和孝 1 1, 川村洋司 1 北海道立総合研究機構さけます 内水面水産試験場 2 独立行政法人水産総合研究センター北海道区水産研究所 Homing of masu salmon in the tributaries of the Shiribetsu River evaluated by returns of marked fish YASUYUKI MIYAKOSHI *1, MASAYA TAKAHASHI 2, KAZUMASA OHKUMA 2, HIROKAZU URABE 1, KAZUTAKA SHIMODA 1, AND HILOSHI KAWAMULA 1 1 Hokkaido Research Organization, Salmon and Freshwater Fisheries Research Institute, Eniwa, Hokkaido 061-1433, Japan 2 Hokkaido National Fisheries Research Institute, Fisheries Research Agency, Sapporo, Hokkaido 062-0922, Japan Homing of masu salmon was evaluated by examining the number of marked fish returning to tributaries of the Shiribetsu River in 2007. Marked masu salmon spawners were recovered at a high rate (80.5%) in the Mena River where most of the marked juveniles had been released into, but were at lower rates (4.3%) in the other 10 tributaries, indicating that the homing ability of masu salmon among tributaries is high. Only a few marked fish were recovered in tributaries where hatchery-reared fish had not been stocked. Those marked fish were stocked as smolts, and a portion of smolts was transported and released in the lower reach of the mainstem Shiribetsu River. Such release history may be a cause of the straying into the tributaries. キーワード : サクラマス, 支流, 標識魚, 迷入 サケ属の一種であるサクラマス Oncorhynchus masou は北日本における重要な漁業資源の一つであり, 本種の資源増殖のための取り組みや多くの調査研究が実施されてきた ( 真山,1992) サクラマスは河川個体群の遺伝的独立性が高いことが知られており (Okazaki,1986; 鈴木ら 2000), 河川系群の異なる種苗を移殖放流しても移殖先の環境への適応度が低く, 生き残りは低いことが報告されている ( 真山ら,1989) また, サクラマスは母川回帰性が高いとされ, 母川以外への迷入はほとんど報告されておらず, わずかに, 湖沼型のサクラマスが母川以外へ遡上した事例 ( 上田,2004) や起源不明の放流魚が母川以外に遡上した事例 (Miyakoshi,1998) が報告されているのみである さらに, 同一水系内の支流間でも遺伝的組成の異なる集団の存在することも指摘されているが ( 大久保,1992), 同一水系内での支流間の母川回帰を調べた研究はこれまで見られていない 著者らは北海道南西部を流れる尻別川水系で, 稚魚期あるいは幼魚期に標識放流されたサクラマスの回帰状況 を調べることにより, サクラマスの同一水系支流間での母川回帰性に関する知見を得たので報告する 方法調査河川尻別川はフレ岳 (1,048m) に源流を発し北海道南西部を流れ日本海へと注ぐ, 流路延長 126km, 流域面積 1,640km 2 の一級河川である 尻別川は北海道日本海側でも有数のサクラマスの個体群を有しており ( 北海道さけ ますふ化場,1969), 現在もサクラマスの増殖河川として親魚捕獲と種苗放流が実施されている 1923 年から1951 年にかけて, 産業振興のため本流に 6 基の発電用取水堰堤 ( 堤高 3.5~ 8 m) が建設され, 尻別川本流はそれらの堰堤により分断されたが (Fig. 1),1993 年以降 2000 年までにそれらの発電用取水堰堤には魚道が整備され, 尻別川本流の上下流間の魚類の往来が可能となっている ( 宮腰ら,2009) 報文番号 A474(2011 年 11 月 18 日受理 ) * Tel:0123-32-2135. Fax:0123-34-7233. E-mail: miyakoshi-yasuyuki@hro.or.jp

126 宮腰靖之, 高橋昌也, 大熊一正, 卜部浩一 下田和孝 川村洋司 Fig.1 Left panel: Location of the Shiribetsu River in Hokkaido, northern Japan. Right panel: numerals indicate the tributaries where masu salmon were sampled; 1: Osannai River, 2: Panke-Mekunnai River, 3: Penke-Mekunnai River, 4: Mena River, 5: Sakasa River, 6: Nanbu River, 7: Konbu River, 8: Doro River, 9: Rubeshibe River, 10: Kutosan River, and shaded areas ( ) indicate the survey reaches. The doublet (=) on the Mena River indicates the weir where masu salmon were collected for broodstock. The squares ( ) indicate the dams for hydropower stations on the mainstem Shiribetsu River, and RD indicates the Rankoshi Dam. 種苗放流尻別川へのサクラマスの種苗放流には独立行政法人水産総合研究センター北海道区水産研究所 ( 旧さけますセンター ) で飼育された種苗を用いた 調査を実施した2007 年に尻別川に回帰した標識魚はTable 1のとおりである 0 歳の稚魚期および幼魚期 1 歳のスモルト期の 3 つの発育段階で放流を実施した 種苗の大部分は尻別川支流目名川に放流したが, スモルトの一部は本流の下流部に輸送放流した (Table 1) 放流魚はすべて発眼卵期に耳石温度標識を施し ( 坂本ら,2009), さらに秋季幼魚放流魚は左腹鰭を切除し, スモルト放流魚は右腹鰭を切除することにより標識した これらの標識により親魚での回帰時には 秋季幼魚放流魚とスモルト放流魚は鰭切除と耳石の温度標識から識別でき 鰭が切除されていないサクラマスについては耳石の温度標識がついている個体は稚魚放流魚 温度標 識の認められない個体は自然産卵由来と判定することができた 親魚の捕獲および標識の確認種苗放流を実施している目名川では, 本流との合流点から約 400m 上流の地点に河川を遮る柵 ( ウライ ) を設置して, 遡上してきたサクラマスを捕獲した 捕獲作業は2007 年 8 月 25 日から開始し, サクラマスの遡上がみられなくなった後もサケの捕獲事業のために継続し,10 月 27 日に終了した 捕獲したサクラマスは社団法人日本海さけ ます増殖事業協会の京極ふ化場に輸送し, 蓄養した 9 月に京極ふ化場で行われたサクラマスの採卵時には, 尾叉長と体重を測定, 鰭切除の標識を確認した後, 耳石を摘出した 持ち帰った耳石はスライドグラスに貼り付けた後に研磨し, 温度標識の有無を確認した Table 1 Summary statistics of number of masu salmon released that returned to the Shiribetsu River in 2007

水系内でのサクラマスの母川回帰 127 種苗放流を実施していない10 支流 ( オサンナイ川, パンケ目国内川, ペンケ目国内川, 逆川, 南部川, 昆布川, ドロ川, ルベシベ川, 倶登山川 ) およびその 2 次支流では, 産卵期にあたる 2007 年 9 月 21 日,24 日,27 日,28 日の計 4 日間にわたり, 河川を踏査してサクラマスを捕獲した 各支流ではアクセスがよく, サクラマスの産卵が多く見られる区間を 2 人 1 組で歩き, タモ網を用いて親魚を採集した 調査区間の長さは支流によって異なり, 400~11,120m の範囲であった (Table 1) 調査の際, 産卵行動中の親魚は捕獲しないようにした 生きた親魚のほかに死骸も採集した 採集した親魚は雌雄を判別し, POHレングス (postorbital-hypural length: 眼窩の後端から下尾骨後端までの長さ ;Anderson,1996) を測定した また, 尾鰭の損傷していない個体についてのみ尾叉長を測定した ここで,POHレングスを測定したのは, サクラマスは産卵時期になると上顎長に雌雄差が生じる ( 真山,1992) ためと, 雌では産卵行動により尾鰭が損傷し尾叉長を測定できない個体が多いためである (Anderson, 1996) さらに, 鰭切除による標識の有無を確認し, 産 卵後の雌個体, 疲弊した雄個体, 死骸からは鱗を採取し, 耳石を摘出した 持ち帰った耳石はスライドグラスに貼り付けた後に研磨し, 温度標識の有無を確認した 鱗は万能投影機で50 倍に拡大して, 淡水生活期の年齢を査定した 結果目名川では,2007 年 8 月 25 日から10 月 4 日の間に1,037 尾のサクラマス親魚を捕獲した このうち,2007 年 9 月 19 日から 10 月 5 日にかけて行われた採卵時に,1,031 尾の親魚の標識を調べた結果 (6 尾分は耳石紛失 ), スモルト放流魚が575 尾 (55.8%), 秋放流魚が21 尾 (2.0%), 稚魚放流魚が239 尾 (23.2%), 無標識魚が196 尾 (19.0%) であった 一方, 目名川以外の10 支流では計 92 尾のサクラマス親魚を捕獲した (Table 2) このうち, 標識魚が確認されたのはオサンナイ川で 1 尾, 逆川で 3 尾であり, いずれも右腹鰭を切除されたスモルト放流魚であった これら Table 2 Summary of recovery of masu salmon in the Shiribetsu River, 2007

128 宮腰靖之, 高橋昌也, 大熊一正, 卜部浩一 下田和孝 川村洋司 は耳石につけた温度標識からも尻別川に放流したスモルト放流魚であることが確認された 目名川以外の支流では稚魚期あるいは秋の幼魚期に放流された標識魚は見つからなかった また, 目名川以外の支流で捕獲されたサクラマス56 尾の鱗を用いて年齢を調べたところ, 淡水年齢 1 年の個体が53 個体 (94.6%), 淡水年齢 2 年の個体は3 個体 (5.4%) であった 淡水年齢 2 年であった個体 3 尾のうち,2 尾は昆布川,1 尾はルベシベ川で捕獲された個体であり, これらは調査した支流の中では上流側に位置する支流であった 一方, 各支流で捕獲されたサクラマスの平均尾叉長を比較すると, 下流側で合流する支流のサクラマスがやや大型である傾向がみられた (Table 2) しかし, 標本数が少ないため支流間の年齢や体長に有意な差はみられなかった 考察種苗放流を実施した目名川では標識魚の割合が高く, 捕獲したサクラマスの80.5% を占めたのに対して, 種苗放流を実施していない支流で捕獲したサクラマスに占める標識魚の割合はわずか4.3% であった 目名川以外の支流で標識魚が発見されたのは, 目名川と地理的に近い位置で本流に合流する 2 つの支流 ( オサンナイ川, 逆川 ) のみであった 一方, 目名川から距離が離れ, 本流に設置された発電用取水堰堤 ( 蘭越ダムなど ) より上流側で合流する昆布川, ドロ川, ルベシベ川, 倶登山川 (Fig. 1) では標識魚は発見されなかった 目名川以外の支流で見つかった標識魚 4 尾はいずれも尻別川にスモルト放流された個体であった 調査年に回帰したスモルトの一部は目名川でなく, 本流にも放流されている (Table 1) 目名川以外で発見された標識魚が本流に輸送された個体に由来するかどうかは不明であるが, 輸送などの飼育過程が母川記銘に影響すると考えられていることから (Quinn,2005), 放流直前に輸送されたそれらの魚の母川記銘が正しく行われなかった可能性も考えられる また, スモルト放流魚の回帰尾数が多かったことも発見されやすさの一因となったことも考えられる サケ科魚類が母川回帰することは古くから知られているが, そのメカニズムには未解明の部分も多く ( 上田, 2007), 生物学上も水産学上も関心の高いテーマである 母川以外へ迷入した個体が, 母川記銘が正しく行われなかったためなのか, 母川以外での産卵を選択したのかも不明とされる (Quinn,2005) 母川以外への迷入を調査するには複数の河川で同時に調査を実施する必要があ り, 母川回帰性が高いと言われるサクラマスでもその迷入を実際に調査した事例は少ないのが実情である 本研究を実施した尻別川では,1980 年代以降, サクラマスの大規模な標識放流と回帰調査が継続して実施されている ( 真山,1992) その後, 他の地域, 河川からも多くの標識放流が実施されるようになったが, 尻別川では他の河川産のサクラマスが見つからなかったことが報告されている ( 真山,1992) また, 同じ尻別川産のサクラマス種苗を河口間の距離にして20 kmほどしか離れていない尻別川と朱太川に放流した際にも相互に迷入した個体は確認されなかったことが報告されている ( 真山ら,1988) これらのことからもサクラマスの母川回帰性は高いことが確かめられてきた 本研究では, 尻別川支流目名川から放流された標識魚の再捕状況から, 尻別川におけるサクラマスの支流間の母川回帰性について議論した 多くの支流に遡上したサクラマスを採集したものの, 目名川以外で生育した幼魚には標識はついておらず支流相互の迷入については特定できないため, 得られた結果は限定的と言えるのかもしれない しかしながら, 目名川で捕獲されたサクラマス全体に占める標識魚の割合の高さと他の支流での標識魚の少なさから見て, サクラマスは支流へも母川回帰する可能性が高いものと考えられた 謝辞本研究を実施するにあたり, 独立行政法人水産総合研究センター北海道区水産研究所 ( 旧さけますセンター ) 八雲さけます事業所ならびに尻別さけます事業所, 社団法人日本海さけ ます増殖事業協会, 後志総合振興局産業振興部水産課の皆様にご協力いただきました 社団法人北海道栽培漁業振興公社の真山紘博士には本原稿に多くの有益な助言いただきました 厚くお礼申し上げます 引用文献 Anderson RO, Neumann RM. Length, weight, and associated structural indices. In: Murphy BR, Wills DW (eds) Fisheries Techniques, 2nd edition. American Fisheries Society, Bethesda,1996;447 482. 北海道さけ ますふ化場. 北海道河川溯上マス調査記録 ( カラフトマス及びサクラマス ). 北海道さけ ますふ化場研究報告 1969;23:29 44. 真山紘. サクラマス Oncorhynchus masou(brevoort) の淡水域の生活および資源培養に関する研究. 北海

水系内でのサクラマスの母川回帰 129 道さけ ますふ化場研究報告 1992;46:1 156. 真山紘 野村哲一 大熊一正. 越冬前の秋季に放流されたサクラマス Oncorhynchus masou 標識魚のスモルト降海と親魚としての回帰. 北海道さけ ますふ化場研究報告 1988;42:21 36. 真山紘 野村哲一 大熊一正. サクラマス Oncorhynchus masou の交換移殖試験.2. 地場産魚と移殖魚の降海移動と親魚回帰の比較. 北海道さけ ますふ化場研究報告 1989;43:99 113. Miyakoshi Y. Recoveries of masu salmon strayed into Shokanbetsu River, northern Hokkaido, Japan. Scientific Reports of the Hokkaido Fish Hatchery 1998;52: 75 77. 宮腰靖之 松枝直一 武蔵悟一 菅原敬展 田中慶子 坂本準 高橋史久. 尻別川本支流におけるサクラマスの遡上時期. 北海道立水産孵化場研究報告 2009;63:15 19. 大久保進一. 遊楽部川の遺伝的組成が異なるサクラマスの幼魚集団について. 北海道立水産孵化場研究報告 1992;46:39 42. Okazaki T. Genetic variation and population structure in masu salmon Oncorhynchus masou of Japan. Bulletin of the Japanese Society of Scientific Fisheries,1986;52: 1365 1376. Quinn TP. The behavior and ecology of Pacific salmon and trout. University of Washington Press, Seattle,2005; p.379. 坂本準 桑木基靖 江場岳史. サクラマスの耳石バーコード標識パターン数を増やすための低水温飼育と昇温刺激を併用した標識方法. 水産技術 2009;2: 25 30. 鈴木研一 小林敬典 松石隆 沼知健一. ミトコンドリアDNAの制限酵素切断型多型解析から見た北海道内におけるサクラマスの遺伝的変異性. 日本水産学会誌 2000;66:639 646. 上田宏. サケの母川回帰を解明するバイオテレメトリー. 日本海洋理工学会誌 2004;9:191 199. 上田宏. サケの感覚機能と母川回帰. バイオメカニズム学会誌 2007;31:123 129.