症例紹介 脳梗塞を呈した症例の立ち上がりについて 佐藤病院リハビリテーション科理学療法士金子亜未 86 歳男性 脳梗塞 (11 月 16 日発症 ) 既往歴アルツハイマー型認知症糖尿病 高血圧 要介護 3 現病歴 他院へ向かう途中 転倒と同時に呂律障害が出現 脳梗塞 右不全麻痺 呂律障害と診断 CT 所見 (2010 年 11 月 19 日 ) CT 所見 (2011 年 1 月 4 日 ) BrS 上肢 Ⅵ 手 Ⅵ 下肢 Ⅴ 関節可動域右股関節屈曲 90 & 左股関節屈曲 60 Thomas test 陽性体幹回旋 ( スクリーニンク で )10 程度 筋力筋力低下 腹部筋右プレーシング不可 ( 現在では可 ) 両側股関節外転位のプレーシング困難 筋緊張 高緊張 大腿前面 下腿三頭筋 背部 低緊張 腹部 大殿筋 ハムストリングス 1
転棟時 ADL 協調性鼻指鼻試験陽性向こう脛叩打試験陽性踵膝試験陽性 病的反射バビンスキー反射 (L/R)=(+/ ) 感覚表在 深部感覚正常 ( 精査は困難 ) 深部腱反射 Lt + + Rt + + ± ± ± ± BI 25/100 点 FIM 運動項目 37/91 点認知項目 17/35 点 Total 54/126 点 起き上がり 座位保持 立ち上がり 立位保持 見守り見守り中等度 ~ 軽度介助軽度介助 坐位姿勢 ( 手は横につくよう指示 ) 坐位姿勢 頭部突出傾向 頸部屈曲 体幹後傾位 骨盤後傾位 足底がやや離地している (CW) 上肢の支持はほぼ必要としていない 立位姿勢 立位姿勢 頭部突出 頸部屈曲 肩関節伸展位 体幹伸展 骨盤後傾位 股関節屈曲位 膝関節屈曲位 2
Kneeling( 図参照 ) 自身では保持できず 介助または支持物を必要とする 上肢は殿部に手をつける 高緊張 : 背部 ハムストリングス 下腿三頭筋 股関節伸展を他動的に入れると 大腿部に痛みを生じる 左右の重心移動は立位より円滑に行える 左足関節は背屈位 右足関節は底屈位をとる 坐位での足関節の自動可動性 全く可動性がないわけではない 坐位であることも関係しているが 足関節背屈および底屈位での荷重がしづらい 突っ張ることは見られない スクワット動作 頚部屈曲 体幹屈曲位 前方重心位で膝関節屈曲位で行う 体幹屈曲位で股関節の運動はほとんどみられない 股関節が屈曲した際 前方重心が後方重心に変化する 立位時のつま先立ち 重心を上方に伸び上がるように移動できず 上肢でセラピストを押し 前方重心にすることで代償して行なっている 足関節底屈すると 膝関節が屈曲してくる 踵部着地した際 膝関節が過伸展傾向になり 体幹屈曲位で後方重心をとる 上肢での指示に頼っている為 介助者が離れると前方に倒れそうになる 膝関節屈曲 足関節底屈を行うと 膝関節屈曲をした後に足関節底屈を行おうとすると なかなか出来ず 体幹屈曲位で上肢で介助者にかなり荷重をかけてしまう 介助者の腕ではなく 肩をもつようにすると上体を起こすことができる 膝関節屈曲 足関節底屈をすると自分で保持することが難しく 介助者を上肢で押し付けてしまう 立ち上がりとは ( 臨床動作分析より ) ゆっくり立ち上がる 下肢を拳上して 足の位置を後方に移動する 体幹 股関節 膝関節屈曲および足関節背屈しながら足底全面を接地し 重心を前方に移動させる 殿部離地し 全身を伸展させ立位になる 出来るだけ速く立ち上がる ゆっくり立ち上がるのと比較すると 重心線はかなり後方にある そのため 前方への回転の勢いが減ってしまうと 後方への転倒が起こりやすくなる 3
車椅子からの立ち上がり ここ ( アームレスト ) を持って 立ちますよ と指示を行う 車椅子のアームレストを持ち 踵で床を斜めに押すように立ち上がろうとする 足関節背屈が見られ 上肢は車椅子を後方に押してしまう 最終的に介助者の上肢を自身に引き付ける代償動作で立ち上がる プラットホームでの立ち上がり 手を殿部横につき 足を後方に引き お辞儀をして立ち上がるように指示 足関節の背屈は下腿後面のプラットホームへの押しつけによって制御されている しかし 下腿後面を押し付けたままであり 後方に転倒しそうになってしまう ここで 立ち上がりやすくならないかと 楽に立ち上がる原則に 従い ( 国際福祉機器展の資料より ) 1 足を手前に引く 2 身体を前に倒す 3 殿部の位置を高くしておく と指示 誘導を行った 殿部の位置を高くすることは 必ず出来ることではないので 殿部をできるだけ前方にずらす と指示 誘導を行った プラットホームでの立ち上がり 最初よりも殿部を前方にずらして 下腿後面の押しつけを減らすように誘導 下腿後面に押し付けようとすると 後方への転倒リスク 介助者の上肢を引き 立位での転倒を防ごうとする 体幹上部から考えた場合 介助者が関わる立ち上がり 上肢での後方への引き込み 後方への回転モーメントが生じる 頭部突出位 背部筋遠心性収縮 背部筋緊張亢進 体幹伸展位 伸展パターン強 体幹伸展が速い 骨盤後傾位 上肢で後下方に押す 車椅子からの立ち上がり 立ち上がりで支持基底面から重心がはずれない 下肢から考えた場合 股関節屈曲位 Thomas test 陽性 下腿三頭筋は膝関節屈曲に働く 膝関節屈曲 足関節底屈 Hip strategy 出現せず つま先立ち Ankle strategy が働かない スクワット 踵部過荷重 大腿四頭筋緊張亢進 前後調節が出来ない 股関節伸展位保持困難 殿筋 ハムストリングス筋緊張低下 後上方へ立ち上がろうとする 4
なぜ立位でふらつくのに ズボンの着脱は出来るのか 膝に手をついて中腰姿勢保持ふらつきあり 膝に肘をついて中腰姿勢保持可 引っ張った状態での立ち上がりを続けると 上肢での後方への引き込み = 肩関節伸展位 体幹過度前傾位なら中腰姿勢保持可 体幹伸展位 踵部過荷重 膝関節屈曲位保持困難 肩甲骨内転位体幹伸展位になりやすい伸展パターン強 体幹前傾位が促されない 上肢によって CW が生じている 足関節背屈 支持基底面から重心がはずれない 着脱可能 立ち上がりもそのように促せばいいのではないか 踵部過荷重 立ち上がれない 病棟では 1 月 夜間 下肢の突っ張りがひどく 立ち上がり時に上肢で強い力で引っ張ってしまう 立ち上がりで完全な立位をとれず 同時に靴を踵まで履けていなかったことからスタッフのいないところで転倒し 顔面をぶつけている 2 月 夜間の行動にだいぶ落ち着きがみられてきた 日中でも 誰もいないと簡易ナースコールを押さずに勝手にトイレに行くことが増えてきた 帰りたい と訴えることが増えた 病棟で統一して行ってもらっていたこと 立ち上がり時に介助または見守りで関わる際には 足を後方に引くこと お辞儀をすること ( トイレにて ) 縦手すりを引っ張らないこと 病棟に依頼をして統一してもらうようにしていた 歩行時の介助等も後に変更していただいた 治療アプローチ 現在 ADL 12 月頃 坐位での体幹回旋運動やリーチ動作練習 手引きや杖を用いての歩行練習 1 月頃 様々な条件下での立ち上がり練習 片脚立位や膝の屈伸など抗重力位での運動 2 月頃 今までの運動の他に 歩行距離の延長 ( 病棟サイドへの介助法伝達 ) 環境調整 BI 60/100 点 FIM 運動項目 50/91 点認知項目 19/35 点 起き上がり 座位保持 立ち上がり 立位保持 自立自立軽度介助軽度介助 Total69/126 点 5
環境設定下の立ち上がり 右側を高く前方にし 左側を腰部の高さで体側に近くする 引き込まないように 右側を机に 左側は椅子の肘かけを持ち 立ち上がる 左上肢による引っぱりが見られるが 肘かけを離すことで重心を右側前方に移す 後方へのふらつきがみられるが 右上肢に荷重をかけることで転倒を防いでいる 環境設定下の立ち上がり 左側を高く前方にし 右側を腰部の高さで体側に近くする 引き込まないように 左側を机に 右側は椅子の肘かけを持ち 立ち上がる 右上肢は一度把握してしまうと 離すことができず 立位になっても把握したまま 家族への介助アドバイス 立ち上がり 移乗動作 たまに手助けが必要 右手と左手を同じ高さにすると両手で突っ張ってしまって 立ち上がれたとしても後ろに倒れそうになってしまいます 右手と左手で違うものを持つと割と突っ張ることなく 立ち上がることができます できれば 右手を高い位置に置いた方がいいです 例 ) 机と椅子の肘置き 机と椅子の座面 家族へのアドバイスの根拠 右手と左手を同じ高さにすると両手で突っ張ってしまって 立ち上がれたとしても後ろに倒れそうになってしまう 背部の緊張が肩甲骨内転することでより高くなってしまい 伸展パターンが強くなってしまうため 左右違う高さであると 左右の背部の緊張が均等ではなくなるため 突っ張ることができない 右側の方が筋緊張が低いので 左側が机を突き放しても 右側が高ければ転倒リスクを避けられると考えたため 終わりに 今回 回復期病棟に入院されている患者様の立ち上がりのみに関してまとめた うまく治療につなげられないことも多くあったが 無事に自宅に帰ることが決まったことがうれしく思えた しかし 患者様の治療に関して こういう動きをしてほしいと思っていても 患者様にとって目的がないと思えば その通りに動いてもらうことは難しい リハビリにも様々な方法があると教えていただいた 患者様 ご家族には本当に感謝しています ありがとうございました 6