制御性 T 細胞が大腸がんの進行に関与していた! 腸内細菌のコントロールによる大腸がん治療に期待 研究成果のポイント 免疫細胞の一種である制御性 T 細胞 1 が大腸がんに対する免疫を弱めることを解明 逆に 大腸がんの周辺に存在する FOXP3 2 を弱発現 3 する細胞群は がん免疫を促進すること

Similar documents
法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

<4D F736F F D F4390B388C4817A C A838A815B8358>

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

令和元年 10 月 18 日 がん免疫療法時の最適なステロイド剤投与により生存率アップへ! 名古屋大学大学院医学系研究科分子細胞免疫学 ( 国立がん研究センター研究所腫瘍免疫研究分野分野長兼任 ) の西川博嘉教授 杉山大介特任助教らの研究グループは ステロイド剤が免疫関連有害事象 1 に関連するよう

研究の詳細な説明 1. 背景病原微生物は 様々なタンパク質を作ることにより宿主の生体防御システムに対抗しています その分子メカニズムの一つとして病原微生物のタンパク質分解酵素が宿主の抗体を切断 分解することが知られております 抗体が切断 分解されると宿主は病原微生物を排除することが出来なくなります

糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

<4D F736F F D DC58F49288A6D92E A96C E837C AA8E714C41472D3382C982E682E996C D90A78B408D5C82F089F096BE E646F6378>

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )

のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

がん免疫療法モデルの概要 1. TGN1412 第 Ⅰ 相試験事件 2. がん免疫療法での動物モデルの有用性がんワクチン抗 CTLA-4 抗体抗 PD-1 抗体 2

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 佐藤雄哉 論文審査担当者 主査田中真二 副査三宅智 明石巧 論文題目 Relationship between expression of IGFBP7 and clinicopathological variables in gastric cancer (

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

研究の詳細な説明 1. 背景細菌 ウイルス ワクチンなどの抗原が人の体内に入るとリンパ組織の中で胚中心が形成されます メモリー B 細胞は胚中心に存在する胚中心 B 細胞から誘導されてくること知られています しかし その誘導の仕組みについてはよくわかっておらず その仕組みの解明は重要な課題として残っ

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

血漿エクソソーム由来microRNAを用いたグリオブラストーマ診断バイオマーカーの探索 [全文の要約]

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

<4D F736F F D20322E CA48B8690AC89CA5B90B688E38CA E525D>

難病 です これまでの研究により この病気の原因には免疫を担当する細胞 腸内細菌などに加えて 腸上皮 が密接に関わり 腸上皮 が本来持つ機能や炎症への応答が大事な役割を担っていることが分かっています また 腸上皮 が適切な再生を全うすることが治療を行う上で極めて重要であることも分かっています しかし

No. 2 2 型糖尿病では 病態の一つであるインスリンが作用する臓器の慢性炎症が問題となっており これには腸内フローラの乱れや腸内から血液中に移行した腸内細菌がリスクとなります そのため 腸内フローラを適切に維持し 血液中への細菌の移行を抑えることが慢性炎症の予防には必要です プロバイオティクス飲

ランゲルハンス細胞の過去まず LC の過去についてお話しします LC は 1868 年に 当時ドイツのベルリン大学の医学生であった Paul Langerhans により発見されました しかしながら 当初は 細胞の形状から神経のように見えたため 神経細胞と勘違いされていました その後 約 100 年

今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

報道発表資料 2006 年 6 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 アレルギー反応を制御する新たなメカニズムを発見 - 謎の免疫細胞 記憶型 T 細胞 がアレルギー反応に必須 - ポイント アレルギー発症の細胞を可視化する緑色蛍光マウスの開発により解明 分化 発生等で重要なノッチ分子への情報伝達

東邦大学学術リポジトリ タイトル別タイトル作成者 ( 著者 ) 公開者 Epstein Barr virus infection and var 1 in synovial tissues of rheumatoid 関節リウマチ滑膜組織における Epstein Barr ウイルス感染症と Epst

学位論文の要約 免疫抑制機構の観点からの ペプチドワクチン療法の効果増強を目指した研究 Programmed death-1 blockade enhances the antitumor effects of peptide vaccine-induced peptide-specific cyt

汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

いることが推測されました そこで東京大学医科学研究所の氣駕恒太朗特任研究員 三室仁美 准教授と千葉大学真菌医学研究センターの笹川千尋特任教授らの研究グループは 胃がんの発 症に深く関与しているピロリ菌の感染現象に着目し その過程で重要な役割を果たす mirna を同定し その機能を解明しました スナ

遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

<4D F736F F D F4390B38CE3816A90528DB88C8B89CA2E646F63>

2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

Untitled

小児の難治性白血病を引き起こす MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見 ポイント 小児がんのなかでも 最も頻度が高い急性リンパ性白血病を起こす新たな原因として MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見しました MEF2D-BCL9 融合遺伝子は 治療中に再発する難治性の白血病を引き起こしますが 新しい

<4D F736F F D DC58F4994C A5F88E38A D91AE F838A838A815B835895B68F FC189BB8AED93E089C82D918189CD A2E646F63>

60 秒でわかるプレスリリース 2006 年 4 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 敗血症の本質にせまる 新規治療法開発 大きく前進 - 制御性樹状細胞を用い 敗血症の治療に世界で初めて成功 - 敗血症 は 細菌などの微生物による感染が全身に広がって 発熱や機能障害などの急激な炎症反応が引き起

平成 28 年 2 月 1 日 膠芽腫に対する新たな治療法の開発 ポドプラニンに対するキメラ遺伝子改変 T 細胞受容体 T 細胞療法 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 脳神経外科学の夏目敦至 ( なつめあつし ) 准教授 及び東北大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 下瀬川徹

Microsoft Word _前立腺がん統計解析資料.docx

1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.

RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

Untitled

ヒト慢性根尖性歯周炎のbasic fibroblast growth factor とそのreceptor

2015 年 11 月 5 日 乳酸菌発酵果汁飲料の継続摂取がアトピー性皮膚炎症状を改善 株式会社ヤクルト本社 ( 社長根岸孝成 ) では アトピー性皮膚炎患者を対象に 乳酸菌 ラクトバチルスプランタルム YIT 0132 ( 以下 乳酸菌 LP0132) を含む発酵果汁飲料 ( 以下 乳酸菌発酵果


Microsoft Word - FHA_13FD0159_Y.doc

Microsoft Word _肺がん統計解析資料.docx

るマウスを解析したところ XCR1 陽性樹状細胞欠失マウスと同様に 腸管 T 細胞の減少が認められました さらに XCL1 の発現が 脾臓やリンパ節の T 細胞に比較して 腸管組織の T 細胞において高いこと そして 腸管内で T 細胞と XCR1 陽性樹状細胞が密に相互作用していることも明らかにな

平成24年7月x日

報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

2019 年 3 月 28 日放送 第 67 回日本アレルギー学会 6 シンポジウム 17-3 かゆみのメカニズムと最近のかゆみ研究の進歩 九州大学大学院皮膚科 診療講師中原真希子 はじめにかゆみは かきたいとの衝動を起こす不快な感覚と定義されます 皮膚疾患の多くはかゆみを伴い アトピー性皮膚炎にお

生物時計の安定性の秘密を解明

H27_大和証券_研究業績_C本文_p indd

八村敏志 TCR が発現しない. 抗原の経口投与 DO11.1 TCR トランスジェニックマウスに経口免疫寛容を誘導するために 粗精製 OVA を mg/ml の濃度で溶解した水溶液を作製し 7 日間自由摂取させた また Foxp3 の発現を検討する実験では RAG / OVA3 3 マウスおよび

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 松尾祐介 論文審査担当者 主査淺原弘嗣 副査関矢一郎 金井正美 論文題目 Local fibroblast proliferation but not influx is responsible for synovial hyperplasia in a mur

平成 28 年 12 月 12 日 癌の転移の一種である胃癌腹膜播種 ( ふくまくはしゅ ) に特異的な新しい標的分子 synaptotagmin 8 の発見 ~ 革新的な分子標的治療薬とそのコンパニオン診断薬開発へ ~ 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 消化器外科学の小寺泰

<4D F736F F D F D F095AA89F082CC82B582AD82DD202E646F63>

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

平成24年7月x日

急性骨髄性白血病の新しい転写因子調節メカニズムを解明 従来とは逆にがん抑制遺伝子をターゲットにした治療戦略を提唱 概要従来 <がん抑制因子 >と考えられてきた転写因子 :Runt-related transcription factor 1 (RUNX1) は RUNX ファミリー因子 (RUNX1

Microsoft Word - 【広報課確認】 _プレス原稿(最終版)_東大医科研 河岡先生_miClear

ヒト脂肪組織由来幹細胞における外因性脂肪酸結合タンパク (FABP)4 FABP 5 の影響 糖尿病 肥満の病態解明と脂肪幹細胞再生治療への可能性 ポイント 脂肪幹細胞の脂肪分化誘導に伴い FABP4( 脂肪細胞型 ) FABP5( 表皮型 ) が発現亢進し 分泌されることを確認しました トランスク

モノクローナル抗体とポリクローナル抗体の特性と

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

博士学位論文審査報告書

博士の学位論文審査結果の要旨

一次サンプル採取マニュアル PM 共通 0001 Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital その他の検体検査 >> 8C. 遺伝子関連検査受託終了項目 23th May EGFR 遺伝子変異検

Microsoft Word - 運動が自閉症様行動とシナプス変性を改善する

細胞老化による発がん抑制作用を個体レベルで解明 ~ 細胞老化の仕組みを利用した新たながん治療法開発に向けて ~ 1. ポイント : 明細胞肉腫 (Clear Cell Sarcoma : CCS 注 1) の細胞株から ips 細胞 (CCS-iPSCs) を作製し がん細胞である CCS と同じ遺

EBウイルス関連胃癌の分子生物学的・病理学的検討

<4D F736F F D20312E834C B548DD CC82CD82BD82E782AB82F092B290DF82B782E98EF CC95AA8E7182F094AD8CA92E646F63>

Microsoft Word - all_ jp.docx

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

第6号-2/8)最前線(大矢)

妊娠認識および胎盤形成時のウシ子宮におけるI型IFNシグナル調節機構に関する研究 [全文の要約]

序にかえて がん免疫療法のリバース TR による 腫瘍免疫学の進歩 河上 裕 はじめに 2013 年 腫瘍免疫学とがん免疫療法の当時の知見をまとめた実験医学増刊号 腫瘍免 疫学とがん免疫療法 を出版 その後 免疫チェックポイント阻害薬が悪性黒色腫で承 認され 臨床試験では複数のがんで治療効果が認めら

< 研究の背景と経緯 > 私たちの消化管は 食物や腸内細菌などの外来抗原に常にさらされています 消化管粘膜の免疫系は 有害な病原体の侵入を防ぐと同時に 生体に有益な抗原に対しては過剰に反応しないよう巧妙に調節されています 消化管に常在するマクロファージはCX3CR1を発現し インターロイキン-10(

報道発表資料 2007 年 4 月 30 日 独立行政法人理化学研究所 炎症反応を制御する新たなメカニズムを解明 - アレルギー 炎症性疾患の病態解明に新たな手掛かり - ポイント 免疫反応を正常に終息させる必須の分子は核内タンパク質 PDLIM2 炎症反応にかかわる転写因子を分解に導く新制御メカニ

学位論文要旨 牛白血病ウイルス感染牛における臨床免疫学的研究 - 細胞性免疫低下が及ぼす他の疾病発生について - C linical immunological studies on cows infected with bovine leukemia virus: Occurrence of ot

大腸癌術前化学療法後切除標本を用いた免疫チェックポイント分子及び癌関連遺伝子異常のプロファイリングの研究 

平成14年度研究報告

ス化した さらに 正常から上皮性異形成 上皮性異形成から浸潤癌への変化に伴い有意に発現が変化する 15 遺伝子を同定し 報告した [Int J Cancer. 132(3) (2013)] 本研究では 上記データベースから 特に異形成から浸潤癌への移行で重要な役割を果たす可能性がある

子として同定され 前立腺癌をはじめとした癌細胞や不死化細胞で著しい発現低下が認められ 癌抑制遺伝子として発見された Dkk-3 は前立腺癌以外にも膵臓癌 乳癌 子宮内膜癌 大腸癌 脳腫瘍 子宮頸癌など様々な癌で発現が低下し 癌抑制遺伝子としてアポトーシス促進的に働くと考えられている 先行研究では ヒ

能性を示した < 方法 > M-CSF RANKL VEGF-C Ds-Red それぞれの全長 cdnaを レトロウイルスを用いてHeLa 細胞に遺伝子導入した これによりM-CSFとDs-Redを発現するHeLa 細胞 (HeLa-M) RANKLと Ds-Redを発現するHeLa 細胞 (HeL

卵管の自然免疫による感染防御機能 Toll 様受容体 (TLR) は微生物成分を認識して サイトカインを発現させて自然免疫応答を誘導し また適応免疫応答にも寄与すると考えられています ニワトリでは TLR-1(type1 と 2) -2(type1 と 2) -3~ の 10

Microsoft Word CREST中山(確定版)

イルスが存在しており このウイルスの存在を確認することが診断につながります ウ イルス性発疹症 についての詳細は他稿を参照していただき 今回は 局所感染疾患 と 腫瘍性疾患 のウイルス感染検査と読み方について解説します 皮膚病変におけるウイルス感染検査 ( 図 2, 表 ) 表 皮膚病変におけるウイ

Microsoft PowerPoint - 資料3-8_(B理研・古関)拠点B理研古関120613

RN201402_cs5_0122b.indd

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

免疫を使ったがん治療法の検討約 150 年前 免疫ががん治療に活かせるのではないかと考えた医師ががん患者に細菌を感染させて免疫を刺激し がんに対する免疫治療効果を確認する実験を行いました この時には十分な治療効果は現れませんでした 当時は免疫に対する研究が今ほど進んでおらず 免疫の仕組みを理解しない

PowerPoint プレゼンテーション

Microsoft Word - (最終版)170428松坂_脂肪酸バランス.docx

ヒト胎盤における

Transcription:

制御性 T 細胞が大腸がんの進行に関与していた! 腸内細菌のコントロールによる大腸がん治療に期待 研究成果のポイント 免疫細胞の一種である制御性 T 細胞 1 が大腸がんに対する免疫を弱めることを解明 逆に 大腸がんの周辺に存在する FOXP3 2 を弱発現 3 する細胞群は がん免疫を促進することを発見 FOXP3 を弱発現する細胞群の誘導にはある種の腸内細菌が関与していることから 将来 腸内細菌を調整することによる大腸がん治療の可能性に期待 概要大阪大学免疫学フロンティア研究センターの西塔拓郎博士 西川博嘉准教授 坂口志文教授らの研究グループは 大腸がんの組織内部の深くまで進行したリンパ球において 従来 制御性 T 細胞と見なされていた FOXP3 陽性細胞の中に FOXP3 を弱発現する細胞群が多数存在し がん免疫を促進することを明らかにしました また この細胞群は 免疫を抑制する能力を持たない活性型 T 細胞であり 大腸がんに付着する腸内細菌により腫瘍内で増加した IL-12 などの炎症性のサイトカイン 4 によって誘導されることを解明しました ( 図 ) さらに この様な FOXP3 を弱発現する細胞群が多数浸 5 潤する大腸がんは予後 ( 治療後の経過 ) が良好である一方 抑制活性をもつ制御性 T 細胞が多数浸潤する大腸がんは他のがん腫と同様に 制御性 T 細胞の浸潤が予後不良の原因になることを示しました がん免疫治療において抗腫瘍免疫に働く細胞群として 制御性 T 細胞は大きな注目を集めており この細胞群による免疫抑制をコントロールすることは がん免疫治療をより効果的にするために必須のものであると考えられています 本研究成果により 未だ一部の腫瘍でしか がん免疫療法の効果が認められなかった大腸がんにおいて 制御性 T 細胞を標的としたがん免疫療法の可能性が示唆されました また 腸内細菌が腫瘍内炎症を介して腫瘍免疫を高める可能性があることが示され 腸内細菌のコントロールによる大腸がん治療への応用の可能性が期待されます 研究の背景 近年 抗 PD-1 6 抗体薬や抗 CTLA-4 7 8 薬などの免疫チェックポイント分子阻害薬の出現により がん免疫治療は劇的な進歩を遂げています 免疫チェックポイント分子阻害薬出現前には 5 年生存がほぼ期待できなかった悪性黒色腫患者において これらの治療薬を使用することにより 5 年生存率が約 40% を越えるまで期待されることが報告されました しかしながら これらの治療薬が臨床効果をもたらす仕組みについては 未だ不明な部分が多く残されています がん免疫治療において抗腫瘍免疫に働く細胞群として 制御性 T 細胞は大きな注目を集めており この細胞群による免疫抑制をコントロールすることは がん免疫治療をより効果的にするために必須のものであると考えられています 制御性 T 細胞は FOXP3 をマスター遺伝子 ( その機能に必須となる遺伝子 ) として免疫抑制を司る細胞で 腫瘍内において種々の抗腫瘍免疫応答を抑制することにより がんが免疫系からの攻撃を逃れるため ( 免疫逃避機構 ) の重要な因子と考えられています よって多くのがん腫において 腫瘍内浸潤制御性 T 細胞の存在は予後不良因子として報告されていますが 大腸がんにおいては予後良好因子であるという他のがん腫とは相反するような報告もなされており 1

大腸がんに対する制御性 T 細胞の免疫応答は明らかにされてきませんでした 近年 腸管に存在する腸内細菌叢が免疫応答を調節する上で重要な働きをしていることが明らかになり ある種の細菌により制御性 T 細胞が誘導されることが示されています 大腸がんと関連する細菌も報告されていますが 腸内細菌による免疫応答の変化がどのように大腸がんに影響を与えるかは明らかになっていませんでした 坂口教授の研究チームは これまで FOXP3 陽性細胞の中にも 抑制能を持たない細胞群が存在することを報告してきました このような細胞群は制御性 T 細胞を除去するようながん免疫療法を検討していく上で 極めて重要な問題でした 今回の研究で ヒト大腸がんに浸潤するリンパ球をより詳細に解析することで 本来の制御性 T 細胞と抑制能を持たない FOXP3 陽性細胞の役割を解明するとともに 腸内細菌がそれらの細胞を誘導する上で与える影響を明らかにしました 研究の手法と成果 9 研究グループは ヒト大腸がんから生きたまま抽出した腫瘍浸潤リンパ球において どのような FOXP3 陽性細胞群が存在するかを検討しました CD4 陽性細胞 ( ヘルパー T 細胞 ) 中の FOXP3 陽性細胞を分析したところ 大腸がん 35 例中 約半数の大腸がん検体において多数の FOXP3 弱発現細胞 (Fr-III; FOXP3 lo CD45RA - CD4 + ) が浸潤しており ( 図 1) またそれらの細胞群はほとんど免疫抑制能を示さないことが明らかになりました( 図 2) FOXP3 弱発現細胞が少ない大腸がんを Type-A 多く存在する大腸がんを Type-B と規定し この 2 群間の腫瘍形成および増殖に関わる因子を網羅的に比較検討することにより 腫瘍内浸潤リンパ球が異なる原因を解析しました Type-A Type-B 大腸がんの各 2 例から抽出した mrna を用い 網羅的遺伝子発現解析を実施したところ Type-B 大腸がんで免疫反応と炎症反応関連遺伝子が亢進していることが示されました ( 図 3) これらのデータを元に より詳細に遺伝子発現を解析したところ Type-B 大腸がんでは IL12A と TGFB1 mrna が高発現していることが分かりました 以上より腫瘍内 IL12A TGFB1 mrna 発現を基準として大腸がん Type を予測出来ることが明らかとなったため 別の大腸がん症例群 109 例について この分類法を用いて各腫瘍 Type に分類し 各群において FOXP3 mrna 発現が予後へどう影響するかを検討しました Type-A 大腸がん (FOXP3 + T 細胞の大部分は制御性 T 細胞 図 1) においては FOXP3 高発現が予後不良因子であったのに対し Type-B 大腸がん (FOXP3 陽性細胞の半数以上は免疫抑制能を示さない 図 1,2) においては むしろ FOXP3 高発現が予後良好な傾向を示しました ( 図 4) 最後に 免疫学的に異なる2つのタイプの大腸がんの内 特に Type-B で炎症反応を引き起こす原因を究明するために 大腸がんに付着する腸内細菌の評価を行いました その結果 Type-B 大腸がんにおいては 腸内細菌 とりわけ Fusobacterium spp. の浸潤が認められるのに対し Type-A 大腸がんでは腸内細菌の腫瘍内への浸潤が認められませんでした ( 図 5) 以上より 大腸がんは 浸潤するリンパ球において2 種類に分類され とくに FOXP3 陽性細胞の中で抑制機能を持たない FOXP3 を弱発現する細胞群の存在が 重要な因子となっていることが明らかになりました これは大腸がんの発がん過程の違いによることが推測されます また 大腸がんに付着する腸内細菌が腫瘍に浸潤することで腫瘍内炎症反応を惹起し FOXP3 を弱発現する活性化 T 細胞を誘導し 腫瘍免疫を亢進することが示されました 逆に FOXP3 を強発現する制御性 T 細胞は他のがん腫と同様に 抗腫瘍免疫応答の抑制に働くことが解明されました 本研究成果が社会に与える影響 ( 本研究成果の意義 ) 本研究により 大腸がん腫瘍内における FOXP3 陽性細胞の正確な評価が可能になりました がん免疫の最前線で 2

ある腫瘍内において これらの細胞群を明確に同定できることは 制御性 T 細胞を標的としたがん免疫療法を開発する上で 標的がん腫を正確に抽出するための非常に有用なマーカーとなりうると考えられます 特に大腸がんでは未だ一部の腫瘍でしか がん免疫療法の効果が認められないことが分かっており 本研究成果により新たな標的患者群が明らかになるとともに 制御性 T 細胞を標的としたがん免疫療法の可能性が示唆されました 加えて 腸内細菌が腫瘍内炎症を介して腫瘍免疫を亢進する可能性があることが示され 腸内細菌をコントロールすることが大腸がん治療にも応用できる可能性が期待されます 特記事項本研究成果は Nature Medicine 誌に発表されました 著者 Takuro Saito, Hiroyoshi Nishikawa, Hisashi Wada, Yuji Nagano, Daisuke Sugiyama, Koji Atarashi, Yuka Maeda, Masahide Hamaguchi, Naganari Ohkura, Eiichi Sato, Hirotsugu Nagase, Junichi Nishimura, Hirofumi Yamamoto, Shuji Takiguchi, Takeshi Tanoue, Wataru Suda, Hidetoshi Morita, Masahira Hattori, Kenya Honda, Masaki Mori, Yuichiro Doki and Shimon Sakaguchi 論文タイトル Two FOXP3+CD4+ T-cell subpopulations distinctly control the prognosis of colorectal cancers 論文掲載誌 Nature Medicine 2016 本研究は 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ( AMED ) の革新的先端研究開発支援事業 (AMED-CREST) 炎症の慢性化機構の解明と制御に向けた基盤技術の創出 研究開発領域( 研究開発総括 : 宮坂昌之 ) における研究開発課題 制御性 T 細胞による慢性炎症制御技術の開発 ( 研究代表者 : 坂口志文 ) の一環で行われました また 大阪大学免疫学フロンティア研究センター (IFReC) は 日本が科学技術の力で世界をリードしていくため 目に見える世界的研究拠点 の形成を目指す文部科学省の 世界トップレベル研究拠点プログラム (WPI) に採択されています 3

参考図 図 1 大腸がんには FOXP3 弱発現の細胞群 (Fr-III) が多数浸潤する腫瘍が存在する 大腸がん患者より集積した末梢血 正常大腸粘膜 腫瘍からのリンパ球を抽出し CD4 陽性細胞中の FOXP3 の発現を評価した 約半数の大腸がん (Type-B 大腸がん ) においては FOXP3 を弱発現する細胞群 (Fr-III; FOXP3 lo CD45RA - ) が多数認められた 特徴的な Flow cytometry 染色 図 2 大腸がん腫瘍浸潤リンパ球中の FOXP3 弱発現 CD4 陽性細胞は抑制能を持たない 大腸がん患者の PBMC から分離した CD4 陽性細胞 (Responder) を CFSE ラベルし 同一患者の腫瘍浸潤リンパ球より分離した FOXP3 陽性細胞と混合し Responder の細胞増殖を評価することにより FOXP3 陽性細胞の抑制能を解析した FOXP3 hi 細胞 (Fr-II) が強い増殖抑制能を示したのに対し FOXP3 lo 細胞 (Fr-III) はほとんど抑制能を示さなかった 図 3 Type-B 大腸がんにおいては 免疫反応と炎症反応関連遺伝子の発現が亢進している Type-A, Type-B 大腸がんの各 2 サンプルより抽出した mrna を microarray により比較評価した 免疫反応 ( 青 ) と炎症反 応 ( 赤 ) に関連する遺伝子群が Type-B 腫瘍において発現亢進していることが明らかになった 4

図 4 Type-A 大腸がんにおいては FOXP3 高発現が予後不良因子である IL12A, TGFB1 mrna を用いて Type-A, Type-B 大腸がんを分類し 各群において FOXP3 mrna 発現が大腸がんの予後にどう影響するかを評価した Type-A 大腸がんにおいては FOXP3 高発現が予後不良因子であったのに対し Type-B 大腸がんにおいては むしろ FOXP3 高発現が予後良好な傾向を持っていた 図 5 Type-B 大腸がんにおいては 腸内細菌の腫瘍への浸潤が観察される 大腸がん腫瘍に浸潤する細菌を FISH (Fluorescence in situ hybridization) で評価した EUB338 ( 細菌 ) と FUSO (Fusobacterium spp.) を評価したところ Type-A 大腸がんでは細菌の浸潤が全く確認されないのに対し Type-B 大腸がんにおいては 細菌 Fusobacterium spp. の浸潤が確認された 5

用語解説 1 制御性 T 細胞 (Regulatory T cell :Treg): FOXP3 をマスター遺伝子とする 様々な免疫応答を負に制御する T 細胞 とくに腫瘍を攻撃する免疫細胞を抑制することで 抗腫瘍免疫に働くと考えられています 細胞表面に CD4 というタンパク質が発現している CD4 陽性細胞 ( ヘルパー T 細胞 ) の一種です 2 FOXP3 (Forkhead Box P3): 制御性 T 細胞のマスター遺伝子 この転写因子の発現により 制御性 T 細胞の抑制能が規定されます 3 弱発現本来は制御性 T 細胞の抑制に重要な転写因子 FOXP3 の発現が弱い状態です 結果として 免疫抑制 ( 負の制御 ) が弱まります 4 サイトカイン : 細胞から分泌されるタンパク質で 細胞間の情報伝達を担うものを指します 特に免疫細胞においては 炎症を引き起こすサイトカインが重要と考えられ IL-12 や TGF- が代表的です 5 浸潤本来その組織固有のものでない細胞が 組織の中に現れることをいいます この場合は大腸がんの細胞に T 細胞や腸内細菌が入り込むことを指します 6 PD-1 (Programmed Death 1): T 細胞上に発現する免疫抑制性分子 抗原提示細胞もしくは腫瘍細胞上の PD-L1 抗原と結合することにより 過剰な免疫応答を抑制しています 7 CTLA-4 (Cyto Cytotoxic T-lymphocyte-associated antigen-4): T 細胞上に発現する免疫抑制性分子 免疫共刺激分子である CD28 と競合することにより過剰な免疫応答を抑制しています 8 免疫チェックポイント阻害薬 PD1やCTLA-4 などは免疫細胞を非活性化させるシグナルを送る免疫チェックポイント分子と呼ばれます これらに対する抗体が免疫チェックポイント分子阻害薬であり 免疫細胞を活性化させる働きを持ちます 9 腫瘍浸潤リンパ球腫瘍に浸潤するリンパ球群で 腫瘍を攻撃する因子と防御する因子の両方を含みます 6