話題の 機能不全 HDL(dysfunctional HDL) で新たな展開 HDL-C の質の改善 維持に脂質異常症治療の 点が移る可能性 2014/6/23 本ブログは今年度から隔 ( 偶数 ) 掲載となりました これに伴って筆者が感じたのは 勢い の 切さです 毎 掲載していた時はどんなに時間がなくても 勢い に任せて何とか 初めに脱稿できたのですが 隔 となるとついつい慎重になってしまい 終わりの脱稿となってしまいました ところで 最近 dysfunctional HDL という 葉をしばしば にするのではないでしょうか? そんな話題のdysfunctional HDLの提唱者クリーブランドクリニックStanly Hazen 博 のグループが2013 年 2014 年と続けて下記 2 編の重要な論 を発表し dysfunctional HDLの新しい展開が えてきました ミエロペロオキシダーゼ パラオキソナーゼ-1 HDLは機能的 3 量体複合体を形成する Myeloperoxidase, paraoxonase-1, and HDL form a functional ternary complex Ying Huang, et al. The Journal of Clinical Investigation 2013;123:3815-3828 ヒトアテロームにおける豊富な機能不全アポリポタンパク質 A1 An abundant dysfunctional apolipoprotein A1 in human atheroma Ying Huang, et al. Nature Medicine 2014;20:193-203 Dysfunctional HDLとは? 中 HDLコレステロール値と 管疾患のリスクが反 例することは多くの臨床研究で され HDLコレステロール= 善 コレステロール という概念が定着しています HDL コレステロールは 末梢から肝臓にコレステロールを逆輸送する (Reverse
Cholesterol Transport:RCT) 働きに加えて 管内 細胞でスカベンジャ- 受容体 (SR-B1) に結合し内 型 NO 合成酵素 (enos) を活性化することで抗酸化作 抗炎症作 をもたらす などのpleiotropic effectsを持つことが知られています ところが ナイアシンを いたAIM-HIGH(Atherothrombosis Intervention in Metabolic Syndrome With Low HDL/High Triglycerides: Impact on Global Health Outcomes)trialやCETP 阻害薬の1つTorcetrapibを いた ILLUMINATE(the Investigation of Lipid Level Management to Understand its Impact in Atherosclerotic Events)trialなど 多くの薬物によりHDLコレステロール値に対する介 試験では 冠動脈疾患患者におけるHDLコレステロール上昇がことごとく予後改善に結びついていません このような2つのタイプのHDL 研究の い違いから HDLコレステロール= 善 コレステロール という既成概念に疑問が呈されています ( 本ブログ HDLにも善 と悪 がある HDLコレステロール仮説 神話を修正する時が来た? 参照 ) これに対する答えとして HDLコレステロールは量ではなく質が 切とする考えが提唱され コレステロールを逆輸送できないHDLをdysfunctional HDLと呼ぶようになりました 実は dysfunctional HDLはコレステロールの逆輸送ができないだけでなく 管内 細胞で酸化 LDL 受容体 (LOX-1) に結合し enosを抑制することで酸化ストレスや炎症を惹起し動脈硬化を促進する作 を持つことも明らかとなっています このようなことを考慮すると dysfunctional HDLというよりも 悪性 HDL(malignant HDL) という呼び名の が実態をより正確に表している印象さえあります 健常なHDLがdysfunctional HDLとなるメカニズム HDLはリン脂質成分とタンパク質成分からなる多量体です HDLのプロテオーム解析から 他の多くのタンパク質とともにmyeloperoxidase(MPO) と paraoxonase-1(pon-1) と呼ばれるタンパク質がHDLに結合していることが分かりました MPOはHazen 博 らが発 した酸化酵素で 球から分泌され細胞外で活性酸素を発 する代表的酵素です LDLを酸化 LDLとするのもMPOです PON-1 は脂質酸化物を分解することで酸化作 に拮抗します HDLに結合したMPOは PON-1の作 を抑制し 逆にHDLに結合したPON-1はMPOの作 を抑制することも されています すなわち HDLには拮抗的 相殺的な作 をもつMPOとPON-1 が結合しており PON-1の が強ければ健常なHDLコレステロールとして作 しますが MPOの が強くなればdysfunctional HDLとなるのです ( 図 1) 健常な HDLはMPOを結合しその酸化作 を抑制しますが dysfunctional HDLとなると抗酸化作 をもつPON-1の働きが抑制されLDLの酸化が進むので HDLコレステロールにおけるMPOとPON-1の べが酸化 LDLの産 ひいては動脈硬化の鍵を握っ
ているように えます 図 1 健常 HDLコレステロールと機能不全 HDLコレステロールができる機序 [ クリックで拡 ] MPOがどのようにしてHDLをdysfunctional HDLにするのか もう少し詳細に てみましょう MPOはLDLだけでなくHDLも酸化します HDLの主要な ( 約 75% の ) アポリポタンパク質 apoa1の3つのメチオニン 7つのチロシン 4つのトリプトファンが酸化修飾されます これらの中で トリプトファンが酸化されたHDLコレステロールではコレステロールの逆輸送能が消失することが次のような実験から明らかになりました 基礎実験の話になるので少し複雑になります ( 基礎実験の話は勘弁という は 図 2の後までワープしてください ) まず HDL コレステロールに対する種々のモノクローナル抗体 (mab) を作成し MPO による酸化ストレスを加えた時だけ特異的に認識する mab を探し r8b5.2 を つけています 次に図 2A で 野 型 (rh-apoa1) 4 つのトリプトファンをすべてフェニルア ラニン (4WF) 3 つのメチオニンをバリン (3MV) 7 つのチロシンをフェニル
アラニン (7YF) に置換したapoA1に対するr8B5.2による認識を調べています rh-apoa1 3MV 7YFはMPOによる酸化刺激後だけapoA1を認識しますが 4WF は酸化刺激後も認識しません つまり 4つのトリプトファンの酸化のうちいずれかがr8B5.2により特異的に認識されていることになります この4つのトリプトファンを1つずつ別のアミノ酸に置換すると 72 番 のトリプトファンをロイシン (W72L) あるいはフェニルアラニン (W72F) に置換した時だけr8B5.2による認識が消失しています つまり r8zb5.2は72 番 のフェニルアラニンが酸化修飾された apoa1を認識する抗体なのです 次に図 2Bでトリプトファンの酸化がコレステロール逆輸送 ( 実際にはマクロファージからのコレステロールトランスポーター ABCA1 依存的コレステロール引き抜き ) に及ぼす影響を検討しています H2O2( 過酸化 素 ) 対 apoa1の を増やしていくと 2:1 以下ではメチオニンは酸化されますがトリプトファンは酸化されません ( 図 2B ) その段階では野 型 apoa1(rh-apoa1) によるコレステロール引き抜きは抑制されません この が2:1 以上になるとトリプトファンの酸化が起こり始めますが それとともにコレステロールの引き抜きが低下しています 4つのトリプトファンをすべてフェニルアラニンに置換すると (4WF) 酸化刺激によってコレステロール引き抜きは全く抑制されません ( 図 2B ) 72 番 のトリプトファンをフェニルアラニン (72WF; 図 2B ) あるいはアラニン (72WA; 図 2B ) に置換すると 約 50% コレステロール引き抜きの抑制が改善します また 72 番 のトリプトファンがそのままにして残り3つのトリプトファンをフェニルアラニンに置換すると (3F72W) やはり約 50% コレステロール引き抜きの抑制が改善されます ( 図 2B )
図 2 apoa1の72 番 のトリプトファンの酸化がdysfunctional HDLに重要 A, apoa1 72 番 のトリプトファンの酸化を認識する抗体
図 2 apoa1の72 番 のトリプトファンの酸化がdysfunctional HDLに重要 B, 72 番 のトリプトファンの酸化とコレステロール引き抜き機能 以上の結果から apoa1のトリプトファンの酸化がコレステロール逆輸送に重要で 中でも4つあるトリプトファンのうち72 番 のトリプトファンの酸化の影響が最も強いことが分かります また 72 番 のトリプトファンはPON-1が結合する部位の近傍にあり その酸化によりPON-1が結合できなくなります これによって dysfunctional HDLへの坂道を急速に転がり落ちていくのです mr8b5.2は特に機能不全の強いhdlコレステロールを認識できる抗体であることが されます これらの結果から 唆されること これまでの臨床検査ではHDLコレステロールの量を測っていましたが 今後は HDLコレステロールの質を測ることに が向けられる可能性があります Hazen 博 らが起業したCleveland HeartLabでは72 番 のトリプトファンが酸化された apoa1を認識するmab r8b5.2を使った検査法が開発され 臨床治験が始められています 臨床検査でdysfunctional HDLが測定できる時代はそう遠くないのかもしれません これまで脂質異常症の治療では LDL コレステロールの低下が最も重要視されてき たように思います ところが その成否は別にしてちまたでは LDL が くても きする という話をしばしば にします LDL は量が多くても酸化されなければ
問題ないのかもしれません その酸化の鍵を握るのがdysfunctional HDLであれば もしかしたら今後はLDLコレステロールの量の低下からHDLコレステロールの質の改善 維持に脂質異常症治療の 点が移る可能性があるかもしれません その標的はMPOであり 今 MPOを標的とする創薬が進 中です 2006-2014 Nikkei Business Publications, Inc. All Rights Reserved.