バクテリアはなぜ、またどれくらいの量の水素を発酵で発生するか

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バクテリアはなぜ水素を発酵で発生するのか またエネルギー生産利用における問題点はなにか 谷生重晴横浜国立大学教育人間科学部 tanisho@ynu.ac.jp The Reason for Bacterial Evolution of Hydrogen by Fermentation and the Problems to be Solved for Utilization on Energy Production Shigeharu TANISHO Department of Environmental Sciences, Yokohama National university Hydrogen evolution by fermentation is very general metabolism for bacteria. Almost 25% of genera listed in the Bergey s Manual of Determinative Bacteriology, 8 th edition, were recognized to evolve hydrogen, no matter what the amount of evolution. The reason is mainly to re-oxidize to NAD + to get more energy for their growth and living like follows; +H + NAD + +. For the case of Clostridium butyricum, the evolution was clearly explained from the point of chemical thermodynamics. The metabolism is regulated by the redox potential of at the cultural ph. Maximum values on hydrogen production properties were estimated from the theoretical point of view. Keyword: Fermentation, hydrogen production,, Enterobacter, Clostridium 1. はじめに非常に多数のバクテリアが水素発生していることが知られている 原核生物に分類されるバクテリアは Bergey s Manual of Determinative Bacteriology 第 8 版 (1978) では 245 属 ( Genus) が記載されているが バクテリア研究の進展とともに 属名は絶えず改名増加している 1990 年に このマニュアルを基準にして水素発生が観察報告されたバクテリアの属を数えたところ 57 属が数えられた ガス発生は 必ずしも分類上の特性として測定が規定されていたものではないにもかかわらず 実に約 25% にものぼる属で水素発生が観察されていたのである このように 水素発生はバクテリアにとっては非常に日常的な代謝反応であるが 発生反応は単一経路ではなく 種々の経路が報告されている そのうち 現在 発酵水素生産での利用が期待されている Enterobacter 属やClostridium 属など代表的なバクテリアの発生経路は 図 1のように 3 経路ある 生物細胞は 細胞の生命維持や増殖のため 解糖系でグルコ ースを酸化し エネルギー源になる ATP( アデノシン 3リン酸 ) を生産する 酸化されたグルコースはピルビン酸になり 酸素が無い状況下 ( 嫌気状態 ) では 解糖を再び進めるために この過程で還元生成された をピルビン酸と反応させ 再酸化して NAD を利用する 水素発生の一つの理由は を再酸化するためである 本報では発酵水素発生のメカニズムと 工業的利用における問題点について述べたい Glucose HADH Pyruvate 3 2 Formate 1 Acetyl-CoA Product 図 1. 代表的な水素発生経路 - 2 -

2. 発酵水素発生のメカニズム 2.1 ギ酸経路の水素発生 (1) 2H + +2e E0 =-0.414 V (2) HCOO - +H + CO2+2H + +2e E0 =-0.432 V (3) HCOO - +H + CO2+ E0 = 0.018 V 酢酸やエタノールなど最終産物生成の途中 1の経路で大腸菌類の多くはギ酸を生成するが 生育環境が酸性になると ギ酸を分解して水素を発生する 図 2 に示した (2) 式の酸化還元電位から この分解反応は細胞膜の外側で起きている酵素反応と考えるならば 非常に良く説明がつく なぜなら ph 6.4 より酸性側ではギ酸分解反応の酸化還元電位が水素生成反応の酸化還元電位より低くなるので 水素が発生しやすくなるからである ギ酸濃度が高くても 中性付近ではほとんど水素を出さないから ギ酸経路の水素発生はピルビン酸の反応を促進するための反応ではなく H + 濃度を低くして生育環境を良くするための反応といえる 2.2 直接経路 2の経路はギ酸を生成することなく酪酸 ブタノールなどを生成するクロストリディウム属に特徴的な経路である 中性付近では水素も酪酸もあまり生産しない しかし 環境が酸性になると活発に水素を発生し酪酸濃度も高くなる ヒドロゲナーゼによりフェレドキシン (Fd) の還元体から水素発生が観測されたので 直接水素を発生する経路と言われているものである (1) 2H + +2e E0 =-0.414 V (4) Pyruvate + H-CoA Acetyl-CoA + CO2 + 2H + + 2e E0 =-0.52 V (5) Pyruvate + H-CoA Acetyl-CoA + CO2 + E0 = 0.11 V ただ 直接水素を発生したのであるなら Pyruvate Acetyl-CoA の標準酸化還元電位差 ( E0 =0.11 V) が非常に高いので 培地 ph の影響を受けることなく高い ph から低い ph まで ほぼ一様に水素発生が起きなければならない しかし C. butyricum などでは水素発生に培地 ph の影響を受ける Fd 還元体は図 3のように NAD + ( ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド 酸化体 ) を還元することもできるので あるいは C. butyricum では が副生成されて水素が発生したとも考えられる したがって 3の 経路で水素発生の理由を考えるのが適当である (6) NAD + + 2H + + 2e +H + E0 =-0.320 V (7) Fdred Fdox + 2H + + 2e E0 =-0.38 V (8) NAD + + Fdred Fdox + +H + E0 = 0.06 V Pyruvate Fd ox? Acety-CoA Fd red NAD + 図 3.Fd を介した H + への電子伝達系 2H + H 2 2.3 経路 (1) 2H + +2e E0 =-0.414 V (6) +H + NAD + +2H + +2e E0 =-0.320 V (9) +H + NAD + + E0 =-0.094 V 図 2. ギ酸 水素の酸化還元電位と ph の関係 から膜結合ヒドロゲナーゼの働きで水素が発生することはかなり早くから知られていた 代謝生成物のマスバランス計算をおこなえば グルコースの分解反応で生産された が剰り (9) 式の総括反応で水素発生したと考えれば量論的に良く説明がつくと同時に 酵素実験からも確かめられたからである たとえば 図 1で グルコースからピルビン酸が生 - 3 -

成されるまでの反応は解糖系と呼ばれ 総括反応式は (10) 式で表される この反応系では 2mol の と 2mol の ATP が生成される E. aerogenes は酸性下では 1mol のグルコースから 1mol のブタンジオールと 1mol の水素を発生するが その代謝反応では (11) 式のように は 1mol しか使われない その結果 1mol の未反応 が残り これを再酸化するために (12) 式の反応で 1mol の水素を発生する [ 解糖系 ] (10) C6H12O6+2NAD + +2ADP+2Pi 2CH3COCOOH+2+2H + +2ATP [ ブタンジオール生成反応 ] (11) 2CH3COCOOH++H + + CH3(CHOH)2CH3+NAD + +2CO2 (12) +H + NAD + + (12) C6H12O6+2ADP+2Pi CH3(CHOH)2CH3+2ATP ++2CO2 しかし からの水素発生は (9) 式に示すように E0 がかなり大きな負の値になるから ph=7.0 における平衡定数 K は (14) 式のように非常に小さいものになる むと考えていたことと 水素発生速度に注意を払っていなかったことによる 実際 バクテリアの生育が中性 ph 付近でもっとも活発になるのに対し 発酵水素発生では 発生速度は培地 ph の影響を強く受け 酸性側で至適 ph が観察される Tanisho らは NAD は細胞外に出ることはないから この事実は 水素の生成反応 (1) 式が細胞外で起きていることを示すものであるとして 図 5に示す細胞膜結合ヒドロゲナーゼ水素発生メカニズムを 1989 年に提案し 実験値と理論値が良く合うことを示した 図 4から分かるように 細胞外で (1) 式の反応が起きているなら ph が小さくなるにつれ E が正の値を持つ方向に変化するので 平衡定数は大きくなり 分圧問題は解決する さらに膜結合ヒドロゲナーゼが水素発生を触媒することの説明もつく 結局 経路で水素発生する微生物は 自身が生産する代謝産物で環境 ph が低くなると水素の酸化還元電位が高くなることを感じ取り の再酸化に利用できるような酵素反応系を作り上げたといえる -0.1 +H + NAD + +2H + +2e -0.2 培地の ph 細胞内の ph (14) K = [NAD+](P)/[] = 6.7x10-4 P 1/2000 気圧 NAD は生体反応の重要な補酵素であるから 濃度比 [NAD + ]/[] は細胞内では 1 前後に保たれている したがって から水素発生が確認できても 化学熱力学的には水素分圧が約 1/2000 気圧で反応は平衡に達してしまう しかし 連続発酵水素発生では水素分圧が 0.6 気圧の下でも活発に水素発生している 1976 年には E. coli の細胞内 ph が 外部 ph 5.5~ 9.0 の広い範囲にわたって ほぼ 8.0 に保たれていることが明らかになり 中性 ph を好むバクテリアの細胞内 ph はアルカリ側に偏っていることが一般的に認識された 図 4から容易に考えられるように 細胞内で水素発生反応が進んでいるなら ph 7.0 よりさらに低い水素分圧で平衡に達っしてしまうことになる 化学量論的には により水素発生すると考えられるにもかかわらず 化学熱力学的には説明できないことに研究者たちは永く苦しんでいたが それは 生物化学者たちが この反応が細胞内の均一 ph 状況下で進 Redox potential [ V ] -0.3-0.4 H 2 2H + +2e E 8 o E 6-8 o -0.5-0.6 3 4 5 6 7 8 9 10 ph [ - ] 図 4.pH と酸化還元電位の関係 plasma periplasm membrane cyctoplasm 2H + 2e NAD + + H + hydrogenase 図 5. 膜結合ヒドロゲナーゼの反応機構 - 4 -

Concentration [mm] Yield [mol-/mol-sucrose] 2. Clostridium butyricum の水素発生例図 6はスクロースを基質にしたときのC. butyricum の代謝産物濃度 水素収率と培地 ph の関係を示したものである 図に見られるように ph7.0 では乳酸が主産物で酪酸 酢酸の濃度は非常に小さく 水素収率も同様に非常に小さい しかし 培地 ph が低くなるに従って乳酸の生産量が少なくなり それに反比例するように酪酸 酢酸の生産量が増えている さらに この酪酸 酢酸の生産量増大に比例して 水素収率も大きくなっており これらの物質の生成経路と水素発生が密接な関係を持つことを明瞭に示している 50 5.0 45 4.5 40 4.0 35 3.5 30 3.0 25 2.5 20 2.0 15 1.5 10 1.0 5 0.5 0 0.0 4.5 5.0 5.5 6.0 6.5 7.0 7.5 ph [ - ] Lactate Acetate Butyrate Yield 図 6. スクロースを基質にしたときの C. butyricum の代謝産物濃度と培地 ph の関係 この場合にも の再酸化が 細胞内外の ph 差を利用して水素発生した方が進めやすいから と考えることができる Glucose 2ADP 2NAD + 2ATP 2 2NAD + 2 2Lactate 2Pyruvate CH 3 -CO-COOH E 0 =0.13V Fd ox E 0 =0.12V 4H + CO NAD + 2 Fd rd 2H 2 H-CoA Pi 2Acetylphosphate ADP ATP 2Acetyl-CoA Acetoacetyl-CoA CH 3 -CO-CoA CH 3 -CO-CH 2 -CO-CoA 2Acetate E 0 =0.09V NAD + Hydroxybutyryl-CoA Crotonyl-CoA CH 3 -CHOH-CH 2 -CO-CoA CH 3 -CH=CH-CO-CoA E 0 =0.31V NAD + Butyryl-CoA Butyrate CH 3 -CH 2 -CH 2 -CO-CoA CH 3 -CH 2 -CH 2 -COOH 図 7. 酪酸発酵の代謝経路と酸化還元電位の関係 3. 工業利用における問題点発酵による水素生産の問題点は 水素収率が小さく基質の持つエネルギーを十分利用していないこと そのためエネルギー変換効率が低いこと 水素発生速度が触媒反応などに比べて遅いことである ここでは これらの諸問題点について理論的最大値について考えてみよう この代謝反応の ph に対する変化は 水素の発生が C. butyricum にとってどのような意味と役割を持っているかを化学熱力学的に考える良い例である 図 7 に乳酸 酪酸 酢酸の生成経路と途中の標準酸化還元電位差を示した ピルビン酸から分岐する反応にはどちらも が関わっており 二つの反応経路の E0 を比べると ピルビン酸 / 乳酸の電位差と酪酸経路のアセチル-CoA/ ピルビン酸のそれはほぼ同じである 水素が直接 (5) 式したがって発生するなら ph の影響を受けることなく反応が進むから 乳酸と酪酸の生産も ph の影響を受けること無く進むと考えられる しかし Fdred から Fdox への再酸化反応が直接水素発生ではなく NAD の還元反応を仲立ちにして進むなら の再酸化が 経路の水素発生機構にしたがうため 結果として酪酸経路の反応が培地 ph に制御され 直線的な ph 応答の説明がつく 3.1 理論的最大水素収率発酵は 上に述べたように 嫌気状態下で を再酸化するための反応であるから 必ず何か代謝産物を生産しなければならない したがって から水素が生産されるなら 代謝産物生産に を用いず かつ がもっとも多く生産される反応系だけを発現できれば 発酵における最大水素収率が得られることになる そのような系の一つは酢酸生成経路で 総括反応式は (15) 式のようになる また (16) 式のアセトン生成経路もそのような系の一つであるが これは図 8 に見られるように グルコースを基質に利用して酪酸 酢酸を生成した後 二次反応としてこれらの代謝産物からアセトン ブタノールを生成したと思われるので 酪酸発酵と組み合わせて利用することになる (15) C6H12O6 + 2O 2CH3COOH + 2CO2 + 4H 2-5 -

倍加率 [ 倍 ] (16) C6H12O6 + O CH3COCH3 + 3CO2 + 4H 2 これらの系が発酵水素生産の最大収率を示す総括反応で これより多くの水素を発生することはできない すなわち 4 mol-/mol-glucose が最大収率である 図 8 C. acetobutylicum の代謝産物 Butanol, acetone, ethanol, butyrate, acetate 3.2 最大エネルギー変換効率サトウキビは非常に効率よく太陽エネルギーを変換し スクロースとして蓄える その年間エネルギー変換効率は バイオマス全量からは約 2% スクロース生産量からはおおよそ 1% と見なすことができる グルコースの燃焼熱は 2,817kJ/mol 水素の燃焼熱は 286kJ/mol であるから 発酵によるグルコースからの水素エネルギーへの最大エンタルピー回収率は約 40% である スクロースはグルコースの二量体と考えれば サトウキビのサトウからの発酵水素発生の太陽エネルギー変換効率は 結局 0.4% といえるであろう 全バイオマスが利用できれば 0.8~1% になる (17) = (4)(286)/(2817)x100 = 40.6% 3.3 最大水素発生速度 40 以下における E. aerogenes の倍加速度は約 20 分であるが バクテリアの中でもっとも速い倍加速度は約 15 分である 酢酸生成反応では 1 mol のグルコースから 4 mol の ATP ができる バクテリアの増殖収率 は約 10 g/mol-atp であるから グルコースの最大消費 速度は 0.10 mol-glucose/(g-dry cell.h) と計算される (18) V = 4(1/hr)/10(g/ATP)/ 4(ATP/ mol-glucose) = 0.1 mol-glucose/(g-dry cell.h) したがって もっとも増殖速度の速いバクテリアに酢 酸だけを生成する代謝反応をさせることができれば 水 素発生速度は最大 0.4 mol-/(g-dry cell.h) すなわち 9 L-/(g-dry cell.h) が期待できる これは 現状の E. aerogenes や C. butyricum が発生している速度の約 20 倍の発生速度にあたる 化学反応速度は反応温度が高くなると Arrhenius の 式にしたがって速くなる E. aerogenes の見かけの活 性化エネルギーは約 76 kj/mol であるから 35 の水 素発生速度を基準に 培養温度を高くしたときの反応速 度上昇を計算すると 図のようになる したがって も し 65 でも生育できる E. aerogenes が選別できれば 現在の発生速度の約 10 倍の速度で水素生産できること になる このように 水素発生速度は成長速度を速くすること でも 培養温度を高くすることでも速くできるので 今 後の課題であろう 4. 結言 17 15 13 11 k1/k2 9 7 5 3 1 35 40 45 50 55 60 65 70 培養温度 [ ] 図 9 培養温度と反応速度の倍加率の関係 ( 活 性化エネルギーが 76 kj/mol の場合の例 ) 上述のように 発酵水素発生は 1 エネルギー獲得サ イクルを回すための 再酸化反応の結果で 2 水 素発生反応は細胞膜の培養液側で進行し 3 水素の酸化 還元電位が ph で変化するため 培地の ph の強い影響 を受ける 4 発酵でのグルコースからの最大水素収率は 4 であり 5 最大エンタルピー回収率は 40% 6 水素 発生速度は 現状の 20 倍以上が理論的上限である - 6 -