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平成14年度研究報告

5-53 -

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論文の内容の要旨

報道発表資料 2001 年 12 月 29 日 独立行政法人理化学研究所 生きた細胞を詳細に観察できる新しい蛍光タンパク質を開発 - とらえられなかった細胞内現象を可視化 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は 生きた細胞内における現象を詳細に観察することができる新しい蛍光タンパク質の開発に成

糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

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生物時計の安定性の秘密を解明

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現し Gasc1 発現低下は多動 固執傾向 様々な学習 記憶障害などの行動異常や 樹状突起スパイン密度の増加と長期増強の亢進というシナプスの異常を引き起こすことを発見し これらの表現型がヒト自閉スペクトラム症 (ASD) など神経発達症の病態と一部類することを見出した しかしながら Gasc1 発現

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

PRESS RELEASE (2014/2/6) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

スライド 1

1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

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るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

大学院博士課程共通科目ベーシックプログラム

報道発表資料 2007 年 8 月 1 日 独立行政法人理化学研究所 マイクロ RNA によるタンパク質合成阻害の仕組みを解明 - mrna の翻訳が抑制される過程を試験管内で再現することに成功 - ポイント マイクロ RNA が翻訳の開始段階を阻害 標的 mrna の尻尾 ポリ A テール を短縮

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

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ルス薬の開発の基盤となる重要な発見です 本研究は 京都府立医科大学 大阪大学 エジプト国 Damanhour 大学 国際医療福祉 大学病院 中部大学と共同研究で行ったものです 2 研究内容 < 研究の背景と経緯 > H5N1 高病原性鳥インフルエンザウイルスは 1996 年頃中国で出現し 現在までに

子として同定され 前立腺癌をはじめとした癌細胞や不死化細胞で著しい発現低下が認められ 癌抑制遺伝子として発見された Dkk-3 は前立腺癌以外にも膵臓癌 乳癌 子宮内膜癌 大腸癌 脳腫瘍 子宮頸癌など様々な癌で発現が低下し 癌抑制遺伝子としてアポトーシス促進的に働くと考えられている 先行研究では ヒ

報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

研究の背景と経緯 植物は 葉緑素で吸収した太陽光エネルギーを使って水から電子を奪い それを光合成に 用いている この反応の副産物として酸素が発生する しかし 光合成が地球上に誕生した 初期の段階では 水よりも電子を奪いやすい硫化水素 H2S がその電子源だったと考えられ ている 図1 現在も硫化水素

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微鏡で観察した際に 他の核内領域に比べて非常に濃く染色される (=DNA 含量に富む ) 領域として 反対に淡く染色されるユークロマチンとの対比から 約 70 年以上も前に定義された言葉である ヘテロクロマチンは 細胞周期を通じて常に分裂期染色体のように凝集したままの状態を維持し 他の染色体領域に比

15K14554 研究成果報告書

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脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

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別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

研究の詳細な説明 1. 背景細菌 ウイルス ワクチンなどの抗原が人の体内に入るとリンパ組織の中で胚中心が形成されます メモリー B 細胞は胚中心に存在する胚中心 B 細胞から誘導されてくること知られています しかし その誘導の仕組みについてはよくわかっておらず その仕組みの解明は重要な課題として残っ

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

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受精に関わる精子融合因子 IZUMO1 と卵子受容体 JUNO の認識機構を解明 1. 発表者 : 大戸梅治 ( 東京大学大学院薬学系研究科准教授 ) 石田英子 ( 東京大学大学院薬学系研究科特任研究員 ) 清水敏之 ( 東京大学大学院薬学系研究科教授 ) 井上直和 ( 福島県立医科大学医学部附属生

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

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第6号-2/8)最前線(大矢)

な 本来ユークロマチンとしての特徴を持つ領域が 発生の段階で構造的クロマチンと同様な凝縮構造を取る場合を 選択的 (facultative) ヘテロクロマチンと呼んで区別している クロマチンの基本単位として知られるヌクレオソームは 四種類のヒストン (H2A, H2B, H3, H4) を二個ずつ含

統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

図 1 ヘテロクロマチン化および遺伝子発現不活性化に関わる因子ヘテロクロマチン化および遺伝子発現不活性化に関わる DNA RNA タンパク質 翻訳後修飾などを示した ヘテロクロマチンとして分裂酵母セントロメアヘテロクロマチンと哺乳類不活性 X 染色体を 遺伝子発現不活性化として E2F-Rb で制御

報道発表資料 2007 年 4 月 30 日 独立行政法人理化学研究所 炎症反応を制御する新たなメカニズムを解明 - アレルギー 炎症性疾患の病態解明に新たな手掛かり - ポイント 免疫反応を正常に終息させる必須の分子は核内タンパク質 PDLIM2 炎症反応にかかわる転写因子を分解に導く新制御メカニ


( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

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Microsoft Word CREST中山(確定版)

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抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

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られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 松尾祐介 論文審査担当者 主査淺原弘嗣 副査関矢一郎 金井正美 論文題目 Local fibroblast proliferation but not influx is responsible for synovial hyperplasia in a mur

の活性化が背景となるヒト悪性腫瘍の治療薬開発につながる 図4 研究である 研究内容 私たちは図3に示すようなyeast two hybrid 法を用いて AKT分子に結合する細胞内分子のスクリーニングを行った この結果 これまで機能の分からなかったプロトオンコジン TCL1がAKTと結合し多量体を形

【PDF作成用】平成23年度共同研究成果報告書.ren

「ゲノムインプリント消去には能動的脱メチル化が必要である」【石野史敏教授】

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NEXT外部評価書

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

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く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

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博士学位論文審査報告書

研究の背景 B 型肝炎ウイルスの持続感染者は日本国内で 万人と推定されています また, B 型肝炎ウイルスの持続感染は, 肝硬変, 肝がんへと進行していくことが懸念されます このウイルスは細胞へ感染後,cccDNA と呼ばれる環状二本鎖 DNA( 5) を作ります 感染細胞ではこの

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解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

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共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

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難病 です これまでの研究により この病気の原因には免疫を担当する細胞 腸内細菌などに加えて 腸上皮 が密接に関わり 腸上皮 が本来持つ機能や炎症への応答が大事な役割を担っていることが分かっています また 腸上皮 が適切な再生を全うすることが治療を行う上で極めて重要であることも分かっています しかし

RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

ASC は 8 週齢 ICR メスマウスの皮下脂肪組織をコラゲナーゼ処理後 遠心分離で得たペレットとして単離し BMSC は同じマウスの大腿骨からフラッシュアウトにより獲得した 10%FBS 1% 抗生剤を含む DMEM にて それぞれ培養を行った FACS Passage 2 (P2) の ASC

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の基軸となるのは 4 種の eif2αキナーゼ (HRI, PKR, または ) の活性化, eif2αのリン酸化及び転写因子 の発現誘導である ( 図 1). によってアミノ酸代謝やタンパク質の折りたたみ, レドックス代謝等に関わるストレス関連遺伝子の転写が促進され, それらの働きによって細胞はス

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報道発表資料 2007 年 4 月 11 日 独立行政法人理化学研究所 傷害を受けた網膜細胞を薬で再生する手法を発見 - 移植治療と異なる薬物による新たな再生治療への第一歩 - ポイント マウス サルの網膜の再生を促進することに成功 網膜だけでなく 難治性神経変性疾患の再生治療にも期待できる 神経回

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ヒト脂肪組織由来幹細胞における外因性脂肪酸結合タンパク (FABP)4 FABP 5 の影響 糖尿病 肥満の病態解明と脂肪幹細胞再生治療への可能性 ポイント 脂肪幹細胞の脂肪分化誘導に伴い FABP4( 脂肪細胞型 ) FABP5( 表皮型 ) が発現亢進し 分泌されることを確認しました トランスク

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

創薬に繋がる V-ATPase の構造 機能の解明 Towards structure-based design of novel inhibitors for V-ATPase 京都大学医学研究科 / 理化学研究所 SSBC 村田武士 < 要旨 > V-ATPase は 真核生物の空胞系膜に存在す

様式)

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上原記念生命科学財団研究報告集, 25 (2011) 124. 次世代タンパク質量分析と遺伝学的手法との融合によるクロマチン構造制御による DNA 修復機構の解明 廣田耕志 Key words:dna 修復, プロテオミクス,SILAC, DT40, 遺伝学 京都大学大学院医学研究科放射線遺伝学教室 緒言クロマチン構造は,DNA を規則正しく折り畳み核内にコンパクトに格納する際に重要である. 一方, クロマチン構造は, 転写や DNA 修復のように,DNA に直接作用する生化学反応に対し阻害的に働く. ゆえにクロマチン構造の適切な制御は重要な課題である. 本研究のゴールは, 各ヒストン修飾によって,DNA 損傷箇所のクロマチンに動員される DNA 修復タンパク質を網羅的に同定することである. この目的の為に, 本研究では SILAC と呼ばれる次世代プロテオミックアプローチと DT40 細胞 ( ニワトリ B リンパ細胞株 ) を用いた遺伝学を融合させた方法の確立を行う. パイロット実験として, ユビキチンリガーゼ酵素 UBC13, RFN8, RNF168 の基質の探索を, 今回確立した次世代プロテオミクス手法で試みた. 方法および結果 SILAC (Stable isotope labeling using amino acids in cell culture) は, 質量分析手法を用いる故に, これまでの生化学手法に比べ2-3 桁ほど高感度に, タンパク質を同定できる.SILAC では, 細胞株を light および heavy の安定同位体でラベルして, それぞれの細胞を等量混合する ( 図 1). 例えば野生型細胞を light, 変異体細胞を heavy で標識すれば, 野生型細胞由来タンパク質と変異体細胞由来タンパク質は, 質量分析のピークのずれとして検出することが出来る ( 図 1). 1

図 1. SILAC 法. SILAC アプローチによる, ヒストン修飾部位変異体と野性型間のタンパク質比較の方法. 細胞培養を安定同位体でラベルする.( 左 ; 野性型 ) と ( 右 ; ヒストンの修飾部位変異体 ) を質量数の異なるアイソトープでそれぞれラベルする. 両細胞をミックスして, クロマチン画分を単離し, 質量分析を行う. アイソトープの質量差分, 質量分析のピークの位置 m/z はシフトして現れるので ( 下の図 ), 野性型と変異体の区別が出来る. 精製の前に比較する2 種の細胞をミックスするので, 精製過程で生じる誤差を考慮する必要がない. さらに,DT40 細胞はきわめて形質が安定で同一の遺伝的バックグランドの野性型と変異体の比較が出来るので,SILAC 研究に最適である. 本研究では,SILAC 手法の DT40 での確立を行った.DT40 細胞の同位体標識法は既に私は確立できた. さらに, チューリッヒ州立大学のサイモンバルコー博士との共同研究で SILAC 用のニワトリタンパク質データベースを作製した. 最初に, 野性型 DT40 細胞と RNF8 DT40 細胞を SILAC ラベルし, 細胞を等量混合後, 全タンパク質の比較を行った. この研究ではチューリッヒ州立大学のベルンドロチスキー博士との共同を行った. もし, 変異体でユビキチン化の基質タンパク質量が減少する時, 変異体で野性型と比較して, 基質タンパク質は SILAC のピーク比較で変異体に対応するピークレベルが低下するはずである ( 図 2). このようにして,DT40 の変異体と野性型を比較することで, 変異体で欠損した遺伝子のターゲット因子を特定できる. 図 2. SILAC と遺伝学の融合によるタンパク質同定法. ユビキチン化に関わる因子の変異体と親株の野性型の比較を SILAC で行うことで, ユビキチン化のターゲットになる基質分子の存在量を網羅的に比較出来る. 図では, 各細胞に含まれる8 種のタンパク質分子を想定する. 灰色で示したタンパク質分子は A, B のユビキチン化酵素に非依存, 緑は B 依存, 水色は A, B の両方への依存をそれぞれ示す. 遺伝学とプロテオミクスアプローチをあわせることで, 図に示したような修復分子を網羅的に同定できる. 2

図3に示すように RNF8 変異体では Vimentin タンパク質が大幅に低下し Stathmin2 タンパク質が大幅に増加することが わかった 実際に Western Blot でタンパク質量を調べると SILAC の結果と一致して Vmentin と Stathmin2 は RNF8 株で有意に低下及び増加していることがわかった (図4) この結果から SILAC が確かに網羅的にタンパク質の同定を行って いることが示唆される 質量分析のときにユビキチン化しているペプチドはユビキチン化に依存した質量の増加が見られるので この増加を手掛かりにユビキチン化ペプチドのみを解析することが出来る しかしながら タンパク質量の変動が見られた Vimentin Stathmin2 にはユビキチン化シグナルのあるペプチドは見られなかったことから これらはユビキチン化の基質であ る可能性は低い さらに 今回の結果ではユビキチン化シグナルのあるペプチドにおいて 有意差を見いだせなかった 図 3 SILAC で統計的有意差を示すものとして同定できたタンパク質. SILAC によって 野性型 RNA8 細胞を比較した結果 5 有意水準で統計的に有意に変動したタンパク質をす べて表示した 上半分 青 は RNF8 で低下したもの 下半分 オレンジ は RNF8 で増加しているものを示 す 最も変動の大きかったものを緑の枠で示す 3

図 4. Western Blot によるタンパク質量の比較. Stathmin2 及び Vimentin タンパク質の Western blot によるタンパク質量の比較を野性型 -RNF8 細胞で行った. SILAC の結果と一致して,Stathmin2 は RNF8 で増加,Vimentin は RNF8 で低下していることが確認できた. 考察 今回 SILAC による網羅的タンパク質同定法を DT40 ( ニワトリ細胞 ) で確立できた. 一方で以下に示す問題点が浮上した. (1) ニワトリタンパク質データベースは 6,000 と, エントリーが少ない.( ヒトのデータベースは 20,000 タンパク質が登録されて いる ) (2) タンパク質の精製をしない, 全タンパク質比較の方法で,SILAC をしても, ユビキチン化シグナルのあるペプチドを同定 することが出来なかった. 今後,(1) に対してはデータベースの改良を行う.(2) に対して,His タグ ユビキチンを細胞で過剰発現させる実験系を 作製して, ユビキチン化タンパク質をある程度 His- タグ精製によって濃縮することで, ユビキチン化タンパク質を効率的に解析 し, ユビキチン化酵素 (UBC13, RNF8, RNF168) の基質分子の同定を行う. 本研究のゴールは, 各ヒストン修飾によって, クロマチンに動員される DNA 修復タンパク質の網羅的同定である. この目的の為に, ヒストンの修飾部位の点変異体を作製し て, この変異体 vs 野性型 DT40 のクロマチン画分タンパク質を SILAC で比較する実験を計画している. これまでに同定して きた DNA 修復因子 1-3) とユビキチン化経路との関係についても, 確立した SILAC 法で解明を行う. 共同研究者 本研究の共同研究者は, チューリッヒ州立大学 サイモンバルコ 博士, ベルンドロチスキー博士である. 本稿を終えるにあた り, 本研究をご支援いただきました上原記念生命科学財団に深く感謝申し上げます. 文献 1) Yoshikiyo, K., Kratz, K., Hirota, K., Nishihara, K., Takata, M., Kurumizaka, H., Horimoto, S., Takeda, S. & Jiricny, J.:KIAA1018/FAN1 nuclease protects cells against genomic instability induced by interstrand cross-linking agents. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 107:21553-21557, 2010. 4

2) Narita, T., Tsurimoto, T., Yamamoto, J., Nishihara, K., Ogawa, K., Ohashi, E., Evans, T., Iwai, S., Takeda S. & Hirota, K.:Human replicative DNA polymerase δ can bypass T-T(6-4)ultraviolet photoproducts on template strands. Genes Cells, 15:1228-1239, 2010. 3) Hirota, K., Sonoda, E., Kawamoto, T., Motegi, A., Masutani, C., Hanaoka, F., Szuts, D., Iwai, S., Sale, J. E., Lehmann, A. & Takeda, S.:Simultaneous disruption of two DNA polymerases, Polη and Polζ, in Avian DT40 cells unmasks the role of Polη in cellular response to various DNA lesions. PLoS Genet, 6:e1001151, 2010. 5