第 54 回日本視能矯正学会一般講演高齢者に多くみられた重症筋無力症について 瀧川円 横山大輔 小野しずか 新井紀子 古吉三紀 古吉直彦 医療法人社団古吉眼科医院 Myasthenia Gravis in Elderly Persons Madoka Takigawa,Daisuke Yokoyama,Shizuka Ono, Noriko Arai,Miki Furuyoshi,Naohiko Furuyoshi Furuyoshi Eye Clinic 要約 目的 重症筋無力症( 以下 MG) の発症年齢は 一般的に小児や20~50 歳代に多いと言われている 我々は高齢発症のMGを数例経験し 1 例は他院にて両眼眼瞼下垂の手術既往があった 今回 過去 10 年間に経験したMG8 例について臨床的特徴を検討したので報告する 対象と方法 対象は2003~2013 年に当院を受診しMGと診断された8 例である それらに対し 年齢 主訴 瞼裂幅測定 上方注視負荷試験 眼位 眼球運動検査 抗アセチルコリンレセプター抗体 ( 以下抗 AChR 抗体 ) の結果を調べた 結果 男女比は1:1 受診時年齢は36 歳 ~87 歳で 30 歳代 1 例 50 歳代 1 例 60 歳代 1 例 70 歳代 3 例 80 歳代 2 例だった ( 平均 68.5 歳 ) 受診時の主訴は 瞼が下がっている が最も多く6 例 二重に見える 3 例 見えにくい 2 例 遠近感がない 1 例等があり 症状は7 例で突発性だった 全例に左右非対称の眼瞼下垂を認めた 眼球運動障害は4 例に認め 障害筋は上直筋 3 例 下斜筋 4 例 外直筋 1 例 偏位量は5~25 だった 確定診断は抗 AchR 抗体陽性 7 例 残り1 例は内科にて診断された 結論 当院におけるMGの発症年齢は 60 歳以上の高齢者が75% を占めた 眼症状の発現は突発性で 眼瞼下垂の程度は軽度で左右非対称であった 眼球運動障害を半数に認め 偏位量の変動を認めた 日本でも近年高齢発症が増加している現状と一致しており 高齢者の眼瞼下垂で症状が突発性かつ複視を訴える症例では MGも念頭に入れておく必要がある 別冊請求先 ( 739-0611) 広島県大竹市新町 2 丁目 7 番 1 号医療法人社団古吉眼科医院瀧川円 Tel. 0827(52)4707 Fax. 0827(52)6069 E-mail:elegant_panda_41@yahoo.co.jp Key words: 高齢者 重症筋無力症 眼瞼下垂 眼球運動障害 elderly persons, myasthenia gravis, blepharoptosis, ocular motility disorder 173
日本視能訓練士協会誌 Abstract Purpose The onset of myasthenia gravis (MG) often occurs in childhood or at the age between 20 and 50 years. We had experienced several patients with a late onset age of MG. One of them had previously undergone a surgery for binocular blepharoptosis at another clinic. In this study, we reported the clinical characteristics of eight patients with a late onset age of MG. Subjects and Methods Eight patients with MG diagnosed at the Fururoshi Eye Clinic between 2003 and 2013 were reviewed. Age, main complaint, lid fissure width, lid lag test, eye position, ocular movement, and anti-acetylcholine receptor antibody titer were retrospectively investigated. Results The gender ratio of the patients was 1:1. Their ages ranged from 36 to 87 years (mean, 68.5 years) with 1 patient each in their 30s, 50s, and 60s, 3 in their 70s, and 2 in their 80s. The most common main complaint was "the droopy eyelids" in 6 patients, followed by "seeing double" in 3 patients, "having difficulty seeing" in 2 patients, and "poor depth perception" in 1 patient. Seven patients had experienced sudden onset of symptoms. Clinical manifestation included asymmetric blepharoptosis in all 8 patients, ocular motility disorder in 4 patients, affected superior rectus muscles in 3 patients, affected inferior oblique muscles in 4 patients, and affected lateral rectus muscle in 1 patient. The angle of deviation was 5-25. The diagnosis was confirmed by an anti-acetylcholine receptor antibody test in 7 patients and by a doctor in neurointernal medicine in the remaining patient. Conclusion At our clinic, 75% of the patients with MG experienced the onset at an age over 60 years. Ocular symptoms occurred suddenly and blepharoptosis was mild and asymmetric. Ocular motility disorder occurred in 50% of the patients with fluctuation seen in the angle of deviation. As cases of MG with a late onset age are increasing in Japan in recent years, the possibility of MG should be considered when an elderly patient presents with sudden symptoms of blepharoptosis and diplopia. Ⅰ. 緒言重症筋無力症 myasthenia gravis( 以下 MG) の発症年齢は 一般的に小児や20~50 歳代にかけて多いと言われている しかし近年 高齢発症のMGが 2006 年重症筋無力症全国臨床疫学調査において1987 年より約 2 倍以上に増加していると報告がある 1),2) 我々は高齢発症のMGを数例経験し その内 1 例は他院にて両眼眼瞼下垂の手術既往もあった そこで 今回過去 10 年間に古吉眼科医院 ( 以下当院 ) で経験したMGについて 臨床的特徴を検討したので報告する Ⅱ. 対象および方法対象は2003 年 4 月 ~2013 年 3 月に当院を受診し 厚生労働省 免疫性神経疾患に関する調査 3) 研究班 の診断基準 ( 表 1) に沿ってMGと診 断された8 例である 症例の受診時年齢は36 歳 ~87 歳 ( 平均 68.5 歳 ) であった 方法は 各症例の年齢 主訴 出現時期 瞼裂幅測定 上方注視負荷試験 眼位 眼球運動検査と血中抗アセチルコリンレセプター抗体 ( 以下抗 AChR 抗体 ) について その結果を検討した なお1 例は県立広島病院眼科へ紹介し 同院神経内科にてテンシロン試験等陽性の確定診断を得た また当院は単科の診療所のため 当院でMGと診断した症例も全例神経内科に紹介し 専門医による診断 治療判断を仰いだ 確定診断時のテンシロン試験 waning 現象の結果ならびに症例の病型は 紹介先の神経内科より6 例について得られた 2 例は不明であった 病型分類は 診断時の厚生労働省臨床調査個人票のMyasthenia Gravis Foundation of America score( 以下 MGFA 分類 ) により行った ( 表 2) 174
表 1 重症筋無力症の診断基準 ( 厚生労働省免疫性神経疾患に関する調査班 1997) 表 2 MGFA 分類 175
日本視能訓練士協会誌 Ⅲ. 結果 8 例の結果を表 3に示す 眼瞼下垂のみの症例が4 例 眼瞼下垂と眼球運動障害の合併が4 例であった 8 例中の男女比は1:1で 受診時年齢の内訳は30 歳代 1 例 50 歳代 1 例 60 歳代 1 例 70 歳代 3 例 80 歳代 2 例だった 65 歳以上の高齢者は8 例中 5 例であった 受診時の主訴について表 4に示す 受診時の主訴は 瞼が下がっている が最も多く6 例 二重に見える は3 例だった 朝は調子が良い という日内変動症状は3 例あり 易疲労性 症状を示す 休憩すると調子が良くなる 目が疲れる は各 1 例ずつであった また 球症状である 飲み込みにくい という嚥下困難の訴えは1 例のみであった 症状の出現時期は 1 例を除き 明瞭で突発性であった 全例に左右非対称の眼瞼下垂を認め 左右差は1~5mmと軽度であった 上方注視負荷試験により眼瞼下垂が増悪する易疲労性は8 例中 7 例に認めた また症例 7(76 歳 ) は 他院にて両眼眼瞼下垂手術の既往があった 術後半年で右眼の眼瞼下垂が再発したため同院にて再手術したが その術後 1ヶ月目に右眼の眼瞼下垂が 表 3 各症例の詳細結果 表 4 8 症例の自覚症状 ( 複数回答 ) 176
再発した 当院には再手術希望で初診した 約 1 年前から上下複視も自覚していた 上方注視負荷試験陽性や 右眼上眼瞼を挙上すると左眼上眼瞼が下垂するsee-saw lid 現象も認め 血液検査で確定診断となった 眼瞼下垂と眼球運動障害合併の4 例における障害筋は 上直筋 3 例 下斜筋 3 例 外直筋 1 例で 偏位量は5~25 だった 4 例中 3 例において 偏位量の変動が経過観察中に認められた また 抗 AChR 抗体は7 例で陽性判定であった 値は2.5~43.0nmol/L( 平均 17.2nmol/ L) と高値を示す症例が多かった 1 例 ( 症例 8) は複視を訴え受診し 瞼裂幅に軽度の左右差を認めるも 上方注視負荷試験にて易疲労現象はなかった 眼球運動障害は初診時左眼外直筋不全を認めたが 5 日後複視の増大を訴え再診し 左上直筋不全と下斜筋不全が出現し左外直筋不全の悪化を認めた 頭部 MRIに異常はなかった その後 偏位量の変動が大きいため 県立広島病院眼科に紹介し同院神経内科にてテンシロン試験等陽性によりMGと診断された 神経内科診断時の病型は 眼筋型 (MGFA 分類 Ⅰ) が1 例で 全身型 (MGFA 分類 Ⅱ a ~Ⅲ a) が5 例であった 2 例は病型の追跡ができず不明であった 長期経過観察できた眼筋型 MGの代表例 ( 症例 5) を呈示する 症例 5:87 歳女性 3ヶ月前から両眼で二重に見えるという主訴で受診した 視力は右 0.4 (1.0 +1.00D cyl.-2.50d Ax90 ) 左 0.7(1.0-0.50D cyl.-1.00d Ax90 ) 両眼白内障手術( 眼内レンズ挿入 ) の既往があった 前眼部 中間透光体 眼底に異常所見は認めず 特記すべき既往歴 家族歴はなかった 初診時の瞼裂幅は右 5mm : 左 7mmで 左右非対称の軽度眼瞼下垂を認めた 眼位は 6 外斜位 * 斜視と右眼 6 下斜視であった 眼球運動は 右眼上直筋および下斜筋に不全がみられた 眼位の経過は図 1に示す 1 月 12 日再受診時右眼 10 下斜視 21 日右眼 7 下斜視と眼位に変動を認めた 詳細な問診にて 複視の変動や右上眼瞼の開けづらさの日差を訴えたためMGを疑い 血液検査にて抗 AChR 抗体 12.0nmol/L と高値を示した 図 1 症例 5 右眼下斜視の変化近隣の広島西医療センター神経内科へ紹介し検査入院となる 頭部 MRIにて異常は無く 胸部 腹部 CTで胸腺腫も認められなかった テンシロン試験陽性にて2 月 9 日より メスチノン ( 抗コリンエステラーゼ薬 ) の内服治療を開始した 内服治療開始 10 日目に 複視の改善がみられた 3 月 18 日 ( 内服治療 40 日目 ) には 眼位が4 外斜位となり上下偏位は消失した また 眼球運動も正常範囲内へ改善した 10 月 28 日 ( 内服治療 8か月目 ) には 瞼裂幅右 8mm : 左 8mmと左右差がなく 眼位も4 外斜位と再発を認めなかった Ⅳ. 考按当院においてMG8 例を経験し その臨床的特徴について検討を行った 受診時年齢は 36 歳の1 例を除いて 残り7 例は50 歳以上の中高齢者であった 特に 65 歳以上の高齢者は5 例 (63%) で最も多く MG 発症が高齢者に多い特徴を認めた 当院は広島県西部の臨海工業地帯に属する大竹市に位置し 超高齢者地域ではないため 高齢発症が多いことは地域的特徴とは言えない ( 図 2) MGの好発年齢について 2006 年重症筋無力症臨床疫学調査において5 歳未満と20~50 歳代に多いと報告している 4) しかし50 歳以上の中高齢者について 前回の1987 年調査と比較すると高齢発症 MGの頻度が増加し 2006 年調査で約 4 割以上を占めていた また 65 歳以上の高齢者は約 2 倍以上増加を認めたと述べている 2) 当院においては 50 歳以上が88% と高率であっ 177
日本視能訓練士協会誌 図 2 大竹市年齢分布 (2010 年国勢調査より ) た 眼症状において 眼瞼下垂は比較的軽度で左右非対称であった 鈴木ら 5) によると 眼瞼下垂手術施行した245 例のうち片眼性が61% を占め 原因別では82% が老人性眼瞼下垂であると述べている 当院のMG 症例においても片眼の眼瞼下垂を訴える症例が多く 他院での眼瞼下垂手術既往例もあり 老人性眼瞼下垂との鑑別が重要となる 今回の経験例では 1 例を除いて発現時期が外眼筋麻痺と同様に突発性で明瞭であった 詳細な問診聴取では症状に変動があり 朝は調子が良い など日内変動を認めた 鑑別には 上方注視負荷試験での易疲労性が8 例中 7 例と有用であった また 眼球運動障害は症例の半数に認めた 眼瞼下垂により複視の自覚を訴えない例もあったため 眼瞼下垂を認めたら 眼位 眼球運動検査による眼球運動障害の有無も検討すべきである 障害筋は眼瞼下垂の症状が強い方の眼に 上転障害 ( 上直筋 下斜筋 ) が4 例全例に認められたが 1 例 ( 症例 8) は外直筋不全で発症し 数日後に上転障害を認めた 動眼神経麻痺や甲状腺眼症などを疑い 頭部 MRI 検査を行ったが 頭蓋内病変も明らかな外眼筋変化もなかった 3 例は偏位量に変動を認め 増悪 緩解と来院する時間帯によっても偏位量が異なった MGの陽性診断は 厚生労働省 免疫性神経疾患に関する調査研究班 の診断基準 ( 表 1) に (a) エドロホニウム ( テンシロン ) 試験陽性 ( 症状軽快 ) (b)harvey-masland 試験陽 性 (waning 現象 ) (c) 血中抗アセチルコリンレセプター抗体陽性 3つの検査所見のうち1 つ以上が陽性の場合とされている エドロホニウムの投与は ときに痙攣や呼吸中枢麻痺などの重大な副作用があり 喘息 不整脈 未治療の高血圧患者への慎重投与が必要となる 単科の診療施設では 本症例のような高齢者の全身状態を把握することは難しいため 神経内科に依頼しなければならない また waning 現象の検査に必要な筋電図検査を整備していない そこで 我々は血液検査にて抗 AChR 抗体を行い 陰性であっても自覚症状や眼所見があれば専門医を紹介し診断を仰いでいる 抗 AChR 抗体は 眼筋型では一般的に陽性率 1) は低いと言われており 加島は陽性率 50% と述べている 私どもの症例では 8 例中 7 例が陽性で平均 17.7nmol/Lと高値を示しており 全例中高齢者であった 残り1 例は36 歳で 他院神経内科のテンシロン試験陽性で診断に至った 今回は症例数が少ないため若年者との比較はできないが 従来の報告と比較すると 高齢発症 MGにおいて抗 AChR 抗体陽性率が非常に高いことが推測される 日本神経治療学会治療指針作成委員会は 高齢発症 MGの疫学的特徴をまとめている 3) が その中で抗 AChR 抗体陽性率について 幼小児期発症 MGは約 50% であるが 50 歳以上で83% 65 歳以上になると89% と高頻度になる同様の特徴を述べている また 三村ら 6) も60 歳以上で60% と陽性率が高いことを報告している 病型の確認できた6 例のうち全身型が5 例あり 全例が中高齢者であった 全身型の2 例は 中等度 (MGFA 分類 Ⅱa) のMG 診断であった 当院の眼所見より判明したMG 診断の意義は大きいと思われる 高齢発症 MGは増加傾向にあるが 我々の経験例において眼瞼下垂の症状が比較的軽度であり 症状が見落とされる可能性もある 眼瞼下垂で受診した高齢者患者には 詳細な問診や 眼位 眼球運動検査で複視や眼球運動障害の有無など MGも視野に入れて検査を行うべきと思われる 患者が受診した際 最初に接する機会の多い視能訓練士は 医師の診断に 178
寄与する重要な役割を担っているということを頭に入れておきたい 謝辞稿を終えるにあたり ご協力を賜りました広島西医療センター神経内科牧野恭子先生に心より感謝いたします 参考文献 1 ) 加島陽二 : 重症筋無力症. 村田敏規 ( 編 ) : 専門医のための眼科診療クオリファイ5 全身疾患と眼. 52-58, 中山書店, 東京, 2011. 2 ) 鈴木靖士 : 高齢発症重症筋無力症の臨床. 神経治療 27: 246-248, 2010. 3 ) 日本神経治療学会治療指針作成委員会 : 日本神経治療学会治療ガイドライン神経免疫疾患治療ガイドライン重症筋無力症 (Myasthenia gravis:mg) 治療ガイドライン. 神経治療学 20: 486-501, 2003. 4 ) 村井弘之, 山下夏美 : 重症筋無力症の疫学 * 厚生労働省免疫性神経疾患に関する調査研究班臨床疫学調査結果から *. 脳 21 11: 227-231, 2008. 5 ) 鈴木利根, 瀬川敦, 内野泰, 西尾正哉, 筑田眞 : 眼瞼下垂手術症例の原因病型に関する検討. 臨眼 59: 2003-2005, 2005. 6 ) 三村治, 神野早苗 : 高齢者の重症筋無力症. 眼紀 49: 209-213, 1998. 179