特集 特集 自動車市場はいかに苦境を乗り切るか Research Report ロシア NIS 経済研究所調査部長服部倫卓 はじめに 2 年代から世界の主要乗用車メーカーが相次いでロシアでの現地生産に乗り出したが 外国メーカーはロシア国内市場への供給に特化し 生産コストの高いロシア工場から外国への輸出はほぼ想定外だった しかし ベラルーシおよびカザフスタンとの関税同盟 ( 現ユーラシア経済連合 ) が成立したことで 両国向けの自動車輸出の道が開かれた さらに 昨今では通貨ルーブルの下落により ロシアと諸外国のコストが逆転し ロシアからCIS 域外への自動車輸出の動きも広がっている 本稿では 乗用車を中心にこうしたトレンドを解説し 輸出データや企業ごとの動きを整理してお伝えする 付随して ロシアのタイヤ輸出 ベラルーシの自動車生産 貿易にも簡単に触れる ユーラシア統合が媒介 2 年代までは ロシアから外国への乗用車輸出は AvtoVAZ 社のラーダなどのロシア地場ブランドに限られていた ロシアでの現地生産に乗り出した外国自動車メーカーは ロシア国内市場への供給に特化していた 当時は右肩上がりで拡大していたロシア国内市場の需要を満たすことこそ外資にとっての優先課題であり またロシアでの生産コスト高ゆえに外国に輸出するビジネスは成り立たないというのが 常識だった 当時 外国に輸出されていたロシア製の外国ブランド車は GM-AvtoVAZの Chevrolet Nivaのみだった しかし ロシア ベラルーシ カザフスタンによる関税同盟が発足したことで 状況が変わる 211 年半ばまでは ベラルーシとカザフスタンの市場の9 割以上が輸入中古車に席巻され 外国自動車メーカーは両国の市場にあまり関心を寄せなかった それが 関税同盟の発足に伴い 両国の自動車輸入関税率はロシアの水準に合わせて引き上げられ 中古車市場の縮小と新車販売ブームがもたらされた その結果 外国メーカーもベラルーシ カザフスタンに目を向けるようになり 無関税で輸出できるロシア工場の製品がその一翼を担うようになった 214 年の時点でロシアから輸出される乗用車の約半分が外国ブランド車 ( 残りの約半分がラーダ ) という状況になった ただし この時点ではまだロシアでの生産は諸外国に比べコスト競争力がなく CIS 域外への輸出は非現実的と考えられていた CIS 域外にも輸出が広がるしかし 214 年暮れにロシア通貨ルーブルが暴落し 215 年以降もルーブル安傾向が定着したことで 状況が一変した つい数年前までロシアでの自動車組立生産のコストは 欧州のそ 42 ロシア NIS 調査月報 216 年 12 月号
Research Report れよりも5% 高く 中国や韓国のそれよりも15 ~2% 高いと言われていたが ルーブル安で形勢がすっかり逆転した 他方 この間の経済危機でロシア国内市場は完全に冷え込み ロシアの自動車産業が獲得したばかりのカザフスタンやベラルーシの市場もロシアと連動して落ち込んだ こうしたことからロシアの各工場は 215 年以降 CIS 域外の新市場を開拓することを迫られたのである 多くの自動車メーカーが利用しているロシアの工業アセンブリ措置では 一定の生産規模と現地調達比率を達成することが税制優遇を受ける条件とされているので その意味でも新たな輸出市場を開拓して工場の稼働率を上げることが急務となった また 216 年に ロシアの工場からカザフスタンおよびベラルーシの市場に供給する際の税制が 不利な方向に変わったという事情もある ( 詳しくは坂口泉 215 年のNIS 諸国の乗用車市場 ロシアNIS 調査月報 216 年 6 月号 ) 報道にもとづいて 各メーカー / ブランドごとの輸出動向をまとめたのが 図表 1である また ロシアの通関統計にもとづき ロシアの乗用車 (HSコード873) の相手地域別輸出台数を整理すると 図表 2のようになる 214 年までは 乗用車輸出はほぼ全面的にCIS 市場向けであり 中でもユーラシア関税同盟諸国向けは 214 年まで急激な拡大が続いた 213 年まで その他 CIS 向けも多かったのは ウクライナがラーダ等のロシア生産車の主要消費地の一つだったからである CIS 域外向けの輸出は 214 年まではほとんど無視していいレベルだった ところが ウクライナ危機を背景に 油価下落や現地通貨安などが重なり 215 年にはユーラシアの乗用車販売市場が急激に収縮した それに代わって 従来ほとんど実績がなかったEUやその他世界向けの輸出増が目立つようになった むろん CIS 域外への乗用車輸出はまだ主力と呼べるほどではないが 216 年上 半期には輸出全体の29.2% を占めるに至っている 一方 図表 3に見る貨物自動車も CIS 圏中心の輸出相手地域構造は 乗用車と概ね似通っている ただし 貨物自動車の場合は 以前から その他 ( 主に第三世界 ) への輸出実績があった ( 相手国によっては輸出単価が異常に高い例もあり 軍用車両が含まれている可能性もありそうだ ) ユーラシア経済連合の意義ロシアの調査機関 ASMホールディング が発行している報告書には ロシアで生産されているいくつかのブランドの自動車の輸出相手国のデータが掲載されており ある程度重宝する ところが それらのデータは 関税同盟諸国向けは除く とされており 最も台数の多いカザフスタン向けやベラルーシ向けの数字が欠落している また ロシアの エクスペルト 誌は216 年 9 月 29 日 ~1 月 2 日号において ロシアの2 大輸出企業ランキング という特集記事を掲載しており 当会発行の ロシアNIS 経済速報 216 年 1 月 15 日号でその概要を紹介した ちなみに 自動車メーカーではGAZ(92 位 ) KamAZ(17 位 ) AvtoVAZ(14 位 ) が登場する ところが この資料に示されている各社の215 年の輸出額も カザフスタンとベラルーシを除く とされているのである これらの事実は ロシアの実業界ではすでに ユーラシア経済連合のパートナー諸国 なかんずくベラルーシとカザフスタンが ロシア国内市場に準ずる存在であると位置付けられていることを物語っているのではないか 外資系の中で ロシア工場からユーラシア諸国への輸出にいち早く踏み切ったのが ルノーであった そのルノーはプレスリリースの中で 輸出を拡大することによって 生産の現地調達化を拡大し ロシアに新技術を導入することが可能になると その意義を強調している ロシア NIS 調査月報 216 年 12 月号 43
特集 自動車市場はいかに苦境を乗り切るか メーカー / ブランド KamAZ Ural GAZ UAZ AvtoVAZ ( ラーダ ) ルノー ダットサン 日産 図表 1 ロシアの自動車工場からの輸出の動向 輸出モデル主な輸出相手国概況 GAZelle Next GAZelle Business Sadko Patriot Hunter Granta Kalina 4x4 Kaptur Duster Logan Sandero Stepway on-do mi-do X-Trail Pathfinder Qashqai Alm era Sentra Tiida カザフスタン等の CIS 諸国 ベトナム キューバ インド CIS 諸国 エジプト CIS 諸国 旧ユーゴスラビア諸国 バルト 3 国 キューバ 南米 カザフスタン ベラルーシ アルメニアなど CIS 諸国 中国 イランなど中近東 ハンガリー シリア キューバ エジプト カザフスタンおよびアゼルバイジャンなど CIS 諸国 中南米 チュニジア エジプトなど中近東 ドイツ ハンガリー カザフスタン ベラルーシ ベトナム カザフスタン ベラルーシ レバノン ベラルーシ カザフスタン 215 年の輸出台数は5,8 台 (CIS4,2 台 CIS 外 1,6 台 ) 214 年現在で18% の輸出比率を 22 年までに2~3% にまで高める意向 幹部は 1ドル=36 ルーブル以上のルーブル安になると輸出が黒字になる と発言 主要市場では現地での組立生産も 215 年の輸出台数は2,3 台で 輸出比率は高いとされる CIS 域外の輸出は大部分がエジプト ロシア工場から輸出するだけでなく トルコにある合弁工場からも欧州仕様車を輸出している 2 ヵ国以上にオフロード車を輸出 215 年の輸出は 4,5 台で 生産に占める比率は 9% だった ウクライナ向け輸出はほぼ断絶 年間 3 万台程度を3ヵ国以上に輸出しているが (215 年は28,461 台だった ) 8 割はカザフスタン向け エジプト向け輸出を増強し 216 年 6, 台 将来的には1 万台を目指す すでにドイツでは Granta Kalina 4х4のオフロードモデルが販売されているが 現在 Lada VestaをEUの認証に合致するよう仕様変更の作業中 EUではルノー = 日産のルートで販売 215 年現在 9.5% のLada の輸出比率を2% に高めることが目指されている 現在生産に占める輸出向けの比率は 12% Dusterはモスクワ工場から Logan Sandero Stepwayはトリヤッチ工場から カザフスタン ベラルーシ向けには21 年から供給している ユーラシア経済連合とベトナムのFTA 合意を受け 216 年 2 月にベトナム向け開始 216 年 8 月にキルギス向け開始 本年中に Kapturもユーラシア市場向けに輸出 トリヤッチ工場の製品を輸出 レバノン向けは当初インド製を予定していたが ハンドル変更の必要がないなど ロシア製の方が現地に向くと判断 生産の一部をベラルーシとカザフスタンに供給している 中東欧などに販路を拡大する意向とされる また 216 年 9 月からバンパーを欧州に輸出 ( 従来日本から供給していたものをロシア製に切り替え ) ロシア地場資本系 日系ブランド 備考 ト ラック 商用車 ルノー=日産アライアンス 44 ロシア NIS 調査月報 216 年 12 月号
Research Report メーカー / ブランド トヨタ 三菱 Camry 輸出モデル主な輸出相手国概況 カザフスタン ベラルーシ プジョー Peugeot 48 ベラルーシ カザフスタンシトロエン Citroen C4 ベラルーシ モルドバ フォルクスワーゲン フォード ヒュンダイ 起亜 Polo Fiesta Focus Mondeo Kuga EcoSport Hyundai Solaris Kia Rio GM-AvtoVAZ Chevrolet Niva ランドローバー Range Rover Ranger Rover Sport カザフスタン ベラルーシ メキシコ カザフスタン ベラルーシ カザフスタン ベラルーシ アゼルバイジャンなど CIS 諸国 ベトナム エジプト チュニジア レバノン カザフスタン ベラルーシ アゼルバイジャン ユーラシア経済連合諸国に加え 中国 ドイツ 米国 フィンラン 215 年は年産 3.3 万台のうち7% 程度を輸出 216 年上半期は生産 1.6 万台のうち1,539 台をカザフスタンへ 125 台をベラルーシへ輸出 8 月に生産開始する RAV4もその両国に輸出の予定 カザフスタン ベラルーシへの輸出を計画 214 年には65 台を輸出 ウクライナ市場を喪失したことで同年の輸出は縮小 今後はコンポーネントの輸出も視野 カルーガ工場からPolo 車を年間 1 万台程度輸出している 従来はインドから供給を受けていたメキシコでも 最近ロシア カルーガ工場からの供給に切り替わった ( 現地ではVentoと呼ばれている ) カザフスタン向けは214 年から輸出開始し 215 年は約 4 台 以前は欧州工場からだったベラルーシ向けも216 年夏にロシアから輸出開始し 年末までに 5 台を目指す ロシアのフォードのサプライヤーから欧州工場にコンポーネントを輸出する動きも 外資系としては先駆的に輸出に取り組んでおり 輸出比率は1~11% CIS 諸国向けには211 年 5 月から CIS 域外には215 年 8 月から輸出開始 215 年には1.8 万台を輸出 しかし 輸出の7 割強を占めるカザフスタン市場の低迷で215 年は輸出減 216 年も大幅減が見込まれる 216 年 8 月に生産開始したクロスオーバー SUVのCretaも輸出の方向 かつて最大の輸出先だったウクライナ向け供給は一時期途切れていたが 216 年 8 月に再開 214 年には生産の8.8% に相当する約 4, 台を輸出 内訳はカザフスタン 78% ベラルーシ11% アゼルバイジャン6% だった しかし215 年には2,4 台に縮小 かつての最大市場ウクライナも失った 215 年の輸出台数は 1,72 台 ( ユーラシア経済連合諸国向けを除く ) で前年から 15 倍増 備考 ド ( 注 ) 必ずしも各社が正式に発表した情報ではなく 報道等にもとづき筆者がとりまとめたものなので ご留意願いたい 日系ブランド R u s P S M A ロシア NIS 調査月報 216 年 12 月号 45
特集 自動車市場はいかに苦境を乗り切るか 図表 2 ロシアの乗用車 (HS コード 873) 輸出台数の推移 ( 台 ) 15, 1, 5, 216 212 213 214 215 1-6 月全世界 121,184 138,433 129,344 97,688 35,871 EU 3,298 3,297 2,445 3,977 5,884 その他 1,173 2,938 2,9 7,311 4,593 その他 CIS 49,346 3,524 7,294 9,184 4,366 ユーラシア経済連合 67,367 11,674 117,596 77,216 21,28 ( 注 ) ユーラシア経済連合が成立したのは 215 年だが ここでは便宜的にベラルーシ カザフスタン キルギス アルメニアの 4 ヵ国向けの輸出台数を過去にも遡ってユーラシア経済連合向けの輸出台数として示している ( 出所 ) ロシア連邦関税局の統計にもとづき作成 図表 3 ロシアの貨物自動車 (HS コード 874) 輸出台数の推移 ( 台 ) 3, 2, 1, 216 212 213 214 215 1-6 月全世界 18,732 26,982 22,456 2,3 5,783 EU 17 322 291 862 486 その他 1,643 4,122 4,688 4,433 2,332 その他 CIS 5,33 6,423 3,184 5,273 1,472 ユーラシア経済連合 11,679 16,115 14,293 9,435 1,493 ( 注 出所 ) 図表 2 に同じ 46 ロシア NIS 調査月報 216 年 12 月号
Research Report 図表 4 ロシアのタイヤ (HS コード 411) 輸出額の推移 (1 万ドル ) 1,5 1, 5 216 212 213 214 215 1-6 月全世界 1,46.9 1,17.1 1,29.7 966.5 49.9 EU 371.7 445. 416.3 443.1 233.7 その他 167.1 193.6 199.8 191.9 1.4 その他 CIS 232.6 237.7 155.8 15.9 47.5 ユーラシア経済連合 275.4 293.8 257.8 225.6 19.3 ( 注 出所 ) 図表 2 に同じ ユーラシア経済連合は ロシアからの輸出にとって副次的な効果も及ぼし始めている たとえば AvtoVAZ ではカザフスタンを経由地として活用することで その他の中央アジア諸国やコーカサス諸国への輸出を拡大しようとしている また 216 年に入ってルノーがロシア工場からベトナムへの出荷を開始したのは ユーラシア経済連合とベトナムとのFTA 合意を受けたものであり 同社ではベトナムを足掛かりにその他のアジア市場も開拓していきたいとしている タイヤ輸出の参考例自動車に近い分野の一例として やはり2 年代以降 外資系工場の建設が相次いだタイヤの事例を参照してみよう ロシアからのタイヤの輸出動向を見ると ( 図表 4) 近年かなり輸出が本格化しつつあったことがうかがえる しかも 輸出はルーブル安に転じる以前から盛んであったし EU 市場をはじめCIS 域外への輸出 でも確かな実績が挙がっている タイヤの場合は 合成ゴム 硫黄 カーボンブラック スチールコードなど ロシア国内での調達が比較的容易と思われる材料が多く その分 ロシアでの現地生産が有利になっているのかもしれない ここ数年でロシアのタイヤ貿易は輸出入がかなり拮抗するようになってきており 近いうちに純輸出国になる可能性もある 9 月にロシア工場が稼動したブリヂストンも 製品はロシアおよびCIS 市場だけでなく 工場の拡張に応じて その他の諸外国に輸出することも視野に入れていると表明している ベラルーシ国民車の行方は? 上述のとおり ユーラシア経済連合は ロシアから他の加盟国への自動車輸出にとっては プラスの効果が大きい しかし 言うまでもなく ロシア以外の加盟国にも それぞれ固有の利害がある ここではベラルーシの事例を取り上げる ロシア NIS 調査月報 216 年 12 月号 47
特集 自動車市場はいかに苦境を乗り切るか 図表 5 ベラルーシの乗用車 (HS コード 873) 輸出台数の推移 ( 台 ) 1, 5, 21 211 212 213 214 215 全世界 7 2,354 777 1,526 4,759 7,932 その他 24 1 8 32 47 156 その他 CIS 1 15 6 1,64 673 495 ロシア 45 2,329 763 43 4,39 7,281 ( 出所 ) 国際貿易センター (ITC) のデータベースにもとづき作成 図表 6 ベラルーシの乗用車 (HS コード 873) 輸入台数の推移 (1, 台 ) 3 2 1 21 211 212 213 214 215 全世界 21.8 284.1 83.7 12.5 159.6 96.5 その他 198. 279.6 73.9 85.1 48.4 9.6 その他 CIS 1.1.8.7 1.1.6.1 ロシア 2.7 3.7 9.1 16.4 11.5 86.9 ( 出所 ) 図表 5 に同じ 48 ロシア NIS 調査月報 216 年 12 月号
Research Report 図表 7 ベラルーシの貨物自動車 (HS コード 874) 輸出台数の推移 ( 台 ) 2, 1, 21 211 212 213 214 215 全世界 6,871 11,786 15,158 1,933 8,787 3,881 その他 485 347 41 225 228 291 その他 CIS 1,15 2,43 2,197 2,13 2,337 1,39 ロシア 5,281 9,9 12,56 8,65 6,222 2,551 ( 出所 ) 国際貿易センター (ITC) のデータベースにもとづき作成 3, 図表 8 ベラルーシの自動車生産台数の推移 ( 台 ) 2, 1, 25 26 27 28 29 21 211 212 213 214 215 乗用車 36 232 299 278 364 397 46 2,734 9,649 8,651 貨物自動車 22,251 23,175 25,54 26,34 11,478 13,52 21,841 24,572 18,23 11,99 5,952 バス 1,263 2,14 2,16 2,196 1,52 2,89 2,162 2,277 2,341 1,672 881 ( 出所 ) ベラルーシ国民統計委員会 ロシア NIS 調査月報 216 年 12 月号 49
特集 自動車市場はいかに苦境を乗り切るか ベラルーシの近年の乗用車輸出入台数を示したのが図表 5 6であり ここには新車だけでなく中古車も含まれている ( 残念ながらベラルーシの統計から新車 中古車の内訳を知ることはできない ) 自国に乗用車メーカーが立地していなかったため 独立後のベラルーシは乗用車に低い輸入障壁しか設定してこなかった 他方で国民の購買力の低さゆえに新車市場は育たず ベラルーシの乗用車市場は欧州からもたらされる中古車の独壇場となった 199 年代以降 ベラルーシにおいても乗用車および小型商用車の生産を組織しようとする試みがいくつか見られたが より本格的な乗用車生産プロジェクトは 中国資本の到来とともに始まった 中国の吉利汽車 (Geely) が212 年 3 月にベラルーシ政府と投資契約を結び 合弁企業 ベルジー (BELGEE) を設立 ベラルーシでのGeelyブランド車の現地生産に乗り出したものである まずは既存工場を間借りして 213 年からGeely SC7 というセダン Geely Emgrand X7というクロスオーバー SUVのセミノックダウン (SKD) 生産を開始した キャパシティは年産 1 万台であり 213 年には2,42 台 214 年には約 8, 台 215 年には5,94 台が工場から出荷された 概ね 2 割程度がベラルーシ国内で販売され 残り 8 割程度がロシア カザフスタン市場に輸出されている そして ベルジー社は 215 年 3 月から新工場の建設に着手している ベルジー社はすでにミンスク自由経済区の入居企業となっているが 新工場も 118haの土地が破格の好条件で提供された上で 同特区内に建設されている 新工場は溶接および塗装ラインを備えたコンプリートノックダウン (CKD) 工場であり 216 年末までに建設が完了する第 1 段階では年産 6 万台および現地調達率 3% 以上 218 年 6 月末までに建設が完了する第 2 段階では年産 12 万台および現地調達率 5% 以上を達成し そのあかつきには雇 用も1,9 人にまで拡大するとされている ベラルーシのルカシェンコ大統領は215 年 11 月に 貨物自動車やトラクターだけでなく 国民に身近な乗用車の生産も実現することが 私の夢である と直裁に語っている つまりベルジー社の事業は国民車プロジェクトとして位置付けられているわけである ただ 国民に分かりやすい経済発展の成果を誇示したいという為政者の願望が先走るばかりで 現実的な需要予測はなおざりにされている感が強い 当然ながら ベラルーシの国内市場だけでは本格的な乗用車産業は維持できず 輸出市場の確保が必須となる ベルジーも 製品の大部分をロシアおよびカザフスタンを中心とするユーラシア市場に輸出することを計画している そこで問題となるのが ユーラシア経済連合域内の輸出条件である 従来 ユーラシア経済連合加盟国の経済特区での自動車アセンブリに従事するメーカーは 現地調達比率にかかわりなく 他の加盟国に関税なしで自動車を輸出できた しかし ベラルーシからのGeely 車流入を問題視したロシアとカザフスタンがルール改正を主導しており 今後は特区入居企業であっても 特区外の工業アセンブリ適用企業と同様に 現地調達比率 3%(218 年 7 月からは 5%) を達成しなければ 域内製品と認められない方向となっている 現地調達率がその水準を達成していない場合には 関税なし輸出できる数量割当が設定されるという つまり ベルジーが現地調達比率を引き上げられないと ロシアおよびカザフスタン市場への輸出を前提とした事業計画が狂うことになる MAZにとってユーラシア統合は 黒船 大統領の 夢 である乗用車生産の成否はさておき ベラルーシにとってより死活的に重要なのが商用車生産部門であり 具体的にはミンスク自動車工場 (MAZ) のトラック バス生産 5 ロシア NIS 調査月報 216 年 12 月号
Research Report である MAZは2 万人近くの従業員を抱えるベラルーシ最大の雇用主であり 周辺部門も含めれば1 万人ほどがMAZ 関連で働いていると言われている そのMAZが現在 未曾有の危機に直面している 以前からMAZの販売の8 割はロシア市場と言われており ロシアの景気後退のダメージが大きいのは当然だが 問題はそれだけではない 実はユーラシア経済連合はベラルーシのトラック産業にとって 福音 というよりも 黒船 という側面が大きい ユーラシア経済連合の共通関税率は ロシアのWTO 加盟条件をベースとして設定されており その効果で ユーラシア域内のトラック販売市場が外国メーカーに侵食されているのである その結果 ベラルーシのトラック輸出は急減しており ( 図表 7) 必然的に生産台数も激しく落ち込んでいる ( 図表 8) ロシアのKamAZ との経営統合も模索したが 条件が合わず215 年に断念した 直近では MAZはベラルーシで最も巨額の赤字を抱える企業となっている おわりにロシアのモロゾフ産業 商業省次官は先日 217 年にロシアからの自動車および同コンポーネントの輸出を25~3% 拡大したい と発言した また 自動車産業のメッカと化しているカルーガ州で 先日自動車関係の座談会が開催された際には ロシアは輸出志向経済に転換している との発言が参加者から聞かれた 我々外国人も 自動車分野に限らず ロシア経済の可能性を新たな視点で見つめ直す必要が生じているのかもしれない ロシア政府はロシア製の乗用車の輸出を促進するため 補助金制度を導入しており 補助金受領に必要な条件をこの9 月に制定した 216 年分として33 億ルーブルの資金が計上されており その大部分の27 億ルーブルほどが輸 送費の補填に充てられる見通しである 商品を国境地点まで陸上輸送するのに必要な輸送費の最大 8% 海上輸送費の最大 5% 認証関連費用の最大 1% が補填される 補填は216 年 1 月 1 日に遡って適用されるという ロシアにとって ユーラシア統合のパートナーであるカザフスタンやベラルーシは 決して大市場というわけではなく また上述のようにロシアで景気が後退する局面には両国市場も連動して落ち込むという弊害がある それでも 自動車産業のように従来輸出と縁の薄かった分野で ロシアが輸出に乗り出そうとすれば まずターゲットとなるのはやはりユーラシア経済連合諸国を中心としたCIS 諸国であろう 関税障壁の低さ 地理的な近さ 市場の類似性 規格や技術規制の共通性などから ロシア企業 ( ロシアに進出した外資も含む ) にとって市場開拓の難易度が低い そのような後背市場が控えていることは 投資家がロシアに投資を行うインセンティブになるし 進出した投資家が生産を維持し現地調達比率の向上などの課題に取り組む上でもプラスになる まず国内 次にユーラシア諸国と市場を固めていき 事業が軌道に乗れば CIS 域外への輸出の道も開けるかもしれない ロシア企業にとってユーラシア経済連合は 小粒ながら ある種 跳躍台 のような役割を果たしうると言えるのではないか ただし 本稿で補足的に取り上げたベラルーシは ロシア産乗用車の単なる販売市場という役回りに甘んじるつもりはなく 自らも国民車を引っ提げてユーラシア市場に打って出る構えである 本稿では省略したが カザフスタンにも独自の乗用車生産プロジェクトがあり ユーラシア経済連合の加盟国ごとに利害は異なる 他方でトラックの分野では ユーラシア経済連合の形成が ベラルーシのMAZにとっての逆風となっており 企業としての存続が脅かされる深刻な状況に至っている ロシア NIS 調査月報 216 年 12 月号 51