経カテーテル大動脈弁留置術 (TAVI) についての説明文 1. あなたの病名と病状について あなたの病名は大動脈弁狭窄症です 心臓は 全身に血液を送りだすポンプの働きをする臓器です 大動脈弁は 心臓の出口において扉の役割を果たしています 加齢や動脈硬化の進行により 大動脈弁の可動性が低下し 開口部が狭くなった状態を大動脈弁狭窄症といいます 大動脈弁狭窄症が高度になると 心臓から全身への血液供給が妨げられ 心不全症状 ( 呼吸困難 全身の浮腫み ) 狭心症様症状 ( 胸痛 動悸 ) 失神症状 ( めまい ふらつき 意識消失 ) を引き起こします 症状出現後の生命予後は非常に悪く 突然死の危険性も年 1% 程度認めます 2. 治療について 大動脈弁狭窄症に対しては 胸を切開 ( 開胸 ) して 硬化した弁を人工弁に交換する外科的大動脈弁置換手術が標準治療として長年実施されて来ました しかしながら 外科的大動脈弁置換手術は 高齢や併存疾患のために 手術による死亡の危険性が高いとされた患者様や 手術後に活動性の低下 ( 寝たきりや認知症の進行など ) が予想される患者様は 手術適応とならないことが多く そのような患者様への新たな治療法が望まれていました そこで 近年外科的手術に代わる治療として 経カテーテル大動脈弁留置術が開発されました 経カテーテル大動脈弁留置術とは 開胸することなく カテーテルを用いて 新たな生体弁 ( ウシやブタの心膜でできた弁 ) を植え込む治療法です 当院は経カテーテル的大動脈弁留置術関連学会協議会が認めた実施施設です
AE 経心尖 A アプローチ A E 経心尖 A E 経大腿 3. 経カテーテル大動脈弁留置術の実際の方法について 経カテーテル大動脈弁留置術には 足の付け根からアプローチする方法 ( 経大腿動脈アプローチ ) と 左胸 ( 心尖部 ) からアプローチする方法 ( 経心尖アプローチ ) があります いずれのアプローチも カテーテル透視装置が配備された手術室で 循環器内科 心臓血管外科 麻酔科がチームを組んで 治療に臨みます 治療は全身麻酔下で行い 治療時間は麻酔導入時間を含めて 3 時間から 4 時間程度です 1 経大腿動脈アプローチ足の付け根に小さな切開を加えて血管を穿刺し 大動脈にカテーテルを挿入します 大動脈内にカテーテルを進め 狭くなった自己弁の位置に 人工弁を留置します 弁の留置の際には 抜去可能な一時的ペースメーカを用います ペースメーカにより わざと心臓を頻拍の状態にすることで 弁の留置位置がずれないように工夫します 弁留置が終了したら 足の付け根の血管及び皮膚を縫合して 問題が無ければ手術室で全身麻酔 人工呼吸器からの離脱を図ります 2 経心尖アプローチ足の血管が細い方や 胸腹部の血管の蛇行が高度な方に選択されます 左胸に 3 5cm の小さな切開を加え 心臓の先端 ( 心尖部 ) からカテーテルを挿入します 弁の留置方法は経大腿動脈アプローチと同様です 3 その他その他 胸の真ん中やや上側から小さく切開してカテーテルを挿入する経大動脈アプローチや 肩の血管からアプローチする経鎖骨下動脈アプローチという方法もあります (2016 年 1 月現在では選択不可 ) この手術は開胸手術と比べると侵襲が小さく 術後の体力回復を早期に図ることが可能となります よって術後翌日には早期退院に向けてリハビリを開始します E A EA E A E アプローチ部位 有益な点 不利益な点 けいしんせん 血管の細い患者さんにはおこ けいだいたいアプローチと比べて経大腿アプローチ なえない ( 脳卒中や血管を傷 体への負担が少ない つける可能性が高い ) 患者さんの血管の状態によら けいだいたい けいしんせんアプローチと比べてずおこなえる ( 脳卒中や血管 を傷つける可能性が低い ) 体への負担が大きい
図エドワーズ社サピエンを用いた経大腿動脈アプローチ ( 左 ) と経心尖部アプロー チ ( 右 ) 図メドトロニック社コアバルブの植え込み
4. 予想される合併症と後遺症 その対処法について 低侵襲な治療ではありますが 以下に記載した合併症が発生する可能性があります 我々医療従事者は 常に危険性を最小限にするべく努めていますが 患者様やご家族の方々もその危険性を十分ご理解のうえで治療に臨んでください 1 出血足の付け根の血管や 心尖部のカテーテル挿入部より術中にじわじわと出血することがあります また 治療後に止血が悪く 腫れたり ( 血腫 ) 仮性瘤( 孔がふさがらず 血管外に瘤状の血だまりができること ) が出来ることがあります 出血が大量の場合は 輸血が必要になることや 仮性動脈瘤の場合は外科的な手術が必要になる場合があります 2 感染十分な消毒の施行及び抗菌薬の使用により予防しますが 術後に創部の感染を合併する可能性があります また 高齢者では術後に誤嚥による肺炎を起こすことがあります 人工弁感染は非常に重篤な感染症です 抗生剤の長期投与で治癒することもありますが 人工弁の破壊を伴う場合などには手術で取り出す必要があります 3 血管損傷治療用のカテーテルが太いため 足の血管が裂けたり ( 解離 ) 破裂することがあります その際には 外科的もしくはカテーテルによる治療を行います 頻度としては 5% から 10% と報告されています 4 心穿孔 心タンポナーデ治療に使用するカテーテルや ガイドワイヤーにより 心臓に穴が開く可能性があります この時 出血量が多いと 心臓と心臓を包む膜の間に貯留した血流が 心臓の拡張を妨げ 急激な血圧低下を来します ( 心タンポナーデ ) その際には 胸を開いて直接穴をふさぐ もしくは体の表面から注射針を穿刺し 管を入れて貯留した血液を排出します ( 心嚢穿刺 ) 頻度としては 0.5 1% です 5 弁輪破裂大動脈弁付着部を大動脈弁輪と呼びます 人工弁の留置やバルーンの拡張により 弁輪部が破裂する可能性があります 保存的に経過を見ることができる場合もありますが 基本的には手術を要します この合併症が起こった際には 命に関わる可能性があります その頻度は 5% 未満と報告されています 6 冠動脈閉塞弁輪部から 心臓の筋肉を栄養する冠動脈が左右に2 本起始しています 人工弁を留置する際に 冠動脈を閉塞する可能性があり その際は心臓への血流が遮断されるた
め心筋梗塞を発症します カテーテル治療による冠動脈ステントの留置や 開胸して バイパス手術が必要になることもあります 頻度としては 1 2% と報告されています 7 人工弁周囲逆流植え込んだ人工弁は圧着による力で固定されていますが 人工弁と自己大動脈弁輪の隙間から逆流が生じることがあります 手術中には逆流が軽度以下であることを確認しますが 術後に逆流が増大すれば心不全になることがあります 8 脳梗塞などの塞栓症血液の塊や動脈硬化の成分 ( コレステロール塞栓 ) などが脳や重要な臓器 ( 腎臓や消化管 ) を栄養する血管に流れた場合 重篤な合併症に至る可能性があります 脳梗塞を合併した場合 意識がない状態が続くことや 四肢の麻痺 失語 寝たきり状態となる可能性があります 頻度としては約 2 5% と報告されています 9 徐脈性不整脈心臓は 電気信号の伝達により収縮します 人工弁を留置する部位の直下に 心臓内の電気信号の通り道があるため 弁の留置により電気信号を阻害し 房室ブロックと呼ばれる徐脈性不整脈を来す恐れがあります その際には永久的ペースメーカの留置が必要となります 頻度としては 5 10% と報告されています 10 人工弁脱落人工弁の留置位置が適切で無い場合に 心臓内や大動脈へ人工弁が脱落することがあります その際には外科的摘出が必要となることがあります 11 腎機能障害弁留置の際には造影剤を使用する必要があります 元来腎障害をお持ちの患者様は 造影剤の使用により腎機能障害が進行し 透析治療が必要となることがあります 12 深部静脈血栓症と肺血栓塞栓症手術時の長時間臥床や術後の安静にて下肢の血流がうっ滞し 太ももやふくらはぎの筋肉の層にある静脈に血のかたまり ( 血栓 ) が出来ることがあり これを 深部静脈血栓症 といいます この血栓が血流に乗って心臓を経由して肺の血管に詰まることを 肺血栓塞栓症 といい 一般的に エコノミークラス症候群 として知られています これらを合わせて 静脈血栓塞栓症 と呼びますが 肺血栓塞栓症を合併すると死亡率は 10% 程度であると報告されています 予防法として 早期の離床 弾性ストッキングの装着 下肢への圧迫ポンプの装着 薬物療法があり それぞれの患者さんの危険度の評価を実施した後に適切な方法を行いますが 発症自体を 100% 防ぐことは出来ません 万が一発症した際にも適切な治療を行います
13 その他治療中に致死的不整脈が誘発される可能性があります また 心尖部アプローチの際には心臓仮性瘤の形成 血胸 肋間神経障害などを合併することがあります 人工弁に用いる生体材料の経年的な劣化により人工弁不全が生じることがあります 14 死亡以上に記載の合併症の結果 不幸にも救命出来ない可能性があります その可能性は 2 3% と報告されていますが 手術前の状態が悪い場合には 平均より高い死亡率が予測されます 以下に PARTNER 試験と呼ばれる海外 25 施設で実施された TAVI のデータについて添付していますのでご参照ください けいだいたいけいしんせん海外で実施した 25 施設の患者さんを対象とした TAVI ( 経大腿または経心尖アプローチ ) の データ (2007 年 5 月から 2009 年 8 月時点 ) 手術後 30 日までに発現した有害事象 死亡 3.4 % 再入院 4.4 % 脳卒中 5.5 % 心筋梗塞 0 % 血管合併症 17.0 % 急性腎不全 (Cr>3mg/dl) 1.2 % 出血 9.3 % 新規発症の心房細動 8.6 % 新規ペースメーカー埋め込み 3.8 % 1 年後の結果でも TAVI と外科的大動脈弁置換術を比較して生存率に差はありませんでした 5. 術中合併症発生時の緊急対応について 経カテーテル的大動脈弁置換術の手術中に 上に記載した様々な合併症が術中に生じ手技を継続できなくなることや 緊急で開胸 開腹手術が必要となることがあります 1 弁輪破裂弁輪破裂を来たした場合には 開胸を行い圧迫止血で止血を得られることもありますが 人工心肺を使用し心臓を止めて修復を行わざるを得ないことがあります 2 心臓穿孔
心臓に穴が開いた場合 小さな穴であれば開胸し圧迫して止血を得られることもありますが 心臓を止めて修復が必要となることがあります 3 人工弁脱落人工弁が心臓内あるいは大動脈内に脱落した場合 摘出術を行う必要があります 4 血管損傷カテーテル挿入により血管損傷 ( 裂けたり破れたり ) した場合には ステントグラフトによる血管内治療を追加することがあります また 開胸 開腹による人工血管置換を要することもあります もともと開胸による手術リスクが高い患者様に経カテーテル的大動脈弁置換術をしているため 上記の事態が発生した場合には 手術の危険性は極めて高く 救命が極めて難しい状況となることをご理解ください 上記の緊急事態になった際に 開胸等の手術を希望されない場合には 手術前にお申し出ください 6. 外科的弁置換手術との比較 外科的大動脈弁置換術の周術期死亡率が 5% 以上ある方を対象に 経カテーテル治療を行います 経カテーテル治療を選択することで 治療リスクの軽減が期待されます また 経カテーテル治療が無事に終了した際には 早期の退院 ( 平均 7 日程度 ) が可能となります 7. 治療を受けた場合の利益 大動脈弁狭窄症を治療することで 短期的には自覚症状の改善 運動能力の改善を 長期的には生命予後の改善を得ることができます 8. 治療を受けなかった場合の不利益 内服薬による保存的加療では 大動脈弁狭窄症の予後は改善しないと報告されています 治療を受けなかった際には 突然死を含む短期的な死亡のリスクがあり一年間に 20% 以上の死亡率が予測されます 危険性は高いですが開心術による大動脈弁置換術も選択できる場合があります
9. 費用について この治療は 通常の健康保険の範囲内で行われ 高額医療費制度が適応されます その他の診察料や個々の内服薬の薬代 個室使用料などの費用は含まれませんので 同様の検査を受けた患者様でも 請求額が異なる場合があります 合併症や副作用が出現し 必要な検査や治療を受けていただいた場合には 別途に医療費が追加されますので あらかじめご了承ください 医療費の詳細につきましては医療スタッフもしくは病棟事務職員にご相談ください 10. 遠慮なく質問できること 同意はいつでも取り消せること 以上の説明に対して 不明な点や疑問点 あるいは心配な点があれば いつでも主治医や医療スタッフにご相談下さい 今回の病気の治療は 当院以外の病院でも受けることは可能です また同意書に署名いただいた後でも 患者様やご家族の御意向によって 同意を撤回することは可能です 同意を撤回された場合でも不当な対応をされることはありません 11. 検査 治療データの取り扱いについて 全国規模の手術データベースである National Clinical Database(NCD) に登録いたします 検査 治療に伴って得られたデータや画像などは厳重に取り扱われ 第 3 者に情報が漏洩しないように管理しております 医学生やその他の医療関係者の教育に使用したり 学会や学術雑誌に発表したりする場合があります その際には個人を特定できない状態にして使用していますのでご了承ください
同意書 大阪市立大学院大学医学部附属病院長様 このたび循環器内科に入院中の患者 が 医療行為経カテーテル大動脈弁留置術を依頼するにあたり 以下の内容について 担当の 医師から説明を聞き 十分に納得 了承し 同意します 1. 病名と病状について 2. 治療について 3. 経カテーテル大動脈弁留置術の方法について 4. 予期される合併症について 5. 術中合併症発生時の緊急対応について 6. 外的弁置換手術との比較について 7. 治療を受けた場合の利益について 8. 治療を受けなかった場合の不利益について 9. 治療費用について 10. 治療同意の撤回はいつでも可能であること 11. 検査 治療データの取り扱いについて 平成 年 月 日 本人住所氏名生年月日 年 月 日 保護者または親族代表者住所氏名生年月日 年 月 日