測定技術における課題 1 元素の機器分析 藤森 英治 ( 環境調査研修所 ) 1
まとめと課題 5 ろ液の保存 改正告示法では 溶出液の保存方法は規定していない 測定方法は基本的に JISK0102 工場排水試験法を引用する場合が多く 溶出液の保存についてはそれに準ずる 今回の共同分析では 溶出液の保存について指示していなかった そのため 六価クロムのブラインド標準では六価クロムが三価クロムに一部還元される現象がみられた 六価クロムはできるだけ早急に測定することが望ましい また高アルカリの溶出液については 1% 硝酸溶液としてイオン化し かつ空気中の炭酸ガスとの反応を抑制することが必要である 2
まとめと課題 6 ブラインド標準 今回送付したブラインド標準 ( 高濃度 低濃度 ) は各機関の測定値を評価するうえで 正しく測定が行われているかどうかを確認するために必要な測定である 今後行う共同分析においても これらを配布する必要があると考えられる 今回の結果から ブラインド標準の測定値が設定値より高い ( あるいは低い ) 場合に 産業廃棄物試料の溶出濃度が低い という傾向がみられてはいない 設定値に対して測定値は概ね良好であったが 機関によっては設定値より 20% 以上離れた値もあった 変動係数も概ね 10% 以内であった 機器の種類をみると ICP 質量分析法が他の方法よりも若干ばらつきが大きい結果であった 通常分析においては 認証値のある河川水標準物質を用いて 標準液の真値を確認することも必要といえる 3
まとめと課題 7 機器分析 すべての元素分析装置は 一長一短がある 試料液中の 濃度 と 共存物質 によって測定装置を選択することが望ましく 基準値を超える場合には複数の測定機器による確認が望ましい すべての分析機関で複数装置を保有しているわけではない 単一の測定装置で測定値を報告する際には 所有する装置の長所と短所を十分に把握しておく必要がある 今回の共同分析では ICP 発光分光法及びICP 質量法により分析した機関が多かった ICP 発光分光装置はハード面からみると 測光方向 検出器によって感度と共存物質の影響が異なる アルゴンプラズマに対して垂直方向から測光するタイプは 水平方向から測光するタイプ ( アクシャルタイプ ) に比べて 感度は低いが 共存物質の影響が少ない 検出器の種類ではマルチタイプはシーケンシャルタイプに比べて感度が高い 測定条件では 測定波長の選択 内部標準法採用の有無によって感度と共存物質の影響が異なる 4
まとめと課題 7 機器分析 すべての元素分析装置は 一長一短 試料液中の 濃度 と 共存物質 によって測定装置を選択すること 基準値を超える場合には複数の測定機器による確認が望ましい ( 標準添加法も ) 単一の測定装置で測定値を報告する際には 所有する装置の長所と短所を十分に把握しておくべき ICP 発光分光装置はハード的に 測光方向 検出器によって感度と共存物質の影響が異なる アルゴンプラズマに対して垂直方向から測光するタイプは 水平方向から測光するタイプ ( アクシャルタイプ ) に比べて 感度は低いが 共存物質の影響が少ない 検出器ではマルチタイプはシーケンシャルタイプに比べて高感度 測定条件では 測定波長の選択 内部標準法採用により 感度と共存物質の影響が異なる 5
まとめと課題 8 ICP 発光 ICP 発光分光法の測定波長の選択 ICP 発光分光法を採用した機関の装置 測定条件では すべてイットリウムを用いた内部標準法を採用 ICP 発光分光法における推奨波長は感度の高い波長であるが スペクトル干渉が大きい場合は 第二波長 第三波長を選択することになる 今回の共同分析において カドミウムの測定波長は 228.802nnm と 214.439nm が選定されている 前者はヒ素が共存する場合に干渉し 後者は鉄が共存する場合に干渉する 今回の試料は溶出液で いずれの場合も共存元素の濃度が低くスペクトル干渉がなかったと思われる 含有量分析の際には十分に留意せねばならない元素の測定波長選択である 今後の共同分析において 事前説明あるいは文書にて留意すべきことを周知しておくのが望ましい 6
内標準元素と分析目的元素の相対強度変化の違い ( カルシウムマトリックス ) 相対信号強度 1.2 1.1 1.0 0.9 0.8 0.7 内標準補正無し 0 1000 2000 3000 4000 Ca 濃度 / mg L -1 イオン線 Y 371.029 nm( 内標準元素 ) Cd 214.438 nm Cr 206.149 nm Mo 202.030 nm Ni 221.647 nm Pb 220.351 nm V 309.311 nm 中性原子線 In 325.609 nm( 内標準元素 ) As 188.980 nm B 249.773 nm Cu 324.754 nm Se 196.026 nm Zn 213.856 nm 相対信号強度 1.2 1.1 1.0 0.9 0.8 0.7 内標準補正有り (Y 補正 ) 内標準補正有り (In 補正 ) 0 1000 2000 3000 4000 Ca 濃度 / mg L -1 0 1000 2000 3000 4000 日本分析化学会編, ICP 発光分析, 共立出版 (2013) より引用
測光方式による相対強度の変化の違い 相対強度 多元素標準液に Ca を 2000 mg L -1 添加した際の信号強度を Ca 0 mg L -1 のものと比較 1.0 0.9 0.8 0.7 0.6 0.5 1.0 0.9 軸方向測光 横方向測光 Perkin Elmer Optima 7300DV 0.8 0.7 0.6 Shimadzu ICPE 9000 0.5
測定波長の選択 ( 分光干渉への対策 ) カドミウム (Cd) マルチ型 ICP-AES 装置を使用 信号強度 ( 任意単位 ) 214.438 nm 226.502 nm 228.802 nm As 1 mg L -1 214.42 214.44 214.46 226.48 226.50 226.52 226.54 228.78 228.80 228.82 波長 / nm : 土壌 1 mol L -1 塩酸溶出液 2 倍希釈溶液 --: カドミウム 0.01 mg L -1 --: 鉄 100 mg L -1
まとめと課題 9 ICPMS ICP 質量分析法の内部標準元素の選定 測定質量数 内部標準元素の選定 同重体による妨害を避けるためのリアクションガス等の採用等が重要 今回の結果では ICP 質量分析によるばらつきが ICP 発光分光法等その他の方法に比べて大かった 感度が高く測定条件の選択範囲が広いことも理由の一つか? ICP 発光分光法では全機関で内標元素 Y による内標法で定量したが ICP 質量分析では Tl Re In Ir Ge Y Ga が採用され コリジョンリアクションガスとして He H2 が採用された コリジョンガスは 選択しうる装置と選択できない装置がある 10
まとめと課題 9 ICPMS ICP 質量分析法の内部標準元素の選定 内部標準元素は 測定波長に近い質量の元素を用いることが推奨される しかし測定液に内標元素が存在する場合には 別の元素を選択せねばならない 内標元素の選択は定量値の変動に影響する Cd は測定質量 111 で 望ましい内部標準物質は Rh(103) か In (115) である Re(187 or 185) Ge(72) を選択した機関は定量値が若干異なる可能性あり 鉛 (208) に対する内標元素では Tl(205) Re(186) イリジウム (193) は質量が近いが インジウム (115) ゲルマニウム (72) はとは離れている 機関によっては 測定対象元素に対して近い質量数の内部標準元素を選択している場合と 単一の内部標準元素を用いている場合があった このことが 全体として ICP 質量分析による定量のばらつきを大きくしている原因の一つと考えられる 11
産業廃棄物焼却飛灰溶出液を測定して 得られる質量スペクトル Signal Intensity (x10 6 cps) 1.0 0.5 5 4 3 2 1 0 100 200 m/z x 20 x 1.5 x 20 x 5000 75 As 79 Br 0 70 75 80 1.5 1.0 0.5 0 90 95 100 1.0 500 400 300 200 232 Th 100 0 230 235 240 98 Mo 238 U 0.5 121 Sb 120 Sn 123 Sb 0 115 120 125
相対信号強度 共存成分 ( カルシウム ) による信号強度の変動 1.4 1.2 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 多元素標準溶液に Ca を共存させて信号強度の変化を観測 0 200 400 600 800 1000 1200 Ca 濃度 (µg ml -1 ) 7 Li 9 Be 23 Na 27 Al 39 K 51 V 52 Cr 53 Cr 55 Mn 59 Co 60 Ni 63 Cu 66 Zn 71 Ga 75 As 82 Se 85 Rb 107 Ag 111 Cd 133 Cs 137 Ba 205 Tl 208 Pb 209 Bi 232 Th 238 U 72 Ge 103 Rh 115 In 185 Re Ca 添加量の増加に伴う信号強度の変動が元素により大きく異なる 内標準補正による補正が機能しない場合がある
まとめと課題 10 試料の希釈 試料 2 の鉛 試料 4 の亜鉛では数百 mg/l の濃度あった 原子吸光法や ICP 発光分光法では 100 倍程度の希釈率で測定されるが ICP 質量分析では 1 万倍の希釈が必要になる 希釈倍率が大きい場合には 希釈操作における定量値の変動の原因になる 14
まとめと課題 11 As Se ヒ素及びセレンの ICPMS と水素化物発 AA 法 告示改正の目的の一つは As 及び Se に ICP 質量分析法を適用可能とした点 ブラインド標準の ICPMS 測定結果は設定値に対して満足できる結果 変動係数は 3.2% と良好 試料 5( ばいじん溶出液 ) は設定値に対して良好だが CV% は 18% と標準物質に比べ大 塩類濃度等共存物質が多かったためか 2 機関の数値が離れていた 現状では 問題となる測定上の課題を抽出できていない 多機関の参加により ICPMS の適用に問題がないかを検証する必要あり 一方で 水素化物発生法に問題に問題ありとの指摘がある (As (VI) が As(III) に還元する前処理が不十分な場合低値になる ) JISK0102 の改定があり 還元剤に変更があり これを採用することが望ましい 15
測定モードによるひ素の測定値の違い 産業廃棄物焼却飛灰中ひ素の定量結果 ( 単位 :mg kg -1 ) ノーガスモード H 2 モード He モード 補正式なし 16.5 ±0.2 15.6±1.7 12.5±0.1 補正式あり 19.4 ±0.6 2650±130 15.4 ±0.6 干渉補正式 As(75)=(1.000)( 75 C)-(3.127)[( 77 C)-(0.815) ( 82 C)] 75 C, 77 C, 82 C はそれぞれ m/z 75, 77, 82 における信号強度 塩化物イオン起源の多原子イオン干渉には He コリジョンが有効臭素が高濃度に存在する場合には補正式の適用は困難 16
まとめと課題 12 標準添加法 標準添加法の採用 今回の共同分析では 標準添加法を採用することを義務付けなかった そのために 各測定法で正しい値を確定できなかったという反省点がある 今後は 例えば 1mg/L 以上の溶出液について標準添加法を採用する といった共同分析のやり方も考慮すべきと考えられる 17
試料溶液の希釈率と定量法の違いによる ばいじん溶出液中鉛の分析値の比較 ばいじん溶出液を 5 倍, 10 倍, 50 倍希釈し ICP 発光分析法 ( マルチ型 軸方向測光 ) を用いて絶対検量線法 内標準法 標準添加法で定量 Pb 濃度 / mg L -1 10 5 5 倍希釈溶液 10 倍希釈溶液 50 倍希釈溶液 0 絶対検量線法内標準法標準添加法 日本分析化学会編, ICP 発光分析, 共立出版 (2013) より引用 18
まとめと課題 13 六価クロム 六価クロムの吸光光度法 今回の共同分析において ブラインド標準 ( 高濃度 ) の吸光光度法の平均値が設定値の 52% と極めて低かった この理由は標準液作製 送付時に六価クロムが三価クロムに一部還元された可能性が考えられた 今後の共同分析で六価クロムを標準とする際に 単独の標準液を配布する必要がある 試料中に酸化剤や還元剤が含まれ 硫酸を添加する際に酸化 還元反応が起こる場合には あらかじめそれらを除去すること また三価クロムの除去を行って定量することが必要になる 19
元素分析における主な課題 最新の分析装置は廃棄物試料の分析に最適化されたものではない 装置の原理や干渉等に対する知識や経験の蓄積が必要 元素分析で引用している JIS K0102 は 工場排水の分析を想定している 廃棄物分析のための最適化が必要 20