< 更新日 :2006/8/25> < 石油 天然ガス調査グループ : 猪原渉 > サウジアラビア : 新技術による重質油回収の動き (WSJ IOD 等 ) Chevron が実施した分割地帯陸上 Wafra 油田での水蒸気圧入法による重質油回収初期試験で 良好な結果が得られたとの報道 Chevron は 北米等で水蒸気圧入法の実績が数多くあり 地質構造の異なる湾岸地域に初めて同法を導入した 本技術の適用により サウジが有する豊富な重質油油田について大幅な埋蔵量及び生産量増加につながる可能性があり 今後の動向を注視する必要がある 1.Chevron が分割地帯陸上で重質油回収試験を実施 Chevron が分割地帯 ( 旧中立地帯 ) 陸上の Wafra 油田に設置した水蒸気圧入法パイロットプラントで 重 質油の回収に成功したことが明らかになった (Wall Street Journal(WSJ)2006/7/10 他 ) サウジアラビア が掲げる原油生産能力増強計画は 同国に豊富に存在する重質油の回収率をどこまで増加できるかが 実現に向けての大きなポイントとなっており Chevron の試験の動向が注目される Chevron 及び同社に分割地帯陸上権益を付与している立場にあるサウジ政府や Saudi Aramco から今 回のテストに関する正式見解は出されていないが WSJ や石油専門誌による報道及び過去の Chevron 発表資料等によると 概略内容は以下の通りである Wafra 油田の水蒸気圧入法パイロットプラントは 水蒸気圧入井 16 本 生産井 25 本 水処理設備 水 蒸気生成機等から構成され Chevron が総投資額 3 億ドル (2006 年 3 月発表 ) を投じ建設を進めている 水蒸気圧入法は増進回収法 (EOR) の一種で Chevron がカリフォルニアやインドネシア等で実績を上げ ている方式であり 同社はこれをサウジに導入した Wafra 油田における重質油の回収増加計画は 1995 年に当時の権益保有会社 Texaco( 後に Chevron と統合 ) から打ち出され 2003 年 10 月には水処理設備 の建設がスタートした 今般 水蒸気圧入井 1 本 生産井 4 本 観測井 ( データ収集用 )1 本が完成し 重 質油のトライアル生産を行った 引き続き 残りの坑井の掘削が進められている Chevron のスポークスマンは取材に対し これまでのところ良好な結果が得られている と述べるととも に テストはまだ初期段階である として最終結論を出すには至っていないことも付言した 一方 サウ ジの Naimi 石油相は サウジには (2,600 億 bbl 強とされる ) 公式の埋蔵量に含まれない多くの重質油 - 1 -
田が存在している 新技術 ( 水蒸気圧入法 ) による重質油回収増が実現すれば サウジ全体の埋蔵量は 数百億 bbl 増加する可能性がある と語り Chevron のテストに大きな期待を寄せていることを明らかにし た 分割地帯 ( 旧中立地帯 ) についてサウジとクウェートの国境地帯に位置する分割地帯 ( 陸上地域 海上地域 ) は サウジ クウェート両国がともに半権益 ( 分割地帯内生産原油の 50% ずつの権益 ) を有しているが サウジ側陸域については Getty Oil( 米 ) が 1949 年にサウジ政府と締結した利権協定を引き継いだ Chevron( 旧 Texaco) が権益を保有している 因みに かつて Aminoil( 米 ) が保有していたクウェート側陸域及びアラビア石油 ( 日 ) が保有していたサウジ クウェート双方の海域権益はいずれも現在は両国政府に返還されている ( 表 1) 分割地帯陸域の主要油田は Wafra 油田の他 South Fuwaris 油田 South Umm Gudair 油田等であるが ほぼ全量が重質油 (API 19~25 程度 ) とされる 現状の可採埋蔵量は 20~25 億 bblとされ 生産量は 2001 年に過去最高となる 36 万 b/d を記録したが その後低下の一途を辿っており ( 現在は 26 万 b/d 程度 ) 回収率の向上が大きな課題となっている 表 1 分割地帯権益保有者 < > 内 : オペレーター 陸域 サウジ側 ( 半権益 ) Chevron<Chevron> ( 旧 Getty Texaco) (2009 年に利権協定終了 ) 海域サウジ政府 <AGOC> (2000 年アラビア石油の利権終結 ) クウェート側 ( 半権益 ) クウェート政府 <KOC> (1977 年 Aminoil 利権を国有化 ) クウェート政府 <KGOC> (2003 年 アラビア石油との利権協定終了 同社と TSA 締結 ) ( 注 ) AGOC:Aramco Gulf Operations Company(Saudi Aramco の 100% 子会社 ) KOC:Kuwait Oil Company KGOC:Kuwait Gulf Oil Company( ともに KPC の 100% 子会社 ) - 2 -
図 1 サウジアラビア及び分割地帯油ガス田位置図 出所 : 各種資料 2. 水蒸気圧入法による重質油回収率の向上 重質油は高粘度で金属分や硫黄分を多く含み 経済性のある生産は困難とされていたが Chevron は カリフォルニア等で水蒸気圧入法 ( 水蒸気攻法 )(Steam Flood Steam Injection) の導入により重質油の油 田の生産量を増加させてきた実績を有していいる 世界的にみると 水蒸気圧入法は 100 強のプロジェクトが行われており そのうち 米国とベネズエラで - 3 -
それぞれ 30 から 40 カナダと中国でそれぞれ 10 から 20 程度 他はインドネシアやトリニダード等で実績がある しかし これらの油田は地質的にはいずれも砂岩が主体であり 中東に多い炭酸塩岩の貯留層での本格的な適用実績はない 中東では 本件に加え Occidental がオマーンの Mukhaizna 油田 ( 砂岩 ) の重質油開発に水蒸気圧入法を適用する事業を開始した 今回 Chevron が導入した方法は 圧入井より水蒸気を油層に圧入し 水蒸気で熱せられやわらかくなった油が重力で生産井に向かい回収されるというプロセスとなっている 通常の Steam Flood の場合 油を生産井に動かす力はスチームの圧力だけであるが 今回 水蒸気の熱によって油の粘度を低下させ重力により回収するというプロセスが加わっており メカニズムとしてはオイルサンド生産の主流となっているSAGD(Steam Assisted Gravity Drainage) 法と似ている ただし SAGD 法の場合 2 本の水平坑井を圧入井と生産井として使用するが 今回の方法ではいずれもコンベンショナルな垂直井が使われている模様である ( 図 2 参照 ) 水蒸気圧入法によって 重質油の回収率は大幅な向上が期待できる 通常 ( 従来法 ) の場合 一般的に軽質油の回収率が 35% 程度であるのに対し 重質油の回収率は平均で 5% 程度ときわめて低いが Chevron が水蒸気圧入を導入したカリフォルニアの油田での重質油回収率が 15% から 80% に インドネシアの油田では 7% から 70% に飛躍的に向上したという事例が報告されている 50% 以上の数字は油層条件 ( 浸透性等 ) の良い限られたエリアでの実績と考えられ Chevron によると Wafra 油田については 本技術の導入により重質油の回収率を現状の 3% から 40% へ向上させることが期待されている これにより 同油田において埋蔵量 30 億 bbl 生産量 30 万 b/d の追加が可能になると見込まれている - 4 -
図 2 Chevron の水蒸気圧入法 出所 :Wall Street Journal/Chevron 3. 想定されるインプリケーション Wafra 油田での水蒸気圧入法による重質油回収試験は 現時点では初期段階であり最終的なテスト結 果を待つ必要があるが サウジ Chevron 双方にとって様々なインプリケーションがあると考えられる (1) 生産能力増強への寄与 サウジ石油省及び Saudi Aramco は 2005 年末現在で 1,100 万 b/d の原油生産能力について 2009 年までに 5 つの軽質油田 (Khurais 油田等 ) の増産により 1,250 万 b/d に増強する計画を掲げている ( 表 2 参照 ) 既に Haradh-3 プロジェクトが完成し 生産能力が 1,130 万 b/d にかさ上げされるなど 計画は概 ね順調に進行中である さらに Naimi 石油相や Saudi Aramco 首脳は 2010 年以降について 市場のニ ーズがあれば更なる増産も可能であり 1,500 万 b/d への増強も可能であるとの発言を再三にわたり行っ ており 増産計画の具体的内訳も石油省に近いコンサルタント会社等からの情報により 徐々に明らか になりつつあった ( 表 3 参照 ) ただし 2010 年以降の増産計画については 大半が Manifa 沖合油田など重質油田対象となると予想 されている 1957 年に発見された Manifa 油田は残存可採埋蔵量約 170 億 bbl とされる巨大沖合油田で - 5 -
あるが API 27 の重質油 (Arab Heavy) のため市場確保が難しいという問題から長期にわたり生産を 休止している 2010 年以降の増産計画実現のためには 重質油の市場流通性の低さや生産面での技 術的難易度の高さを克服する必要があり この計画は 供給増加圧力を強める消費国に対するサウジの リップサービスに過ぎないのではないかとする見方も一部にはある しかし WSJ 報道によると サウジは Manifa 沖合油田への水蒸気圧入法の適用を検討しているとのこと である Wafra 油田でのテストの最終結果が出るまで今暫く時間を要するが これが成功した場合 2010 年以降の増産計画の実現可能性は大きく高まるものとみられる また 世界的に重質油処理能力が不足する中 サウジは重質油対応の製油所建設にも着手した Saudi Aramco は 2006 年 8 月 Total ConocoPhillips との間で Jubail( ジュベイル ) Yanbu( ヤンブー ) に 新たに設置する大型製油所 ( 能力各 40 万 b/d) の建設に関する契約をそれぞれ締結した いずれも重 質油処理可能な製油所で完成時期は 2011 年とされており Manifa 油田等の重質油田の開発タイミング に連動させて 建設を進める考えとみられる 今回の報道は サウジが中長期的な生産能力増強に真剣に取り組んでいることを市場及び消費国に 対し強くアピールする効果があったと考えられる 特に 産油国の供給能力に対する懸念を増幅してい る ピークオイル 論に対するサウジとしての強い反論メッセージとの位置付けもできよう 表 2 2006 年から 2009 年までのサウジ原油生産能力増強計画内訳 油田 プロジェクト名 能力増強分 完成時期 油種 ( 場所 ) (b/d) 1Haradh-3 +30 万 2006 年 4 月よ Arab Light (Ghawar 油田南部 ) りフル生産 2AFK プロジェクト +50 万 2007 年 Arab Light Abu Hadriyah Fadhil Khursanihah ( 東部州ジュベイル近郊 ) 3Shaybah +20 万 2008 年 Arab Extra Light (UAE 国境近く ) 4Khurais +120 万 2009 年 Arab Light ( リヤドと Ghawar 油田の中間 ) 5Nuayyim( リヤド南部 ) +10 万 2009 年 Arab Super Light 計 +230 万 *1,100 万 b/d(2005 年末生産能力 )+230 万 b/d( 増強分 1~5 計 )-80 万 b/d( 減退油田リプレース分 ) =1,250 万 b/d(2009 年末予想生産能力 ) 出所 : 各種資料 - 6 -
表 3 2010 年以降のサウジ原油生産能力増強計画 油田 プロジェクト名 能力増強分 完成時期 油種 ( 場所 ) (b/d) 1Shaybah +20 万 2010 年 Arab Extra Light (UAE 国境近く ) 2 分割地帯 +15 万 2010 年 Arab Medium 3Manifa Ⅰ ( ペルシャ湾沖合 ) 4Manifa Ⅱ ( ペルシャ湾沖合 ) 5Manifa Ⅲ ( ペルシャ湾沖合 ) 計 +30 万 2011 年 Arab Heavy +30 万 2013 年 Arab Heavy +40 万 2013 年 Arab Heavy +135 万 *1,250 万 b/d(2009 年末生産能力 )+135 万 b/d( 増強分 1~5 計 )- 80 万 b/d( 減退油田リプレース分 ) =1,305 万 b/d(2013 年末予想生産能力 ) となり 石油省見解 1,500 万 b/d への増強 とは一致していない 出所 :Saudi National Security Assessment Project(SNSAP) (2) 原油市場の下落要因になる可能性サウジ重質油田に水蒸気圧入法が本格導入されれば 原油供給能力の大幅向上につながり 原油市場は大きく下落する可能性が出てくる 一方で 今回の報道によると カリフォルニアの Chevron の重質油田操業コストは 1bbl 当たり 14 ドルと低コストとは言い難いレベルであり Capex 分も考慮すると 油価が下落すればプロジェクトの経済性が大幅に悪化するというリスクが考えられる サウジとしては 現時点では水蒸気回収法の導入に前向きな姿勢を示しているものの 最終的な実施決定に当たっては慎重にならざるを得ないだろう (3) サウジ石油上流への外資再参入につながる? また 今回の動きは 石油上流分野 ( 分割地帯を除く ) での Saudi Aramco 独占に風穴が開けられ 分割地帯以外で約 30 年ぶりの外資再参入につながる可能性を秘めているともみられる Chevron の当面の目的は分割地帯陸域権益 ( 契約期限 2009 年 ) の更新にあるとみるのが妥当であるが 同社は産油国側が保有しない技術 ( 水蒸気圧入法 ) のノウハウと実績を武器に Manifa 油田等 サウジ石油上流事業という 本丸 への参入を狙っているとの見方も否定できず 今後の動向を注視する必要がある ちなみに 天然ガス上流分野では 1998 年以降 本格的な外資導入プロジェクト ガス イニシアティブ が検討されたが 紆余曲折を経て 2003~04 年に探鉱案件 (4 件 ) に限定して外資 6 社 (Shell Total Lukoil Sinopec Eni Repsol-YPF) の参入が実現した - 7 -