十帖源氏 夕顔 平成25年7月訂正

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中 2 数学 1 次関数 H ダイヤグラム宿題プリント H1 A 君は 8 時に家を出発して 12 km 離れた駅へ自転車で行く途中 駅からオートバイで帰ってくる B 君に出会った 8 時 x 分における 2 人の位置を 家から ykm として A 君とB 君の進行のようすを表したものが右のグラフで

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片翼の天使が異世界から呼ばれたようですよ? ID:94094

リーダーでは メンバー A さんから 報告お願いします メンバー A 昨日は 登録まわりのコーディングをして この 2 つのタスクを終わらせました メンバー A カンバンのタスクカードを指差すメンバー A 今日も登録まわりのタスクを終わらせる予定です 問題はありません 以上です 全員 固まるナレータ

中 1 中 2 中 3 男子 女子 小計 男子 女子 小計 男子 女子 小計 合計 度数 % 度数 % 度数 % 度数 % 度数 % 度数 % 度数 % 度数 % 度数 % 度数 % F-3 あなたの家庭はあなた自身を入れて何人ですか 2 人家族 2 1.6% 3 2.5% 5 2.0% 2 1.9

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HからのつながりH J Hでは 欧米 という言葉が二回も出てきた Jではヨーロッパのことが書いてあったので Hにつながる 内開き 外開き 内開きのドアというのが 前の問題になっているから Hで欧米は内に開くと説明しているのに Jで内開きのドアのよさを説明 Hに続いて内開きのドアのよさを説明している


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背 景 図 は 国 土 地 理 院 の 電 子 国 土 を 使 用 本 図 には 中 田 高 今 泉 俊 文 編,2002 活 断 層 詳 細 デジタルマップ, 東 京 大 学 出 版 会 の 活 断 層 シェープファイル を 使 用 し た( 製 品 シリアル 番 号 :DAFM2041) 現 地

はなしましょう 用意するもの東京の路線図 原宿の写真できますか? 雑誌に紹介されているパンケーキの店を見て 二人で行くことにします お互いにどうやって行くかを言い 続けて 待ち合わせの場所と時間を決めます これもできますか? 学習者同士で 自分の家はどこか どうやって会社や学校へ通うかを聞き合います

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Transcription:

十帖源氏夕顔 Ver2.2 成 25 年 2 月版 8 月版担当者 : 淺川槙子 登場人物 光源氏 物語の主人公 六条御息所 光源氏の恋人 夕顔をとり殺してしまいます 夕顔 頭中将の愛人 帚木 巻で登場する 常夏の女 です 惟光 光源氏の家来 右近 夕顔の侍女 尼君 光源氏の乳母で 惟光の母 阿闍梨 惟光の兄で僧侶 夕顔の供養をします 頭中将 光源氏の親友で 夕顔との間に玉鬘という娘がいます 空蝉 伊予介の妻で 空蝉 巻に登場しました 31 オ 翻字本文 夕顔 割 以歌詞巻の名也 同じき年の夏 六条の御休所へしのびて かよひ給ふ中やどりに 源のめのと 惟光が母 いたくわづらひて あまに成たるをとぶらはんとて 五条なる家におはしたり 此家のかたはらに ひがきをして はじとみ四五けんあげわたし すだれしろうすゞしげなるに おかしきひたいつきのすきかげ見えてのぞく いかなるものゝほどへるにかあらん とさしのぞき 夕がほの花のしろく咲かりたるを 一ふさおりて参れ と のたまへば ずいじん門に入ておる やり戸ぐちに 黄なるすゞしの 現代語訳 夕顔 割 和歌の言葉から巻の名前を付けました ( 空蝉 の所へ通っていた ) 同じ年 ( 十七歳 ) の夏 光源氏 は 六条御息所 の所へこっそりと 通う途中の休憩所として 光源氏 の乳母をしていた 惟光 の母 ( 尼君 ) が 重病で 尼になっていたのを見舞おうと 五条にある乳母の家を訪ねました 乳母の家の隣には 桧の垣根 があり 雨戸を四 五枚はねあげて 簾も白

く涼しそうな所に 美しい額を持つ女たちの影が簾から透けて見え こちらを覗いています 光源氏 は どんな女たちが集まっているのだろう と少し覗いて あの白く咲いている 夕顔の花 を 一つ折ってきなさい と言います 家来 は 家の門に入って花を折ります 引き戸の口に 黄色の薄い生地の 31 ウ 翻字本文 ひとへばかま ながくきなしたるわらは出きてうちまねく しろき扇のいたうこがしたるを これにをきてまいらせよ えだもなさけなげなかめる花を とてたてまつる 現代語訳 夏用の袴を 長めに着た 少女 が出てきて 手招きをします 白い扇 にたくさん香りを染みこませ 少女は これにのせてさしあげて下さい 枝も風情のない花ですから と言って家来に渡します 32 オ 絵 1 光源氏 が十七歳の夏 乳母の隣の家の少女が 光源氏 の家来に 白い夕顔の 花を渡す場面 32 ウ 翻字本文 これみつは 門のかぎををきまどはして らうがはしき大路にたち 傍 た= 源ノ おはしまして と かしこまり申す 車ひきいれており給ふ これみつが兄のあざり むこの三河守 むすめなどつどひたる程に かくおはし 傍 お= 源ノ ましたる事をよろこび かしこまる あま君もおきあがり よろこびてなく さらぬわかれ のなくもがな と こまやかにかたらひ給ふ 子ども皆 打しほたれけり ずほうなどの事のたまひをきて 出給ふとて これみつにしそくめして ありつるあふぎ御覧ずれば 心あてにそれかとぞみるしらつゆの

現代語訳 惟光 は( 戻ってきて ) 家の門の鍵をどこかに置き忘れ ごちゃごちゃとした大通りに立ち往生させてしまいまして と 光源氏 に詫びます 車を乳母の家の門内に引き入れて 光源氏 は車から降りました ( 家の中には ) 惟光 の兄の 阿闍梨 尼君 の娘婿の 三河守 娘などが集まっていて 光源氏 が見舞いに来てくれたことを喜び 恐縮してしまいます 尼君 も起き上がり 喜んで泣きます 死別 など ないほうがよいのだ と 光源氏 は心を込めて語ります すると 尼君 の子どもたちも皆 涙を流すのでした 光源氏 は祈祷などのことを言いつけて 尼君 の家から帰ろうと 惟光 に明かりを持って来させて 先ほどの扇を見てみると 心あてにそれかとぞみるしらつゆの 33 オ 翻字本文 ひかりそへたるゆふがほの花これみつに 此西なる家はなに人のすむぞ と とひ給へば 五 傍 五 = 惟詞 六日こゝに侍れど 病者の事をおもひあつかひて となりの事は聞侍らず と 申す 此 傍 此 = 源詞 わたりの事しれらんものをめして とへ と の給へば 此やどもりのおのこをよびてとふ 揚名介なりける人の家になん侍る おとこはゐなかにまかりて わかき女なんあり と 申す れいの 此かたにはをもからぬ御心にて 御たゝうがみにあらぬさまにかきかへ給ひて よりてこそそれかとも見めたそかれにほの / \ 見つる花のゆふがほ 現代語訳 ひかりそへたるゆふがほの花 ( と 歌が書いてあります ) 光源氏 は 惟光 に この西隣の家はどんな人が住んでいるのか と 問うと 五 六日ここにいますが 病気の母のことばかりを心配していたので 隣の家のことなど気にする暇もありません と 言います 光源氏 は 惟光 に この近所のことを知っていそうな人を呼んで 聞いてみてくれ と言うので 惟光 はこの家の留守番の男を呼んで問います すると男は 地方の役人をしている人の

家です 主人は田舎に出かけていて 若い妻が家にいるようです と言います 光源氏 は いつものように女性を放っておけない性格なので 折りたたんで持っていた紙に 別の筆跡に書き変えて よりてこそそれかとも見めたそかれにほの / \ 見つる花のゆふがほ ( と 歌を書きます ) 33 ウ 翻字本文 ありつる御ずいじんしてつかはす 御さきの松ほのかにて 忍びて出給ふ はじとみは おろして ひま /\ より見ゆる火のひかり 蛍よりほのかなり それより御休所におはしまして 日さし出る程に 彼しとみの前わたり給ふ 其後 惟光参て 彼小家の人は たれともしれ侍らず 時々中垣のかいま見し侍るに わかき女どものすきかげ見え侍る中に かほよき人侍る と 申す 彼 合点 うつせみのまゝむすめをあはれとおぼさぬふしもあらねど うつせみの聞ゐたらん事もはづかしければ 先うつせみのこゝろ見はてゝとおぼす程に いよのすけ 現代語訳 ( その和歌を ) 先ほどの家来に持たせます そして 前を行くお供の明かりも目立たないように こっそりと出発します 西隣の家の雨戸は下ろされ 隙間から漏れて見える光は 蛍の光よりも弱い光なのです そこから 光源氏 は 六条御息所 の所へ行き 翌朝 日が昇る頃に またあの雨戸の前を通り過ぎます その後何日かして 惟光 がやってきて あの小さな家の住人が 誰であるかはわかりません 時々 垣根から覗いてみると 若い女たちの影が透けて見える中に きれいな人がいます と 言うのでした さて 光源氏 は あの 空蝉 の義理の娘 ( 軒端荻 ) をかわいそうだと思わないわけではないが 空蝉 が ( 軒端荻 との関係を ) すべて知っていたことが恥ずかしいので まず 空蝉 の本心を見極めてからと思っていると 伊予介 が 34 オ 翻字本文

のぼりて 源へまいり国の物がたりなど申す むすめをば少将にあづけて うつせみをつれてひたちへくだりぬべしと聞給ふに 今一度はえあるまじき事にや と小君にかたらひ給ふ 秋にも成ぬ 御 合点 休所は 物をあまりなるまでおぼししめたる御心ざまにて よはひの程もにげなく 人のもりきかんもつらくて よがれのねざめ /\ おぼししほるゝ事さま / \ 也 割 源は十六才 / みやす所二十四才也 霧ふかきあした ねぶたけなるけしきに打なげき出給ふを 御休所の女ばうしゆ 中将のおもと御ともに参る しをん色のうすものもを 引ゆひたるこしつき たをやかになま 現代語訳 上京して 光源氏 に赴任先の土産話などを語りにやってきました 伊予介 が娘の 軒端荻 を 蔵人少将 に任せて 空蝉 を連れて現在の茨城県である常陸の国へ行くつもりであると聞き 光源氏 は もう一度 空蝉 に会えないものか と 空蝉 の弟の 小君 に相談します いつの間にか 秋になっていました 六条御息所 は 物事を余計なことまで思いつめてしまう性格なので 年の差の事もあり 光源氏 との関係が人々の噂になるのもつらく 独り寂しくて眠れない夜には いろいろと余計なことを考えてしまうのでした 割 光源氏 は十六歳 六条御息所 は二十四歳です 霧の深い朝 眠たそうな様子でため息を漏らしながら 光源氏 が帰るのを 六条御息所 の女官の一人である 中将の君 がお供をします 薄紫色の薄い生地のトレーンを 引き結んでいる腰つきが しなやかで色っぽい 34 ウ 翻字本文 めきたるを 源見かへり給て すみのまのかうらんにしばしひきすへ給へり 源さく花にうつるてふ名はつゝめどもおらですぎうきけさのあさがほ手をとらへ給へば いとなれて 中将朝ぎりのはれまもまたぬけしきにて花にこゝろをとめぬとぞ見るとおほやけ事にいひなす也

現代語訳 のを 光源氏 は振り返って 屋敷の曲がり角の手すりに 中将の君 をしばらく座らせます 光源氏 は さく花にうつるてふ名はつゝめどもおらですぎうきけさの あさがほ と詠み 中将の君 の手を握ると 男のあしらい方をよく心得ている 中将の君 は 朝ぎり のはれまもまたぬけしきにて花にこゝろをとめぬとぞ見ると 六条御息所 に代わって答えるのでした 35 オ 絵 2 霧の深い朝 六条御息所 邸にて 光源氏 が 中将の君 を抱き 庭の朝 顔の花をモチーフにして贈答する場面 35 ウ 翻訳本文 彼 傍 彼 = 惟光詞 はじとみのあたり 車のをとすれば わかきものどものぞくに 主人とおぼしきもはひわたる わらはべのいそぎて 右近の君 まづ物見給へ 頭中将殿こそこれよりわたり給ぬれ といへば いそぎくるものは きぬのすそを物に引かけて よろぼひたふれたり 中将殿の随身は なにがし くれがし といふなり と いふには さ 傍 さ= 源心 ては 雨夜の物語にあはれにわすれざりし人にや とおぼしよる 惟光にたばからせて たれともしれず 彼ずいじん一人 わらは一人ばかり御供にて 惟光が馬を奉りておはしたり 夕がほの上 あやしう心えぬ心ちのみして 御つかひに人をそへ 御ありか見 現代語訳 ( 惟光 が 光源氏 に報告しました ) あの雨戸の周辺で 車の音がするたびに 若い侍女たちが覗き この家の主人と思われる女も どれどれ と言いながら出てきます 次に少女が急いでやってきて 別の侍女が 右近の君 早く見て下さい 頭中将 様がここを通りましたよ と言うと 別の急いでやって来た侍女は 着物の裾を何かに引っかけて よろよろと倒れます また少女が 頭中将

様の家来の名前は あれは誰さん これは誰さん と言っていました と 惟光 が言います それを聞いた 光源氏 は もしかしたらその女は あの 帚木 巻の雨夜の物語に登場した 頭中将 がかわいそうに思って忘れられない人ではないか と思い当たります 光源氏 は 惟光 に計画させて 自分の素性を知られないように ( 夕顔 に会いに行く準備を) します あの時の家来一人と 子供一人だけをお供にして 惟光 の馬に乗って向かいます 夕顔 は 素性の分からない 光源氏 を不審に思って納得できず 光源氏 の使者の後をつけさせたり 住まいを 36 オ 翻字本文 せんと尋れど そこはかとなくまどはせり むかしありけんへんげめきて うたて思ひなげかるれど 源の御けはひは 手さぐりにもしるきわざなれば たればかりにかあらんとや うたがひたる物思ひをなんしける 源も忍びがたくくるしきまでおぼし給へば 猶たれとなくて二条院にむかへてん とおぼして いざ 心やすき所にて のどかに聞えん と かたらひ給へば 猶あやしく をそろしくこそ と わかびていへば げにとほゝゑまれ いづれか狐ならん と なつかしげにの給へば 女もいみしうなびきて さもありぬべう思ひたり 彼頭中将のとこなつ うたがはしけれど あながちにも 現代語訳 つきとめさせよう と探しますが 光源氏 はわからないようにごまかすのでした 夕顔 は昔話にある怪談のようで 気味が悪くて泣きたくなるのですが 光源氏 の様子は 手探りにでもしっかりしていたので いったい誰であるのかと疑い 悩んでいました 光源氏 も 夕顔 に会えない夜は会いたい気持ちを我慢できないで 苦しく思い やはりこの女を誰とも知らせないで二条院に引き取ってしまおう と思い さあ 気を遣わない所で ゆっくりと話をしましょう と 夕顔 を誘いました すると やっぱり変だし なんだか恐ろしい と 幼い返事なので 光源氏 はつい笑顔になって どちらが化けた狐だろうね と 優しく言うと 夕顔 もすっかりその気になって それならそれでいいかなと思うのでした 光源氏 は あの 頭中将 と 常夏 の歌を交わした女かもしれないと疑いました しかし 夕顔 にはあえて

36 ウ 翻字本文 とひ給はず 八月十五夜 くまなき月影 いた屋のひまもりくるも 見ならひ給はぬさまなるに 暁ちかく成て となりの家々 あやしきしづのおのめさまし 哀いとさむしや ことしこそなりはひもたのむ所すくなく ゐなかのかよひも思ひかけねば いと心ぼそけれ 北殿 聞給ふや など いひかはすも聞ゆ ごほ /\ となるかみよりもおどろ /\ しう ふみならすからうすのをとも 枕がみにおぼゆ きぬたの音も かすかにこなたかなた 空とぶ雁の声とりあつめて 忍びがたき事おほかり 虫のこゑみだりがはしく かべの中のきり / \ すも さまかへておぼさる 白きあはせ うす色のなよゝかなるをかさねて 花やか 現代語訳 聞きませんでした 八月十五日夜の 満月の光が 粗末な家 のすきまからさしこんでくるのも 見慣れていない様子で 夜明けも近くなりました 光源氏 には 隣近所の家々で 庶民の男たちが目を覚まして ああ まったく寒いことよ 今年はもう商売もあまり見込みがないし 田舎に行くのもあてにならないから とても心細い 北隣さん 聞いていますか などと 言い交わしている声も聞こえてきます ごろごろと雷よりも恐ろしい音をたてて 踏み鳴らす 臼 の音も 枕元で聞こえます 布を叩く音も あちらこちらから かすかに聞こえ 空を飛ぶ雁の声も加わって 耐えられない秋のあわれを感じることが多いのでした 虫の声が入り乱れて 壁の中で鳴くコオロギの声でさえ 光源氏 にとっては もの珍しく感じられるのです 夕顔 は裏地つきの白い着物に 薄紫色の柔らかな上着を重ねた 目立た 37 オ 翻字本文 ならぬすがた いとらうたげ也 いざ たゞ此わたり近き所に 心やすくてあかさん と の給へば いかでか 俄ならん と おいらかにいひゐたり 右近をめして 随身をめさせ 御車引入させ 明がたちかう成にけり 鳥のこゑ聞えて みたけさうじ にやあらん おきなびたる声にて ぬかづくぞきこゆる なむたうらいだうし とぞ おがむなる か 傍 か= 源ノ詞 れきゝ

給へ 此世とのみは思はざりけり と あはれがり給て うばそくがおこなふみちをしるべにてこんよもふかきちぎりたがふな 夕かほの上 さきの世のちぎりしらるゝ身のうさにゆくすゑかねてたのみがたさよ 現代語訳 ない姿が とてもかわいらしく見えます 光源氏 は さあ この辺の近い所で ゆっくりと夜を明かすことにしましょう と言うと 夕顔 は どうして 急にそんなことを言われても と おっとりと返事をするのでした 光源氏 は 夕顔 に仕える侍女の 右近 を呼んで 家来を呼ばせ 車を建物に寄せさせていると 夜明けも近い時間になりました 鶏の声が聞こえ 何かのお祈りでしょうか 年寄りのような声で お祈りをしている言葉が聞こえます 南無当来導師 と 拝んでいる様子です 光源氏 は 夕顔 に あれを聞いて下さい あの老人もこの世だけとは思っていないのですよ と 来世を祈る人たち の様子に感動して うばそくがおこなふみちをしるべにてこんよもふかきちぎりたがふな ( と 和歌を詠みます それに対して 夕顔 は ) 夕顔 さきの世のちぎりしらるゝ身のうさにゆくすゑかねてたのみがたさよ ( と 返すのでした ) 37 ウ 絵 3 夕顔 の邸で迎えた朝 光源氏 が隣近所で 物珍しい踏みならす唐臼の音や 礼拝する人の声を聞き 秋の風情を感じる場面 38 オ 翻字本文 十五日の月いざよふ程に かろらかに打のせ給へば 右近ぞのりける 其わたりちかき なにがしの院におはして あづかりめし出る あれたる門のしのぶ草 霧もふかく露けきに 御袖もいたうぬれにけり 源いにしへもかくやは人のまどひけん我またしらぬしのゝめのみち 夕 山のはのこゝろもしらでゆく月は

うはのそらにて影やたえなんいといたくあれて 人めもなく 木だちうとましう 草木は見所なく みな秋の野にて 池もみくさにうづもれ けうとげに成にける所かな さり共 鬼 現代語訳 十五日の月が沈むのをためらう頃に 光源氏 は 夕顔 を車に軽々と乗せると 右近 も一緒に乗り込みました その辺の近くにある 何とかという屋敷に着いて 留守の管理人を呼び出します 荒れている門に草が生い茂り 朝霧が深くて露で湿っぽいので 光源氏 の着物の袖はとても濡れてしまいました 光源氏 は いにしへもかくやは人のまどひけん我またしらぬしのゝめのみち ( と 歌を詠みます それに対して 夕顔 は ) 夕顔 山のはのこゝろもしらでゆく月はうはのそらにて影やたえなん ( と 返します ) ( 日が高くなってから辺りを見てみると ) 屋敷はとても荒れ果てていて 人影もなく 庭の木はとても不気味な様子です 草や木は見栄えが悪く 庭も手入れの行き届いていない秋の野となり 池も水草で埋まっていて 光源氏 は 何とも気味悪そうな所だよ それでも 鬼 38 ウ 翻字本文 なども 我をば見ゆるしてん と のたまふ 夕霧にひもとく花は玉ぼこのたよりに見えしえにこそありけれ露のひかりやいかに との給へば しりめに見おこせて ひかりありと見し夕かほのうはつゆはたそかれ時のそらめなりけり つきせずへだて給へるつらさに 名のりし給へ いとむくつけし と の給へど 打とけぬさまにてくらし給ふ 惟光 たづねて 御くだ物など参らす たとしへなくしづかなるゆふべの空をながめ給て おくのかたはくらく物むつかしと 女は思ひたれば はしのすだれを 現代語訳

なども この私なら見逃してくれるだろう と 言います 夕霧にひもとく花は玉ぼこのたよりに見えしえにこそありけれ露の光やいかに と言うと 夕顔 は思わせぶりに 光源氏 を見て ひかりありと見し夕かほのうはつゆはたそかれ時のそらめなりけり ( と歌を詠みました ) 光源氏 は 夕顔 に いつまでもよそよそしいのはつらいので 名前を明かして下さい 本当に気味が悪い と 言いますが 夕顔 は心を許さないまま 一日を過ごしました 惟光 がやってきて 菓子などを差し入れます 光源氏 は 二度とないような静かな夕方の空を眺めて 屋敷の奥の方は暗くて気味が悪いと 夕顔 が思っているので 外側にある簾を 39 オ 翻字本文 あげてそひふし給へり かうしとくおろして おほとなぶら参らせて すこし打とけゆくけしき也 源は 内 傍 内 = 禁中也 にいかにもとめさせ給はん とおぼし 六条 傍 六 = 御休所 わたりにもいかに思ひみだれ うらみられんと いとをしきすぢはまづ 思ひ聞え給ふ よひ過る程に すこしねいりたまへるに 御枕がみにおかしげなる女ゐて をのがいとめでたしと見奉るをば 尋給はで かくことなき人を時めかし給ふこそ つらけれ とて 此夕がほの上をかきおこさんとすと見給ふ 物にをそはるゝ心ちして おどろき給へば 火もきえにけり 太刀を引ぬきて 右近をおこし給ふに これもをそろしと思ひたるさま 現代語訳 上げて寄り添って寝ました 光源氏 は扉を早く下ろして 明かりをつけさせて 少しくつろいでいる様子でした 光源氏 は 帝がどんなに自分を捜していることか と思い また 六条御息所 もどんなに悩み 嫉妬をしているだろうか と気の毒な方としてまず最初に 思い出すのでした さて 宵を過ぎた頃 ( 午後十時頃 ) 光源氏 が少し寝入っていると 枕元に美しい姿の女が座っていて この私が本当に立派な人と慕っているのに 訪ねないで このように優れた点もない人を可愛がっていることは 心外です と言って この 夕顔 を

抱き起こそうとします 光源氏 は何かに襲われる気がして はっと目覚めると 明かりも消えていました 光源氏 は太刀を引き抜いて 右近 を起こしますが 右近 も怖がっている様子で 39 ウ 翻字本文 にて参よれり とのゐ人おこしてしそくさして参れといへ と の給へど 右近 いかでまからん くらうて と いへば 打 傍 打 = 源 わらひ給て 手をたゝき給へば 山びこの声うとましむ 此女君いみじくわなゝきまどひて いかさまにせんと思へり あせもしとゞに成て 我かのけしき也 こゝに ちかく とて 右近を引よせ給て 西のつま戸に出 傍 出 = 源 給へば わたどのゝ火も消えけり 此院のあづかりの子 うへわらは一人 随身ばかりぞ有ける しそくさして参れ ずいじんもつるうちして絶ずこはづくれ と の給ふ 惟光は御むかへに参るべきよし申て まかで侍ぬる と 聞ゆ かう申ものは たき口也ければ ゆづる打ならして 現代語訳 光源氏 のそばに寄ってきます 光源氏 は 警備の人を起こして明かりを付けてくるようにと言ってくれ と言いますが 右近 は言いますが 右近 は とても行くことができません 暗くて と言うので 光源氏 は笑って 手を叩くと 屋敷内に響き合う音が無気味です その間 夕顔 は怖すぎて ぶるぶると体を震わせて どうしたらよいかと思っています 汗もびっしょりとなって 放心状態です 光源氏 は ここに 近くにいてくれ と言って 右近 を引き寄せて 西側にある扉から外に出ると 廊下の明かりも消えているのでした 起きているのは この屋敷の管理人の子 少年一人と 家来だけです 光源氏 は 明かりをつけて持ってこい 家来も弓の弦打ちをして 声を出し続けろ と言います すると 管理人の子は 惟光 は ( 朝早くに ) 迎えに来ると言って 帰りました と 答えます このように返事をした者は 宮殿の警備兵であったから 弓の弦を鳴らして 40 オ 翻字本文 火あやうし と いふ か 傍 か= 源 へり入てさぐり給へば 女君はさながらふして 右近はかたはらにうつぶし /\ たり そよ

などかうは とて かいさぐり給へば いきもせず なよ /\ として 我にもあらぬさま也 しそくめしよせて見給へば 枕がみに夢に見えつる女 おもかげ見えてふときえうせぬ やゝ と おどろかし給へど ひえ入て いきはとく絶にけり あが君 いき出給へ と の給へど ひえ入にたれば けはひうとく成ゆく 右近は むつかしとおもひける心ち皆さめて なきまどふさまいといみじ 此院もかの子をめして 惟光に いそぎ参べきよしいへ と 侍らる 兄のあざりもそこに物する程ならば 現代語訳 火に気をつけて と 言います 光源氏 が部屋に戻って周りを探すと 夕顔 はそのままの状態で臥していて 右近 はその横でうつ伏せになっています ( 全然動かない 夕顔 が気にかかり ) 光源氏 は それ 何だってこのような様子なのだ と言って探ってみますが 夕顔 は息をしていませんでした 夕顔 はぐったりとして気を失っているのです 光源氏 は明かりを持ってこさせて見ると 枕の近くで夢に現れた女が 幻のように見えてフッと消えてしまいました 光源氏 は 夕顔 を おいおい とゆさぶり起こしますが ( 体は ) 冷たく すでに息をしていませんでした 光源氏 は 愛しいあなた 生き返って下さい と言いますが 夕顔 の体は冷えきっていて 気味が悪い感じになっていきます 右近 は 怖いと思っていた気持ちもなくなり正気を取り戻して 意識のない 夕顔 の姿に泣いて取り乱すばかりです 光源氏 も 屋敷の管理人の子を呼んで 惟光 に 急いで来るようにと言え と 言います また 兄の 阿闍梨 もそこにいれば 40 ウ 翻字本文 くべきよしいへ 尼君のきかんに おとろ / \ しくいふな との給ふ 夜中も過にけんかし 風あらく 松のひゞきこぶかく 鳥のからこゑになきたるも ふくろふはこれにやとおぼゆ 右近は物もおほえず 君にそひ奉て わなゝきしぬべし 又 これもいかならんと心空にてとらへ給ふ 火はほのかにまたゝきて 物のあしをとひし /\ とふみならし うしろよりくる心ちす 惟光をば こゝかしこたづねける程に 暁がたに参れり 爰に あやしき事のある かゝるとみの事には ずきやうなど

をこそすなれ 願などもたてさせん あざり物せよとい ひやりつる と の給ふ あ 傍 あ = 惟詞 ざりは きのふ山にのぼりにけり 現代語訳 来るようにと言え 尼君 の耳に入るかもしれないが 大げさに言うな と言います 夜中も過ぎたのでしょうか 風が強く吹き 松が風に鳴り響くのが奥の方から聞こえます 鳥がしわがれた声で鳴いていて ふくろうというのはこれだろうかと 光源氏 は思います 右近 はどうしたらよいのかわからず 光源氏 に寄り添って ぶるぶると震えながら今にも死にそうです また 光源氏 はこの 右近 もどうにかなってしまうのかと 夢中で離しません 明かりがかすかにまたたいて 誰かがひしひしと足音を鳴らし 後ろから近づいてくる感じがします 使いの者は 惟光 をあちらこちらと捜し回り 惟光 が来たのは明け方のことでした 光源氏 は ここで 恐ろしいことが起こったのだ こういう急なことには 経などを読んでもらうのがよいと言うし 願なども立てさせたい 阿闍梨 に来てくれるように言ってくれ と 言います しかし 惟光 は 阿闍梨 は 昨日山に登ってしまいました と言うのです 41 オ 翻字本文 いづれもわかきどちにて いはんかたなけれど 此院守などにきかせん事は びんなかるべし まづ此院を出おはしましね と いふ さて これより人ずくなゝる所はいかでかあらん と の給ふに 昔見給へし女の尼にて侍る東山のへんにうつし奉らん と 明はなるゝ程のまぎれに 御車よす うはむしろにをしくゝみて これみつのせ奉る かみのこぼれ出たるも めくれまどひてあさましうかなし 源は御馬にて 二条院におはしませ 人さはがしくならぬ程に とて 右近をそへて車をば出しつ 源は 物もおぼし給はず などてのりそひていかざりつらん いきかへりたらん時つらくや 現代語訳 どちら ( 光源氏 右近 惟光 ) も ( まだ世間知らずの ) 若い人同士では どうにもならないのであるが 惟光 は この屋敷の管理人に聞かれたら 都合が悪いでしょう まずこの屋敷を出て下さい と 言います 光源氏 は それでは ここより人が少ない所はどこかある

のか と 言ったので 惟光 は 昔知り合った侍女で 尼になっている者がいる 東山の周辺に遺体を移しましょう と 夜明けのあわただしさにまぎれて 屋敷に車を寄せます 夕顔 の遺体は敷物に無理やり包んで 惟光 が乗せました 敷物から 夕顔 の髪の毛がこぼれ出ているのを見て 光源氏 は目の前が真っ暗になり 悲しすぎて心が病みます 惟光 は 光源氏 様は馬で 二条院に帰って下さい 人通りが多くならないうちに と言って 遺体とともに 右近 を乗せて車を出しました 光源氏 は 何も考えることができません どうして自分も一緒に車に乗っていかなかったのだろうか もし 夕顔 が生き返った時 薄情だと 41 ウ 翻字本文 思はん と心まどひのうちにもおぼす 日たかくなれどおきあがり給はず 内より御使あり 大殿の君達も参給へど 頭中将ばかり こなたにいり給へ と みすの内ながらのたまふ め 傍 め= 源詞 のと 五月の比よりをもくわづらひしをとぶらひ侍しに 其家のしも人俄になく成にけるを をぢはゝかりて 日暮てとり出侍るを聞つけ侍しかば 神事の比とかしこまりてえ参らぬ也 此あかつきより 我もしはぶきやみにや かしらいたくてくるし と の給ふ 中将 さらば さるよしをそうし侍らん まことしからず と いひ給へるに む 傍 む= 源詞 ねつぶれ給へり 頭中将の弟 蔵人の弁をして まめやかにそうせ 現代語訳 思うだろうか と気が動転しながらも思います 日が高くなっても 光源氏 は起きてきません 帝からの使者が来て 左大臣 の息子たちもやって来ます しかし 光源氏 は 頭中将 だけを こちらへ来て下さい と言って 簾の内側から話しかけます 光源氏 は 五月の頃からとても具合が悪かったので 乳母を見舞いに行きました しかし その家に仕える身分の低い使用人が急に死にました 私に気をつかって 日が暮れてから遺体を運び出したということを聞き 宮殿では神事が多い季節なので 遠慮して行かなかったのです この明け方から 私も風邪をひいたのでしょうか 頭が痛くて苦しいのです と 言います 頭中将 は それでは その話を帝にお伝えしましょう 本当のこととは思えないですが と言うので 光源氏 は胸がドキリとして動揺します 頭中将 の弟である 蔵人弁 にも まじめに同じように帝に伝えるように

42 オ 翻字本文 させ給ひ 大殿へも かゝる事ありてえ参らぬよし聞え給ふ 日暮て 惟光参れり 今はかぎりにはものし給ふめれ と いふ 右近は とゝひ給ふ 我もをくれじとまよひ侍しを 先しばし思ひしづめよ と こしらへをき侍つる と 聞ゆ 今一たびなきからをだにみん 馬にて物せん と の給ふ さらば夜もふけぬさきにかへらせ給へ とて 惟光と随身をぐして出給ふ 十七日の月さし出ておはしつきぬ 法師ばら二 三人声たてぬ念仏ぞする 清水のかたはひかりおほくて 人のけはひしげし 此あまの子大とこ声たうとく経よみたり 右近は屏風へだてゝふし 現代語訳 言いつけます 左大臣の家などにも このような理由で宮殿に行かないということを話します 日が暮れてから 惟光 がやってきました 惟光 は 夕顔 はもう助からないようです と言います 光源氏 は 惟光 に 右近 の様子はどうか と問います 惟光 は 右近 は 夕顔 の後を追って死のうと取り乱しましたので まず少し落ち着きなさい と なぐさめておきました と言います 光源氏 は もう一度 夕顔 の遺体を見に行こう 馬で出かける と 言います 惟光 は 光源氏 に それでは ( 早く出かけて ) 夜中にならないうちに帰りましょう と言い 光源氏 は 惟光 と家来を連れて出かけます 十七日の月が昇るころに着きました 僧侶たち二 三人が小声で念仏を唱えています 清水寺の方角には明かりが多く見えて 人もたくさん行き来しています この 尼君 の子である立派な僧侶が尊い声で経を読んでいます 右近 は屏風をへだてたところに 42 ウ 翻字本文 ぬ 女君のかたちをそろしげもおほえず らうたげに いさゝかかはりたる所なし 手をとらへて 我に今一たび声をだにきかせ給へ いかなるむかしの契りにか と こゑもおしまずなき給ふ 右近も 同じ煙に と したひしをとかくすかして 二条院へ といさ

め給ふ 明がたにはやかへらせ給へ と 聞ゆ むねつとふたがりて 御馬にもはか / \ しく乗給ふべき御さまならねば 又 これみつそひたすけておはしまさする 堤の程にて馬よりすべりおりて 御心ちまどひければ 惟光 川の水にて手をあらひ 清水のくはんをんをねんじ奉る 現代語訳 います 夕顔 の遺体は恐ろしい感じではありません 可愛いらしい様子で 生きている時と全然変わりません 光源氏 は 夕顔 の手をとって 私にもう一度声だけでも聞かせて下さい どういう前世からの運命だったのか と 声も惜しまないで泣きました 右近 も 火葬された 夕顔 と同じ煙に ( なって一緒に消えてしまいたい ) と恋しく思っているのを 光源氏 が慰めて 二条院へ来なさい と誘います 惟光 は 光源氏 に もう明け方なので 早く帰りましょう と 言います 光源氏 はつらすぎて 馬にもしっかりと乗ることができない様子なので また行きと同じように 帰りも 惟光 が 光源氏 に付き添って連れて行きます 光源氏 は 鴨川 の 堤 の辺りで馬からすべり降りて とても気分が悪く 倒れそうなので 惟光 は ( 心配して ) 川の水で手を洗い 清水の観音 を念じます 43 オ 絵 4 夕顔 の遺体とまた対面した帰り道 鴨川の堤の辺りで 光源氏 と 惟 光 が清水の観音に祈る場面 43 ウ 翻字本文 君も御心をおこして 仏をねんじ 二条院へ帰り給ふ 彼右近は つぼねなどちかく給て二条院にさぶらはせ い 傍 い= 源詞 かなる人ぞ 七日 /\ の仏かゝせても たがためとか思はん と のたまへど み 傍 み= 右近心 づから忍び過し給し事を なき跡にさがなくやはとて 父 父 = 詞 は三位中将となん聞えしが はやううせ給ひにき 頭中将 また少将にものし給し時見そめ給て 三とせばかりかよひ給ひしを こぞの秋 右大臣殿よりをそろしき事の聞えたりしに 物をぢし給て西の京に御めのとのすみける所に はひかくれ給へりしが 見ぐるし

きにすみわびて あ 傍 あ= 五条 やしき所にものし給しを 現代語訳 光源氏 も気を取り戻して 仏に祈り 二条院へと帰りました あの 右近 は 部屋を 光源氏 の近くにもらって 二条院に仕えることになりました 光源氏 は 右近 に 夕顔 はどのような人であるのか 七日七日に行う死後の供養のために仏を描かせます しかし 名前がわからないのでは誰のためにと思えばよいのか と 言います 右近 は 夕顔 がずっと秘密にしていたことを 亡くなった後につまらないお話をしては と言いつつ話し始めます 夕顔 の父は 三位中将 と言いましたが 早くに亡くなりました 頭中将 が まだ少将でいた時に 夕顔 に一目惚れをし 頭中将 は三年ほど通っていましたが 昨年の秋に 頭中将 の妻方の 右大臣 の家から恐ろしいことを言われました 夕顔 はそれを怖がりまして 西の京の乳母の住んでいる所に 身を隠していました ( 行くあてもなく ) 住みにくいその粗末な家に住んでいたところを 44 オ 翻字本文 見あらはされ奉る事 と かたるに さ 傍 後さ= 源 ればよとおぼして いよ /\ 哀さまさりぬ おさなき人まどはしたりと中将のうれへしは さる人にや と ゝひ給ふ し 傍 後し= 右詞 か おとゝしの春ものし給へりし 女にてらうたげになん と 聞ゆ 其 傍 其 = 源詞 子はいづくにぞ 我にえさせよ かたみに見ん と の給ふ 西 傍 西 = 右詞 の京にておひ出給はんは はか / \ しくあつかふ人なし と きこゆ 割 夕がほの上は十九才也 源 見し人のけふりを雲とながむればゆふべのそらもむつまじきかな源わづらひ給ふを うつせみ聞て 今はおぼしわするゝやとこゝろみに 現代語訳 見つけられてしまったのです と 語ります 光源氏 はやはり 夕顔 はそうだったのかと思って ますます気の毒に思いました さらに 幼い子供の行方がわからないと 頭中将 が心を痛めていたが そういう子がいたのか と 右近 に問います すると 右近 は そのとおりです おととしの春に生まれました 女の子で可愛いらしい子です

と言います 光源氏 は その子はどこにいるのか 私にひきとらせてくれ 夕顔 の形見と思って面倒をみよう と 言います 右近 は あの西の京で育つのは気の毒なのですが しっかりと世話をする人がいないのです と 言います 割 亡くなった 夕顔 は十九歳でした ( 光源氏 は思い悩んで病気になり 夕顔 を思って歌を詠みました ) 光源氏 見し人のけふりを雲とながむればゆふべのそらもむつまじきかな 光源氏 が病気になっていると あの 空蝉 は聞き もう 光源氏 は自分を忘れてしまったかなとためしに ( 歌を贈ります ) 44 ウ 翻字本文 とはぬをもなどかとゝはでほどふるにいかばかりかはおもひみだるゝ源もめづらしきに あはれわすられ給はず うつせみの世はうき物としりにしを又ことのはにかゝるいのちよまゝむすめのかたへ小君して ほのかにも軒端のおぎをむすばずは露のかごとをなにゝかけまし 返し ほのめかす風につけても下おぎのなかばゝ霜にむすぼゝれつゝ夕がほの上の四十九日 ひえの法花堂にて忍て 現代語訳 とはぬをもなどかとゝはでほどふるにいかばかりかはおもひみだるゝ 光源氏 も 空蝉 から歌が来るのは珍しいことであり 空蝉 への思いも忘れていませんでしたので ( 歌を返します ) うつせみの世はうき物としりにしを又ことのはにかゝるいのちよ 光源氏 は 空蝉 の義理の娘である 軒端荻 にも 空蝉 の弟の 小君 を使いに出して ( 歌を贈ります ) ほのかにも軒端のおぎをむすばずは露のかごとをなにゝかけまし 返し ほのめかす風につけても下おぎの

なかばゝ霜にむすぼゝれつゝ ( すると 軒端荻 からも 光源氏 に歌が返ってきました ) さて 光源氏 は 夕顔 の四十九日の供養のため 比叡山延暦寺の法華堂でこっそりと 45 オ 翻字本文 ず経などせさせ給ふ 惟光が兄のあざりたうとき人にて になうしけり ふせにつかはさるゝはかまをとりよせて 源なく /\ もけふはわがゆふ下ひもをいづれの世にかとけて見るべき彼夕顔の宿に残りたる人々 いづかたにと思ひまどへど え尋ね聞えず 源ももらさじと忍給へば 右近もわか 傍 か= 玉かつら 君の事をもえきかず い 合点 よのすけ 神な月のついたちに ひたちへ下る 女ばうもくだらんに とて くし 扇 ぬさなど彼こうちきもつかはさる 現代語訳 経などを読ませました 惟光 の兄の 阿闍梨 が立派な人なので きちんと法事を勤めました お布施に渡す袴を取り寄せて 光源氏 ( は歌を詠みます ) なく /\ もけふはわがゆふ下ひもをいづれの世にかとけて見るべきあの 夕顔 の家に残っていた人々は 夕顔 はどこへ行ってしまったのかと心配しますが 誰にも聞くことができません 光源氏 が 夕顔 のことを世間に知らせないようにと秘密にしているので 右近 も 夕顔 の娘の 玉鬘 のことを誰にも聞くことができないのです さて 空蝉 の夫である 伊予介 は 十月の初めに 常陸の国へ行くことになりました 光源氏 は 空蝉 と一緒に行く女たちにも と言って 櫛 扇 幣などを贈り それと一緒にあの 空蝉 の上着も返しました 45 ウ 翻字本文

あふまでのかた見ばかりと見し程にひたすら袖のくちにけるかな うつせみ せみのはもたちかへてけるなつ衣かへすを見てもねはなかれけりけふぞ 冬だつ日もしるく 打しぐれ 空のけしきあはれ也 ながめくらし給て 源過にしもけふわかるゝも二みちにゆくかたしらぬ秋のくれかな 現代語訳 ( 光源氏 は次のように歌を詠みます ) あふまでのかた見ばかりと見し程にひたすら袖のくちにけるかな ( それに対して 空蝉 は次のように歌を返しました ) 空蝉 せみのはもたちかへてけるなつ衣かへすを見てもねはなかれけり今日は 立冬の日にふさわしく さっと時雨が降って 空の様子もしみじみとしています 光源氏 は物思いにふけり 過にしもけふわかるゝも二みちにゆくかたしらぬ秋のくれかな ( と 歌を詠むのでした )