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葛原 / 日本保健医療行動科学会雑誌 28(2), 焦点 3 筋の不均衡を改善するためのパートナーストレッチング 葛原憲治愛知東邦大学人間学部人間健康学科 Stretching with a Partner to Improve Muscle Imbalance Kenj

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対象 :7 例 ( 性 6 例 女性 1 例 ) 年齢 : 平均 47.1 歳 (30~76 歳 ) 受傷機転 運転中の交通外傷 4 例 不自然な格好で転倒 2 例 車に轢かれた 1 例 全例後方脱臼 : 可及的早期に整復

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80 武凪沙, 他 態で腰椎のわずかな右側屈により 骨盤を右挙上させ下肢を後方へと振り出す これに対し本症例は 立位姿勢から上位胸椎部屈曲位 胸腰椎移行部屈曲 左非麻痺側 ( 以下 左 ) 側屈位を呈し体幹直立位保持が困難となっていた また右股関節 膝関節が左側と比べてより屈曲していることで骨盤右下


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症例報告 関西理学 16: 117 124, 2016 肘関節屈曲を伴う肩関節屈曲運動が有効であった右肩腱板広範囲断裂の一症例 鈴木宏宜 長﨑進 三浦雄一郎 上村拓矢 福島秀晃 森原徹 2) Approach for facilitation of middle trapezius muscle fibers and pectoralis major and deltoid muscle inhibition in a patient with a massive rotator cuff tear for whom therapeutic exercises were effective: a case report Hironori SUZUKI, RPT, Yuichiro MIURA, RPT, Hideaki FUKUSHIMA, RPT, Susumu NAGASAKI, RPT, Takuya KAMIMURA, RPT, Toru MORIHARA, MD, Ph.D. 2) Abstract We report the case of a patient with a massive rotator cuff tear (all of the supraspinatus, upper subscapularis, and upper infraspinatus muscle fibers), which rendered raising the upper extremity impossible. The patient experienced pain when moving the clavicular portion of the pectoralis major and all of the deltoid muscle fibers. Therapeutic exercises resulted in inadequate effects. In order to reduce pain when moving the clavicular portion of the pectoralis major muscle and all of the deltoid muscle fibers, and to examine compensatory mechanisms for failure in rotator cuff function, we evaluated two-dimensional scapular motion using X-ray and surface EMG. During scapular motion, there was excessive outer displacement on the abnormal side compared with the normal side and the clavicular portion of the pectoralis major and all the deltoid muscle fibers exhibited excess muscle activity, while the middle trapezius muscle fibers exhibited low activity. Therefore, the therapeutic program was re-examined. Therapeutic exercises were developed to improve the excessive outer displacement of the scapula through its muscle function and those of the middle trapezius muscle fibers, and to control the clavicular portion of the pectoralis major and all of the deltoid muscle fibers. Through these exercises, the patient was able to raise the upper extremity. Therefore, in cases of massive rotator cuff tear, it is necessary to consider dynamic scapular motion and control muscle pain during movement due to excessive muscle activity through therapeutic exercises. Key words: massive rotator cuff tear, therapeutic exercise, EMG, two-dimensional scapula motion in X-ray J. Kansai Phys. Ther. 16: 117 124, 2016 回旋筋腱板は肩関節の運動方向や挙上角度に応じて上腕骨の円滑な運動 ( 肩甲上腕関節機能 ) に関与している 回旋筋腱板が断裂すると肩甲上腕関節機能が失われ 肩 甲上腕リズムが破綻し上肢挙上困難に陥ることが知られている 腱板断裂の治療には 保存療法と手術療法がある 一般的に疼痛の改善が期待できない腱板断裂若年者などは手術療法が選択されるが 高齢かつ腱板断端部の脂肪浸潤が著しい場合などは保存療法が選択される 谷 伏見岡本病院リハビリテーション科 2) 京都府立医科大学大学院医学研究科運動器機能再生外科学 ( 整形外科 ) 受付日平成 28 年 8 月 8 日受理日平成 28 年 10 月 7 日 Department of Rehabilitation, Fushimi Okamoto Hospital Department of Orthopedics, Graduate School of Medical Science, Kyoto Prefectural University of Medicine

118 鈴木宏宜, 他 口ら 2) は 腱板断裂に対し保存療法を選択した症例における運動療法の有用性について言及している 千葉ら 3) は 断裂筋の機能に対し残存腱板での機能向上などを考慮することを述べている 著者らは 運動時痛が著しく肩関節屈曲動作が困難であった右肩腱板広範囲断裂保存症例の理学療法を経験した 本症例に対し 運動療法を展開するもその効果が充分に得られなかったことから肩甲骨動態および表面筋電図 ( 以下 EMG) 検査を実施し 運動療法の再検討をおこなった 肩甲骨の運動様式に着目しつつ疼痛筋に配慮した運動療法を展開したことで 肩関節屈曲動作が可能となったので一部考察を踏まえて報告する なお 本論文の作成に関して本症例に説明のうえ 同意を得た 症例は 70 歳代の女性 診断名は右肩腱板広範囲断裂 ( 棘上筋 棘下筋上部 肩甲下筋上部線維の断裂 ) 上腕二頭筋長頭腱断裂である 現病歴は 平成 X 年 5 月に右肩から転倒し 1カ月半 自宅にて療養される しかし 手を挙げること ( 肩関節屈曲動作 ) が困難なため当院を受診し 上記診断名を受け リハビリテーション開始となった 主訴は 腕が上がらず 家事ができない であり ニードは 肩関節屈曲動作の獲得 とした 本症例の主訴 ニードより肩関節屈曲動作の動作観察および肩甲骨動態を触診にて実施した なお 肩甲骨 鎖骨の運動学的定義は Neumannら およびLudewingら 4) の報告に準じた まず 開始肢位である端座位姿勢は頭頸部正中位 腰椎軽度屈曲に伴う骨盤軽度後傾位を呈していた 静止時の肩甲骨は健側に比べて僅かに内旋 前傾位 鎖骨は軽度前方突出位であった この座位姿勢から 右肩関節屈曲動作を観察したところ屈曲 30 で胸椎伸展 鎖骨後退 肩甲骨内旋 下方回旋し翼状肩甲を認め それ以上の屈曲動作は困難であった 動作観察より 肩甲上腕関節での屈曲角度が乏しいこと 屈曲開始時から肩甲骨は内旋 下方回旋し翼状肩甲を認め上方回旋が生じないこと 腱板広範囲断裂であることから 肩甲上腕関節 肩甲胸郭関節の可動域制限および筋力低下 残存する腱板機能の低下を疑った 理学療法評価結果は 肩関節および肩甲帯の可動域制限は認めなかった 徒手筋力検査 (Manual Muscle Test : 以下 MMT) では 肩甲骨外転 上方回旋 2 肩甲骨内転 2 肩甲骨内転 下制 2 肩関節屈曲 2 肩関節内旋 4 肩関節外旋 4であった 整形外科学的検査における腱板機能検査においては棘上筋テストのみ陽性であり 棘下筋テスト Belly Press Test Bear -Hug Test Lift Off Test はすべて陰性であった 疼痛に関しては Neer およびHawkins のImpingement Testは陰性 大胸筋鎖骨部から三角筋前部 中部 後部線維の広範囲にわたりVisual Analog Scale( 以下 :VAS)7 cmの運動時痛を認めた その他 臨床所見として 端座位において肩甲骨を徒手固定することで肩関節屈曲 90 位での空間保持ならびに肩関節屈曲 MMT4レベルの抵抗に抗することが可能であり 疼痛もVAS7 cmから2 cmに軽減した 本症例の病態は腱板広範囲断裂であるが 棘上筋テストのみが陽性であった 棘上筋は本来 三角筋とともに肩関節屈曲における初動作筋として機能する 5) この機能低下によって 大胸筋鎖骨部および三角筋全線維への負荷が増大していると考えられた しかし 本症例の肩関節屈曲筋力は 肩甲骨を徒手的に固定すると 肩関節屈曲 90 位での空間保持並びに MMT4レベルの抵抗に抗することが可能であり 疼痛も軽減した 肩甲骨周囲筋の筋力は 肩甲骨外転 上方回旋 ( 前鋸筋 ) 内転( 僧帽筋中部線維 ) 内転 下制 ( 僧帽筋下部線維 ) の顕著な筋力低下を認めたことから 肩甲骨上方回旋運動制限と肩甲胸郭関節の安定性が低下していると考えた 上肢挙上可能な腱板断裂症例は 保存例および術後例ともに肩甲上腕関節の運動制限 ( 腱板機能の破綻 ) を補填するため 上肢挙上早期に肩甲骨上方回旋角度が顕著に増大すると報告されている 6, 7) 本症例は肩甲骨周囲筋の筋力低下により棘上筋機能の代償としての肩甲骨上方回旋運動が困難となり 肩関節屈曲の初動を大胸筋鎖骨部 三角筋全線維によって代償し 負荷が増大することで過剰収縮に伴う疼痛が生じていると考えた このことから 僧帽筋中部 下部線維 前鋸筋の筋力低下 大胸筋鎖骨部 三角筋全線維の過剰収縮による疼痛を問題点として挙げた 運動療法として僧帽筋中部 下部線維 前鋸筋の筋力強化 大胸筋鎖骨部 三角筋全線維のリラクゼーションを2 単位 (40 分 )/ 日 2 日 / 週の頻度で実施した 2 週間後 肩関節自動屈曲は 60 まで可能となったが それ以上の屈曲運動は困難であり ニードの達成には至らなかった 肩関節屈曲動作の特徴は 初期評価時とは異なり屈曲早期から鎖骨挙上に伴う肩甲骨の過剰な上方回旋と鎖骨前方突出に伴う肩甲骨の過剰な外転運動を認めたが 屈曲 60 以上の運動は困難であった 三角筋 大胸筋鎖骨部の運動時痛は VAS2 cmに改善した MMTでは 肩甲骨外転 上方回旋 2 肩甲骨内転 3 肩甲骨内転 下制 3

肘関節屈曲を伴う肩関節屈曲運動が有効であった右肩腱板広範囲断裂の一症例 119 1 a) 実線は肩関節屈曲 0 における肩甲棘内側端 ( 黒丸 ) を通る垂直線であり 点線は屈曲 30 60 時の肩甲骨内側端 ( 白丸 ) を通る垂直線である 矢印の長さは外側移動距離とした b) 実線は肩甲棘内側端を通る水平線であり 点線は肩甲棘に沿った線である 実線と点線のなす角度を肩甲骨上方回旋角度とし 肩関節屈曲 0 30 60 での肩甲骨上方回旋角度を測定した であり 僧帽筋中部および下部線維に筋力の向上を認め た 肩甲骨外転 上方回旋筋力については予備的検査のほか 他動にて肩関節屈曲 90 位および 130 位で上肢を 1 空間保持させた状態では肩甲骨の翼状化を認めず 4 レ肩甲骨動態は三浦ら 8) の座標移動分析法による報告にベルの抵抗にも抗することが可能であった 準じた 肩甲骨運動の評価として 1 肩甲骨外側移動距離肩関節自動屈曲 60 以上の運動が困難な要因についてと2 上方回旋角度を患側と健側で比較した 1 肩甲骨外次のように仮説した 僧帽筋中部および下部線維の筋力側移動距離では 肩甲骨の外転 内転の動態を反映する は3レベルに改善した 前鋸筋についてはMMTの規定上 肩関節屈曲 0 の肩甲棘内側端を通る垂直線を基準とし 2レベルであるが他動的に肩関節屈曲 90 以上に設定する肩関節屈曲 30 60 の肩甲棘内側端の移動距離を測定しと肩甲胸郭関節の安定性を認め 4 レベルの抵抗に抗すた ( 図 1a) ることが可能であった 本症例の病態を考慮すると 肩 2 肩甲骨上方回旋角度では 肩甲棘内側端を通る水平関節屈曲 90 未満における肩甲骨周囲筋の更なる筋力向線と肩甲棘とのなす角度を肩甲骨上方回旋角度とし 肩上が必要であるか否かは不明瞭であった 一方 疼痛部関節屈曲 0 30 60 の肩甲骨上方回旋角度を測定した位である大胸筋鎖骨部と三角筋全線維について 大胸筋 ( 図 1b) 鎖骨部は鎖骨内側半分から上腕骨大結節稜に走行し 三測定の結果 1 外側移動距離は肩関節屈曲 30 60 で角筋前部線維は鎖骨外側 3 分の1から 中部線維は肩峰か健側 0.4 cm 0.6 cmに対して患側 1.3 cm 2.8 cmであった ら 後部は肩甲棘から上腕骨三角筋粗面に走行する つ 2 肩甲骨上方回旋角度は肩関節屈曲 0 30 60 で健側まり 大胸筋鎖骨部 三角筋全線維の過剰収縮は 鎖骨 13 17 30 に対して患側 17 28 43 であった および肩甲骨運動の制限因子と考えられる そして僧帽このことから 肩関節屈曲動作 (60 まで ) において 筋中部および下部線維 前鋸筋の筋力低下があれば 翼健側に対して患側の肩甲骨外側移動距離の増大 肩甲骨状肩甲を惹起すると考えられる したがって 大胸筋鎖上方回旋角度の増大を認めた 骨部 三角筋全線維の肩関節屈曲 90 未満での過剰収縮が鎖骨運動の制限および肩甲胸郭関節の安定化に対し抑 2 制的に作用することで 肩甲骨周囲筋の現在有する筋力表面筋電図では 肩甲骨動態の変化に対して 肩甲骨が 肩関節屈曲動作時に機能していないことを考えた 周囲筋 大胸筋鎖骨部 三角筋全線維の関与を評価しこの仮説を検証するために肩関節自動屈曲時の肩甲骨た 検査筋は大胸筋鎖骨部 三角筋前部 中部 後部線維 動態と表面筋電図評価を実施した 前鋸筋 僧帽筋上部 中部 下部線維の8 筋とした 各筋について 肩関節屈曲 0 15 30 45 での各屈曲角度保持における筋電図積分値を算出し 0 に対する増加

120 鈴木宏宜, 他 2 各角度において全筋は共通して健側に対し患側の筋電図積分値の高値を認めた 量を健側と患側で比較した 測定の結果 大胸筋鎖骨部 三角筋全線維 僧帽筋上部線維の筋電図積分値は患側に高値を認めた ( 図 2 3) 前鋸筋 僧帽筋下部線維の筋電図積分値は健側に対し患側は同程度か若干高値を示した ( 図 3) しかし 僧帽筋中部線維の筋電図積分値のみ健側よりも患側の方が低値を示した ( 図 3) 肩甲骨動態において 患側の肩関節屈曲 60 までにおける肩甲骨外側移動距離および上方回旋角度は健側より増大していた 表面筋電図において患側の僧帽筋中部線維の筋電図積分値のみが健側より低値を認めた また 肩甲骨の外側移動距離の増大 肩甲骨上方回旋角度の増大と同時期に大胸筋鎖骨部 三角筋全線維 僧帽筋上部線維の筋電図積分値は高値を認めた このことから 大胸筋鎖骨部と三角筋前部線維は鎖骨の前方突出に 三角筋中部および後部線維は肩甲骨の外転に 僧帽筋上部線維は鎖骨の挙上に伴う肩甲骨の上方回旋角度の増大に関 与していると考えられた 本症例の肩関節屈曲動作について 屈曲早期における肩甲骨上方回旋角度の増大を認めたが 肩関節屈曲 60 以上は困難であった そこで 肩甲骨の上方回旋運動の様式について着目した 衛藤ら 6) は 腱板断裂患者の肩甲上腕リズムの特徴を調査したところ, 上肢挙上早期に肩甲骨の大きな上方回旋とともに内側移動が起こることを報告している 本症例の肩甲骨上方回旋は健側と比べ過剰な外側移動を伴っており 肩甲骨の内側移動に関与する僧帽筋中部線維の筋電図積分値は健側よりも低値を示した このことから 僧帽筋中部線維の筋活動に着目する必要があると考えた つぎに僧帽筋中部線維の筋活動について考える 患側の僧帽筋中部線維の筋電図積分値は健側よりも低値を示していた しかし 肩甲骨内転 MMTは3あり 重力に抗することができる これは 肩甲骨内転のMMTの検査肢位は腹臥位であり かつ肩関節水平外転運動に伴う肩甲骨内転位保持となる よって肩関節水平内転運動の主動作筋である大胸筋鎖骨部や三角筋前部線維は拮抗運動となることで筋活動が抑制されると考えた このことから

肘関節屈曲を伴う肩関節屈曲運動が有効であった右肩腱板広範囲断裂の一症例 121 3 各角度において 僧帽筋中部線維のみが健側に対し患側の筋電図積分値の低値を認めた 肩関節屈曲動作について 大胸筋鎖骨部や三角筋前部線維が過剰に収縮することで鎖骨の前方突出を 三角筋中部 後部線維の過剰収縮によって肩甲骨が過剰に外側移動することで肩甲骨の動的アラインメント不良が引き起こされると考えられた この肩甲骨の動的アラインメント不良は僧帽筋中部線維にとって伸長位に強いられることから筋活動不全を惹起し肩甲胸郭関節の安定性が低下することで肩関節屈曲 60 以上の可動域が困難になると考えた 以上の観点から 運動療法の条件としては 肩関節屈曲動作時に1 大胸筋鎖骨部と三角筋全線維の筋活動を軽減すること 2 腱板機能の破綻を代償する肩甲骨の上方回旋運動の増大と過剰な外側移動 ( 外転運動 ) を抑制すること の 2 点が必要であると考えた 上記の 1 2を可能にする方法として 肘屈曲位での上肢挙上運動を考えた これは肘関節屈曲位を開始肢位として肩関節屈曲をおこない 肩関節屈曲角度の増大に伴い徐々に肘関節を伸展させていく方法である ( 図 4) この運動を本 症例に試行したところ 肩甲骨の過剰な外転が抑制され肩関節屈曲角度が 170 まで可能であった 肘関節屈曲位での肩関節屈曲動作は 上肢のレバーアームが減少することで 大胸筋鎖骨部と三角筋全線維の筋活動が抑制され 僧帽筋中部線維の筋活動が機能したと考えた このことから本症例には腱板機能の代償として肩甲骨の大きな上方回旋運動に加え 過剰な外転運動の抑制を肩関節屈曲早期より促すことができればニード達成につながると考えた したがって 本運動を治療プログラムに追加し 段階的に肘関節の屈曲角度を減少させながら肩関節屈曲動作練習を遂行した 2 単位 (40 分 )/ 日 2 日 / 週の頻度で1カ月半に渡り 運動療法を実施した 肩関節自動屈曲は 180 まで改善した ( 図 5) また 大胸筋鎖骨部 三角筋全線維の運動時痛は消失した

122 鈴木宏宜, 他 4 肩関節屈曲 0 において 前腕回外位 肘関節屈曲位とし 肩関節屈曲角度の増加に伴い肘関節を伸展しながら肩関節屈曲運動をおこなう 肘関節伸展位と比較して 肘関節屈曲位において大胸筋鎖骨部 三角筋全線維の筋電図積分値は低値を示した MMTは肩甲骨外転 上方回旋 4 内転 4 内転 下制 4に向上した 肩甲骨動態分析において 外側移動距離は肩関節屈曲 30 で1.3 cmから0.3 cm 60 で1.5 cmから0.4 cmに軽減した 肩甲骨上方回旋角度は肩関節屈曲 0 で 17 から21 肩関節屈曲 30 で28 から33 肩関節屈曲 60 では変化を認めなかったが肩関節屈曲 0 から 30 に おける上方回旋角度が増大した 腱板広範囲断裂保存症例への運動療法は 疼痛および可動域ともに有意に改善が認められる有効な治療法の一

肘関節屈曲を伴う肩関節屈曲運動が有効であった右肩腱板広範囲断裂の一症例 123 5 初期評価では屈曲 30 中間評価では屈曲 60 最終評価では 180 に改善した つである 2) 一方 保存療法では断裂した腱板の自然治癒は期待されない 3) と言われており 上肢挙上動作が可能となる要因として疼痛コントロール 肩甲上腕関節および肩甲胸郭関節の可動域の改善 残存腱板を含めた肩関節周囲筋や肩甲帯運動による代償 適応が考えられている しかし 闇雲に肩関節可動域の拡大や筋力強化をおこなうことは病態の悪化や新たな障害を招く危険性がある そのため 急性期は損傷部への刺激を防ぎ 炎症反応を抑えることが重要である 慢性期に入り運動時痛や拘縮などの二次的障害の予防 挙上障害に対する積極的な運動療法を開始するといったように 病態の変化に応じて対応する必要がある 3) 本症例においては 受傷後 1 カ月半の間 右肩の疼痛緩和を目的に自宅安静をおこなったことで急性期の炎症症状は改善されていた しかし 安静に伴う肩甲骨周囲筋の廃用が起こり 筋力低下が生じたと考える 初期評価時における本症例の機能障害は 肩甲骨周囲筋の僧帽筋中部 下部線維 前鋸筋の著明な筋力低下 大胸筋鎖骨部と三角筋全線維の運動時痛であると判断し 理学療法を実施した 中間評価時においては 僧帽筋中部 下部線維を反映するMMTは3に向上 肩関節屈曲 30 から60 まで可動域は改善し 運動時痛は軽減した 更なる可動域の改善には 腱板広範囲断裂保存療法における上肢挙上可能な症例のメカニズムについて再考する必要があった 本症例は 棘上筋完全断裂により肩関節屈曲早期における上腕骨頭を関節窩へ求心的に引き付け 三角筋とともに肩関節屈曲時の初動を担う働きは破綻している 加えて 棘下筋 肩甲下筋の上部線維の断裂および上腕二頭筋長頭腱断裂により 骨頭の上方化を抑制する機能は破綻している Campbellら 9) は 腱板広範囲断裂例において大胸筋と広背筋が上腕骨頭の上方化を抑制し 三角 筋と同様に上腕骨頭の安定化に関与することを報告している しかし 本症例では大胸筋鎖骨部と三角筋全線維の運動時痛を認めていたことから これらの筋群への過剰な負荷が示唆された 一方 腱板断裂症例における肩甲胸郭関節機能として 衛藤 6) は上肢挙上早期に肩甲骨の大きな上方回旋とともに内側移動が起こることを報告している そして内側移動に関しては肩峰下でのインピンジメントを回避する目的であることを述べている 本症例の肩関節屈曲動作の特徴として 肩関節屈曲早期に鎖骨の挙上 前方突出を伴う過剰な上方回旋と外転を認めた また 僧帽筋中部線維の筋活動不全を認めた これらのことから 肩甲骨の過剰な外転は肩甲胸郭関節による代償機能の低下を招き 大胸筋鎖骨部と三角筋全線維に更なる過剰収縮と運動時痛を生じさせていると考えた 本症例では肩峰下でのImpingement Testは陰性であることを考慮し 肩関節屈曲動作時における僧帽筋中部線維の筋活動不全と肩甲骨の過剰な外転が生じることに着目し 本症例の機能障害と運動療法を再考した 運動療法として 大胸筋鎖骨部と三角筋全線維の筋活動軽減と僧帽筋中部線維の筋活動促通を目的に 肘関節屈曲位での肩関節屈曲動作を考えた 肘関節屈曲することで上肢のレバーアームが短縮し大胸筋鎖骨部と三角筋全線維の筋電図積分値は肘伸展位での肩関節屈曲と比較して低値となることを確認した ( 図 4) 更に肘関節屈曲運動は 肘関節の生理的外反と上腕骨の後捻角の影響により肩関節外旋を伴うとされている 10) このことより本症例の残存腱板 ( 棘下筋中部 下部線維 小円筋 ) にも促通効果が波及され肩関節屈曲早期より上腕骨頭を下方へ誘導する作用が関与したのではないかと考える 肘関節を屈曲することで 肩関節屈曲早期における大胸筋鎖骨部と三角筋全線維の過剰収縮に

124 鈴木宏宜, 他 よる疼痛が抑制され 肩甲骨の過剰な外転を抑制する僧帽筋中部線維の筋活動が機能した その結果 肩甲胸郭関節の安定と動的なアラインメントが修正され 肩甲骨上方回旋運動が更に促通されたと考えられた 最終評価時において 肩甲骨の外転は軽減し 上方回旋角度は肩関節屈曲 30 まで更なる増加を認めた この肩甲骨運動によって肩甲骨関節窩が上腕骨頭を肩関節屈曲早期より下方から支持することで大胸筋鎖骨部および三角筋全線維の過剰収縮による運動時痛の減少につながったと考えた その結果 肩関節自動屈曲 180 までの可動域を獲得できた 腱板広範囲断裂保存症例に対する運動療法について Levyら 1 は背臥位での上肢挙上運動による三角筋前部線維の筋力強化を推奨している しかし 本症例のように大胸筋鎖骨部や三角筋全線維の運動時痛が生じる場合 上腕骨頭の安定化に対する代償機能獲得に向けた運動療法の遂行には難渋する 三浦ら 12) は残存する腱板および肩甲骨周囲筋による代償の重要性について述べている 本症例においては肩甲骨の過剰な外転運動を伴うことで肩甲胸郭関節による代償機能も低下していた このことから腱板断裂という器質的変性に対する代償運動獲得に向けた運動療法では 肩甲骨の動的なアラインメントに配慮することが重要である ただし 今回立案した肘関節屈曲位での肩関節屈曲動作がすべての腱板広範囲断裂保存症例に適応するとは言い難い 各症例において断裂筋 残存機能そして骨形態の変化は多様であるため各症例に応じた運動療法を段階的に考慮する必要がある 1. 大胸筋鎖骨部と三角筋全線維の過剰収縮による運動時痛を呈し 肩関節屈曲動作が困難となった右肩腱板広範囲断裂保存症例の理学療法を実施した 2. 大胸筋鎖骨部および三角筋全線維の筋活動抑制と 肩甲骨の動的アラインメントに配慮すべく僧帽筋中 部線維の筋活動に着目した 3. 肘関節屈曲位での肩関節屈曲動作は大胸筋鎖骨部と 三角筋全線維の過剰収縮による運動時痛の抑制と肩 甲骨の過剰な外転抑制の修正に有効であった 4. 腱板広範囲断裂保存症例において 断裂筋や残存機 能に応じ段階的に運動療法を展開する必要がある Neumann DA: Kinesiology of the musculoskeletal system foundations for physical rehabilitation, 1st ed. pp108 342, Mosby, 2002. 2) 谷口大吾 他 : 肩腱板完全断裂に対する保存療法の効果. 中部整災誌 47: 753 754, 2004. 3) 千葉真一 他 : 腱板断裂に対する保存療法としての理学療法. 整 災外 50: 1069 1075, 2007. 4) Ludewig PM, et al.: Relative balance of serratus anterior and upper trapezius muscle activity during push-up exercises. Am J Sports Med 32: 484 493, 2004. 5) 朝長匡 他 : 肩関節挙上運動の筋電図学的検索. 日整会誌 62: 617 626, 1988. 6) 衛藤正雄 : 肩関節周囲炎における scapulo-humeral rhythm の分析. 日整会誌 65: 693 707, 1991. 7) 唐沢達典 他 : 肩腱板断裂患者の健側の scapulohumeral rhythm について. 運動 物理療法 14: 135 138, 2003. 8) 三浦雄一郎 他 : 肩関節屈曲と外転における鎖骨 肩甲骨の運動 座標分析を用いた検討. 総合リハ 36: 877 884, 2008. 9) Campbell ST, et al.: The role of pectoralis major and latissimus dorsimuscles in a biomechanical model of massive rotator cuff tear. J Shoulder Elbow Surg 23: 1136 1142, 2014. 10) 早田荘 他 : 肘関節肢位が肩関節外旋に及ぼす影響. 理学療法科学 28: 731 734, 2013. 1 Levy O, et al.: The role of anterior deltoid reeducation in patients with massive irreparable degenerative rotator cuff tears. J Shoulder Elbow Surg 17: 863 870, 2008. 12) 三浦雄一郎 他 : 腱板広範囲断裂の保存療法.J MIOS 63: 9 23, 2012.