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様式 C-19 科学研究費助成事業 ( 科学研究費補助金 ) 研究成果報告書 平成 25 年 5 月 24 日現在 機関番号 :33916 研究種目 : 若手研究 (B) 研究期間 :2009~2012 課題番号 :21700553 研究課題名 ( 和文 ) トレッドミル歩行分析 リサージュ図形表現による分析法の開発と妥当性の検討 研究課題名 ( 英文 )Treadmill Gait Analysis Development of an analysis method using a Lissajous figure 研究代表者大塚圭 (OHTSUKA KEI) 藤田保健衛生大学 医療科学部 講師研究者番号 :60460573 研究成果の概要 ( 和文 ): 臨床では三次元動作解析装置はほとんど活用されていない. その理由の一つに指標の有用性の問題がある. 本研究の目的は, 三次元動作解析を用いたトレッドミル歩行分析で描くことができるリサージュ図形を用いて, 臨床指向性の高い分析法を開発することである. 本研究の結果より, リサージュ図形を用いて年齢別及び速度別の健常者モデルを作成することができた. また, リサージュ図形の形状や図形間の相対的な位置関係から各種の異常歩行を判定できることが明らかとなった. さらに異常歩行を定量的に分析することができた. 研究成果の概要 ( 英文 ):A three-dimensional motion analysis system is not used in clinical setting. One of the reasons is a problem of the utilities of the indexes. As a result of this study, we were able to make a healthy subject model using Lissajous' figure. A purpose of this study is to develop the method of the treadmill gait analysis using the Lissajous' figure. Also, it was found that we could determine an abnormal gait by a shape of the Lissajous' figure and a relative position of multiple Lissajous' figure. Furthermore, we were able to analyze an abnormal gait quantitatively. Furthermore, we were able to analyze an abnormal gait quantitatively. 交付決定額 ( 金額単位 : 円 ) 直接経費 間接経費 合計 2009 年度 900,000 270,000 1,170,000 2010 年度 100,000 30,000 130,000 2011 年度 500,000 150,000 650,000 2012 年度 200,000 60,000 260,000 年度 総計 1,700,000 510,000 2,210,000 研究分野 : 総合領域科研費の分科 細目 : 人間医工学 リハビリテーション科学 福祉工学キーワード : リハビリテーション医学, 歩行分析 1. 研究開始当初の背景歩行障害は, リハビリテーション医療で取り扱う頻度の高い障害であり, 歩行分析は歩 行障害の病体理解や治療効果の証明など重要な役割を担う. 近年, コンピュータテクノロジーの進歩の恩恵を受け, 多種の歩行分析

機器が開発されてきた. これらの計測機器の中でも三次元動作解析装置は, 歩行の時間 距離因子分析や運動学的分析に優れているが, 臨床ではほとんど活用されていない. 三次元動作解析装置が臨床で活用されていない原因は以下の 4 つの理由が考えられる. ます, 専有の計測空間の確保の問題がある. 通常, 三次元動作解析装置で平地歩行を計測するには歩行路として一定空間を確保する必要があるが, 一般的な臨床施設の訓練室には, 他の患者の他に医療従事者も多数存在するため, 専有計測空間を独占することは難しい. 二つ目に計測と解析に要するコストの問題がある. 臨床では多数の患者を限られた時間の中で効率よく治療しなければならない. 具体的には, 現在の理学療法の診療報酬体系では 1 単位 20 分という時間単位制か採用されている. 診療施設で行われている一般的な理学療法は一人当たり 2 3 単位であるため,40 60 分以内で検査に加え治療も行わなければならない. 従って, 短時間で計測と分析することが要求される. しかし, 現在活用されている多くの三次元動作分析装置は, このような計測と解析のコストまで考慮した効率的な仕様にはなっていない. 三つ目は, 臨床における計測対象者の問題がある. 臨床で歩行分析が必要となる対象者は, 杖などの補助具や装具を必要とするような自立歩行が困難であるうえ, 耐久性が低い低歩行能力者であることが多い. 従来の三次元動作解析装置の計測条件が 自立歩行 であれば, このような低歩行能力者が必然的に対象外となってしまう. 四つ目は, 分析結果の治療に対する有用性の問題である. 臨床で最も活用されている分析法は視診である. 通常の三次元動作解析装置で解析できる関節角度や関節モーメントを一目観ても, 視診で観察する歩容をイメージすることはできない. 臨床では直感的にイメージできる分析が望ましい. また, リハビリテーション医療において最も重要な治療概念である運動学習の指標は, 現在のシステムでは分析しにくい. そこで, 研究代表者が所属する藤田保健衛生大学リハビリテーション部門では臨床で活用できる客観的歩行分析を開発する研究プロジェクトを立ち上げ, トレッドミル歩行分析法を考案した. トレッドミルを歩行分析に活用する利点は以下の通りである. まず, トレッドミルが同一空間上を歩行するという特性から, 省空間での計測を可能にすることである. また, 設定した定速度で多数歩を連続的に採取することができるので, 再現性の低い低歩行能力者でも意味あるデータを得ることができる. さらに手すりや懸垂装置を併用した計測 が容易になるので, 自立度の低い患者の計測が可能となる. そして, リサージュ図形が容易に表現できることである. リサージュ図形は, 二つの単振運動を直角に表した図形である. 従来の平地歩行の三次元動作解析では前額面しか表現することができなかったが, トレッドミル歩行分析では同一空間を歩行するという特性を生かし, 前額面に加え矢状面, 水平面においても容易に描くことができる. このリサージュ図形は視診と親和性が高く, 臨床指向的指標として活用が高いと考えられている. 2. 研究の目的本研究ではリサージュ図形を用いた臨床試行的指標と分析法を開発し, 臨床応用することを目的とした. まず, トレッドミル歩行分析で表すリサージュ図形の妥当性を検討するため, 平地歩行のリサージュ図形と比較した. 次に健常者を対象として速度別及び年齢別のリサージュ図形の健常者モデルを作成した. さらにリサージュ図形を用いた視診と親和性の高い歩行の表現法について検討し, それを脳卒中片麻痺の異常歩行の分析に応用するとともに定量化の検討を行った. 3. 研究の方法本研究では, 三次元動作解析装置は KinemaTracer : キッセイコムテック社製 ( 図 1) とトレッドミル :Tecmachine 社製を使用した. また, 三次元動作解析で使用するマーカは, 被験者の両側の肩峰, 股関節 ( 上前腸骨棘と大転子を結んだ線上の大転子から 1/3 の点 ), 膝関節 ( 大腿骨外側上顆の前後径の中点 ), 足関節 ( 外果 ), 爪先 ( 第 5 中足骨骨頭 ) の計 10 点に装着し, これらのマーカから合成重心 ( 以下, 重心 ) を算出した. 図 1 KinemaTracer の概要 (1) 平地歩行との比較による妥当性の検討 1 対象対象は, 健常者 9 名 ( 男性 8 名, 女性 1 名, 年齢 53±14 歳, 身長 166.8±6.7cm, 体重 64.1±8.2kg) とした. 2 実験方法平地歩行とトレッドミル歩行の三次元動作解析を行った. 対象者に主観的快適速度の平地歩行を行わせ, 三次元動作分析の計測を実施した. 計測は,10m 歩行路にて歩行開始 5m から 8m

までの 3m 区間にて実施した. また, 平地歩行の試行回数は 5 回とし, 平地歩行中の歩行時間をストップウォッチにて測定し, 全試行から各対象者の主観的快適速度を算出した. 次に平地の主観的快適速度に設定したトレッドミル歩行を行わせ,20 秒間の三次元動作分析の計測を実施した. 3 解析と統計処理妥当性を検討する解析は, 両歩行における重心, 股関節, 膝関節, 足関節の各マーカの側方 (x) 前後 ( y) 鉛直 ( z) 成分における最大振幅値と運動軌跡パターンを比較した. 両歩行の最大振幅値は,Spearman 順位相関係数を用い相関係数を算出し, 運動軌跡パターンの比較では, 対象者ごとの軌跡の相関係数求め, その平均値を算出した. (2) 健常者モデルと歩行表現法の検討 1 対象と計測方法対象は整形外科疾患および中枢性神経疾患の既往のない健常者 112 名 ( 20 代 :21 名, 30 代 :27 名,40 代 :17 名,50 代 :20 名, 60 代 :27 名 ) とした. 被験者にトレッドミル歩行を十分に練習させ, サンプリング周波数 60Hz にて 20 秒間の計測を行った. 歩行速度は時速 1,2,3,4,5km の計 5 速度とした. 2 歩行表現法と健常者モデルの作成本研究にて考案したリサージュ図形の歩行表現法の処理を以下に示す. 運動軌跡データは, 歩行周期毎に切り出し歩行周期の平均値で時間軸の正規化処理を行い, さらに加算平均処理を施す. 次に重心の側方方向 (x 軸 ) と前後方向 (y 軸 ) で原点になるよう x 成分と y 成分については重心の振幅値の平均値との差を求め 得られた 3 成分の運動軌跡データでリサージュ図形を作成する. 健常者モデルは, 速度別と年代別 (20,30,40,50,60 歳代 ) の健常者のデータを加算平均して作成した. (3) 脳卒中片麻痺の異常歩行の分析 1 対象と計測方法対象は, 片麻痺を呈した脳卒中患者 ( 以下, 片麻痺者 )114 名とした. 内訳を表 1 に示す. 表 1 片麻痺者 114 例内訳 設定は, 平地快適速度と同速度を基準とし, 歩行可能であれば同速度, 不可能であれば平地快適速度の 70% またはトレッドミル上の快適とした. 手すりの使用は, 平地歩行の杖使用の有無に準じたが, 杖を使用しない場合でも歩行不可能または転倒のリスクがある場合は使用を許可した. さらに計測中は麻痺側方向と後方からビデオカメラを用いてトレッドミル歩行を撮影した. 2 データ処理及び検討方法理学療法士 3 名がビデオ画像を観察し, 麻痺側の前型歩行, 体幹前傾, 体幹側屈, 麻痺側分回し, 足部クリアランス不良, 骨盤の麻痺側挙上, 内側ホイップの有無を確認させた. 上記の異常パターンを認めた対象のリサージュ図形を用いてその特徴を分析した. (4) 脳卒中片麻痺の異常歩行の定量化 1 対象と計測方法対象は健常者 39 名と片麻痺者 30 名とした. 健常者の内訳は, 男性 28 名, 女性 11 名, 年齢 30±5 歳, 身長 167.3±8.5cm, 体重 62.1 ±10.7kg であった. 患者対象は, 脳血管障害, 外傷性脳損傷および脳腫瘍によって片麻痺を呈した 59 名の中から, 対象の異常歩行重症度が広く散らばるように選定した 30 名とした. 対象選択は, 評価者とは別の理学療法士が行った. 脳卒中片麻痺者のプロフィールは表 2 に示す. 計測方法は, 上記 (3) と同一とした. なお, 健常者の歩行速度は時速 4km とした. 表 2 片麻痺者のプロフィール 2 各異常歩行の指標化本研究で定量化する異常歩行は分回し歩行, 遊脚期骨盤挙上, 前足部接地とした. この 3 つの異常歩行を臨床経験および文献的検討から表 3 に示すように定義した. 各異常歩行の指標の算出法をそれぞれ図 2-4 に示す. 健常者において正常値を作成した. 正常範囲は, 健常者の平均値 ±2 標準偏差 ( 以下 ; SD) とした. 被験者にトレッドミル歩行を行わせ, 三次元動作解析を実施した. トレッドミルの速度

表 3 異常歩行の定義 3 理学療法士による異常歩行の視診の評価片麻痺者の歩行訓練を通常業務としている理学療法士 4 名が, 対象のトレッドミル歩行のビデオ画像を観察し, 各異常歩行の重症度を 5 段階 ( 表 4) にスコアリングした. 麻痺側と後方のビデオ画像の観察時間は, 症例ごとに 1 方向ずつ 15 秒の計 30 秒とした. スコアリングは, 全症例のビデオ画像を一通り観察した後, 再度, 症例ごとのビデオ画像を観察した. スコアリングについての理学療法士間の協議は許可しなかった. 各異常歩行の視診の評価は, 理学療法士 4 名のスコアリングの中央値とした. 4 各異常歩行の指標の妥当性の検討と統計解析各異常歩行の指標の妥当性を検討するため, 指標値と視診評価の間の相関係数を算出した (Spearman の順位相関係数 ). 4. 研究成果 (1) 平地歩行との比較による妥当性の検討トレッドミル歩行と平地歩行の運動軌跡の最大振幅値を比較した結果を表 5 に示す. 重心は, すべての成分において高い相関 (rs=0.67 0.90) を認めた. また, その他のパラメータの相関係数は rs=0.45 0.72 であった. さらに, 運動軌跡パターンの比較として相関係数の平均値の結果を表 6 に示す. 両歩行における運動軌跡は,rs=0.49 1.00 と高い相関を認めた.

両歩行の運動軌跡の最大振幅値と歩行周期における運動軌跡パターンとも高い相関を認めたことから, 三次元トレッドミル歩行分析によるリサージュ図形は, 平地歩行分析の代替として妥当であると考えられた. ただし, 運動軌跡が同一パターンであっても振幅に差を生じる可能性は考えられるため, 分析指標としてリサージュ図形を活用する際には, 両歩行の間で生じる差をふまえた解釈が必要になると考えられた. 表 5 平地歩行とトレッドミル歩行の運動軌跡 : 最大振幅値 表 6 平地歩行とトレッドミル歩行の運動軌跡 : パターンの比較 (2) 健常者モデルと歩行表現法の検討時速 5km の健常者モデルの一部を図 4(30 歳代 )-5(60 歳代 ) に示す. 矢状面, 水平面, 前額面の各面において左右対称的な周期運動を繰り返しており, トレッドミル歩行の特徴が一目でイメージすることができた. 年代毎に比較すると高齢になると矢状面における高齢者の膝関節, 足関節, 爪先の周期運動が小さくなり, 前額面における足関節, 爪先の周期運動の左右間距離が広くなっていくことが明らかとなった. また, 速度別で比較すると時速 1km や 2km の低速度で遊脚期に足部を高く挙上しているものが存在し, 高齢になるほどその頻度が多くなる傾向を認めた ( 図 6).

3 脳卒中片麻痺の異常歩行パターンの分 析 理学療法士 3 名が 異常あり と判断した 各異常歩行は 麻痺側の前型歩行が 8 名 体 幹前傾が 34 名 麻痺側分回しが 72 名 足部 クリアランス不良が 38 名 骨盤の麻痺側挙 上が 67 名 内側ホイップが 38 名であった 各異常歩行のリサージュ図形において共通 する特徴を代表例を用いて健常者モデル 60 歳代 5km 図 5 を比較して説明する 麻痺側前型歩行は図 7 が示す通り 麻痺側 右側 下肢の運動が非麻痺側に対して相対 的に前方に位置している特徴が認められた 体幹前傾例は図 7 が示す通り 肩峰と股関 節の前方に位置していることが明らかとな った 麻痺側分回しは図 7 が示す通り 水平面の 外果のリサージュ図形の軌道が外側方向に 大きく弧を描いていることで判断できた 足部のクリアランス不良 図 8 は 矢状 面の麻痺側 左側 爪先の遊脚期における軌 道が低いことから判断できた 麻痺側の骨盤挙上 図 7 は 左右の股関 節のリサージュ図形の位置関係で判断でき た 内側ホイップ 図 9 は 麻痺側 左側 の外果が遊脚初期に内側方向に変位してい ることで判断できた 各異常歩行は 個々のリサージュ図形の形 状やリサージュ図形間の相対的な位置関係 から判断することができ 臨床試行的指標と して応用性が高いと推察できた 4 脳卒中片麻痺の異常歩行パターンの定 量化 1. 各異常歩行の指標値 各異常歩行の指標値 平均値±SD は 分 回し歩行では健常者 0.74±0.88cm 片麻痺者 2.89±2.70cm 遊脚期骨盤挙上では健常者 0.26±0.59cm 片麻痺者 1.73±1.08cm 前足 部接地では健常者-2.79±0.64cm 片麻痺者

0.12±1.31cm であった. いずれの結果も, 健常者に比べ片麻痺者で高値であった. 正常範囲 ( 平均値 ±2SD) は, 分回し歩行 0.74± 1.76cm, 遊脚期骨盤挙上 0.26±1.18cm, 前足部接地 -2.79±1.28cm であった. 2. 理学療法士による異常歩行の視診表 7 に理学療法士 4 名によるスコアと中央値の結果を示す. スコアリングでは分回し歩行で正常 (5 点 ) が 30 例中 19 例と多かったが, 各異常歩行の重症度は軽症 (4 点 ) から重症 (1 点 ) まで広く分布していた. 3. 各異常歩行の指標の妥当性の検討 ( 表 8, 図 10) 各異常歩行の視診評価 ( 中央値 ) と異常歩行指標値との関係を図 10 に示す. 相関係数は, 分回し歩行 : 0.82, 遊脚期骨盤挙上 : 0.70, 前足部接地 : 0.83 と全ての指標値において有意な相関を認めた. また, 各指標において数例の乖離例が認められた. 視診によって異常あり (5 点未満 ) と判断された片麻痺者の異常歩行の各指標値は, ほぼ正常範囲外に存在した. さらに,3 つの異常歩行の指標値は, 視診評価と強い相関を認めたことから指標として妥当と考えられた. 表 7 理学療法士 4 名による各異常歩行の視診の結果 表 8 各異常歩行の視診結果と指標値の関係 本研究によって, 三次元動作解析を用いたトレッドミル歩行分析で得られるリサージュ図形を用いた歩行分析法は, 視診と親和性が高いうえ, 定量的分析も可能にすることから, 臨床試行的指標として有用性が高いことが示唆された. 5. 主な発表論文等 ( 研究代表者 研究分担者及び連携研究者には下線 ) 学会発表 ( 計 1 件 ) 大塚圭, リサージュ図形を用いた歩行パターン表現法の考案 1- 健常者による非高齢者と高齢者の比較 -, 第 40 回日本臨床神経整理学会学術大会,2010 年 11 月 3 日, 神戸国際会議場 ( 兵庫 ) 6. 研究組織 (1) 研究代表者大塚圭 (OHTSUKA KEI) 藤田保健衛生大学 医療科学部 講師研究者番号 :60460573