理 学 療 法 科 学 24(4):581 585,2009 原 著 杖 の 使 用 が 立 位 時 体 幹 下 肢 筋 活 動 量 に 与 える 影 響 高 齢 者 疑 似 体 験 装 具 を 用 いた 検 討 Effect of Using a Cane on Muscle Activities of the Lower Limbs and Trunk during Standing with Simulated Experience of the Elderly 奥 壽 郎 廣 瀬 昇 加 藤 宗 規 丸 山 仁 司 TOSHIRO OKU, RPT, MS, NOBORU HIROSE, RPT, MS, MUNENORI KATO, RPT, PhD, HITOSHI MARUYAMA, RPT, PhD Department of Physical Therapy, Faculty of Science Technology, Teikyo University of Science: 2525 Yatuzawa, Uenohara, Yamanashi 409-0193, Japan. TEL +81 554-63-4411 Department of Physical Therapy, Faculty of Health Science, Ryotokuji University Department of Physical Therapy, Faculty of Health Science, International University of Health and Welfare Rigakuryoho Kagaku 24(4): 581 585, 2009. Submitted Feb. 19, 2009. Accepted Mar. 9, 2009. ABSTRACT: [Purpose] We investigated the effect of using a cane on thetrunk and lower limb muscle activities in a standing position with the trunk bent using an apparatus that simulates the physical experience of the elderly. [Subjects] The subjects were 12 healthy young people: 9 males, 3 females, average age 20.0 0.7. [Method] We measured the muscle activities in quiet standing under 3 conditions: A, normal standing; B, wearing the apparatus; and C, wearing the apparatus and using a cane. Quiet standing was measured for 30 sec, and the middle 10 sec was used for analysis. The muscles examined were: the erector spinae, rectus abdominis, gluteus maximus, gluteus medius, rectus femoris, biceps femoris, anterior tibialis, and gastrocnemius. [Results] In condition B, compared to A we found a significant increase in the muscle activities of the anti-gravity muscles. In condition C, compared to B we found significant decreases in the muscle activities of the erector spinae, gluteus maximus and gastrocnemius. In condition C, compared to A we found significant increases in the muscle activities of the gluteus maximus and biceps femoris. [Conclusion] The results suggest that the effect of using a cane on muscle activities during standing with the trunk bent is a reduction in the activities of the extensor muscles of the ankle, hip and trunk. Key words: cane, muscle activities during standing, apparatus simulating the experience of the elderly 要 旨 : 目 的 体 幹 下 肢 屈 曲 姿 勢 での 立 位 において, 杖 の 使 用 が 体 幹 下 肢 筋 活 動 量 に 与 える 影 響 について 高 齢 者 模 擬 体 験 装 具 ( 以 下, 装 具 )を 用 いて 検 討 することである 対 象 若 年 健 常 者 12 名 ( 男 性 9 名 女 性 3 名, 平 均 年 齢 20.0 ± 0.7 歳 )を 対 象 とした 方 法 自 然 立 位 ( 以 下, 条 件 A), 装 具 を 装 着 して 杖 は 使 用 しない 立 位 ( 以 下, 条 件 B), 装 具 を 装 着 して 杖 を 使 用 する 立 位 ( 以 下, 条 件 C)の 3 条 件 での, 安 静 立 位 における 筋 活 動 量 を 測 定 した 安 静 立 位 は30 秒 間 を 測 定 して, 中 間 の10 秒 間 を 解 析 の 対 象 とした 検 査 筋 は, 脊 柱 起 立 筋, 腹 直 筋, 大 殿 筋, 中 殿 筋, 大 腿 直 筋, 大 腿 二 頭 筋, 前 脛 骨 筋, 腓 腹 筋 とした 結 果 条 件 A に 比 べて 条 件 B では, 抗 重 力 筋 において 有 意 に 筋 活 動 量 の 増 加 が 認 められた 条 件 B に 比 べて 条 件 C では, 脊 柱 起 立 筋, 大 殿 筋, 腓 腹 筋 において 有 意 に 筋 活 動 量 の 減 少 が 認 められた 条 件 A に 比 べて 条 件 C では, 大 殿 筋, 大 腿 二 頭 筋 において 有 意 に 筋 活 動 量 の 増 加 が 認 めら れた 結 語 体 幹 下 肢 屈 曲 姿 勢 の 立 位 における, 筋 活 動 量 に 対 する 杖 の 影 響 として, 体 幹, 股 関 節, 足 関 節 の 伸 展 筋 の 活 動 量 を 減 少 させることが 示 唆 された キーワード: 杖, 立 位 時 筋 活 動 量, 高 齢 者 疑 似 体 験 装 具 帝 京 科 学 大 学 医 療 科 学 部 理 学 療 法 学 科 : 山 梨 県 上 野 原 市 八 ッ 沢 2525( 409-019 TEL 0554-63-4411 了 徳 寺 大 学 健 康 科 学 部 理 学 療 法 学 科 国 際 医 療 福 祉 大 学 保 健 医 療 学 部 理 学 療 法 学 科 受 付 日 2009 年 2 月 19 日 受 理 日 2009 年 3 月 9 日
582 理 学 療 法 科 学 第 24 巻 4 号 I. はじめに 高 齢 者 の 脊 柱 後 弯 変 形 ( 円 背 )は, 骨 粗 鬆 症 による 変 形, 体 幹 筋 の 筋 力 低 下, 体 幹 伸 展 可 動 性 の 低 下, 生 活 環 境 など 様 々な 要 因 が 影 響 する 高 齢 者 にどの 程 度, 円 背 が 見 られるのかに 関 しては 報 告 者 により 様 々 であり, 有 田 ら は21%, 安 藤 は62%,Milne ら 4) は 男 性 で 41%, 女 性 で 48%と 報 告 している 脊 柱 後 弯 変 形 と 性 別 との 関 連 については 女 性 に 多 く, 大 坪 ら 5) は,103 例 中 100 例 が 女 性 であったと 報 告 している 脊 柱 後 弯 変 形 の 分 類 も 種 々 報 告 されているが 本 邦 では 仲 田 ら 6) が, 立 位 側 面 写 真 とレントゲン 像 の 脊 椎 変 化 により, 伸 展 型 S 字 型 屈 曲 型 手 膝 上 型 の4 群 による 分 類 が 提 唱 されて 広 く 用 いられている 高 齢 者 においては 加 齢 の 影 響 を 受 けて, 姿 勢 筋 力 バランス 能 力 歩 行 能 力 などは 少 なからず 低 下 を 来 す 7) 加 齢 による 立 位 保 持 能 力 への 影 響 について, 橋 詰 ら 8) は, 重 心 動 揺 測 定 より 検 討 している また, 藤 原 ら 9) は, 重 心 動 揺 測 定 と 下 肢 筋 力 との 関 連 性 より 検 討 している いずれも 加 齢 により 立 位 保 持 能 力 が 低 下 し, 安 静 立 位 の 安 定 性 に 比 べ, 姿 勢 変 化 に 対 して 安 定 化 を 図 る 姿 勢 調 節 能 力 の 低 下 が,より 早 期 に 出 現 すると 報 告 している 立 位 や 歩 行 時 の 安 定 性 を 補 う 手 段 として, 杖 は 有 用 であると 思 われる とりわけT 字 杖 ( 以 下, 杖 )は, 高 齢 者 に 幅 広 く 用 いられている 先 行 研 究 において, 屋 外 歩 行 に T 字 杖 を 使 用 している 地 域 在 住 高 齢 者 を 対 象 として 著 者 が 行 ったアンケート 調 査 の 結 果, 杖 を 使 用 する 目 的 として, 転 倒 予 防 除 痛 立 位 バランス 補 助 姿 勢 矯 正 など, 立 位 能 力 に 関 することがあげられてい た 10) 杖 の 役 割 として 吉 村 1 らは,1 支 持 基 底 面 を 拡 大 した 安 全 な 立 位 歩 行 を 確 保 すること( 安 定 性 の 確 保,バランスの 補 助 ),2 歩 行 補 助 具 に 体 重 を 移 動 させ て 支 持 し 下 肢 にかかる 荷 重 や 下 肢 の 接 地 時 に 生 じる 疼 痛 を 軽 減 させること( 支 持 性 の 確 保, 荷 重 疼 痛 の 軽 減 ),3 歩 行 中 の 踏 み 切 り 時 の 駆 動 や 踵 接 地 時 の 制 動 を 補 助 して 歩 行 速 度 および 酸 素 摂 取 量 を 改 善 すること( 歩 行 効 率 の 改 善 )をあげている 高 齢 者 における, 杖 が 立 位 能 力 に 及 ぼす 影 響 につい ての 検 討 はあまりみられない 杖 の 使 用 が 立 位 能 力 に 与 える 影 響 について 山 本 ら 1 は, 健 常 高 齢 者 を 対 象 に 重 心 動 揺 測 定 を 用 いて, 杖 の 使 用 が 立 位 に 与 える 影 響 について 検 討 しており, 重 心 動 揺 の 減 少 が 認 められた と 報 告 している しかし, 脊 柱 後 弯 姿 勢 を 呈 した 立 位 姿 勢 に 対 して, 杖 の 使 用 により 生 じる 重 心 動 揺 の 減 少 の 程 度 について, 非 高 齢 者 の 自 然 立 位 との 比 較 は 検 討 されていない 我 々は 若 年 健 常 者 を 対 象 に, 高 齢 者 疑 似 体 験 装 具 を 用 いた 体 幹 下 肢 屈 曲 姿 勢 での 立 位 重 心 動 揺 において,T 字 杖 の 使 用 が 及 ぼす 影 響 について 検 討 した その 結 果, 体 幹 および 股 膝 関 節 屈 曲 位 を 呈 した 立 位 における 重 心 動 揺 は, 前 方 に 重 心 が 変 位 し 動 揺 が 速 く 大 きくなるが 杖 を 使 用 すると, 重 心 位 置 は 前 方 に 変 位 しているが 動 揺 の 大 きさと 速 さは 装 具 を 装 着 しない 状 態 と 同 程 度 にまで 減 少 することを 報 告 した 1 高 齢 者 に 対 する 杖 の 立 位 への 影 響 を, 筋 活 動 量 の 変 化 に 関 して 検 討 した 報 告 はない 本 研 究 の 目 的 は, 高 齢 者 に 特 徴 的 な 体 幹 下 肢 屈 曲 姿 勢 での 立 位 において, 杖 を 使 用 することによる, 立 位 時 体 幹 下 肢 筋 活 動 量 に 与 える 影 響 について, 若 年 健 常 者 を 対 象 として, 医 師 医 療 専 門 職 教 育 にも 利 用 されている 高 齢 者 模 擬 体 験 装 具 ( 以 下, 装 具 ) 14,15) を 用 いて 検 討 することである 本 研 究 では, 体 幹 下 肢 筋 力 低 下 を 有 していない 若 年 健 常 者 を 対 象 としたことに より, 杖 を 使 用 する 影 響 以 外 の 要 素 である, 疾 患 呼 吸 循 環 機 能 筋 力 などを 除 外 した 屈 曲 姿 勢 による 影 響 に 限 定 して 検 討 を 行 う II. 対 象 と 方 法 1. 対 象 対 象 は, 筋 力 低 下 等 の 運 動 機 能 低 下 を 有 していない 若 年 健 常 者 12 名 ( 男 性 9 名 女 性 3 名 )とした 対 象 者 の 年 齢 20.0 ±0.7 歳 ( 平 均 値 ± 標 準 偏 差 : 以 下 同 様 ), 身 長 167.9 ± 9.1 cm, 体 重 62.7 ± 12.6 kg,bmi(body Mass Index)21.9 ±3.0 であった 対 象 者 の 利 き 手 は 全 例, 右 手 であった なお, 対 象 者 には 研 究 の 目 的 と 内 容 を 説 明 し,さらに 結 果 の 取 り 扱 いについては 個 人 の 特 定 を しないように 配 慮 し, 当 該 研 究 以 外 にはデータを 使 用 しない 旨 を 説 明 し 参 加 の 同 意 を 得 た 2. 方 法 安 静 立 位 保 持 における 体 幹 下 肢 筋 活 動 量 について, 自 然 立 位 ( 以 下, 条 件 A), 装 具 を 装 着 して 杖 は 把 持 し ない 立 位 ( 以 下, 条 件 B), 装 具 を 装 着 し 杖 も 把 持 する 立 位 ( 以 下, 条 件 C)の 3 条 件 の 立 位 で 測 定 を 行 った 3 条 件 の 測 定 の 順 番 は, 被 験 者 毎 にランダム 化 し 実 施 し た 条 件 C で 使 用 した 杖 は, 金 属 製 の 長 さ 調 節 式 T 字 杖 として, 杖 は 全 例 利 き 手 である 右 手 に 把 持 させた 杖 の 長 さは, 立 位 時 の 床 面 から 大 転 子 の 長 さとした 杖 の 接 地 部 位 は, 杖 把 持 側 下 肢 つま 先 前 外 側 15 cmとした
杖 の 使 用 が 立 位 時 体 幹 下 肢 筋 活 動 量 に 与 える 影 響 583 装 具 は, 株 式 会 社 ダイワラクダ 工 業 社 製 の 高 齢 者 疑 似 体 験 システム シニアポーズ を 用 いた 対 象 者 に 装 具 の 円 背 シミュレーターおよび 膝 関 節 拘 縮 シミュレー ターを 装 着 させ, 高 齢 者 によく 見 受 けられる 脊 椎 後 弯 症 による 円 背 と, 変 形 性 膝 関 節 症 による 膝 関 節 屈 曲 位 の 身 体 変 化 を 再 現 した 仲 田 6) は, 高 齢 者 の 姿 勢 の 分 類 において, 脊 椎 変 形 の S 字 型 と 屈 曲 型 における 体 幹 ( 腰 椎 )の 屈 曲 角 度 が 平 均 約 20 であること,さらに 膝 関 節 屈 曲 拘 縮 における 屈 曲 角 度 のピークが 屈 曲 15~20 であり,それを 超 えると 円 背 に 対 する 膝 関 節 の 代 償 の 限 界 になると 報 告 している この 報 告 を 踏 まえて 対 象 者 にゴニオメーターでの 関 節 可 動 域 測 定 にて, 体 幹 屈 曲 20, 両 膝 関 節 屈 曲 15 になるように 設 定 し, 体 幹 お よび 両 膝 関 節 がその 角 度 より 伸 展 できないようにした 装 具 の 装 着 は 全 対 象 者 に 対 して, 同 一 検 者 が 行 った 安 静 立 位 は, 両 踵 部 を 肩 幅 に 開 き, 両 脚 の 足 部 内 側 を 前 額 面 に 垂 直 で 平 行 として, 壁 から 2 m 離 れた 位 置 に 立 ち, 目 線 の 高 さに 貼 った 注 視 点 をみるように 指 示 した 3 条 件 とも, 測 定 前 に 十 分 練 習 をして 測 定 を 実 施 した 筋 電 図 は,Noraxon 社 製 表 面 筋 電 計 TeleMyo2400T-G2 を 用 いて 測 定 した 電 極 は 直 径 1 cm の 皿 電 極 を 用 い, 貼 付 部 位 の 皮 膚 の 前 処 理 を 十 分 行 った 上 で, 皮 膚 抵 抗 を 10 kω 以 下 になるようにした 電 極 間 距 離 は2 cm と して, 全 ての 対 象 者 の 非 利 き 手 側 の 各 筋 の 表 層 の 皮 膚 上 に 貼 付 した 腹 直 筋 は 臍 のやや 下 部 ( 最 下 腱 両 下 部 ) の 筋 線 維 に 沿 って, 背 柱 起 立 筋 は 第 2 腰 椎 棘 突 起 より 約 1 横 指 側 方 にて 垂 直 方 向 に 並 べて 貼 付 した 中 殿 筋 は 腸 骨 稜 と 大 転 子 の 中 点 に, 大 殿 筋 は 筋 線 維 に 沿 って 臀 部 の 中 央 に 貼 付 した 大 腿 直 筋 は 大 腿 部 前 面 中 央 部 に, 大 腿 二 頭 筋 は 大 腿 部 後 面 の 筋 肉 中 央 部 に 貼 付 した 前 脛 骨 筋 は 下 腿 部 前 面 中 央 部 に, 腓 腹 筋 は 下 腿 部 後 面 中 央 部 に 貼 付 した 16) 各 条 件 の 測 定 は30 秒 間 とした 30 秒 間 のうち10 秒 か ら20 秒 の 中 間 の10 秒 間 におけるデータを 解 析 の 対 象 と した データの 処 理 は,Noraxon 社 製 表 面 筋 電 図 解 析 ソ フト MyoResearchXP を 用 いた 解 析 方 法 は 生 波 形 にお ける30~100 Hzの 周 波 数 帯 域 外 に 対 して,デジタルフィ ルター 処 理 を 行 い 整 流 化 した 後, 積 分 値 を 求 めた 統 計 学 的 処 理 は,3 条 件 間 のパラメーターの 平 均 値 の 差 について 解 析 した 検 定 方 法 は, 反 復 測 定 ( 対 応 のある)による 一 元 配 置 分 散 分 析 (Analysis of variance: ANOVA)で 検 定 した ANOVA で 主 効 果 が 認 められた 場 合, 多 重 比 較 (Tukey 検 定 )を 行 った 有 意 水 準 は 危 険 率 5% 未 満 とした 統 計 処 理 には 統 計 解 析 ソフトSPSS 11.5J for Windows を 使 用 した なおこの 研 究 は, 帝 京 科 学 大 学 の 倫 理 委 員 会 の 承 認 を 受 けて 実 施 した III. 結 果 3 条 件 の 立 位 時 における, 各 筋 の 積 分 値 の 平 均 値 と 標 準 誤 差 ( 単 位 : V* 秒 )および 検 定 結 果 を 表 1に 示 した 体 幹 筋 において, 腹 直 筋 の 平 均 値 は 条 件 A 条 件 B 条 件 C の 順 に,33.0,38.4,36.9 であり,3 条 件 間 で 有 意 差 は 認 められなかった 背 柱 起 立 筋 の 平 均 値 は 同 順 に, 65.6,348.0,153.7 であり, 条 件 A と 条 件 B(p<0.0, 条 件 B と 条 件 C(p<0.0で 有 意 差 が 認 められた 下 肢 筋 において, 中 殿 筋 の 平 均 値 は 同 順 に40.9,103.8, 67.6 であり, 条 件 A と 条 件 B(p<0.0で 有 意 差 が 認 め られた 大 殿 筋 の 平 均 値 は 同 順 に29.6,160.1,104.7 で あり, 条 件 A と 条 件 B(p<0.0, 条 件 A と 条 件 C(p<0.0 で 有 意 差 が 認 められた 大 腿 直 筋 の 平 均 値 は 同 順 に27.1, 99.3,81.0 であり,3 条 件 間 で 有 意 差 は 認 められなかっ た 大 腿 二 頭 筋 の 平 均 値 は 同 順 に35.2,148.1,129.5 で あり, 条 件 A と 条 件 B(p<0.0, 条 件 A と 条 件 C(p<0.05) で 有 意 差 が 認 められた 前 脛 骨 筋 の 平 均 値 は 同 順 に23.6, 59.8,51.0 であり,3 条 件 間 で 有 意 差 は 認 められなかっ た 腓 腹 筋 の 平 均 値 は 同 順 に34.9,103.3,34.5 であり, 条 件 A と 条 件 B(p<0.05), 条 件 B と 条 件 C(p<0.05)で 有 意 差 が 認 められた IV. 考 察 今 回 の 結 果 より,3 つの 条 件 は 異 なる 筋 活 動 量 を 示 したと 考 えられた 条 件 A より 条 件 B では, 脊 柱 起 立 筋 中 殿 筋 大 殿 筋 大 腿 二 頭 筋 腓 腹 筋 に 筋 活 動 量 の 増 大 を 示 した 直 立 姿 勢 は 人 の 基 本 姿 勢 として 最 も 重 要 である 直 立 姿 勢 ではほとんど 筋 活 動 を 必 要 とせず,エネルギー 消 費 を 必 要 最 小 限 にしている 17-19) すなわち 直 立 姿 勢 では, 頭 部 頸 部 胸 部 腹 部 骨 盤 下 肢 の 各 部 分 が,1 つ1 つ 互 いに 矢 状 面 上 にバランスを 保 ちつつ 骨 格 によって 支 持 し, 関 節 包 や 靭 帯 がこれを 助 け, 筋 活 動 の 関 与 は 最 小 限 にとどまっている そしてバランスの 破 錠 を, 三 半 規 管 視 覚 靭 帯, 腱 筋 の 固 有 知 覚 受 容 器, 足 底 の 皮 膚 感 覚 などによる 姿 勢 反 射 によって,わずかな 筋 力 で 対 応 している 立 位 保 持 に 関 わる 筋 肉 は, 脊 柱 起 立 筋 大 殿 筋 中 殿 筋 大 腿 二 頭 筋 下 腿 三 頭 筋 足 の 長 母 指 屈 筋 と 母 指 外 転 筋 であり, 抗 重 力 筋 といわれる 17-19) 一 方,
584 理 学 療 法 科 学 第 24 巻 4 号 表 1 3 条 件 における 積 分 値 の 平 均 値 と 検 定 結 果 条 件 A 条 件 B 条 件 C 腹 直 筋 33.0 ± 9.2 38.4 ± 7.0 36.9 ± 6.8 背 柱 起 立 筋 65.6 ± 17.1 348.0 ± 52.2 153.7 ± 38.1 中 殿 筋 40.9 ± 7.1 103.8 ± 15.6 67.6 ± 14.2 大 殿 筋 29.6 ± 8.1 160.1 ± 21.3 104.7 ± 17.1 大 腿 直 筋 27.1 ± 9.9 99.3 ± 46.0 81.0 ± 24.0 大 腿 二 頭 筋 35.2 ± 6.5 148.1 ± 30.6 129.5 ± 29.4 * 前 脛 骨 筋 23.6 ± 3.0 59.8 ± 12.3 51.0 ± 14.8 腓 腹 筋 34.9 ± 11.4 103.3 ± 23.6 34.5 ± 6.9 * * 平 均 値 ± 標 準 誤 差 単 位 : V* 秒 *:p<0.05 :p<0.01 条 件 A: 装 具 なし 杖 なし 立 位 条 件 B: 装 具 あり 杖 なし 立 位 条 件 C: 装 具 あり 杖 あり 立 位 有 田 ら 8) は, 高 齢 者 の 脊 椎 全 後 弯 変 形 者 での 安 静 立 位 に おいて, 脊 柱 起 立 筋 と 腓 腹 筋 に 著 明 な 筋 放 電 が 認 められ たと 報 告 している 岩 原 ら 20) は, 高 齢 腰 部 変 性 後 弯 例 で は 上 半 身 の 重 心 線 が 前 方 に 移 動 するので 釣 り 合 いをと るため 大 腿 二 頭 筋 が 作 動 し, 骨 盤 が 後 方 へ 回 転 すること により 股 関 節 が 過 伸 展 位 をとる 骨 盤 の 後 方 傾 斜 や 股 関 節 の 過 伸 展 に 対 し, 腸 腰 筋 や 大 腿 四 頭 筋 は 制 御 の 役 割 と して 働 くと 述 べている また, 竹 安 20) らは,Wiles の Round back type I( 円 背 で 重 心 が 前 方 に 位 置 しているタ イプ)の 膝 関 節 屈 曲 位 で 立 位 バランスをとっている 例 に, 脊 柱 起 立 筋 大 殿 筋 大 腿 直 筋 内 側 広 筋 腓 腹 筋 に 筋 放 電 が 認 められたと 報 告 している 装 具 装 着 によ り, 体 幹 および 下 肢 が 屈 曲 位 に 強 いられた 条 件 B の 立 位 では, 立 位 の 前 額 面 上 の 重 心 線 が 前 方 に 変 位 し, 床 反 力 で 体 幹 は 屈 曲 方 向 に 股 関 節 は 屈 曲 方 向 に, 膝 関 節 は 伸 展 方 向 に 足 関 節 は 背 屈 方 向 に 作 用 する これらを 是 正 する ために, 脊 柱 起 立 筋 中 殿 筋 大 殿 筋 大 腿 二 頭 筋 腓 腹 筋 が 働 き, 立 位 バランスを 保 持 していたものと 考 えら れる 今 回 の 結 果 は 前 述 した 岩 原 19) 竹 安 20) らの 先 行 研 究 にあるように, 高 齢 者 の 脊 柱 後 弯 変 形 者 では 筋 電 学 的 に 身 体 後 面 の 筋 活 動 が 認 められるという 報 告 と 合 致 し ている よって 非 高 齢 健 常 者 が 装 具 を 装 着 することによ り, 高 齢 者 の 脊 椎 後 弯 変 形 を 再 現 できたものと 考 えられ る 条 件 B より 条 件 C では, 脊 柱 起 立 筋 大 殿 筋 腓 腹 筋 に 筋 活 動 量 の 減 少 を 示 した 装 具 を 装 着 し 杖 を 使 用 す る 条 件 C での 立 位 では, 杖 を 使 用 することにより, 肘 関 節 および 肩 関 節 を 中 心 として, 上 肢 の 伸 展 活 動 が 立 位 保 持 に 参 加 することができ, 体 幹 の 伸 展, 股 関 節 の 伸 展, 足 関 節 の 底 屈, 身 体 の 身 体 モーメントの 作 用 に 働 き, 脊 柱 起 立 筋 大 殿 筋 腓 腹 筋 の 筋 活 動 量 を 減 少 させたものと 考 えられた 杖 を 使 用 した 場 合 に, 体 幹 下 肢 の 後 面 筋 の 負 担 を 軽 減 できるものと 思 われた し かしながら, 中 殿 筋 大 腿 二 頭 筋 に 変 化 がなかったこ とについて, 杖 をつくことにより 得 られる 変 化 は, 反 対 側 の 股 関 節 内 転 モーメント 膝 関 節 伸 展 モーメント の 減 少 に 関 しては 比 較 的 小 さいものと 思 われる 条 件 A より 条 件 C では, 大 殿 筋 大 腿 二 頭 筋 に 筋 活 動 量 の 増 大 を 示 した これらの 筋 肉 は 股 関 節 伸 展 の 主 動 筋 であり, 体 幹 下 肢 屈 曲 姿 勢 において, 杖 を 使 用 した 場 合 の 効 果 として, 股 関 節 伸 展 への 作 用 により 大 殿 筋 の 活 動 は 減 少 するが, 非 高 齢 健 常 者 の 自 然 立 位 と 同 等 の 状 態 までには 至 らないと 考 えられた 大 腿 二 頭 筋 については, 大 殿 筋 と 同 様 に 股 関 節 伸 展 作 用 は 減 少
杖 の 使 用 が 立 位 時 体 幹 下 肢 筋 活 動 量 に 与 える 影 響 585 するが, 大 腿 四 頭 筋 とともに, 膝 関 節 の 角 度 コントロー ルに 作 用 していたと 推 察 された 今 回 の 結 果 から, 体 幹 下 肢 屈 曲 姿 勢 においては, それを 呈 していない 状 態 に 比 べて 体 幹 下 肢 筋,とく に 脊 柱 起 立 筋 中 殿 筋 大 殿 筋 大 腿 二 頭 筋 腓 腹 筋 の 活 動 が 増 加 するが, 杖 の 使 用 により, 脊 柱 起 立 筋 大 殿 筋 腓 腹 筋 への 負 担 が 軽 減 すると 考 えられた 今 後 の 課 題 として, 三 次 元 動 作 解 析 装 置 および 床 反 力 計 を 用 いて, 重 心 位 置 の 変 化 や 床 反 力 による 関 節 モー メントの 検 討 が 必 要 であると 考 えられた さらに, 今 回 は 若 年 健 常 者 を 対 象 としており, 今 後 は 運 動 器 系 の 疾 患 や 筋 力 低 下 など, 運 動 機 能 低 下 を 呈 している 場 合 の 反 応 について 検 討 していく 必 要 性 が 考 えられた 引 用 文 献 高 井 逸 史, 宮 野 道 雄, 中 井 伸 夫 他 : 加 齢 による 姿 勢 変 化 と 姿 勢 制 御. 日 本 生 理 人 類 学 会 誌,2001, 6: 41-46. 有 田 親 史, 小 林 郁 雄 : 老 人 の 脊 椎 変 形 の 分 析. 臨 床 整 形 外 科,1980, 15: 415-122. 安 藤 正 明 : 農 村 部 における 高 齢 者 の 腰 痛 と 姿 勢. 別 冊 整 形 外 科,1987, 12: 14-17. 4) Milne JS, Williamson J: A longitudinal study of kyphosis in older people. Age Ageing, 1983, 12: 225-233. 5) 大 坪 良, 後 藤 昇, 佐 々 木 孝 : 腰 曲 がり 疾 患 の 臨 床 的 考 察. 整 形 外 科,1968, 16: 1033-1038. 6) 仲 田 和 正, 岩 谷 力, 関 矢 仁 他 : 高 齢 者 の 姿 勢 (その 分 類 とメカニズム). 別 冊 整 形 外 科,1987, 12: 2-6. 7) 衣 笠 隆, 長 崎 浩, 伊 東 元 他 : 男 性 (18~83 歳 )を 対 象 とした 運 動 能 力 の 加 齢 変 化 の 研 究. 体 力 科 学,1994, 43: 343-351. 8) 橋 詰 謙, 伊 東 元, 丸 山 仁 司 他 : 立 位 保 持 能 力 の 加 齢 変 化. 日 本 老 年 医 学 会 雑 誌,1986, 23: 85-92. 9) 藤 原 勝 男, 池 上 靖 夫, 岡 田 守 彦 他 : 立 位 姿 勢 の 安 定 性 にお ける 年 齢 および 下 肢 筋 力 の 関 与. 人 類 学 雑 誌,1977, 90: 385-440. 10) 奥 壽 郎 : 地 域 在 住 高 齢 者 に 対 する 杖 に 関 する 意 識 調 査. 臨 床 福 祉 ジャーナル,2008, 5: 34-37. 1 吉 村 茂 和, 相 馬 正 之 : 福 祉 機 器 の 適 用 基 準 歩 行 補 助 具 の 適 用 基 準.PTジャーナル,2000, 34: 457-467. 1 山 本 圭 介, 藤 原 孝 之, 田 辺 誠 他 :T- 字 杖 使 用 立 位 におけ る 重 心 動 揺 動 揺 の 変 動. 理 学 療 法 学 ( 学 会 特 別 号 ),1985, 12: 159. 1 奥 壽 郎, 廣 瀬 昇, 加 藤 宗 規 他 : 杖 の 使 用 が 重 心 動 揺 に 与 える 影 響 高 齢 者 疑 似 体 験 装 具 装 着 での 基 礎 的 研 究. 理 学 療 法 科 学,2009, 24: 467-472. 14) 原 沢 優 子, 松 岡 広 子, 星 野 純 子 他 : 老 年 看 護 学 における 高 齢 者 理 解 に 向 けた 体 験 学 習 の 効 果 と 課 題. 愛 知 県 立 看 護 大 学 紀 要,2004, 10: 41-48. 15) 岡 本 悦 司, 由 良 晶 子, 江 角 真 理 他 : 近 畿 大 学 医 学 部 1 年 生 を 対 象 とした 高 齢 者 疑 似 体 験 実 習 の 試 み. 医 学 教 育,1995, 26: 334. 16) 高 橋 利 幸, 西 本 千 奈 美, 渡 邊 進 : 脊 柱 後 弯 を 呈 する 高 齢 者 の 歩 行 時 の 筋 電 図 所 見. 川 崎 医 療 福 祉 学 会 誌,1997, 7: 399-403. 17) 小 片 保 : 筋 活 動 電 流 による 直 立 姿 勢 に 関 する. 人 類 学 雑 誌,1951, 62: 61-72. 18) 津 山 直 一 : 姿 勢 の 是 正 度 と 簡 易 姿 勢 計 の 応 用. 姿 勢 研 究, 1981, 1: 113-121. 19) 福 田 靖 : 運 動 と 平 衡 の 反 射 生 理. 医 学 書 院, 東 京,1981, pp72-85. 20) 岩 原 敬 人, 竹 光 義 治, 渡 壁 誠 他 : 腰 部 変 性 後 弯 の 力 学 的 考 察 X 線 学 的 検 討. 臨 床 整 形 外 科,1988, 23: 811-819. 2 竹 安 正 夫, 丹 羽 滋 郎, 黒 田 正 諠 他 : 老 人 の 背 柱 変 形 が 下 肢 に 及 ぼす 影 響 :とくに 老 人 性 円 背 との 関 係 について. 第 2 回 姿 勢 シンポジウム 論 文 集,1977, 331-338.