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Transcription:

哲 学 思 想 論 分 野 への 進 級 を 考 えている 人 のために 教 員 か ら の メッセージ はじめに 哲 学 する ということ 哲 学 とはどういう 営 みなのか ということをこれから 説 明 していきたい だけど そもそも 哲 学 につい てはいろんな 誤 解 が 蔓 延 している だからここでは 哲 学 についての 典 型 的 な 誤 解 を6つとりあげて 哲 学 はどういうものでない のかという 話 をしようと 思 う そうするなかで 哲 学 する(そう 哲 学 には 動 詞 形 がある!)とはどういうことである のかということが だんだんと 見 えてくるはずだ 1 哲 学 とは 世 界 観 や 人 生 観 や 価 値 観 のことだ という 誤 解 哲 学 という 語 には 彼 は 彼 なりの 哲 学 を 持 っている とか 彼 女 には 確 固 たる 哲 学 がある と かいった 使 い 方 がある こういう 場 合 哲 学 は ある 種 の 研 究 活 動 の 名 としてではなく 世 界 観 人 生 観 価 値 観 などの 総 称 として 用 いられている 言 葉 の 拡 張 された 用 法 というやつだ いや それはそれでかまわないんだよ こういうことに 不 平 を 言 うのは 数 学 が 得 意 じゃない 人 に 対 して 計 算 高 い 人 だなんていうのはおかしい! と 言 い 張 るのと 同 様 にバカげている だけど こういうのはあくまでも 哲 学 という 語 の 拡 張 された 用 法 だということが あんまり 理 解 され ていないのは 困 りものだ 世 界 観 人 生 観 価 値 観 は 信 念 の 一 種 であって これらを 持 つことそのも のは けっして 哲 学 することじゃない なぜなら 哲 学 するとは 特 定 の 信 念 を 持 つことではなく 理 詰 めの 考 察 を 遂 行 することだからだ 2 ひたすら 自 力 で 考 えるのが 哲 学 だ という 誤 解 たしかに 他 人 の 考 えたことをただ 学 ぶだけでは 哲 学 にならない いや そんな 作 業 はそもそも 学 問 じゃない ( 勉 強 ではあるかもね ) だけど 人 間 ひとりが 自 力 で 考 えられることなんて たかが 知 れて いる どんな 学 問 においても 基 本 文 献 や 先 行 研 究 を 踏 まえ 他 人 の 評 価 に 耳 を 傾 けてこそ 創 造 的 な 一 歩 を 踏 み 出 すことができるものだ 哲 学 はそういうものじゃないと 思 っている 人 は 哲 学 を 学 問 ではなく ある 種 の 悟 りみたいなものに 到 達 するための 方 法 とでもみなしているにちがいない 3 決 着 のつかない 問 題 を 考 えるのが 哲 学 だ という 誤 解 この 誤 解 は かなり 間 が 抜 けている だって 決 着 がつかないと 分 かっているのなら 考 え 始 める わけがないからね ただし 哲 学 者 はしばしば 決 着 のつけ 方 が 分 からない問 題 について 考 えている というのは 本 当 だ といっても どんな 学 問 の 研 究 者 だって 決 着 のつけ 方 が 分 からないいろんな 問 題 について 考 えているものだ その 場 合 研 究 者 は 決 着 のつけ 方 を 探 している むろん 哲 学 者 だ ってそうだ もっとも 哲 学 の 場 合 決 着 のつけ 方 が 長 いあいだ 見 つかってない 問 題 ってのが けっこうある というよりむしろ 哲 学 は そういった 厄 介 な 問 題 の 取 り 扱 いの 場 として 設 置 されている っていう 側 面 を 持 っている 4 いかに 生 きるべきか を 考 えるのが 哲 学 するということだ という 誤 解 いや われわれはいかに 生 きるべきか とか 善 とは 何 か といった 問 題 を 研 究 してる 哲 学 者 だっ て もちろん いるんだよ だけど そういう 研 究 はあくまでも 哲 学 の 一 部 門 で 倫 理 学 ethics と 呼 ばれている 哲 学 にはこのほかに そもそも 世 の 中 には 何 がどんなふうに 存 在 しているのかということ を 研 究 する 存 在 論 ontology っていう 部 門 と 知 識 を 成 り 立 たせる 条 件 や 仕 組 みを 研 究 する 認 識 論 epistemology っていう 部 門 があって 教 科 書 的 には これらが 哲 学 の 主 要 な 三 大 部 門 だ そして あとは 何 についての 研 究 であれ 今 のところ( 先 のことは 分 からない!)これら 三 大 部 門 のどれかにから - 1 - 哲 学 思 想 論 分 野

む 側 面 を 持 っていれば 多 くの 場 合 その 研 究 は 哲 学 に 分 類 される たとえば 存 在 論 がらみ 認 識 論 がらみの 言 語 研 究 は 言 語 学 ではなく 言 語 哲 学 の 研 究 と 呼 ばれるわけだ ただ こうした 哲 学 諸 領 域 と 隣 接 する 他 の 学 問 との 間 にはっきりした 境 界 は 無 い むしろ 理 論 やアイディアの 相 互 流 入 が 盛 んだったりする まあ 結 局 学 問 の 分 類 ってのはかなり 便 宜 的 なものなんだよ なお 哲 学 という 概 念 の 原 産 地 は 西 洋 だけど( 哲 学 という 日 本 語 は philosophy の 訳 語 として 明 治 時 代 に 入 ってから 作 られたものだ) 存 在 論 的 問 題 認 識 論 的 問 題 倫 理 学 的 問 題 は 洋 の 東 西 を 問 わ ず われわれ 人 間 がおのずと 見 いだしてしまう 普 遍 的 な 関 心 事 だ だから のちに 見 るとおり 中 国 の 哲 学 や インドの 哲 学 についても われわれは 無 理 なく 語 ることができる 5 現 代 に 哲 学 者 はいない いるのは 哲 学 者 研 究 者 だけだ という 誤 解 わけ 知 り 顔 でこんなことを 言 う 人 がときどきいるけれど これは 二 重 に 間 違 っている 第 一 に 大 学 の 哲 学 教 師 で 昔 の 哲 学 者 (あるいは 特 定 の 地 域 時 代 学 派 の 哲 学 思 想 )ではなく 哲 学 の 部 門 や 問 題 領 域 を 看 板 に 掲 げてる 人 なんて 実 際 は 珍 しくもなんともない 彼 らは 倫 理 や 存 在 や 知 識 やなん だかんだについて 新 しい 問 題 や 理 論 仮 説 の 提 示 を 盛 んに 行 っている そういった 昨 今 の 主 題 ば かりを 集 めた 本 も 日 々 続 々と 刊 行 されている 本 屋 さんで 探 してみてほしい そして 第 二 に 哲 学 の 古 典 を 研 究 してる 人 たちは 先 哲 のありがたいお 言 葉 を 現 代 人 にお 伝 え せねば なんて 思 ってるわけじゃない 彼 らは 人 間 の 考 え 方 というやつを できるかぎり 広 い 文 脈 の もとで 理 解 しようとしてるんだ そういう 探 求 の 創 造 性 と 重 要 性 を どうか 分 かってほしい たとえば 現 代 に(そして 日 本 に) 生 きるあなたが 半 ば 無 自 覚 的 に 受 け 容 れている 考 え 方 がどれほどのものなの かを 見 てとるには そのルーツになってる 考 え 方 とか また 逆 にすごく 異 質 な 考 え 方 を 視 野 に 入 れな きゃいけない こうしたことを 顧 慮 していない 場 合 人 が 自 分 の 考 え 方 に 対 して 持 つ 信 頼 は しばし ば 一 種 の 妄 信 だ しかも 自 分 が 何 を 信 じているのかさえろくに 分 かっちゃいない 6 哲 学 の 問 題 は 深 遠 だ という 誤 解 われわれ 哲 学 の 現 場 にいる 人 間 をもっとも 当 惑 させるのが こういう 誤 解 というか 先 入 観 だ な ぜなら 哲 学 の 重 要 な 問 いは どちらかというと 素 朴 で 単 刀 直 入 なものだから たとえば 行 為 の 善 し 悪 しは 人 々がどう 判 断 するかってことから 独 立 に 決 まってるんだろうか? とか 霊 だの 魂 だのっ て あるんだろうか? とか あることを 単 に 信 じてるのと それを 知 ってるのとでは どこがどう 違 うん だろう? といった 具 合 ( 最 初 のは 倫 理 学 的 な 問 い 二 つ 目 は 存 在 論 的 な 問 い 三 つ 目 は 認 識 論 的 な 問 い だ ) ただし 問 いがシンプルだということは 解 答 もシンプルだということじゃない こういう 問 いに 対 して 提 案 された 解 答 を 理 解 するには それなりの 予 備 知 識 と 論 証 のプロセスを 追 う 技 能 が 必 要 にな ってくる もちろん こういうことは どんな 学 問 だって 同 じだ さて みなさんの 中 にも 以 上 に 述 べたような 誤 解 をしていた 人 がけっこういると 思 う そんな 人 は 今 すぐ 自 分 の 誤 解 をきれいさっぱり 払 拭 しておいてほしい そして 誤 解 していた 人 もそうでない 人 も この 問 いに 答 えてほしい 哲 学 って 何? 哲 学 するってどういうこと? おっと まだ 教 わ ってないから 今 は 答 えられない なんて 言 わないようにね 答 えるために 必 要 な 情 報 は これまでの 話 の 中 から 見 つけ 出 せるはずだ < 篠 原 成 彦 > おすすめ 図 書 野 矢 茂 樹 哲 学 の 謎 ( 講 談 社 現 代 新 書 ) 大 森 荘 蔵 流 れとよどみ ( 産 業 図 書 ) 哲 学 思 想 論 分 野 - 2 -

第 1 講 諸 行 無 常 の 哲 学 護 山 真 也 インド 哲 学 / 比 較 思 想 平 家 物 語 の 冒 頭 を 思 い 出 してもらい たい 祗 園 精 舎 の 鐘 の 声 諸 行 無 常 の 響 きあり 沙 羅 双 樹 の 花 の 色 盛 者 必 滅 の 理 をあらはす おごれる 人 も 久 しからず ただ 春 の 夜 の 夢 のごとし って 呪 文 のよう に 暗 記 させられたあれね ここに 出 る 諸 行 無 常 は 仏 教 を 他 の 宗 教 から 区 別 す る 第 一 の 旗 印 ( 法 印 ) それは 長 い 旅 路 の 果 てに 二 本 の 沙 羅 の 樹 の 間 に 横 たわ ったブッダが 弟 子 たちに 残 した 臨 終 の 言 葉 として 次 のように 示 されている すべての 作 られたもの( 諸 行 )は 消 滅 する だからこそ 心 を 集 中 し 努 力 せよ なるほど 人 間 を 構 成 する 細 胞 は 約 七 年 で 入 れ 替 わるそうだし 今 お 湯 を 注 いだカップラーメン は 三 分 たつと 胃 の 中 に 消 化 され バックアップに 失 敗 したデータはサイバー 空 間 の 彼 方 に 消 滅 して しまう 永 遠 なんて 言 葉 は 彼 女 に 愛 を 語 るときだけ 高 頻 度 で 使 われるレトリックの 一 種 であり 世 の 中 を 見 渡 せば 無 常 なもので 満 ち 溢 れている そう 考 えると 諸 行 無 常 なんて わざわざブッ ダに 言 われなくても 分 かり 切 ったことだ って 思 うよね では 無 常 とは いつか 壊 れてゆくこと ではなく 今 この 瞬 間 に 消 滅 すること だとしたらどう だろうか? 今 君 が 見 ている 世 界 は 瞬 間 毎 に 消 滅 しては 新 たに 生 成 している これは 果 たして 自 明 なことだろうか 古 代 インドの 仏 教 徒 たちは ブッダが 残 した 諸 行 無 常 という 命 題 を 考 え 抜 き そこに あらゆる 持 続 を 拒 絶 する 瞬 間 的 消 滅 ( 刹 那 滅 kṣaṇabhaṅga)という 概 念 を 見 出 だした そし て この 概 念 をめぐる 議 論 の 枠 組 みを 用 意 したのが 七 世 紀 に 活 躍 したダルマキールティという 哲 学 者 だ 彼 の 名 前 は 一 般 にはほとんど 知 られていないけれども インド チベット 仏 教 の 伝 統 の 中 では 特 別 な 位 置 を 占 めている 彼 が 構 築 した 認 識 論 論 理 学 の 体 系 は 彼 以 降 の 仏 教 徒 たちの 哲 学 的 考 察 の 基 盤 となり 他 学 派 との 熾 烈 な 論 争 の 中 でさらに 洗 練 されていった しばしば インドには 哲 学 はない と 言 われることがあるが そういう 人 にはぜひダルマキールティの 著 作 を 読 んでもらいた い とは 言 え 彼 の 著 作 は サンスクリット 語 原 典 あるいはチベット 語 訳 で 伝 えられているため そこ にアクセスするためには 言 語 のハードルを 超 えなければならないし 日 本 語 への 翻 訳 も まだまだ 途 上 の 段 階 にある 困 ったね でも 逆 に 言 えば それだけ 未 知 の 部 分 を 含 んだ 思 想 なのだから まさ に 大 学 で 学 ぶに 相 応 しい 対 象 と 言 えるかもしれない ともあれ ダルマキールティは 大 胆 にも 諸 行 無 常 というブッダの 言 葉 を 論 理 学 の 対 象 として 扱 うことを 主 張 した つまり 私 たちの 推 論 能 力 を 駆 使 すれば この 宗 教 的 な 命 題 を 必 然 的 なものと して 理 解 できるってことだ 彼 が 提 示 する 諸 行 無 常 の 証 明 は 次 のような 形 になる 大 前 提 およそ 存 在 するものは 瞬 間 的 である 例 えば 壺 のように 小 前 提 これらの 作 られたものは 存 在 する 結 論 それゆえに これらのものは 瞬 間 的 である もし これは 例 えば 壺 のように という 変 な 部 分 を 除 けば 確 かに 形 式 的 には 妥 当 な 推 論 に - 3 - 哲 学 思 想 論 分 野

なっているけど あらゆるものは 瞬 間 的 である ってことを 証 明 しようとしているのに それがいきなり 前 提 にされているのは 変 じゃないの? という 疑 問 をもつ 人 がいれば なかなか 鋭 い でも よく 注 意 して 見 てもらいたい ここで 彼 は 作 られたもの を 存 在 するもの と 言 い 換 えているよね そして この 存 在 (sattva)という 概 念 が この 証 明 の 鍵 なんだな ダルマキールティは 存 在 を 目 的 実 現 の 能 力 をもつもの と 定 義 する この 世 のあらゆる 存 在 者 はそれぞれの 目 的 意 味 (artha)をもっている 椅 子 にせよ 机 にせよ パソコンにせよ 私 たちの 身 の 回 りにある 道 具 的 な 存 在 であれば それらは 私 たちが 使 用 するときにはじめてその 目 的 を 果 た すのであり それぞれの 意 味 をもつ 同 じように 人 間 もそれぞれの 目 的 に 向 かって 努 力 をしていると き はじめて 存 在 者 としての 資 格 をもつ なかなか 厳 し いね じゃあ 目 的 もなくフラフラとしているような 人 は 存 在 者 じゃないのか と 言 われそうだ 定 義 をもう 一 度 見 てもらいたい ここに 能 力 をもつ とある つまり 今 は フラフラしていても 潜 在 的 に 目 的 に 向 かう 行 為 を 行 う 能 力 を 具 えているのであれば その 人 は 存 在 者 と 言 え るってわけだ よかったね こうして あらゆる 存 在 者 は 相 互 に 目 的 手 段 あ るいは 原 因 結 果 の 関 係 で 結 びつけられる 世 界 の 誰 とも なにものとも 独 立 しているものなど なにひとつ 存 在 しない いつの 瞬 間 にも 君 という 存 在 の 相 関 者 がどこ かに 存 在 しているし 君 自 身 も どこかの 誰 かに 作 用 を 及 ぼしている 仏 教 では この 壮 大 なネットワークを 縁 起 的 世 界 と 呼 ぶ このような 世 界 観 を 背 景 にするとき 存 在 者 は それぞれの 因 果 的 な 作 用 によって 特 徴 づけられる だから 講 義 を 聞 いている 君 居 眠 り している 君 食 事 をしている 君 は それぞれ 別 の 存 在 者 ということになる 作 用 が 異 なれば 存 在 も 異 なる これが ダルマキールティ 流 の 存 在 の 捉 え 方 だ では そのような 存 在 者 が 瞬 間 的 である のはなぜなのか この 推 論 式 の 大 前 提 はどのようにし て 確 認 されるのか この 点 について ダルマキールティは この 命 題 の 対 偶 となる 瞬 間 的 ではない もの( 二 刹 那 以 上 持 続 するもの)は 存 在 しない( 因 果 的 な 作 用 をなすことはできない) を 証 明 するこ とで 疑 問 に 答 えているのだけど その 詳 細 は また 別 の 機 会 に 論 じることにしよう とりあえずは 以 上 で インド 哲 学 の 思 考 法 の 一 端 は 感 じ 取 れたのではないだろうか あ 言 い 忘 れたけど この 私 の 理 解 もまた 無 常 であるには 違 いないよ あとは 君 たちが 新 しい 理 解 を 生 成 して いくことだ そう 心 を 集 中 し 努 力 して それがブッダが 教 えた 哲 学 なのだから おすすめ 図 書 谷 貞 志 無 常 の 哲 学 ダルマキールティと 刹 那 滅 ( 春 秋 社 ) 桂 紹 隆 インド 人 の 論 理 学 ( 中 公 新 書 ) 竹 村 牧 男 入 門 哲 学 としての 仏 教 ( 講 談 社 現 代 新 書 ) 哲 学 思 想 論 分 野 - 4 -

第 2 講 あなたの 見 ている 景 色 はどこにある? 篠 原 成 彦 言 語 哲 学 / 心 の 哲 学 右 の 格 子 模 様 の 中 に ふわっとピンク 色 に 光 る 輪 っかが 見 えるかな? 人 によって 見 えないこともある そこで とりあ えず 見 える 人 に 尋 ねるんだけど ここにピンクの 輪 っかが 本 当 にあるんだろうか? 格 子 の 赤 い 線 を 一 部 分 だけ黒 色 の ペンで 黒 い 線 に 変 えてみてほしい どう わかった? こ の 図 の 中 には 赤 い 線 はあったけど ピンク 色 の 面 は 無 か ったんだ つまり あなたに 見 えてる( 今 では 一 部 の 欠 けた)ピ ンクの 輪 っかは このページ 上 には 無 い じゃあ どこにある んだろう? あなたの 頭 の 中? うん そう 言 いたくなるよね このページ 上 に 輪 っかが 無 い 以 上 それがあなたに 見 えて しまうのは たしかにあなたの 脳 ( 視 覚 システム)のしわざだ でも 注 意 してほしい これは 文 字 どおりの 意 味 であなたの 頭 の 中 にピンクに 光 る 輪 っかがある という デネット 著 / 山 口 監 訳 解 明 される 意 識 より ことじゃない あなたの 頭 の 中 にあるのは むろん ぷるぷるしたあの 灰 白 色 の 物 体 だけだ じゃあ ピンクの 輪 っかなんて 実 はどこにも 無 い んだろうか? こんなに 生 々しく 見 えてるのに? 同 様 のことが 実 は あなたの 見 るあらゆる景 色 ( 光 景 )についてもいえてしまう これはちょっとや やこしい 話 だからゆっくり 説 明 しよう たとえば 真 っ 赤 なリンゴ なんていうけど その 赤 さはリンゴの 表 面 そのものが 持 つ 性 質 じゃない さ まざまな 波 長 の 光 からなる 太 陽 光 を 受 けると 熟 れ たリンゴは 比 較 的 短 い 波 長 域 の 光 をよく 吸 収 し 他 をよく 反 射 する そして この 反 射 光 が 網 膜 に 届 くと 人 間 の9 割 強 において S M Lと3 種 類 ある 錐 体 細 胞 が 波 長 に 対 する 固 有 の 感 度 で 反 応 する この 反 応 を 発 端 とする 刺 激 が 絶 妙 な 変 換 合 成 を 受 け ながら 脳 神 経 網 をリレーされていった 結 果 として あ なたは このリンゴ 真 っ 赤 だね なんて 言 ったりする んだ( 左 のグラフと 図 さらに 末 尾 の[ 補 注 ]を 参 照 ) これは あなたにどんなものが 見 えるかを 決 定 するのは 実 質 的 にはあなたが 眼 を 向 けている 対 象 でもそこから の 反 射 光 でもなく あなたの 脳 神 経 の 反 応 パターン だ ということにほかならない なぜなら リンゴや 光 が 無 い 状 態 でも 人 為 的 に 脳 神 経 の 反 応 パターン を 熟 れたリンゴを 見 てるときと 同 じにできたとしたら やっぱりあなたには 真 っ 赤 なリンゴの 姿 が 見 えてしま うはずだから では ここであらためて 周 囲 の 景 色 を 眺 めてほし い いろんな 色 が 見 えるね そう あなたの 見 る 景 色 は いろんな 色 が 隣 り 合 うことで 構 成 されている じ ゃあ そのいろんな 色 は つまりあなたの 見 ている 景 チャーチランド 著 / 村 松 訳 ブレインワイズ より( 一 部 改 変 ) - 5 - 哲 学 思 想 論 分 野

色 は いったいどこにある んだろう? 色 覚 のメカニズムからして あなたの 目 の 前 ( 顔 の 前 方 )じゃない そして さっきのピンクの 輪 っかの 場 合 と 同 様 あなたの 頭 の 中 にある のでもない じゃあ あなたの 見 ている 景 色 はどこにも 無 いんだろうか? そんなに 生 々しく 見 えているのに? 音 についても 同 様 のことがいえる たとえば 鐘 が 鳴 る っていうけど お 寺 の 境 内 で 打 たれた 鐘 は ただ 周 囲 の 空 気 に 振 動 を 与 えているだけであって その 振 動 に 鼓 膜 を 出 発 点 とする 聴 覚 システム が 反 応 した 結 果 として われわれは 鐘 が 鳴 ってるねえ なんてしんみり 言 ったりするわけだ さて じ ゃあ 鐘 の 音 はどこで 鳴 ってるんだろう? お 寺 の 境 内 じゃない あなたの 頭 の 中 でもない だとした ら 鐘 の 音 なんて 実 はどこにも 生 じてないんだろうか? あんなに 生 々しく 聞 こえるのに? こうした 一 連 の 問 いを 突 きつけられた 人 は しばしば 色 や 音 は 要 するにわれわれの 意 識 に 現 れるものなんだ! という 答 えに 飛 びつく でも こんな 答 え 方 をする 人 に 対 しては じゃあ その 意 識 ってやつはどこにあるの? というさらなる 問 いが 待 ちかまえている こう 問 われると たいていの 人 は 自 分 の 頭 を 指 さすぐらいのことしかできない これじゃダメだ だって これは 結 局 色 や 音 はわれ われの 頭 の 中 に 現 れる と 言 ってるのと 同 じだから もうちょっとマシなのは 私 が 体 験 する 色 や 音 は 空 間 的 な 位 置 を 持 たない 特 別 な 仕 方 で 存 在 ( 出 現 )するんだ っていう 答 え 方 だろう 意 外 かもし れないけど 空 間 的 な 位 置 を 持 たない 何 かについて 人 々が(しばしば 無 自 覚 に)その 存 在 を 認 めるの は そう 珍 しいことじゃない たとえば 数 がそうだ ( 2はどこに 存 在 する? 1と2の 間? じゃあ 1と2は? そして 実 数 の 全 体 は?) ほかには 言 葉 の 意 味 とか いろんな 規 則 ( 交 通 規 則 野 球 や 将 棋 のルールその 他 )とか あと 神 さまとかね( 村 の 守 り 神 は 村 のどこか にいるかもしれないけど 時 空 を 創 造 した 神 さまがいるとし たら その 存 在 に 空 間 は 要 らないはずだ) だけどもちろん 珍 しくない 考 え 方 だってことは それが 正 しい ってことじゃない むしろ この 種 の 考 え 方 は 全 て 間 違 いなのかもしれないよ 色 って 何 なんだ? 音 って 何 なんだ? いったいどこにあるんだ? いや そもそもあるのか? あ るとすれば いったいどういう 仕 方 であるんだ? こうした 一 連 の 問 いに 対 する 解 答 を 探 っている 哲 学 者 は けっこう 多 い 大 物 もいるし 小 物 もいる 私 もそんな 中 の 一 人 だ( 小 物 だけどね) で 私 と しては 色 や 音 なんて 結 局 は 存 在 しないんだけど 幸 か 不 幸 かわれわれは 色 や 音 がどーんと 存 在 するという 実 感 から 逃 れられないようにできちゃってる という 説 明 の 方 向 を 狙 ってる おっと 狙 って るんであって これでいけるという 確 信 があるわけじゃない 行 き 詰 まったら 別 の 可 能 性 を 探 るまでの ことさ って 軽 薄? いやいや 学 問 的 探 究 とは まさにはこういう 姿 勢 でやるもんだ [ 補 注 ] われわれの 中 には3 種 類 の 錐 体 細 胞 のうちどれかを 持 たない 人 たちもいる こうした 少 数 派 とい っても かなり 多 いんだよ に 対 して たとえば 彼 らは 緑 のものと 赤 いものを 区 別 できない なんて 言 う 人 が いるけど これは 自 分 の 無 知 を 暴 露 しているようなものだ なぜなら われわれを 取 り 巻 く 環 境 そのものに 色 が あるんじゃなくて われわれの 脳 神 経 が 眼 に 届 く 光 の 波 長 とその 他 の 条 件 そう さっきのピンクの 輪 でも 分 かるように 色 の 見 え 方 は 光 の 波 長 以 外 の 要 因 でも 変 わってくる に 応 じて それぞれの 仕 方 で 景 色 を いわば 塗 り 分 けている というのが 実 情 なんだから 実 際 持 ってる 錐 体 細 胞 が2 種 類 だっていうのは 人 間 で は 少 数 派 だけど 哺 乳 類 では 多 数 派 だ 逆 に 鳥 類 の 多 くは 錐 体 細 胞 を4 種 類 も 持 っていて どうやら 紫 外 線 のあたりまで 見 えている ヒトという 一 動 物 種 の 多 数 派 がたまたま 持 ってるにすぎない 景 色 の 塗 り 分 け 方 を 環 境 の 正 しい捉 え 方 だと 思 うなんて 全 くの 間 違 いというほかないんだよ おすすめ 図 書 金 杉 武 司 心 の 哲 学 入 門 ( 勁 草 書 房 ) PSチャーチランド/ 村 松 太 郎 訳 ブレインワイズ: 脳 に 映 る 哲 学 ( 創 造 出 版 ) DCデネット/ 山 口 泰 司 監 訳 解 明 される 意 識 ( 青 土 社 ) 哲 学 思 想 論 分 野 - 6 -

第 3 講 世 界 の 中 心 で 愛 を?! 早 坂 俊 廣 中 国 哲 学 / 比 較 哲 学 何 回 しつこく 言 っても 学 生 がウケてくれない 私 の 持 ちネタに 昔 の 日 本 人 が< 世 界 の 中 心 で 愛 を 叫 >ぼうと 思 ったら 中 国 に 行 かなきゃならなかったんだよ というものがある ウケないどころか ある 時 には 先 生 は そういうことを 本 気 で 言 っているのですか? と 質 問 ( 詰 問?)されたことさえあった もちろん 本 気 である 西 の 方 から 南 の 海 を 渡 って 野 蛮 な 方 たち( 原 語 を 直 訳 したら こうなりました 悪 し からず)が 大 挙 してやってくるまでは それがこの 界 隈 では 常 識 だったからである もちろん 常 識 は 所 詮 常 識 に 過 ぎない ただ 昔 の 人 たちの 想 念 の 中 では そういう 世 界 認 識 はそれなりにリ アリティ(つい 野 蛮 な 方 たち の 表 現 を 使 ってしまった )を 有 していたと 思 われるし 私 としては そういう 想 念 を 可 能 な 限 り 追 体 験 したいと 考 えている 歴 史 の 積 み 重 ねの 果 てにいる 今 の 自 分 が どこに 立 ってどういう 角 度 からこの 世 界 を 眺 めているのかを 冷 静 に 見 据 えるためにも 私 の 研 究 の 動 機 は 煎 じ 詰 めればこんなところだ 以 前 骨 董 屋 みたいなことをやっている と 揶 揄 されたことがあるが それは 私 にとっては 逆 に 過 分 の 褒 め 言 葉 だ 移 りゆく 時 代 の 流 れに 惑 わさ れることなく 物 事 の 本 質 を 洞 察 する 力 量 をもっている 人 思 うに そういう 人 こそが 真 の 骨 董 屋 さんなのだろうから そういう 人 に 私 はなりたい ところで その 世 界 の 中 心 で 愛 はどうやって 語 られていたのだろうか?すぐに 思 い 浮 かぶ のは 孔 子 の 仁 の 思 想 である 仁 とは 何 かという 問 題 は 孔 子 自 身 がきちんと 定 義 していない ので 難 しいのだが 南 宋 の 思 想 家 朱 熹 1130-1200 が この 仁 について 非 常 に 緻 密 な そして 独 特 な 議 論 を 展 開 しているので そちらを 見 てみよう 朱 熹 の 考 えは こうだ 天 地 は < 万 物 を 生 み 育 む 心 >を 自 らの 心 としている そして 生 き とし 生 けるものもまた この 天 地 の< 万 物 を 生 み 育 む 心 >を 自 らの 心 としている 春 になると 草 木 が 芽 生 える その 芽 生 えは 春 の 芽 生 えであると 同 時 に 夏 秋 冬 というめぐり 行 きそれぞれの 芽 生 えでもある このような 具 合 に 全 ての 存 在 には 天 地 の< 万 物 を 生 み 育 む 心 >が 貫 徹 している のであり それがつまり 仁 である 一 つ 気 をつけなければならない 点 は 仁 イコール 愛 ではないことだ 仁 は 天 から 人 に 賦 与 された 道 理 ひらたく 言 うと 天 性 のことで 愛 はその 天 性 が 現 実 に 作 用 発 現 した 感 情 レベルの 状 態 を 指 す 一 言 でいえば 仁 は 愛 の 理 である 朱 熹 はどうしてこんな 理 屈 っぽい 説 明 をしたのだろう? 簡 単 に 言 えば 彼 は 許 せなかったのであ る 仁 を 非 常 に 観 念 的 に 解 釈 して 僕 たち みーんな 一 体 なんだよ! と 妙 にキラキラする 目 で 語 ったりする 連 中 ( 仁 = 物 我 一 体 論 者 )も その 逆 に 仁 を 非 常 に 具 体 的 な 感 覚 のレベルに 限 定 して 結 局 さあ ビビビってくるこの 感 じが 全 てっしょ! としたり 顔 で 述 べたりする 連 中 ( 仁 = 知 覚 論 者 )も そういう 両 極 端 の 連 中 (あなたの 周 りにもいませんか?)を 両 脇 に 見 据 えつつ 彼 は 中 庸 の 道 を 選 ぼうとした 世 界 は 確 かに 愛 に 満 ちている でもそれは 単 なる 観 念 でも 単 なる 感 覚 でもない われわれ 一 人 一 人 が 天 からひとしく 享 受 している 生 き 生 きとしていて 秩 序 ある 道 理 に 貫 かれた 愛 が つまり 仁 が 世 界 に 満 ちているんだ 朱 熹 がいいたかったことは 結 局 こんなところだろう 有 名 な 性 善 説 という 学 説 も こういう 話 の 流 れのなかで 理 解 する 必 要 がある さて 仁 とよく 似 た 言 葉 に 恕 (じょ) がある 恕 とは 思 いやり という 意 味 水 戸 黄 門 の 印 籠 みたいな 誰 も 逆 らえない 言 葉 だ 朱 熹 も 恕 を 重 視 しないわけではないが 仁 とは 明 確 に 区 別 - 7 - 哲 学 思 想 論 分 野

すべきと 考 え 仁 よりも 一 等 低 い 位 置 を 恕 に 与 えている その 理 屈 は こうだ 恕 = 思 い やり という 行 為 は 自 分 は こういうことをされたら 嬉 しい/ 嫌 だ 相 手 も 恐 らく 同 じだろう だから こういうことをしよう/すまい という 推 測 想 像 によって 成 り 立 っている( 恕 = 己 を 推 して 人 に 及 ぼす ) そこには 自 然 さ が 欠 けている それに 対 して 仁 は 天 地 の 心 が 自 然 とこの 世 界 にあふれて いるように 何 の 思 慮 作 為 もまじえることなく 愛 となって 溢 れ 出 すものである( 仁 = 己 を 以 て 人 に 及 ぼ す ) われわれは 仁 そのものでありきることが 理 想 である いま ありきる と 書 いた なりきる とは 違 う われわれは 本 来 天 の 道 理 を 完 全 な 形 でひとしく 享 受 している これから なる のではない 本 来 そうで ある 誠 は 天 の 道 なり これを 誠 にするは 人 の 道 なり ( 中 庸 )というように 人 の 為 すべきことは 本 来 の 自 分 を 取 り 戻 すことに 尽 きる その 自 己 回 復 の プロセスでは 恕 これを 誠 にする ような 意 識 的 な 努 力 も 必 要 であろう しかし そのプロセスの 果 てに われわれが 嘘 偽 りのない 本 来 の 自 分 でありきる( 誠 ) とき 仁 という 名 の 愛 の 道 理 は 世 界 に 向 けて 自 然 と 溢 れ 出 すだろう 天 地 が 何 の 気 負 いもなく ごく 自 然 と 万 物 を 生 み 育 むように こんなことを 臆 面 もなく 語 る 朱 熹 に 私 は 大 学 2 年 の 時 に 出 会 った (これも 半 ば 持 ちネタ 化 しつつある 話 だが) それは 私 が 高 校 時 代 から 付 き 合 っていた 彼 女 に 捨 てられた 年 だ 別 にいまだに 未 練 があって こういう 話 をしているのではない( 信 じてください) 世 界 の 中 心 を 孔 子 廟 見 失 ったこの 時 に 自 分 のテツガクの 道 が 始 まったと 思 えばこその 話 である それと 確 かにその 当 時 は 真 剣 に 考 えた 己 を 推 して 彼 女 に 及 ぼしたら 彼 女 はオレのこと 好 きなはず なのに 何 故?! 誠 は 天 の 道 って 言 うけど 彼 女 に 捨 てられたオレの 誠 って 一 体 なんなのさ?! 自 然 で あることって そんなに 大 切 なのかな? いま ありのまま の 自 然 な 状 態 になったら オレ 何 しでかすか 分 かんない よ! こうやって 書 いてみて 自 分 はその 頃 から 何 一 つ 進 歩 していないことに 気 付 く ちょっと 悲 しい みなさん どう 思 います? 世 界 は 愛 に 満 ちているんでしょ うか? おすすめ 図 書 加 藤 徹 漢 文 力 ( 中 公 文 庫 ) 加 島 祥 造 タオ 老 子 (ちくま 文 庫 ) 佐 藤 仁 中 国 の 人 と 思 想 8 朱 子 ( 集 英 社 ) 島 田 虔 次 朱 子 学 と 陽 明 学 ( 岩 波 新 書 ) 哲 学 思 想 論 分 野 - 8 -

第 4 講 地 下 室 の 住 人 とイワン イリイチ 三 谷 尚 澄 倫 理 学 / 西 洋 哲 学 ひとつ 自 虐 的 な 質 問 から 始 めさせてください おそらく この 授 業 に 出 席 することはあなたの 人 生 にとってそれほど 重 要 なことではないでしょう だとしたら あなたはなぜおとなしくこの 場 に 座 って 私 の 話 を 聞 こうとしているのでしょうか なぜ 立 ち 上 がって つまらない もっと 大 事 な 用 事 があるので 帰 ります と 言 い 残 し 颯 爽 と 教 室 のドアから 退 出 していかないのでしょうか? 答 えはわかりきってる つまらないことを 訊 かないでくれ そんな 声 が 聞 こえてきそうです この 授 業 に 関 する 単 位 や 成 績 を 操 作 するのは 教 員 でしょう 黒 板 に 向 かって 座 ってる 人 間 が 黒 板 を 背 にしてしゃべってる 人 間 に 刃 向 かっても 損 するだけじゃないですか それに くだらないパフォ ーマンスをやって 仲 間 から 浮 いちゃうのもゴメンだし こんなふうに 私 たちのほとんどは 世 の 中 の 慣 習 とか 掟 に 従 いつつ 善 良 な 市 民 として 平 穏 無 事 な 毎 日 を 過 ごしています それにしても 二 二 が 四 とは 実 に 鼻 持 ちならない 奴 だ 偉 そうに 恰 好 をつけて 腰 に 手 を 当 てて 人 の 行 く 手 に 立 ちはだかり 頭 から 人 を 蔑 んでいるじゃないか 二 二 が 四 が 実 に 申 し 分 のない 結 構 なもの であることは 認 めるよ でもなにからなにまで 誉 めるというなら 二 二 が 五 だってときにはそれは 可 愛 らしいものだと 言 えるんじゃないか? そ れにいったいどうして 正 常 でポジティヴなものだけが つまり 平 穏 無 事 な 幸 福 だけが 人 間 にとって 有 利 なものだと あんた 方 はそれほど 断 固 と して 勝 ち 誇 ったように 言 い 切 ることができるのだ? ( 地 下 室 の 手 記 ) ドストエフスキーの 小 説 地 下 室 の 手 記 の 主 人 公 は 怒 って います 二 二 が 五 を 認 めない 世 のなかに 対 して そして 世 の 慣 習 に 従 うのが 正 しい 生 き 方 だ と 断 言 し その 枠 から 外 れた 人 間 を 平 気 で 軽 蔑 する 善 人 たちに 対 して 彼 はこうもいいます 平 穏 無 事 な 人 生 なんてのは 愚 か 者 のやることだ 勇 気 のない 奴 らが 臆 病 さを 思 慮 分 別 と 勘 違 いして それで 己 を 欺 き 慰 めているだけのことだ 奴 らの 人 生 より 世 の 中 の 底 辺 でのた 打 ち 回 っている 俺 のほうがよっぽど 生 きている ことになるのだ と 地 下 室 の 住 人 は 負 け 犬 です みじめで 卑 屈 で きたならしく そのくせ 自 意 識 過 剰 でプライドだ けは 高 い どうやったって 人 から 嫌 われ 憎 まれ つまはじきにされるしかない 人 間 です 正 直 私 は 彼 の 不 快 な 生 き 方 に 共 感 することができないし ましてや そこに 重 みある 生 があるから というだけ の 理 由 で 彼 のような 三 文 文 士 的 アウトサイダーにエールを 送 ろうとも 思 わない 無 頼 を 気 取 って 颯 爽 と 教 室 を 飛 び 出 すような 生 き 方 は 僕 にはできないだろう それを 思 慮 分 別 と 呼 ばず 臆 病 な 生 き 方 だ と 罵 りたいなら 罵 ればいい だけど 退 屈 をかみ 殺 しつつ 黙 って 教 室 に 座 り 続 ける 態 度 にも それなりに 理 由 があるんだ 地 下 室 の 住 人 の 歯 ぎしりなんて 遠 い 世 界 の 他 人 事 さ レールを 外 れて 突 っ 走 りたがるバカもいるだろうけれど ぼくはそんなタイプじゃな い たぶん これが 私 の 偽 らざる 感 想 になるだろうと 思 います しかし このことは 地 下 室 の 住 人 の 憎 悪 にみちた 絶 叫 の 中 に われわれが 聞 き 取 るべき 真 理 はみじんも 含 まれていない という ことを 同 時 に 意 味 しているのでしょうか - 9 - 哲 学 思 想 論 分 野

昔 論 理 学 でこんな 三 段 論 法 の 例 を 習 った カイウスは 人 間 である 人 間 はいつか 死 ぬ したがっ てカイウスはいつか 死 ぬ 彼 イワン イリイチ には 生 涯 この 三 段 論 法 が カイウスに 関 する 限 り 正 しいものと 思 えたのだが 自 分 に 関 してはどうしてもそう 思 えなか った カイウスは 間 違 いなくいつか 死 ぬし 死 ぬのが 正 しい しかしこの 私 ありとあらゆる 感 情 と 思 考 をも ったこの 私 は まったく 事 情 が 別 だ だって 私 が 死 なな くてはならないなんて ありえないじゃないか それはあ まりにも 非 道 なことだ ( イワン イリイチの 死 ) トルストイの 小 説 から 一 節 を 引 いてみました( 黒 澤 明 監 督 生 きる の 原 作 です) 独 白 を 行 うイワン イ リイチは ちょっとした 事 故 が 原 因 で 内 臓 に 傷 を 負 い 人 生 の 終 わりを 目 前 にしています 彼 は 地 下 室 の 住 人 のように 卑 劣 で 反 社 会 的 ではなく 善 良 で 真 っ 当 な 役 人 として 人 生 を 歩 んできま した イワン イリイチは 二 二 が 四 や 三 段 論 法 の 正 しさにいらだつ 病 的 な 人 間 ではなく 私 たち の 側 に 属 する 常 識 に 富 んだ 人 物 なのです しかし 三 段 論 法 の 正 しさに 当 惑 するイワン イリイチの 叫 び 声 は じつは 二 二 が 四 を 憎 悪 する 地 下 室 の 住 人 と 同 型 の 問 題 をつきつけているのではないか と 私 は 考 えています 西 田 幾 多 郎 は 善 の 研 究 に 付 された 序 文 のなかでこう 述 べました 日 麗 に 花 薫 り 鳥 歌 い 蝶 舞 う 春 の 牧 場 をみるには 色 もなく 音 もなき 自 然 科 学 的 な 夜 の 見 方 と ありの 儘 が 真 である 昼 の 見 方 があるが 自 分 の 根 本 的 立 場 を 構 成 しているのは 後 者 である と これは 西 田 に 強 い 影 響 を 与 えたウィリアム ジェイムズの 言 葉 人 生 は 混 乱 し あふれかえっているものであり たとえ 論 理 的 な 厳 密 さや 形 式 上 の 純 粋 さを 多 少 犠 牲 にしてでも より 多 くの 生 の 実 感 がこめられているような 哲 学 が 必 要 なのだ に 通 底 します 西 田 をなぞりつつ 二 二 が 四 やカイウスの 視 点 から 誰 にとっても 正 しい 生 き 方 や 死 のあり 方 を 平 然 と 論 じるのが 夜 の 見 方 おぞましい 現 実 にのたうちまわる 地 下 生 活 者 や 他 ならぬ 私 の 死 に 絶 望 するイワン イリイチの 視 点 が 昼 の 見 方 を 代 表 する ということができるでしょう また ジェイム ズに 従 い 地 下 生 活 者 の 呪 いやイワン イリイチの 嘆 きを 論 理 的 誤 りや 理 不 尽 な 願 いとして 切 り 捨 てるのではなく ありの 儘 の 真 実 の 表 明 として 正 面 から 受 け 止 めてみせるのが より 多 くの 生 の 実 感 に 寄 り 添 う 哲 学 なのだ ということができるかもしれません しかし そのような 昼 の 見 方 光 彩 と 陰 影 にあふれる 生 の 実 相 を 写 しだすビジョンはいかにすれば 可 能 なのか 論 理 学 や 数 学 さらには 正 しい 行 為 だけに 焦 点 を 合 わせる 法 学 などには 扱 えない 生 の 実 感 を 捉 えるにはどのような 存 在 論 や 認 識 論 が 必 要 とされるのか このような 問 いにひっかかっ たことが 私 が 哲 学 という 学 問 分 野 に 脚 を 踏 み 入 れるきっかけであったように 思 います おすすめ 図 書 ドストエフスキー, 地 下 室 の 手 記, 光 文 社 古 典 新 訳 文 庫 トルストイ, イワン イリイチの 死, 光 文 社 古 典 新 訳 文 庫 ウィリアム ジェイムズ, 純 粋 経 験 の 哲 学, 岩 波 文 庫 哲 学 思 想 論 分 野 - 10 -