コラム 歩 行 のエネルギー 消 費 についての 考 察 (1) 計 量 分 析 ユニット 松 尾 雄 司 本 稿 は 宮 川 卓 也 自 転 車 のエネルギー 消 費 についての 考 察 1 の 続 報 である 勝 手 な 引 用 を 許 可 していただいた 宮 川 氏 にはこの 場 で 初 めて 感 謝 申 し 上 げたい ここでの 論 点 は 運 輸 部 門 のエネルギー 消 費 の 形 態 として 一 般 的 なガソリン 乗 用 車 への 乗 車 と 自 転 車 徒 歩 と を 比 較 した 場 合 それらの 効 率 上 の 優 劣 はどのようなものとなるか?ということである 現 在 販 売 されるガソリン 乗 用 車 の 平 均 的 な 燃 費 は 18.3km/L 程 度 であると 言 われる つま り 1 リットルのガソリンで 18.3km の 走 行 が 可 能 である もしくは 1km の 走 行 をするのに 18.3 分 の 1 リットルのガソリンを 要 する では 自 転 車 の 場 合 はどうなるだろうか エネル ギー 消 費 の 統 計 の 上 では 通 常 自 転 車 による 消 費 は 計 上 されない しかし 自 転 車 によりエ ネルギーを 消 費 せずに 走 行 が 可 能 となるわけでは 勿 論 ない 実 際 にはそれをこぐ 人 の 体 内 にあるエネルギー 源 を 利 用 して 自 転 車 は 動 いているのである 宮 川 によると 自 転 車 の 平 均 的 な 時 速 を 15km/h とし 運 転 する 際 の 平 均 的 な 消 費 カロリーを 400kcal/h とすると そ の 燃 費 ( 走 行 距 離 をエネルギー 消 費 量 で 割 った 値 )は 0.0375km/kcal となる 比 較 のため ガソリンの 発 熱 量 8,266kcal/L で 単 位 をそろえると 自 転 車 運 転 時 の 燃 費 はガソリン 換 算 で 310km/L となり 平 均 的 なガソリン 乗 用 車 の 新 車 燃 費 18.3km/L に 比 べて 遥 かに 効 率 が 良 い という 一 方 で 経 済 性 について 言 うと 自 転 車 運 転 時 に 利 用 するエネルギーの 単 価 を 0.6 円 /kcal(つまりおにぎり 1 個 のカロリーを 200kcal 価 格 を 120 円 と 想 定 )とすると 自 転 車 による 移 動 のエネルギーコストは 16 円 /km となり ガソリン 車 の 8.2 円 /km に 比 べ てかなり 劣 る 結 果 となる と 宮 川 は 言 う 同 様 の 計 算 は 歩 行 に 対 しても 可 能 である 仮 に 歩 行 の 速 度 を 6km/h 消 費 カロリーを 200kcal/h とすると その 燃 費 はガソリン 換 算 で 248km/L となり 自 転 車 (310km/L)に 比 べて 劣 るものの ガソリン 車 (18.3km/L)に 比 べると 遥 かに 効 率 が 良 い 一 方 でおにぎ りの 消 費 に 伴 う 歩 行 のコストは 20 円 /km となり 自 転 車 と 同 様 ガソリン 車 に 比 べてかなり 劣 る 結 果 となる 即 ちエネルギー 使 用 量 でみると 歩 行 はガソリン 車 の 14 倍 自 転 車 は 17 倍 燃 費 が 良 いのに 対 して 燃 料 自 体 のカロリー 当 りのコストがおにぎりはガソリンの 33 倍 であるために 結 果 として 走 行 距 離 当 りのエネルギーコストは 歩 行 が 最 も 悪 く 次 いで 自 転 車 最 も 良 いのはガソリンを 消 費 できる 自 動 車 である ということになる 私 が 乗 用 車 に 乗 るということはたった 一 人 の 人 間 を 移 動 させるために 1 トンもの 物 質 を 運 ぶというこ とであり エネルギー 利 用 の 面 からは 非 常 に 無 駄 が 多 い しかしコストの 面 からは 輸 送 用 燃 料 としての 石 油 製 品 は 非 常 に 優 れたものであるということが 上 記 の 結 果 から 明 らか にわかる 繰 り 返 すと エネルギーコストに 関 連 した 経 済 効 率 性 の 評 価 という 観 点 に 立 った 場 合 1 宮 川 卓 也 自 転 車 のエネルギー 消 費 についての 考 察 http://eneken.ieej.or.jp/data/5059.pdf 1
その 結 論 は 以 下 の 通 りとなるだろう 1. エネルギー 消 費 の 効 率 性 の 観 点 からは 歩 行 は 乗 車 に 比 べて 遥 かに 優 れている それは 前 者 が 運 ぶものは 人 の 身 体 だけであるのに 対 し 後 者 が 運 ぶものは 巨 大 な 自 動 車 の 車 体 を 含 む という 根 本 的 な 差 異 を 反 映 している 2. 一 方 で 経 済 性 の 観 点 からは 主 に 燃 料 価 格 の 違 いにより 歩 行 のエネルギーコストは 乗 車 に 及 ばない 3. このため 少 なくとも 経 済 合 理 性 の 観 点 からは 乗 車 に 対 して 歩 行 が 選 択 されることはな い 以 下 これらの 結 論 が 全 て 誤 りであることを 述 べる 最 も 見 易 いのは 3.であろう 我 々 は 実 際 に 歩 くか 乗 車 するかを 選 択 する 際 に 常 に 経 済 合 理 性 を 考 慮 するわけではなく 仮 に 考 慮 したとしても それは 大 抵 の 場 合 上 記 のような 形 でのエネルギーコストへの 考 慮 では ない これについて 宮 川 は 交 通 手 段 の 選 択 において 自 転 車 と 自 動 車 のいずれを 選 択 する かはエネルギー 効 率 やエネルギーコストによって 決 定 されるものではなく むしろ 移 動 距 離 取 得 維 持 費 用 や 保 管 場 所 同 乗 者 や 荷 物 の 有 無 免 許 の 有 無 天 候 などの 条 件 から 決 定 される と 述 べている 経 済 合 理 性 という 観 点 で 言 えばむしろ スポーツジムに 通 う 費 用 を 節 約 するために 自 動 車 に 乗 らずに 歩 く というような 選 択 が しばしばなされる であろう 次 いで 誰 もが 思 う 疑 問 は 2.においてコスト 計 算 におにぎりの 例 を 使 うことは 果 して 妥 当 であるか ということだろう もし 仮 にバナナを 1 本 20 円 で 買 い そのカロリーが 100kcal であった 場 合 には カロリー 当 りのコストは 0.2 円 /kcal その 場 合 のエネルギーコストは 歩 行 で 6.7 円 /km 自 転 車 で 5.3 円 /km となる つまり 毎 日 おにぎりでなくバナナを 食 べ 続 ける 限 りにおいては 歩 行 や 自 転 車 はガソリン 乗 用 車 に 比 べてエネルギー 消 費 効 率 エネ ルギーコスト 双 方 の 面 で 強 い 優 位 性 をもつ という 結 果 になる 勿 論 逆 に 一 人 前 500kcal で 5,000 円 する 握 り 寿 司 を 食 べた 場 合 には 歩 行 のエネルギーコストは 330 円 /km と 極 めて 高 くなる しかしより 根 本 的 な 論 点 は そもそもこのようなコスト 評 価 は 手 法 として 妥 当 であるの か ということであろう 即 ち 我 々は 自 動 車 に 乗 ったとしても 食 事 をする もし 食 事 の コストをエネルギーコストとして 計 上 するならば 当 然 それは 乗 車 した 場 合 についても 計 上 されなくてはならない そして 歩 行 乗 車 双 方 のケースでかかる 食 費 の 差 が 歩 行 を 選 ぶことによる 追 加 的 なエネルギーコストである ということになるだろう いま 仮 に 日 曜 の 朝 私 が 家 から 1km 離 れた A という 地 点 まで 行 く 際 に 車 に 乗 るか 歩 い て 行 くかの 選 択 をすると 想 定 しよう( 実 際 には 私 は 自 動 車 を 持 っていないので あくまで も 仮 定 の 話 である) 仮 に 私 が 1km 先 まで 10 分 かけて 歩 き そこで 33kcal のエネルギー を 消 費 した 場 合 果 して 私 は 追 加 的 に 握 り 寿 司 を 333 円 分 もしくはバナナを 7 円 分 購 入 2
するだろうか? 人 にもよるだろうが 私 の 場 合 恐 らくそうではない A 地 点 まで 歩 いて 行 く か 車 で 行 くかによって 私 のその 日 の 昼 食 もしくは 夕 食 の 内 容 はほとんど 変 らない だろ うと 私 は 思 う 勿 論 人 によってはより 空 腹 になることにより より 多 くの 食 事 をする 場 合 もあるかも 知 れないが その 場 合 でも 消 費 したカロリーと 同 等 の 食 費 の 増 加 にはならない だろう 即 ち 確 かに 歩 行 によって 私 の 体 内 のエネルギーは 消 費 されるものの 身 体 のエネ ルギー 消 費 はその 他 の 活 動 を 含 む 生 活 の 総 体 において 決 められるため 一 般 的 には 歩 行 に よるエネルギー 消 費 量 の 増 加 はそれに 応 じた 食 費 の 増 加 を 意 味 しない( 恐 らくはその 分 体 内 の 他 の 何 かのエネルギー 消 費 量 が 減 少 して 調 整 がなされるのであろう 人 によっては それは 体 脂 肪 の 蓄 積 として 差 が 生 じるのかも 知 れず その 場 合 は 逆 に 上 述 の 通 り エネル ギー 消 費 を 抑 えて 蓄 積 した 場 合 の 方 がジムの 登 録 料 等 の 追 加 的 な 費 用 を 要 することにな る) それが 平 均 的 にどの 程 度 の elasticity をもって 増 加 するかは 多 数 のサンプルを 採 って 実 験 を 行 えば 解 明 されるであろうが(しかし 私 自 身 はその 定 量 的 評 価 には 全 く 興 味 がない ため 自 分 でそれを 行 うことはないであろうが) いずれにせよ 歩 行 のエネルギーコストは 我 々が 日 々バナナを 食 べるか 否 かによって 変 化 するとともに それ 以 上 に 我 々 自 身 の 生 活 のあり 方 もしくは 生 理 的 な 状 況 に 依 存 する と 言 うことができる 私 の 予 想 では 多 くの 場 合 さほど 遠 くない 距 離 であれば 結 局 は 歩 いた 方 がエネルギーコスト( 追 加 的 な 食 費 とガソリン 代 を 加 算 した 金 額 )は 小 さいのではないかと 思 う いずれにせよ これらの 問 題 から 上 記 の 2.が 誤 りであることは 明 らかである 同 様 の 観 点 から 1.を 見 た 場 合 にはどうなるか まず 人 は 仮 に 一 日 中 乗 車 していたとして も 食 事 をする 即 ちエネルギーを 消 費 するのであり それも 含 めてエネルギー 効 率 を 評 価 する 必 要 がある と 言 える ハンドル 一 つ 動 かすことでさえもエネルギーなしには 決 して できない 人 によっては 車 の 運 転 に 異 常 に 神 経 を 尖 らせるために 気 疲 れをし 多 くのエネ ルギーを 消 費 することもあるかも 知 れない ではその 場 合 乗 車 中 に 消 費 される 体 内 のエ ネルギーのうちどの 程 度 が 乗 車 のためのものであり どの 程 度 がそれ 以 外 のものであるの か ということが 問 題 となる ここで 我 々がすぐに 受 ける 印 象 は この 問 いに 答 えるため には 体 内 のエネルギー 消 費 に 関 する 細 心 の 分 類 とその 評 価 が 必 要 になり その 作 業 は 容 易 ではない ということであろう 或 いは 簡 易 には 歩 行 による 食 費 の 増 加 の 問 題 と 同 様 に 自 動 車 を 運 転 する 人 とそうでない 人 とのサンプルを 多 数 採 ってその 食 事 の 増 加 量 を 測 定 す れば 消 費 するエネルギー 量 の 増 加 を 評 価 できる と 思 われるかも 知 れない しかし 実 はそ の 印 象 も 正 しくない この 問 題 が 歩 行 による 食 費 の 増 加 の 問 題 と 根 本 的 に 異 なる 点 は こ れは 仮 にどのような 実 験 を 行 ったとしても 解 決 される 問 題 ではなく それ 以 上 の 概 念 的 な 問 題 を 孕 んでいる という 点 である 総 合 エネルギー 統 計 によれば 平 成 23 年 度 の 日 本 の 一 次 エネルギー 消 費 量 (= 供 給 量 ) は 21,959,715TJ( 22EJ)であった これは 平 均 的 な 成 人 男 性 の 一 日 の 摂 取 カロリーの 約 70 億 倍 である しかしこれは 日 本 という 国 が 平 成 23 年 度 に 実 際 に 物 理 的 に 22EJ のエネル ギーを 利 用 した ということを 意 味 するものではない よく 知 られる 論 点 は エネルギー 3
バランス 表 上 の 電 力 の 一 次 エネルギー 換 算 の 問 題 である 2 例 えば 石 炭 を 用 いて 発 電 を 行 っ た 場 合 1kWh の 電 力 を 単 位 換 算 して 3.6MJ とし それを 発 電 効 率 ( 日 本 の 場 合 概 ね 40% 程 度 )で 割 った 約 9MJ が 一 次 エネルギー 投 入 量 となる 石 炭 火 力 発 電 では 9MJ の 石 炭 由 来 のエネルギーを 利 用 して 発 電 の 際 に 5.4MJ の 損 失 をして 結 果 として 3.6MJ の 電 力 を 得 ることになる では 地 熱 発 電 の 場 合 はどうか 発 電 した 電 力 1kWh が 3.6MJ に 換 算 さ れることは 石 炭 火 力 と 同 様 であるが その 発 電 のために 一 体 何 MJ の 地 熱 を 消 費 したのか を 我 々は 知 る 方 法 がない( 恐 らくはこの 場 合 地 熱 の 消 費 量 という 概 念 自 体 を 定 義 することができない) そこで 日 本 政 府 が 公 表 する 総 合 エネルギー 統 計 では 地 熱 のみ ではなく 太 陽 光 風 力 水 力 原 子 力 等 全 ての 非 化 石 エネルギーについて そのエネルギ ーバランス 表 上 の 取 り 決 め としてその 発 電 効 率 を 火 力 の 平 均 である 41%と 想 定 し 発 電 量 をその 値 で 割 り 戻 したエネルギー 量 を 一 次 エネルギー 消 費 量 と 定 義 している 上 記 の 日 本 の 年 間 のエネルギー 消 費 量 22EJ の 中 にはこれが 含 まれるため その 値 は 実 際 に 物 理 的 に 消 費 された エネルギーの 量 を 示 すものでは 全 くない ちなみにこの 41%という 想 定 値 は 国 際 エネルギー 機 関 (IEA)のエネルギーバランス 表 ではエネルギー 源 ごとに 異 なっ た 値 ( 原 子 力 について 33% 太 陽 光 風 力 等 について 100% 地 熱 について 10%)とされ ており このような 差 はこれがただの 規 約 に 過 ぎないことを 誰 の 目 にも 示 すものとな っている これは 必 ずしも 電 力 ばかりの 問 題 ではない 私 が A まで 行 くその 日 仮 にそれが 冬 の 非 常 に 寒 い 日 で 私 が 懐 炉 をもって 歩 いて 出 かけたとしよう その 懐 炉 によるエネルギー 消 費 量 は 輸 送 に 係 るエネルギーに 含 まれるであろうか?そうではない と 多 くの 人 は 思 うで あろう しかし 一 方 で 自 動 車 内 の 暖 房 のために 用 いられるエネルギーは 輸 送 部 門 のエネ ルギー 消 費 として 計 上 される( 従 って 空 調 に 伴 うエネルギー 消 費 が 大 きくなる 夏 期 や 冬 季 には その 分 自 動 車 の 燃 費 が 悪 くなる と 実 際 に 言 われる) 両 者 の 違 いは 単 純 に 後 者 にあってはエネルギー 消 費 の 増 加 がガソリンの 消 費 量 増 加 に 結 びつくために 輸 送 のた めの 燃 料 に 含 めて 扱 うことが 便 宜 上 容 易 である ということに 過 ぎない このように 我 々 がエネルギー 消 費 と 言 うときに そこで 言 及 される エネルギー とは 物 理 学 上 のエネル ギーと 密 接 に 関 連 はしていても それとは 別 の 概 念 であると 考 えなくてはならない それ は 単 純 にあるエネルギーバランス 表 ( 例 えば 総 合 エネルギー 統 計 であるとか IEA の エネルギーバランス 表 であるとか)に 基 づく 特 殊 な 規 約 もしくは 取 り 決 め として の 概 念 なのであり そうでない( 規 約 でない) 真 のエネルギー 消 費 量 などというも のは 幻 想 に 過 ぎない 従 って 1. 歩 行 は 乗 車 に 比 べて 遥 かにエネルギー 効 率 性 に 優 れてい る というような 主 張 は 正 しくない そうではなく 我 々が 参 照 するエネルギーバランス 表 の 規 約 上 歩 行 はエネルギー 消 費 量 計 上 の 対 象 外 であり そのエネルギー 効 率 などとい うものはそもそも 存 在 しない と 言 わなくてはならない 寧 ろ 1.という 主 張 は 誤 りとい 2 戒 能 一 成 電 力 の 一 次 エネルギー 供 給 の 算 定 方 法 について http://www.rieti.go.jp/users/kainou-kazunari/download/pdf/2010ebxanx0100.pdf 4
うよりも 正 確 には 例 えば 私 の 所 有 する 三 角 の 希 望 は 絶 対 零 度 の 白 熱 を 帯 びている とい った 文 と 同 様 の 構 文 上 日 本 語 ではあってもその 実 全 く 意 味 を 持 たない ナンセンスな 主 張 であると 言 うべきであろう このような 主 張 を 我 々がしたがるのは 単 に 我 々が 自 らの 言 語 の 利 用 に 関 して 十 分 な 自 覚 を 持 たず その 故 に 真 の エネルギー 消 費 量 などという ものが 存 在 すると 思 いこんでいるからに 過 ぎない しかしそれを 真 の と 呼 ぶとき 我 々 は 一 体 何 を 言 おうとしていたのだろうか?またそれが 幻 想 に 過 ぎない というのは 一 体 どういう 意 味 なのか これらの 問 いについては 次 回 考 察 することとしたい 5 お 問 い 合 わせ:report@tky.ieej.or.jp