生理学 Ⅰ 講義 呼吸器 3 熊本大学大学院生命科学研究部 分子生理学 富澤 一仁 静肺コンプライアンス 呼吸不全 肺循環 呼吸中枢 肺の弾性 風船に空気を吹き込む場面を想定すると 静肺コンプライアンス コンプライアンス (compliance) は 弾性の逆数である 初めのうちは簡単に膨らむが 次第に膨らませるためには強い力が必要になってくる すなわち ΔV/ΔP となり 膨らみやすさ ( 伸展性 ) を表す これは 風船自身の縮もうとするとする力 (P) が 風船中の空気の容積量 (V) の比例して大きくなるから 風船のこのような特性を弾性 (elasticity) と呼び 弾性係数をEとすると E =ΔP/ΔVとなる 肺も風船と同じで弾性を持っている 膨らみにくさを表す 肺は 安静呼気位 ( 機能的残気量位 ) に最も安定しているが それより膨らむと肺胞周囲の弾性線維の働きで縮もうとする力 (P) が働く コンプライアンスが大きければ肺は膨らみやすくなり コンプライアンスが小さければ膨らみにくい 臨床上重要なのは 静肺コンプライアンス (static lung compliance; Cst) 安静呼気位で呼吸を停止し そこから一定量の吸気 ( 通常は 0.5 l) を行わせ (ΔV=0.5l) 胸腔内圧の変化 (ΔP) を測定して求める ただし 胸腔内圧を測定することは困難なので 食道内圧で代替 Cst の正常値は 約 0.2l/cmH 2 0
呼吸器の圧 量曲線 圧ー量曲線 圧と肺気量を表した曲線傾きは肺気量 / 圧だから コンプライアンスを表している 全呼吸器系の圧 量曲線は 胸郭と肺の圧 量曲線の総和 機能的残気量で釣り合う 疾患と静肺コンプライアンス 1 Cstが増加する疾患肺が膨らみやすい状態 肺気腫 肺胞が破壊し 弾性線維が減少 エキスパンダーのバネの数が少なくなったように肺が伸びやすくなる 加齢 弾性線維が減少 慢性肺気腫の圧 量曲線 疾患と静肺コンプライアンス 2 Cstが減少する疾患肺が膨らみにくい状態 肺線維症 間質に膠原線維が増加し 肺が硬くなり膨らみにくくなる 気胸 肺に孔が開き 空気が胸腔内に漏れる疾患 胸郭が陰圧でなくなる 広がる力が働かない 肺線維症の圧 量曲線 呼吸不全 (respiratory failure) 呼吸不全とは 原因のいかんを問わず PaO 2 が 60 Torr 以下となり生体が正常な機能を営むことなできなくなった状態 スパイロメトリーの結果などは考慮にいれない 動脈血ガス分析の結果だけで決定 PaO 2 は測定条件によっても異なり また加齢によっても低下するので正常値には幅がある 正常値 :80 100 Torr と覚える 一方 PaCO 2 は 40 Torr ( 覚える ) で ばらつきがなく加齢による影響もない
Ⅰ 型呼吸不全と Ⅱ 型呼吸不全 Ⅰ 型呼吸不全 PaCO 2 が 45Torr を超えない ( 高 CO 2 血症を伴わない ) タイプ この場合 すばしっこい CO 2 が体内に蓄積されていないので とりあえず換気が行われている 一方 ややのろまな O 2 はガス交換に与ることができず PaO 2 が減少する病態 肺胞気にはまずまずの O 2 があるのに 毛細血管に入ることができない状態 Ⅰ 型呼吸不全 Ⅰ 型呼吸不全を来す疾患は AaDO 2 が上昇する疾患ということになる 1 拡散能障害 間質性肺炎などのACブロック症候群 2 VA/Qの不均衡分布 肺気腫 肺水腫 肺炎 無気肺など 3 右心系から左心系への病的シャント すなわち これは肺胞気 動脈血酸素分圧較差 (AaDO 2 ) が上昇した状態 治療は 基礎疾患のコントロールと O 2 の投与 Ⅱ 型呼吸不全 PaCO 2 が 45Torr を超えるタイプ この場合 すばしっこい CO 2 も換気できていないので 換気自体が不十分 ( 肺胞低換気 ) であることがわかる AaDO 2 の上昇を伴うタイプ AaDO 2 が上昇しないタイプ Ⅱ 型呼吸不全 Ⅱ 型呼吸不全の治療も基礎疾患のコントロールとO 2 投与だが Ⅰ 型呼吸不全と異なり 高濃度のO 2 を投与するとCO 2 ナルコーシスを引き起こす危険性があるので注意が必要 ( 呼吸中枢のところで説明します ) 末梢気道の閉塞性病変 ( 肺気腫 慢性気管支炎 びまん性汎細気管支炎 気管支喘息など ) こっちが圧倒的に多い 呼吸中枢の抑制 ( 脳血管障害 睡眠薬の過剰投与など ) 神経筋疾患 ( 横隔神経麻痺 重症筋無力症など )
肺の血管系 機能血管と栄養血管 機能血管 ガス交換を行っている血管肺動脈 (pulmonary artery) 肺静脈 (pulmonary vein) 肺循環 全身の静脈血は 必ず肺循環を通る 肺循環の血流量は 5l/min である 肺循環 栄養血管 呼吸器官 ( 気管支 肺 ) に酸素と栄養を送っている血管気管支動脈 (bronchial artery) 気管支静脈 (bronchial vein) 体循環に属する 気管支動脈の血液は 大部分が気管支静脈 ( 体循環 ) に戻らず 肺静脈に注ぐ 気管支動脈の一部は 胸膜に分布し その後体循環に戻らず 肺静脈に注ぐ 肺の血管系 肺循環の特長 1. 肺循環系は 広大な毛細血管系を持つ 2. 血管抵抗が低い 体循環系の 1/10 以下 3. 肺動脈の壁の厚さは 大動脈の壁より 1/3 程度と薄い 4. 肺動脈は 体循環の細動脈に比べて平滑筋が乏しい 5. 肺毛細血管床は 血流量に応じて拡大できる 肺胞を通らず ( 酸素化されず ) 直接左心系に流入する 解剖学的シャント ( 真性シャント ) AaDO 2 の一つの要因
肺循環は低圧系である 肺循環と体循環の比較 前頁の肺循環の特長により 肺血管は 血流量が増大しても 容易に拡張できるし またかなりの予備能を持っている 肺動脈圧収縮期 :25 mmhg 拡張期 :9 mmhg 大動脈収縮期 :120 mmhg 拡張期 :80 mmhg 血管抵抗が少ないため 肺動脈圧は低圧である! なぜ肺循環は低圧なのか? ガス交換を目前とした血液に勢いは不要 低圧なので 間質や肺胞腔への水の移動 ( 血漿の漏出 ) が少ない 肺胞を比較的乾燥状態に保つことができる ガス交換に有利 一方 低圧なため体位の影響を受けやすい 立位の肺尖部は 心臓よりも高い位置にあるため 立位では 肺底部に比べ肺尖部のほうが肺血管内圧は低い 肺胞内圧との差が少なくなり 毛細血管は狭くなり 血管抵抗が高くなる 換気血流比不均等の原因の一つ ( 呼吸器 2 で学習したよ ) 肺高血圧症 肺胞酸素分圧 (PAO 2 ) の低下 または二酸化炭素分圧 (PACO 2 ) の上昇肺血管は収縮する 肺胞酸素分圧 (PAO 2 ) が上昇 または二酸化炭素分圧 (PACO 2 ) の低下肺血管は弛緩する これは 体循環の末梢血管と全く逆の反応! すなわち呼吸不全になると肺血管抵抗が大きくなる 肺高血圧症
肺高血圧症 呼吸不全 呼吸の調節 3 つの調節機構がある 呼吸中枢は延髄にある 肺高血圧症 右心系への圧負荷 右心肥大 右心不全 このような病態を肺性心という 雪だるま式に悪化する 3 つの調節機構 普段の呼吸は 不随意的な調節によってコントロールされている 神経性調節 延髄背側呼吸ニューロン群 (dorsal respiratory group; DRG) 腹側呼吸ニューロン群 (ventral respiratory group; VRG) 知覚受容器 感覚受容器 DRG VRG 横隔神経 / 肋間神経 横隔膜 / 外肋間筋 腹筋の収縮の弛緩
Hering-Bruer 反射 神経性調節で 受容刺激 ( 肺胞伸展 ) 迷走神経 吸息中枢抑制 吸気筋停止のことをいう 化学的調節 化学受容器 (Chemoreceptor) 血液ガス変化を感知し 呼吸中枢に働きかける 頸動脈小体 内頸動脈と外頸動脈の分岐部に存在 PaO 2 の低下を感知 PaCO 2 や ph も感知する 化学的調節の中心的役割 大動脈小体 PaO 2 の低下と PaCO 2 の上昇を感知 補助的 中枢化学受容野 延髄腹側に存在 PaCO 2 の上昇を感知 中枢は CO 2 を感知し 末梢は O 2 を感知する 呼吸調節の要は PaCO 2 である呼吸中枢は PaO 2 の低下より PaCO 2 の上昇に敏感
CO 2 ナルコーシス 呼吸中枢は PaCO 2 を 40Torr に維持しようとがんばっている Ⅱ 型呼吸不全と CO 2 ナルコーシス Ⅱ 型呼吸不全 (PaCO 2 上昇を伴う PaO 2 の低下 ) 働きが悪くなると高炭酸血症となる (>45Torr) 中枢の化学受容体は PaCO 2 の上昇を許容するので 呼吸不全が持続すると もはや呼吸中枢を刺激しない 一方で 中枢の化学受容体は すぐに順応する 高炭酸血症が持続すると反応しなくなる CO 2 ナルコーシス (narcosis) 高炭酸血症により生じる意識障害 CO 2 > 70Torr になると昏睡 この状態では 末梢の化学受容体から送られる PaO 2 の低下の情報だけが 呼吸中枢を刺激 この状態で高濃度の酸素投与をすると 末梢の化学受容体は PaO 2 の上昇を感知し 呼吸中枢にネガティブフィードバック 呼吸停止 Ⅱ 型呼吸不全の患者には いきなり高濃度の酸素を投与しない 25% 酸素でまず様子を見る それでも PaO 2 が上昇しない場合は躊躇なく高濃度酸素を投与