60 経 済 理 論 358 号 2010 年 11 月 第 5 章 第 6 章 マイクロソフト 社 の 成 長 とそのインパクト ソフトウェア 企 業 集 積 の 構 図 終 章 2000 年 代 の 新 展 開 以 下 では, 本 書 の 内 容 を 各 章 ごとに 要 約 していく 序 章 で

Similar documents
<4D F736F F D E598BC68A8897CD82CC8DC490B68B7982D18E598BC68A8893AE82CC8A C98AD682B782E993C195CA915B C98AEE82C382AD936F985E96C68B9690C582CC93C197E1915B927582CC898492B75F8E96914F955D89BF8F915F2E646F6

<6D313588EF8FE991E58A778D9191E5834B C8EAE DC58F4992F18F6F816A F990B32E786C73>

平成25年度 独立行政法人日本学生支援機構の役職員の報酬・給与等について


18 国立高等専門学校機構


Microsoft PowerPoint - 報告書(概要).ppt

< DB8CAF97BF97A6955C2E786C73>

<819A955D89BF92B28F BC690ED97AA8EBA81418FA48BC682CC8A8890AB89BB816A32322E786C7378>

セルフメディケーション推進のための一般用医薬品等に関する所得控除制度の創設(個別要望事項:HP掲載用)


<6D33335F976C8EAE CF6955C A2E786C73>

Ⅰ 人 口 の 現 状 分 析 Ⅰ 人 口 の 現 状 分 析 1 人

質 問 票 ( 様 式 3) 質 問 番 号 62-1 質 問 内 容 鑑 定 評 価 依 頼 先 は 千 葉 県 などは 入 札 制 度 にしているが 神 奈 川 県 は 入 札 なのか?または 随 契 なのか?その 理 由 は? 地 価 調 査 業 務 は 単 にそれぞれの 地 点 の 鑑 定

<4D F736F F D208ED089EF95DB8CAF89C193FC8FF38BB CC8EC091D492B28DB88C8B89CA82C982C282A282C42E646F63>

公表表紙

公 的 年 金 制 度 について 制 度 の 持 続 可 能 性 を 高 め 将 来 の 世 代 の 給 付 水 準 の 確 保 等 を 図 るため 持 続 可 能 な 社 会 保 障 制 度 の 確 立 を 図 るための 改 革 の 推 進 に 関 する 法 律 に 基 づく 社 会 経 済 情

2 役 員 の 報 酬 等 の 支 給 状 況 役 名 法 人 の 長 理 事 理 事 ( 非 常 勤 ) 平 成 25 年 度 年 間 報 酬 等 の 総 額 就 任 退 任 の 状 況 報 酬 ( 給 与 ) 賞 与 その 他 ( 内 容 ) 就 任 退 任 16,936 10,654 4,36

< EE597768E968BC688EA97972D372E786477>

(5) 給 与 制 度 の 総 合 的 見 直 しの 実 施 状 況 について 概 要 の 給 与 制 度 の 総 合 的 見 直 しにおいては 俸 給 表 の 水 準 の 平 均 2の 引 き 下 げ 及 び 地 域 手 当 の 支 給 割 合 の 見 直 し 等 に 取 り 組 むとされている

Taro-条文.jtd

2 役 員 の 報 酬 等 の 支 給 状 況 平 成 27 年 度 年 間 報 酬 等 の 総 額 就 任 退 任 の 状 況 役 名 報 酬 ( 給 与 ) 賞 与 その 他 ( 内 容 ) 就 任 退 任 2,142 ( 地 域 手 当 ) 17,205 11,580 3,311 4 月 1

 

(2)大学・学部・研究科等の理念・目的が、大学構成員(教職員および学生)に周知され、社会に公表されているか

Microsoft Word - 佐野市生活排水処理構想(案).doc

16 日本学生支援機構

平成22年度

Microsoft Word - 目次.doc

国立研究開発法人土木研究所の役職員の報酬・給与等について

は 固 定 流 動 及 び 繰 延 に 区 分 することとし 減 価 償 却 を 行 うべき 固 定 の 取 得 又 は 改 良 に 充 てるための 補 助 金 等 の 交 付 を 受 けた 場 合 にお いては その 交 付 を 受 けた 金 額 に 相 当 する 額 を 長 期 前 受 金 とし

(4) 給 与 制 度 の 総 合 的 見 直 しの 実 施 状 況 について 概 要 国 の 給 与 制 度 の 総 合 的 見 直 しにおいては 俸 給 表 の 水 準 の 平 均 2の 引 下 げ 及 び 地 域 手 当 の 支 給 割 合 の 見 直 し 等 に 取 り 組 むとされている.

3 独 占 禁 止 法 違 反 事 件 の 概 要 (1) 価 格 カルテル 山 形 県 の 庄 内 地 区 に 所 在 する5 農 協 が, 特 定 主 食 用 米 の 販 売 手 数 料 について, 平 成 23 年 1 月 13 日 に 山 形 県 酒 田 市 所 在 の 全 国 農 業 協

<81696D373188A E58A77816A E93788D9191E5834B C8EAE82502E786C73>

その 他 事 業 推 進 体 制 平 成 20 年 3 月 26 日 に 石 垣 島 国 営 土 地 改 良 事 業 推 進 協 議 会 を 設 立 し 事 業 を 推 進 ( 構 成 : 石 垣 市 石 垣 市 議 会 石 垣 島 土 地 改 良 区 石 垣 市 農 業 委 員 会 沖 縄 県 農

官 庁 営 繕 事 業 の 事 後 評 価 表 事 業 名 かいじょうほあんだいがっこう(そうごうじっしゅうとう) 海 上 保 安 大 学 校 ( 総 合 実 習 棟 ) 実 施 箇 所 呉 市 若 葉 町 5-1 該 当 基 準 事 業 完 了 後 3 年 間 が 経 過 した 事 業 事 業 諸

<4D F736F F D208E52979C8CA78E598BC68F5790CF91A390698F9590AC8BE08CF D6A2E646F6378>

容 積 率 制 限 の 概 要 1 容 積 率 制 限 の 目 的 地 域 で 行 われる 各 種 の 社 会 経 済 活 動 の 総 量 を 誘 導 することにより 建 築 物 と 道 路 等 の 公 共 施 設 とのバランスを 確 保 することを 目 的 として 行 われており 市 街 地 環

4 松 山 市 暴 力 団 排 除 条 の 一 部 風 俗 営 業 等 の 規 制 及 び 業 務 の 適 正 化 等 に 関 する 法 律 等 の 改 正 に 伴 い, 公 共 工 事 から 排 除 する 対 象 者 の 拡 大 等 を 図 るものです 第 30 号 H H28.1

検 討 検 討 の 進 め 方 検 討 状 況 簡 易 収 支 の 世 帯 からサンプリング 世 帯 名 作 成 事 務 の 廃 止 4 5 必 要 な 世 帯 数 の 確 保 が 可 能 か 簡 易 収 支 を 実 施 している 民 間 事 業 者 との 連 絡 等 に 伴 う 事 務 の 複 雑

<4D F736F F D2090BC8BBB959491BA8F5A91EE8A C52E646F63>

スライド 1

社会保険加入促進計画に盛込むべき内容

平成16年年金制度改正 ~年金の昔・今・未来を考える~

代 議 員 会 決 議 内 容 についてお 知 らせします さる3 月 4 日 当 基 金 の 代 議 員 会 を 開 催 し 次 の 議 案 が 審 議 され 可 決 承 認 されました 第 1 号 議 案 : 財 政 再 計 算 について ( 概 要 ) 確 定 給 付 企 業 年 金 法 第

スライド 1

12 大 都 市 の 人 口 と 従 業 者 数 12 大 都 市 は 全 国 の 人 口 の 約 2 割 従 業 者 数 の 約 3 割 を 占 める 12 大 都 市 の 事 業 所 数 従 業 者 数 及 び 人 口 は 表 1 のとおりです これらの 12 大 都 市 を 合 わせると 全

Microsoft Word - ★HP版平成27年度検査の結果

<4D F736F F F696E74202D208CE38AFA8D8297EE8ED288E397C390A CC8A AE98EBA8DEC90AC816A2E707074>

(Microsoft Word - \221\346\202P\202U\201@\214i\212\317.doc)

「節電に対する生活者の行動・意識

定款

m07 北見工業大学 様式①

< F2D E58A FC8A778ED B297768D80>

別 紙 第 号 高 知 県 立 学 校 授 業 料 等 徴 収 条 例 の 一 部 を 改 正 する 条 例 議 案 高 知 県 立 学 校 授 業 料 等 徴 収 条 例 の 一 部 を 改 正 する 条 例 を 次 のように 定 める 平 成 26 年 2 月 日 提 出 高 知 県 知 事 尾

Microsoft PowerPoint - 経営事項審査.ppt

2 1.ヒアリング 対 象 (1) 対 象 範 囲 分 類 年 金 医 療 保 険 雇 用 保 険 税 備 考 厚 生 年 金 の 資 格 喪 失 国 民 年 金 の 加 入 老 齢 給 付 裁 定 請 求 など 健 康 保 険 の 資 格 喪 失 国 民 健 康 保 険 の 加 入 健 康 保 険

< F2D819A8B638E968E9197BF82528E968BC68C7689E68F C>

文化政策情報システムの運用等

Microsoft Word - 交野市産業振興基本計画 doc

定款  変更

03 平成28年度文部科学省税制改正要望事項

資 料 年 オリンピック パラリンピック 東 京 大 会 における ホストシティ タウン 構 想 (イメージ) 1. 趣 旨 経 済 財 政 運 営 と 改 革 の 基 本 方 針 2014( 平 成 26 年 6 月 24 日 閣 議 決 定 )を 踏 まえ 2020 年 オリン

一般競争入札について


<6E32355F8D918DDB8BA697CD8BE28D C8EAE312E786C73>

入 札 参 加 者 は 入 札 の 執 行 完 了 に 至 るまではいつでも 入 札 を 辞 退 することができ これを 理 由 として 以 降 の 指 名 等 において 不 利 益 な 取 扱 いを 受 けることはない 12 入 札 保 証 金 免 除 13 契 約 保 証 金 免 除 14 入

<8BB388F58F5A91EE82A082E895FB8AEE967B95FB906A>

<4D F736F F D F5A91EE8BC F368C8E3393FA8DC48D F C8E323893FA916493C B95AA8D CE3816A>

Microsoft Word - 奨学金相談Q&A.rtf

能勢町市街化調整区域における地区計画のガイドライン

<4D F736F F D C482C682EA817A89BA90BF8E7793B1834B A4F8D91906C8DDE8A A>

ような 厚 生 年 金 基 金 関 係 の 法 改 正 がなされており (2)については 平 成 16 年 10 月 1 日 から (1) 及 び(3)については 平 成 17 年 4 月 1 日 から 施 行 されている (1) 免 除 保 険 料 率 の 凍 結 解 除 ( 母 体 企 業 (

記者発表資料

財政再計算結果_色変更.indd

1 予 算 の 姿 ( 平 成 25 当 初 予 算 ) 長 野 県 財 政 の 状 況 H 現 在 長 野 県 の 予 算 を 歳 入 面 から 見 ると 自 主 財 源 の 根 幹 である 県 税 が 全 体 の5 分 の1 程 度 しかなく 地 方 交 付 税 や 国 庫 支


平成21年9月29日

預 金 を 確 保 しつつ 資 金 調 達 手 段 も 確 保 する 収 益 性 を 示 す 指 標 として 営 業 利 益 率 を 採 用 し 営 業 利 益 率 の 目 安 となる 数 値 を 公 表 する 株 主 の 皆 様 への 還 元 については 持 続 的 な 成 長 による 配 当 可

1. 中 小 企 業 等 経 営 強 化 法 の 目 的 (1) 生 産 性 向 上 の 必 要 性 (3) 業 種 別 の 経 営 課 題 への 対 応 少 子 高 齢 化 人 手 不 足 等 の 状 況 において 効 果 的 に 付 加 価 値 を 生 み 出 せるよう 製 造 業 はもとより

第4回税制調査会 総4-1

国 家 公 務 員 の 年 金 払 い 退 職 給 付 の 創 設 について 検 討 を 進 めるものとする 平 成 19 年 法 案 をベースに 一 元 化 の 具 体 的 内 容 について 検 討 する 関 係 省 庁 間 で 調 整 の 上 平 成 24 年 通 常 国 会 への 法 案 提

通 知 カード と 個 人 番 号 カード の 違 い 2 通 知 カード ( 紙 )/H27.10 個 人 番 号 カード (ICカード)/H28.1 様 式 (おもて) (うら) 作 成 交 付 主 な 記 載 事 項 全 国 ( 外 国 人 含 む)に 郵 送 で 配 布 希 望 者 に 交

< EC8E F58B8B975E8CF6955C8CB48D652E786C73>

PowerPoint プレゼンテーション

39_1

Microsoft Word - 公表用答申422号.doc

(Microsoft Word - \220\340\226\276\217\221.doc)

●電力自由化推進法案

厚 生 年 金 は 退 職 後 の 所 得 保 障 を 行 う 制 度 であり 制 度 発 足 時 は 在 職 中 は 年 金 を 支 給 しないこととされていた しかしながら 高 齢 者 は 低 賃 金 の 場 合 が 多 いと いう 実 態 に 鑑 み 在 職 者 にも 支 給 される 特 別

 

官報掲載【セット版】

Taro-H19退職金(修正版).jtd

Microsoft Word - 全国エリアマネジメントネットワーク規約.docx

untitled

Q IFRSの特徴について教えてください

(4) ラスパイレス 指 数 の 状 況 H H H5.4.1 ( 参 考 値 ) 97.1 H H H H5.4.1 H H5.4.1 ( 参 考

3 圏 域 では 県 北 沿 岸 で2の 傾 向 を 強 く 見 てとることができます 4 近 年 は 分 配 及 び 人 口 が 減 少 している 市 町 村 が 多 くなっているため 所 得 の 増 加 要 因 を 考 える 場 合 は 人 口 減 少 による 影 響 についても 考 慮 する

目 次 第 1. 土 区 画 整 理 事 業 の 名 称 等 1 (1) 土 区 画 整 理 事 業 の 名 称 1 (2) 施 行 者 の 名 称 1 第 2. 施 行 区 1 (1) 施 行 区 の 位 置 1 (2) 施 行 区 位 置 図 1 (3) 施 行 区 の 区 域 1 (4) 施

3 職 員 の 平 均 給 与 月 額 初 任 給 等 の 状 況 (1) 職 員 の 平 均 年 齢 平 均 給 料 月 額 及 び 平 均 給 与 月 額 の 状 況 (23 年 4 月 1 日 現 在 ) 1 一 般 行 政 職 平 均 年 齢 平 均 給 料 月 額 平 均 給 与 月 額

1 総 合 設 計 一 定 規 模 以 上 の 敷 地 面 積 及 び 一 定 割 合 以 上 の 空 地 を 有 する 建 築 計 画 について 特 定 行 政 庁 の 許 可 により 容 積 率 斜 線 制 限 などの 制 限 を 緩 和 する 制 度 である 建 築 敷 地 の 共 同 化 や

Transcription:

59 書 評 山 縣 宏 之 著 ハイテク 産 業 都 市 シアトルの 軌 跡 航 空 宇 宙 産 業 からソフトウェア 産 業 へ (ミネルヴァ 書 房,2010 年 ) 藤 木 剛 康 Fujiki, Takeyasu 今 年 (2010 年 )2 月, 経 済 産 業 省 の 産 業 構 造 審 議 会 の 資 料 として 提 出 された 日 本 の 産 業 を 巡 る 現 状 と 課 題 に 注 目 が 集 まった この 資 料 によれば 日 本 経 済 の 行 き 詰 まりは 深 刻 であり,その 背 景 には,1 産 業 構 造 全 体 の 問 題,2 企 業 のビジネスモデルの 問 題,3 企 業 を 取 り 巻 くビジネスインフラの 問 題,という 3 つの 構 造 的 問 題 が 存 在 するという すなわち, 今 日 の 日 本 は 雇 用 吸 収 力 の 低 いごく 少 数 のグローバル 製 造 業 に 経 済 成 長 を 依 存 し,それら 少 数 のグローバル 製 造 業 すら 旧 態 依 然 としたビジネスモデルのために 海 外 企 業 に 市 場 シェアを 奪 われつつあり,さらに, 諸 外 国 との 産 業 の 立 地 競 争 にも 立 ち 後 れつつあるとい うのだ こうした 厳 しい 構 造 的 問 題 に 直 面 して 立 ちすくんでいるかのように 見 える 日 本 に 対 し, 経 済 の 新 陳 代 謝 を 順 調 に 進 め,ソフトウェアやバイオテクノロジー を 中 心 とした 複 合 的 なハイテク 産 業 地 域 として 発 展 を 続 けてきたのが, 本 書 の 研 究 対 象 であるアメリカ 太 平 洋 岸 の 都 市 シアトルである まず, 本 書 の 構 成 を 紹 介 しておこう 序 章 アメリカ 産 業 都 市 の 構 造 変 化 を 捉 える 第 1 章 港 町 から 航 空 機 産 業 都 市 へ 第 2 章 航 空 宇 宙 産 業 都 市 の 構 造 分 析 第 3 章 生 産 者 サービスの 成 長 とシアトルの 変 貌 第 4 章 ポスト 冷 戦 期 ボーイング 社 とシアトル

60 経 済 理 論 358 号 2010 年 11 月 第 5 章 第 6 章 マイクロソフト 社 の 成 長 とそのインパクト ソフトウェア 企 業 集 積 の 構 図 終 章 2000 年 代 の 新 展 開 以 下 では, 本 書 の 内 容 を 各 章 ごとに 要 約 していく 序 章 では,まず, 本 書 の 課 題 が シアトルの 戦 後 産 業 構 造 を 動 態 的 に 把 握 す ること であるとされる 次 いで,そのための 分 析 視 角 として,1 構 造 転 換 の 原 動 力 である 企 業 レベルの 分 析,2 基 幹 産 業 の 産 業 特 性,3それら 企 業 の 外 部 環 境,4 制 度 や 政 策 ではなく, 都 市 産 業 の 実 体 分 析,の 4 つがあげられる そ して,シアトルは 近 年 に 至 るまで 産 業 構 造 の 変 化 を 継 続 してきた 都 市 であり, アメリカの 産 業 再 編 を 検 討 する 上 で 重 要 な 研 究 対 象 であると 指 摘 される 次 に, 本 書 に 関 連 する 先 行 研 究 が 検 討 される 代 表 的 な 研 究 としては, 第 一 に,シアトルをボーイング 社 の 企 業 城 下 町 として 特 徴 づけるガンベルト 論 が 挙 げられる ガンベルト 論 は, 第 2 次 大 戦 後 におけるアメリカ 南 部 や 太 平 洋 岸 に おける 新 興 工 業 地 域 の 形 成 要 因 として, 連 邦 政 府 の 国 防 支 出 による 軍 需 産 業 の 発 展 を 指 摘 した しかし,ガンベルト 論 の 関 心 は 新 たな 産 業 地 域 の 比 較 や 類 型 化 にあるため, 冷 戦 後 の 軍 縮 によるガンベルトの 縮 小 と,シアトルに 見 られる ようなハイテク 産 業 地 域 への 構 造 変 化 を 動 態 的 に 把 握 できないという 問 題 点 が あるとされる 第 二 に, 特 定 産 業 企 業 の 城 下 町 を 主 な 研 究 対 象 とする 企 業 都 市 論 である 企 業 都 市 論 は 都 市 の 産 業 構 造 の 転 換 過 程 を 詳 細 に 分 析 している 反 面 で, 自 動 車 や 電 気 機 械 など 特 定 産 業 の 城 下 町 を 主 な 対 象 としてきたため, 産 業 の 技 術 的 特 性 と 都 市 の 形 態 との 関 連 が 検 討 されていないとされる また, 基 幹 産 業 の 間 接 雇 用 として 把 握 されるのは 下 請 け 企 業 の 雇 用 のみであり,こうした 狭 義 の 間 接 雇 用 とは 区 別 して, 基 幹 産 業 の 労 働 力 の 消 費 再 生 産 を 支 える 消 費 関 連 産 業 の 雇 用,つまり 広 義 の 間 接 雇 用 にまで 広 げて 分 析 すべきだとされる 第 三 に, 基 幹 産 業 の 資 本 蓄 積 が 当 該 地 域 の 公 権 力 を 媒 介 として 都 市 の 物 的

山 縣 宏 之 著 ハイテク 産 業 都 市 シアトルの 軌 跡 航 空 宇 宙 産 業 からソフトウェア 産 業 へ 61 社 会 的 インフラや 都 市 労 働 市 場 を 形 成 する 点 に 注 目 する 都 市 形 成 論 である こ の 議 論 は 統 一 的 な 産 業 都 市 像 の 提 示 という 点 で 評 価 すべきであるが, 産 業 論 的 技 術 的 視 角 が 存 在 しない 点 を 補 うべきであるとされる 第 四 に, 企 業 活 動 に 密 接 に 関 連 し 専 門 的 サービスを 提 供 する 生 産 者 サービ ス こそが, 都 市 経 済 の 新 たな 形 成 基 盤 だとする 生 産 者 サービス 論 である 本 書 の 分 析 対 象 であるシアトルでもサービス 経 済 化,すなわちソフトウェア 産 業 の 急 成 長 が 見 られるため,その 成 長 の 基 盤 を 分 析 することが 必 要 だとされる 以 上 の 理 論 的 枠 組 みの 検 討 の 後, 第 1 章 ではシアトルが 航 空 宇 宙 産 業 都 市 に 変 化 していく 前 史 が 検 討 される 第 1 次 大 戦 以 前 のシアトルは,これといった 産 業 の 存 在 しない 小 さな 港 町 だった しかし, 第 1 次 大 戦 の 軍 需 景 気 により 造 船 業 が 活 況 を 呈 し, 次 いで 戦 間 期 に 設 立 されたボーイング 社 が 第 2 次 大 戦 の 軍 需 景 気 によって 巨 大 企 業 化 したことにより, 航 空 機 産 業 都 市 への 変 貌 を 果 たし た 航 空 機 産 業 都 市 の 特 徴 としては, 第 一 に,ボーイング 社 と 地 元 自 治 体 との 間 接 的 な 社 会 政 治 的 関 係 がある ボーイング 社 は 地 元 自 治 体 に 直 接 的 に 関 与 するのではなく, 移 転 の 脅 し を 梃 子 に 必 要 な 限 りでインフラ 整 備 を 要 求 し 実 現 していた 第 二 に, 航 空 機 需 要 の 大 きな 変 動 に 伴 う 雇 用 者 数 の 大 きな 変 動 である このため,シアトル 経 済 には 強 い 不 安 定 性 がもたらされた 第 三 に,ボー イング 社 と 地 元 製 造 業 との 結 びつきの 弱 さである 航 空 機 産 業 は 高 品 質 の 部 品 を 必 要 とするが, 地 元 メーカーにはそうした 部 品 を 製 造 する 能 力 を 持 たなかっ た このため,ボーイング 社 は 全 米 各 地 のメーカーに 部 品 の 多 くを 分 散 発 注 す ることになったという 第 2 章 では,1960 年 代 から 1980 年 代 におけるシアトルの 経 済 構 造 が 分 析 さ れる この 時 期 のシアトルには,ボーイング 社 の 開 発 生 産 体 制 の 中 核 をなす 本 社, 研 究 開 発 拠 点, 民 間 航 空 機 部 門 の 最 終 組 み 立 て 工 場 が 置 かれ,ボーイング 社 はその 事 業 活 動 を 通 じて 航 空 宇 宙 産 業 都 市 特 有 の 経 済 構 造 を 創 出 していく ボーイング 社 とシアトルとの 関 係 の 特 徴 は, 第 一 に,シアトルの 物 的 社 会 的 インフラ 形 成 および 地 元 自 治 体 への 限 定 的 間 接 的 な 関 与 である ボーイング

62 経 済 理 論 358 号 2010 年 11 月 社 は 都 市 自 治 体 よりも,むしろ 法 制 度 面 で 権 力 を 有 する 州 政 府 や, 国 防 支 出 を 握 る 連 邦 政 府 レベルで 政 治 的 コネクションを 強 化 していた 第 二 に,この 時 期 のボーイング 社 は, 科 学 技 術 者 やエンジニアなどの 専 門 的 職 業 の 労 働 市 場 と, 生 産 労 働 者 のフレキシブルな 労 働 市 場 を 形 成 し, 雇 用 面 でシアトル 経 済 を 左 右 していた 第 三 に,ボーイング 社 による 狭 義 の 間 接 雇 用 はシアトル 経 済 に 限 定 的 な 影 響 しか 与 えていない その 理 由 は, 高 度 な 技 術 を 要 する 構 造 部 品 からな る 重 層 的 な 生 産 体 制, 変 動 が 大 きい 少 数 生 産, 開 発 経 営 リスクの 分 担 といっ た 航 空 宇 宙 産 業 特 有 の 産 業 特 性 により, 地 域 集 積 が 成 立 しにくいためである 第 四 に,ボーイング 社 の 広 義 の 間 接 雇 用 は, 高 賃 金 の 労 働 者 が 消 費 支 出 を 通 じ て 消 費 関 連 産 業 の 成 長 を 促 すことで, 地 元 経 済 に 規 定 的 な 影 響 を 及 ぼした 第 3 章 では,1970 年 代 以 降 のサービス 経 済 化 が 分 析 される 1970 年 代 以 降 のシアトルでは 高 度 専 門 的 なサービスを 事 業 所 に 供 給 する 生 産 者 サービスと, 医 療 教 育 サービスを 中 心 とするサービス 業 が 急 成 長 し,1980 年 代 には 最 大 の 産 業 セクターとなった しかし,これら 2 つのサービス 業 はボーイング 社 と の 関 係 において 対 照 的 な 特 徴 を 持 つ すなわち, 企 業 関 連 サービスを 提 供 する 生 産 者 サービス 業 は,ボーイング 社 とはそれほど 関 係 がないのに 対 し, 医 療 教 育 サービスなどの 非 企 業 関 連 サービスは,ボーイング 社 が 労 働 者 への 支 払 賃 金 を 通 じてその 成 長 に 影 響 を 与 えてきた したがって,1980 年 代 シアトルは, 航 空 宇 宙 産 業 都 市 としての 性 格 を 保 持 しつつ, 生 産 者 サービスが 新 たな 基 幹 産 業 として 出 現 しつつあったと 特 徴 づけられるという 第 4 章 では,1990 年 代 におけるボーイング 社 のリストラとシアトルへの 影 響 が 分 析 される ボーイング 社 は 冷 戦 終 結 に 伴 う 国 防 予 算 の 削 減 という 危 機 を, 防 衛 企 業 の 積 極 的 買 収 によって 乗 り 切 ろうとした その 結 果,アメリカ 全 土 に 多 数 の 事 業 所 を 抱 えるようになり,これらの 事 業 所 を 効 率 的 に 統 括 するた め 本 社 をシカゴに 移 転 してシアトルにおける 事 業 活 動 の 重 要 性 を 大 きく 低 下 さ せた さらに, 欧 州 エアバス 社 との 激 しい 競 争 戦 に 直 面 して 生 産 体 制 の 効 率 化 と 労 使 関 係 の 再 編 を 進 め,シアトルにおける 直 接 雇 用 も 大 幅 に 減 少 させた こ

山 縣 宏 之 著 ハイテク 産 業 都 市 シアトルの 軌 跡 航 空 宇 宙 産 業 からソフトウェア 産 業 へ 63 うして,この 時 期 以 降,ボーイング 社 とシアトルの 雇 用 変 動 との 連 関 は 消 滅 し, 冷 戦 後 のシアトルは 航 空 宇 宙 産 業 都 市 という 性 格 を 失 ったとまとめられる 第 5 章 では,1979 年 にシアトルで 創 業 したマイクロソフト 社 の 事 業 活 動 が, 1990 年 代 前 半 のシアトル 経 済 にもたらした 影 響 について 分 析 される そもそ もシアトルにはボーイング 社 が 形 成 した 開 発 エンジニアが 集 積 しており,さら に,シリコンバレーからも 遠 く,エンジニアを 囲 い 込 みやすいというソフトウェ ア 産 業 にとっては 好 適 な 環 境 が 存 在 していた こうした 環 境 は,マイクロソフ ト 社 の 立 地 によってソフトウェア 技 術 者 の 地 域 労 働 市 場 が 拡 大 することでさら に 強 化 される また,マイクロソフト 社 の 狭 義 の 間 接 雇 用 は, 主 な 資 財 やサー ビスを 域 外 から 購 入 しているために 限 定 的 であるが, 同 社 の 高 賃 金 労 働 者 の 消 費 支 出 によって 広 義 の 間 接 雇 用 は 巨 大 なものになるという 第 6 章 では 著 者 が 行 った 詳 細 な 現 地 調 査 に 基 づき,シアトルにおけるソフト ウェア 産 業 集 積 の 特 徴 が 分 析 される 第 一 に,ソフトウェア 企 業 の 出 自 の 多 様 性 である マイクロソフト 社 などの 巨 大 企 業 や 地 元 の 大 学 に 関 連 する 企 業 が 存 在 している 一 方 で, 全 体 の 半 数 程 度 が 業 種 内 でのスピンオフによって 誕 生 した 独 立 企 業 によって 構 成 されているという 第 二 に, 主 な 立 地 要 因 としては, 創 業 者 の 個 人 的 選 好 や 地 元 志 向 が 挙 げられるが, 起 業 が 活 発 であった 1990 年 代 には 技 術 者 エンジニアの 確 保,ベンチャーキャピタル エンジェルへの 近 接, マイクロソフト 社 への 近 接 など,より 多 様 化 していることが 指 摘 される 第 三 に,シアトルへの 集 積 要 因 としては 技 術 者 の 確 保 が 最 も 重 要 で, 集 積 内 の 中 小 企 業 間 のリンケージだけではなく,ボーイングやマイクロソフト, 大 学 研 究 機 関,ベンチャーキャピタル エンジェル, 業 界 団 体 などの 多 様 な 要 因 が 寄 与 し ていることが 明 らかにされる 第 四 に, 集 積 外 リンケージについては,カリ フォルニア,テキサス,ニューヨークを 拠 点 としつつ, 全 米 の 広 い 地 域 の 顧 客 にソフトウェアなど 情 報 サービスを 供 給 していることが 明 らかにされる こ れらの 分 析 結 果 に 基 づき,シアトルのソフトウェア 企 業 集 積 の 特 徴 として, 巨 大 企 業 の 影 響 とともに, 自 立 的 企 業 群 の 集 積 地 としての 性 格 も 併 せ 持 つことが

64 経 済 理 論 358 号 2010 年 11 月 指 摘 される 終 章 では,2000 年 代 におけるシアトル 経 済 の 変 化 が 概 説 される この 時 期, シアトルでは 製 造 業 の 大 幅 な 減 少 が 引 き 続 き 進 行 した これに 対 し,ソフトウェ アおよびバイオテクノロジー 産 業, 金 融 保 険 不 動 産 業 建 設 業 が 順 調 に 発 展 した さらに, 高 所 得 の 専 門 職 が 生 みだす 豊 かな 消 費 生 活 を 基 盤 に, 革 新 的 な 流 通 飲 食 企 業 も 叢 生 したという これらから,シアトルの 産 業 構 造 転 換 は 現 代 アメリカ 産 業 の 強 み が 現 れた 事 例 であるとまとめられている そして, 円 滑 な 産 業 構 造 転 換 の 条 件 として, 第 一 に,ボーイング 社 やソフトウェア 産 業 などの 主 要 な 企 業 産 業 が 周 辺 に 関 連 産 業 をあまり 集 積 させず,その 結 果, 特 定 の 企 業 や 産 業 にそれほど 依 存 しない 都 市 であったこと, 第 二 に, 大 西 洋 岸 北 西 地 域 の 物 流 情 報 拠 点 であり,また, 豊 富 なソフトウェア 技 術 者 が 存 在 するな ど, 新 産 業 創 出 の 条 件 が 存 在 していたことが 指 摘 される 以 上 が 各 章 の 要 約 である 本 書 の 意 義 は, 第 一 に, 緻 密 なデータ 分 析 と 現 地 調 査 により, ハイテク 産 業 都 市 シアトルの 産 業 構 造 の 来 歴 と 諸 特 徴 1 特 定 の 企 業 や 産 業 に 依 存 しない 複 合 性,2アメリカが 強 みを 持 つ 産 業 に 雇 用 さ れる 高 賃 金 労 働 者 層 による 豊 かな 消 費 市 場 を 詳 細 に 明 らかにしたことであ る また,これらの 諸 特 徴 は 既 存 の 都 市 地 域 経 済 研 究 で 取 り 上 げられた 研 究 事 例 の 多 くとは 異 なるため, 本 書 では 様 々な 研 究 手 法 や 分 析 視 角 が 複 眼 的 に 取 り 入 れられている このように, 多 様 な 分 析 手 法 を 柔 軟 に 吸 収 し, 実 証 研 究 の ためのツールとして 鍛 え 直 して 実 際 に 駆 使 している 点 も 本 書 の 意 義 として 積 極 的 に 評 価 できよう なお, 評 者 はアメリカの 都 市 地 域 経 済 を 専 門 とする 者 で はないため, 以 下 ではそうした 素 人 の 目 線 から 若 干 のコメントをしたい 第 一 に, 本 書 で 検 討 されるサービス 業 の 定 義 とその 役 割 についてである 一 般 に, 先 進 国 における 産 業 構 造 の 転 換 が 議 論 される 場 合, 製 造 業 を 中 心 とした 大 量 生 産 社 会 から,サービス 産 業 を 中 心 とした 知 識 社 会 への 転 換 という 枠 組 み (1) で 議 論 されることが 多 い 例 えば,ドラッカーやライシュの 知 識 社 会 論 では, 高 賃 金 の 知 識 労 働 者 と, 低 賃 金 のサービス 製 造 業 労 働 者 の 二 極 分 化 というビ

山 縣 宏 之 著 ハイテク 産 業 都 市 シアトルの 軌 跡 航 空 宇 宙 産 業 からソフトウェア 産 業 へ 65 ジョンが 提 示 されている しかし, 本 書 でのサービス 業 の 定 義 や 範 囲 は,こう した 第 二 次 産 業 から 第 三 次 産 業 へという 一 般 的 な 産 業 分 類 の 定 義 とはやや 異 なっている 例 えば 本 書 の 91 ページでは, 製 造 業 製 造 業 以 外 の 業 種 ( 金 融 保 険 不 動 産 業 ) サービス 業 の 3 つの 産 業 が 区 別 されており,その 後 の 3 章 ではその サービス 業 が 企 業 関 連 サービス( 生 産 者 サービス)と 非 企 業 関 連 サービスとに 分 けて 分 析 されている 本 書 では, 狭 義 の 間 接 雇 用 と 広 義 の 間 接 雇 用 とが 区 別 され,ハイテク 産 業 の 広 義 の 間 接 雇 用 やその 実 体 である 非 企 業 関 連 サービスも 重 要 な 分 析 対 象 とされている しかし, 製 造 業 に 代 わる 新 たな 成 長 基 盤 として 著 者 が 注 目 しているのは サービス 業 の 中 の 企 業 関 連 サービ スだけなのではないか 大 局 的 な 社 会 像 を 提 示 する 知 識 社 会 論 と, 本 書 のよう な 緻 密 な 実 証 分 析 とを 同 列 に 論 じることは 不 適 切 かもしれない しかし,なぜ, 本 書 や 生 産 者 サービス 論 においては, 知 識 社 会 論 とは 異 なり 金 融 や 非 企 業 関 連 サービスを 除 いた 生 産 者 サービス 業 のみに 対 し, 将 来 の 成 長 基 盤 という 重 要 な 位 置 づけが 与 えられているのか 評 者 には 分 かりにくかった 第 二 に, 序 章 で 検 討 した 都 市 形 成 論 とソフトウェア 産 業 分 析 との 関 係 である 都 市 形 成 論 では, 基 幹 産 業 の 資 本 蓄 積 に 伴 って 都 市 の 物 的 社 会 的 インフラが 形 成 されるという 関 係 に 焦 点 が 当 てられる しかし, 本 書 においてこうした 指 摘 が 実 証 分 析 に 役 立 てられているのはボーイング 社 とシアトルとの 関 係 に 限 定 されるのではないか 本 書 の 後 半 の 検 討 対 象 となった 生 産 者 サービス 業 やソフ トウェア 産 業 を 分 析 する 場 合, 都 市 形 成 論 の 問 題 提 起 をどのように 考 えたらよ いのだろうか ソフトウェア 産 業 の 場 合 は 直 接 的 な 物 的 社 会 的 インフラはそ (2) れほど 重 要 ではなく, 本 書 でも 触 れられているクリエイティブ 階 級 論 のように, ( 1 )ピーター ドラッカー( 上 田 惇 生, 田 代 正 美, 佐 々 木 実 智 男 訳 ) ポスト 資 本 主 義 社 会 21 世 紀 の 組 織 と 人 間 はどう 変 わるか ダイヤモンド 社,1993 年,ロバート ライシュ( 中 谷 巌 訳 ) ザ ワーク オブ ネーションズ 21 世 紀 資 本 主 義 のイメージ ダイヤモンド 社, 1991 年 ( 2 )リチャード フロリダ( 井 口 典 夫 訳 ) クリエイティブ クラスの 世 紀 ダイヤモンド 社, 2007 年

66 経 済 理 論 358 号 2010 年 11 月 むしろ 高 賃 金 労 働 者 のための 都 市 のアメニティが 重 要 になると 理 解 すればいい のだろうか 第 三 に, 本 書 においては 都 市 政 策 や 産 業 政 策 の 側 面 からの 分 析 はあえて 対 象 の 外 に 置 かれているが, 既 存 の 産 業 政 策 論,とりわけ 産 業 クラスター 論 との 関 係 についても 一 言 述 べておきたい 一 般 に, クラスターとはある 特 定 の 分 野 に 属 し, 相 互 に 関 連 した 企 業 と 機 関 からなる 地 理 的 に 近 接 した 集 団 である 集 団 の 結 びつきは, 共 通 点 と 補 完 性 にある と 定 義 される (3) したがって,クラスター 論 の 枠 組 みでは 特 定 の 基 幹 産 業 とその 関 連 産 業 がクラスター 内 に 存 在 している ことが 前 提 となる そして,これら 産 業 の 存 在 を 前 提 に,ハイテク 産 業 地 域 育 成 のための 様 々な 施 策 や 活 動 が 実 行 されることになる しかし, 本 書 で 示 され たシアトルの 産 業 構 造 はクラスター 論 の 前 提 とは 相 反 するものではないか 航 空 宇 宙 とソフトウェアが 一 応 の 基 幹 産 業 といえないこともないが,むしろ, 特 定 の 基 幹 産 業 や 域 内 関 連 産 業 の 存 在 感 が 希 薄 な 複 合 的 な 産 業 都 市 だと 評 価 され ている こうした 分 析 結 果 をクラスター 論 の 枠 組 みではどのように 理 解 したら よいのであろうか 特 定 産 業 のクラスター 形 成 を 志 向 する 産 業 政 策 では, 外 的 環 境 が 変 化 してその 産 業 が 衰 退 する 可 能 性 を 考 えると, 長 期 的 な 発 展 は 望 めな いとすら 考 えられるのではないか 冒 頭 に 示 したように, 厳 しい 構 造 問 題 に 苦 しむ 日 本 経 済 から 見 れば, 本 書 で 示 されたシアトルの 産 業 構 造 転 換 の 姿 はまさに 垂 涎 の 的 である アメリカにお けるハイテク 産 業 地 域 の 形 成 はいかにして 可 能 となったのか 著 者 には 本 書 で なされた 企 業 サイドの 分 析 だけではなく, 政 策 や 制 度 の 側 面 からの 分 析 を 加 え た 包 括 的 な 地 域 経 済 像 の 提 示 を 望 みたい ( 3 ) 石 倉 洋 子, 藤 田 昌 久, 前 田 昇, 金 井 一 賴, 山 崎 朗 日 本 の 産 業 クラスター 戦 略 地 域 における 競 争 優 位 の 確 立 有 斐 閣,2003 年,12 ページ