59 書 評 山 縣 宏 之 著 ハイテク 産 業 都 市 シアトルの 軌 跡 航 空 宇 宙 産 業 からソフトウェア 産 業 へ (ミネルヴァ 書 房,2010 年 ) 藤 木 剛 康 Fujiki, Takeyasu 今 年 (2010 年 )2 月, 経 済 産 業 省 の 産 業 構 造 審 議 会 の 資 料 として 提 出 された 日 本 の 産 業 を 巡 る 現 状 と 課 題 に 注 目 が 集 まった この 資 料 によれば 日 本 経 済 の 行 き 詰 まりは 深 刻 であり,その 背 景 には,1 産 業 構 造 全 体 の 問 題,2 企 業 のビジネスモデルの 問 題,3 企 業 を 取 り 巻 くビジネスインフラの 問 題,という 3 つの 構 造 的 問 題 が 存 在 するという すなわち, 今 日 の 日 本 は 雇 用 吸 収 力 の 低 いごく 少 数 のグローバル 製 造 業 に 経 済 成 長 を 依 存 し,それら 少 数 のグローバル 製 造 業 すら 旧 態 依 然 としたビジネスモデルのために 海 外 企 業 に 市 場 シェアを 奪 われつつあり,さらに, 諸 外 国 との 産 業 の 立 地 競 争 にも 立 ち 後 れつつあるとい うのだ こうした 厳 しい 構 造 的 問 題 に 直 面 して 立 ちすくんでいるかのように 見 える 日 本 に 対 し, 経 済 の 新 陳 代 謝 を 順 調 に 進 め,ソフトウェアやバイオテクノロジー を 中 心 とした 複 合 的 なハイテク 産 業 地 域 として 発 展 を 続 けてきたのが, 本 書 の 研 究 対 象 であるアメリカ 太 平 洋 岸 の 都 市 シアトルである まず, 本 書 の 構 成 を 紹 介 しておこう 序 章 アメリカ 産 業 都 市 の 構 造 変 化 を 捉 える 第 1 章 港 町 から 航 空 機 産 業 都 市 へ 第 2 章 航 空 宇 宙 産 業 都 市 の 構 造 分 析 第 3 章 生 産 者 サービスの 成 長 とシアトルの 変 貌 第 4 章 ポスト 冷 戦 期 ボーイング 社 とシアトル
60 経 済 理 論 358 号 2010 年 11 月 第 5 章 第 6 章 マイクロソフト 社 の 成 長 とそのインパクト ソフトウェア 企 業 集 積 の 構 図 終 章 2000 年 代 の 新 展 開 以 下 では, 本 書 の 内 容 を 各 章 ごとに 要 約 していく 序 章 では,まず, 本 書 の 課 題 が シアトルの 戦 後 産 業 構 造 を 動 態 的 に 把 握 す ること であるとされる 次 いで,そのための 分 析 視 角 として,1 構 造 転 換 の 原 動 力 である 企 業 レベルの 分 析,2 基 幹 産 業 の 産 業 特 性,3それら 企 業 の 外 部 環 境,4 制 度 や 政 策 ではなく, 都 市 産 業 の 実 体 分 析,の 4 つがあげられる そ して,シアトルは 近 年 に 至 るまで 産 業 構 造 の 変 化 を 継 続 してきた 都 市 であり, アメリカの 産 業 再 編 を 検 討 する 上 で 重 要 な 研 究 対 象 であると 指 摘 される 次 に, 本 書 に 関 連 する 先 行 研 究 が 検 討 される 代 表 的 な 研 究 としては, 第 一 に,シアトルをボーイング 社 の 企 業 城 下 町 として 特 徴 づけるガンベルト 論 が 挙 げられる ガンベルト 論 は, 第 2 次 大 戦 後 におけるアメリカ 南 部 や 太 平 洋 岸 に おける 新 興 工 業 地 域 の 形 成 要 因 として, 連 邦 政 府 の 国 防 支 出 による 軍 需 産 業 の 発 展 を 指 摘 した しかし,ガンベルト 論 の 関 心 は 新 たな 産 業 地 域 の 比 較 や 類 型 化 にあるため, 冷 戦 後 の 軍 縮 によるガンベルトの 縮 小 と,シアトルに 見 られる ようなハイテク 産 業 地 域 への 構 造 変 化 を 動 態 的 に 把 握 できないという 問 題 点 が あるとされる 第 二 に, 特 定 産 業 企 業 の 城 下 町 を 主 な 研 究 対 象 とする 企 業 都 市 論 である 企 業 都 市 論 は 都 市 の 産 業 構 造 の 転 換 過 程 を 詳 細 に 分 析 している 反 面 で, 自 動 車 や 電 気 機 械 など 特 定 産 業 の 城 下 町 を 主 な 対 象 としてきたため, 産 業 の 技 術 的 特 性 と 都 市 の 形 態 との 関 連 が 検 討 されていないとされる また, 基 幹 産 業 の 間 接 雇 用 として 把 握 されるのは 下 請 け 企 業 の 雇 用 のみであり,こうした 狭 義 の 間 接 雇 用 とは 区 別 して, 基 幹 産 業 の 労 働 力 の 消 費 再 生 産 を 支 える 消 費 関 連 産 業 の 雇 用,つまり 広 義 の 間 接 雇 用 にまで 広 げて 分 析 すべきだとされる 第 三 に, 基 幹 産 業 の 資 本 蓄 積 が 当 該 地 域 の 公 権 力 を 媒 介 として 都 市 の 物 的
山 縣 宏 之 著 ハイテク 産 業 都 市 シアトルの 軌 跡 航 空 宇 宙 産 業 からソフトウェア 産 業 へ 61 社 会 的 インフラや 都 市 労 働 市 場 を 形 成 する 点 に 注 目 する 都 市 形 成 論 である こ の 議 論 は 統 一 的 な 産 業 都 市 像 の 提 示 という 点 で 評 価 すべきであるが, 産 業 論 的 技 術 的 視 角 が 存 在 しない 点 を 補 うべきであるとされる 第 四 に, 企 業 活 動 に 密 接 に 関 連 し 専 門 的 サービスを 提 供 する 生 産 者 サービ ス こそが, 都 市 経 済 の 新 たな 形 成 基 盤 だとする 生 産 者 サービス 論 である 本 書 の 分 析 対 象 であるシアトルでもサービス 経 済 化,すなわちソフトウェア 産 業 の 急 成 長 が 見 られるため,その 成 長 の 基 盤 を 分 析 することが 必 要 だとされる 以 上 の 理 論 的 枠 組 みの 検 討 の 後, 第 1 章 ではシアトルが 航 空 宇 宙 産 業 都 市 に 変 化 していく 前 史 が 検 討 される 第 1 次 大 戦 以 前 のシアトルは,これといった 産 業 の 存 在 しない 小 さな 港 町 だった しかし, 第 1 次 大 戦 の 軍 需 景 気 により 造 船 業 が 活 況 を 呈 し, 次 いで 戦 間 期 に 設 立 されたボーイング 社 が 第 2 次 大 戦 の 軍 需 景 気 によって 巨 大 企 業 化 したことにより, 航 空 機 産 業 都 市 への 変 貌 を 果 たし た 航 空 機 産 業 都 市 の 特 徴 としては, 第 一 に,ボーイング 社 と 地 元 自 治 体 との 間 接 的 な 社 会 政 治 的 関 係 がある ボーイング 社 は 地 元 自 治 体 に 直 接 的 に 関 与 するのではなく, 移 転 の 脅 し を 梃 子 に 必 要 な 限 りでインフラ 整 備 を 要 求 し 実 現 していた 第 二 に, 航 空 機 需 要 の 大 きな 変 動 に 伴 う 雇 用 者 数 の 大 きな 変 動 である このため,シアトル 経 済 には 強 い 不 安 定 性 がもたらされた 第 三 に,ボー イング 社 と 地 元 製 造 業 との 結 びつきの 弱 さである 航 空 機 産 業 は 高 品 質 の 部 品 を 必 要 とするが, 地 元 メーカーにはそうした 部 品 を 製 造 する 能 力 を 持 たなかっ た このため,ボーイング 社 は 全 米 各 地 のメーカーに 部 品 の 多 くを 分 散 発 注 す ることになったという 第 2 章 では,1960 年 代 から 1980 年 代 におけるシアトルの 経 済 構 造 が 分 析 さ れる この 時 期 のシアトルには,ボーイング 社 の 開 発 生 産 体 制 の 中 核 をなす 本 社, 研 究 開 発 拠 点, 民 間 航 空 機 部 門 の 最 終 組 み 立 て 工 場 が 置 かれ,ボーイング 社 はその 事 業 活 動 を 通 じて 航 空 宇 宙 産 業 都 市 特 有 の 経 済 構 造 を 創 出 していく ボーイング 社 とシアトルとの 関 係 の 特 徴 は, 第 一 に,シアトルの 物 的 社 会 的 インフラ 形 成 および 地 元 自 治 体 への 限 定 的 間 接 的 な 関 与 である ボーイング
62 経 済 理 論 358 号 2010 年 11 月 社 は 都 市 自 治 体 よりも,むしろ 法 制 度 面 で 権 力 を 有 する 州 政 府 や, 国 防 支 出 を 握 る 連 邦 政 府 レベルで 政 治 的 コネクションを 強 化 していた 第 二 に,この 時 期 のボーイング 社 は, 科 学 技 術 者 やエンジニアなどの 専 門 的 職 業 の 労 働 市 場 と, 生 産 労 働 者 のフレキシブルな 労 働 市 場 を 形 成 し, 雇 用 面 でシアトル 経 済 を 左 右 していた 第 三 に,ボーイング 社 による 狭 義 の 間 接 雇 用 はシアトル 経 済 に 限 定 的 な 影 響 しか 与 えていない その 理 由 は, 高 度 な 技 術 を 要 する 構 造 部 品 からな る 重 層 的 な 生 産 体 制, 変 動 が 大 きい 少 数 生 産, 開 発 経 営 リスクの 分 担 といっ た 航 空 宇 宙 産 業 特 有 の 産 業 特 性 により, 地 域 集 積 が 成 立 しにくいためである 第 四 に,ボーイング 社 の 広 義 の 間 接 雇 用 は, 高 賃 金 の 労 働 者 が 消 費 支 出 を 通 じ て 消 費 関 連 産 業 の 成 長 を 促 すことで, 地 元 経 済 に 規 定 的 な 影 響 を 及 ぼした 第 3 章 では,1970 年 代 以 降 のサービス 経 済 化 が 分 析 される 1970 年 代 以 降 のシアトルでは 高 度 専 門 的 なサービスを 事 業 所 に 供 給 する 生 産 者 サービスと, 医 療 教 育 サービスを 中 心 とするサービス 業 が 急 成 長 し,1980 年 代 には 最 大 の 産 業 セクターとなった しかし,これら 2 つのサービス 業 はボーイング 社 と の 関 係 において 対 照 的 な 特 徴 を 持 つ すなわち, 企 業 関 連 サービスを 提 供 する 生 産 者 サービス 業 は,ボーイング 社 とはそれほど 関 係 がないのに 対 し, 医 療 教 育 サービスなどの 非 企 業 関 連 サービスは,ボーイング 社 が 労 働 者 への 支 払 賃 金 を 通 じてその 成 長 に 影 響 を 与 えてきた したがって,1980 年 代 シアトルは, 航 空 宇 宙 産 業 都 市 としての 性 格 を 保 持 しつつ, 生 産 者 サービスが 新 たな 基 幹 産 業 として 出 現 しつつあったと 特 徴 づけられるという 第 4 章 では,1990 年 代 におけるボーイング 社 のリストラとシアトルへの 影 響 が 分 析 される ボーイング 社 は 冷 戦 終 結 に 伴 う 国 防 予 算 の 削 減 という 危 機 を, 防 衛 企 業 の 積 極 的 買 収 によって 乗 り 切 ろうとした その 結 果,アメリカ 全 土 に 多 数 の 事 業 所 を 抱 えるようになり,これらの 事 業 所 を 効 率 的 に 統 括 するた め 本 社 をシカゴに 移 転 してシアトルにおける 事 業 活 動 の 重 要 性 を 大 きく 低 下 さ せた さらに, 欧 州 エアバス 社 との 激 しい 競 争 戦 に 直 面 して 生 産 体 制 の 効 率 化 と 労 使 関 係 の 再 編 を 進 め,シアトルにおける 直 接 雇 用 も 大 幅 に 減 少 させた こ
山 縣 宏 之 著 ハイテク 産 業 都 市 シアトルの 軌 跡 航 空 宇 宙 産 業 からソフトウェア 産 業 へ 63 うして,この 時 期 以 降,ボーイング 社 とシアトルの 雇 用 変 動 との 連 関 は 消 滅 し, 冷 戦 後 のシアトルは 航 空 宇 宙 産 業 都 市 という 性 格 を 失 ったとまとめられる 第 5 章 では,1979 年 にシアトルで 創 業 したマイクロソフト 社 の 事 業 活 動 が, 1990 年 代 前 半 のシアトル 経 済 にもたらした 影 響 について 分 析 される そもそ もシアトルにはボーイング 社 が 形 成 した 開 発 エンジニアが 集 積 しており,さら に,シリコンバレーからも 遠 く,エンジニアを 囲 い 込 みやすいというソフトウェ ア 産 業 にとっては 好 適 な 環 境 が 存 在 していた こうした 環 境 は,マイクロソフ ト 社 の 立 地 によってソフトウェア 技 術 者 の 地 域 労 働 市 場 が 拡 大 することでさら に 強 化 される また,マイクロソフト 社 の 狭 義 の 間 接 雇 用 は, 主 な 資 財 やサー ビスを 域 外 から 購 入 しているために 限 定 的 であるが, 同 社 の 高 賃 金 労 働 者 の 消 費 支 出 によって 広 義 の 間 接 雇 用 は 巨 大 なものになるという 第 6 章 では 著 者 が 行 った 詳 細 な 現 地 調 査 に 基 づき,シアトルにおけるソフト ウェア 産 業 集 積 の 特 徴 が 分 析 される 第 一 に,ソフトウェア 企 業 の 出 自 の 多 様 性 である マイクロソフト 社 などの 巨 大 企 業 や 地 元 の 大 学 に 関 連 する 企 業 が 存 在 している 一 方 で, 全 体 の 半 数 程 度 が 業 種 内 でのスピンオフによって 誕 生 した 独 立 企 業 によって 構 成 されているという 第 二 に, 主 な 立 地 要 因 としては, 創 業 者 の 個 人 的 選 好 や 地 元 志 向 が 挙 げられるが, 起 業 が 活 発 であった 1990 年 代 には 技 術 者 エンジニアの 確 保,ベンチャーキャピタル エンジェルへの 近 接, マイクロソフト 社 への 近 接 など,より 多 様 化 していることが 指 摘 される 第 三 に,シアトルへの 集 積 要 因 としては 技 術 者 の 確 保 が 最 も 重 要 で, 集 積 内 の 中 小 企 業 間 のリンケージだけではなく,ボーイングやマイクロソフト, 大 学 研 究 機 関,ベンチャーキャピタル エンジェル, 業 界 団 体 などの 多 様 な 要 因 が 寄 与 し ていることが 明 らかにされる 第 四 に, 集 積 外 リンケージについては,カリ フォルニア,テキサス,ニューヨークを 拠 点 としつつ, 全 米 の 広 い 地 域 の 顧 客 にソフトウェアなど 情 報 サービスを 供 給 していることが 明 らかにされる こ れらの 分 析 結 果 に 基 づき,シアトルのソフトウェア 企 業 集 積 の 特 徴 として, 巨 大 企 業 の 影 響 とともに, 自 立 的 企 業 群 の 集 積 地 としての 性 格 も 併 せ 持 つことが
64 経 済 理 論 358 号 2010 年 11 月 指 摘 される 終 章 では,2000 年 代 におけるシアトル 経 済 の 変 化 が 概 説 される この 時 期, シアトルでは 製 造 業 の 大 幅 な 減 少 が 引 き 続 き 進 行 した これに 対 し,ソフトウェ アおよびバイオテクノロジー 産 業, 金 融 保 険 不 動 産 業 建 設 業 が 順 調 に 発 展 した さらに, 高 所 得 の 専 門 職 が 生 みだす 豊 かな 消 費 生 活 を 基 盤 に, 革 新 的 な 流 通 飲 食 企 業 も 叢 生 したという これらから,シアトルの 産 業 構 造 転 換 は 現 代 アメリカ 産 業 の 強 み が 現 れた 事 例 であるとまとめられている そして, 円 滑 な 産 業 構 造 転 換 の 条 件 として, 第 一 に,ボーイング 社 やソフトウェア 産 業 などの 主 要 な 企 業 産 業 が 周 辺 に 関 連 産 業 をあまり 集 積 させず,その 結 果, 特 定 の 企 業 や 産 業 にそれほど 依 存 しない 都 市 であったこと, 第 二 に, 大 西 洋 岸 北 西 地 域 の 物 流 情 報 拠 点 であり,また, 豊 富 なソフトウェア 技 術 者 が 存 在 するな ど, 新 産 業 創 出 の 条 件 が 存 在 していたことが 指 摘 される 以 上 が 各 章 の 要 約 である 本 書 の 意 義 は, 第 一 に, 緻 密 なデータ 分 析 と 現 地 調 査 により, ハイテク 産 業 都 市 シアトルの 産 業 構 造 の 来 歴 と 諸 特 徴 1 特 定 の 企 業 や 産 業 に 依 存 しない 複 合 性,2アメリカが 強 みを 持 つ 産 業 に 雇 用 さ れる 高 賃 金 労 働 者 層 による 豊 かな 消 費 市 場 を 詳 細 に 明 らかにしたことであ る また,これらの 諸 特 徴 は 既 存 の 都 市 地 域 経 済 研 究 で 取 り 上 げられた 研 究 事 例 の 多 くとは 異 なるため, 本 書 では 様 々な 研 究 手 法 や 分 析 視 角 が 複 眼 的 に 取 り 入 れられている このように, 多 様 な 分 析 手 法 を 柔 軟 に 吸 収 し, 実 証 研 究 の ためのツールとして 鍛 え 直 して 実 際 に 駆 使 している 点 も 本 書 の 意 義 として 積 極 的 に 評 価 できよう なお, 評 者 はアメリカの 都 市 地 域 経 済 を 専 門 とする 者 で はないため, 以 下 ではそうした 素 人 の 目 線 から 若 干 のコメントをしたい 第 一 に, 本 書 で 検 討 されるサービス 業 の 定 義 とその 役 割 についてである 一 般 に, 先 進 国 における 産 業 構 造 の 転 換 が 議 論 される 場 合, 製 造 業 を 中 心 とした 大 量 生 産 社 会 から,サービス 産 業 を 中 心 とした 知 識 社 会 への 転 換 という 枠 組 み (1) で 議 論 されることが 多 い 例 えば,ドラッカーやライシュの 知 識 社 会 論 では, 高 賃 金 の 知 識 労 働 者 と, 低 賃 金 のサービス 製 造 業 労 働 者 の 二 極 分 化 というビ
山 縣 宏 之 著 ハイテク 産 業 都 市 シアトルの 軌 跡 航 空 宇 宙 産 業 からソフトウェア 産 業 へ 65 ジョンが 提 示 されている しかし, 本 書 でのサービス 業 の 定 義 や 範 囲 は,こう した 第 二 次 産 業 から 第 三 次 産 業 へという 一 般 的 な 産 業 分 類 の 定 義 とはやや 異 なっている 例 えば 本 書 の 91 ページでは, 製 造 業 製 造 業 以 外 の 業 種 ( 金 融 保 険 不 動 産 業 ) サービス 業 の 3 つの 産 業 が 区 別 されており,その 後 の 3 章 ではその サービス 業 が 企 業 関 連 サービス( 生 産 者 サービス)と 非 企 業 関 連 サービスとに 分 けて 分 析 されている 本 書 では, 狭 義 の 間 接 雇 用 と 広 義 の 間 接 雇 用 とが 区 別 され,ハイテク 産 業 の 広 義 の 間 接 雇 用 やその 実 体 である 非 企 業 関 連 サービスも 重 要 な 分 析 対 象 とされている しかし, 製 造 業 に 代 わる 新 たな 成 長 基 盤 として 著 者 が 注 目 しているのは サービス 業 の 中 の 企 業 関 連 サービ スだけなのではないか 大 局 的 な 社 会 像 を 提 示 する 知 識 社 会 論 と, 本 書 のよう な 緻 密 な 実 証 分 析 とを 同 列 に 論 じることは 不 適 切 かもしれない しかし,なぜ, 本 書 や 生 産 者 サービス 論 においては, 知 識 社 会 論 とは 異 なり 金 融 や 非 企 業 関 連 サービスを 除 いた 生 産 者 サービス 業 のみに 対 し, 将 来 の 成 長 基 盤 という 重 要 な 位 置 づけが 与 えられているのか 評 者 には 分 かりにくかった 第 二 に, 序 章 で 検 討 した 都 市 形 成 論 とソフトウェア 産 業 分 析 との 関 係 である 都 市 形 成 論 では, 基 幹 産 業 の 資 本 蓄 積 に 伴 って 都 市 の 物 的 社 会 的 インフラが 形 成 されるという 関 係 に 焦 点 が 当 てられる しかし, 本 書 においてこうした 指 摘 が 実 証 分 析 に 役 立 てられているのはボーイング 社 とシアトルとの 関 係 に 限 定 されるのではないか 本 書 の 後 半 の 検 討 対 象 となった 生 産 者 サービス 業 やソフ トウェア 産 業 を 分 析 する 場 合, 都 市 形 成 論 の 問 題 提 起 をどのように 考 えたらよ いのだろうか ソフトウェア 産 業 の 場 合 は 直 接 的 な 物 的 社 会 的 インフラはそ (2) れほど 重 要 ではなく, 本 書 でも 触 れられているクリエイティブ 階 級 論 のように, ( 1 )ピーター ドラッカー( 上 田 惇 生, 田 代 正 美, 佐 々 木 実 智 男 訳 ) ポスト 資 本 主 義 社 会 21 世 紀 の 組 織 と 人 間 はどう 変 わるか ダイヤモンド 社,1993 年,ロバート ライシュ( 中 谷 巌 訳 ) ザ ワーク オブ ネーションズ 21 世 紀 資 本 主 義 のイメージ ダイヤモンド 社, 1991 年 ( 2 )リチャード フロリダ( 井 口 典 夫 訳 ) クリエイティブ クラスの 世 紀 ダイヤモンド 社, 2007 年
66 経 済 理 論 358 号 2010 年 11 月 むしろ 高 賃 金 労 働 者 のための 都 市 のアメニティが 重 要 になると 理 解 すればいい のだろうか 第 三 に, 本 書 においては 都 市 政 策 や 産 業 政 策 の 側 面 からの 分 析 はあえて 対 象 の 外 に 置 かれているが, 既 存 の 産 業 政 策 論,とりわけ 産 業 クラスター 論 との 関 係 についても 一 言 述 べておきたい 一 般 に, クラスターとはある 特 定 の 分 野 に 属 し, 相 互 に 関 連 した 企 業 と 機 関 からなる 地 理 的 に 近 接 した 集 団 である 集 団 の 結 びつきは, 共 通 点 と 補 完 性 にある と 定 義 される (3) したがって,クラスター 論 の 枠 組 みでは 特 定 の 基 幹 産 業 とその 関 連 産 業 がクラスター 内 に 存 在 している ことが 前 提 となる そして,これら 産 業 の 存 在 を 前 提 に,ハイテク 産 業 地 域 育 成 のための 様 々な 施 策 や 活 動 が 実 行 されることになる しかし, 本 書 で 示 され たシアトルの 産 業 構 造 はクラスター 論 の 前 提 とは 相 反 するものではないか 航 空 宇 宙 とソフトウェアが 一 応 の 基 幹 産 業 といえないこともないが,むしろ, 特 定 の 基 幹 産 業 や 域 内 関 連 産 業 の 存 在 感 が 希 薄 な 複 合 的 な 産 業 都 市 だと 評 価 され ている こうした 分 析 結 果 をクラスター 論 の 枠 組 みではどのように 理 解 したら よいのであろうか 特 定 産 業 のクラスター 形 成 を 志 向 する 産 業 政 策 では, 外 的 環 境 が 変 化 してその 産 業 が 衰 退 する 可 能 性 を 考 えると, 長 期 的 な 発 展 は 望 めな いとすら 考 えられるのではないか 冒 頭 に 示 したように, 厳 しい 構 造 問 題 に 苦 しむ 日 本 経 済 から 見 れば, 本 書 で 示 されたシアトルの 産 業 構 造 転 換 の 姿 はまさに 垂 涎 の 的 である アメリカにお けるハイテク 産 業 地 域 の 形 成 はいかにして 可 能 となったのか 著 者 には 本 書 で なされた 企 業 サイドの 分 析 だけではなく, 政 策 や 制 度 の 側 面 からの 分 析 を 加 え た 包 括 的 な 地 域 経 済 像 の 提 示 を 望 みたい ( 3 ) 石 倉 洋 子, 藤 田 昌 久, 前 田 昇, 金 井 一 賴, 山 崎 朗 日 本 の 産 業 クラスター 戦 略 地 域 における 競 争 優 位 の 確 立 有 斐 閣,2003 年,12 ページ