時 空 とは 何 か: 渦 をテーマとして 吉 田 善 章 ( 東 京 大 学 大 学 院 新 領 域 創 成 科 学 研 究 科 ) 物 理 学 が 考 える 時 空 とは 何 かを 紹 介 し,その 一 つの 発 展 マクロな 系 を 渦 という 時 空 によって 捉 えようという 試 み を 通 じて, 標 準 的 な 時 空 概 念 を 脱 構 築 しよう. 持 続 性 反 復 性 の 原 風 景 である 振 り 子 の 運 動 は 最 も 基 本 的 な 渦 である. 流 体 の 渦 はこれよりはるかに 興 味 深 い 現 象 であり, 渦 をメタファーと するさまざまな 事 象, 心 象, 社 会 現 象 に 共 通 する 自 己 組 織 化 する 時 空 のイメ ージが 渦 の 数 理 によって 見 えてくる. Keywords: 自 己 組 織 化, 持 続 性, 葉 層 構 造, 不 変 量,オブザーバブル 1. 時 空 を 考 える 物 理 学 は 第 一 義 的 には 物 の 学 である. 物 の 運 動, 状 態 の 変 化 について 客 観 的 定 量 的 な 理 論 の 確 立 を 目 指 す. 理 論 は 数 学 を 言 語 として 書 かれる ガリレオ 曰 く 自 然 は 数 学 という 言 葉 で 書 かれた 書 物 である. 数 学 は 極 言 すれば 空 間 の 学 である. 空 間 とは 何 か, 空 間 はどのように 表 現 される のか, 空 間 はどのように 変 換 するのか,などをさまざまな 抽 象 概 念 を 創 造 しながら 探 求 する. 空 間 の 中 におかれた 物 という 認 識 において 物 理 と 数 学 に 共 通 のテーマが 生 じ ると 言 ってよいだろう. 物 の 見 え方 に 主 観 ( 物 の 見 方 )が 介 入 していることを 発 見 して 以 来 (すなわちコペル ニクス 的 転 回 ), 物 がおかれた 空 間 と 物 の 見 え 方 の 関 係 を 調 べることが 物 理 学 の 中 心 的 なテーマとなった. 空 間 の 表 現 の 変 換 = 変 数 変 換 によって 方 程 式 を 見 やすい 形 に 書 き 換 えるという 数 学 的 なテクニックが 理 論 家 の 生 業 を 支 えているのだが, 翻 って 考 えると, 方 程 式 などはおよそ 表 層 的 なものであって,より 深 層 に 根 本 的 な 構 造 があると 思 われて くる. 物 の 本 質 を 捉 えるためには, 物 の 見 方 すなわち 空 間 の 表 現 を 相 対 化 しなくてはな らない. このようなわけで 時 空 ( 以 下, 時 間 の 軸 1 を 意 識 するときは 時 空 ということにする) が 物 と 並 行 して 理 論 の 二 項 を 構 成 することになるのだが,ここに 一 つの 論 点 がある. 1 空 間 と 同 じように 時 間 を 実 数 軸 で 表 現 するのが 物 理 の 時 間 概 念 の 特 徴 である. 物 体 の 運 動 を 記 述 す るための 時 間 は 普 通 は 一 つの 実 数 軸 で 十 分 である.しかし 物 理 学 でも 色 々な 局 面 で 複 数 の 時 間 的 な 変 数 を 措 定 することがある.それらは, 必 ずしも 実 数 軸 とは 限 らず,+の 方 向 だけであったり, 直 線 ではなくサ イクルであったり,あるいは 離 散 数 であったりする. 1
ニュートン 的 な 物 理 では, 時 空 は 認 識 の a priori な 形 式 ( 物 の 入 れ 物 )として 措 定 され る 2 このように 空 間 の 概 念 を 相 対 化 しようとするならば,そもそも 空 間 とは 何 かを 突 き 詰 めて 考 えなくてはならない. 数 学 独 特 の 謎 めいた 言 い 方 では, 空 間 とは 可 換 環 であ る.この 考 え 方 は 認 識 論 に 素 朴 な 根 拠 をもつ.ある( 原 始 的 な) 生 物 における 自 己 = identityとは,その 外 延 を 定 義 づけている 境 界 ( 表 皮 )を 空 間 の 中 に 認 識 することである とすると, 自 己 の 定 義 (あるいは 自 己 の 経 験 )に 空 間 の 概 念 が 先 立 っている. 空 間 を 意 識 することがなければ 自 己 と 外 部 の 差 異 を 認 識 することはないのである(より 高 度 な 意 味 でのidentityは 物 理 空 間 を 超 えたさまざまな 時 空 の 中 の 固 有 領 域 だといえるだ ろう). 物 理 学 では,a priori な 時 空 の 中 に 点 や 曲 線 などの 幾 何 学 的 対 象 をおくことで 物 のidentityを 表 現 する. 一 方,このような 理 論 の 書 き 方 を 批 判 し, 空 間 の 絶 対 性 を 否 定 す るのがマッハ 的 な 空 間 論 であり,その 系 譜 にアインシュタインの 時 空 論 が 位 置 づけられ る.アインシュタイン 方 程 式 は, 空 間 と 物 が 相 互 関 係 をもつこと( 物 があると 空 間 が 曲 がること)を 示 している. 2 3. 大 雑 把 に 説 明 しよう. 空 間 とは 要 素 = 点 の 入 れ 物 であるが,それは 単 に 入 れ 物 で あるだけではなく,そこにある 要 素 たちをそれぞれ 名 指 せる 概 念 装 置 を 備 えていなくて はならない.それが 可 換 環 である. 一 つの 点 を 他 と 区 別 するidentityとは, 裏 返 して 考 え ると,その 一 つを 除 いて 他 を 同 一 視 するということだ.まず 全 ての 点 を 同 一 視 する( 同 族 とみなす)ことから 始 め, 同 一 性 の 度 合 いを 僅 かに 減 らすことで, 一 点 のみ 残 して 他 を 全 て 同 一 視 する 基 準 が 得 られる. 実 際 には 次 のようにすればよい. 各 点 に 数 値 ( 重 複 も 許 す)を 与 えてそれぞれのidentityとする( 背 番 号 のようなものだと 思 おう). それぞ れの 点 が 幾 つもの 数 値 をもつことを 許 す( 各 点 がもつ 多 面 的 なidentityを 表 わす).ある 数 値 aに 対 して,こ れ をidentityの 一 つとしてもっている 点 たちで 同 族 G(a) を 作 ること にする.まず, 全 ての 点 に 全 ての 数 値 ( 実 数 )を 与 えよう.すると, 任 意 の a に 対 し てG(a) は 全 ての 点 の 集 合 となる.つまり 全 ての 点 は 同 族 である( 可 能 なかぎり 全 ての 数 値 をidentityとしてもっているという 意 味 で).そうなったのは 全 ての 点 に 分 け 隔 てな く 全 ての 数 値 をばらまいたからだ.この 十 全 なidentityの 分 布 を 自 明 なイデアル(ideal) という.これに 最 大 限 近 いが 僅 かに 公 平 性 を 欠 いた 分 布 ( 極 大 イデアルという)が 一 つ の 点 を 名 指 すidentityである.それは 次 のようなものだ.まず 一 つの 点 x だけに0を 与 え, 他 の 点 には0でない 数 値 を 背 番 号 として 与 えよう. 次 に 各 点 において,それぞれの 空 間 と 時 間 を 悟 性 の a prior とするのはカントの 超 越 論 的 哲 学.カントはニュートンの 著 作 から 多 くを 学 んだといわれている. 3 環 とは 何 らかの 足 し 算 と 掛 け 算 が 定 義 された 代 数 系.それが 可 換 であるとは, 掛 け 算 が 順 序 を 交 換 して 計 算 してもよい 演 算 になっているという 意 味. 数 の 掛 け 算 は 可 換 である( 小 学 校 で 教 わるように 2 3=3 2). 非 可 換 な 掛 け 算 の 例 は 行 列 の 掛 け 算. 2
背 番 号 に 色 々な 数 を 掛 けて 変 換 した 数 値 たちの 全 集 合 を 作 らせ,それを 各 点 のidentity とする.こうしてつくられたidentityの 分 布 は 点 x だけ 残 して 十 全 である. 実 際, 任 意 の 実 数 は, 一 つの0でない 実 数 にある 数 を 掛 けることで 生 み 出 せるから,x 以 外 の 点 は 全 ての 実 数 をidentityとして 獲 得 する.しかし0は 何 を 掛 けても0のままであるから, 点 x は 一 つの 背 番 号 0しかもたない.したがって 任 意 の a ( 0) に 対 してG(a) は 点 x だ け 除 いた 全 ての 点 集 合 となる. 裏 返 せば点 x を 名 指 したことになる. いささかひねくれた identity 論 のようだが, 数 学 者 の 論 考 は 本 質 を 射 抜 いていている. 上 の 説 明 では, 最 初 に 一 つ 点 x を 選 んで,そこから 極 大 イデアルを 生 成 したので, 既 に 名 指 した x の identity を 一 巡 りしてリフレーズすることになったのだが, 実 は 最 初 に 証 明 可 能 なのは 極 大 イデアルが 存 在 すること,その 極 大 イデアルはどこか 一 点 のみ を 疎 外 した 最 大 限 の 同 族 を 与 えるということである.identity= 疎 外 の 構 造.これを 決 め ているのは 可 換 環 であり, 可 換 環 を 変 形 すると 点 という 概 念 も 変 形 する. 上 記 の 例 では 実 数 の 代 数 ( 最 も 初 等 的 な 可 換 環 )で identity を 表 現 したが,より 高 度 な 代 数 系 を 考 えることでいろいろな 空 間 を 構 築 し, 空 間 におかれた 対 象 の 見 え 方 を 変 形 できるので ある. さて, 私 たちの 関 心 は 渦 である. 渦 とは 空 間 の 構 造 むしろ 歪 み だとい うのがこの 話 のテーマである.そう 考 えるヒントとして 図 1を 参 照 しておこう. 図 1: 一 匹 だけの 羊 は 広 い 野 原 を 自 由 に 動 き 回 るだろう.しかし,この 群 れに 属 す る 羊 が 感 じる 時 空 は, 牧 羊 犬 に 吠 えたてられることと, 周 りにいる 羊 たちの 運 動 によって 歪 む. ( 図 は kurasse.jp/member/little-kinoko778/note/93577 から 引 用 ) 3
2. 渦 とは 何 か 風 の 吹 くまま というように, 普 通 の 風 は 色 々 な 方 向 にランダムに 起 こる 空 気 の 流 れである.しか し,これが 渦 を 形 成 すると つむじ 風, 竜 巻, 台 風,ジェット 気 流 ( 極 渦 )のようにさまざまなス ケールの 渦 がある 秩 序 と 持 続 性 をもった 運 動 になる( 図 2). 渦 は 一 度 発 生 すると 安 定 的 に 持 続 する 局 所 的 な 運 動 である. 渦 がその 中 におかれた 物 に 与 える 効 果 は,ランダ ムな 揺 動 ではなく, 複 雑 でありながらある 種 の 秩 序 と 持 続 性 をもつ.こういう 意 味 で, 渦 はそれ 自 体 が 運 動 であると 同 時 に 局 所 的 な 時 空 の 構 造 だと 言 え る.その 特 徴 は 自 発 的 に 生 成 し 発 展 することである. 渦 が 時 空 の 構 造 だと 言 うとき,それは a priori で はなく, 自 己 組 織 化 するダイナミックな 構 造 を 意 味 している. 水 や 空 気 などの 流 体 に 現 れる 渦 が 渦 の 原 義 で あるが, 私 たちは 渦 に 多 様 な 意 味 を 重 ねる. 自 然 現 象, 心 象 ( 図 3), 社 会 現 象 の 様 々な 局 面 に 渦 のメタファーが 現 れる.それらはいずれも 特 異 な 時 空 のイメージを 喚 起 するものだ. 周 辺 の 事 物 を 巻 き 込 みながら 発 生 成 長 減 衰 消 滅 する,すな わち 動 きのうちで 構 造 をつくるもの,それが 渦 のイメージである. 渦 に 関 わる 哲 学 史 科 学 史 をひもといてみよ う. 古 くはデモクリトスの 原 子 論 に 動 と 相 を 繋 ぐ 道 具 概 念 として 渦 が 語 られている.ダビンチもガリレ オも 水 流 に 現 れる 渦 をスケッチして, 彼 らの 関 心 の 痕 跡 を 残 している.デカルトやオイラーは,コスモ ロジーを 語 る 道 具 として 渦 に 謎 めいた 役 割 を 託 した( 図 4).しかし, 渦 そのものの 正 体 は 未 解 明 であった.ニュートンのプリンキピア 第 2 巻 は 図 2: 大 気 に 現 れる 渦. 図 3: 心 象 に 現 れる 渦 (ゴッホ). 図 4: 学 者 の 想 像 (モデル)に 現 れる 渦.オイラー 惑 星 と 彗 星 の 運 動 理 論 (1744). 4
流 体 を 扱 ったものだが, 第 1 巻 と3 巻 の 成 功 に 比 して 不 名 誉 な 評 価 を 受 けている. 渦 が 難 しい 問 題 だったからだといえるだろう. 流 体 の 渦 を 数 学 的 に 扱 う 研 究 はヘルムホルツ, ケルヴィンに 始 まる.そして 現 代 において, 渦 は 流 体 を 超 えて 抽 象 化 され,さまざまな 数 理 の 中 に 普 遍 的 な 概 念 として 現 れる. 実 は 最 も 基 本 的 な 物 理 現 象 の 一 つである 振 り 子 の 運 動 ガリレオがピサの 僧 院 で 気 付 いた 宇 宙 の 秩 序 の 原 型 は 渦 なのである. 振 り 子 は 往 復 運 動 を 繰 り 返 すように 見 えるが, 錘 の 位 置 だけでなく 速 度 ( 運 動 量 )も 加 えた 2 次 元 の 空 間 ( 位 相 空 間 という) で 表 現 すると, 楕 円 の 上 を 巡 回 する 点 が 現 れる( 図 5).この 楕 円 は 振 り 子 のエネルギ ーの 等 高 線 である. 振 れを 大 きくしてエネルギーを 増 やすと, 大 きな 楕 円 軌 道 の 上 を 巡 回 する. 位 相 空 間 の 渦 が 一 つの 質 点 を 運 ぶ 様 子 を 可 視 的 な 空 間 へ 射 影 することで 現 前 す るのが 錘 の 往 復 運 動 なのである( 図 6). 一 般 化 して 次 のように 考 えることができる. 物 が 棲 む 空 間 は, 私 たちの 目 に 見 えてい る 空 間 ( 配 位 空 間 という)ではなく,そ れ に 運 動 量 の 座 標 を 加 えた 位 相 空 間 (phase space) である. 位 相 空 間 には 二 つのものが 渦 構 造 を 与 えている. 一 つはエネルギー.これが 物 体 の 存 在 を 表 現 している.もう 一 つは 軌 道 を 決 める 幾 何 学. 振 り 子 の 運 動 はエネルギ ーの 等 高 線 を 軌 道 にする. 一 般 化 すると,エネルギーの 勾 配 ベクトル g に 対 してこれ と 直 交 するベクトル v が 軌 道 の 接 ベクトルとなる.v = Mg と 関 係 づける 写 像 M が 空 間 の 幾 何 学 を 定 義 している.これをシンプレクティック (symplectic) 幾 何 学 という. M は 渦 の 生 成 作 用 素 である. 力 学 は 位 相 空 間 の 渦 を 解 析 する 問 題 なのである. 前 節 で 物 理 の 理 論 は 物 と 空 間 の 二 項 で 構 成 される と 言 ったが,もう 少 し 肉 付 けすると 物 はエネルギーとして 定 式 化 され 4, 空 間 はシンプレクティック 幾 何 学 で 構 造 化 される. 図 5: 振 り 子 の 運 動 の 色 々な 表 現 : (a) 可 視 的 な 空 間 ( 配 位 空 間 )における 振 り 子 の 運 動.(b) 位 相 空 間 における 振 り 子 の 運 動.(c) エネルギーH と 位 相 角 τ の 極 座 標 に 変 数 変 換 すると 直 線 運 動 に なり, 周 期 的 時 間 から 直 線 的 時 間 へ 変 換 される. 4 位 相 空 間 上 の 関 数 として 表 現 されたエネルギーをハミルトニアン(Hamiltonian)と 呼 ぶ. 5
振 り 子 は 2 次 元 の 位 相 空 間 で 運 動 するので, 軌 道 =エネルギーの 等 高 線 は 閉 じた 曲 線 ( 楕 円 )になる( 図 5 (b)).つまり 回 帰 的 な 運 動 が 起 こる. 振 動 を 時 間 と 等 置 すると, 時 間 はサイクルとなる( 時 計 と 同 じだ). 完 全 に 規 則 的 = 回 帰 的 な 運 動 を 記 述 する 時 間 はサイクルである( 実 数 を 周 期 で 除 した 剰 余 ). 周 期 を 延 長 して 実 数 軸 上 の 時 間 を 定 義 することもできる ( 図 5 (c)). 無 限 に 長 い 時 間 が 本 当 に 必 要 となるのは, 非 回 帰 的 な 運 動 =カオスを 記 述 するときである( 図 7).カオスは2より 高 い 次 元 の 空 間 で 起 こる 複 雑 な 運 動 である. 図 6: 位 相 空 間 は 渦 で 埋 められている. 渦 によって 運 ばれる 点 が 位 相 空 間 に 軌 道 を 描 く. その 配 位 空 間 への 射 影 が, 可 視 的 な 世 界 に 物 体 の 運 動 として 現 出 する. 図 7: 位 相 空 間 の 断 面 に 現 れる 軌 道 の 通 過 点.(a) 規 則 的 な 運 動 と,その 間 に 埋 め 込 まれ た 周 期 的 な 運 動.(b) カオスの 軌 道 は 決 して 回 帰 しない. 6
3. 自 己 組 織 化 する 時 空 = 渦 前 節 では, 渦 が 時 空 を 満 たし,そこに 生 起 する 運 動 の 幾 何 学 を 決 定 していること を 示 した. 例 にあげた 振 り 子 の 運 動 はシンプレクティック 幾 何 学 という a priori な 構 造 で 規 定 されている 5.この 古 典 的 な 対 象 を 渦 だと 言 うのは 単 にレトリックだと 批 判 されてもしかたない. 本 当 に 面 白 いのは,そして 科 学 史 哲 学 史 の 中 で 脈 々と 語 られて きた 渦 は,まさに 流 体 の 渦 のように,それ 自 体 が 自 己 組 織 化 する 運 動 であり, 同 時 にそこにおかれた 物 体 を 支 配 する 時 空 の 構 造 でもある 渦 である. まず, 渦 が 葉 (leaf) であることを 述 べよう.ミクロな 物 理 の 描 像 では, 空 間 6 は 過 不 足 のない物 理 量 でパラメタ 化 されている.しかし,マクロな 系 の 空 間 はしばし ば 冗 長 (redundant) であり, 実 は 空 間 に 埋 め 込 まれた 葉 っぱの 上 でしか 運 動 できない ( 図 8).つまり, 全 体 の 運 動 には 束 縛 がかかっているのだ.このような 状 況 を 空 間 の 葉 層 化 (foliation)という. 渦 があることによって 空 間 は 葉 層 化 する.すなわち 渦 はそれ 自 身 の 運 動 を 束 縛 する. 空 間 のパラメタに 過 不 足 がないとはどういうことかを 説 明 しよう. 私 たちが 事 象 とし て 認 識 できるのは 何 らかの 変 化 変 動 だけである.ここでは 時 間 の 軸 上 で 観 測 される 変 化 を 一 般 的 に 運 動 と 呼 ぶ. 運 動 の 表 現 には 二 つの 方 法 がある. (1) 状 態 を 位 相 空 間 の 点 で 表 わし,その 点 の 軌 道 ( 変 化 の 歴 史 )で 運 動 を 表 わす. (2) 状 態 の 観 測 値 (オブザーバブル)の 時 間 変 化 によって 運 動 を 表 現 する. 図 8: 葉 層 化 した 位 相 空 間 のイメージ.アクチュアルな 運 動 は 葉 の 上 に 束 縛 される. 5 その 渦 は 正 準 ハミルトニアン 流 と 呼 ばれる. 6 ミクロの 物 理 学 は, 事 象 を 要 素 還 元 し,その 要 素 を 記 述 するために 必 要 十 分 なパラメタを 発 見 同 定 することを 目 的 とする. 7
観 測 値 ( 物 理 量 と 呼 ぶ)の 全 体 集 合 を 随 伴 空 間 という 7. 普 通 は 位 相 空 間 と 随 伴 空 間 を 同 一 視 できる.つまり 位 相 空 間 の 座 標 は 観 測 可 能 な 物 理 量 であり,その 観 測 値 を 全 てそ ろえることで 状 態 が 確 定 する. 第 1 節 で 述 べたように, 空 間 はその 中 の 点 を 名 指 す 概 念 装 置 であるが,その 名 指 しは 観 測 と 等 価 だと 考 えてよい. しかし, 位 相 空 間 は 私 たちが 事 象 をモデル 化 するために a priori に 措 定 するものであ る.はたして 観 測 によって 位 相 空 間 の 中 のあまねく 全 ての 点 が 確 定 するだろうか? 空 間 という 概 念 装 置 が 観 測 という 実 践 的 な( 少 なくとも 理 論 上 の) 行 為 の 結 果 =actuality と 整 合 するとは 限 らない. 観 測 は 動 くもの しか 捉 えることができない. 観 測 にかか らない( 概 念 上 の)パラメタ が 存 在 するとき, 位 相 空 間 は 冗 長 である.つまり 実 際 に 変 動 する 物 理 量 の 軌 道 たち( 余 随 伴 空 間 )は 位 相 空 間 に 埋 め 込 まれた 部 分 多 様 体 = 葉 に なるのである. しかし, 変 化 しないという 意 味 で 観 測 にかからないパラメタは, 無 意 味 ではない.そ れは 物 の 属 性 ではなく,むしろ 空 間 の 構 造 だと 考 えることができる.あるパラ メタが 変 化 しないということは,それを 変 化 させないような 束 縛 が 位 相 空 間 の 上 にある という 意 味 だ.つまり 変 化 しないパラメタは, 実 際 に 物 が 運 動 できる 領 域 = 葉 を 規 定 している. 葉 は, 私 たちが a priori に 措 定 する 空 間 の 中 の 複 雑 に 分 岐 した 多 様 体 であ る.その 全 容 を 知 ることは 極 めて 難 しい.なぜなら 葉 は a priori ではなく,そこにおか れた 物 の 運 動 と 相 互 に 関 係 しながら 自 己 組 織 化 する,つまり 物 という 側 面 も 併 せも つからである. 渦 とはその 大 きさが 循 環 によって 計 られる 物 である(たとえば 流 体 の 渦 は 流 体 を 構 成 するエレメントたちの 運 動 である). 循 環 は 不 変 量 (invariant)である(ケ ルヴィンの 循 環 法 則 ).その 意 味 では 空 間 である. 渦 は,それ 自 身 の 定 義 である 循 環 を 一 定 にするようにしか 運 動 できない. 渦 は 自 らが 定 義 する 葉 の 上 を 巡 るので ある. 渦 という 葉 は, 長 い 時 間 スケールでみると, 完 全 に 不 変 ではない. 渦 は 自 己 組 織 化 し,いずれは 消 滅 し,また 再 生 する. 長 い 時 間 スケール と 言 ったのは, 渦 というマクロな 階 層 の 運 動 構 造 がミクロな 階 層 の 運 動 (たとえば 流 体 の 渦 では, 流 体 を 構 成 する 分 子 たちのランダムな 運 動 = 熱 運 動 )と 相 関 する 時 間 スケールのことである. いわゆる 摩 擦 の 効 果 で,マクロな 運 動 である 渦 流 の 運 動 エネルギーは 熱 エネルギーに 変 換 される. 渦 が 次 第 に 雲 散 霧 消 することは 自 然 の 摂 理 ( 熱 力 学 第 2 法 則 )として 理 7 さらにそれと 共 役 な 状 態 の 集 合 を 余 随 伴 空 間 という. 余 随 伴 空 間 の 軌 道 = 余 随 伴 軌 道 は 運 動 の 正 準 な 表 現 を 与 える.すなわち 観 測 によって 状 態 を 定 義 する ことから 始 めれば,その 変 化 を 表 わす 軌 道 = 余 随 伴 軌 道 はシンプレクティック 幾 何 学 の 構 造 をもつ.これをシンプレクティック 葉 という. 8
解 できるのだが, 不 思 議 なのは 渦 が 生 まれるプロセスである. 実 は 循 環 の 変 化 は 熱 サイクルに 等 しい. 流 体 が 自 発 的 に 熱 機 関 のように 働 けば, 渦 を 生 みだすこと ができるのである.もちろん,ただ 空 間 に 自 由 に 横 たわる 物 質 が 自 ら 機 関 となって 働 き 始 めることはない. 普 通 は 物 の 分 布 の 歪 み(たとえばエントロピーと 温 度 の 分 布 の ずれ)によって 熱 サイクルが 生 まれる.もう 一 つ, 空 間 の 歪 みも 熱 サイクルをつくるこ とができる. 宇 宙 を 満 たす 渦 たち( 図 9)の 起 源 は 何 か? 一 つの 説 として, 相 対 論 の 効 果 による 時 空 の 歪 みが 最 初 の 渦 を 作 ったというモデルがある.それは 電 磁 場 の 渦 すな わち 磁 場 として 今 も 天 体 に 巻 きついている. 図 9: 宇 宙 を 満 たす 渦 (released by NASA). 持 続 する 構 造 の 典 型 は 渦 である.しかし, その 起 源, 生 成 メカニズムは 謎 である. 相 対 論 の 効 果 で 時 空 が 歪 むために 渦 ができる というモデルが 提 唱 されている:S.M. Mahajan and Z. Yoshida, Twisting space-time: Relativistic origin of seed magnetic field and vorticity, Phys. Rev. Lett. 105 (2010) 095005. 参 考 文 献 1. P. Cartier, A mad day's work: from Grothendieck to Connes and Kontsevich the evolution of concepts of space and symmetry, Bull. American Mathematical Society 38 (2001) 389 408. 2. 吉 田 善 章, 非 線 形 とは 何 か 複 雑 性 への 挑 戦 ( 岩 波 書 店, 2008); Z. Yoshida, Nonlinear Science the challenge of complex systems (Springer, 2010). 3. 吉 田 善 章, 時 空 の 問 題 として 見 るプラズマ 物 理 : 渦 とは 何 かをめぐって, 日 本 物 理 学 会 誌 68 (2013), 74 81. 9