現 地 研 究 日 生 諸 島 報 告 以 下 に 現 地 研 究 日 生 諸 島 の 実 施 報 告 を 記 す 内 容 は 次 のとおりである 1) 参 加 者 募 集 の 掲 示 用 資 料 2) 参 加 者 のうちの 1 名 一 條 洸 太 君 の 事 後 提 出 レポートの 抜 粋 と そこに 担 当 者 中 俣 の 雑 感 などを 加 えたもの ( 雑 感 は 文 字 ポイントを 落 とし 一 條 レポート 中 に 時 間 経 過 に 従 って 挿 入 してある 1) 参 加 者 募 集 の 掲 示 用 資 料 ひ な せ 現 地 研 究 日 生 諸 島 [ 担 当 : 中 俣 ] ところ ひ な せ 岡 山 県 備 前 市 日 生 諸 島 目 的 瀬 戸 内 海 東 部 岡 山 県 と 兵 庫 県 の か 県 境 に 近 い 日 生 諸 島 ( 鹿 く い 久 居 かしら 島 頭 お お た ぶ こう 島 大 多 府 島 鴻 島 )において 島 の 人 々の 生 活 を 調 べ 見 るとともに 瀬 戸 内 島 嶼 部 の 過 去 現 在 のありよ うと 将 来 の 姿 に 思 いを 馳 せる 日 程 2011 年 11 月 20 日 ( 日 )~11 月 22 日 ( 火 ) 2 泊 3 日 1 日 目 :JR 赤 穂 線 日 生 駅 前 集 合 駅 のすぐ 前 の 港 から 船 で 頭 島 へ 渡 る( 約 30 分 ) 2 日 目 : 頭 島 から 大 多 府 島 へ 渡 り 牡 蠣 養 殖 の 現 場 を 実 見 島 の 産 業 のあり 方 などの 調 査 実 習 頭 島 へ 戻 る 3 日 目 : 頭 島 と 鹿 久 居 島 の 間 に 架 かる 頭 島 大 橋 を 歩 いて 渡 り 再 び 頭 島 へ 戻 る 昼 ごろ 日 生 へ 午 後 3 時 過 ぎ 現 地 で 解 散 募 集 文 学 部 地 理 学 科 2~4 年 生 定 員 15 名 程 度 原 則 として 先 着 順 に 参 加 を 受 け 付 けるが 学 年 ごとのバランスや 男 女 の 比 率 も 考 慮 する 必 要 が あるため 場 合 によっては 一 部 抽 選 等 で 参 加 者 を 決 定 することがある また 参 加 募 集 は 定 員 に 満 たなくても 11 月 8 日 ( 火 )までで 締 切 る
費 用 現 地 までの 交 通 費, 宿 泊 費 (2 泊 分 ), 現 地 での 船 賃 等 の 諸 費 用 など, 合 わせておよそ 45,000 程 度 の 予 定 ( 例 えば 京 阪 神 まで 夜 行 バスを 使 うなど 安 価 な 方 法 は 各 自 で 考 えてほしい) 説 明 会 2011 年 11 月 10 日 ( 木 ) 午 後 6 時 40 分 ~ BT13 階 地 理 学 実 験 室 いかなる 理 由 であれ 説 明 会 に 欠 席 したものは 参 加 を 認 めない その 他 使 用 する 地 形 図 25000 分 の1: 日 生, 200,000 分 の 1: 姫 路 参 加 者 は 説 明 会 の 時 までに 購 入 し 説 明 会 に 持 参 すること 申 込 み 参 加 希 望 者 は 予 約 金 1000 円 を 添 えて 地 理 学 科 事 務 室 (BT12 F)まで 申 込 むこと なお 説 明 会 後 に 参 加 を 取 り 消 した 場 合 予 約 金 は 返 還 しない 2) 一 條 レポート 抜 粋 と 担 当 教 員 雑 感 1. はじめに 私 は 前 期 のゼミで 田 中 健 作 (2010): 政 策 転 換 期 における 離 島 航 路 維 持 の 展 開 - 瀬 戸 内 海 を 中 心 とした 不 採 算 航 路 を 事 例 として- の 論 文 を 読 み 発 表 しました この 論 文 を 読 み 私 は 離 島 航 路 の 現 状 が 非 常 に 厳 し い 状 況 に 置 かれていることを 初 めて 知 りました 論 文 の 中 で 海 上 交 通 は 代 替 交 通 が 不 可 能 であり 定 期 航 路 が 無 くなれば 死 活 問 題 となってしまう 今 後 も 継 続 的 に 運 行 するには 特 に 船 員 不 足 の 問 題 をどう 解 決 してい くかが 求 められると 書 かれていました しかし 過 去 に 沖 縄 本 島 と 小 豆 島 くらいしか 行 ったことのない 私 にと って 離 島 に 住 む 方 々の 生 活 がどのようなものか 離 島 航 路 とはどのようなものかイメージするのは 難 しいも のでした 実 際 に 現 地 に 行 って 自 分 の 目 で 確 かめてみたいなと 思 っていたところ 今 回 論 文 で 対 象 地 域 と されていた 瀬 戸 内 海 の 島 々の 現 地 研 究 が 実 施 されるということで 参 加 を 決 意 しました 2. 行 程 (スケジュール) 1 日 目 ~11 月 20 日 ( 日 ) 12:00 日 生 駅 前 集 合 駅 前 から 船 に 乗 る (12:10 日 生 駅 前 12:50 頭 島 ) 頭 島 に 上 陸 し 満 潮 荘 に 荷 物 を 置 く 13:30 頭 島 を 散 策 する 島 々を 一 望 できる たぬき 山 展 望 台 に 上 がる 展 望 台 を 降 り さらに 北 上 し 頭 島 大 橋 を 下 から 見 上 げられる 場 所 に 行 く 島 の 西 側 に 向 かい ゲートボール 場 を 発 見 する 島 の 中 心 部 へ 向 かい 牡 蠣 処 理 場 を 見 学 満 潮 荘 に 戻 る 船 は 日 生 諸 島 と 日 生 港 とを 結 んでいる 定 期 航 路 ( 大 生 汽 船 ) JR 赤 穂 線 日 生 駅 の 西 側 約 1kmに ある 日 生 港 と 日 生 諸 島 各 島 を 結 んでいる 日 生 駅 前 にもこの 定 期 船 が 着 く 埠 頭 があり われわれが
乗 船 したのは 1 日 9 便 ある 定 期 船 のうちただ1 便 だけこの 駅 前 の 埠 頭 に 立 ち 寄 るものであった せっかくの 好 天 で 島 々の 景 色 が 良 く 見 えるのに 学 生 たちは 多 くが 船 室 内 にこもったきりで あまり デ ッ キ に 出 て 景 色 を 楽 し も う と は し な い あ と で 注 意 し よ う! 島 には 各 所 に 小 さな 畑 があり いろいろな 作 物 が 植 えられている それが 何 か 学 生 に 尋 ねてみる が 知 らないものがいくつもある ブロッコリー ニンジン トウガラシ ダイコン ネギ イチジク を( 果 実 として) 食 べたことのない 学 生 が 全 体 の4 分 の3もいたのには 驚 いた 一 つためしに 実 を 採 って(!) 食 べさせる イチジクはかつて 島 の 特 産 品 だったという 西 洋 イチジクではなく 在 来 種 昨 夕 食 には 茹 でたシャコが 山 盛 りに 2 日 目 ~11 月 21 日 ( 月 ) 6:45 起 床 7:00 朝 食 7:45 出 発 8:00 頭 島 8:10 大 多 府 島 牡 蠣 処 理 場 見 学 大 多 府 島 散 策 11:05 大 多 府 島 11:15 頭 島 昼 食 ( 弁 当 ) 鹿 久 居 島 へ 日 生 架 橋 について 役 場 の 方 から 説 明 を 受 ける 頭 島 に 戻 る 15:30 民 宿 昨 夜 はこの 時 期 の 瀬 戸 内 にしてはとても 寒 い 夜 だった 大 多 府 島 では 漁 協 から 連 絡 してもら っていたカキ 生 産 者 の 菱 川 さんの 小 屋 へ カキ 養 殖 は 1960 年 ごろに 始 めたものという 主 とし て 家 族 労 働 だが 今 では 中 国 人 研 修 生 (という 名 目 の 季 節 的 雇 用 者 )が 数 多 くいる 彼 らなし ではやっていけないようである カキの 殻 むきは 約 半 年 間 に 集 中 して 行 われる 仕 事 である 菱 川 さんの 話 によると 中 国 人 らは 別 に 海 岸 沿 いの 地 域 の 出 身 者 というわけではなく 帰 国 してか らカキ 養 殖 に 携 わる 可 能 性 もなさそうということだった 3 日 目 ~11 月 22 日 ( 火 ) 10:05 頭 島 10:25 日 生 五 味 の 市 ( 休 業 日 ) 11:15 出 発 かきおこ を 食 べる 13:30 解 散 3. 橋 を 架 けることについて 事 業 概 要 昭 和 58 年 から 国 や 県 に 対 して 陳 情 や 要 望 活 動 を 続 けている 一 方 昭 和 62 年 から 頭 島 町 内 会 全 戸 が 各 世 帯 月 500 円 の 架 橋 貯 金 を 始 めるなど 地 元 の 熱 意 が 国 県 に 伝 わり 平 成 6 年 度 に 国 庫 補 助 事 業 として 採 択 さ れ 平 成 16 年 には 鹿 久 居 島 と 頭 島 を 結 ぶ 頭 島 大 橋 が 開 通 した 平 成 26 年 には 本 土 と 鹿 久 居 島 を 結 ぶ 日 生 大 橋 が 完 成 する 予 定
離 島 架 橋 とは 離 島 を 離 島 でなくするもの つまり 島 を 本 土 と 一 体 のものとす る 装 置 である 第 二 次 大 戦 後 の 日 本 の 離 島 振 興 政 策 の いわば 柱 をなしてき たのが この 離 島 架 橋 建 設 であった そこで 目 論 まれたのは いうまでもなく 経 済 的 な 後 進 地 域 としての 島 々を その 境 遇 から 脱 却 させることだった がしか し その 結 果 生 み 出 されたものは 本 当 に 島 に 住 む 人 々にとって そして 島 にすまない 人 々にとっても より 望 ましい 生 活 空 間 だったのか? 今 回 の 現 地 研 究 で 参 加 者 に 考 えてほしかったことの 一 つはそういうことだった 架 橋 政 策 に 対 しての 是 非 が とりあえず 問 題 なのではない そのことについて どのような 体 験 をもとにどのように 考 えるか 大 切 なのはそのことである 整 備 効 果 将 来 展 望 架 橋 事 業 の 完 成 により 人 物 情 報 が 随 時 にしかも 低 コストに 短 時 間 で 流 れることにより 離 島 地 域 の 隔 絶 性 の 解 消 はもとより 利 便 性 の 向 上 医 療 など 安 全 性 の 確 保 観 光 の 広 域 化 産 業 振 興 人 口 の 定 住 化 など 地 域 に 多 大 の 便 益 と 発 展 への 可 能 性 をもたらす 意 見 私 は 橋 を 架 けることに 反 対 である 確 かに 島 で 生 活 することには 不 便 なことが 多 々あるとは 思 う しかし 利 用 状 況 や 建 設 費 用 から 見 て 必 要 性 はないと 感 じた 架 橋 したとしても 備 前 市 ( 日 生 側 )の 方 で 期 待 している ことの 実 現 性 は 低 いように 思 えた 低 コストで 短 時 間 で 人 もの 情 報 が 流 れることは 可 能 だと 思 う ただ 流 動 化 することは 人 口 の 流 失 も 意 味 するのではないか 島 に 用 があっても すぐに 駆 けつけることができるなら 環 境 の 整 った 本 土 に 住 むのではないかと 思 う また ただでさえ 狭 い 島 なので これ 以 上 家 を 建 設 することは 不 可 能 なように 思 えた それ 以 外 にも 離 島 地 域 の 隔 絶 性 の 解 消 とあるが これは 今 まで 形 成 されていた 住 民 の 輪 の 崩 壊 を 意 味 するのではないかと 思 う しかし 頭 島 の 人 たちは 住 民 の 輪 が 崩 壊 するという 危 険 性 も 察 知 せず 架 橋 を 熱 望 しており 一 世 帯 毎 月 500 円 貯 金 をして 架 橋 を 訴 えてきた 最 も 利 用 するであろう 島 民 が こういった 訴 えを 起 こしたため 架 橋 に 拍 車 がかかってしまった 役 場 の 方 の 話 の 中 で 鹿 久 居 島 の 開 発 もしたいとのことで あったが 具 体 性 に 欠 けているものだった 平 地 の 少 なく 保 護 地 で 占 められている 鹿 久 居 島 での 開 発 は 難 しい ように 思 う しかし もう 橋 は 建 設 されることが 決 定 的 になってしまい 後 にも 引 けない 状 況 になってしまって いる 橋 が 架 かった 後 どのような 変 化 をもたらすのか 自 分 の 目 で 確 かめてみようと 思 う 4. 頭 島 の 感 想 今 回 の 現 地 研 究 は 頭 島 を 基 点 にした 宿 も 頭 島 で もっとも 滞 在 時 間 の 長 い 島 となった 頭 島 は 日 生 諸 島 の 中 心 的 な 存 在 で もっとも 人 口 が 多 く 郵 便 局 も 置 かれている 本 土 からも 近 く 約 20 分 で 行 くことが 出 来 る しかし 近 年 民 宿 が 減 少 傾 向 にあり 活 気 がなくなってしまっている また 島 の 中 にいる 若 者 のほとんど は 中 国 から 研 修 で 来 た 若 者 となってしまっていた 島 の 産 業 は 漁 業 くらいしかなく 若 者 が 生 きていくには 島 を 離 れて 生 活 するしかないように 思 われた 観 光 客 にとって 頭 島 の 風 景 はどこか 心 が 落 ち 着 くものがあると 思 う 古 い 家 が 多 く 懐 かしさを 思 わせるものがあった 時 間 を 忘 れてのんびりしたいのならば 頭 島 に 訪 れる のがいいかと 思 う 個 人 的 に たぬき 山 展 望 台 からの 風 景 は 絶 景 だった ここから 見 渡 すと 頭 島 が 中 心 的 な 存 在 だと 痛 感 する 宿 で 頂 いた 魚 は 新 鮮 でおいしかった ミカンがあちこちにあり 小 ぶりながらも 味 はおいし かった
5. おわりに 私 は 首 都 圏 に 属 す 埼 玉 に 住 んでいる そのため 離 島 の 自 然 豊 かな 環 境 は 新 鮮 なものに 感 じる 今 回 2 泊 3 日 という 短 い 期 間 であったが 閉 鎖 的 で 邪 魔 されることのない 空 間 で 悠 々と 生 きる 方 が 何 もかも 整 った 都 市 よ りも 人 間 的 に 充 実 した 人 生 を 送 れるように 私 は 思 った また 今 回 の 現 地 研 究 で 離 島 に 非 常 に 興 味 を 持 てた 今 後 島 巡 りという 新 たな 旅 を 始 めようかと 思 っている これからも 離 島 にぜひ 関 心 を 持 ち 続 けてほしい