逮 捕 監 禁 罪 における 自 由 剥 奪 の 認 識 逮 捕 監 禁 罪 における 自 由 剥 奪 の 認 識 前 原 宏 一 はじめに 逮 捕 監 禁 罪 は 近 年 では 特 に 新 潟 女 子 監 禁 事 件 (1) という 重 大 事 件 の 発 生 により 注 目 された 犯 罪 類 型 である その 事 件 発 覚 後 の 新 潟 県 警 幹 部 の 対 応 をめぐり 世 間 の 耳 目 を 集 めたが その 犯 罪 類 型 そのものの 法 定 刑 の 不 十 分 さにも 目 が 向 けられていた 事 件 では9 年 の 長 きにわたり 監 禁 された 被 害 者 の 悲 惨 な 状 況 に 比 較 して そこに 予 定 されていた 法 定 刑 で はそれに 見 合 った 十 分 なものでないとされたのである それもあって 現 在 では 法 定 刑 も 当 時 より 重 く 改 正 されている (2) しかし 逮 捕 監 禁 罪 をめぐる 問 題 点 は 依 然 として 残 されている 特 に その 出 発 点 とも 言 える 保 護 法 益 の 理 解 をめぐる 議 論 からして 多 様 な ままであり どのような 者 に 対 して 逮 捕 監 禁 罪 が 成 立 するのかについ ても 学 説 は 分 かれているのであり 主 要 な 理 論 的 問 題 は 手 付 かずのまま に 残 されている 感 がある こうした 状 況 の 中 で 本 稿 は 逮 捕 監 禁 罪 が 成 立 するには 被 害 者 に 自 由 が 剥 奪 されているとの 認 識 ( 自 由 剥 奪 の 認 識 )が 必 要 なのか 否 か といった 問 題 をとりあげるものである (1)この 事 件 については さしあたり 拙 稿 新 潟 女 性 監 禁 事 件 判 決 のとらえ 方 犯 罪 被 害 者 と 刑 罰 法 学 セミナー2002 年 8 月 号 71 頁 以 下 参 照 (2) 当 時 3 月 以 上 5 年 以 下 の 懲 役 とされていたものが 平 成 17 年 (2005 年 ) 改 正 を 経 て 現 在 では3 月 以 上 7 年 以 下 の 懲 役 とされるようになった 47
札 幌 法 学 25 巻 2 号 (2014) 1. 逮 捕 監 禁 罪 の 概 要 我 が 国 の 刑 法 220 条 は 逮 捕 監 禁 罪 を 不 法 に 人 を 逮 捕 し 又 は 監 禁 し た 罪 とし 法 定 刑 として3 月 以 上 7 年 以 下 の 懲 役 を 定 めている ドイツ でも StGB239(1)においてこれと 同 様 に 監 禁 自 由 剥 奪 の 罪 を 規 定 して いるが ドイツでは 同 (2)で 未 遂 も 処 罰 される 点 が 異 なっている (3) もっ とも ドイツ 法 の 場 合 は 行 動 の 自 由 とはいっても 居 住 場 所 変 更 の 自 由 保 護 が 対 象 となっているにとどまり わが 国 にみられるように 行 動 の 自 由 全 般 の 保 護 規 定 ではない と その 点 での 違 いが 指 摘 されても いる (4) いずれにしろ こうした 個 別 の 犯 罪 類 型 について 論 ずるにあたって は 先 ずはその 規 範 の 保 護 目 的 保 護 法 益 を 論 ずるところから 始 められ なければならないことになるし (5) そうした 点 はこれまでの 議 論 におい て 本 稿 の 主 要 テーマである 自 由 剥 奪 の 認 識 の 要 否 と 密 接 に 関 連 すること になるとされてきてもいる だがその 前 に まずは 我 が 国 の 逮 捕 監 禁 罪 の 判 例 における 理 解 の 概 要 について 確 認 しておくことにしよう 往 々にして 保 護 法 益 論 において 一 定 の 理 解 をすることで その 後 の 自 由 剥 奪 認 識 の 要 否 の 問 題 に 対 する 解 答 が 導 かれるように 理 解 されている が それがどこまで 関 連 しているのかについても 検 討 しなければならな いように 思 われるから あえて 検 討 の 順 番 を 変 え 本 罪 の 概 要 を 確 認 し てから 法 益 論 に 言 及 することとしたい また その 意 味 でも 本 稿 での 主 題 に 関 連 する 客 体 をめぐる 議 論 は その 後 に 述 べることにする (3)なお こうした 未 遂 処 罰 規 定 が 我 が 国 に 無 いことを 妥 当 でないとする 見 解 とし て 大 場 茂 馬 刑 法 各 論 上 巻 11 版 ( 厳 松 堂 1922 年 )284 頁 以 下 (4) 香 川 達 夫 刑 法 講 義 各 論 ( 成 文 堂 1987 年 )344 頁 (5)Vgl. Eser, 239, Rn. 1, Schönke/Schröder, Strafgesetzbuch, Kommentar, 26. Aufl.2001,; Valerius, 239, Rn. 1, von Heintschel-Heinegg(Hrsg.), Strafgesetzbuch, Kommentar, 2010. 48
逮 捕 監 禁 罪 における 自 由 剥 奪 の 認 識 (1) 行 為 主 体 実 行 行 為 逮 捕 監 禁 罪 の 行 為 主 体 は 無 限 定 で 自 然 人 であれば 良 く 実 行 行 為 は 逮 捕 し 監 禁 することである 逮 捕 とは 多 少 の 時 間 継 続 して 自 由 を 束 縛 することをいい( 大 判 昭 7 2 29 刑 集 11 141) 直 接 的 に 行 動 の 自 由 を 剥 奪 することが 必 要 であるが 物 理 的 な 力 を 加 えるといった 有 形 的 な 方 法 による 必 要 はなく 心 理 的 な 強 制 力 を 加 えるといった 無 形 的 な 方 法 によるものであってもよいという 警 察 官 と 偽 って 連 行 し 自 由 を 剥 奪 す るなどの いわゆる 偽 計 による 逮 捕 もこれにあたるとされている 一 方 監 禁 とは 一 定 の 場 所 から 人 が 脱 出 するのを 不 可 能 ならしめるこ とあるいは 著 しく 困 難 にすることである これについても その 方 法 が 有 形 的 であると 無 形 的 であるとを 問 わず いやしくも 一 定 の 場 所 から 脱 出 することのできないように 継 続 して 人 の 行 動 の 自 由 を 不 法 に 拘 束 する ことによって 成 立 し( 大 判 昭 7 2 12 刑 集 11 75) 暴 行 または 脅 迫 による 場 合 だけに 限 らず 偽 計 によってもなされうるとされている( 最 決 昭 33 3 19 刑 集 12 4 636) 判 例 はさらに 強 姦 の 意 思 で 婦 女 を 自 己 の 運 転 する 原 付 自 転 車 の 荷 台 に 乗 車 させ 1キロメートルあまり を 疾 走 した 場 合 にも 監 禁 罪 の 成 立 を 認 めている( 最 決 昭 38 4 18 刑 集 17 3 248) (2) 他 罪 との 関 係 と 罪 数 暴 行 脅 迫 が 逮 捕 監 禁 の 手 段 としてなされた 場 合 には それらの 暴 行 脅 迫 は 本 罪 に 吸 収 されることになるが そうした 手 段 としてではな く 監 禁 の 機 会 に 行 われたに 過 ぎない 暴 行 脅 迫 は 本 罪 には 吸 収 され ない( 最 判 昭 28 11 27 刑 集 7 11 2344) 本 罪 は 継 続 犯 であるから ある 程 度 継 続 して 行 動 の 自 由 を 奪 っている ことが 必 要 であるが 逮 捕 監 禁 が 続 いている 限 り 犯 罪 が 持 続 して いることになる また 逮 捕 行 為 に 引 き 続 き 監 禁 がなされている 場 合 に は 包 括 して220 条 の 逮 捕 監 禁 罪 の 一 罪 が 成 立 することになる( 最 大 判 昭 28 6 17 刑 集 7 6 1289) なお 逮 捕 監 禁 罪 を 犯 し それによって 人 を 死 傷 させた 場 合 逮 捕 49
札 幌 法 学 25 巻 2 号 (2014) 監 禁 致 死 傷 の 罪 として 傷 害 の 罪 と 比 較 し 重 い 刑 により 処 断 される ( 刑 法 221 条 ) すなわち 逮 捕 監 禁 致 傷 罪 では3 月 以 上 15 年 以 下 の 懲 役 となり 逮 捕 監 禁 致 死 罪 では 3 年 以 上 の 懲 役 となる( 刑 法 204 条 205 条 ) 当 初 から 殺 意 があり 逮 捕 監 禁 が 殺 人 の 手 段 としてなされていたと いう 場 合 には 当 然 殺 人 罪 のみが 成 立 することになるが 監 禁 途 中 で 殺 意 を 生 じた 場 合 も 殺 人 罪 だけが 成 立 するとするのが 判 例 である( 大 判 大 9 2 16 刑 録 26 46) (3) 行 為 客 体 の 問 題 さて どの 様 な 客 体 に 対 して 本 罪 が 成 立 することになるかであるが 我 が 国 の 刑 法 では 条 文 上 は 客 体 に 制 限 がない しかし 本 罪 は 個 人 の 行 動 の 自 由 を 保 護 対 象 とするものであるということから 行 動 の 自 由 が 全 く 認 められない 客 体 たとえば 嬰 児 や 高 度 の 精 神 病 にかかっていて 意 識 を 欠 いているような 者 などに 対 しては 本 罪 は 成 立 しないとするのが 一 般 的 理 解 ではある (6) ただ ここでの 保 護 対 象 たる 行 動 の 自 由 は 潜 在 的 自 由 ないしは 可 能 的 自 由 であるということから 通 説 的 見 解 は 熟 睡 者 や 泥 酔 者 に 対 しても 本 罪 は 成 立 するとしている (7) また こうした 理 解 から 客 体 に 自 由 が 制 約 されているとの いわゆる 自 由 剥 奪 の 認 識 が なくてもかまわないとしている (8) 本 稿 はこの 点 を 問 題 とするものであるが 先 述 したように そうした 点 はそもそも 本 罪 の 保 護 法 益 をどのようなものと 理 解 するかに 関 わって くることにもなりうるとされていることから まずは 本 罪 の 保 護 法 益 に 関 する 議 論 から 明 らかにしていくことにしよう (6) 竹 花 俊 徳 220 大 塚 仁 河 上 和 雄 佐 藤 文 哉 古 田 佑 紀 編 大 コンメンター ル 刑 法 ( 第 2 版 ) 11 巻 ( 青 林 書 院 2002 年 )220 頁 (7) 前 田 雅 英 ( 編 集 代 表 ) 条 解 刑 法 第 3 版 ( 弘 文 堂 2013 年 )640 頁 竹 花 俊 徳 前 掲 同 書 (8) 前 掲 条 解 刑 法 第 3 版 同 所 50
逮 捕 監 禁 罪 における 自 由 剥 奪 の 認 識 2. 逮 捕 監 禁 罪 の 保 護 法 益 (1) 問 題 の 所 在 逮 捕 監 禁 の 罪 の 保 護 法 益 が 行 動 の 自 由 あるいは 身 体 活 動 の 自 由 で あるということについては ほぼ 異 論 がない だからこそ 逮 捕 監 禁 行 為 に 際 して そうした 行 動 の 自 由 が 害 されるような 暴 行 や 脅 迫 がその 手 段 としてなされたとしても それは 逮 捕 監 禁 罪 の 実 行 行 為 そのもの であると 解 され 別 に 犯 罪 とされることはないのである また 逆 に 偽 計 による 場 合 であってもそうした 行 動 ( 身 体 活 動 )の 自 由 が 害 されたと いうのであれば 逮 捕 監 禁 罪 とされるのである こうした 行 動 ( 身 体 活 動 )の 自 由 が 保 護 法 益 である 以 上 客 体 はこの ような 自 由 を 享 受 していると 認 められ 得 る 者 でなければならないことに なるが そこでいう 自 由 とはどのようなものであるのか 意 見 の 分 かれ るところである こうした 自 由 をどのようなものと 理 解 するかによって 客 体 となりうる 者 の 理 解 が 異 なることになるのである (2) 諸 見 解 1) 意 思 能 力 などを 前 提 としない 行 動 の 自 由 と 解 する 見 解 これは ここでの 自 由 は 行 動 の 自 由 であって それは 意 思 の 自 由 との 関 連 において 理 解 される 必 要 はなく 客 観 的 にみて 自 由 が 拘 束 されうる 者 であれば 本 罪 の 客 体 となりうるのであって 泥 酔 者 や 熟 睡 者 のみなら ず 嬰 児 であってもよいとする 見 解 である (9) この 見 解 によれば 全 ての 者 が 逮 捕 監 禁 罪 の 客 体 となるから 行 動 の 自 由 が 厚 く 保 護 されること になる そもそもこの 見 解 は 通 説 が 泥 酔 者 や 熟 睡 者 と 嬰 児 とを 区 別 して 前 者 には 可 能 的 な 行 動 の 自 由 が 認 められるから 本 罪 の 客 体 となる が 後 者 にはこのような 可 能 的 な 行 動 の 自 由 も 認 められないから 本 罪 の 客 体 とならないとする 点 を 疑 問 とし 嬰 児 をもこの 客 体 に 含 めようとす (9) 香 川 達 夫 刑 法 講 義 各 論 ( 成 文 堂 1987 年 )343 頁 51
札 幌 法 学 25 巻 2 号 (2014) るものである (10) しかし この 見 解 のいうような 意 思 活 動 能 力 などを 全 く 問 題 にしな い 行 動 の 自 由 とは ただ 身 体 が 動 きうるという 状 態 でしかなく これを も 刑 罰 をもって 保 護 すべき 自 由 と 解 すべきとは 思 われない おそらく この 見 解 は 客 体 を 広 くとらえる 為 に 意 思 の 自 由 などとは 無 関 係 な 行 動 の 自 由 と 解 しているだけであろう そうであれば 行 動 の 自 由 という 法 益 は 内 実 のない 題 目 にすぎないことになるから この 見 解 は 保 護 法 益 の 理 解 から 統 一 的 に 本 罪 の 実 質 を 理 解 するということを 放 棄 するもので あるといわざるを 得 ないことになる 2) 可 能 的 あるいは 潜 在 的 自 由 をも 含 む 行 動 の 自 由 と 解 する 見 解 これは ここでの 行 動 の 自 由 は 意 思 活 動 能 力 があることを 前 提 とする から 生 まれたばかりの 嬰 児 や 植 物 状 態 で 全 く 意 識 を 欠 く 者 に 対 しては 本 罪 は 成 立 しないが こうした 意 思 活 動 能 力 を 可 能 的 あるいは 潜 在 的 に は 有 しているが 現 在 的 にあるいは 現 実 的 には 有 していないだけの 熟 睡 者 や 泥 酔 者 などには 本 罪 が 成 立 するという 見 解 である (11) こうした 者 達 にも 可 能 的 あるいは 潜 在 的 な 身 体 活 動 の 自 由 は 認 められ 本 罪 はこう した 潜 在 的 な 身 体 活 動 の 自 由 も 保 護 法 益 としているとするのである (12) (10) 香 川 前 掲 書 344 頁 (11) 大 谷 實 刑 法 講 義 各 論 新 版 第 3 版 ( 成 文 堂 2009 年 )77 頁 中 森 喜 彦 刑 法 各 論 第 2 版 ( 有 斐 閣 1996 年 )51 頁 伊 藤 研 祐 刑 法 講 義 各 論 ( 日 本 評 論 社 2011 年 )63 頁 以 下 前 田 雅 英 刑 法 各 論 講 義 第 5 版 ( 東 京 大 学 出 版 会 2011 年 )113 頁 大 塚 仁 刑 法 概 説 ( 各 論 ) 第 3 版 ( 有 斐 閣 1996 年 )76 頁 福 田 平 全 訂 刑 法 各 論 増 補 版 ( 有 斐 閣 1992 年 )168 頁 (12)ドイツ 語 圏 においては ドイツにおいてもスイスにおいても これが 通 説 的 な 見 解 である Vgl. Rengier, Strafrecht Besonderer Teil Ⅱ. 14.aufl., 2013, S. 168.; Wieck-Noodt, 239 Rn. 1, Jöcks/Miebach (Hrsg.), Münchener Kommentar zum Strafgesetzbuch, Band 4, 2012., ; Lenz, 239 Rn. 1, Dölling/Duttge/ Rössner (Hrsg.), Gesamtes Strafrecht, NomosKommentar,2013. ; Stratenwerth, Schweizerrisches Strafrecht, besonderer Teil 1, 3.Aufl., 1983, S.99.; Ansreas Donatsch, ders. (Hrsg.), StGB Kommentar, Schweizerisches Strafgesetzbuch mit V-StGB-MStG und JStG, 19. Aufl.2013, S.356. 52
逮 捕 監 禁 罪 における 自 由 剥 奪 の 認 識 しかし この 見 解 に 対 しては 可 能 的 あるいは 潜 在 的 な 身 体 活 動 の 自 由 というものが 不 明 確 であるという 批 判 が 成 り 立 つ この 場 合 意 識 が 戻 れば 意 思 活 動 能 力 を 手 に 入 れられるという 意 味 で 潜 在 的 な 自 由 があ るというのであれば 熟 睡 者 が 逮 捕 監 禁 された 後 に 意 識 を 回 復 するこ となく 死 亡 した 場 合 には 意 思 活 動 能 力 が 回 復 することがないから 可 能 的 意 思 能 力 もなく 本 罪 は 成 立 しないことになってしまう これを 否 とするならば 嬰 児 にも 同 様 に 逮 捕 監 禁 罪 を 成 立 させるべきであると 前 説 は 主 張 するのである (13) そもそも 自 由 というのは 現 実 態 ではなく 可 能 態 なのであるから そ れに 可 能 的 なものを 認 めるというのは 意 味 のないことである 3) 意 思 活 動 能 力 を 前 提 とした 行 動 の 自 由 と 解 する 見 解 これは ここでの 行 動 の 自 由 は 意 思 の 自 由 を 前 提 とし しかも 行 動 可 能 な 状 態 において 認 められるものだとするものである (14) したがって 行 動 の 意 思 なき 者 は 客 体 にならず しかも 行 動 の 自 由 は 行 動 をなし 得 る 者 にのみ 存 在 するから 熟 睡 者 や 泥 酔 者 も 意 識 回 復 して 行 動 可 能 の 状 態 に 戻 らない 限 り 本 罪 の 客 体 とはなり 得 ないと 解 するのである (15) この 見 解 のなかには 歩 行 不 可 能 な 小 児 に 対 しては 本 罪 を 成 立 しないとするも のもあるが (16) これに 対 して 歩 行 不 可 能 な 小 児 であっても 這 うこと はできるとして 事 実 的 な( 可 能 的 ) 自 由 が 認 められると 疑 問 を 提 起 す る 見 解 もある (17) しかし この 点 だけを 取 り 上 げ 保 護 すべき 行 動 の 範 囲 (13) 香 川 前 掲 書 344 頁 (14) 川 端 博 刑 法 各 論 講 義 第 2 版 ( 成 文 堂 2010 年 )142 頁 山 中 敬 一 刑 法 各 論 第 2 版 ( 成 文 堂 2009 年 )107 頁 (15)なお このような 基 本 的 な 理 解 をとりながらも 身 体 の 潜 在 的 場 所 的 移 動 の 自 由 を 本 罪 の 保 護 法 益 とする 見 解 を 本 見 解 とは 別 の 狭 義 説 であると 分 類 される こともある( 吉 田 敏 雄 行 動 の 自 由 の 保 護 逮 捕 監 禁 罪 略 取 誘 拐 罪 阿 部 板 倉 内 田 香 川 川 端 曽 根 編 刑 法 基 本 講 座 第 6 巻 ; 各 論 の 諸 問 題 ( 法 学 書 院 1993 年 )77 頁 以 下 ) (16) 木 村 亀 二 刑 法 各 論 ( 法 文 社 1957 年 )59 頁 以 下 (17) 大 塚 仁 刑 法 概 説 ( 各 論 ) 第 3 版 ( 有 斐 閣 1996 年 )76 頁 参 照 53
札 幌 法 学 25 巻 2 号 (2014) を 事 細 かに 細 分 化 することにはあまり 意 味 はないように 思 われる (3) 検 討 行 動 の 自 由 に 関 する 理 解 については 最 後 の 見 解 がもっとも 理 路 整 然 としたものということができよう ここでの 行 動 の 自 由 は 個 人 の 自 由 として 保 護 の 対 象 とされるべきものであるから その 意 思 による 行 動 の 自 由 と 解 するべきである 行 動 の 自 由 は 行 動 する(しうる) 主 体 の 自 由 として 考 えるべきであって その 人 の 行 動 の 自 由 を 問 題 とせざるを えないから その 人 のおかれた 状 態 における 自 由 を 問 題 とせざるを 得 な いのである しかも 自 由 とは 本 来 可 能 態 であるはずであるから 屋 上 屋 を 架 すかの 様 に 可 能 的 あるいは 潜 在 的 な 行 動 の 自 由 といったものを 想 定 すべきではない (18) このように 考 えるのであれば 自 由 は 本 質 的 に 一 定 の 可 能 態 であって 客 観 的 な 有 り 様 を 示 しているということになる その 意 味 で 自 由 であるということは 自 由 を 認 識 しているということ とは 必 ずしもリンクしないということになる 逮 捕 監 禁 罪 が 行 動 の 自 由 の 侵 害 であるとするなら その 前 提 として 当 該 犯 罪 行 為 によって 自 由 を 侵 害 されることになる その 人 に 行 動 の 自 由 が 享 受 されている ことが 必 要 とされるべきことになるが その 行 動 の 自 由 の 存 否 は その 人 のその 享 有 自 覚 に 依 存 するものではない そうだとすれば 逆 に 自 由 剥 奪 の 認 識 と 自 由 剥 奪 の 状 況 とは 必 然 的 には 結 びつかないのでは 無 か ろうか 通 説 は 本 罪 の 保 護 法 益 として 可 能 的 あるいは 潜 在 的 な 行 動 の 自 由 を 認 めることによって 本 罪 の 成 立 に 客 体 の 自 由 剥 奪 の 認 識 を 不 要 としよ うとしているが 自 由 を 先 述 の 様 に 理 解 するならば 客 体 に 自 由 剥 奪 の 認 識 が 必 要 であるかどうかといった 問 題 は 本 罪 の 保 護 法 益 の 理 解 とは 必 ずしもリンクする 問 題 ではないことになるし それを 否 定 するた (18)ここに 子 細 に 論 ずる 余 裕 はないが 可 能 性 と 現 実 性 に 関 する 基 本 的 な 考 え 方 につい ては ニコライ ハルトマン( 高 橋 敬 視 訳 ) 可 能 性 と 現 實 性 ( 山 口 書 店 1943 年 )などにまで 遡 り 再 度 検 討 し 直 すことも 必 要 ではないかと 思 われる 54
逮 捕 監 禁 罪 における 自 由 剥 奪 の 認 識 めに 可 能 的 自 由 を 保 護 法 益 と 解 さなければならないといった 必 然 性 はな いことになる それでは こうしたリンクが 外 れるべきことを 念 頭 に 置 いた 上 で 逮 捕 監 禁 罪 における 自 由 剥 奪 の 認 識 の 要 否 の 問 題 について 検 討 してみる ことにしよう 3. 逮 捕 監 禁 罪 における 自 由 剥 奪 の 認 識 (1) 問 題 の 所 在 逮 捕 監 禁 罪 は 侵 害 犯 であるから 客 体 の 行 動 の 自 由 が 侵 害 されて 逮 捕 監 禁 行 為 が 完 成 され 既 遂 に 達 するということになるが こうした 行 動 の 自 由 を 侵 害 する 逮 捕 監 禁 行 為 がなされたというためには 客 体 にそうした 行 動 の 自 由 が 剥 奪 されているとの 認 識 が 必 要 なのであろう か たとえば 残 業 で 事 務 所 に 残 って 仕 事 をしている 者 を 監 禁 しようと して 当 該 事 務 所 に 鍵 を 掛 けて 閉 じこめたが 対 象 とされた 者 は 仕 事 に 没 頭 し そこに 閉 じこめられたということに 気 が 付 かなかったという 場 合 逮 捕 監 禁 罪 が 成 立 することになるのであろうか (19) これは 客 体 に 意 思 活 動 能 力 もあって 具 体 的 な 行 動 の 可 能 性 も 認 められる 場 合 なの であるから 逮 捕 監 禁 罪 の 保 護 法 益 の 理 解 に 関 する 見 解 の 全 てにおい て 客 体 と 認 められる 者 についての 問 題 である (2) 諸 見 解 1) 自 由 剥 奪 の 認 識 不 要 説 逮 捕 監 禁 に 客 体 の 自 由 剥 奪 の 認 識 を 必 要 としないというのが 通 説 で ある (20) この 場 合 本 罪 の 保 護 法 益 が 可 能 的 あるいは 潜 在 的 自 由 をも (19)ただし 入 浴 中 の 婦 女 の 衣 類 を 持 ち 去 ったときなどは 特 殊 な 状 況 の 場 合 は 別 としても 監 禁 罪 は 成 立 するとはいえないであろう との 指 摘 もあるが( 平 野 龍 一 刑 法 概 説 東 京 大 学 出 版 会 1988 年 175 頁 ) その 認 識 が 欠 けているからと するものなのかについては 明 確 ではない (20) 三 原 憲 三 刑 法 各 論 第 3 版 ( 成 文 堂 2000 年 )53 頁 大 塚 仁 刑 法 概 説 55
札 幌 法 学 25 巻 2 号 (2014) 含 む 行 動 の 自 由 であるから 客 体 の 自 由 剥 奪 の 認 識 は 不 要 であるとする のが 通 説 による 根 拠 付 けである (21) しかし 可 能 的 あるいは 潜 在 的 な 行 動 の 自 由 というものを 想 定 するこ と 自 体 問 題 であるし 保 護 法 益 をこのように 解 しない 限 り 自 由 剥 奪 の 認 識 が 不 要 であると 解 し 得 ないというわけではないので 保 護 法 益 の 理 解 とここでの 結 論 とが 必 然 的 に 結 び 付 くというものではない 2) 自 由 剥 奪 の 認 識 必 要 説 これは 逮 捕 監 禁 といえるためには 被 逮 捕 監 禁 者 に 自 由 が 剥 奪 されているとの 認 識 が 必 要 であるとするものである (22) この 見 解 によ れば 監 禁 状 態 からの 脱 出 の 意 思 がなくてもよいが 少 なくとも 自 由 剥 奪 の 認 識 がない 限 り 現 実 的 な 自 由 の 侵 害 はみとめられないという (23) 保 護 法 益 の 理 解 に 関 して 通 説 的 な 見 解 を 採 らない 者 がこうした 見 解 を 主 張 すると 理 解 されることが 多 いが 通 説 的 な 見 解 をとったとしても 逮 捕 監 禁 罪 の 成 立 のためにはこうした 認 識 を 必 要 とすることも 可 能 で あろう (3) 検 討 先 にも 述 べたように 本 来 自 由 というのは 可 能 態 であるから それ が 実 現 されていてはじめて 自 由 であるといえるものではなく 可 能 状 態 にあれば 自 由 といえる そうであれば そうした 可 能 状 態 が 害 され 一 定 の 行 動 の 自 由 が 不 可 能 な 状 態 におかれたのであれば 行 動 の 自 由 が 侵 害 されたということができよう その 意 味 では 逮 捕 監 禁 行 為 の 完 成 に ( 各 論 ) 第 3 版 ( 有 斐 閣 1996 年 )76 頁 福 田 平 全 訂 刑 法 各 論 増 補 版 ( 有 斐 閣 1992 年 )168 頁 高 橋 則 夫 刑 法 各 論 ( 成 文 堂 2011 年 )94 頁 前 田 雅 英 前 掲 書 114 頁 (21)Stratenwerth, a.a.o. (22) 木 村 亀 二 刑 法 各 論 ( 法 文 社 1957 年 )60 頁 同 刑 法 ( 各 論 ) ( 青 林 書 院 新 社 1974 年 )39 頁 (23) 木 村 亀 二 前 掲 刑 法 各 論 同 所 同 前 掲 刑 法 ( 各 論 ) 同 所 56
逮 捕 監 禁 罪 における 自 由 剥 奪 の 認 識 客 体 の 自 由 剥 奪 の 認 識 は 不 要 だと 考 えるべきである しかし 問 題 は そうした 自 由 剥 奪 の 認 識 のない 表 面 化 されていな い 逮 捕 監 禁 行 為 あるいは 行 動 の 自 由 の 侵 害 をも 処 罰 すべきかというと ころにある (24) 保 護 法 益 たる 行 動 の 自 由 は 可 能 態 であるから 客 体 に 自 由 剥 奪 の 認 識 がないような 場 合 には 侵 害 が 表 面 化 されておらず 確 かにその 侵 害 性 は 認 め 難 い そうした 観 点 からすると 自 由 剥 奪 の 認 識 がある 場 合 に 逮 捕 監 禁 罪 としての 刑 罰 必 要 性 が 認 められるといえるか ら 自 由 剥 奪 の 意 識 必 要 説 が 妥 当 だということになる しかし 客 体 の そうした 認 識 は 偶 然 的 なものであって 構 成 要 件 的 行 為 の 内 容 とするこ とはできず あくまで 客 観 的 処 罰 条 件 と 解 すべきである つまり 逮 捕 監 禁 罪 においては 客 観 的 処 罰 条 件 として 客 体 の 自 由 剥 奪 の 認 識 が 必 要 とされるべきだということになる そもそも 行 為 無 価 値 こそが 処 罰 根 拠 付 け 機 能 を 有 し 偶 然 的 要 素 が 強 く 影 響 する 結 果 無 価 値 は 処 罰 限 界 付 け 機 能 を 有 するに 過 ぎ ず こう 解 することによって 行 為 者 の 志 向 性 のみによって 処 罰 範 囲 を 画 定 する 悪 しき 心 情 刑 法 を 排 斥 し 発 生 した 結 果 によって 処 罰 範 囲 を 画 定 する 悪 しき 結 果 刑 法 を 排 除 して 妥 当 な 結 果 を 得 ようとするの であれば (25) 偶 然 的 事 情 に 左 右 されやすい 被 逮 捕 監 禁 者 の 自 由 剥 奪 の 認 識 が 刑 罰 を 基 礎 付 けるものとして 解 されるべきではない 規 範 の 保 護 法 益 の 観 点 から 規 制 されるべき 行 為 は 目 的 論 的 に 限 定 されうることにな るが 刑 罰 の 確 定 執 行 には 様 々な 社 会 的 影 響 があり 規 範 の 違 反 とそ れに 対 しての 規 定 された 制 裁 の 実 現 だけでは 終 わらない 多 様 な 配 慮 が 必 要 となってくる そうした 点 からも 偶 然 的 な 事 情 も 刑 罰 の 必 要 性 とい う 観 点 から 消 極 的 な 役 割 ( 処 罰 限 界 付 け 機 能 )を 与 えられてしかるべき と 思 われる (24) 本 稿 のように こうした 認 識 がなされないような 場 合 に 処 罰 をすべきかどうか というところから 考 え 限 定 的 な 提 案 をするものとして 松 宮 孝 明 刑 法 各 論 講 義 [ 第 2 版 ] ( 成 文 堂 2008 年 )82 頁 以 下 (25) 増 田 豊 規 範 論 による 責 任 刑 法 の 再 構 築 認 識 論 的 自 由 意 志 論 と 批 判 的 責 任 論 ( 勁 草 書 房 2009 年 )118 頁 および 本 書 の 全 体 を 参 照 のこと 57
札 幌 法 学 25 巻 2 号 (2014) ましてや 本 罪 の 未 遂 は 不 可 罰 とされていることからすると 行 為 のみ において 可 罰 性 の 範 囲 を 基 礎 付 けようとはせず 一 定 の 被 害 状 況 として の 結 果 発 生 に 意 義 を 見 いだそうとしていると 解 することができる この ように 結 果 の 発 生 を 待 って 犯 罪 の 成 立 を 論 ずる 場 面 は 過 失 犯 において 特 に 顕 著 に 見 られ 結 果 の 重 要 性 は 過 失 犯 の 構 造 理 解 においても 特 に 論 ぜられることが 多 いが こうした 過 失 犯 の 検 討 においても 結 果 につ いては 処 罰 限 定 機 能 を 認 めるとする 帰 結 に 至 るのではなかろうか と の 指 摘 がなされている (26) おわりに 刑 法 は 規 範 を 設 定 して 行 為 を 抑 制 して 法 益 保 護 を 図 る そうした 点 か らすれば その 規 範 によって 抑 制 されるべき 行 為 の 内 容 ( 規 範 質 料 ) は その 保 護 法 益 ( 規 範 目 的 )により 導 かれることになる この 意 味 で 各 犯 罪 を 各 論 的 に 明 確 化 しようとする 場 合 には 法 益 論 を 欠 かすことは できない しかし そこで 明 らかにされるのは 規 範 が 抑 制 しようとする 行 為 の 内 容 でしかない その 一 方 で 犯 罪 とされた 行 為 についての 刑 罰 的 反 応 は 様 々な 法 的 影 響 をあたえるし 社 会 的 影 響 をも 及 ぼす 刑 罰 システムは 規 範 の 確 認 とその 違 反 行 為 の 認 定 によって 終 わるだけでなく そこに 用 意 された 制 裁 の 実 施 において 全 体 的 な 機 能 を 果 たそうとするものである そうした その 全 体 の 遂 行 によって 機 能 するものであるからには 他 の 事 実 的 な 影 響 をも 考 慮 しなければならない そうした 点 の 必 要 性 の 一 端 を 本 稿 では 示 そうとした いうまでもなく 逮 捕 監 禁 罪 にはまだ 明 確 にすべき 個 別 問 題 は 多 々あ る 本 稿 がその 一 端 を 担 うことができれば 幸 いである (26) 半 田 祐 司 不 法 問 題 としての 過 失 犯 論 ( 成 文 堂 2009 年 )111 頁 58