デング 熱 診 療 マニュアル ( 第 1 版 ) 2014 年 9 月 3 日 デング 熱 はアジア 中 東 アフリカ 中 南 米 オセアニアで 流 行 しており 年 間 1 億 人 近 くの 患 者 が 発 生 していると 推 定 される 1) とくに 近 年 では 東 南 アジアや 中 南 米 で 患 者 の 増 加 が 顕 著 となっている こうした 流 行 地 域 で 日 本 からの 渡 航 者 がデング 熱 に 感 染 するケースも 多 い 2,3) また 2013 年 8 月 日 本 に 滞 在 したドイツ 人 旅 行 者 が 帰 国 後 にデング 熱 を 発 症 しており 日 本 国 内 での 感 染 が 強 く 疑 われていた 4) また 2014 年 8 月 には 海 外 渡 航 歴 のないデング 熱 症 例 が 国 内 において 複 数 確 認 されている このた め 今 後 は 海 外 の 流 行 地 域 からの 帰 国 者 だけでなく 海 外 渡 航 歴 がない 者 についても デング 熱 を 疑 う 必 要 性 が 生 じている そこで 本 マニュアルでは プライマリーケアを 行 う 医 師 がデング 熱 の 疑 われる 患 者 の 診 療 を 行 う 際 に 参 考 となる 事 項 について 述 べる なお 日 本 においてデング 熱 の 媒 介 蚊 となるヒトスジシマカの 活 動 は 主 に 5 月 中 旬 ~ 10 月 下 旬 に 見 られ( 南 西 諸 島 の 活 動 期 間 はこれよりも 長 い) 冬 季 に 成 虫 は 存 在 しない 2013 年 時 点 で ヒトスジシマカは 本 州 ( 青 森 県 以 南 )から 四 国 九 州 沖 縄 まで 広 く 分 布 していることが 確 認 されている デング 熱 を 疑 う 際 には 臨 床 所 見 に 加 えて 地 域 のヒトスジシマカの 活 動 状 況 やデング 熱 患 者 の 発 生 状 況 が 参 考 になる デング 熱 の 概 要 デング 熱 はフラビウイルス 科 フラビウイルス 属 のデングウイルスによって 起 こる 熱 性 疾 患 で ウイルスには 4 つの 血 清 型 がある 感 染 源 となる 蚊 (ネッタイシマやヒトスジ シマカ)はデングウイルスを 保 有 している 者 の 血 液 を 吸 血 することでウイルスを 保 有 し この 蚊 が 非 感 染 者 を 吸 血 する 際 に 感 染 が 生 じる ヒトがデングウイルスに 感 染 しても 不 顕 性 となる 頻 度 は 報 告 者 により 異 なるが 50~70%とされている 症 状 を 呈 する 場 合 の 病 態 としては 比 較 的 軽 症 のデング 熱 と 顕 著 な 血 小 板 減 少 と 血 管 透 過 性 亢 進 ( 血 漿 漏 出 ) を 伴 うデング 出 血 熱 に 大 別 される 5) また デング 出 血 熱 はショック 症 状 を 伴 わない 病 態 と ショック 症 状 を 伴 うデングショック 症 候 群 に 分 類 される デング 熱 を 発 症 すると 通 常 は 1 週 間 前 後 の 経 過 で 回 復 するが 一 部 の 患 者 は 経 過 中 に デング 出 血 熱 の 病 態 を 呈 する このうち デングショック 症 候 群 の 病 態 になった 患 者 を 重 症 型 デングと 呼 ぶ 1)6) 重 症 型 デングを 放 置 すれば 致 命 率 は 10~20%に 達 するが 治 療 を 適 切 に 行 うことで 致 命 率 を 1% 未 満 に 減 少 させることができるとされる 1) なお 2006 年 ~2010 年 に 日 本 国 内 で 診 断 された 患 者 で 死 亡 者 はいなかった 3) デング 熱 患 者 が 重 症 化 する 要 因 については 血 清 型 の 異 なるウイルスによる 二 度 目 の 感 染 に 起 因 するという 説 がある 1) 一 方 ウイルス 自 体 の 病 原 性 の 強 さによるとの 説 も ある
( 症 状 および 検 査 所 見 ) 3~7 日 の 潜 伏 期 間 の 後 に 発 熱 発 疹 頭 痛 骨 関 節 痛 嘔 気 嘔 吐 などの 症 状 がおこる 日 本 国 内 で 診 断 されたデング 熱 患 者 の 症 状 や 検 査 所 見 の 出 現 頻 度 を 表 1 に 示 す 3) 発 熱 は 発 病 者 のほぼ 全 例 にみられ 時 に 二 峰 性 となる 通 常 発 病 後 2~7 日 で 解 熱 し そのまま 治 癒 する 約 半 数 に 皮 疹 が 認 められ 病 初 期 にみられる 皮 膚 紅 潮 解 熱 時 期 に 出 現 する 点 状 出 血 ( 図 1) 島 状 に 白 く 抜 ける 麻 疹 様 紅 斑 ( 図 2)など 多 彩 である 検 査 所 見 では 血 小 板 減 少 や 白 血 球 減 少 が 半 数 近 くの 患 者 に 出 現 する また CRP は 陽 性 化 しても 高 値 にならない のが 特 徴 である 7) 血 管 透 過 性 亢 進 を 伴 う 重 症 型 デングは 解 熱 傾 向 に 入 った 時 期 に 突 然 発 症 する 患 者 は 不 安 興 奮 状 態 となり 発 汗 や 四 肢 の 冷 感 血 圧 低 下 がみられしばしば 出 血 傾 向 ( 鼻 出 血 消 化 管 出 血 など)を 伴 う なお 重 症 型 デングをおこした 患 者 は 重 篤 な 状 態 が 2~3 日 続 き この 時 期 を 乗 り 切 ると 2~4 日 の 回 復 期 を 経 て 治 癒 する 7) ( 診 断 ) デング 熱 は 感 染 症 法 で 4 類 感 染 症 全 数 届 出 疾 患 に 分 類 されるため 診 断 した 医 師 は 直 ちに 最 寄 りの 保 健 所 に 届 け 出 る 必 要 がある デング 熱 患 者 の 確 定 診 断 には 血 液 からのウ イルス 分 離 や PCR 法 によるウイルス 遺 伝 子 の 検 出 血 清 中 のウイルス 非 構 造 タンパク 抗 原 (NS1 抗 原 )や 特 異 的 IgM 抗 体 の 検 出 ペア 血 清 による 抗 体 陽 転 又 は 抗 体 価 の 有 意 の 上 昇 が 用 いられる これらの 検 査 法 は 発 病 からの 日 数 によって 陽 性 となる 時 期 が 異 なる 8) 感 染 症 法 に 基 づ く 医 師 の 届 け 出 に つ い て は 以 下 の ウ ェ ブ を 参 照 さ れ た い (http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-04-19.html) なお 類 似 の 疾 患 (インフルエンザ 麻 疹 風 疹 など)との 鑑 別 に 留 意 する ( 治 療 ) デングウイルスに 有 効 な 抗 ウイルス 薬 はなく 対 症 的 に 治 療 を 行 う すなわち 水 分 補 給 や 解 熱 剤 (アセトアミノフェンなど)の 投 与 等 である アスピリンは 出 血 傾 向 やア シドーシスを 助 長 するため 使 用 すべきでない 重 症 型 デングをおこした 患 者 については 循 環 血 液 量 を 改 善 させるための 輸 液 を 適 切 に 行 う 生 食 や 乳 酸 リンゲル 液 など 通 常 の 輸 液 に 加 え 循 環 血 液 量 の 低 下 が 顕 著 な 場 合 は 血 漿 増 量 薬 (6%ハイドロキシエチルスターチ)などを 用 いる 6 )10) 回 復 期 には 輸 液 過 剰 による 肺 水 腫 腹 水 低 ナトリウム 血 症 などの 危 険 があることから 厳 重 な 輸 液 管 理 を 行 うことが 重 要 である 血 小 板 減 少 に 対 して 血 小 板 輸 血 は 必 ずしも 必 要 ではない 大 量 出 血 を 疑 う 場 合 は 直 ちに 輸 血 を 考 慮 する 重 症 型 デングの 患 者 でも 適 切 な 治 療 に より 20% 以 上 の 致 命 率 を 1% 未 満 に 減 少 させることができるとされる 1)
( 予 防 ) デング 熱 には 現 時 点 でワクチンがないため 予 防 には 蚊 に 刺 されないような 対 策 をと る 10) 海 外 では デング 熱 を 媒 介 するネッタイシマカやヒトスジシマカは 都 市 やリゾート 地 にも 生 息 しており とくに 雨 季 にはその 数 が 多 くなる また これらの 蚊 は 特 に 昼 間 吸 血 する 習 性 があり 蚊 の 対 策 は 昼 間 に 重 点 的 に 行 う 必 要 がある 国 内 では ヒトスジシマカが 主 要 な 媒 介 蚊 であり 昼 間 に 活 発 に 活 動 する 医 療 機 関 においては デング 熱 患 者 が 入 室 している 病 室 への 蚊 の 侵 入 を 防 ぐ 対 策 も 重 要 である また デング 熱 は 患 者 から 直 接 感 染 することはないが 針 刺 し 事 故 等 の 血 液 曝 露 で 感 染 する 可 能 性 があるため 充 分 に 注 意 する 有 熱 時 にはウイルス 血 症 を 伴 うため 蚊 に 刺 さ れないように 患 者 に 指 導 することが 重 要 である デング 熱 患 者 の 診 療 指 針 この 診 療 指 針 は 国 内 でデング 熱 患 者 が 発 生 した 際 の 臨 床 対 応 を 示 すものであり WHO 及 び CDC のデング 熱 診 療 ガイドラインを 参 考 に 作 成 したものである 1)5)6)10)11) 海 外 のデング 熱 流 行 地 域 から 帰 国 後 あるいは 海 外 渡 航 歴 がなくてもヒトスジシマカ の 活 動 時 期 に 国 内 在 住 者 が 表 2 のデング 熱 を 疑 う 目 安 に 該 当 する 症 状 を 認 めた 場 合 は デング 熱 の 対 応 ができる 専 門 医 療 機 関 に 紹 介 する 専 門 医 療 機 関 においては 臨 床 的 な 評 価 を 行 い 可 能 な 場 合 は 確 定 診 断 に 必 要 となる 前 述 のデングウイルス 特 異 検 査 を 実 施 する 陽 性 になった 場 合 は 診 断 した 医 師 が 最 寄 りの 保 健 所 に 届 け 出 る 確 定 患 者 に 海 外 渡 航 歴 がない 場 合 は 地 域 の 保 健 所 に 相 談 の 上 国 立 感 染 症 研 究 所 ないしは 地 方 の 衛 生 研 究 所 で 高 次 的 な 検 査 (PCR 検 査 ウイルス 分 離 検 査 抗 体 検 査 等 )を 実 施 することが 望 ましい 国 内 のデング 熱 患 者 の 発 生 状 況 及 び 症 例 の 臨 床 所 見 を 踏 まえ デング 熱 が 強 く 疑 われるが 医 療 機 関 においてデングウイルス 特 異 検 査 が 実 施 できない 場 合 は 地 域 の 保 健 所 に 相 談 する デング 熱 の 診 断 が 確 定 した 患 者 については 血 管 透 過 性 亢 進 の 指 標 となるベースライ ンのヘマトクリット 値 からの 上 昇 率 (%Ht)を 監 視 することが 重 要 である なお この 血 管 透 過 性 の 亢 進 は 解 熱 傾 向 に 入 った 時 期 に 起 こることが 多 い また 重 症 化 のリス ク 因 子 として 妊 婦 乳 幼 児 高 齢 者 糖 尿 病 腎 不 全 などが 指 摘 されている 6) 治 療 としては 経 口 による 十 分 な 水 分 補 給 を 促 し 経 口 摂 取 が 難 しい 場 合 は 輸 液 治 療 を 行 う 急 性 期 から 回 復 期 にかけて 表 3 に 示 す 重 症 化 を 示 唆 する 症 状 及 び 所 見 の 有 無 に 留 意 し 慎 重 に 輸 液 管 理 をしつつ 経 過 観 察 を 行 う 病 態 安 定 を 確 認 するための 観 察 期 間 は 解 熱 後 2 3 日 を 目 安 とする 経 過 観 察 中 に 表 4 に 示 す 病 態 が 出 現 し 重 症 型 デング と 診 断 した 場 合 は 速 やかにショックや 出 血 症 状 などへの 対 症 的 治 療 を 行 う
本 マニュアルは 平 成 26 年 度 新 興 再 興 感 染 症 に 対 する 革 新 的 医 薬 品 等 開 発 推 進 研 究 事 業 国 内 侵 入 流 行 が 危 惧 される 昆 虫 媒 介 性 ウイルス 感 染 症 に 対 する 総 合 的 対 策 の 確 立 に 関 する 研 究 ( 研 究 代 表 者 : 国 立 感 染 症 研 究 所 ウイルス 第 一 部 高 崎 智 彦 室 長 )によって 作 成 され た 文 献 1) World Health Organization: Dengue and severe dengue. WHO Fact sheet No117 (Updated September 2014) http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs117/en/ 2) Takasaki T.: Imported dengue fever/dengue hemorrhagic fever cases in Japan. Tropical Medicine and Health. 39: 13-15, 2011 3) 国 立 感 染 症 研 究 所 :デング 熱 2006~2010 年 IDWR. 13: 13-21, 2011 4) 厚 生 労 働 省 結 核 感 染 症 課 :デング 熱 の 国 内 感 染 疑 いの 症 例 について 健 感 発 0110 第 1 号. 2014 年 1 月 10 日 http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000034381.html 5) World Health Organization: Dengue haemorrhagic fever: diagnosis,treatment, prevention and control, 2nd ed. Geneva: World Health Organization, 1997 6) Dengue Guidelines for treatment, prevention and control. Geneva. World Health Organization, 2009 7) Kutsuna S, et al.: The usefulness of serum C-reactive protein and total bilirubin level for distinguishing between dengue fever and malaria in returned travelers. Am. J. Trop. Med. Hyg.90: 444-448, 2014 8) CDC Dengue Homepage :Laboratory guidance and diagnostic testing http://www.cdc.gov/dengue/clinicallab/laboratory.html 9) Wills BA, et al.: Comparison of three fluid solutions for resuscitation in dengue shock syndrome. N Eng J Med 353: 877-889, 2005. 10) 濱 田 篤 郎 山 口 佳 子 :デング 熱 の 予 防 対 策. バムサジャーナル, 26:26-30 2014 11) CDC Dengue Homepage :Clinical guidance http://www.cdc.gov/dengue/clinicallab/clinical.html
表 1.デング 熱 患 者 にみられる 症 状 や 検 査 所 見 症 状 検 査 所 見 発 生 頻 度 * 発 熱 99.1% 血 小 板 減 少 66.4% 頭 痛 57.6% 白 血 球 減 少 55.4% 発 疹 52.7% 骨 関 節 痛 31.1% 筋 肉 痛 29.1% *2006 年 ~2010 年 に 日 本 国 内 で 診 断 されたデング 熱 患 者 556 例 における 各 症 状 や 検 査 所 見 の 発 生 頻 度 を 示 す 詳 細 は 文 献 3を 参 照 表 2.デング 熱 を 疑 う 目 安 A の2つの 所 見 に 加 えて B の2つ 以 上 の 所 見 を 認 める 場 合 にデング 熱 を 疑 う (A) 必 須 所 見 1. 突 然 の 発 熱 (38 以 上 ) 2. 急 激 な 血 小 板 減 少 (B) 随 伴 所 見 1. 発 疹 2. 悪 心 嘔 吐 3. 骨 関 節 痛 筋 肉 痛 4. 頭 痛 5. 白 血 球 減 少 6. 点 状 出 血 (あるいはターニケットテスト 陽 性 ) 表 3. 重 症 化 を 示 唆 する 症 状 及 び 所 見 ( 文 献 8) デング 熱 患 者 で 以 下 の 症 状 や 検 査 所 見 を1つでも 認 めた 場 合 は 重 症 化 のサイン 有 りと 診 断 する 1. 腹 痛 腹 部 圧 痛 2. 持 続 的 な 嘔 吐 3. 腹 水 胸 水 4. 粘 膜 出 血 5. 無 気 力 不 穏 6. 肝 腫 大 (2cm 以 上 ) 7.ヘマトクリット 値 の 増 加 (20% 以 上 ) 表 4. 重 症 型 デングの 診 断 基 準 ( 文 献 8) デング 熱 患 者 で 以 下 の 病 態 を1つでも 認 めた 場 合 重 症 型 デングと 診 断 する 1. 重 症 の 血 漿 漏 出 症 状 (ショック 呼 吸 不 全 など) 2. 重 症 の 出 血 症 状 ( 消 化 管 出 血 性 器 出 血 など) 3. 重 症 の 臓 器 障 害 ( 肝 臓 中 枢 神 経 系 心 臓 など)
脚 注 図 1.デング 熱 患 者 の 皮 疹 : 患 者 の 解 熱 時 期 にみられた 点 状 出 血 図 2.デング 熱 患 者 の 皮 疹 : 患 者 の 解 熱 時 期 にみられた 島 状 に 白 く 抜 ける 麻 疹 様 紅 斑 図 1. 図 2.