帰ってこられてからも 第一内科で肝がんの血管カテーテルを使った診断治療 さらに福 山市の肝炎多発地帯に非常勤医師として400例以上の腹腔鏡をし B型慢性肝炎のインター フェロン治療をされ 治療により真っ赤に燃えた慢性肝炎がきれいに治癒した肝臓の腹腔鏡 写真と組織で証明されて この地域でも肝疾患患者で伊藤先生を知らないものはいないほど の名医としての名声を得ていました 岡山大学では 積極的な肝がんの治療をされながら 国際学会にはよく出かけておられま した 岡山大学第一内科で多くの後輩を指導し育てられました 平成6年に顧われて 福山 市民病院の内科医長として赴任されました 福山では昼夜兼行の診療であったため 岡山に 帰ってこいという奥様のラブコールと 川崎病院の肝臓病センター長の山田剛太郎先生の引 きで 平成8年に川崎病院の内科部長 肝臓病の副センター長に赴任されました 6年間に わたって肝がんの治療をしてきました 彼がいる川崎病院は 肝疾患の治療に関しては岡山 済生会総合病院の強力なライバルでした 平成14年 佐能先生の光生病院の院長として迎えられ 5年間光生病院で肝臓病センター を開設して業績を発展させると同時に その広い人脈を通して 多くの専門家を招聘して講 演会を開かれ 光生病院の名を高めました 川崎病院時代の平成12年に 私と同じ岡山東ロータリークラブの会員になられました 多 くの会員から健康相談ばかりでなく その誠実な人柄とカメラマンとしての腕 旅行記をま とめてつくる作品集を 同行した会員は大切な記念品として頂いております 会員全員が伊 藤先生のご快復を祈念しておりましたが まことに残念でなりません これから花が咲き 実が成りつつあった時点で 食道癌が見つかりました がんが見つかっ てからも その治療ぶりは今まで伊藤先生が多くの患者様に行ったのと同じように積極的で した 昨年 光生病院は病院機能評価を受審し パスしました 光生病院の50周年記念会も 無事に済まされたのも つい先日のように思い起こされます 私は7歳年上の先輩として 常に頼もしい伊藤先生を頼りにしながら見ておりました 腹 腔鏡 IVR血管カテーテルを使った治療 腹腔鏡の研究会 走査電顕による研究 家族で共 にしたテニス 岡山東ロータリークラブと 実に35年間共に歩んできました ベレー帽をか ぶり 重い鞄をもって 短時間に仕事を仕上げ ワインをたしなむ伊藤先生が 多くの同僚 医師や指導を受けた後輩の心から消えることはないと思います 先生が最期に言われ 旅の思い出 平成18年4月22日 土 奈良 薬師寺への参拝旅行 た 光生病院の発展 を見守って助けてほし い と言われたことは 肝に銘じておきます 安らかにお休み下さ い 合掌 この記事は 糸島先 生が霊前に供えられた 弔辞と 昨年4月に薬 師寺 奈良 へ旅行同好 会の皆さんと一緒にお 参りした時の思い出の 写真を掲載いたしまし た 写経を終えて 道場の前で安田映胤管長と 背景は玄奘三蔵伽藍 故伊藤俊雄先生は後列左から3人目