カリウムの 有 効 性 と 安 全 性 武 藤 重 明 自 治 医 科 大 学 透 析 部 / 腎 臓 内 科 教 授 1. 体 液 とは? 私 たちの 身 体 の 約 60% は 水 (これを 体 液 と 呼 びます) で 構 成 されています( 図 1) すなわち 体 重 60 kg の 人 で はその 60% 36 l が 水 で これを 総 体 液 量 (または 全 体 液 量 )といいます この 36 l の 水 の 2/3(または 体 重 の 40%) 24 l が 細 胞 内 液 として 細 胞 の 内 にあり 1/3(または 体 重 の 20%)の 12 l が 細 胞 外 液 として 細 胞 を 囲 んでいます この 細 胞 外 液 は 細 胞 と 直 接 接 している 組 織 間 液 と 血 管 内 を 循 環 している 血 漿 に 分 けられ その 比 率 は 3 対 1(また は 体 重 のそれぞれ 15% と 5% ) すなわちそれぞれ 9 l と 3 l になります 図 2 細 胞 外 液 ( 血 漿 )と 細 胞 内 液 のイオン 組 成 の 違 い 図 1 体 液 の 分 布 ( 体 重 に 占 める 割 合 ) 2. 体 液 の 組 成 体 液 中 には 電 解 質 が 溶 解 しています 電 解 質 には 陽 イ オンと 陰 イオンがありますが これらの 総 和 は 等 しくなって います 細 胞 外 液 の 血 漿 と 組 織 間 液 のイオン 組 成 は 極 め て 類 似 しています 一 方 図 2に 示 すように 細 胞 外 液 ( 血 漿 )と 細 胞 内 液 のイオン 組 成 は 全 く 異 なっており この 違 いが 細 胞 の 機 能 を 正 常 に 維 持 するために 重 要 です 細 胞 外 液 の 陽 イオンのほとんどはナトリウムイオン(Na + )で カリウムイオン(K + )は 極 めて 少 ないのが 特 徴 です また 主 な 陰 イオンはクロライドイオン(Cl - )と 重 炭 酸 イオン (HCO - 3 )です 一 方 細 胞 内 液 で 最 も 多 い 陽 イオンは K + ついでマグネシウムイオン(Mg 2+ )で Na + は 非 常 に 少 なく なっています 陰 イオンで 多 いのがリン 酸 イオン(HPO 2-4 ) や 蛋 白 で 細 胞 外 液 で 多 い Cl - はわずかに 存 在 する 程 度 11
です このように 細 胞 膜 を 介 したイオン 組 成 の 違 い 特 に 細 胞 内 に K が 多 く Na が 少 ないのに 対 し 細 胞 外 液 では その 割 合 が 逆 になっているのは 細 胞 膜 に 存 在 している Na-K ポンプ(Na-K-ATPase)が ATP(アデノシン 三 リン 酸 ) を 消 費 しながら 細 胞 内 からの Na の 汲 み 出 しと 細 胞 外 か らの K の 汲 み 入 れをしているからです( 図 3) 図 3 細 胞 内 外 の Na K の 分 布 と Na-K ポンプの 役 割 3.K の 体 内 分 布 ( 図 4) 体 内 総 K 量 は 50 55 meq/kg 体 重 すなわち 体 重 60 kg の 人 では 3,000 3,300 meq(117 129 g)になります 上 述 したように K は 細 胞 内 液 の 主 要 な 陽 イオンで 体 内 総 K 量 の 98% 以 上 が 細 胞 内 液 (K 含 有 量 の 豊 富 な 臓 器 は 細 胞 数 が 多 い 骨 格 筋 赤 血 球 肝 臓 など)に 残 りの わずか 1 2% が 細 胞 外 液 中 に 存 在 します この 細 胞 内 外 の K の 濃 度 勾 配 は 上 述 の Na-K ポンプによって 生 じま す Na と K の 交 換 比 率 が 3 対 2 であるため 細 胞 内 は 細 胞 外 に 比 べ 陰 性 に 荷 電 し -60-90 mv の 細 胞 膜 電 位 を 形 成 し 神 経 筋 細 胞 では 興 奮 収 縮 に 消 化 管 や 腎 臓 を 構 成 している 上 皮 細 胞 では 細 胞 膜 を 介 したイオン 輸 送 に 重 要 な 役 割 を 担 っています 成 人 が 1 日 に 摂 取 する K 量 は 50 100 meq(1,950 3,900 mg)( 厚 生 労 働 省 日 本 人 の 食 事 摂 取 基 準 2010 年 版 では 日 本 人 成 人 の K 摂 取 量 の 目 安 は 年 齢 にかかわら ず 男 性 は1 日 2,500 mg 女 性 は 2,000 mg となっています) で 小 腸 から 吸 収 され 血 管 内 ( 細 胞 外 液 )に 入 った 後 骨 格 筋 などの 細 胞 膜 に 存 在 する Na-K ポンプを 介 して 速 や かに 細 胞 内 に 移 行 しますので 高 K 血 症 が 出 現 すること なく 細 胞 外 液 の K 濃 度 は 一 定 (3.5 5.0 meq/l)に 保 持 さ 図 4 K の 体 内 分 布 12
れています また 細 胞 内 の K の 一 部 は K チャネルを 介 し て 受 動 的 に 細 胞 外 液 に 移 行 します Na-K ポンプを 介 して 細 胞 内 への K の 移 行 に 関 与 するのが インスリンやアルカ リ 血 症 などで これらは 腎 臓 からの K 排 泄 が 抑 制 されたと きに 細 胞 外 液 の K 濃 度 の 調 節 に 重 要 です 一 方 摂 取 し た K の 9 割 は 腎 臓 から 残 りは 大 腸 より 排 泄 されます 慢 性 の 下 痢 が 持 続 すると 大 腸 からの K 排 泄 の 増 加 によっ て 血 液 中 の K 濃 度 が 低 下 することがあります 副 腎 で 産 生 されるミネラルコルチコイドホルモンのアルドステロンは 腎 臓 に 加 え 大 腸 からの K の 排 泄 を 促 進 する 作 用 があり ます 4. 腎 臓 における K 輸 送 の 概 略 腎 臓 は 尿 をつくる 臓 器 で その 構 成 単 位 はネフロンと 呼 ばれ 糸 球 体 とそれに 続 く 尿 細 管 から 構 成 されています 糸 球 体 は 毛 細 血 管 の 塊 で 1 日 150 l もの 血 液 を 濾 過 し 濾 液 ( 原 尿 と 呼 びます)をつくります 尿 細 管 は 管 状 構 造 を 持 った 細 胞 で 糸 球 体 に 続 いて 近 位 尿 細 管 ヘンレの 係 蹄 (ヘンレの 細 い 下 行 脚 ヘンレの 細 い 上 行 脚 ヘンレの 太 い 上 行 脚 に 分 かれます) 遠 位 曲 尿 細 管 接 合 尿 細 管 集 合 管 ( 皮 質 部 と 髄 質 部 に 分 かれます)に 細 分 され 原 尿 が 近 位 尿 細 管 から 集 合 管 へと 通 過 する 間 に 再 吸 収 や 分 泌 を 経 て 最 終 尿 がつくられます たとえば 糸 球 体 でつく られた 原 尿 は 尿 細 管 で 99% 再 吸 収 され 1 日 1.5 l の 尿 が 産 生 されます 図 5Aにネフロンにおける K 輸 送 の 概 略 を 示 します 糸 球 体 で 濾 過 された K の 70 80% は 近 位 尿 細 管 から 残 りの 15 20% はヘンレの 係 蹄 (ヘンレの 太 い 上 行 脚 ) から 再 吸 収 されます 尿 中 に 存 在 する K のほとんどは 接 合 尿 細 管 や 皮 質 集 合 管 から 分 泌 されたもので その 機 能 を 中 心 的 に 担 っているのが 主 細 胞 ( 集 合 管 細 胞 とも 呼 び ます)です 主 細 胞 の K 分 泌 機 序 を 図 5Bに 示 しますが Na 再 吸 収 と 連 動 しているのが 特 徴 です 管 腔 側 膜 の Na チャネルと 基 底 側 膜 の Na-K ポンプを 介 して Na が 再 吸 収 されると それと 連 動 した K 分 泌 が 基 底 側 膜 の Na-K ポン プと 管 腔 側 膜 の K チャネルを 介 して 起 こります 主 細 胞 の K 分 泌 調 節 因 子 のなかで 上 述 のアルドステロンが 重 要 です アルドステロンは 主 細 胞 のミネラルコルチコイド 受 容 体 (MR)に 結 合 した 後 上 述 の Na K 輸 送 体 を 活 性 化 し Na 再 吸 収 と K 分 泌 を 促 進 する 働 きがあります 図 5 腎 臓 における K 輸 送 の 概 略 (A)と 皮 質 集 合 管 主 細 胞 の K 分 泌 機 序 (B) 13
5.K 含 有 量 の 多 い 食 品 代 表 的 な K 含 有 量 の 多 い 食 品 を 表 に 示 します K は 細 胞 内 液 に 多 いので 肉 や 魚 卵 大 豆 製 品 などの 高 蛋 白 食 品 に また 果 物 野 菜 芋 類 など 蛋 白 質 含 有 量 の 少 ない 食 品 にも 多 く 含 まれています 表 K を 多 く 含 む 食 品 と K 含 有 量 種 別 食 品 名 1 回 に 食 べる 量 の 目 安 K 含 有 量 (meq) 果 実 類 すいか 250 g (1/6 個 ) 6.9 もも 200 g (1 個 ) 7.6 プリンスメロン 110 g (1/4 個 ) 8.9 渋 抜 き 柿 170 g (1 個 ) 8.7 干 し 柿 35 g (1 個 ) 6.9 りんご 215 g ( 中 1 個 ) 6.0 バナナ 100 g ( 中 1 本 ) 12.4 キウイフルーツ 85 g (1 個 ) 7.0 芋 野 菜 類 里 芋 60 g (1 個 ) 7.2 焼 き 芋 75 g (1/3 本 ) 6.7 長 芋 55 g (4 cm) 7.1 馬 鈴 薯 70 g ( 中 1/2 個 ) 5.1 フライドポテト 85 g (10 本 ) 7.8 西 洋 南 瓜 75 g (3 切 れ) 7.2 ほうれん 草 ひたし 50 g ( 中 鉢 1 皿 ) 5.8 トマトジュース 195 g (1 缶 ) 13.0 種 実 類 栗 (ゆで) 85 g (5 個 ) 10.9 肉 類 牛 肉 (もも) 70 g ( 薄 切 り 1 枚 ) 6.3 牛 乳 乳 製 品 牛 乳 210 g (1 本 ) 8.1 魚 類 かれい( 焼 ) 85 g ( 一 切 れ) 9.6 ぶり( 焼 ) 80 g ( 一 切 れ) 9.0 にしん( 焼 ) 65 g (1/2 尾 ) 10.0 いか( 焼 ) 110 g (1/2 杯 ) 11.2 本 マグロ 刺 身 70 g ( 一 皿 ) 12.9 大 豆 豆 製 品 調 整 豆 乳 200 g (カップ 1) 9.0 納 豆 50 g (1/2 包 ) 8.5 菓 子 類 チョコレート(ミルク) 68 g (1 枚 ) 6.6 中 華 肉 まんじゅう 85 g (1 個 ) 6.8 嗜 好 飲 料 調 味 料 赤 ワイン 200 g (カップ 1) 5.1 ココア 200 g (カップ 1) 5.0 ( 科 学 技 術 庁 資 源 調 査 会 編 : 四 訂 日 本 食 品 標 準 成 分 表 より) 6.K の 有 効 性 これまでの 研 究 から K を 多 く 摂 取 すると 腎 臓 からの Na の 排 泄 が 増 加 し 血 圧 が 低 下 することが 知 られています Whelton らは K 摂 取 量 と 血 圧 との 関 連 について 1981 年 から 1995 年 までに 発 表 された 論 文 を 解 析 し 1)K 摂 取 量 が 増 加 すると 収 縮 期 血 圧 で 平 均 4.4 mmhg 拡 張 期 血 圧 で 平 均 2.4 mmhg の 低 下 がみられたこと 2)この 血 圧 の 低 下 は 高 血 圧 患 者 および 血 圧 正 常 者 に 観 察 され その 程 度 は 高 血 圧 患 者 の 方 が 大 きいこと 3)K 摂 取 量 増 加 時 の 尿 中 Na 排 泄 量 が 多 いほど 血 圧 低 下 が 大 きいことを 報 告 しています また 米 国 では DASH という 野 菜 果 物 低 脂 肪 乳 製 品 などを 中 心 とした 食 事 摂 取 ( 飽 和 脂 肪 酸 と コレステロールが 少 なく Ca K Mg 食 物 繊 維 が 多 い)の 臨 床 試 験 が 行 われ 降 圧 効 果 が 示 されています その 他 K を 多 く 摂 取 する 利 点 として 脳 卒 中 の 予 防 腎 血 管 病 変 糸 球 体 や 尿 細 管 病 変 の 進 行 抑 制 など 多 くの 可 能 性 が 指 摘 されています 7.K の 安 全 性 図 4から 腎 臓 や 大 腸 からの K の 排 泄 が 抑 制 されると 細 胞 外 液 の K 濃 度 が 増 加 し 高 K 血 症 が 出 現 することが 推 測 されます 事 実 腎 臓 の 機 能 が 健 康 人 の 1/3 以 下 に 低 下 すると 急 性 慢 性 を 問 わず 高 K 血 症 が 出 現 します また 腎 機 能 の 障 害 が 軽 度 な 場 合 でも 上 述 の 腎 臓 や 大 腸 からの K 排 泄 促 進 作 用 をもったアルドステロンの 産 生 ま たは 働 きを 抑 制 する 降 圧 薬 を 服 用 していると 高 K 血 症 が 出 現 することがあります アルドステロンの 産 生 を 抑 制 する 降 圧 薬 として アンジオテンシン 変 換 酵 素 阻 害 薬 やアンジ オテンシン II 受 容 体 拮 抗 薬 アルドステロンの 作 用 を 抑 制 する 降 圧 薬 として スピロノラクトンやエプレレノンがありま す わが 国 の 透 析 患 者 の 死 亡 原 因 の 大 多 数 は 感 染 症 と 心 不 全 ですが 高 K 血 症 (K 中 毒 )による 死 亡 も 年 間 約 1,200 人 にのぼります では どうして 血 中 K 濃 度 が 高 くな ると 死 亡 に 結 びつくのでしょうか? 血 中 K 値 が 上 昇 すると 心 電 図 異 常 が 起 こり 不 整 脈 が 出 やすくなります 血 中 の K 濃 度 が 7.0 meq/l 以 上 になると 心 臓 が 停 止 してしまうの です したがって 透 析 患 者 を 含 む 腎 不 全 患 者 や 上 記 薬 剤 を 服 用 している 患 者 で 血 液 中 の K 濃 度 が 上 昇 した 場 合 には 表 に 示 すような K 含 有 量 の 多 い 食 品 の 摂 取 を 制 限 しなければなりません K 含 有 量 の 少 ない 食 品 でも 多 く 摂 取 すれば K 含 有 量 の 多 い 食 品 を 摂 取 したのと 同 じに なりますので 注 意 して 下 さい 野 菜 や 芋 類 は ゆでると K が 溶 け 出 しますので 30% 程 度 減 らすことができます 私 たちは 塩 分 を 長 期 にわたって 摂 り 過 ぎると 高 血 圧 に なります これに 対 し 最 近 の 健 康 ブームも 加 わり 食 塩 含 有 量 の 少 ない 食 品 がたくさん 出 回 っています しかし こうした 食 品 の 一 部 に Na を K に 置 き 換 えたものがありま 14
すので 購 入 する 前 に 食 品 に 表 示 されている 栄 養 成 分 や 説 明 を 注 意 深 くチェックしてみて 下 さい このような 食 品 は 腎 機 能 の 悪 くない 高 血 圧 患 者 では 問 題 ありませんが 腎 不 全 患 者 では 高 K 血 症 をきたすリスクがあり 摂 取 すべき ではありません 参 考 文 献 1. 厚 生 労 働 省 : 日 本 人 の 食 事 摂 取 基 準 (2010 年 版 ) (http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/sessyu-kijun.html) 2. Muto, S.: Potassium transport in the mammalian collecting duct. Physiol Rev 81: 85-116, 2001 3. Whelton, P.K., et al.: Effects of oral potassium on blood pressure. Meta-analysis of randomized controlled clinical trials. JAMA 277: 1624-1632, 1997 4. Appel, L.J., et al: A clinical trial of the effects of dietary patterns on blood pressure. N Engl J Med 336: 1117-1124, 1997 5. He, F.J., MacGregor, G.A.: Beneficial effects of potassium. Brit Med J 323: 497-501, 2001 6. 高 血 圧 治 療 診 療 ガイドライン 2009 日 本 高 血 圧 学 会 高 血 圧 治 療 ガイドライン 作 成 委 員 会 編 7. わが 国 の 慢 性 透 析 療 法 の 現 況 2008 年 12 月 31 日 現 在 日 本 透 析 医 学 会 編 講 演 者 略 歴 自 治 医 科 大 学 透 析 部 / 腎 臓 内 科 教 授 医 学 博 士 1953 年 生 まれ 1979 年 東 京 医 科 大 学 卒 業 1979 年 より 自 治 医 科 大 学 附 属 病 院 内 科 研 修 医 1984 年 より 米 国 イエール 大 学 生 理 学 教 室 に 留 学 し 腎 臓 における 電 解 質 輸 送 の 基 礎 研 究 を 開 始 1986 年 より 自 治 医 科 大 学 附 属 病 院 に 復 帰 し 診 療 教 育 研 究 に 携 わる 助 手 講 師 准 教 授 を 経 て 2008 年 より 現 職 専 門 は 内 科 腎 臓 病 学 水 電 解 質 代 謝 学 透 析 療 法 学 腎 臓 の 電 解 質 輸 送 が 主 な 研 究 テーマ 15