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はそれぞれ 4~7 歳と推定された 当該ユメカサゴの検体は 4 個体を混合したものだったことから 今回の測定値は 4 個体の平均濃度を示しており 4 個体のそれぞれの濃度を知ることは出来ない このため 測定に供さなかった魚の頭部 ( 骨等の可食部以外の部位を含む ) を細断し これを検体として個体別

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牛糞堆肥中セシウムの溶出と吸着 技術報告 牛糞堆肥中放射性セシウムの溶出と溶出セシウムの 各種シート状資材による吸着に関する基礎的検討 1 田中康男 1 農研機構畜産草地研究所, つくば市 305-0901 (2013.10.25 受付,2013.12.13 受理 ) 要約放射性セシウム (Cs) で軽度に汚染された乳牛糞堆肥 ( 約 590 Bq/kg 乾重, 関東南部で採取. 調製後に降雨中の Cs が混入.) と, 強く汚染された乳牛糞堆肥 ( 約 7500 Bq/kg 乾重, 関東北部で採取. 汚 染された飼料を摂食した乳牛の糞から調製された.) のそれぞれに, 蒸留水または 1 mol/l 塩化カリウム (KCl) 溶液を混合した場合の Cs 溶出について定性的な検討を行った. その結果, 軽度に汚染された堆肥では, 蒸 留水溶出液中の Cs 濃度は 4.2 Bq/kg と低かったのに対し,KCl 溶出液では濃度が 8.6 倍に上昇した. 強く 汚染された堆肥では, 蒸留水溶出液でも 119 Bq/kg と高く,KCl 溶出液ではさらにその 2 倍の濃度を示した. 強く汚染された堆肥中の Cs 濃度は, 蒸留水溶出により約 18%,KCl 溶出により約 63% 低減した. 強く汚 染された堆肥の溶出液中 Cs を各種 Cs 吸着シートに接触させたところ, プルシアンブルー含有シートがゼオ ライト含有シートおよびベントナイトシートより高い吸着能を示した. 中でも, プルシアンブルーナノ粒子 を含有するシートが最も高い吸着能を示した. 日本畜産学会報 85 (2), 197-204, 2014 福島原発事故により, 東北 関東地方の家畜糞堆肥では, ためである. 降雨中セシウム (Cs) の直接的な混入や, 自給飼料中の材料および方法 Cs の間接的な混入により,Cs 濃度が上昇した事例がある. 堆肥中に混入した Cs がその後どのような挙動を示すかを 1. 材料考える上で, 溶出の有無を把握しておくことも基礎的な知 1 堆肥見として重要と考えられる. 汚染程度の異なる以下の 2 種類の堆肥を試験に用いた. また, 同一経営内で Cs 含有堆肥を飼料自給生産用草地 軽度の汚染堆肥としては, 原発事故以前に調製され, そ飼料畑に還元施用する場合, 施用前に堆肥中 Cs を溶出さの後関東南部において福島原発の事故直後の降雨により汚せ, 溶出した Cs を何らかの方法でトラップすることによ染された乳牛糞堆肥を試験に用いた ( 以下低汚染堆肥と呼り, 経営内で循環する Cs 量を低減できる可能性も考えらぶ ). この堆肥は, 製造の際には 28 日間の発酵が行われ, れる. この場合, 溶出 Cs を環境中に漏洩させることなく, この間 3 回の切返しを行い, 最高到達温度は約 68 であ確実にトラップすることが必要不可欠である. さらに, り, 発酵後の生物化学的酸素要求量 (BOD) は, 発酵前 Cs のトラップに用いる資材は, 使用後の取り扱いや保管の 24% にまで低減しており, 良好な堆肥化が進んだものができるだけ容易かつ省スペースであることが重要であと考えられる. る. 堆肥中の Cs が低減できたとしても, 取扱い困難な資比較的高い Cs 濃度の堆肥としては, 関東北部に於いて材が大量に発生しては逆効果だからである. 原発事故直後に汚染された牧草を給与された乳牛の排せつ以上の背景から, 本研究では, 蒸留水および KCl 溶液物から生産された堆肥を用いた ( 以下高汚染堆肥と呼ぶ ). による堆肥からの Cs 溶出について定性的な把握を行っこの堆肥は, 強制通気の開放型堆肥化施設において調製さた. さらに, この際に得られた Cs 含有溶出液を用いて, れたものである. 各種シート状吸着資材による Cs のトラップ試験を行っ 2 セシウム吸着資材た. シート状資材を選択した理由は, 堆積堆肥上部から液 Cs 吸着用資材として以下の 5 種類を試験に用いた. を滴下し, 下部からの溶出液 ( 漏汁 ) を堆積堆肥の周囲に ベントナイトシート(Bentonite sheet) 敷設したシートに接触させることで, 堆肥中 Cs の低減と不透水性高密度ポリエチレンシートにベントナイトが圧トラップが, 特別な装置類を用いずに可能になると考えた密積層され, このベントナイト層の上に保護用の不織布が連絡者 : 田中康男 (fax : 029-838-8606,e-mail : osuya@affrc.go.jp) 197

田中 貼られたもので, 厚さ 3.5 mm. 遮水用として土木工事等に広く利用されている資材である. ゼオライト含有メッシュシート(Zeolite sheet) 高温で熱し特殊加工したゼオライトをメッシュフィルターに練りこんだシート. 関連資材の試用事例が農林水産省 (2012) に記載されている. ゼオライト含有紙(Zeolite paper) ゼオライトとパルプで構成される機能紙 ( ゼオライトを重量比で 80% 以上含有 ) に高強度のシートを張り合わせたもの. PB 含浸防草シート (Prussian blue sheet) 除染終了区域に Cs を含んだ表流水や表土が流入した場合に Cs を吸着するとともに, 汚染された草木が繁茂することを防ぐ目的での用途に開発された, プルシアンブルー PB 含浸防草シート. PB ナノ粒子担持シート (Prussian blue nanoparticle sheet) 産業技術総合研究所で開発された PB ナノ粒子 ( 川本と田中 2012;Kitajima ら 2012) を PET 不織布製基材 (200 g/m 2 ) に担持させたシート. 2. 試験方法 ⑴ 蒸留水および塩化カリウム溶液による堆肥中放射性セシウム溶出 1 低汚染堆肥からの放射性 Cs の溶出を蒸留水の場合と 1 mol/l 塩化カリウム (KCl) 溶液の場合とで比較した. 実験操作の詳細は以下のとおり. プラスチック容器に投入した現物重 300 g の堆肥 ( 絶乾重 (DM)257 g) に, 蒸留水 750 ml を注入し 2 時間静置後, 容器を静かに傾斜させ 500 ml の液を回収. その後, 蒸留水 500 ml を再添加し,1 時間静置した後同様に回収. 次に 1 mol/l KCl 溶液 500 ml を添加し,1 時間置いて回収後さらに KCl 溶液を 500 ml 添加し 1 時間静置した後回収. それぞれ 2 回の回収で得られた各 1 L の蒸留水溶出液 (distilled water extract) と KCl 溶出液 (KCl solution extract) の放射性 Cs 濃度を測定. 2 高汚染堆肥の溶出試験の場合には, 堆肥 7 L をビニール袋に入れて良く揉み均質な堆肥試料を作成した. この試料から 2 L(DM 454 g) を採取し, 堆肥の放射性 Cs 濃度測定用サンプルとした. 次に, 直径 12.7 cm, 長さ 30 cm の袋状ポリエステルろ布 2 本のそれぞれに 2.5 L の堆肥を投入した ( 蒸留水溶出用 532.4 g DM, KCl 溶出用 598.7 g DM). 堆肥投入後に, 袋状ろ布の一方には蒸留水 6 L, 他方には 1 mol/l KCl 溶液 6 L を上部より注ぎ入れ, 堆肥層およびろ布を通過した液をプラスチック容器に採取した. この採取液を, 蒸留水溶出液 (distilled water extract),kcl 溶出液 (KCl solu tion extract) と称し, それぞれ 2 L ずつを溶出 Cs 測定用サンプルとした. また, ろ布内に残留した堆肥は溶出後の堆肥中 Cs 濃度測定サンプルとした. ⑵ 堆肥溶出液のシート状資材による吸着試験 1 ベントナイトシートベントナイトシートについては, 高汚染堆肥溶出液 ( 蒸留水溶出液 2.2 L, および KCl 溶出液 2.7 L) を, それぞれ水平に置いた 1 辺 35 cm の正方形シート片の上面からそれぞれ約 2 時間かけて霧吹き器で全面に散布し, シートの周囲に流出した液 2 L を回収してベントナイト処理溶出液サンプルとし, マリネリ容器で放射性 Cs 濃度を測定した. なお, ベントナイトシートについては, 非放射性 Cs の吸着特性も以下の方法で把握した. 水平に置いた直径 13 cm の円形シート片の中央部から, 非放射性塩化セシウム溶液 (Cs + として 10 mg/l, ph 6.3) をペリスタポンプでシート片中央から 20 ml/h で滴下し, シート片周囲に流出した液を回収し濃度を測定した. 2 その他の資材ベントナイトシート以外の資材については, 蒸留水溶出液,KCl 溶出液のそれぞれを Millipore-HV フィルター ( 日本ミリポア株式会社, 東京 ) でろ過し, そのろ液各 165 ml を, 水平に置いた一辺 10 cm の正方形シート片の中央にペリスタポンプで 1.4 ml/ 分で約 2 時間かけて滴下した. シート接触後の液を回収し, 放射性セシウム濃度を測定した. 3. 分析方法溶出水の ph は, ガラス電極法で測定した. 非放射性 Cs + およびその他陽イオン (NH4+ -N, K +, Mg 2+, Ca 2+ ) の濃度分析は, イオンクロマトグラフィー (DX-120 型, IonPac CS12A カラム ; 日本ダイオネクス株式会社, 大阪 ) で分析した. なお, 溶離液のメタンスルホン酸の濃度は, 当初 20 m mol/l としたが, 堆肥溶出水の分析では Mg 2+ のピークが大きいため,Cs + のピークが併合されてしまい, 測定不能であった. このため, メタンスルホン酸の濃度を 15 m mol/l に変更したところ Mg 2+ と Cs + のピークが分離し, 測定可能となった. 放射性 Cs 濃度の測定は, 低汚染堆肥および高汚染堆肥の溶出液, 溶出前後の高汚染堆肥, およびベントナイトシート処理液は 緊急時モニタリング計画における食品の放射能測定 分析 ( 厚生労働省医薬局食品保健部監視安全課 2002) に基づき, ゲルマニウム半導体検出器 CANBERRA GC2020( キャンベラジャパン株式会社, 東京 ) で測定した. 測定容器は低汚染堆肥溶出液の場合 U8 容器, 高汚染堆肥溶出液およびベントナイトシート処理液の場合は 2 L マリネリ容器を使用した. ベントナイトシート以外の吸着資材の試験においては, 放射能測定法シリーズ 7 ゲルマニウム半導体検出器によるガンマ線スペクトロメトリー ( 文部科学省 1992) に準拠し,ORTEC GEM-30 検出器 ( セイコー イージーアンドジー株式会社, 東京 ) で測定した. 測定容器には U8 容器を使用した. 198

牛糞堆肥中セシウムの溶出と吸着 結果および考察 1. 堆肥からの放射性セシウム溶出低汚染堆肥の絶乾重 (DM) あたり Cs 濃度は,590 Bq/kg( 134 Cs 180 Bq/kg, 137 Cs 410 Bq/kg) であった. 図 1 に, 低汚染堆肥の場合の蒸留水および 1 M KCl 溶液による溶出液の放射性 Cs 濃度の測定結果を示した. 蒸留水では 4.2 Bq/kg( 134 Cs 2.1 Bq/kg( 定量下限値 2.0), 137 Cs 2.1 Bq/kg( 定量下限値 2.1)) であった. この値は, 飲料水の基準値 10 Bq/kg より低く, ごく微量といえる.KCl 溶液での溶出液は,36.0 Bq/kg( 134 Cs 16.0 Bq/kg( 定量下限値 3.3), 137 Cs 20.0 Bq/kg( 定量下限値 2.7)) であった. この値は, 蒸留水の場合の 8.6 倍であり,KCl が溶出促進効果を有することが示唆された. ただし, 牛乳および乳児用食品の基準値である 50 Bq/kg よりは低い程度であった. 高汚染堆肥の場合 ( 図 2), 蒸留水溶出液の放射性 Cs 濃度は,119.0 Bq/kg( 134 Cs 48.0 Bq/kg, 137 Cs 71.0 Bq/kg) で, 蒸留水でも Cs の溶出が生ずることが確認された. 一 方,KCl 溶出液では,210.0 Bq/kg( 134 Cs 88.0 Bq/kg, 137 Cs 122.0 Bq/kg) で, 蒸留水溶出液の約 2 倍の値を示した. この結果から, 汚染レベルが高い場合には, 蒸留水でも Cs の溶出が生じ, また KCl 溶液で溶出が促進されることが確認された. 図 3 に, 溶出前後の高汚染堆肥の絶乾重あたり放射性 Cs 濃度を示した. 溶出前の堆肥は 7,638 Bq/kg( 134 Cs 3,257 Bq/kg, 137 Cs 4,381 Bq/kg) であった. これに対し, 蒸留水溶出後の堆肥は,6,297 Bq/kg( 134 Cs 2,632 Bq/ kg, 137 Cs 3,665 Bq/kg) であり,17.6% 低減した.KCl 溶出後の堆肥は,2,813 Bq/kg( 134 Cs 1,197 Bq/kg, 137 Cs 2,813 Bq/kg) であり,Cs 低減率は 63.2% と蒸留水の約 3.6 倍も高い値であった. この結果より, 堆肥中の Cs 低減効果は,KCl 溶液の方が高いと推測された. 齋藤ら (2012) によると, 牛糞堆肥中の Cs は, 蒸留水での溶出は検出限界以下で, 一方 KCl(pH 7.2) では僅かに溶出が検出されたと報告している. 今回の試験では, KCl で溶出が促進される点は同様であるが, 蒸留水でも Cs が溶出した点は, 齋藤ら (2012) の知見とは異なる. Figure 1 Radioactive cesium concentration in the extract from lightly contaminated dairy cow compost. Figure 2 Radioactive cesium concentration in the extract from heavily contaminated dairy cow compost. Figure 3 Reduction of radioactive cesium concentration of heavily contaminated dairy cow compost by extraction with distilled water and 1 mol/l KCl solution. 199

田中 したがって, 汚染レベルの高い堆肥を保管する場合には確実な雨除け対策が重要である. なお, 土壌中 Cs の場合も, KClは溶出効果が高いと報告されている (Iwataら 2012). 伊藤と小坂 (2011) によれば, 土壌中粒子と Cs の結合の強度は, イオン交換態 < 有機物との結合態 < 粘土鉱物との強固な結合態 の順で強くなるとしている. また, 日本土壌肥料学会 (2013) によれば, 有機物に由来する負電荷によって保持された Cs + は他の陽イオンに よって容易に置き換えられるとしている. 堆肥中での Cs は主に有機物との結合態と予想されることから, 高濃度の K + により置き換えられて溶出したものと推定される. 2. 堆肥溶出液中放射性セシウムの各種シート状資材による吸着高汚染堆肥からの蒸留水溶出液および KCl 溶出液を各シートで処理した後の 134 Cs および 137 Cs の濃度測定結果を図 4 に示した. このデータから算出した各シートの合 Figure 4 Adsorption of radioactive cesium with various sheets containing cesium adsorption materials. (Before : raw extract, After : treated by sheets) 200

牛糞堆肥中セシウムの溶出と吸着 Figure 5 Removal rates of radioactive cesium ( 134 Cs and 137 Cs) in the extracts by various sheets containing cesium adsorption materaials. (DW : distilled water extract, KCl : 1 mol/l KCl solution extract) 計 (total)cs( 134 Cs と 137 Cs の合計値 ) の除去率を図 5 に示した. 蒸留水溶出液の場合,PB ナノ粒子担持シートが 100% 近くの顕著に高い値を示した. 以下 PB 含浸防草シート 57%, ゼオライト含有メッシュシート 41%, ゼオライト含有紙 27%, ベントナイトシート 4.2% の順であった. これらの結果は,PB の方がゼオライトより吸着能が高いことを示唆する.KCl 溶出液の場合, やはり PB ナノ粒子担持シートが最も高く 51%, 以下 PB 含浸防草シート 28%, ベントナイトシート 16%, ゼオライト含有メッシュシート 10%, ゼオライト含有紙 0.5% であった. ベントナイトシートでは, 蒸留水溶出液より KCl 溶出液の方が除去率が高くなったが, その他の資材は KCl 溶出液では除去率が顕著に低下した. よって,KCl 溶液を用いると堆肥からの溶出は促進されるものの, 溶出液中のセシウムのトラップが困難になると推定される. ベントナイトシートは他の資材に比べて吸着効果が低かったが, 非放射性 CsCl の純溶液での吸着試験では高い Cs 吸着率を示した ( 図 6). よって, ベントナイトシートの場合, 堆肥溶出液中に共存する陽イオンのうちのいずれかがセシウム吸着を強く阻害したことが推測される. これらの結果より, 蒸留水溶出液,KCl 溶出液のどちらの場合も,PB ナノ粒子担持シートが格段に除去性能の高いことが示唆された. 特に蒸留水溶出液では PB ナノ粒子担持シートによる除去率は 100% に近いことから,Cs のトラップに最適な資材と考えられる. ただし, シートの性能の相違は, 吸着資材そのものの性能の優劣の他に, 基材となっている不織布, 紙等の親水性や面積あたりの吸着資材含有量などが総合的に影響を及ぼしたことが推測される. 溶出液の ph については ( 図 7), 蒸留水溶出液は処理前が ph 7.6 であったが,PB 系およびゼオライト系シートで処理するといずれも ph 8 程度まで上昇した. ベント Figure 6 Adsorption of nonradioactive cesium dissolved in distilled water by bentonite sheet. ナイトシートの場合のみ若干の低下がみられた.KCl 溶 出液の場合は, 処理前が約 ph7.4 で,PB 系およびゼオ ライト系シート処理後でも ph7.5~7.7 とほとんど変化が なかったのに対し, ベントナイトシートでは ph6.7 と低 下傾向を示した. 溶出液の陽イオンについてみると ( 図 8), 蒸留水溶出 液の場合 K + が約 2,400 mg/l で最も高く,Mg 2+, Ca 2+ が 10 mg/l 程度,NH4 + は未検出であった. 蒸留水溶出液を 各種シートで処理した場合, 大きな変化は見られなかった が, ゼオライト含有メッシュシートと PB ナノ粒子担持 シートで処理した場合には,NH4+ -N が 20~30 mg/l 程 度検出された. これは, 資材製造工程で付着した NH4 + が 溶出したものと推測される.KCl 溶出液の場合,K + が当 然ながら高濃度であった. また蒸留水の場合と異なり, NH4 + も 10 mg/l 程度検出された. カリウムにより堆肥 中の NH4 + が溶出したものと考えられる. 各種シートによ る処理での変化をみると, ベントナイトシートの場合に Mg 2+ と Ca 2+ が顕著に増加した以外は, 大きな変化は見 201

田中 Figure 7 The ph values of extract from heavily contaminated dairy cow compost before and after treatment by cesium adsorption sheets. られなかった. ベントナイトシートによる上昇は, ベントナイトに吸着していた Mg 2+ と Ca 2+ が溶出したものと考えられる. なお, 一般にゼオライトは NH4 + 吸着能を有することが知られているが, 今回のゼオライト系シートではいずれも NH4 + の低減は生じなかった.KCl に由来する高濃度の K + が NH4+ の吸着を阻害したものと考えられる. 以上の結果を総合すると, 堆肥の Cs 濃度を環境への漏洩を防ぎつつ低減させるには, 以下のような手法が想定し得る. 現場で得られる淡水 ( 水道水, 地下水等 ) を堆肥に適量散布し, 発生する溶出液 ( 漏汁 ) を PB ナノ粒子担持シートに接触させる. なお,KCl 溶液の方が堆肥からの Cs 溶出効果は高いが, 堆肥のカリウムおよび塩素イオン濃度が高まり, 施用に適さなくなる. よって,KCl 溶液の利用は現実的でないと考えられる.Cs を吸着した後のシートは適切な場所で保管し, 最終処分は関係官署の指導に従う.PB 含有シートの重量は 1 m 2 あたり 0.2 kg と軽量である上に折り畳みや巻取りは容易であることから, 保管は比較的容易と思われる. ただし, この手法は PB ナノ 粒子担持シートの吸着能力を超えない範囲での適用が重要であることは言うまでもない. この観点から, 今後は PB ナノ粒子担持シートの単位面積当たり吸着容量を把握することが重要である. また,Cs を吸着した PB ナノ粒子が使用後の取り扱いの際にシートから脱落しないことも重要な要件となる. この点の検討も今後必要である. なお, 溶出液量を不必要に増大させないためには, シートで Cs をトラップした後の液は, 堆肥に再散布し循環的に利用することが必要と推測される. また,Cs を吸着除去した後の淡水溶出液は, 最終的に堆肥を還元施用する飼料自給生産用草地 飼料畑に散布するのが妥当と考えられる. こうすれば, 万一液中に Cs が残留している場合であっても, その Cs は元々堆肥に含まれていたものであって, 未溶出の堆肥を還元施用する場合を上回る Cs 投入量になることはあり得ないからである. 今回のシートによる吸着の検討はあくまで基礎的かつ定性的なものであり, 現場での適用の可能性, また溶出措置を行うことの現実的な効果の有無に関しては, 今後慎重な 202

牛糞堆肥中セシウムの溶出と吸着 Figure 8 Cationic ions concentrations in the extracts from heavily contaminated dairy cow compost before and after treatment by cesium adsorption sheets. 検討を行う必要がある. 謝 試験にご協力いただいた, 農研機構畜産草地研究所の 天羽弘一氏, 阿部佳之氏, 小島陽一郎氏, 福本泰之氏に感 謝いたします. 文 伊藤雅喜, 小坂浩司.2011. 浄水処理プロセスにおける放射性物質の除去. 水と水技術 11,26-32. Iwata H, Shiotsu H, Kaneko M, Utsunomiya S. 2012. Nuclear accidents in Fukushima, Japan, and exploration of effective decontaminant for the 137 Cs-contaminated soils. In : Revankar ST(ed.), Advances in Nuclear Fuel. InTech, Rijeka, Croatia. 川本徹, 田中寿.2012. プルシアンブルーナノ粒子でセシウムを吸着, 放射能汚染焼却灰の適切な処理に活用. 産総研 辞 献 TODAY 12(9),16. Kitajima A, Tanaka H, Minami N, Yoshino K, Kawamoto T. 2012. Efficient cesium adosorbent using prussian blue nanoparticles immobilized on cotton matrices. Chemistry Letters 41, 1473-1474. 厚生労働省医薬局食品保健部監視安全課.2002. 緊急時における食品の放射能測定マニュアル. 厚生労働省, 東京 ;[cited 19 December 2013],Available from URL : http ://www. mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001558e-img/ 2r98520000015cfn.pdf 日本土壌肥料学会.2013. 土壌 農作物等への原発事故影響 WG 原発事故関連情報 (2): セシウム (Cs) の土壌でのふるまいと農作物への移行 (2013 年改訂 ). 日本土壌肥料学会, 東京 ;[cited 19 December 2013],Available from URL : http : //jssspn.jp/info/nuclear/cs.html 農林水産省.2012. 森林における放射性物質の除去及び拡散抑制等に関する技術的な指針 ( 参考資料 ). 農林水産省, 東京 ; [cited 19 December 2013],Available from URL : http : // www.rinya.maff.go.jp/j/press/kenho/pdf/120427-03. pdf 203

田中 齋藤美緒, 伊藤等, 生沼英之, 矢内清恭.2012. 牛ふん堆肥中の放射性セシウムの挙動. 農業及び土壌の放射能汚染対策技 術国際研究シンポジウム講演要旨集,193. Desorption of radioactive cesium from dairy cow compost and its adsorption by various sheets containing cesium adsorbing materials Yasuo TANAKA 1 1 National Institute of Livestock and Grassland Science, Tsukuba 305-0901, Japan Corresponding : Yasuo TANAKA (fax : +81 (0) 29-838-8606, e-mail : osuya@affrc.go.jp) Radioactive cesium desorption experiments were carried out in batch system using two types of dairy cow composts, one is lightly contaminated (590 Bq/kg DM) and other is heavily contaminated (7500 Bq/kg DM) with radioactive cesium from the nuclear accident of the Fukushima Dai-ichi nuclear power plant. Concentration in the extract from lightly contaminated compost was 4.2 Bq/kg for distilled water extract and 36.1 Bq/kg for 1 mol/l KCl solution extract. That from heavily contaminated compost was 119 Bq/kg for distilled water extract and 210 Bq/kg for 1 mol/l KCl solution extract. Cesium in the extract from the heavily contaminated compost was more efficiently trapped by a sheet containing prussian blue than the other sheets containing zeolite or bentonaite. Nihon Chikusan Gakkaiho 85 (2), 197-204, 2014 Key words : adsorption, dairy cow compost, desorption, prussian blue, radioactive cesium. 204