な る ほ ど そうだったのか! シリーズ vol.8 脳 卒 中 (Stroke)の 初 期 対 応 ~ 神 経 症 状 と 画 像 検 査 ~ はじめに 脳 卒 中 とは 脳 梗 塞 脳 内 出 血 くも 膜 下 出 血 に 代 表 される 脳 血 管 障 害 が 急 激 に 発 症 した 際 にみられる 症 状 の 総 称 です 悪 性 新 生 物 心 疾 患 に 次 いで 日 本 人 の 死 因 の 第 3 位 であり 2010 年 の 人 口 動 態 統 計 では12.3 万 人 の 人 が 脳 血 管 疾 患 により 亡 くなっています( 悪 性 新 生 物 35.3 万 人 心 疾 患 18.9 万 人 ) 1980 年 まで 脳 血 管 疾 患 が 死 因 のトップでしたが 死 亡 率 が 低 下 し ました しかし 2008 年 患 者 調 査 による 総 患 者 数 を 見 ると 脳 血 管 疾 患 は1 34 万 人 ( 悪 性 新 生 物 は152 万 人 心 疾 患 は81 万 人 )と 依 然 として 多 く 医 療 従 事 者 であれば 勤 務 中 だけではなく 日 常 生 活 の 中 でも 遭 遇 し 得 る 疾 患 で す そして 脳 卒 中 患 者 が 発 生 したときは 初 期 対 応 が 非 常 に 大 切 であり それ がその 後 の 治 療 と 予 後 を 左 右 するため すべての 医 療 従 事 者 が 基 本 的 な 知 識 を 身 につけておく 必 要 があるのです ですからここではまず 脳 卒 中 を 疑 う 症 状 からと 診 察 と 画 像 検 査 による 診 断 までについて 解 説 して 発 症 初 期 の 大 切 な 時 間 をムダにしないように 何 をするべきなのかについて 学 びたいと 思 います 脳 卒 中 の 初 期 症 状 脳 卒 中 が 起 きた 時 に 見 られる 症 状 といえば 何 を 思 い 出 しますか? 片 麻 痺 など の 運 動 感 覚 障 害 言 葉 をうまく 話 せなくなる 構 音 障 害 や 失 語 症 その 他 めまい 視 野 障 害 空 間 無 視 など 様 々な 典 型 的 な 症 状 があります ですからいくつかの 典 型 的 な 症 状 を 覚 えておけば 一 般 の 方 であっても 脳 卒 中 の 発 症 をいち 早 く 察 知 することができて すぐに 来 院 することができます 私 たち 医 療 従 事 者 は その 症 状 の 組 み 合 わせから 疾 患 や 病 巣 部 位 を 推 測 して 速 やかに 行 うべき 検 査 や 処 置 を 決 めなければなりません 次 のページでは 脳 卒 中 の 主 な 症 状 と 考 えられる 疾 患 や 病 巣 部 位 について 解 説 します 脳 の 機 能 局 在 を 細 かく 覚 える 必 要 はありませんので 症 状 から 脳 のど の 辺 りがやられているのかイメージできるようになると 良 いですね - 1 -
な る ほ ど そうだったのか! シリーズ vol.8 脳 卒 中 (Stroke)の 初 期 対 応 < 頭 痛 吐 き 気 > 突 然 の 頭 痛 と 吐 き 気 で 発 症 と 言 えばくも 膜 下 出 血 です 脳 出 血 による 頭 蓋 内 圧 亢 進 でも 頭 痛 や 吐 き 気 は 起 こりますし 比 較 的 稀 ではありますが 椎 骨 動 脈 解 離 による 突 然 の 後 頭 後 頸 部 痛 も 見 逃 せません めまいを 伴 う 吐 き 気 は 小 脳 病 変 が 問 題 になります が のちに 述 べる 失 調 症 状 や 眼 振 などの 随 伴 症 状 を 伴 うことがほとんどです < 運 動 感 覚 障 害 > 上 下 肢 の 運 動 障 害 ( 麻 痺 )は 前 頭 葉 運 動 野 から 放 線 冠 内 包 脳 幹 を 通 る 錘 体 路 の 障 害 により 起 こります 麻 痺 の 程 度 は 徒 手 筋 力 テストMMT (Manual Muscle Test) や NIHSS (modified NIH Stroke Score)により 表 記 されることが 多 いです 感 覚 障 害 は 脳 幹 から 視 床 頭 頂 葉 感 覚 野 の 障 害 により 起 こります 顔 面 にも 運 動 感 覚 障 害 があるのかどうかを 診 察 することはとても 大 切 なことです 顔 面 頭 部 に 症 状 がない ときは 頸 髄 病 変 も 鑑 別 する 必 要 があります < 一 口 メモ> 徒 手 筋 力 テストMMT (Manual Muscle Test) 5(Normal) 最 大 の 徒 手 抵 抗 に 抗 して 運 動 域 全 体 にわたって 動 かすことができる 4(Good) ある 程 度 の 抵 抗 に 抗 して 運 動 域 全 体 にわたって 動 かすことができる 3(Fair) 抵 抗 を 加 えなければ 重 力 に 抗 して 運 動 域 全 体 にわたって 動 かすことができる 2(Poor) 重 力 の 影 響 のない 肢 位 で 運 動 域 全 体 にわたって 動 かすことができる 1(Trace) 筋 の 収 縮 は 認 められるが 関 節 運 動 は 起 こらない 0(Zero) 筋 収 縮 関 節 運 動 は 全 く 起 こらない NIHSS (modified NIH Stroke Score) tpaが 認 可 されてから NIHSSスコアは 頻 回 に 用 いられるようになりました 0から31 点 まであり 点 数 が 高 いほ ど 重 症 です 5 点 から22 点 までがtPA 投 与 の 適 応 です 詳 細 は 脳 卒 中 ガイドライン2009(http://www.jsts.gr.jp/jss08.html) の 付 録 にあるNIHSSをご 参 照 ください < 失 語 症 構 音 障 害 >??? 前 頭 葉 ブローカ 領 域 の 障 害 による 運 動 性 失 語 症 と 側 頭 葉 後 部 のウェルニッケ 領 域 の 障 害 による 感 覚 性 失 語 症 が 有 名 です 両 者 を 繋 ぐ 線 維 である 弓 状 束 が 障 害 されると 両 者 の 症 状 が 混 在 することもあります 構 音 障 害 は 大 脳 皮 質 から 延 髄 にある 運 動 性 脳 神 経 核 の 経 路 や 小 脳 の 障 害 で 起 こる 呂 律 不 良 です < 眼 球 運 動 障 害 眼 位 異 常 視 野 障 害 > 眼 球 運 動 障 害 と 眼 位 異 常 は 前 頭 葉 や 脳 幹 の 障 害 視 野 障 害 は 側 頭 葉 後 頭 葉 などの 障 害 で 見 られます 塞 栓 や 血 栓 による 眼 動 脈 の 閉 塞 では 片 眼 の 視 野 障 害 が 起 こります < 失 調 >?? 小 脳 の 障 害 により 体 幹 失 調 協 調 運 動 障 害 測 定 障 害 など の 運 動 失 調 が 起 こります こ れらにより 起 立 歩 行 の 困 難 構 音 障 害 動 作 や 運 動 が 正 し くスムーズにできない 等 の 症 状 がみられます - 2 -
な る ほ ど そうだったのか! シリーズ vol.8 脳 卒 中 (Stroke)の 初 期 対 応 最 後 に 意 識 障 害 についてです 広 範 囲 な 大 脳 半 球 の 障 害 頭 蓋 内 圧 の 亢 進 などにより 起 こります JCSスコアやGCSスコアが 意 識 障 害 の 程 度 を 示 すのに 役 立 ちますので 確 認 しておきましょう JCS(Japan Come Scale) Ⅰ. 刺 激 をしないで 覚 醒 している 状 態 1 ほぼ 意 識 清 明 だが 今 ひとつはっきりしない Ⅰ-1 2 見 当 識 ( 時 場 所 人 の 認 識 )に 障 害 がある Ⅰ-2 3 自 分 の 名 前 や 生 年 月 日 が 言 えない Ⅰ-3 Ⅱ. 刺 激 をすると 覚 醒 する 状 態 ( 刺 激 をやめると 眠 り 込 む) 10 普 通 の 呼 びかけで 容 易 に 開 眼 する Ⅱ-10 20 大 声 で 呼 ぶ 体 を 揺 さぶるなどで 開 眼 する Ⅱ-20 30 痛 み 刺 激 を 加 えて 呼 ぶとかろうじて 開 眼 する Ⅱ-30 Ⅲ. 刺 激 をしても 覚 醒 しない 状 態 100 痛 み 刺 激 に 対 し 払 いのけるような 動 作 をする Ⅲ-100 200 痛 み 刺 激 で 少 し 手 足 を 動 かしたり 顔 をしかめる Ⅲ-200 300 痛 み 刺 激 に 反 応 しない Ⅲ-300 GCS (Glasgow Coma Scale) 開 眼 E (Eye opening) 自 発 的 に 開 眼 言 葉 により 開 眼 痛 み 刺 激 により 開 眼 開 眼 しない 言 葉 による 応 答 V (Verbal response) 見 当 識 あり 会 話 は 成 立 するが 見 当 識 混 乱 発 語 はあるが 会 話 困 難 不 適 当 な 言 葉 意 味 のない 発 声 発 語 なし 運 動 による 最 良 の 応 答 M (Motor response) 指 示 に 従 う 痛 み 刺 激 の 部 位 に 手 足 をもってくる 痛 み 刺 激 から 逃 げる 痛 み 刺 激 に 対 し 上 肢 屈 曲 下 肢 伸 展 ( 除 皮 質 硬 直 ) 痛 み 刺 激 に 対 し 四 肢 伸 展 ( 除 脳 硬 直 ) 全 く 動 かない E4 E3 E2 E1 V5 V4 V3 V2 V1 M6 M5 M4 M3 M2 M1 < 一 口 メモ> JCSスコアは 簡 便 な 検 査 法 ですが JCSⅠとJCSⅡを 間 違 えないようにしたいですね JCSⅠで 重 要 なのは 覚 醒 し ていること 刺 激 のない 状 態 で 開 眼 しているということです たとえ 名 前 や 場 所 など 質 問 した 時 に 開 眼 して 正 確 に 答 える ことができたとしても 質 問 を 止 めると 間 もなく 閉 眼 して 反 応 が 乏 しくなるようでは JCSⅡ-10となります 症 状 を 過 小 評 価 して 報 告 すると その 後 の 症 状 の 変 化 を 把 握 しづらくなったり 行 うべき 検 査 や 処 置 の 遅 れにつながったりすること があるので 注 意 しましょう - 3 -
な る ほ ど そうだったのか! シリーズ vol.8 脳卒中 Stroke の初期対応 症状から疾患を推測する 現場では 前ページの症状の組み合わせで病巣を推測します では 次の症例では脳のどの部位がやら れているのでしょう 60歳男性 家族と夕食をとっていたら急に右手 に持っていた箸を落とした 家人が 大丈夫 どう したの 呼びかけてみても返事ははっきりせず 椅子に寄りかかった状態になっている 横にしよう とすると どうやら右上下肢が動かないようである 顔を覗き込んでみると 眼は左を向いていて 右口 角から涎を垂らしている 救急車を呼ぶね と 言うと うなずいたようである 発症から40分で 救急外来へ搬送された 診察すると 呼びかけると 開眼し 自発的な発語はなく 理解力はある程度保 たれている状態 眼球は左へ偏位しており 右上下 肢にはMMT2の麻痺を認めた 頭痛や吐き気の訴えはない さて 脳のどの辺がやられているのでしょう 患者さんは右利きのようです 運動性失語症と左共同偏 視を認めることから ブローカの領域を含んだ左前頭葉の障害が予想されます また 重度の右片麻痺が あることから左前頭葉運動野や放線冠 内包などの錘体路の障害が予想されます これらの領域を含んだ 左大脳の比較的広範囲な障害が考えられます 処置と診察から画像検査へ 速やかにバイタルサインの確認 モニターの装着 採血と点滴ラインのキープ行い 診察を行った後 画像検査へ行きます 待機中や検査中にも 嘔吐による誤嚥や窒息 再出血による意識レベルの低下 痙 攣 不整脈などで急変することがあるので 常に注意を向けている必要があります 脳卒中の画像検査と画像診断 CT 出血性病変を見つけるのに有効です また脳梗 塞急性期では 脳に早期の虚血性変化(early CT sign)が出ていないかどうかを見て tpaの適応な どを判断します Early CT signが広範囲にみら れる状態の時にtPAなどの再開通療法を行うと出 血性合併症を高率に起こします 3DCTA 解像度が上がって鮮明な3次元の血管像が得ら れるようになりました 頭部CT 右被殻出血 3DCTA (右中大脳動脈と前交通動脈の脳動脈瘤 看護師のための情報サイト 4
な る ほ ど そうだったのか! シリーズ vol.8 脳卒中 Stroke の初期対応 MRI 脳梗塞の診断に特に有効です 拡散強調画像 (Diffusion weighted image: DWI)は脳梗塞巣病 変を最も早く検出できる検査法です MRA 3DCTAや脳血管造影に比べると解像度は落 ちますが 造影剤が不要で被爆がないので低侵襲 です 頭部MRA 左中大脳動脈閉塞症 頭部MRI 拡散強調画像(DWI) 左脳梗塞 頸動脈エコー 頸動脈分岐部の血栓による内頚動脈狭窄症の診 断に有効です 脳血管造影 3次元の血管撮影もできるようになり 侵襲は 高いですが最も精密な脳血管検査法です 頸動脈エコー 内頚動脈狭窄症 血管造影 内頚動脈狭窄症 脳血流検査 Xe(キセノン)CT 脳血流SPECT Perfusion MRI などがあります MRIのDWIと組み合わせると脳血 流の低下部位でまだ脳梗塞になっていない領域で ある虚血半影帯 ペナンブラ を知ることができ ます また 安静時脳血流測定の他に ダイアモ ックスの静注による負荷時脳血流を測定すること で 脳血管予備能 血管反応性 を調べることが できます 脳血流スペクト 右大脳半球の血流低下 看護師のための情報サイト 5
な る ほ ど そうだったのか! シリーズ vol.8 脳 卒 中 (Stroke)の 初 期 対 応 診 断 と 病 態 診 察 と 画 像 検 査 により 診 断 がつきました 脳 卒 中 は 最 初 に 述 べたように 脳 梗 塞 脳 内 出 血 くも 膜 下 出 血 に 分 けられますし 脳 梗 塞 は 病 型 によりさらに3つに 分 類 されます < 一 口 メモ> 一 過 性 脳 虚 血 発 作 (TIA)では 脳 血 流 障 害 により 失 語 麻 痺 などの 神 経 症 状 が 出 現 しますが 24 時 間 以 内 に 消 失 します 脳 梗 塞 の 危 険 信 号 ですので 速 やかに 脳 血 管 頸 動 脈 分 岐 部 や 心 機 能 などの 精 査 をする 必 要 があります 脳 梗 塞 ラクナ 梗 塞 は 主 に 高 血 圧 アテローム 血 栓 性 脳 梗 塞 は 高 血 圧 糖 尿 病 脂 質 異 常 症 心 原 性 脳 塞 栓 症 は 心 房 細 動 に 起 因 することが 多 くみられます 脳 梗 塞 の 治 療 は 発 症 からの 時 間 より 異 なってきます 例 え ば tpaは 発 症 から3 時 間 エダラボンは24 時 間 アスピリンは48 時 間 オザグレルNaは5 日 間 ア ルガトロバンは48 時 間 以 内 です 治 療 が 遅 れるとそれだけ 治 療 の 選 択 肢 が 少 なくなり 予 後 に 影 響 しま す また 病 態 により 使 える 薬 剤 が 異 なります 脳 内 出 血 高 血 圧 性 脳 内 出 血 は 出 血 部 位 により 視 床 出 血 被 殻 出 血 橋 出 血 などと 呼 ばれます 安 静 と 降 圧 治 療 が 中 心 となります 皮 質 下 出 血 や 脳 室 内 出 血 などは 脳 動 静 脈 奇 形 もやもや 病 などが 出 血 源 として 隠 れて いることがあるので 積 極 的 に 精 査 する 必 要 があります くも 膜 下 出 血 頭 蓋 内 脳 動 脈 瘤 の 破 裂 により 起 こることがほとんどです 椎 骨 動 脈 などの 脳 動 脈 解 離 ( 解 離 性 脳 動 脈 瘤 ) にも 注 意 する 必 要 があります 診 断 後 十 分 な 鎮 静 が 得 られたら 3DCTAや 脳 血 管 造 影 により 出 血 部 位 の 検 索 へ 進 み 早 期 に 再 出 血 予 防 のための 手 術 ( 脳 動 脈 瘤 頸 部 クリッピング 術 脳 動 脈 瘤 コイル 塞 栓 術 ) が 考 慮 されます 重 症 例 では 保 存 的 治 療 を 行 います 著 者 プロフィール 丸 島 愛 樹 筑 波 大 学 医 学 専 門 学 群 卒 筑 波 大 学 大 学 院 人 間 総 合 科 学 研 究 科 卒 医 学 博 士 日 本 脳 神 経 外 科 学 会 専 門 医 指 導 医 ドイツ 学 術 交 流 会 奨 学 金 を 得 てベルリン(Charite-Universitatsmedizin Berlin) 留 学 中 - 6 -