臨 床 環 境 医 学 ( 第 24 巻 第 1 号 ) 29 総 説 シンポジウム3 原 発 事 故 に 伴 う 環 境 汚 染 と 放 射 線 被 ばく 問 題 について 野 﨑 淳 夫 東 北 文 化 学 園 大 学 大 学 院 健 康 社 会 システム 研 究 科 The environmental radioactive substance pollution and the radioactive exposure problem caused by the nuclear plant accident Atsuo Nozaki Graduate school of Tohoku Bunka Gakuen university 要 約 2011 年 3 月 11 日 の 東 北 地 方 太 平 洋 沖 地 震 に 伴 う 東 京 電 力 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 の 事 故 により, 福 島 県 や 東 日 本 の 広 い 地 域 に 放 射 性 物 質 による 環 境 汚 染 が 生 じた この 環 境 汚 染 により, 地 域 環 境 の 空 間 放 射 線 線 量 率 が 急 上 昇 した これにより 地 域 住 民 の 外 部 被 ばく 問 題 が 懸 念 され 地 域 住 民 に 深 甚 な 心 理 的 ストレ スを 与 えている とりわけ 131 I による 小 児 甲 状 腺 癌 のリスクが 指 摘 され 38 万 人 を 超 える 医 学 的 調 査 が 行 われた また Cs-134, 137による 外 部 被 ばくと 水 や 食 物 による 内 部 被 ばくも 懸 念 されている 現 在 のところ 福 島 県 においては 甲 状 腺 がん 新 生 児 異 常 の 発 症 率 などにおいて 明 確 な 健 康 被 害 は 確 認 されていないが 科 学 的 調 査 医 学 的 検 診 などを 通 して 安 心 安 全 な 地 域 社 会 を 復 活 させることや 地 域 住 民 の 健 康 被 害 発 症 を 防 止 する 施 策 が 求 められている そのため まずは 生 活 圏 の 空 間 放 射 線 量 率 を 低 下 させる 除 染 作 業 が 必 要 となっている ( 臨 床 環 境 24:29-36,2015) キーワード 放 射 性 物 質 放 射 線 健 康 被 害 甲 状 腺 がん 除 染 Abstract By the accident of Fukushima Dai-ichi Nuclear Power Plant caused by the Tohoku district Pacific offing earthquake on March 11, 2011, the serious environmental pollution with radioactive substances was happened in Fukushima and area of the neighborhood of the East Japan. According to this environmental pollution, spatial radiation dose rates in environment remarkably rose, so that the outside and 受 付 : 平 成 27 年 6 月 2 日 採 用 : 平 成 27 年 9 月 3 日 別 刷 請 求 宛 先 : 野 﨑 淳 夫 981-8551 宮 城 県 仙 台 市 青 葉 区 国 見 6-45-1 東 北 文 化 学 園 大 学 大 学 院 健 康 社 会 システム 研 究 科 Reprint Requests to Atsuo NOZAKI, Graduate school of Tohoku Bunka Gakuen university, Sendai city Aoba-ku Kunimi 6-45-1, Miyagi pref.
30 Jpn J Clin Ecol ( Vol.24 No.1 2015) inside radiation exposure brought the strong mental stress for the local inhabitants. A risk of infant thyroid cancer caused by 131I has been concerned about among other risks, and the problem of the outside radiation or the internal radiation exposure originated by Cs-134, 137 contained in water and the food is also concerned. So far, the clear healthy damage has not been identified in Fukushima such as thyroid cancer or an onset rate of the newborn baby abnormality, however, politics such as a scientific investigation or medical examination has been needed to recover the safety and healthy community. Therefore, it is necessary to make decontamination works to reduce the spatial radiation dose rates for inhabitants immediately. ( Jpn J Clin Ecol 24 : 29-36, 2015) Key words 1. 諸 言 2011 年 3 月 11 日 の 東 北 地 方 太 平 洋 沖 地 震 に 伴 う 東 京 電 力 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 ( 以 下 原 発 )の 事 故 により 福 島 県 はもとより 東 日 本 の 広 い 地 域 に 放 射 性 物 質 による 環 境 汚 染 が 生 じた この 環 境 汚 染 により 環 境 中 の 空 間 放 射 線 線 量 率 が 上 昇 し たが これによる 地 域 住 民 の 外 部 被 ばくや 食 物 汚 染 による 内 部 被 ばくが 懸 念 されるようになった 原 発 から 放 出 された 放 射 性 物 質 は 多 岐 にわたる が 環 境 中 の 空 間 放 射 線 量 率 を 上 昇 させるものと してセシウム134と137(Cs-134, 137)が 注 目 され た この 事 故 では 有 害 性 の 強 いヨウ 素 131( 131 I)や プルトニウム(Pu)など 多 種 放 射 性 物 質 が 放 出 されたが 例 えば 131 I は 半 減 期 が8.06 日 と 短 く 事 故 後 1カ 月 を 過 ぎた 時 点 ではほぼ 消 滅 し Pu など は 放 出 量 が 比 較 的 少 量 とのことであり いずれの 核 種 も 環 境 中 の 空 間 放 射 線 量 率 に 与 える 影 響 が 小 さいとの 理 由 から 現 時 点 での 主 たる 事 故 対 策 物 質 は Cs-134, 137とされている ここでは この 環 境 汚 染 が 地 域 住 民 に 及 ぼした 肉 体 精 神 的 な 影 響 放 射 線 対 策 除 染 の 意 義 や 効 果 などについて 報 告 する 2. 環 境 放 射 線 の 問 題 2011 年 3 月 に 原 発 施 設 から 多 量 の 放 射 性 物 質 が 放 出 され 大 気 中 に 高 濃 度 の 放 射 性 プルームが 形 成 された 通 常 は 偏 西 風 により 大 気 汚 染 物 質 は 太 平 洋 側 に 移 動 するが 時 期 的 に 内 陸 側 への 季 節 風 と 降 雨 が 相 まって 大 量 の 放 射 性 物 質 が 地 表 へ 降 下 沈 着 した これにより 土 壌 植 物 森 林 水 路 道 路 建 築 物 植 栽 車 家 財 など 広 範 囲 の 放 射 性 物 質 汚 染 が 生 じた この 環 境 汚 染 は 視 覚 や 嗅 覚 などの 感 覚 器 で 捉 えることはできないため 耐 えがたい 不 安 と 恐 怖 感 を 人 々にもたらした そのため 放 射 性 物 質 による 汚 染 状 況 と 空 間 放 射 線 量 率 の 実 態 把 握 が 急 務 となった 正 しい 環 境 情 報 を 得 るには まず 計 測 装 置 が 必 要 である と ころが 起 きるはずがない 事 故 であるが 故 に 事 故 直 後 の 計 測 機 の 入 手 は 困 難 を 極 めたが 筆 者 ら は 放 射 医 学 総 合 研 究 所 の 協 力 を 得 て 福 島 県 各 所 の 空 間 放 射 線 量 率 路 面 建 築 物 の 表 面 汚 染 密 度 土 壌 植 物 農 産 物 などの 放 射 能 濃 度 の 測 定 を 行 った 1-3) 汚 染 実 態 が 分 かると 放 射 線 被 ばく 量 が 明 らか になり 健 康 影 響 予 測 へのプロセスをたどる こ の 環 境 汚 染 問 題 は 事 故 直 後 とその 後 において 問 題 点 が 異 なる 事 故 直 後 には 経 気 道 ばく 露 され る 大 気 浮 遊 物 質 が 問 題 となる 大 気 汚 染 物 質 に は 放 射 性 ヨウ 素 ( 131 I)のように 甲 状 腺 がんを 引 き 起 こす 放 射 性 物 質 が 含 まれているからである ただし 131 I は 半 減 期 が 短 いため 事 故 後 において は 放 射 性 セシウム Cs-134, 137から 発 生 する γ 線 に よる 環 境 放 射 線 が 問 題 となった 3. 地 域 社 会 や 住 民 への 影 響 原 発 事 故 に 伴 い 福 島 県 では 空 間 放 射 線 量 率 の 低 い 地 域 への 住 民 避 難 が 起 こった この 避 難 が 大
臨 床 環 境 医 学 ( 第 24 巻 第 1 号 ) 31 きく 影 響 して 福 島 県 民 は 全 国 46の 都 道 府 県 に4 万 6,416 人 県 内 に7 万 8,016 人 が 避 難 しており そ の 合 計 は12 万 4,432 人 に 及 んでいる(2014 年 10 月 16 日 時 点 ) 福 島 県 では 津 波 地 震 災 害 ばかりではなく 放 射 線 災 害 が 重 くのしかかり 生 活 基 盤 の 破 壊 や 地 域 分 断 日 常 生 活 やコミュニティーの 崩 壊 が 起 こっている 3-1 原 発 事 故 関 連 死 福 島 県 で 問 題 となっているのは 地 震 や 津 波 災 害 による 直 接 死 ではなく 震 災 関 連 死 である 震 災 と 原 発 事 故 による 避 難 生 活 の 長 期 化 で 体 調 を 崩 し 死 亡 する 被 災 者 いわゆる 震 災 関 連 死 が 増 え ている 避 難 生 活 で 大 きく 変 化 した 生 活 労 働 社 会 環 境 などのストレス 或 いは 生 きがいの 消 失 による 自 殺 者 も 急 増 している 震 災 による 死 者 は 震 災 直 接 死 と 震 災 関 連 死 に 分 けられるが 福 島 県 では 原 発 事 故 による 震 災 関 連 死 が 多 い この 震 災 関 連 死 は 原 発 事 故 関 連 死 とも 呼 ばれているが 福 島 県 が 原 発 事 故 関 連 死 と 認 定 した 人 は1,793 人 に 上 る 4) 福 島 岩 手 宮 城 の 被 災 3 県 の 死 者 数 ( 死 亡 届 などを 含 む)のうち 震 災 関 連 死 が 占 める 割 合 は 岩 手 宮 城 両 県 が 約 8 % にとどまっているの に 対 し 福 島 県 は 約 55 % と 突 出 して 高 い 先 が 見 通 せない 避 難 生 活 で 将 来 を 悲 観 し 自 殺 に 至 る ケースもある(2014 年 9 月 10 日 時 点 ) 4) 原 発 事 故 関 連 死 の 認 定 者 について その 死 亡 時 期 を 調 査 したところ 震 災 後 半 年 から1 年 以 内 が 349 人 (19.5 %)で 最 も 多 く 震 災 後 1カ 月 から3カ 月 以 内 :333 人 (18.6 %) 震 災 後 3カ 月 から6カ 月 以 内 :315 人 (17.8 %) 震 災 後 1 週 間 から1カ 月 以 内 :256 人 (14.3 %)と 続 いた このうち 66 歳 以 上 は1,624 人 (90.6 %) 21 歳 以 上 65 歳 以 下 は169 人 (9.4 %)であり 20 歳 以 下 はいなかったと 報 告 されている 4) 5) 2014 年 12 月 の NHK の 報 道 によると 原 発 事 故 で 放 出 された 放 射 性 物 質 は 核 燃 料 のメルトダウ ンや 水 素 爆 発 が 相 次 いだ 事 故 発 生 当 初 の4 日 間 で はなく その 後 に 全 体 の75% が 放 出 されたこと が 日 本 原 子 力 研 究 開 発 機 構 と NHK の 分 析 で 判 明 したと 報 じている 今 般 の 原 発 事 故 では この 間 の 被 ばくで 甲 状 腺 がんが 発 症 する 可 能 性 があるが チェルノブイリ 原 発 では 事 故 後 4から5 年 後 に 子 供 の 甲 状 腺 がんが 頻 発 した そのため 図 1に 示 すように 福 島 県 では 事 故 発 生 時 に18 歳 以 下 を 対 象 とする 甲 状 腺 がん 検 査 を 実 施 している 1 巡 目 の 先 行 検 査 の 対 象 は 事 故 当 時 に18 歳 以 下 であった 約 370,000 人 2 巡 目 の 本 格 検 査 は 事 故 後 1 年 間 に 生 まれた 子 どもを 加 えた 約 385,000 人 となっている 図 1に 示 すように 1 次 検 査 は 超 音 波 を 使 って 甲 状 腺 のしこりの 大 きさや 形 を 検 診 し 程 度 の 軽 いものから A1 A2 B C と 判 定 する 大 きさが 一 定 以 上 で B と C と 判 定 されれば 2 次 検 査 で 血 液 や 細 胞 など 検 査 することになる 1 巡 目 に 比 較 して 甲 状 腺 がんが 増 加 するかなどが 検 討 される 6) 結 果 的 に この 甲 状 腺 検 査 では 75 人 にがんや 疑 いが 出 た 内 訳 は 甲 状 腺 がん(33 名 ) 疑 いあ り(41 名 ) 手 術 で 良 性 (1 名 )となっており 75 野 﨑 図 写 真 ( 日 本 臨 床 環 境 医 学 原 稿 ) 人 のうち24 人 は 事 故 直 後 における 県 民 の 行 動 調 査 県 民 健 康 調 査 票 に 回 答 している この 調 査 4. 原 発 事 故 による 健 康 影 響 4-1 甲 状 腺 がん 原 発 事 故 で 大 気 中 に 飛 散 した 放 射 性 ヨウ 素 ( 131 I)を 含 む 放 射 性 物 質 は 2011 年 3 月 15 日 までに 殆 ど 放 出 されたと 考 えられていた ところが 図 図 11 甲 状 甲 腺 状 検 腺 査 6) 検 と 査 と 判 判 定 定 基 準 6) ( ( 文 献 6を 基 に 改 編 ) 6を 基 に 改 編 )
32 Jpn J Clin Ecol ( Vol.24 No.1 2015) 票 から 事 故 発 生 後 4か 月 間 の 外 部 被 ばく 線 量 は1 msv 未 満 (15 人 ) 1 msv 以 上 2 msv 未 満 (9 人 ) と 推 計 されている 7) 一 連 の 検 査 で 発 見 された 小 児 甲 状 腺 がんの 大 半 は 思 春 期 前 後 かそれ 以 降 の 甲 状 腺 がんであり 上 記 75 名 の 平 均 年 齢 は16.9±2.6 歳 で 平 均 腫 瘍 径 は14.3±7.6mm としている この 問 題 を 扱 う 福 島 県 の 検 討 委 員 会 では 外 部 被 ばく 線 量 との 関 係 や 地 域 地 区 別 の 比 較 結 果 な ども 合 わせて 報 告 している その 結 果 検 査 で 発 見 されたのは どの 地 域 で 検 査 をしても 一 定 の 確 率 で 発 見 される 自 然 発 症 の 小 児 甲 状 腺 がんであ り 過 剰 な 精 密 検 査 で 生 まれるスクリーニング 効 果 が 影 響 しているとの 評 価 している 4-2 甲 状 腺 がんに 対 する 政 府 行 政 の 見 解 内 閣 府 は 福 島 県 の 検 査 体 制 を 指 導 する 山 下 俊 一 氏 ( 福 島 県 立 医 科 大 学 副 学 長 長 崎 大 学 理 事 副 学 長 ( 福 島 復 興 支 援 担 当 ))による 検 査 と 検 査 結 果 に 対 する 解 説 を HP 上 で 公 表 している 8) 解 説 内 容 は 1) 小 児 甲 状 腺 音 波 検 査 を 開 始 した 経 緯 2) スクリーニング 効 果 の 懸 念 3) 先 行 検 査 の 途 中 経 過 4) 先 行 検 査 結 果 の 評 価 法 5) 今 後 の 検 査 スケジュール 6) 今 後 の 課 題 となっている 要 約 すれば 2011 年 7 月 からの 福 島 県 による 県 7) 民 健 康 管 理 調 査 事 業 の 一 環 として 2011 年 10 月 から 福 島 県 立 医 科 大 学 で 小 児 甲 状 腺 超 音 波 検 査 が 開 始 された 経 緯 などが 示 されている また チェ ルノブイリ 原 発 事 故 で 小 児 甲 状 腺 がんが 事 故 後 4 ~5 年 以 降 に 増 加 したこと 或 いは 青 森 県 山 梨 県 長 崎 県 でも 約 4,500 名 に 対 して 福 島 と 同 じ 方 式 で 検 査 が 行 われ 同 一 診 断 基 準 での 小 児 甲 状 腺 の 異 常 所 見 の 頻 度 が 福 島 県 の 結 果 と 概 ね 同 等 であっ たことなどから 本 検 査 体 制 で 発 見 された 小 児 甲 状 腺 がんは 過 剰 検 査 によるものとしている 7-9) 今 後 の 課 題 として 定 期 的 追 跡 調 査 を 継 続 する こと 全 国 の 専 門 家 による 診 断 や 治 療 の 標 準 化 な どを 挙 げている 4-3 甲 状 腺 がんの 発 症 と 地 域 差 福 島 県 の 面 積 は 広 大 であり 原 発 事 故 による 放 射 性 物 質 の 沈 積 度 或 いは 空 間 放 射 線 量 率 が 地 域 毎 に 大 きく 異 なっている そのため 地 域 毎 に 131 I の 被 ばく 量 や 放 射 線 の 影 響 が 異 なる 可 能 性 が 示 唆 さ れていた そこで 福 島 県 は 原 発 周 辺 の13 市 町 村 沿 岸 部 中 部 などに 分 けた 地 域 別 の 診 断 率 を 調 査 したが 地 域 差 は 見 られなかった 旨 の 報 告 を 行 っ ている 10) 4-4 新 生 児 異 常 の 発 生 率 福 島 県 によると 2011~2013 年 度 の3 年 間 で 県 内 の 新 生 児 に 先 天 奇 形 異 常 が 発 生 した 割 合 が 調 査 されているが 一 般 的 発 生 率 と 差 がない 結 果 が 示 されている 一 般 的 発 生 率 は3~5 % とされる が 福 島 県 内 での 発 生 率 は2 % 台 となっており 委 員 会 関 係 者 は 福 島 県 内 での 放 射 線 の 妊 産 婦 への 影 響 は 考 えにくいとしている また 妊 娠 12 週 から 生 後 1カ 月 までに 心 臓 奇 形 や 脊 椎 の 異 常 ダウン 症 などが 現 れた 新 生 児 の 数 も 同 様 に 調 査 されたが 2011 年 度 の 発 生 率 は2.85 %( 回 答 者 8,538 人 ) 2012 年 度 は2.39 %( 同 6,993 人 ) 2013 年 度 は2.35 %( 同 7,067 人 )であった 11) 結 論 として 福 島 県 内 の 地 域 毎 の 発 生 率 に 大 き な 差 は 見 いだせなかった 旨 の 報 告 を 行 っている 因 みに 日 本 産 科 婦 人 科 学 会 などの 産 婦 人 科 診 療 ガイドラインによると 先 天 奇 形 異 常 の 発 生 率 は3~5 % とされる 一 方 日 本 産 婦 人 科 医 会 が まとめた2012 年 度 の 全 国 の 発 生 率 は2.34 % となっ ているという 2011 年 度 からの3 年 間 で 早 産 や 低 出 生 体 重 児 が 出 生 する 割 合 も 全 国 的 な 傾 向 と 差 がないことが 報 告 されている 11) 4-5 里 帰 り 出 産 図 2に 示 すように 原 発 事 故 の 影 響 で 一 時 的 に 大 幅 に 落 ち 込 んだ 福 島 県 内 の 里 帰 り 出 産 の 件 数 が 2012 年 1 月 を 境 に 増 加 傾 向 を 示 し 2013 年 7 月 には 原 発 事 故 以 前 の 水 準 に 回 復 した 福 島 県 医 師 会 は 放 射 線 に 対 する 理 解 が 広 がり 妊 婦 らの 不 安 が 和 らいだことが 一 因 と 推 測 している 12) 5. 事 故 後 の 被 ばく 問 題 ( 内 部 被 ばくと 外 部 被 ばく) 放 射 線 被 ばくの 影 響 は 外 部 被 ばくと 内 部 被 ばく により 生 ずる 放 射 性 物 質 が 人 体 外 部 にあり 放 射 線 を 体 外 から 被 ばくする 場 合 は 外 部 被 ばく 呼 ば れ 体 内 からの 内 部 被 ばくと 区 別 される 本 来
図 1 甲 状 腺 検 査 と 判 定 基 準 6) ( 文 献 6を 基 に 改 編 ) 臨 床 環 境 医 学 ( 第 24 巻 第 1 号 ) 33 は 相 双 地 域 (714ヵ 所 ) 県 北 地 域 (687ヵ 所 ) 県 中 地 域 (853ヵ 所 )といったモニタリング 網 が 敷 か れている また 個 人 被 ばく 線 量 に 関 しては 事 故 直 後 か ら 市 町 村 単 位 で 個 人 線 量 計 が 配 布 され 学 童 にお ける 被 ばく 実 態 が 明 らかになっている 図 3 内 部 被 ばく 量 と 外 部 被 ばく 量 ( 文 献 15)を 基 に 作 6-2 外 部 被 ばく 線 量 の 軽 減 策 原 発 事 故 による 環 境 汚 染 は 放 射 性 物 質 が 原 因 物 暫 定 基 準 値 質 である 点 に 特 徴 がある この 食 品 群 (Bq/kg) 事 故 対 策 として 国 は 放 射 性 物 質 汚 染 対 野 処 菜 特 類 措 法 を 500 定 めた これに より 福 島 県 を 中 心 とした 国 土 は 国 直 轄 で 除 染 穀 類 500 を 行 う 除 染 特 別 地 域 あるいは 市 町 村 の 除 染 計 画 肉 卵卵 魚 で 除 染 を 行 う 汚 染 状 況 重 点 調 査 地 500 その 他 域 に 指 定 されて 平 成 24 年 4 月 1 日 から いる 牛 乳 除 染 特 別 地 域 は 原 発 近 傍 の 空 間 200 乳 製 品 放 射 線 量 率 が 高 い 地 域 を 指 すが 汚 染 状 況 重 点 調 査 地 域 は 平 均 的 12) 12) 図 2 図 福 2 島 福 県 島 における 県 里 帰 り 里 出 帰 産 り の 出 回 産 復 の 傾 回 向 復 傾 向 な 空 間 放 射 線 量 率 が0.23 飲 料料 μsv/h 水 以 200 上 の 地 域 を 含 む 市 町 村 を 指 している 2011 年 12 月 19 日 に 年 間 積 算 外 部 被 ばくは 宇 宙 線 などの 自 然 放 射 線 によるもの 線 量 が1 図 msv 4 食 を 品 超 衛 える102 生 法 による 市 町 村 放 が 射 汚 性 染 物 状 質 況 の 重 規 準 であったが 今 般 の 事 故 はこれを 上 回 る 放 射 線 を 発 している 点 に 特 徴 がある 放 射 線 対 策 はこの2つの 被 ばくからの 防 護 を 目 的 とするものである 内 部 被 ばくでは 放 射 性 物 質 を 含 む 空 気 水 食 物 などの 摂 取 に 注 意 する 必 要 があるが 現 在 福 島 県 で 生 産 される 殆 どの 食 物 については Ge 半 導 体 検 出 装 置 で 精 密 測 定 し 表 示 する 体 制 が 整 備 されている 検 査 結 果 を 見 る と 食 物 中 の 放 射 性 濃 度 は 問 題 ないレベルになっ 写 写 真 1 真 1 空 間 放 放 射 射 線 量 線 率 量 のモニタリング 率 ている 例 えば 米 に 関 しては 農 地 除 染 がほぼ 完 了 し また 全 袋 検 査 が 行 われているためか 基 準 値 を 超 過 する 割 合 は1 % に 満 たない 状 況 となっている 6. 外 部 被 ばく 問 題 6-1 測 定 環 境 の 整 備 原 発 事 故 により 放 射 性 物 質 汚 染 が 福 島 県 のみな らず 東 日 本 の 広 範 囲 に 及 んでおり 各 地 の 空 間 放 射 線 量 率 を 上 昇 させた 様 子 が 示 されている 13) 在 来 写 真 1に 示 すような 空 間 放 射 線 量 率 を 測 定 す る 放 射 線 環 境 モニタリングポストは 事 故 以 前 は 稀 にしか 設 置 されていなかったが 現 在 福 島 県 で 写 真 2 除 染 作 写 真 業 2 除 染 作 業
34 Jpn J Clin Ecol ( Vol.24 No.1 2015) 点 調 査 地 域 に 指 定 されている この 法 的 措 置 によ り, 各 地 で 除 染 作 業 が 開 始 された 6-3 除 染 の 意 義 と 効 果 放 射 線 対 策 の 基 本 は 早 期 に 環 境 中 の 空 間 放 射 線 量 率 を 下 げることにある 除 染 については 理 工 学 を 専 攻 した 研 究 者 でも 大 気 水 を 通 して 放 射 性 物 質 が 容 易 に 移 動 して 環 境 中 の 空 間 放 射 線 量 率 を 上 げているとの 誤 解 を 抱 くケースがある 今 回 の 原 発 事 故 において そのような 事 例 は 原 発 近 傍 で 起 こる 可 能 性 はある ただし その 他 の 地 域 では 除 染 を 施 した 土 地 や 建 物 の 空 間 放 射 線 量 率 は 大 幅 に 低 減 し その 後 上 昇 する 事 例 は 稀 であ る 仮 に 上 昇 した 場 合 でも 除 染 前 の 空 間 放 射 線 量 率 に 比 較 すれば 上 昇 する 度 合 いは 微 小 なもの となっている 7. 内 部 被 ばく 問 題 7-1 福 島 県 民 の 内 部 被 ばく 量 原 発 事 故 を 受 けて 福 島 県 が 実 施 しているホー ルボディーカウンターによる 内 部 被 ばく 検 査 にお いて 2011 年 6 月 から26 年 7 月 までの 間 に207,993 人 の 県 民 を 検 査 した 検 査 の 結 果 成 人 で 今 後 50 年 子 どもで70 歳 ま での 内 部 被 ばく 累 積 線 量 を 示 す 預 託 実 効 線 量 が 算 出 されたが 1 m Sv を 超 えるのは 全 体 の0.01% に 当 たる26 人 であり 99.99% に 当 たる207,967 人 が1 m Sv 未 満 と 判 定 された 福 島 県 では 全 測 定 者 の 被 ばく 量 は 健 康 に 影 響 が 及 ぶ 数 値 ではないとコ メントしている 14) 7-2 内 部 被 ばくと 食 品 規 準 食 品 中 の 放 射 性 セシウム 摂 取 によって 受 ける 線 量 は 自 然 界 から 受 ける 放 射 線 の 線 量 と 比 べても 非 常 に 小 さい 図 3に 示 すように 1 人 あたりの 年 間 線 量 ( 日 本 人 平 均 ) は 約 1.5 msv であるが この 内 訳 は 宇 宙 線 から:0.29 msv 大 気 中 のラドン トロンか ら:0.40 msv 大 地 から:0.38 msv 食 品 から: 0.41 msv となっている 15) 原 発 事 故 では 食 品 や 飲 料 水 による 内 部 被 ばく 問 題 が 懸 念 され 図 4に 示 すように 2011 年 3 月 に 食 品 衛 生 法 の 規 定 に 基 づく 放 射 性 物 質 の 暫 定 規 制 図 3 内 部 被 ばく 量 と 外 部 被 ばく 量 ( 文 献 15)を 基 に 作 成 ) 図 3 内 部 被 ばく 量 と 外 部 被 ばく 量 ( 文 献 15)を 基 に 作 成 ) 値 (500 Bq/kg)が 設 定 された 2012 年 4 月 1 日 に 暫 定 基 準 値 は 食 品 衛 食 生 品 法 群 の 規 に づく 放 射 性 物 質 の 基 準 値 (Bq/kg) が 設 定 され 玄 米 を 含 む 一 般 食 品 の 基 準 値 は100 野 菜 類 500 Bq/kg とされた この 基 準 値 は 食 品 からの 被 ば く 線 量 の 穀 上 限 類 が 年 間 1500 msv 以 下 になるように 計 算 されている 肉 卵卵 魚 500 その 他 平 成 24 年 4 月 1 日 から 表 1に 示 すように 厚 生 労 働 省 は 国 立 医 薬 品 食 品 衛 生 研 牛 究 乳 所 に 委 託 して 2014 200 年 2 月 から3 月 の 間 乳 製 品 に 全 国 15 地 域 において 実 際 に 流 通 する 食 品 を 購 入 し 食 飲 品 料料 中 水 の 放 射 性 200 セシウムから 受 ける 年 間 放 射 線 量 を 推 定 している 16) 調 査 の 結 果 食 品 中 の 放 射 性 セシウムから 人 図 4 食 品 衛 生 法 による 放 射 性 物 質 の 規 準 が1 年 間 に 受 ける 放 射 線 量 は 0.0007~0.0019 msv と 推 定 され これは 現 行 基 準 値 の 設 定 根 拠 で ある 年 間 上 限 線 量 (1 msv)の1 % 以 下 であり 極 めて 小 さいことを 示 している 8.まとめ 2011 年 3 月 11 日 の 東 北 地 方 太 平 洋 沖 地 震 に 伴 う 東 京 電 力 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 の 事 故 により, 福 島 県 や 東 日 本 の 広 い 地 域 に 放 射 性 物 質 による 環 境 写 真 1 空 間 放 射 線 量 率 のモニタリング 汚 染 が 生 じた この 環 境 汚 染 により, 地 域 環 境 の 空 間 放 射 線 線 量 率 が 急 上 昇 した これにより 地 域 住 民 の 外 部 被 ばく 問 題 が 懸 念 され 地 域 住 民 に 深 甚 な 心 理 的 ストレスを 与 えている とりわけ 131 I による 小 児 甲 状 腺 癌 のリスクが 指 摘 され 38 万 人 を 超 える 医 学 的 調 査 が 行 われた また Cs-134, 137による 外 部 被 ばくと 水 や 食 物 による 内 部 被 ばくも 懸 念 されている 現 在 のとこ 食 品 群 一 般 食 品 牛 乳 飲 料料 水 乳 児 用 食 品
図 3 内 部 被 ばく 量 と 外 部 被 ばく 量 ( 文 献 15)を 基 に 作 成 ) 臨 床 環 境 医 学 ( 第 24 巻 第 1 号 ) 35 食 品 群 暫 定 基 準 値 (Bq/kg) 野 菜 類 穀 類 肉 卵卵 魚 その 他 牛 乳 乳 製 品 500 500 500 200 平 成 24 年 4 月 1 日 から 食 品 群 一 般 食 品 基 準 値 (Bq/kg) 100 牛 乳 50 飲 料料 水 10 飲 料料 水 200 乳 児 用 食 品 50 図 4 食 品 衛 生 法 による 放 射 性 物 質 の 規 準 図 4 食 品 衛 生 法 による 放 射 性 物 質 の 規 準 表 1 1₆) 食 品 中 の 放 射 性 セシウムから 受 ける 年 間 放 射 線 量 写 真 1 空 間 放 射 線 量 率 のモニタリング ろ 福 島 県 においては 甲 状 腺 がん 新 生 児 異 常 の 発 症 率 などにおいて 明 確 な 健 康 被 害 は 確 認 され ていないが 科 学 的 調 査 医 学 的 検 診 などを 通 し て 安 心 安 全 な 地 域 社 会 を 復 活 させることや 地 域 住 民 の 健 康 被 害 発 症 を 防 止 する 施 策 が 求 められてい る そのため まずは 生 活 圏 の 空 間 放 射 線 量 率 を 低 下 させる 除 染 作 業 が 必 要 となっている 引 用 文 献 1)Nozaki., A., Yoshino H., et al. A Study on Environmental Pollution Caused by Radioactive Substances and its Countermeasure Techniques (Part 1), Present Situation of Radioactive Pollution and Decontamination, Healthy Buildings the 10th International Conference, Brisbane, Australia. Proceedings of the Healthy Buildings 2012, Vol.3, pp.216-220, 2012 2) 野 﨑 淳 夫 成 田 泰 章 他. 放 射 性 物 質 による 環 境 汚 染 とその 対 策 技 術 に 関 する 研 究 (その1) 平 成 23 年 室 内 環 境 学 会 大 会 講 演 要 旨 集 pp.180-181, 2011 3) 野 﨑 淳 夫. 特 集 東 日 本 大 震 災 その1 建 物 の 被 害 状 況 と 放 射 能 汚 染, 放 射 性 物 質 による 環 境 汚 染 と 除 染.
36 Jpn J Clin Ecol ( Vol.24 No.1 2015) 空 気 清 浄 50: 17-24, 2012 4) 福 島 民 報. 東 日 本 大 震 災 原 発 自 己 関 連 死 アーカ イブ 増 え 続 ける 本 県 の 関 連 死. 2014/12/27.http://www.minpo.jp/pub/topics/ jishin2011/2014/12/post_11239.html (2015.7.09) 5)NHK. NHK スペシャル,メルトダウン File.5 知 ら れざる 大 量 放 出. 2014/12/21. http://www.nhk.or.jp/ special/detail/2014/1221/ (2015.7.09) 6) 福 島 民 報. 東 日 本 大 震 災 震 災 から3 年 11ヶ 月 アー カ イ ブ 2015/02/11 http://www.minpo.jp/pub/ topics/jishin2011/2015-2/ (2014.2.25) 7) 福 島 県. 第 14 回 福 島 県 県 民 健 康 管 理 調 査 検 討 委 員 会 県 民 健 康 管 理 調 査 甲 状 腺 検 査 の 実 施 状 況 につ い て http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/ attachment/50302.pdf (2015.7.09) 8) 首 相 官 邸. 福 島 県 県 民 健 康 管 理 調 査 報 告 ~その 2 ~ http://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_ g26.html(2015.7.09) 9) 特 定 非 営 利 活 動 法 人 日 本 乳 腺 甲 状 腺 超 音 波 医 学 会. 平 成 24 年 度 甲 状 腺 結 節 性 疾 患 有 所 見 率 等 調 査 成 果 報 告 書. 2013 https://www.env.go.jp/chemi/rhm/ attach/rep_2503a_full.pdf(2015.7.09) 10) 時 事 通 信. 甲 状 腺 がん 疑 い 含 め104 人 = 地 域 差 見 ら れず 福 島 県. 2014/8/24 http://news.yahoo.co.jp/ pickup/6128308(2015.7/09) 11) 福 島 民 報. 県 内 の 新 生 児 異 常 発 生 率 全 国 と 変 わら ず 県 民 健 康 調 査. 2015/2/13. http://www.minpo. jp/pub/topics/jishin2011/2015/02/post_11504.html (2015.7.09) 12) 福 島 民 報. 東 日 本 大 震 災 震 災 原 発 事 故 から3 年 アーカイブ 原 発 事 故 前 水 準 戻 った 福 島 県 里 帰 り 出 産 数. 2014.2.26. http://www.minpo.jp/pub/ topics/jishin2011/2014/02/post_9305.html (2015.7.09) 13) 原 子 力 規 制 委 員 会. 福 島 県 及 びその 近 隣 県 における 航 空 機 モニタリングの 測 定 結 果 について. 2015.2.13. http://radioactivity.nsr.go.jp/ ja/ contents/9000/8909/24/362_20140307.pdf (2015.7.09) 14) 福 島 民 報. 東 日 本 大 震 災 震 災 原 発 事 故 から3 年 放 射 性 物 質 と 健 康 管 理 WBC 内 部 被 ばく 調 査. 2014. 9. 11. www.minpo.jp/ pub/ topics/ jishin2011/2014/09/post_10694.html 15) 厚 生 労 働 省. 食 品 中 の 放 射 性 セシウムから 受 ける 放 射 線 量 の 調 査 結 果 ( 平 成 26 年 2 3 月 調 査 分 ). 2014. 11. 26. http://www.mhlw.go.jp/ stf/ houdou/0000066193.html(2015.7.09) 16) 食 品 安 全 委 員 会. 食 品 中 の 放 射 性 物 質 による 健 康 影 響 に つ い て.2012.1. http://www.fsc.go.jp/sonota/ emerg/radio_hyoka_kaisetu.pdf (2015.7.09)