1 / 5 国 立 研 究 開 発 法 人 放 射 線 医 学 総 合 研 究 所 韓 国 脳 科 学 研 究 所 国 立 大 学 法 人 筑 波 大 学 学 校 法 人 関 西 医 科 大 学 国 立 大 学 法 人 京 都 大 学 霊 長 類 研 究 所 国 立 研 究 開 発 法 人 理 化 学 研 究 所 トゥレット 障 害 の 発 症 メカニズム 解 明 に 新 展 開 - 音 声 チック 症 状 を 呈 する 霊 長 類 モデルを 開 発 - 国 立 研 究 開 発 法 人 放 射 線 医 学 総 合 研 究 所 ( 理 事 長 : 米 倉 義 晴 ) 分 子 イメージング 研 究 センター 分 子 神 経 イメージング 研 究 プログラム 永 井 裕 司 研 究 員 ---- 本 研 究 発 表 のポイント ---- 若 年 層 に 0.1~1%の 割 合 で 発 症 し 社 会 生 活 に 大 きな 支 障 をきたすことがあ る 神 経 発 達 障 害 トゥレット 障 害 で 見 られる 音 声 チックの 霊 長 類 モデルを 作 出 音 声 チック 発 現 に 関 わる 脳 部 位 と 異 常 活 動 を 霊 長 類 モデルで 特 定 メカニズム 理 解 に 基 づく 治 療 法 開 発 に 期 待 トゥレット 障 害 は 咳 払 いや 奇 声 などを 発 してしまう 音 声 チック 症 状 と まばた きや 顔 しかめなどの 動 きを 繰 り 返 し 行 ってしまう 運 動 チック 症 状 が 共 に 1 年 以 上 にわたって 継 続 する 神 経 発 達 障 害 で 18 歳 未 満 に 0.1~1%の 割 合 1 で 発 症 するといわれ ています 特 に 音 声 チックは 症 状 による 肉 体 的 精 神 的 苦 痛 に 加 え しばしば 周 囲 の 誤 解 を 招 くことで 社 会 生 活 に 影 響 することがありますが 有 効 な 治 療 法 は 現 在 も 確 立 さ れていません 治 療 法 の 開 発 には 音 声 チックを 呈 するモデル 動 物 の 開 発 と 症 状 をも たらす 脳 のメカニズムの 解 明 が 急 務 でした 韓 国 と 日 本 の 複 数 の 研 究 機 関 からなる 本 研 究 チームは 側 坐 核 2 と 呼 ばれる 脳 部 位 の 活 動 を 興 奮 状 態 にすることにより 音 声 チックを 再 現 できるモデルザルの 作 出 に 世 界 で 初 めて 成 功 しました このモデルザルの 脳 活 動 を PET 3 で 調 べたところ 発 声 に 関 わるこ とが 知 られている 前 部 帯 状 皮 質 4 という 部 位 で 脳 活 動 が 過 剰 に 亢 進 (こうしん)してい ることを 見 出 しました( 図 ) さらに 側 坐 核 前 部 帯 状 皮 質 及 び 発 声 運 動 に 関 わる 一 次 運 動 野 ( 特 に 口 腔 顔 面 領 域 ) 5 の 各 部 位 の 神 経 活 動 を 電 位 測 定 により 調 べたところ これらの 部 位 の 神 経 活 動 が 同 期 することによって 音 声 チックの 症 状 が 発 現 する という 脳 のメカニズムが 明 らかになりました このメカニズム をターゲットにした 音 声 チックの 治 療 法 の 開 発 につながることが 期 待 されます 本 研 究 の 成 果 は 米 国 神 経 科 学 専 門 誌 Neuron オンライン 版 に 2016 年 1 月 21 日 ( 午 前 2:00 日 本 時 間 )に 掲 載 されました 1 / 5
2 / 5 背 景 と 目 的 トゥレット 障 害 は 咳 払 いや 奇 声 などを 繰 り 返 し 発 してしまう 音 声 チック と まば たきや 顔 しかめなどの 動 きを 繰 り 返 し 行 ってしまう 運 動 チック を 特 徴 とし 18 歳 未 満 に 0.1~1%の 割 合 で 発 症 するといわれる 神 経 発 達 障 害 です 特 に 音 声 チックが 重 篤 な 症 例 では 公 共 の 場 で 大 きなうなり 声 や 吠 え 声 を 上 げたり 汚 言 症 ( 社 会 的 に 受 け 入 れられない 卑 猥 語 (ひわいご)や 罵 倒 語 (ばとうご)の 使 用 )が 見 られたりすることもあり 肉 体 的 精 神 的 苦 痛 に 加 え 社 会 生 活 にも 大 きな 影 響 を 及 ぼします しかし 既 存 の 治 療 法 は 必 ずしも 全 て の 患 者 に 有 効 ではないため 新 たな 治 療 法 開 発 のために 音 声 チックを 呈 するモデル 動 物 の 作 出 及 び 発 症 の 神 経 基 盤 の 解 明 が 急 務 でした 研 究 手 法 と 結 果 韓 国 脳 科 学 研 究 所 のケビン マックケアン 代 表 研 究 者 を 中 心 に 筑 波 大 学 及 び 京 都 大 学 霊 長 類 研 究 所 の 研 究 チームがモデル 動 物 作 出 に 取 り 組 みました 研 究 チームはまず 様 々な 運 動 機 能 疾 患 と 関 係 することがわかっている 大 脳 基 底 核 特 に 発 声 に 関 わる 前 部 帯 状 皮 質 と 強 い 結 合 を 持 つ 側 坐 核 に 着 目 し マカクザルの 当 該 部 位 の 神 経 活 動 をビククリン 6 と 呼 ばれる 薬 物 で 興 奮 状 態 にしました すると サルに 異 常 な 周 期 的 発 声 が 見 られるようになり 音 声 チ ックの 症 状 を 再 現 することに 成 功 しました( 図 1) 図 1 音 声 チックの 症 状 を 呈 するモデルザル A: 記 録 したサルの 鳴 き 声 の 音 声 データ 周 期 的 な 発 声 が 確 認 された B: 拡 大 した 鳴 き 声 の 音 声 データ 下 段 は 1~3 のタイミングでの 発 声 中 のサルの 口 元 の 写 真 2 / 5
3 / 5 次 に このモデルザルのどの 脳 部 位 に 異 常 が 生 じているのかをつきとめるため 放 射 線 医 学 総 合 研 究 所 の 研 究 チームが 協 力 して 脳 全 体 の 活 動 が 計 測 可 能 な PET( 陽 電 子 放 出 断 層 撮 影 )を 用 いてモデルザルの 脳 活 動 を 計 測 しました その 結 果 前 部 帯 状 皮 質 や 扁 桃 (へん とう) 体 7 など 発 声 や 情 動 と 深 く 関 わる 部 位 で 脳 活 動 が 過 剰 に 亢 進 していることを 見 出 し ました( 図 2) 図 2 運 動 チックに 比 べて 音 声 チック 中 に 活 動 が 過 剰 に 亢 進 したモデルザルの 脳 部 位 前 部 帯 状 皮 質 ( 上 ) 扁 桃 体 ( 下 )で 音 声 チック 中 に 活 動 の 過 剰 な 亢 進 が 見 られる さらに 関 西 医 科 大 学 及 び 理 化 学 研 究 所 の 研 究 チームが 加 わり PET で 活 動 亢 進 が 見 られ た 側 坐 核 と 前 部 帯 状 皮 質 及 び 発 声 運 動 に 関 わる 一 次 運 動 野 の 神 経 活 動 を 電 気 生 理 学 的 手 法 を 用 いて 詳 細 に 解 析 しました この 実 験 により 正 常 なサルでは 観 察 されない 3 つの 脳 部 位 での 顕 著 な 同 期 活 動 を 見 出 しました( 図 3) 特 に 重 要 な 点 は この 同 期 活 動 が 発 生 する タイミングが 音 声 チックを 発 症 するタイミングと 一 致 していることです これらのデータ から 側 坐 核 前 部 帯 状 皮 質 一 次 運 動 野 の 神 経 活 動 が 同 期 することで 音 声 チックの 症 状 が 現 れると 考 えられます 図 3 モデルザルから 記 録 した 局 所 フィールド 電 位 側 坐 核 前 部 帯 状 皮 質 一 次 運 動 野 から 記 録 した 局 所 フィールド 電 位 ならびに 音 声 チックの 症 状 を 示 す 顔 面 筋 の 活 動 と 音 声 データ 3 つの 部 位 で 周 期 的 な 活 動 異 常 が 見 られ それと 同 じタイミングで 音 声 チックが 生 じている(グレー) 3 / 5
4 / 5 研 究 成 果 と 今 後 の 展 望 我 々の 研 究 チームは トゥレット 障 害 で 見 られる 音 声 チック のモデル 動 物 の 作 出 に 成 功 しました さらに 音 声 チックが 現 れる 脳 のメカニズムが 側 坐 核 前 部 帯 状 皮 質 一 次 運 動 野 の 神 経 活 動 の 同 期 現 象 にあることを 見 出 しました ヒトと 似 た 脳 の 構 造 を 持 つマカ クザルを 使 ったモデルでの 発 症 メカニズムが 明 らかとなったことで トゥレット 障 害 の 患 者 の 方 々の 治 療 法 開 発 に 進 展 が 期 待 されます 治 療 法 としては 例 えば 側 坐 核 に 対 する 脳 深 部 刺 激 療 法 8 による 神 経 活 動 の 同 期 現 象 を 抑 えるような 外 科 的 処 置 が 候 補 として 上 げられます 埋 め 込 み 電 極 による 脳 深 部 刺 激 療 法 はパーキンソン 病 の 治 療 などで 既 に 確 立 されており 同 様 の 装 置 を 用 いた 側 坐 核 への 電 気 刺 激 が 音 声 チックの 治 療 に 結 びつく 可 能 性 が 考 えられます 本 研 究 は 米 国 Tourette Syndrome Association 韓 国 未 来 創 造 科 学 部 及 び 独 立 行 政 法 人 日 本 学 術 振 興 会 最 先 端 次 世 代 研 究 開 発 支 援 プログラムからの 資 金 援 助 により 京 都 大 学 霊 長 類 研 究 所 の 共 同 利 用 研 究 の 一 部 として 行 われました < 論 文 タイトルと 研 究 グループメンバー> A primary role for nucleus accumbens and related limbic network in vocal tics Neuron 89 (2016) DOI 10.1016/j.neuron.2015.12.025 韓 国 脳 科 学 研 究 所 Kevin W. McCairn 代 表 研 究 者 二 宮 太 平 研 究 員 Ju Young Lee 技 術 員 放 射 線 医 学 総 合 研 究 所 分 子 イメージング 研 究 センター 分 子 神 経 イメージング 研 究 プログラム 永 井 裕 司 研 究 員 堀 由 紀 子 研 究 員 菊 池 瑛 理 佳 技 術 員 南 本 敬 史 チームリーダー 須 原 哲 也 プログラムリーダー 筑 波 大 学 松 本 正 幸 教 授 関 西 医 科 大 学 磯 田 昌 岐 准 教 授 京 都 大 学 霊 長 類 研 究 所 高 田 昌 彦 教 授 理 化 学 研 究 所 脳 科 学 総 合 研 究 センター 象 徴 概 念 発 達 研 究 チーム 入 來 篤 史 チームリーダー ( 文 献 用 語 解 説 ) 1 出 典 :Lombroso and Scahill, Brain Dev. (2008) 4 / 5
5 / 5 2 側 坐 核 前 脳 に 存 在 する 神 経 細 胞 の 集 団 ( 神 経 核 ) 報 酬 快 感 嗜 癖 (しへき) 恐 怖 などに 重 要 な 役 割 を 果 たすと 考 えられている 3 PET 陽 電 子 断 層 撮 像 法 (Positron Emission Tomography)の 略 称 ポジトロン( 陽 電 子 )を 放 出 する 放 射 性 同 位 元 素 で 標 識 した 薬 剤 を 生 体 内 に 投 与 することで 特 定 の 分 子 の 動 きを 生 きた ままの 状 態 で 画 像 化 する 技 術 15 15 O を 含 む 水 (H 2 O)を 投 与 することで その 脳 内 分 布 から 脳 活 動 に 伴 って 局 所 的 に 脳 血 流 量 が 変 化 した 部 位 を 断 層 画 像 として 得 る 事 ができる 4 前 部 帯 状 皮 質 霊 長 類 でよく 発 達 した 前 頭 葉 の 内 側 部 に 位 置 する 広 範 な 領 域 を 指 す いわゆる 大 脳 辺 縁 系 に 属 し 感 情 や 学 習 記 憶 に 関 係 するとされる また 発 声 に 関 する 領 野 であることがマカク ザルの 生 理 学 的 研 究 で 示 されている 5 一 次 運 動 野 自 分 の 意 志 に 基 づく 運 動 の 発 現 に 関 わる 大 脳 皮 質 の 一 部 運 動 指 令 を 脳 幹 や 脊 髄 へ 出 力 する 主 要 な 拠 点 一 次 運 動 野 の 局 所 と 身 体 部 位 との 間 に 規 則 正 しい 対 応 関 係 がある 6 ビククリン 抑 制 性 伝 達 物 質 GABA の 受 容 体 (GABA A 受 容 体 )の 阻 害 剤 脳 内 局 所 に 投 与 すると 神 経 細 胞 へ の 抑 制 入 力 が 途 絶 え 興 奮 性 の 反 応 を 引 き 起 こす 7 扁 桃 体 側 頭 葉 の 内 側 に 存 在 するアーモンド 形 の 神 経 核 情 動 反 応 の 処 理 や 記 憶 において 主 要 な 役 割 を 持 つ 8 脳 深 部 刺 激 療 法 機 能 異 常 を 起 こしている 患 者 の 脳 深 部 の 神 経 核 や 繊 維 部 に 適 切 な 電 気 的 刺 激 を 持 続 的 に 送 り こむことによって 症 状 の 改 善 を 図 る 治 療 法 日 本 ではパーキンソン 病 や 振 戦 の 治 療 に 関 して 保 険 適 応 が 認 められている 5 / 5