規 範 事 例 集
目 次 事 例 位 置 図 001 1. 東 海 道 / 立 地 特 性 を 踏 まえた 並 木 の 整 備 と 保 全 活 用 002 2. 日 光 御 成 街 道 日 光 例 幣 使 街 道 会 津 西 街 道 / 目 的 地 の 格 に 相 応 しい 並 木 の 整 備 と 保 全 活 用 006 3.やまなみハイウェイ / 道 路 を 中 心 に 公 園 区 域 を 指 定 したパークウェイ 整 備 010 4. 芦 ノ 湖 スカイライン 箱 根 スカイライン / 湖 畔 景 観 の 保 全 と 新 たなルートの 開 拓 014 5. 二 十 間 道 路 / 修 景 植 栽 とゆとりある 道 路 空 間 のレクリエーション 活 用 016 6. 定 山 渓 国 道 / 自 然 環 境 地 形 に 調 和 する 道 路 構 造 の 収 まり 018 7. 日 光 宇 都 宮 道 路 / 歴 史 的 景 観 と 豊 かな 自 然 環 境 の 保 全 024 8. 千 葉 東 金 道 路 ( 二 期 ) / 地 域 を 特 定 する 植 生 景 観 の 保 全 活 用 030 9. 道 央 自 動 車 道 ( 和 寒 士 別 剣 淵 IC) / 伸 びやかな 丘 陵 性 地 形 を 活 用 した 眺 望 と 植 生 景 観 034 10. 休 憩 施 設 / 休 憩 施 設 に 相 応 しい 立 地 の 選 択 038 参 考 文 献 リスト 042 図 版 出 典 リスト 043
事 例 位 置 図 6. 定 山 渓 国 道 No. 事 例 対 象 1 東 海 道 2 日 光 御 成 街 道 日 光 例 幣 使 街 道 会 津 西 街 道 3 やまなみハイウェイ 4 芦 ノ 湖 スカイライン 箱 根 スカイライン 5 二 十 間 道 路 6 定 山 渓 国 道 7 日 光 宇 都 宮 道 路 8 千 葉 東 金 道 路 ( 二 期 ) 9 道 央 自 動 車 道 ( 和 寒 ~ 士 別 剣 淵 IC) 10 休 憩 施 設 2. 日 光 街 道 例 幣 使 街 道 会 津 西 街 道 7. 日 光 宇 都 宮 道 路 9. 道 央 自 動 車 道 ( 和 寒 士 別 剣 淵 IC) 5. 二 十 間 道 路 東 海 道 やまなみハイウェイをはじめとして 道 路 は 位 置 を 点 で 表 現 しにくいため 右 図 では 本 論 の 代 表 的 な 位 置 を 示 す 3.やまなみハイウェイ 8. 千 葉 東 金 道 路 ( 二 期 ) 4. 芦 ノ 湖 スカイライン 箱 根 スカイライン 1. 東 海 道 001
東 海 道 / 立 地 特 性 を 踏 まえた 並 木 の 整 備 と 保 全 活 用 沿 革 慶 長 6 (1601) 年 東 海 道 の 伝 馬 制 制 定 慶 長 9 (1604) 年 街 道 の 両 側 にクロマツやスギを 植 栽 慶 長 14(1609) 年 日 本 橋 を 起 点 と 定 め 一 里 塚 を 設 置 寛 永 1 (1624) 年 日 本 橋 を 起 点 とし 京 都 に 至 る 五 十 三 次 が 完 成 天 保 4 (1833) 年 歌 川 広 重 東 海 道 五 十 三 次 刊 行 明 治 5 (1872) 年 宿 駅 の 伝 馬 所 の 廃 止 昭 和 19(1944) 年 御 油 の 松 並 木 を 国 天 然 記 念 物 指 定 昭 和 27(1952) 年 箱 根 西 坂 道 ( 国 道 1 号 )の 舗 装 及 び 路 肩 工 事 昭 和 20 年 代 各 地 で 東 海 道 の 舗 装 や 改 良 工 事 が 進 み 松 並 木 ~ 40 年 代 が 荒 廃 昭 和 35(1960) 年 箱 根 旧 街 道 を 国 史 跡 指 定 昭 和 47(1972) 年 御 油 松 並 木 愛 護 会 結 成 昭 和 50(1975) 年 御 油 松 並 木 愛 護 会 によるクロマツの 一 斉 補 植 (219 本 ) 昭 和 60(1985) 年 旧 箱 根 街 道 松 並 木 ( 三 島 )の 改 装 平 成 13(2001) 年 旧 東 海 道 沿 道 各 地 で 東 海 道 400 年 祭 のイベント 催 行 諸 元 路 線 名 : 国 道 1 号 ( 大 磯 ) 道 路 規 格 :4 種 1 級 ( 歩 道 有 ) 保 全 延 長 : 約 530 m 幅 員 : 約 37 m 管 理 者 : 関 東 地 方 整 備 局 横 浜 国 道 事 務 所 路 線 名 : 国 道 1 号 ( 三 島 ) 道 路 規 格 :3 種 2 級 ( 歩 道 有 ) 保 全 延 長 : 約 900 m 幅 員 : 約 37 m 管 理 者 : 中 部 地 方 整 備 局 静 岡 国 道 事 務 所 路 線 名 : 県 道 細 江 舞 坂 線 ( 舞 坂 ) 道 路 規 格 :3 種 3 級 ( 歩 道 有 ) 保 全 延 長 : 約 840 m 幅 員 : 約 22 m 管 理 者 : 静 岡 県 路 線 名 : 県 道 長 沢 国 府 線 ( 御 油 ) 道 路 規 格 :3 種 3 級 ( 歩 道 無 ) 保 全 延 長 : 約 560 m 幅 員 : 約 6.4 m( 最 大 ) 管 理 者 : 愛 知 県 東 海 道 五 十 三 次 ( 吉 原 )より 概 要 歌 川 広 重 が 東 海 道 五 十 三 次 を 刊 行 したのは その 開 通 から 約 200 年 後 の 1833 年 東 海 道 の 松 並 木 は 日 本 の 美 しい 原 風 景 の 添 景 として 長 く 親 しまれてき た 旧 東 海 道 の 松 並 木 は 明 治 以 降 の 宿 場 制 度 廃 止 鉄 道 開 通 な どの 近 代 化 とともに 失 われ 今 では 日 本 でも 数 カ 所 しか 見 るこ とが 出 来 ない 松 並 木 が 失 われ たもっとも 大 きな 理 由 は 沿 道 の 開 発 とともに マツが 道 路 の 拡 幅 の 支 障 になったことや 建 物 への 出 入 りに 支 障 が 生 じたこ となどが 挙 げられる( 後 述 ) し かし 過 度 に 沿 道 が 開 発 されず 戦 後 新 しい 国 道 1 号 を 迂 回 して 計 画 した 地 域 では 今 でも 松 並 木 が 残 され クロマツのトンネ ルの 中 を 走 る 快 適 なドライブを 楽 しむことが 出 来 る そのよう な 箇 所 では 松 並 木 を 地 域 の 財 産 として 未 来 に 遺 していくため の 松 の 種 の 里 親 捜 し 補 植 冬 場 のこも 巻 など ま ちづくりと 連 携 した 地 味 な 努 力 により 今 も 維 持 管 理 がなされて いる 旧 東 海 道 の 幅 員 は 広 いとこ ろで 約 5 間 (9 m 程 度 )であり 松 並 木 はそれを 覆 うように 両 側 に 配 置 されている 松 並 木 が 保 全 されている 箇 所 は 国 道 とし ての 役 割 をバイパスや 東 名 高 速 に 譲 っていることから 交 通 量 は 比 較 的 少 なく 東 海 道 五 十 三 次 の 時 代 を 偲 ぶ ヒューマンス ケールの 空 間 が 特 徴 的 である ただし 現 在 は 歩 車 道 分 離 が 不 可 能 なために 歩 車 共 存 の 運 用 がなされていて 多 くの 箇 所 で 安 全 面 において 課 題 を 残 して いる 課 題 解 決 策 として 大 磯 平 塚 三 島 舞 坂 などでは 松 並 木 を 歩 車 道 境 界 とし その 外 側 に 安 全 な 歩 道 を 整 備 ( 後 述 ) している 東 海 道 五 十 三 次 位 置 図 部 周 辺 松 並 木 の 現 存 箇 所 部 周 辺 杉 並 木 の 現 存 箇 所 002
東 海 道 のはじまり 東 海 道 のはじまりは 自 然 条 件 が 厳 しい 日 本 の 国 土 の 中 で 比 較 的 歩 き 易 い 大 平 洋 側 の 地 域 を 人 が 往 来 した 跡 であると 推 察 さ れている 京 都 の 朝 廷 との 関 係 を 維 持 するために 東 海 道 は 五 街 道 の 中 でも 特 に 重 要 視 されて いた 道 筋 に 多 くの 譜 代 大 名 を 配 置 した 事 で 沿 道 の 城 下 町 や 宿 場 町 は その 後 太 平 洋 側 の 主 要 都 市 として 開 けていった 東 海 道 の 松 並 木 東 海 道 の 松 並 木 は 諸 街 道 の 大 改 修 にあわせ 幕 府 の 命 によ り 慶 長 9(1604) 年 に 整 備 された 並 木 にクロマツが 植 えられる 前 東 海 道 は 沿 道 の 田 畑 によっ て 道 路 の 敷 地 が 切 り 込 まれてい た と 記 録 されている 東 海 道 に 並 木 を 設 けた 本 来 の 理 由 は 道 路 敷 を 農 地 などに 流 用 させない ための 官 民 境 界 である なお 旅 行 者 の 日 除 け 風 除 けという 旅 人 に 癒 しを 与 える 役 割 は 副 次 的 なものであった 樹 種 がクロマツとなった 理 由 は 土 壌 条 件 に 適 し 潮 風 に 耐 性 があるからで 結 果 的 に 海 沿 い のルートである 東 海 道 の 代 表 的 な 道 路 景 観 が 創 出 された また 箱 根 のように 標 高 の 高 い 山 中 で は 湿 潤 環 境 に 適 するスギが 植 えられ 結 果 的 に 参 道 のような 荘 厳 な 雰 囲 気 の 道 路 景 観 が 創 出 された クロマツは 土 塁 の 上 に 植 えら れ( 右 下 図 参 照 ) 当 時 は 幕 府 の 命 により 樹 木 に 触 れたり 並 木 の 外 側 を 歩 くことは 禁 止 されて いた 明 治 時 代 の 東 海 道 線 の 開 業 は 宿 場 町 の 存 在 を 脅 かすも のであったが 一 部 の 地 区 では 猛 反 対 があり 場 所 によって 鉄 保 全 事 例 1 袋 井 道 路 がかさ 上 げされ かつての 土 塁 の 上 端 が 路 面 となっている 松 並 木 は 古 木 86 本 補 植 128 本 かつての 袋 井 の 松 並 木 1 m 程 度 の 高 さ の 土 塁 が 残 されている 道 は 宿 場 町 を 迂 回 した 例 えば ご ゆ 御 油 の 松 並 木 と 宿 場 の 街 並 みが 当 時 の 雰 囲 気 のまま 残 っている のは 鉄 道 開 通 に 伴 う 地 域 の 開 発 が 抑 えられたためである 松 並 木 の 荒 廃 東 海 道 はその 後 国 道 1 号 バ イパスなど 日 本 の 交 通 の 大 動 脈 としての 世 代 交 代 が 進 み そ れに 伴 い 沿 道 の 開 発 も 急 速 に 進 行 した 反 面 旧 街 道 の 風 情 あ る 松 並 木 は 下 記 の 理 由 で 失 われ た 東 海 道 を 舗 装 する 路 床 として 利 用 された 木 材 や 燃 料 として 利 用 された 道 路 拡 幅 に 伴 い 撤 去 された 沿 道 の 建 物 への 出 入 りを 確 保 するために 撤 去 された 伊 勢 湾 台 風 などの 自 然 災 害 に より 倒 された 松 並 木 の 保 全 活 用 ふ く ろ い ご ゆ 袋 井 や 御 油 では 新 しい 国 道 1 号 を 地 元 との 協 議 を 経 て 全 く 別 の 箇 所 に 通 すことが 選 択 さ れた 特 に 松 並 木 の 荒 廃 に 憂 慮 し 戦 争 中 の 昭 和 19 年 に 松 並 木 を 国 指 定 の 天 然 記 念 物 にする よう 働 きかけた 御 油 町 民 の 努 力 は 特 筆 すべきである( 後 述 ) 大 磯 や 三 島 では 当 時 の 土 塁 を そのまま 残 し 旧 東 海 道 を 上 り 線 とし 下 り 線 を 松 並 木 の 外 側 に 通 すことで 松 並 木 を 残 すこと が 選 択 された 例 えば 三 島 では 江 戸 時 代 からのクロマツは1 本 も 残 されていないが 地 元 の 手 による 補 植 により トンネルの ような 松 並 木 が 景 観 的 に 保 全 さ れている( 後 述 ) 松 並 木 以 外 にも 東 海 道 の 沿 道 では 一 里 塚 や 石 灯 籠 などの 景 保 全 事 例 2 舞 坂 松 の 両 側 に 側 道 を 整 備 し 歩 道 としている 観 資 源 宿 場 町 では 当 時 の 街 並 みや 本 陣 脇 本 陣 の 建 物 の 復 元 など 地 域 ごとに 個 性 を 活 かし たまちづくりが 行 われている 標 準 的 な 東 海 道 の 断 面 構 成 003
ご 松 並 木 の 保 全 事 例 : 御 油 江 戸 時 代 の 街 道 並 木 は 幕 府 に よる 保 護 施 策 が 徹 底 しており それを 損 傷 した 場 合 には 重 い 刑 罰 を 受 ける 程 であり 管 理 につ いても 地 先 住 民 が 行 うことが 義 務 づけられていた 当 然 枯 損 した 場 合 には 補 植 しなければ ならないことになっていて 現 実 の 並 木 の 姿 は 老 木 があり 成 木 や 苗 木 がありという 状 況 で 重 層 的 にボリュームをもつもの であった 近 代 的 な 等 間 隔 植 え の 整 然 とした 並 木 とは 全 く 趣 を 異 にするもので 風 情 に 富 み 緑 陰 の 濃 いものであった そう した 管 理 の 仕 方 を 踏 襲 し 往 時 の 並 木 景 観 を 最 も 良 く 持 続 して いるのが 御 油 の 松 並 木 である 愛 知 県 の 御 油 町 では 明 治 時 代 に 宿 場 制 度 が 解 体 されたのち 松 並 木 はなかば 放 置 され 町 に よる 自 発 的 な 保 護 管 理 が 行 われ ていた しかし 御 油 町 民 が 戦 中 の 昭 和 19 年 11 月 多 くのクロ マツが 木 材 や 燃 料 として 切 り 倒 されることを 憂 慮 し 天 然 記 念 物 指 定 にむけての 働 きかけを 行 い それが 実 現 して 保 護 された 赤 坂 ~ 御 油 間 の 東 海 道 は 山 裾 と 川 に 囲 まれた 狭 い 区 間 に 計 画 されたことから 国 道 1 号 や 鉄 道 高 速 道 路 などの 近 代 のイ ンフラは 音 羽 川 の 反 対 側 に 計 画 された その 結 果 旧 東 海 道 の 松 並 木 は 当 時 の 姿 に 近 いか たちで 保 全 されることとなった ( 右 図 参 照 ) ゆ 植 え 継 がれてきたクロマツの 並 木 S=1/20000 御 油 位 置 図 東 海 道 本 線 は 約 3km 南 の 図 外 に 迂 回 しており 町 の 骨 格 は 旧 街 道 添 いに 構 築 されている S=1/1500 平 面 図 004
松 並 木 の 保 全 事 例 : 三 島 は つ ね が は ら 箱 根 旧 街 道 の 初 音 ヶ 原 ( 三 島 市 )は 松 並 木 や 一 里 塚 が 昔 の 姿 を 残 し 特 に 一 里 塚 は 大 正 11 年 に 国 指 定 の 史 跡 になってい る よって 昭 和 46 年 の 現 道 拡 幅 の 際 は 南 側 の 旧 まぐさ 場 の 用 地 を 利 用 して 下 り 車 線 を 設 けることで 松 並 木 や 一 里 塚 の 保 存 が 図 られた また 昭 和 61 年 には 上 り 線 側 の 外 側 に 石 畳 に よる 遊 歩 道 が 整 備 された なお 車 の 排 ガスやマツノザイ センチュウによる 立 ち 枯 れも 多 く 地 元 による 若 木 の 補 植 や 害 虫 駆 除 などの 維 持 管 理 が 行 われ ているものの 既 に 本 区 間 には 江 戸 時 代 の 松 並 木 は1 本 も 残 っ ていない 下 り 線 側 松 並 木 外 側 の 旧 まぐさ 場 の 用 地 を 活 用 下 り 線 からは 上 り 線 の 道 路 は 見 えない 道 の 両 側 に 残 される 錦 田 一 里 塚 写 真 は 下 り 線 側 のもの 石 畳 による 修 景 を 行 った 歩 道 S=1/2500 平 面 図 上 り 線 側 旧 街 道 の 土 塁 を 残 し 松 並 木 の 維 持 管 理 を 続 けている S=1/300 標 準 断 面 図 S=1/60 石 畳 工 ( 上 り 線 側 歩 道 部 ) 構 造 図 005
お な り へ い れ い し 日 光 御 成 街 道 日 光 例 幣 使 街 道 会 津 西 街 道 / 目 的 地 の 格 に 相 応 しい 並 木 の 整 備 と 保 全 活 用 男 体 山 日 光 例 幣 使 街 道 日 光 御 成 街 道 ( 今 市 ~ 日 光 ) 大 真 名 子 山 小 真 名 子 山 日 光 御 成 街 道 ( 今 市 ~ 大 沢 ) 帝 釈 山 女 峰 山 沿 革 元 和 2(1616) 日 光 東 照 宮 創 建 とその 遷 宮 ~ 3(1617) 年 寛 永 2(1625) 松 平 正 綱 が 約 24,300 本 の 杉 並 木 を 植 樹 して ~ 慶 安 1(1648) 年 日 光 東 照 宮 へ 寄 進 明 治 4(1871) 年 管 理 が 日 光 奉 行 から 県 に 移 行 大 正 11(1922) 年 史 跡 に 指 定 昭 和 14(1939) 年 日 光 御 成 街 道 の 副 道 の 舗 装 整 備 昭 和 27(1952) 年 日 光 御 成 街 道 の 特 別 史 跡 指 定 昭 和 31(1956) 年 日 光 御 成 街 道 の 特 別 天 然 記 念 物 指 定 昭 和 37(1962) 年 国 庫 補 助 事 業 による 日 光 杉 並 木 街 道 の 復 旧 ( 土 盛 及 土 砂 流 出 防 止 )10 ヶ 年 継 続 工 事 開 始 昭 和 47(1972) 年 日 光 例 幣 使 街 道 の 舗 装 化 昭 和 51(1976) 年 日 光 宇 都 宮 道 路 開 通 昭 和 56(1981) 年 会 津 西 街 道 の 大 桑 バイパス 開 通 平 成 4(1992) 年 世 界 一 の 杉 並 木 としてギネスブックに 登 載 平 成 8(1996) 年 樹 勢 回 復 工 事 諸 元 日 光 御 成 街 道 ( 今 市 ~ 日 光 今 市 ~ 大 沢 ) 路 線 名 : 国 道 119 号 道 路 規 格 :3 種 2 級 延 長 :19.2km 標 準 幅 員 : 約 5.0 m 管 理 者 : 栃 木 県 日 光 例 幣 使 街 道 ( 今 市 ~ 小 倉 ) 路 線 名 : 国 道 352 号 線 道 路 規 格 :3 種 2 級 延 長 :13.9km 幅 員 : 約 4.1 ~ 6.3 m 管 理 者 : 栃 木 県 会 津 西 街 道 ( 今 市 ~ 大 桑 ) 路 線 名 : 国 道 121 号 線 道 路 規 格 :3 種 3 級 延 長 :3.9km 幅 員 : 約 5.8 ~ 8.3 m 管 理 者 : 栃 木 県 歩 道 化 された 箇 所 ( 日 光 御 成 街 道 ) 概 要 日 光 杉 並 木 は 宇 都 宮 鹿 沼 会 津 方 面 から 日 光 の 神 橋 に 至 る 日 光 御 成 街 道 ( 国 道 119 号 ) 日 光 例 幣 使 街 道 ( 国 道 352 号 ) 会 津 西 街 道 ( 国 道 121 号 )の 3 街 道 に 整 備 されていて 世 界 一 長 い 並 木 としてギネスブックに 登 録 されている 総 延 長 約 37km の 杉 並 木 である その 歴 史 は 日 光 に 向 かう 三 つの 街 道 に 松 平 正 綱 が 元 和 2 ~ 3 年 (1616 ~ 17) に 日 光 東 照 宮 創 建 とその 遷 宮 を 記 念 し て 杉 並 木 を 整 備 したのが 始 まり で 熊 野 産 のスギ 苗 を 街 道 の 両 日 光 東 照 宮 神 橋 凡 例 インターチェンジ 日 光 杉 並 木 街 道 附 並 木 寄 進 碑 杉 並 木 N 日 光 IC 0 日 光 宇 都 宮 道 路 2.5km 今 市 IC 5km 会 津 西 街 道 側 及 び 日 光 山 内 に 植 え 東 照 宮 に 寄 進 したものである 日 光 御 成 街 道 の 一 部 は 車 道 が 並 木 の 南 側 に 付 替 えられた 国 道 を 走 るので 杉 並 木 道 は 未 舗 装 のままで 車 の 乗 り 入 れが 規 制 されている したがって 昔 の 面 影 を 感 じながら 安 心 してゆっ くり 歩 いて 杉 並 木 を 鑑 賞 するこ とができる この 区 間 の B/h は 0.2 ~ 0.3 程 度 と トンネルの ようにスギに 覆 われた 空 間 を 形 成 しており 樹 齢 370 年 を 越 え る 杉 並 木 は 参 道 の 荘 厳 な 景 観 創 出 に 大 きく 寄 与 している 今 市 市 街 日 光 例 幣 使 街 道 国 道 352 号 至 会 津 大 桑 バイパス 国 道 121 号 日 光 御 成 街 道 国 道 119 号 大 沢 IC 至 宇 都 宮 至 鹿 沼 S=1/200000 路 線 図 位 置 図 006
杉 並 木 のはじまり 日 光 杉 並 木 は 家 康 の 側 近 であ る 松 平 正 綱 公 が 元 和 2 年 (1616 年 )の 家 康 の 没 後 家 康 への 生 前 の 恩 に 報 い る た め 23 年 の 歳 月 をかけて 植 樹 したものであ る 日 光 東 照 宮 の 領 地 は 御 神 領 と 称 され 杉 並 木 は 3 街 道 が 御 神 領 にさしかかったとこ ろから 道 路 の 両 側 に 整 備 されて いる 御 成 街 道 は 将 軍 の 参 詣 あ るいは 代 参 のために 威 儀 を 正 す 必 要 があったろうし 例 幣 使 街 道 は 天 皇 に 対 する 礼 を 重 んじた ものであろう しかし 同 時 に 一 般 の 参 詣 者 をも 意 識 していて そのために 北 方 からの 会 津 西 街 道 にも 杉 並 木 が 整 備 されたと 考 えられる 杉 並 木 は 古 くから 史 跡 などの 指 定 を 受 けていることから 東 海 道 など 他 の 街 道 と 比 較 すると 並 木 の 保 全 状 態 は 良 好 である スギの 選 定 理 由 東 海 道 の マツ に 対 して 日 光 街 道 に スギ が 採 用 された のは 東 海 道 が 海 の 道 であ るのに 対 し 日 光 街 道 は 山 の 道 であるという 立 地 特 性 の 違 いによる 御 神 領 の 年 間 降 水 量 は 2000mm と 多 く 並 木 敷 への 給 水 が 容 易 で 今 市 土 や 鹿 沼 土 は 保 水 性 と 排 水 性 に 優 れた 土 であ ることから 湿 潤 環 境 を 好 むス ギにとって 最 適 の 立 地 条 件 にあ る また スギが 採 用 されたもう 一 つの 理 由 は 家 康 公 を 祀 る 社 に 至 る 街 道 は 参 道 であり 神 社 神 域 の 荘 厳 さを 演 出 するのにスギ の 樹 形 が 相 応 しいと 考 えられた ことが 挙 げられる 日 光 街 道 は 伊 勢 参 りの 道 などと 違 い 聖 地 への 信 仰 の 道 であるばかりでな く 幕 府 の 威 光 を 示 す 政 治 的 な 意 味 もあったことから 威 厳 の ある 景 観 を 創 出 する 樹 種 が 選 定 されたと 考 えられる 杉 並 木 の 衰 弱 日 光 杉 並 木 は 高 度 成 長 期 の 急 激 なモータリゼーションの 進 展 に 伴 い 荒 廃 している 昭 和 33 年 に 2793 台 / 日 だった 国 道 119 号 の 平 日 12 時 間 交 通 量 は 昭 和 47 年 には 15211 台 / 日 と 5 倍 以 上 に 増 え 日 光 杉 並 木 は 参 道 から 観 光 道 路 広 域 幹 線 道 路 へ と 役 割 が 替 わっていった 車 を 通 すため 路 盤 を 掘 り 下 げて 舗 装 し 切 土 造 成 を 行 うこ とで 根 が 切 断 露 出 乾 燥 した その 後 も 排 ガスや 酸 性 雨 の 影 響 を 受 けて 衰 弱 し スギの 立 ち 枯 れが 目 立 つ 日 光 東 照 宮 の 並 木 杉 台 帳 によれば 昭 和 36 年 以 降 スギは 1 年 で 約 100 本 ( 全 数 の 約 0.8%)ずつ 枯 損 している 現 在 日 光 杉 並 木 街 道 には 約 13,000 本 のスギが 現 存 しており 栃 木 県 ではスギのオーナー 制 度 ( 後 述 )により 基 金 を 設 け 杉 並 木 の 保 護 に 努 めている 古 写 真 による 並 木 の 状 況 用 地 外 からのぞむ 杉 並 木 S=1/250 杉 並 木 の 代 表 断 面 図 ( 日 光 例 幣 使 街 道 ) 007
各 街 道 の 概 要 日 光 杉 並 木 街 道 は 杉 並 木 を 伴 う 日 光 御 成 街 道 ( 今 市 ~ 日 光 8.5km 今 市 10.7km) 日 光 例 幣 使 街 道 (13.9km) 会 津 西 街 道 (3.9km) の 総 称 である 各 路 線 区 間 とも 幅 員 や 木 の 高 さ スギの 保 全 状 況 利 用 形 態 ( 歩 道 車 道 歩 車 共 存 ) 保 全 計 画 のレベル が 違 うため 景 観 の 格 に 若 干 の 差 違 が 見 られる 日 光 杉 並 木 の 路 面 は 掘 割 状 に 見 える 箇 所 が 多 い これは 戦 略 的 に 外 敵 の 狙 撃 を 防 ぐ ために 路 面 を 掘 った 霜 解 けでこねられた 路 上 の 土 を 道 普 請 によって 並 木 スギの 根 本 に 培 土 として 積 み 上 げた 明 治 大 正 昭 和 初 期 の 道 路 改 修 で 路 面 勾 配 の 緩 和 工 事 が 行 われた 長 年 月 にわたる 雨 水 や 側 溝 などの 溢 流 水 によって 路 面 の 表 面 浸 食 が 進 んだ 車 を 通 すため 掘 り 下 げて 路 盤 を 構 築 した など 諸 説 があり これらの 要 因 が 複 合 的 に 絡 み 合 って 今 の 道 路 景 観 がつくられていると 推 察 で きる 結 果 的 に 道 路 外 の 視 界 が 遮 られ 杉 並 木 以 外 に 外 の 景 色 が 見 えない 荘 厳 な 道 路 景 観 が 創 出 されている (1) 日 光 御 成 街 道 ( 今 市 ~ 日 光 ) 日 光 御 成 街 道 の 今 市 から 日 光 にかけては 日 光 例 幣 使 街 道 と 会 津 西 街 道 を 集 約 して 日 光 東 照 宮 に 至 る 道 となっている 杉 並 木 が 残 る 山 王 下 ~ 今 市 の 区 間 は 昭 和 14 年 に 副 道 の 舗 装 がな され 自 動 車 交 通 はそちらに 移 行 されている 現 在 並 木 道 は 歩 行 者 に 開 放 されており 車 両 通 行 を 規 制 しているため 当 時 の 往 還 の 雰 囲 気 を 残 しており 観 光 客 の 散 策 利 用 も 多 い 利 用 形 態 : 歩 道 ( 車 道 は 杉 並 木 外 側 の 副 道 ) 幅 員 : 約 5.0 m (2) 日 光 御 成 街 道 ( 今 市 ~ 大 沢 ) 宇 都 宮 から 今 市 に 向 かう 日 光 御 成 街 道 は 今 も 国 道 119 号 と して 利 用 されている 昭 和 30 年 日 光 杉 並 木 街 道 ( 国 道 119 号 線 )の 舗 装 工 事 が 行 わ れ 車 道 は 部 分 的 に 別 線 となり 側 道 に 上 下 線 が 移 行 側 道 と 街 道 とで 上 下 線 分 離 のどちらかのかたちで 供 用 され ている また 当 時 の 一 里 塚 が 並 木 の 外 側 に 残 されている なお 杉 並 木 の 一 里 塚 は 他 の 街 道 と 異 な り 並 木 と 同 じスギが 植 栽 され ている 利 用 形 態 : 車 道 ( 一 部 歩 道 ) 幅 員 : 約 5.0 m (3) 日 光 例 弊 使 街 道 鹿 沼 から 今 市 に 向 かう 日 光 例 弊 使 街 道 は 京 都 の 朝 廷 から 例 幣 使 が 日 光 に 差 遣 される 際 に 利 用 された 全 37km の 杉 並 木 の 中 で 並 木 の 延 長 が 13.9km と 一 番 長 く 並 木 の 外 の 景 色 はほとんど 見 えないことから どこまでも 続 くスギのトンネルのような 景 観 が 印 象 的 である 戦 後 車 両 の 交 通 量 が 飛 躍 的 に 増 えても 側 道 やバイパスなどを 設 けず 江 戸 時 代 の 幅 員 構 成 の 並 木 道 を そのまま 対 面 通 行 の 車 道 として 利 用 している 利 用 形 態 : 車 道 幅 員 : 約 4.1 ~ 6.3 m (4) 会 津 西 街 道 会 津 から 今 市 に 向 かう 会 津 西 街 道 は 杉 並 木 の 延 長 が 3.9km と 最 も 短 い 他 の 街 道 は 掘 割 状 の 道 路 となっているのに 対 し 会 津 西 街 道 は 路 面 と 並 木 及 び 沿 道 に 標 高 差 がほとんど 無 い 平 型 と 呼 ばれる 断 面 構 成 の 箇 所 が 多 い そのため 並 木 の 隙 間 から 路 外 の 田 園 景 観 が 見 え 神 聖 な 印 象 は 薄 い 明 治 時 代 に 行 われた 大 規 模 な 伐 採 ( 延 長 1km 約 1000 本 ) の 影 響 で 杉 並 木 もまばらな 印 象 があり 他 の 路 線 と 比 較 すると 道 路 景 観 の 格 は 若 干 低 い 利 用 形 態 : 車 道 ( 歩 車 共 存 ) 幅 員 : 約 5.8 ~ 8.3 m 日 光 御 成 街 道 ( 日 光 ~ 今 市 ) 日 光 御 成 街 道 ( 今 市 ) 日 光 例 弊 使 街 道 会 津 西 街 道 008
保 全 のための 取 り 組 み (1) 車 道 の 回 避 - 別 線 計 画 と 外 側 車 道 化 - 代 替 道 路 による 車 道 の 移 行 は 並 木 保 全 に 最 も 効 果 的 な 手 段 であ る 日 光 御 成 街 道 ( 日 光 ~ 今 市 )で は 杉 並 木 の 保 全 を 目 的 に 車 道 を 別 線 として 通 過 交 通 の 分 散 化 を 図 っている 区 間 や 杉 並 木 の 外 側 に 副 道 を 計 画 する 外 側 車 道 化 を 図 っている 区 間 もある なお 根 元 的 には バイパスとし て 日 光 宇 都 宮 道 路 を 建 設 し 杉 並 木 の 保 全 を 図 っている 会 津 西 街 道 についても 昭 和 56 年 に 代 替 道 路 である 大 桑 バイ パスが 開 通 し 通 過 交 通 の 分 散 化 に 成 功 している 一 方 日 光 例 幣 使 街 道 は 当 時 の 幅 員 構 成 のまま 車 両 を 通 し ている 交 通 上 の 課 題 もあるが 杉 並 木 の 保 全 のためにも バイ パス 整 備 が 地 元 からも 強 く 望 ま れている 壁 を 設 置 し その 間 に 改 良 土 壌 を 客 土 するという 改 良 工 事 も 進 められている( 右 写 真 参 照 ) (3) 抜 本 的 な 保 全 整 備 案 別 名 杉 並 木 博 士 と 呼 ばれた へ い ま 林 学 博 士 鈴 木 丙 馬 宇 都 宮 大 学 教 授 は その 生 涯 を 杉 並 木 にささ げ 昭 和 49 年 には 日 光 杉 並 木 街 道 の 緊 急 保 存 対 策 案 を 発 表 した この 遺 言 ともいえる 論 文 の 骨 子 は 更 新 杉 並 木 敷 地 を 確 保 し 杉 並 木 から 50 m 離 してバ イパスを 造 るべきと 主 張 するも ので( 右 下 図 参 照 ) これらの 施 策 実 現 のための 予 算 として 並 木 敷 買 上 費 50 億 円 バイパス 新 設 費 25 億 円 その 他 90 億 円 を 計 上 し 全 額 公 費 負 担 とするこ とを 訴 えた 奇 しくもこの 論 文 発 表 2 年 後 の 昭 和 51 年 に 日 光 宇 都 宮 道 路 が 開 通 し 日 光 御 成 街 道 の 通 過 交 通 量 は 相 当 数 が 分 散 された S=1/150 中 空 ブロックを 利 用 した 樹 勢 回 復 工 事 断 面 図 中 空 ブロックの 施 工 状 況 ( 日 光 御 成 街 道 ) 改 良 土 壌 を 客 土 した 木 製 土 留 め 壁 ( 日 光 例 幣 使 街 道 ) (2) 並 木 基 盤 の 保 全 平 成 8 年 度 から 日 光 御 成 街 道 の 瀬 川 地 区 では 不 透 水 層 で ある 舗 装 および 側 溝 を 撤 去 し かわりに 客 土 を 充 填 した 中 空 ブ ロックを 埋 め その 上 にコンク リート 床 版 と 透 水 性 舗 装 を 敷 設 する 並 木 の 樹 勢 回 復 事 業 が 行 われた( 右 上 図 参 照 ) また 根 の 生 息 領 域 を 少 しで も 多 く 確 保 するため 掘 り 割 り 状 の 道 路 の 法 尻 に 木 製 の 土 留 め (4) 日 光 杉 並 木 オーナー 制 度 杉 並 木 保 護 のため 栃 木 県 では オーナー 制 度 を 設 けている こ の 制 度 は 杉 並 木 の 保 護 賛 同 者 に 並 木 として 現 存 するスギを 1 本 1 千 万 円 で 購 入 してもらい ( 手 放 す 場 合 は1 本 1 千 万 円 で 買 戻 す) 日 光 杉 並 木 保 護 財 団 が その 運 用 益 を 各 種 保 護 事 業 に 活 用 するというもので 平 成 17 年 2 月 現 在 719 本 の 立 木 に 552 名 のオーナーが 誕 生 している 鈴 木 丙 馬 教 授 による 日 光 杉 並 木 の 保 存 対 策 計 画 図 009
やまなみハイウェイ / 道 路 を 中 心 に 公 園 区 域 を 指 定 したパークウェイ 整 備 概 要 本 道 路 は 大 分 県 由 布 市 を 起 点 とし 熊 本 県 一 の 宮 町 を 終 点 と する 延 長 約 52.4km のパークウェ イ( 道 路 公 園 )で やまなみハ イウェイ の 愛 称 で 親 しまれて きた 道 路 の 開 通 により 周 囲 の 山 並 みや 高 原 の 風 景 を 多 くの 国 民 が 初 めて 体 感 することが 出 来 ただけでなく 観 光 拠 点 同 士 の 連 絡 により 産 業 経 済 文 化 観 光 面 での 交 流 にも 大 きく 貢 献 している 道 路 が 構 想 された 1960 年 前 後 は 高 度 経 済 成 長 期 が 到 来 し 交 通 ネットワークの 充 実 が 社 会 資 本 整 備 の 中 心 テーマであった 本 道 路 は 九 州 横 断 道 路 の 主 要 区 間 として 昭 和 30(1955) 年 の 建 設 促 進 連 盟 の 結 成 を 契 機 に 昭 和 32 年 から 建 設 に 向 けた 調 査 が 開 始 され 昭 和 39 年 10 月 に 別 府 阿 蘇 道 路 として 全 線 開 通 を 迎 えた 阿 蘇 くじゅう 国 立 公 園 という 自 然 に 恵 まれた 地 域 を 強 く 意 識 して 道 路 敷 地 を 公 園 区 域 とし て 環 境 保 全 を 図 り 切 土 区 間 を 極 力 最 小 限 に 抑 えるなど 景 観 面 にも 配 慮 されている 景 観 的 特 徴 1パークウェイを 意 識 して 国 立 公 園 区 域 を 設 定 した 道 路 用 地 2 草 原 の 眺 望 を 最 大 限 満 喫 出 来 る 線 形 計 画 3 間 近 に 迫 る 久 住 連 山 と 遥 か な 阿 蘇 山 外 輪 山 の 眺 望 4シークエンスで 捉 えた 植 生 景 観 の 展 開 5 目 立 たせない 道 路 構 造 物 道 路 付 属 施 設 休 憩 施 設 の 配 置 デザイン 沿 革 昭 和 6 (1931) 年 国 立 公 園 法 制 定 観 光 による 地 域 振 興 が 明 文 化 される 昭 和 9 (1934) 年 阿 蘇 国 立 公 園 として 指 定 昭 和 28(1953) 年 由 布 岳 久 住 地 区 間 道 路 公 園 用 地 確 保 昭 和 32(1957) 年 調 査 開 始 昭 和 36(1961) 年 工 事 着 工 昭 和 39(1964) 年 別 府 阿 蘇 道 路 ( 有 料 道 路 )として 全 線 供 用 開 始 平 成 6 (1994) 年 無 料 開 放 大 分 県 熊 本 県 に 移 管 される 諸 元 道 路 名 : 別 府 阿 蘇 道 路 ( 路 線 名 : 県 道 別 府 一 の 宮 線 ) 所 在 地 :( 起 点 ) 大 分 県 由 布 市 ( 終 点 ) 熊 本 県 一 の 宮 町 設 計 : 日 本 道 路 公 団 福 岡 支 店 管 理 者 : 大 分 県 熊 本 県 ( 平 成 6 年 まで 日 本 道 路 公 団 にて 管 理 ) 延 長 :52,362m(うち 橋 梁 12 橋 133m) 幅 員 :6.5m( 車 道 幅 員 5.5m 橋 梁 幅 員 7.0m) 最 急 縦 断 勾 配 :9.2% 標 準 縦 断 勾 配 :2% 最 小 曲 線 半 径 :R=18m 最 急 方 勾 配 :6% 設 計 速 度 ( 当 時 ): 第 3 種 山 岳 部 35km/h 第 2 種 山 岳 部 50km/h( 長 者 原 ~ 牧 ノ 戸 峠 ) ぶんご なかがわ あまがせ 国 道 212 号 すぎかわち きたやまだ 県 道 40 号 ぶんごもり えら 九 重 IC ひきじ 牧 ノ 戸 峠 瀬 の 本 高 原 三 愛 レストハウス ぶんご なかむら 飯 田 高 原 城 山 展 望 所 水 分 峠 のや 国 道 210 号 九 重 連 山 長 者 原 湯 布 院 IC 朝 日 台 国 道 57 号 みなみゆふ 湯 布 院 蛇 越 展 望 所 国 道 442 号 ゆふいん ゆのひら しょうない 県 道 11 号 てんじんやま N おのや 0 大 分 自 動 車 道 おにがせ むかいのはる 国 道 442 号 5km 別 府 湾 大 分 IC かく ぶんごこくぶ 10km S=1/400000 位 置 図 010
道 路 用 地 やまなみハイウェイで 特 筆 す べきことは 本 道 路 が 道 路 公 園 として 計 画 されたことであ る 既 に 19 世 紀 末 に 当 時 の 設 計 者 達 はアメリカへ 視 察 を 行 い 壮 大 なスケールで 計 画 された National Parkway( 下 図 参 照 ) に 強 く 刺 激 を 受 けている 本 道 路 は そのパークウェイを 日 本 に 導 入 したものである アメリ カと 異 なることは 既 に 存 在 す る 国 立 公 園 内 にパークウェイを 計 画 したことである 昭 和 37 年 に 供 用 開 始 したパークウェイの 1つ 伊 豆 スカイライン と 同 時 期 の 開 通 であり 国 内 では 最 初 の 試 みである 昭 和 9 年 の 国 立 公 園 の 区 域 決 定 の 図 面 ( 右 図 )には 久 住 地 区 と 阿 蘇 地 区 を 繋 ぐ 車 道 予 定 線 の 沿 線 区 域 が 昭 和 28 年 の 計 画 図 面 には 由 布 岳 から 久 住 地 区 に 向 けての 道 路 沿 線 区 域 が 道 路 公 園 として 確 保 されている 単 に 既 存 の 公 園 を 道 路 が 貫 いてい たのではなく 点 在 する 良 好 な 自 然 景 観 資 源 を 繋 ぐパークウェ イを 整 備 するために 公 園 用 地 が 設 定 されている このことに より やまなみハイウェイ 周 辺 の 優 れた 自 然 の 環 境 景 観 を 道 路 を 通 じて 利 用 者 は 享 受 でき る アメリカのパークウェイでは 200 m 以 上 (800 フィート)もの 道 路 用 地 が 確 保 されているが 日 本 でいう 道 路 幅 員 はそのうち の 10 m 余 り(34 フィート)に 過 ぎない やまなみハイウェイ では 道 路 幅 員 自 体 はやはり 10 m 余 りで その 外 側 は 道 路 用 地 とされてはいない しかし 国 立 公 園 の 区 域 内 であり 美 しい 景 観 を 保 護 活 用 するために 開 発 が 規 制 されている ナショナルパークウェイ(アメリカ)の 道 路 断 面 図 S=1/400000 国 立 公 園 の 区 域 決 定 の 意 図 011
線 形 計 画 本 道 路 が 計 画 設 計 された 昭 和 30 年 代 という 時 代 背 景 を 勘 案 すると 一 時 期 に 利 用 者 が 集 中 するなど 年 間 交 通 量 等 の 予 測 は 困 難 であった その 中 で 計 画 される 観 光 道 路 は コストに 対 する 制 約 が 非 常 にきつく コス トの 高 い 構 造 物 を 極 力 控 える 線 形 計 画 のポイントであった ルート 選 定 にあたっては 国 立 公 園 の 美 しい 草 原 景 観 を 車 窓 から 獲 得 出 来 る 飯 田 高 原 ( 右 写 真 )から 長 者 原 区 間 の 平 坦 立 地 に 手 を 加 えないことを 前 提 と した 加 えて 水 分 峠 等 一 部 の 区 間 においては 道 路 規 格 を 下 げてヘアピンカーブを 多 用 し 延 長 を 確 保 して 高 低 差 解 消 が 図 られた 景 観 の 展 開 やまなみハイウェイを 北 から 南 に 走 る まず 水 分 峠 ( 標 高 約 700m)か ら 約 4km については 道 路 規 格 を 下 げて 樹 林 の 中 を 急 な 縦 断 勾 配 で 上 り 最 初 の 展 望 台 となる じゃこし 蛇 越 展 望 所 ( 右 写 真 )に 到 達 さ せる そして 小 田 の 池 山 下 池 を 由 布 岳 方 面 に 垣 間 見 ながら 鹿 伏 岳 付 近 朝 日 台 と 進 み 徐 々 に 木 々が 疎 らとなり 高 原 を 垣 間 は ん だ 見 る( 右 写 真 ) 飯 田 高 原 の 平 坦 な 草 原 にいたり 白 煙 を 上 げる 九 重 の 山 並 みを 眼 前 にし 長 者 原 ( 次 頁 写 真 )までは 緩 やかに 走 行 する さらに 山 並 みに 近 づくと 山 腹 に 沿 って 蛇 行 しながら 最 高 地 点 となる 牧 ノ 戸 峠 を 越 え 九 重 山 の 西 側 を 一 気 に 標 高 差 解 消 を 図 る 区 間 となる 牧 ノ 戸 峠 を 越 え さらに 山 腹 に 沿 って 木 々の 中 を 蛇 行 を 繰 り 返 すと 瀬 の 本 高 原 と 久 住 高 原 を 一 望 する 眺 望 視 点 場 に 至 る こ こ で は 遠 く 阿 蘇 の 山 々を 一 望 することができ る( 次 頁 写 真 ) さらに 一 気 に 下 り 勾 配 を 駆 け 抜 けると 悠 然 た る 瀬 の 本 高 原 の 草 原 景 観 が 広 が る このことにより 飯 田 高 原 久 住 高 原 および 瀬 の 本 高 原 には 平 坦 性 が 確 保 され 大 きな 構 造 物 をはじめ 防 護 柵 に 至 るまで 車 窓 からの 景 観 を 邪 魔 するもの は 一 切 排 除 された 本 線 とは 異 なるが 道 路 公 園 として 公 園 区 域 に 取 り 込 んだ 県 道 11 号 から 眺 望 する 狭 霧 台 の 景 色 など 眺 望 と 内 部 景 観 を 両 立 させた 拠 点 が 数 多 く 存 在 するの も 特 徴 と 言 える 道 路 景 観 の 一 つの 醍 醐 味 であ るシークエンス 景 観 は 土 地 の 景 観 資 源 を 連 続 して 体 験 するこ とで 道 路 が 立 地 する 地 域 を 印 象 づける 階 段 の 上 に 視 点 場 がある 飯 田 高 原 蛇 越 展 望 所 鹿 伏 岳 脇 縦 断 図 012
道 路 構 造 物 延 長 52km に 及 ぶ 道 路 の 内 ト ンネルは 1 カ 所 もなく 橋 梁 は 12 カ 所 ( 総 延 長 133m)しか 配 置 されていないことから 本 道 路 は 小 規 模 な 盛 土 切 土 でほぼ 全 区 間 が 構 成 されていることがわ かる 経 済 性 と 国 立 公 園 内 であ ることに 配 慮 した 産 物 ともとれ るが 山 岳 部 におけるヘアピン カーブの 多 さからは 自 然 地 形 を 尊 重 しつつ 高 原 部 で 平 坦 に 快 走 するための 配 慮 と 捉 えるこ とが 出 来 る ただし 牧 ノ 戸 峠 から 瀬 の 本 間 については 大 きな 切 土 法 面 が 出 現 する( 右 写 真 ) 道 路 付 属 物 久 住 連 山 のパノラマをダイナ ミックに 体 感 するパークウェイ は 道 路 付 属 物 にも 風 景 を 尊 重 した 工 夫 がされている 国 立 公 園 を 貫 く 本 道 路 は 当 然 のこと ながら 景 観 に 配 慮 し 飯 田 高 原 から 長 者 原 までは 縦 断 勾 配 を 緩 やかに 計 画 し 防 護 柵 を 排 除 して いる ただし 第 3 種 山 岳 部 の 急 峻 な 道 路 部 には 防 護 柵 が 設 置 されているが 視 界 を 妨 げない ガードケーブルを 主 体 としてい る 縦 断 勾 配 や 最 小 半 径 の 小 さ い 部 分 では 亜 鉛 メッキのガード レールを 設 置 しているが それ も 最 小 限 にとどめている 体 感 出 来 る 休 憩 施 設 が 配 置 され ている 一 部 自 然 景 観 に 馴 染 ま ないデザインの 建 屋 があるのは 課 題 だが 特 筆 すべきは 外 部 景 観 に 配 慮 された 眺 望 拠 点 の 存 在 である その 代 表 とも 言 えるの が 蛇 越 展 望 所 長 者 原 ドライブ イン 三 愛 レストハウスである 蛇 越 展 望 所 は 水 分 峠 中 央 にあ るが 由 布 岳 を 眺 望 する 絶 好 の ポイントに 小 規 模 な 盛 土 造 成 を 行 い 線 形 を 谷 側 に 振 り 出 して 旧 道 敷 の 平 地 を 簡 易 駐 車 場 を 整 備 している そこから 階 段 で 視 点 場 まで 誘 導 している このこ とにより 道 路 内 部 景 観 を 保 全 しつつ 最 高 の 視 点 場 を 提 供 し ている( 前 頁 写 真 ) 長 者 原 の 休 憩 施 設 では 久 住 連 山 の 眺 望 が 楽 しめる 加 えて 坊 ガツルへの 歩 道 が 整 備 されて いて 久 住 連 山 への 登 山 の 基 地 となっている( 右 写 真 ) 三 愛 レストハウスや 瀬 の 本 高 原 の 環 境 省 のインフォメーショ ンセンターからは 阿 蘇 方 面 の 壮 大 な 眺 望 を 提 供 しており 観 光 にとって 重 要 な 施 設 と 言 える 長 者 原 下 写 真 撮 影 位 置 三 愛 レストハウス コンクリート 吹 付 け ないし 網 掛 けの 切 土 法 面 瀬 の 本 から 阿 蘇 方 面 の 眺 望 休 憩 施 設 朝 日 台 や 飯 田 高 原 など 開 けた 部 分 には 久 住 の 山 並 みを 存 分 に 瀬 の 本 ( 亜 鉛 メッキのガードレール) 長 者 原 ドライブイン 付 近 の 坊 ガツル 入 口 部 三 愛 レストハウスとコンクリート 擁 壁 013
芦 ノ 湖 スカイライン 箱 根 スカイライン/ 湖 畔 景 観 の 保 全 と 新 たなルートの 開 拓 概 要 本 道 路 は 神 奈 川 県 と 静 岡 県 を 跨 ぎ 外 輪 山 の 尾 根 に 沿 う 富 士 箱 根 伊 豆 国 立 公 園 内 を 走 る 2 つの 連 続 した 有 料 道 路 である 外 輪 山 の 尾 根 を 境 に 芦 ノ 湖 の 反 対 側 に 道 路 線 形 を 計 画 した 点 に 本 道 路 の 特 徴 がある このこ とにより 芦 ノ 湖 周 遊 を 核 とす る 箱 根 地 域 のドライブに 富 士 山 を 眺 望 する 新 たなルートが 開 拓 された それと 同 時 に 国 立 公 園 の 景 観 上 貴 重 な 地 域 と いえる 箱 根 の 外 輪 山 の 内 側 空 間 を 完 全 に 回 避 しており 元 箱 根 および 大 観 山 方 面 からの 芦 ノ 湖 の 眺 望 景 観 を 保 全 している 点 が 極 めて 重 要 である 富 士 山 の 眺 望 は 山 あてを 意 識 した 計 画 ではない 地 形 なりに 線 形 計 画 を 行 った 結 果 として 御 殿 場 から 沼 津 に 抜 ける 谷 越 し に 何 の 妨 げもなく 広 大 な 裾 野 を 引 いた 富 士 山 が 常 に 意 識 され るようになっている そして 本 線 走 行 時 には 富 士 山 という 著 名 な 景 観 資 源 を 満 喫 出 来 る 場 所 は 限 られている ものの 簡 易 な 休 憩 施 設 によっ て これらの 眺 望 は 提 供 される また 本 線 から 望 まれることの ない 芦 ノ 湖 も 休 憩 施 設 か らは 眺 めることが 可 能 となって いる 須 走 IC 沿 革 昭 和 6 (1931) 年 国 立 公 園 法 制 定 観 光 による 地 域 振 興 が 明 文 化 される 昭 和 11(1936) 年 富 士 箱 根 伊 豆 国 立 公 園 として 指 定 昭 和 34(1959) 年 芦 ノ 湖 スカイライン 工 事 着 工 昭 和 37(1962) 年 芦 ノ 湖 スカイライン 供 用 開 始 昭 和 43(1968) 年 箱 根 スカイライン 工 事 着 工 昭 和 46(1971) 年 箱 根 スカイライン 供 用 開 始 ( 御 殿 場 IC とのアクセス 性 が 格 段 に 向 上 ) 昭 和 59(1984) 年 芦 ノ 湖 スカイラインが 藤 田 観 光 株 式 会 社 に 移 管 される 平 成 6 (1994) 年 箱 根 スカイラインが 静 岡 県 に 移 管 される 富 士 山 国 道 469 号 東 富 士 五 湖 道 路 須 走 IC 国 道 246 号 御 殿 場 IC 箱 根 スカイライン 国 道 401 号 箱 根 芦 ノ 湖 展 望 公 園 大 井 松 田 IC 国 道 138 号 小 田 原 国 道 246 号 御 殿 場 線 東 名 高 速 道 路 小 田 原 厚 木 道 路 東 海 道 本 線 国 道 1 号 諸 元 道 路 名 : 芦 ノ 湖 スカイライン 所 在 地 : ( 起 点 ) 神 奈 川 県 足 柄 下 郡 箱 根 町 畑 引 ( 終 点 ) 神 奈 川 県 足 柄 下 郡 箱 根 町 仙 石 原 管 理 者 : 藤 田 観 光 株 式 会 社 延 長 : 約 10.9km ( 橋 梁 トンネルなし) 幅 員 :6.5m( 車 道 幅 員 5.5m) 道 路 名 : 箱 根 スカイライン 所 在 地 : ( 起 点 ) 静 岡 県 御 殿 場 市 大 字 神 山 ( 終 点 ) 静 岡 県 裾 野 市 大 字 深 良 管 理 者 : 静 岡 県 道 路 公 社 延 長 : 約 5.0km ( 橋 梁 トンネルなし) 幅 員 :6.5m( 車 道 幅 員 5.5m) 東 海 道 本 線 裾 野 IC 三 国 峠 芦 ノ 湖 スカイライン 沼 津 IC 国 道 1 号 三 島 箱 根 峠 箱 根 山 芦 ノ 湖 伊 豆 ス カイ ラ イン 東 海 道 新 幹 線 東 海 道 二 子 山 元 箱 根 箱 根 新 道 湯 河 原 パークウェイ 大 観 山 熱 海 箱 根 ターンパイク N 0 5km 10km S=1/400000 位 置 図 014
広 域 断 面 図 ( 箱 根 スカイライン 東 名 自 動 車 道 富 士 山 芦 ノ 湖 の 関 係 ) 休 憩 施 設 芦 ノ 湖 スカイラインには 富 士 山 の 絶 好 の 視 点 としてドライ ブ 愛 好 家 に 親 しまれている 三 国 峠 や 他 数 カ 所 箱 根 スカイ ラインには 箱 根 芦 ノ 湖 展 望 公 園 の 他 3カ 所 に 簡 易 な 休 憩 施 設 が 設 置 されている 両 道 路 に 共 通 して 言 えること は これらが 余 計 な 構 造 物 や 上 屋 などを 一 切 配 置 せず 車 を 降 りてちょっと 休 むに 十 分 な 施 設 となっている 点 である また 展 望 公 園 は 本 線 で 最 も 芦 ノ 湖 に 近 づく 位 置 にあり 階 段 を 数 段 登 るだけで 芦 ノ 湖 の 壮 大 な 風 景 が 眼 下 に 広 がる 芦 ノ 湖 スカイラインの 三 国 峠 付 近 に 代 表 される 休 憩 ス ペースからは 富 士 山 を 眺 望 す ることが 出 来 記 念 撮 影 などに 活 用 されている 休 憩 施 設 は 緩 やかに 弧 を 描 いた 線 形 の 外 側 に 設 けられていることが 多 く 小 規 模 な 盛 土 や 擁 壁 等 により 派 生 した 土 地 を 広 場 として 開 放 して いる こうした 簡 素 なつくりが 富 士 山 芦 ノ 湖 という 二 つの 景 観 資 源 を 最 大 限 に 尊 重 活 用 する 仕 方 として 評 価 され かつ 経 済 的 である 現 地 を 見 るとゴミな ども 散 見 されず 行 き 届 いた 維 持 管 理 も 実 現 している 箱 根 芦 ノ 湖 展 望 公 園 から 見 た 芦 ノ 湖 ( 箱 根 スカイライン) 断 面 図 ( 箱 根 芦 ノ 湖 展 望 公 園 付 近 ) 三 国 峠 の 休 憩 スペース ( 芦 ノ 湖 スカイライン) 箱 根 芦 ノ 湖 展 望 公 園 から 富 士 山 道 路 を 眺 める( 箱 根 スカイライン) 外 輪 山 芦 ノ 湖 スカイライン 芦 ノ 湖 道 路 と 芦 ノ 湖 とのパノラマ( 芦 ノ 湖 スカイライン 箱 根 峠 付 近 ) 015
二 十 間 道 路 / 修 景 植 栽 とゆとりある 道 路 空 間 のレクリエーション 活 用 諸 元 所 在 地 : ( 起 点 ) 北 海 道 日 高 郡 新 ひだか 町 静 内 田 原 ( 終 点 ) 北 海 道 日 高 郡 新 ひだか 町 静 内 御 園 延 長 : 約 7 Km 全 幅 員 : 約 36 m ( 約 20 間 ) 道 路 幅 員 :5.5 mおよび4m 管 理 者 : 新 ひだか 町 ( 旧 : 静 内 町 ) 沿 革 明 治 5 (1872) 年 明 治 10(1877) 年 明 治 17(1884) 年 明 治 36(1903) 年 明 治 42(1909) 年 大 正 5 (1916) 年 ~ 大 正 7 (1918) 年 昭 和 48(1973) 年 ~ 昭 和 52(1977) 年 北 海 道 開 拓 使 長 官 黒 田 清 隆 により 北 海 道 産 しずない にいかっぷ さ る 馬 の 改 良 を 目 的 として 静 内 新 冠 沙 流 の 三 郡 に 及 ぶ 約 7ha の 用 地 に 牧 場 を 創 設 開 拓 使 雇 アメリカ 人 技 師 エドウィン ダンの 意 見 と 設 計 に 基 づき 近 代 西 洋 式 牧 場 として 再 整 備 され 新 冠 牧 馬 場 と 改 称 牧 場 が 宮 内 省 の 所 管 に 変 更 牧 場 を 訪 れる 皇 族 のため 行 啓 道 路 ( 現 二 十 間 道 路 ) 延 長 7km を 整 備 皇 族 等 を 迎 えるための 客 舎 龍 雲 閣 を 建 設 同 牧 場 職 員 が 近 隣 の 山 々からエゾヤマザクラ 等 を 道 路 の 両 端 に 移 植 道 路 改 良 工 事 車 道 部 の 舗 装 等 を 実 施 自 転 車 道 と 道 路 両 側 に 12 mの 緑 地 帯 を 設 置 概 要 本 道 路 は 宮 内 庁 所 管 の 新 冠 御 料 牧 場 を 皇 族 方 が 視 察 するた めの 行 啓 道 路 としてつくられた のが 始 まりである 昨 今 機 能 性 経 済 性 が 重 視 された 道 路 が 大 半 を 占 める 中 二 十 間 道 路 は 道 路 両 側 にオー プンスペースが 確 保 され ゆと りある 格 調 高 い 道 路 となってお り こうした 道 路 空 間 のあり 方 に 今 後 の 道 路 整 備 の 方 向 性 が 道 道 1026 号 せっぷ にいかっぷ 見 出 される 尾 根 や 河 川 で 縁 取 られ 日 高 山 脈 を 臨 む 広 大 な 平 坦 地 を 貫 くこ の 道 の 両 端 には 大 正 時 代 に 牧 場 職 員 が 皇 族 を 迎 えるために 近 隣 の 山 々から 移 植 したエゾヤ マザクラなどを 植 栽 した 現 在 では 時 を 経 て 樹 木 が 生 長 し 道 道 道 71 号 道 道 71 号 道 道 111 号 路 幅 員 とバランスの 良 い 印 象 的 な 並 木 道 となっている また 道 路 端 部 のゆとりある 道 路 空 間 は イベント 会 場 やイ ベント 時 の 駐 車 場 などに 当 てら れ 多 目 的 な 空 間 として 活 用 さ れている しずない 道 道 637 号 ひがししずない 国 道 235 号 ひだかとうべつ N 0 5km 10km はるたち ほうえい S=1/400000 位 置 図 016
道 路 の 構 成 本 道 路 は 二 十 間 道 路 と 命 名 されているとおり 広 い 幅 員 をもっ た 長 い 直 線 の 格 調 高 い 道 路 である 路 傍 部 分 が 非 常 に 広 く 防 護 柵 や 縁 石 などの 道 路 付 属 物 が 殆 どない 上 に 広 々とした 芝 の 広 がりが 美 しい 道 路 に 沿 って 整 然 と 植 えら れた 桜 並 木 が ゆとりのある 華 やかな 道 路 空 間 を 創 出 している さらに 特 徴 的 なのは 桜 並 木 の 外 側 にトドマツが 列 植 されているこ とである このトドマツは 元 々は 風 避 けのための 植 栽 であるが 常 緑 樹 を 背 景 としたサクラが 特 に 春 は 映 える( 右 写 真 参 照 ) 道 路 空 間 の 活 用 ゆとりある 道 路 空 間 内 には 自 転 車 道 と 広 々とした 芝 生 空 間 が 整 備 されている 車 両 以 外 の 利 用 者 にも 常 時 サイクリングや ウォーキングなどを 安 心 して 楽 しむことができる さらに 芝 生 空 間 はイベント 時 などの 車 両 の 停 車 帯 や 会 場 の 一 部 として 活 用 されている こ れは ゆとりある 空 間 を 芝 生 面 とすることで 良 好 な 景 観 形 成 に 寄 与 するともに 多 目 的 な 利 用 ができるオープンスペース 機 能 を 有 している また このゆとり 空 間 は 沿 道 の 学 生 や 町 民 が 参 加 の 上 清 掃 や 花 壇 の 植 栽 などが 行 われてお り 町 全 体 をあげて 管 理 されて いる しずない 桜 まつり の 様 子 活 用 している 道 路 内 のゆとり 空 間 を 駐 車 場 やイベントスペースなどに 整 然 と 連 なる 自 然 樹 形 の 桜 並 木 好 な 景 観 をつくり 出 している 道 路 内 に 広 々とした 芝 生 空 間 を 有 する ゆとりある 良 郷 土 種 による 街 路 樹 植 栽 並 木 は エゾヤマザクラ( 約 7 割 ) カスミザクラ ミヤマザ クラなど3 千 本 余 りにのぼり それらが6~8m 程 度 の 間 隔 で 植 栽 されている 中 でもエゾヤ マザクラは 北 海 道 の 郷 土 種 であ り 樹 形 が 雄 大 で 花 が 濃 いピ ンク 色 であることが 特 徴 であ る これら 郷 土 種 を 街 路 樹 とし て 植 栽 することで 道 路 空 間 を 個 性 的 なものとしている この 並 木 も 老 齢 による 衰 退 や 台 風 害 等 による 倒 木 が 一 部 見 られるため 町 や 沿 道 の 高 校 で は 募 金 を 募 り サクラの 更 新 を 行 っている 郷 土 種 であるエゾヤマザクラなどの 並 木 は 今 後 も 存 続 が 望 まれる 道 路 空 間 を 個 性 的 で 良 好 なものにする 桜 並 木 横 断 図 017