口 之 島 牛 (Bos Taurus)の 成 長 曲 線 の 作 成 とその 特 徴 吉 村 文 孝, 安 藤 洋 教 育 研 究 技 術 支 援 室 生 物 生 体 技 術 系 概 要 生 命 農 学 研 究 科 附 属 設 楽 フィールド( 以 下, 設 楽 フィールド)では, 日 本 在 来 であり 野 生 集 団 に 由 来 する 口 之 島 牛 (Bos taurus)を 2012 年 までの 22 年 間 管 理 していた. 口 之 島 牛 は 外 国 牛 からの 遺 伝 子 導 入, 選 抜 を 受 けず, 野 生 種 としての 特 徴, 遺 伝 子 を 保 持 している. 本 研 究 では 日 常 管 理 で 得 た 口 之 島 牛 の 体 重 情 報 を 用 い, 成 長 曲 線 を 作 成 し, 他 種 との 比 較 により 口 之 島 牛 の 成 長 の 特 徴 を 明 らかにすることを 目 的 とし, 口 之 島 牛 の 非 線 形 成 長 曲 線 を 作 成 した. 結 果, 口 之 島 牛 は 他 のウシよりも 成 長 速 度 が 特 に 遅 いという, 品 種 改 良 や 遺 伝 子 導 入 を 受 けたとは 考 えにくい 成 長 特 性 を 示 した. 以 上 より, 口 之 島 牛 の 成 長 特 性 は 品 種 改 良 を 受 ける 前 の 野 生 動 物 的 なウシ 科 動 物 の 成 長 特 性 を 示 すと 考 えら れる. 家 畜 化 前 の 状 態 を 保 ち,その 成 長 曲 線 を 伴 う 長 期 記 録 を 有 する 動 物 は 世 界 的 にも 稀 有 であり, 口 之 島 牛 の 成 長 情 報 は 畜 産 学 だけではなく, 動 物 学 的 にも 貴 重 な 情 報 となる. 1 緒 言 生 命 農 学 研 究 科 附 属 設 楽 フィールド( 以 下, 設 楽 フィールド)では, 日 本 在 来 であり 野 生 集 団 に 由 来 する 口 之 島 牛 (Bos taurus)を 1990 年 5 月 13 日 ~2012 年 8 月 7 日 までの 22 年 間 管 理 していた. 富 田 (1996)に よると,1918~1919 年 にかけて 鹿 児 島 県 トカラ 列 島 諏 訪 之 瀬 島 から 同 口 之 島 に 導 入 された 家 畜 牛 が 山 林 に 逃 亡 し, 野 生 状 態 で 生 息 してきたものが 口 之 島 牛 の 起 源 とされる. 現 在 の 和 牛 は 明 治 時 代 に 外 国 牛 を 用 いた 品 種 改 良 を 受 けたが, 口 之 島 牛 は 遺 伝 子 導 入, 選 抜 を 受 けず, 野 生 種 としての 特 徴, 遺 伝 子 を 保 持 している. これまで 口 之 島 牛 に 関 しては 遺 伝, 行 動, 形 態 などの 研 究 が 行 われてきた.その 成 果 は 印 牧 (2014)など にまとめられているので 本 研 究 では 割 愛 する. 特 に 形 態 に 関 する 研 究 としては, 林 田 ら(1964)や 大 塚 ら(1984), 印 牧 (2014)によって 体 尺 測 定 値 を 用 いた 体 型 の 分 析 が 行 われている.しかしこれまでの 形 態 学 的 研 究 は, 体 型 (プロポーション)に 着 目 したものが 主 で, 個 体 成 長 の 特 性 に 関 するものは 行 われていない.これは 個 体 成 長 の 記 録 には 対 象 動 物 を 長 期 間 飼 育 する 必 要 があるため,データ 採 取 が 容 易 ではないことに 起 因 する. 個 体 の 成 長 は 畜 産 現 場 において 重 要 な 要 素 であることに 疑 いはなく, 和 牛 の 原 型 とされる 口 之 島 牛 の 成 長 特 性 は 育 種 学 上 重 要 な 情 報 となる.また, 大 型 獣 であり, 野 生 に 近 い 動 物 の 家 畜 化 初 期 の 成 長 特 性 を 知 ること は, 人 類 の 野 生 動 物 家 畜 化 の 変 遷 を 知 る 上 で 重 要 な 知 見 となる. 本 研 究 では,22 年 間 の 管 理 によって 得 た 口 之 島 牛 の 体 重 情 報 を 用 い, 口 之 島 牛 の 個 体 成 長 を 示 す 成 長 曲 線 を 作 成 し, 他 種 との 比 較 により 口 之 島 牛 の 成 長 特 性 を 明 らかにすることを 目 的 とする. 家 畜 化 以 前 の 野 生 種 が 現 存 し,その 長 期 飼 育 記 録 を 有 する 動 物 は 世 界 的 にも 稀 有 であり, 口 之 島 牛 の 発 育 特 性 に 関 する 情 報 は 畜 産 学 だけではなく, 動 物 学 的, 人 類 史 的 にも 貴 重 な 情 報 となる. 2 材 料 および 方 法 名 古 屋 大 学 大 学 院 生 命 農 学 研 究 科 附 属 フィールド 科 学 教 育 研 究 センター 設 楽 フィールドでは,1990 年 に 雄 1 頭, 雌 3 頭 の 口 之 島 牛 を 導 入 した. 雄 は 民 間 牧 場 所 有 の 個 体, 雌 は 口 之 島 で 捕 獲 された 個 体 であった.
さらに 1993 年 に 雄 2 頭, 雌 3 頭 を 口 之 島 で 捕 獲 し, 設 楽 フィールドに 導 入 した. 捕 獲 時 点 で 妊 娠 していた 雌 が 生 産 した 個 体 ( 雄 3 個 体, 雌 1 個 体 )を 加 えた 捕 獲 口 之 島 牛 のうち, 雄 4 頭 と 雌 6 頭 がその 後 の 設 楽 フィ ールド 口 之 島 牛 個 体 群 の 始 祖 となった. 印 巻 (2013)によると,2012 年 時 点 で 設 楽 フィールドにおいて 管 理 されていた 個 体 と 始 祖 牛 間 の 平 均 世 代 数 は 雄 4.36(n=6), 雌 3.22 (n=14)であった. 1991 年 9 月 27 日 から 2012 年 7 月 31 日 の 期 間 に, 動 物 の 日 常 管 理 として 約 1 か 月 間 隔 で 測 定 した 口 之 島 牛 の 体 重 データから, 口 之 島 牛 の 成 長 曲 線 の 作 成 を 行 った. 雌 雄 のデータを 分 けて 取 り 扱 い, 肥 育, 去 勢 な どの 成 長 に 直 接 影 響 を 及 ぼす 処 理 を 行 われた 個 体 については, 処 理 日 以 降 のデータを 排 除 した.また, 口 之 島 で 捕 獲 された 生 年 月 日 不 明 の 個 体 については 分 析 から 除 外 した. 雄 では 35 個 体 による 561 回 分 の 測 定 値 を 用 い, 雌 では 27 個 体 による 1419 回 分 の 測 定 値 を 用 いた. 体 重 測 定 時 の 牛 の 月 齢 は 雄 0~189 ヶ 月 齢, 雌 0~ 229 ヶ 月 齢 であった. Brody,Logistic,Gompertz,Bertalanffy の 4 つの 非 線 形 成 長 曲 線 モデル( 表 1)について 口 之 島 牛 の 体 重 デ ータを 目 的 変 数 とし, 月 齢 を 説 明 変 数 とする 非 線 形 成 長 曲 線 の 作 成 を 試 みた. 各 モデルへのあてはめには 最 小 二 乗 法 を 用 いた. 作 成 したモデルそれぞれの 式 について, 決 定 係 数 と 赤 池 情 報 量 規 準 (AIC)とを 求 め, 最 適 モデルを 選 定 した. 決 定 係 数 は 大 きいほど 式 がもとのデータを 説 明 していることを 示 し,AIC は 小 さい ほどその 式 がもとのデータを 説 明 していることを 示 す. 表 1. あてはめを 試 みた 非 線 形 成 長 曲 線 モデル 式 名 称 式 Brody Yt=A(1-Be(-kt)) Logistic Yt=A/(1.0+Be^(-kt)) Gompertz Yt=Ae^(-Be)^(-kt) Bertalanffy Yt=A(1.0-Be^(-kt))^3 *A: 成 熟 値 k: 成 熟 速 度 B: 積 分 定 数 さらに, 口 之 島 牛 の 成 長 上 の 特 徴 を 明 らかにするために, 作 成 した 口 之 島 牛 の 非 線 形 成 長 曲 線 を 文 献 で 報 告 されている 他 の 牛 のものと 比 較 した. 非 線 形 成 長 曲 線 の 作 成 には,その 動 物 を 長 期 間, 人 間 の 管 理 下 に 置 かねばならない.しかし, 家 畜 であるウシの 雄 はほとんどの 個 体 が 去 勢 されてしまうため, 非 去 勢 雄 の 非 線 形 成 長 曲 線 の 情 報 が 乏 しかった. 従 って 本 研 究 では 雄 に 関 しては 口 之 島 牛 と 黒 毛 和 種 との 比 較 を 行 い, 雌 に 関 しては, 他 の 6 品 種 との 比 較 を 行 った. 以 下 に, 秋 篠 宮 ら(2009)を 参 考 に, 比 較 に 用 いたウシ 品 種 の 特 徴 を 記 した. 黒 毛 和 種 は 黒 褐 色 の 肉 用 品 種 で, 日 本 で 和 牛 と 呼 ばれる 牛 の 98%を 占 める 品 種 である. 各 地 で 役 用 として 用 いられていた 日 本 在 来 品 種 に 大 型 の 外 国 種 を 交 配 して 改 良 され 現 在 に 至 る. 筋 肉 内 に 脂 肪 交 雑 (サシ)が 入 るのが 特 徴. 日 本 短 角 種 は 南 部 藩 ( 岩 手 県 盛 岡 周 辺 )を 中 心 に 飼 われていた 南 部 牛 を 基 にした 肉 用 牛 である. 当 初, 乳 肉 兼 用 品 種 を 目 指 して 改 良 がおこなわれたが,1957 年 以 降 肉 用 として 改 良 されている. 枝 肉 歩 留 まりは 70% を 越 えるが, 肉 は 赤 身 で 市 場 評 価 が 低 い. 見 島 牛 は 山 口 県 萩 市 の 見 島 において 飼 われてきた 黒 褐 色 小 型 の 日 本 在 来 牛 である. 西 洋 種 と 交 配 されるこ となく, 日 本 在 来 種 としての 特 徴 を 維 持 しており,1928 年 に 天 然 記 念 物 に 指 定 された. 主 に 役 用 として 利 用 されてきたが, 近 年 は 肉 用 としても 利 用 されている. ヘレフォードはイギリス,イングランド 地 方 南 西 部 ヘレフォード 州 原 産 の 肉 用 品 種 である. 日 本 にも 複 数 回 導 入 されたが, 筋 繊 維 の 粗 い 肉 質 のため, 日 本 人 の 嗜 好 に 合 わず 定 着 していない. 現 在 は 肥 育 も 当 市 とし
て 利 用 される. ホルスタインはオランダのフリースランド 州 からドイツのホルスタイン 地 方 で 飼 われていた 乳 用 品 種 であ る. 日 本 で 飼 われている 乳 牛 の 99%を 占 めている. 雌 は 乳 生 産 に 利 用 されるが, 雄 は 去 勢 され 肉 生 産 に 用 い られる. Anatolian Buffalo(Bubalus bubalis)はスイギュウ 属 (Bubalus)に 属 するシリア,エジプト, 南 ヨーロッパ で 飼 われてきたスイギュウの 一 種 である. 主 に 乳 用 と 役 用 として 利 用 されていた.1970 年 代 に 乳 生 産 の 高 度 化 と 農 業 の 機 械 化, 消 費 者 の 嗜 好 変 化 により,その 数 を 劇 的 に 減 らし, 現 在 ではトルコ 北 部 に 少 数 が 残 るの みの 品 種 である. 3 結 果 各 非 線 形 成 長 曲 線 モデルへの 体 重 データを 当 てはめた 際 に 求 められたパラメーターを 表 2 に 示 した.また, 非 線 形 成 長 曲 線 モデルごとへの 決 定 係 数 および AIC を 表 3 に 示 した. 雄 では 決 定 係 数,AIC ともに Bertalanffy モデルを 支 持 した. 雌 では 決 定 係 数,AIC ともに Brody モデルを 支 持 した. 以 上 より, 口 之 島 牛 の 雄 の 成 長 曲 線 は 以 下 の 式 によって 表 される. 数 式 はある 月 齢 t とその 体 重 Yt との 関 係 を 示 す.その 線 形 を 図 1 に 示 した. 次 に, 口 之 島 牛 の 雌 の 成 長 曲 線 は 以 下 の 式 によって 表 される.その 線 形 を 図 2 に 示 した. 表 2. モデル 式 ごとに 求 めたパラメーター 雄 雌 A k B A k B Brody 456.159 0.044 0.999 347.641 0.036 0.950 Logistic 442.722 0.098 5.702 340.194 0.071 4.102 Gompertz 447.114 0.071 2.304 342.710 0.053 1.910 Bertalanffy 449.215 0.062 0.579 343.932 0.048 0.501 *A: 成 熟 値 k: 成 熟 速 度 B: 積 分 定 数 表 3. モデル 式 ごとの 決 定 係 数 と 赤 池 情 報 量 規 準 (AIC) 雄 雌 モデル 式 決 定 係 数 * AIC** 決 定 係 数 AIC Brody 0.832 8.210 0.8771 7.055 Logistic 0.830 8.222 0.8699 7.111 Gompertz 0.835 8.189 0.8755 7.068 Bertalanffy 0.836 8.184 0.8769 7.056 * 決 定 係 数 は 大 きなものほど 適 ( 赤 太 字 ) **AICは 小 さなものほど 適 ( 赤 太 字 )
図 1. 口 之 島 牛 雄 の 非 線 形 成 長 曲 線 と 実 測 値 の 関 係 図 2. 口 之 島 牛 雌 の 非 線 形 成 長 曲 線 と 実 測 値 の 関 係 図 3. 口 之 島 牛 雌 雄 間 の 成 長 曲 線 の 比 較 口 之 島 牛 の 雄 と 雌 との 非 線 形 成 長 曲 線 を 比 較 した 結 果 を 図 3 に 示 した. 次 に, 口 之 島 牛 と 他 のウシとの 成 長 曲 線 の 比 較 を 行 った. 雄 については, 口 之 島 牛 と 黒 毛 和 種 との 比 較 を 行 った 結 果 を 図 4 に 示 した. 雌 については 口 之 島 牛 と 日 本 のウシ( 黒 毛 和 種, 日 本 短 角 種, 見 島 牛 )との 比 較 を 行 った 結 果 を 図 5 に 示 した. 口 之 島 牛 と 外 国 産 牛 (ヘレフォード,ホルスタイン,Anatlian Buffalo)と の 比 較 を 行 った 結 果 を 図 6 に 示 した. 比 較 に 用 いたウシ 品 種 と,その 用 途, 非 線 形 成 長 曲 線 式, 出 展 を 表 4
に 示 した.また,それぞれの 成 熟 値 (kg)と 90% 成 熟 値 到 達 時 期 月 齢 とを 表 5 に 示 した. 表 4. 比 較 したウシ 品 種 とその 非 線 形 成 長 曲 線 式 雄 雌 引 用 文 献 黒 毛 和 種 Yt=718.1e^(-2.91255e^(-0.16834t)) Yt=453.85e^(-2.72003e^(-0.16834t)) 全 国 和 牛 登 録 協 会 (2004) 見 島 牛 - Yt=256.4(1.0-0.9227e^(-0.05361t)) 米 屋 ら(2007) 日 本 短 角 種 - Yt=655.3(1.0-e^(-0.0415(t+2.372)) 松 川 ら(1978) ホルスタイン - Yt=566.3(1.0-65.1e^(-3.6t))^3 Berry et al (2005) ヘレフォード - Yt=552.0(1.0-0.944e^(-0.042t)) 細 野 ら(1983) Anatolian Buffalo - Yt=538.4(.0-0.966e^(-0.0386t))^1.18 Sahin et al (2014) 表 5. 比 較 に 用 いたウシの 成 熟 値 と 90% 成 熟 値 到 達 月 齢 雄 雌 用 途 成 熟 値 (kg) 90% 成 熟 時 期 ( 月 齢 ) 成 熟 値 (kg) 90% 成 熟 時 期 ( 月 齢 ) 引 用 文 献 口 之 島 牛 - 449.2 45.5 347.6 62.6 本 研 究 黒 毛 和 種 肉 718.1 24.4 453.9 19.4 全 国 和 牛 登 録 協 会 (2004) 見 島 牛 肉 役 - - 256.4 41.5 米 屋 ら(2007) 日 本 短 角 種 肉 - - 655.3 53.2 松 川 ら(1978) ホルスタイン 乳 - - 566.3 27.2 Berry et al (2005) ヘレフォード 肉 - - 552.0 53.5 細 野 ら(1983) Anatolian Buffalo 乳 役 - - 538.4 62.9 Sahin et al (2014) 黒 毛 和 種 口 之 島 牛 図 4. 雄 の 口 之 島 牛 と 黒 毛 和 種 の 成 長 曲 線 の 比 較
図 5. 雌 の 口 之 島 牛 と 日 本 産 ウシ 品 種 との 成 長 曲 線 の 比 較 図 6. 雌 の 口 之 島 牛 と 外 国 産 ウシ 品 種 との 成 長 曲 線 の 比 較 4 考 察 設 楽 フィールドでは, 口 之 島 牛 を 夏 季 には 放 牧 され, 冬 季 には 牛 舎 内 で 管 理 していた. 牛 舎 内 における 管 理 では,2~4 頭 を 収 容 できる 大 部 屋 10 室 と 単 飼 用 個 室 6 室 とを 利 用 し,ウシの 順 位 制, 優 劣 によりウシを 各 部 屋 に 振 り 分 け, 平 等 に 採 餌 できるよう 心 掛 けた( 安 藤 ら,2013).また, 牛 舎 内 管 理 の 際 には 飼 料 として 青 刈 りの 草 と 自 給 サイレージ, 輸 入 乾 草 を 主 に 給 与 し, 加 えてふすまを 1 個 体 1 日 2 kg 程 度 与 えていた.こ のため, 本 研 究 で 作 成 した 口 之 島 牛 の 成 長 曲 線 は, 島 の 個 体 群 のものよりも 成 長 速 度 では 早 く, 成 熟 値 では 大 きくなっている 可 能 性 を 考 えられる. 雌 雄 の 口 之 島 牛 の 成 長 曲 線 を 比 較 すると, 雄 のほうが 成 長 速 度 では 早 く, 成 熟 値 では 大 きかった. 成 熟 値 については 黒 毛 和 種 と 同 じ 傾 向 であったが, 成 長 速 度 については 黒 毛 和 種 と 反 対 の 結 果 となった. 非 去 勢 雄 の 口 之 島 牛 と 黒 毛 和 種 との 比 較 では, 黒 毛 和 種 のほうが 成 熟 値 では 大 きく, 成 長 速 度 では 早 かっ た. 産 肉 に 利 用 される 黒 毛 和 種 の 特 徴 としてこの 成 長 曲 線 は 合 目 的 的 であることから, 反 対 に 口 之 島 牛 は 産 肉 用 としては 目 的 に 適 さない 成 長 特 性 であると 考 えられる. 以 下 の 比 較 は, 雌 牛 同 士 によるものである. 黒 毛 和 種, 日 本 短 角 種, 見 島 牛 との 成 長 特 性 の 比 較 では, 成 熟 値 について 口 之 島 牛 は 日 本 短 角 種, 黒 毛 和 種 よりも 小 型 で, 見 島 牛 よりも 大 きかった. 成 長 速 度 ではこの 4 品 種 中 口 之 島 牛 がもっとも 遅 い 成 長 速 度 を 示 した. 下 桐 ら(2006)による AFLP による 口 之 島 牛 の 系 統 解 析 によると, 口 之 島 牛 は 黒 毛 和 種, 褐 毛 和 種, 無 角 和 種, 日 本 短 角 種 の4 種 和 牛 の 外 側 に 位 置 づけられたと されるが, 成 長 特 性 に 関 しても, 口 之 島 牛 は 黒 毛 和 種, 日 本 短 角 種 とは 異 なる 特 徴 を 示 した.
原 田 ら(1998)の 報 告 によると 見 島 牛 の 体 型 は 小 型 化 を 続 けているとされる.また, 役 用 牛 だった 黒 毛 和 種 の 祖 先 の 在 来 種 は 外 国 牛 との 交 配 を 経 て 大 型 化 したものの, 脚 の 丈 夫 さを 欠 き 役 用 に 適 さなくなったとさ れる 水 間 (2010)ことから, 役 用 牛 として 大 型 であることは 必 ずしも 利 点 とはならないと 考 えられる. 見 島 牛 の 成 長 速 度 は 口 之 島 牛 の 0.036 やヘレフォードの 0.042 よりも 大 きな 0.054 を 示 すことから, 見 島 牛 は 一 定 の 選 抜 を 受 けたと 推 測 される. 従 って 見 島 牛 の 成 熟 値 についても 純 粋 に 近 交 退 化 と 考 えるよりも 小 型 化 へ 選 抜 を 受 けた 可 能 性 が 考 えられる. 見 島 は 面 積 が 矮 小 な 割 にかなりの 起 伏 がある 地 形 ( 原 田 ら,1998)である ことから, 田 畑 の 面 積 も 小 さく, 小 型 ウシのほうが 好 まれた 可 能 性 を 考 えられる. Kawahara ら(2011)による 口 之 島 牛 のゲノム 解 読 によると, 口 之 島 牛 はヨーロッパ 系 の 家 畜 による 遺 伝 的 影 響 を 受 けない 表 現 型 を 保 っているとされる.Kawahara ら(2011)ではウシ 属 (Bovina)の 中 では,ヘレフ ォード,ホルスタインが 口 之 島 牛 に 比 較 的 近 縁 であるとされているため, 本 研 究 ではこの 2 品 種 との 比 較 を 実 施 した.ヘレフォード,ホルスタインとの 比 較 では 口 之 島 牛 の 成 熟 値, 成 長 速 度 は 小 さく 遅 いという 相 違 を 示 した. 成 長 特 性 に 関 しては 口 之 島 牛 が 肉 生 産, 乳 生 産 用 途 品 種 とは 異 なる 特 徴 を 持 つと 言 える. 成 長 曲 線 は 肉 や 乳 を 生 産 する 品 種 に 対 し 改 良 を 念 頭 に 作 成 される.そのため, 野 生 動 物 や 品 種 改 良 を 受 け ていない 低 生 産 性 の 動 物 の 成 長 曲 線 は 少 ない. 本 研 究 で 比 較 に 用 いた Anatlian Buffalo は 生 産 性 の 低 さからウ シとの 競 合 により 利 用 されなくなり, 絶 滅 を 危 ぶまれる 状 況 になった 在 来 品 種 である.Anatlian Buffalo 保 護 のための 政 府 により 成 長 曲 線 が 作 成 されたため,Anatolian Buffalo は 低 生 産 性 品 種 でありながら 成 長 曲 線 を 有 する.ウシ 類 2 属 とスイギュウ 類 3 属 間 での 雑 種 の 報 告 は 全 くなく,スイギュウ 類 3 属 間 での 雑 種 の 報 告 も 見 ない( 野 村,2009)とされることから,Anatolian Buffalo は 改 良 されたウシからの 遺 伝 的 影 響 を 受 けず,か つ, 利 用 されなくなったことから 高 度 な 品 種 改 良 も 受 けていないことが 推 測 される. 以 上 から,Anatolian Buffalo は 品 種 改 良 を 受 けていない 動 物 の 特 徴 を 有 していると 考 えられる. 本 研 究 において 比 較 に 用 いた 品 種 で,Anatolian Buffalo の 90% 成 熟 時 期 は 口 之 島 牛 とほぼ 同 じ( 約 62 ヶ 月 )であった.しかし 成 熟 値 は 口 之 島 牛 の 347.9kg に 対 して,Anatolian Buffalo は 538.4 kg と 約 200 kg 大 きいことから, 口 之 島 牛 は Anatolian Buffalo に 比 べてより 成 熟 速 度 が 遅 いと 考 えられる. 非 線 形 成 長 曲 線 式 の 成 長 速 度 の 値 についても 口 之 島 牛 0.036 に 対 し,Anatolian Buffalo 0.039 と 口 之 島 牛 の 成 長 速 度 は 遅 いことを 示 す.このことから 口 之 島 牛 の 成 長 速 度 は 家 畜 化 されたウシ 科 動 物 の 中 では 特 に 遅 いと 言 え,その 原 因 は 未 改 良 であることによると 考 えられる. Lyudmila(1999)によるキツネの 家 畜 化 実 験 では,キツネの 人 に 対 する 警 戒 心 を 低 下 させるように 選 抜 を 実 施 している. 雄 30 雌 100 から 開 始 し, 人 への 慣 れやすさを 基 準 に 産 子 から 4~5 %の 雄 と 20%の 雌 を 次 世 代 として 残 している.この 実 験 では 6 世 代 目 で 人 との 接 触 を 積 極 的 に 行 おうとする 個 体 が 現 れ 始 め,10 世 代 目 には 産 子 の 18%が,20 世 代 目 には 35%がそのような 個 体 になったとされる. 形 態 に 関 しては 8~10 世 代 目 に 毛 色 の 変 化,15~20 世 代 以 降 手 足 と 尾 の 短 縮 が 見 られたとされる. 口 之 島 牛 の 平 均 世 代 数 は 2012 年 時 点 で 雄 4.4 世 代, 雌 3.2 世 代 ( 印 巻,2013)であったことから, 口 之 島 時 の 口 之 島 牛 とは 異 なる 形 質 を 示 し 始 めていた 可 能 性 がある.しかし, 筆 者 らは 口 之 島 牛 に 対 して 特 別 な 選 抜 を 行 っていない 点, 選 抜 強 度 に 影 響 する 群 の 個 体 数 が 20 年 間 の 合 計 で 61 頭 ( 安 藤 ほか,2013)と 少 数 であった 点, 始 祖 牛 が 雄 4, 雌 6 頭 と 少 数 であった 点 から, 先 に 述 べたキツネの 例 に 比 べると 設 楽 フィールド 口 之 島 牛 個 体 群 は 選 抜 を 受 ける 前 に 近 い 遺 伝 子 構 成 を 留 めていると 考 えられる.ただし, 設 楽 フィールド 口 之 島 牛 個 体 群 はその 個 体 数 の 少 なさか ら 遺 伝 的 浮 動 の 影 響 を 受 けやすいと 考 えられる. 種 雄 牛 として 利 用 された 雄 の 偏 りによるボトルネック 効 果 および, 管 理 者 による 無 意 識 の 選 抜 ( 種 雄 牛 選 定 )により, 口 之 島 と 設 楽 フィールドの 個 体 群 間 で 必 ずしも 同 一 の 遺 伝 子 構 成 を 有 さないことに 留 意 する 必 要 がある. 個 体 群 の 管 理 を 継 続 した 場 合, 性 格 的, 形 態 的 変 化 が 顕 在 化 していた 可 能 性 がある.しかしながら, 設 楽 フィールドの 口 之 島 牛 個 体 群 は 最 小 限 の 人 為 的 影 響 下 で 管 理 されたと 考 えられることから, 口 之 島 牛 の 成 長 特 性 を 得 た 本 研 究 は 口 之 島 牛 の 変 化 の 基 準 点 として,
野 生 動 物 の 家 畜 化 モデルの 基 準 点 として, 産 肉 性, 増 体 性 などの 量 的 遺 伝 子 解 析 の 際 の 交 配 候 補 として 有 用 であると 考 えられる. 引 用 文 献 [1] 秋 篠 宮 文 仁 小 宮 輝 之. 2009. フィールドベスト 図 鑑 日 本 の 家 畜 家 禽. 学 習 研 究 社, 東 京, 270pp. [2] 安 藤 洋 築 地 原 延 枝 吉 村 文 孝. 2013. 口 之 島 牛 とその 飼 育 を 振 り 返 って. 第 8 回 名 古 屋 大 学 技 術 研 修 会 ポスター 発 表 本 稿, PSEI-1:1-5. [3] Aziz ŞAHİN, Zafer ULUTAŞ, Ufuk KARADAVUT, Arda YILDIRIM, Servet ARSLAN. 2014. Comparison of Growth Curve Using Some Nonlinear Models in Anatolian Buffaloe Calves. Kafkas Univ Vet Fak Derg, 20: 357-362. [4] Berry D. P., Horan B. and Dillon P. 2005. Comparison of growth curves of three strains of female dairy cattle.animal Science, 80:151-160. [5] 原 田 佳 典 小 澤 忍 細 井 栄 嗣 福 倉 一 浩 石 川 豊 阪 田 昭 次 秋 友 一 郎 篠 田 稔 彦. 1998. 見 島 牛 の 性 能 調 査 (1) 見 島 牛 の 系 譜 及 び 牛 群 の 体 型 値. 山 口 県 畜 産 試 験 場 報 告, 14: 43-58. [6] 林 田 重 幸 野 澤 謙. 1964. トカラ 群 島 における 牛. 日 本 在 来 家 畜 調 査 団 報 告, 1: 24-30. [7] 細 野 信 夫 光 本 孝 次 鈴 木 三 義. 1983. ヘレフォード 雌 牛 の 体 重 と 体 各 部 位 に 対 する 5 種 類 の 非 線 型 成 長 曲 線 モデルの 適 合 性 比 較. 北 海 道 立 新 得 畜 産 試 験 場 研 究 報, 13:1-10. [8] Kawahara-Miki, R., Tsuda K., Shiwa Y., Arai-Kichise Y., Matsumoto T., Kanesaki Y., Oda S., Ebihara S., Yajima S., Yoshikawa H. and Kono T. 2011. Whole-genome resequencing shows numerous genes with nonsynonymous SNPs in the Japanese native cattle Kuchinoshima-Ushi. BMC Genomics, 12: 103-110. [9] 印 牧 美 佐 生. 2014. 口 之 島 野 生 化. The Journal of Animal Genetics, 42:39 47. [10] 印 牧 美 佐 生 安 藤 洋. 2013. 名 古 屋 大 学 で 維 持 育 成 された 口 之 島 野 生 化 牛 集 団 の 特 性. 在 来 家 畜 研 究 会 報 告, 26: 79-97. [11] Lyudmila N. T. 1999. Early Canid Domestication: The Farm-Fox Experiment. American Scientist, 87:160-169. [12] 松 川 正 中 野 秀 治 有 吉 俊 小 杉 山 基 昭 林 孝. 1979. 日 本 短 角 種 ならびに 黒 毛 和 種 雌 牛 の 発 育 に 関 す る 考 察. 日 本 畜 産 学 会, 50:95-99. [13] 水 間 豊. 2010. 第 Ⅰ 章 畜 産 概 論. 家 畜 人 工 授 精 師 講 習 会 テキスト( 正 木 淳 二, 編 ), pp1-22. 日 本 家 畜 人 工 授 精 師 協 会, 東 京. [14] 野 村 こう. 2009. Ⅱ-2 スイギュウ. アジアの 在 来 家 畜 ( 在 来 家 畜 研 究 会, 編 ), pp161-186. 名 古 屋 大 学 出 版, 愛 知. [15] 大 塚 閏 一 並 河 鷹 夫 野 澤 謙. 1984. 東 アジアの 在 来 牛 および 野 生 バンテンの 体 型 測 定 値 についての 主 成 分 分 析. 日 本 畜 産 学 会 報, 53: 174-182. [16] 下 桐 猛 奥 村 史 彦 龍 野 巳 代 花 田 博 之 伊 村 嘉 美 河 邊 弘 太 郎 岡 本 新 前 田 芳 賓. 2006. AFLP を 用 いた 口 之 島 野 生 化 牛 の 遺 伝 的 変 異 性. 鹿 児 島 大 学 農 場 研 究 報 告, 29:13-15. [17] 富 田 武. 1996. 日 本 の 野 生 化 牛. 畜 産 の 研 究, 50: 125-129. [18] 米 屋 宏 志 惠 本 茂 樹 島 田 芳 子 宗 綱 良 治 安 部 康 人 森 重 祐 子 澤 井 利 幸 小 澤 忍 広 岡 博 之. 2007. 見 島 牛 の 発 育 調 査 に 基 づく 成 長 曲 線 の 作 成. 山 口 県 畜 産 試 験 場 研 究 報, 22: 19-23. [19] Yilmaz O., Ertugrul M. and Wilson R. T. 2012. Domestic livestock resources of Turkey. Torpical animal health production, 44:707-714. [20] 全 国 和 牛 登 録 協 会. 2004. 黒 毛 和 種 正 常 発 育 曲 線. 全 国 和 牛 登 録 協 会, 京 都, 36pp.