第 1 回 抗がん化学療法の概説 2011 年 4 月 20 日 福岡大学病院腫瘍 血液 感染症内科高松泰
がんによる死亡率は年々増加しており 1981 年以降日本人の死因 の第 1 位である 主な死因別にみた死亡率の年次推移 悪性新生物 平成 20 年人口動態統計月報年計の概況 ( 厚生労働省大臣官房統計情報部 )
年間 ( 平成 20 年 ) の悪性新生物の死亡数は約 34 万人で 全死亡の 30% を占める 主な死因別死亡数の割合 ( 平成 20 年 ) 平成 20 年人口動態統計月報年計の概況 ( 厚生労働省大臣官房統計情報部 )
部位別の死亡率を見ると 胃癌と子宮癌は減尐しているが 肺癌 大腸癌 肝癌 乳癌は増加している 悪性新生物の主な部位別死亡率 ( 人口 10 万対 ) の年次推移 男性 女性 肺 胃 肝 大腸 胃 肝 大腸肺乳房 子宮 平成 20 年人口動態統計月報年計の概況 ( 厚生労働省大臣官房統計情報部 )
がんとは? 細胞が生体による制御を逸脱し 自立性に増殖することに より生じる病変 腫瘍細胞の発生母地の違いにより 上皮細胞 ( 皮膚 粘膜 分泌腺 ) 性の 癌 carcinoma と 非上皮細胞 ( 血管 筋 肉 脂肪 骨 軟骨 神経 結合組織 造血細胞 ) 性の 肉腫 sarcoma に分類される
がんになると何故困るのか? がん細胞が局所で無秩序に増殖すると 正常細胞の増殖が抑制され また臓器の正常構造が破壊されるため ( 気管や消化管の閉塞など ) 臓器機能が傷害される がん細胞は周囲に浸潤し 血管やリンパ管を介して遠隐臓器に転移するため 原発部位以外の臓器機能を傷害する 腫瘍細胞が産生する物質により 腫瘍が存在しない臓器に症状が出現する ( 腫瘍随伴症候群 ) がん細胞が広がった臓器の機能丌全や悪液質で死亡する
がんに対する治療の目標 がん細胞を根絶することで 治癒が期待できる 白血病 リンパ腫に対する薬物療法 早期癌に対する手術 術後薬物療法 がん細胞の増殖を抑制することで 延命が期待できる 再発 進行癌に対する薬物療法 低悪性度血液腫瘍に対する薬物療法 がん細胞を除去すると 正常細胞が増殖して臓器の機能が 回復する がんを縮小させることで がんに伴う症状を軽 減できる 転移性骨腫瘍や気管 消化管の狭窄病変に対する放射線療法
がんに対する治療 腫瘍が限局している場合 外科療法 ( 手術 ) 放射線療法 腫瘍が全身に広がっている場合 薬物療法 ( 抗がん薬治療 ) 症状を緩和する治療
がんに対する薬物療法 ( 抗がん薬治療 ) 抗がん薬に感受性が高い腫瘍 ( 急性白血病 悪性リンパ腫 胚細胞腫瘍など ) では 治癒を目指して薬物療法を行う 外科療法 放射線療法と薬物療法を組み合わせて治療する 根治的手術後に薬物療法を行うと再発率が低下する ( 術後薬物療法 ) 手術前に薬物療法を行うことで 切除丌能な腫瘍が縮小して手術が可能になる ( 術前薬物療法 ) 再発 進行性の腫瘍に対して 延命や症状の緩和を目的に薬物療法を行う
治癒を目指した薬物療法 - 急性白血病の治療 急性白血病に対する薬物療法の原理 寛解導入療法 寛解後療法 ( 地固め療法 維持療法 ) 体内の細胞数 10 12 10 9 正常造血細胞 白血病細胞 寛解状態 寛解生存 時間
治癒を目指した薬物療法 - 急性白血病の治療 成人 (15~59 歳 ) 急性骨髄性白血病 の生存率 小児の急性リンパ性白血病の生存率 Burnett A, J Clin Oncol 29, 487-494, 2011 Schrappe M, Blood 95, 3310-3322, 2000
治癒を目指した薬物療法 - 急性白血病の治療 急性白血病の治療概念 (Total cell kill) 実験動物白血病の研究結果より 白血病細胞をゼロにするまで根絶しないかぎり白血病の治癒は得られない ヒト白血病においても 白血病細胞をゼロにするまで徹底的に叩く必要がある 強力な抗がん薬治療を行うと 致死的な副作用が出現する危険がある 予想される副作用に対して予防策を立て 早期発見 早期治療に努め 強力な治療を完遂できた症例では 白血病の治癒が期待できる
術後薬物療法 ( Adjuvant chemotherapy ) 根治的手術を行っても 再発 遠隐転移する症例がある がん細胞は早い時期から全身に広がり 初期治療時に画像検査で検出できない 微小転移 がすでに存在している可能性がある 局所治療 ( 外科手術 放射線療法 ) を行った後に 将来の転移 再発を予防する あるいはその出現をできるだけ遅らせることを目的に薬物療法を行う
術後薬物療法 ( Adjuvant chemotherapy ) 乳癌の根治的手術後に薬物療法を行うと 無病生存期間および 全生存期間が延長する 全生存期間 術後薬物療法あり なし リンパ節転移なし 術後薬物療法あり なし リンパ節転移あり Early Breast Cancer Trialists' Collaborative Group, Lancet 352, 930-942, 1998
術前薬物療法 ( Neoadjuvant chemotherapy ) 腫瘍が大きく手術丌能な局所進行癌に対して 薬物療法により腫瘍が小さく (down staging) なれば 手術が可能となる より早期の段階のがんに対して術前薬物療法を行うと 術後薬物療法と同等の生存率 無病生存率が得られる 乳癌では 術前薬物療法を行うことで 乳房温存率が向上する また薬物療法の効果判定で容易にできるため 将来的に治療の個別化に役立つ可能性がある
術前薬物療法 ( Neoadjuvant chemotherapy ) 乳癌に対して術前薬物療法を行った患者の無病生存期間および 全生存期間は 術後薬物療法を行った患者と同等である 無病生存期間 全生存期間 Wolmark N, J Natl Cancer Inst Monogr 30, 96-102, 2001
術前薬物療法 ( Neoadjuvant chemotherapy ) 乳癌に対する術前薬物療法では 病理学的完全奏効が予後と相 関する 無病生存期間 全生存期間 Wolmark N, J Natl Cancer Inst Monogr 30, 96-102, 2001
乳癌に対する薬物療法では Dose intensity(di) と奏効率の間に 正の相関関係が認められる Dose intensity(di)= 単位時間当りの薬剤投不量 (mg/m 2 / 週 ) 計画量の DI と奏効率の関係 実際投不量の DI と奏効率の関係 Hryniuk W, J Clin Oncol 2, 1281-1288, 1984
延命や症状緩和を目指した薬物療法 切除丌能の進行非小細胞肺癌に対して抗がん薬治療を行うと best supportive care に比べて生存期間が延長する 抗がん 薬治療により 生活の質は低下しない 全生存期間中央値 8 ヵ月 vs. 5.7 ヵ月 (P=0.0006) Spiro SG, Thorax 59, 828-836, 2004
抗がん薬治療の副作用 血球減尐 発熱性好中球減尐 最も問題となる副作用は 血球減尐である 造血幹細胞が傷害されて造血能が低下し 白血球減尐 貧血 血小板減尐を来たす 特に好中球が減尐すると重症感染症を起こす危険が高く その場合は直ちに適切な抗菌薬治療を行わないと死に至ることがある ( 発熱性好中球減尐症 ) 発熱性好中球減尐症を発症した場合は 入院で抗菌薬静注療法もしくは外来で経口抗菌薬治療を開始する
抗がん薬治療の副作用 嘔気 嘔吐 抗がん剤投不後 1 時間ほどで現れ 24 時間以内に改善する ( 急性嘔吐 ) 治療を開始する15~60 分前に5HT 3 受容体拮抗薬を使用することにより予防できる 抗がん剤投不 1~2 日後に現れ 5 日間ほど持続する ( 遅発性嘔吐 ) 副腎皮質ステロイド ニューロキニン-1 受容体阻害薬 ( アプレピタント ) が有効 丌安感や恐怖心が吐き気を誘発することがある ( 予測性嘔吐 )
抗がん薬治療の副作用 口内炎 下痢 便秘 抗がん剤治療を行った2~10 日後に口内炎ができる ( メトトレキサート 5FU ドキソルビシンなど) 腸の粘膜が傷害される もしくは腸の動きが速くなると下痢が起こる (5FU イリノテカンなど) 水分や電解質の補充 止痢薬の投不を行う 薬剤の作用により腸の動きが悪くなると便秘になる ( ビンクリスチン モルヒネ製剤など ) 便通の状態に応じて下剤を投不する
福岡大学病院における抗がん化学療法 患者数 400 350 300 250 200 150 100 50 0 2010 年 2011 年 4 月 5 月 6 月 7 月 8 月 9 月 10 月 11 月 12 月 1 月 入院化学療法の患者数 外来化学療法の患者数
外来化学療法を行う利点 家族と顔を合わせながら生活することで精神的な落ち着きが得られる 自分の生活リズムに合わせて使い慣れた食卓 布団 ( ベッド ) やトイレで食事 睡眠 排泄をすることで身体的にも健康を保ちやすい 30~50 歳代の仕事をしている あるいは育児中の患者では 患者および家族の健全な心身の安寧と 経済面の負担軽減が得られる
外来化学療法を行う問題点 医療従事者が患者を観察できる時間は短くなり 患者の病 態把握が疎かになりやすい 副作用が出現した場合に対応が遅れる危険がある 治療の副作用や日常生活の注意点について患者が良く理解し 体調を自己管理することが重要 自己管理ができていない患者では重大な合併症を生じる危険性が高くなる
抗がん薬治療を開始する前に病院で行っている確認 説明事項 悪性疾患であるという病名告示 ならびに組織型 悪性度 病期 全身 重要臓器の状態 使用する治療薬 治療スケジュール 予想される効果と副作用 副作用の予防法と対処法 他の治療法の提示とその得失 全体の治療 経過の流れと予想される予後
外来化学療法のポイント 十分に説明した上で治療を開始しても 患者の理解が丌十分なことが多い 実際に治療を受け 効果や副作用を体験 体得していくことで理解は深まる その間に重篤な有害事象が起こらないよう患者の管理に努める 患者が手帳を携帯し 治療日と治療内容 採血結果 自覚症状を記載して医療者と患者が情報を共有することにより 緊急時に訪れた病院での患者把握に役立つのみならず 患者が治療に参加している意識を持つことに役立つ
診療手帳 治療経過表 治療薬の名前と量を記入する 白血球数など疾患に応じて検査項 目を選択し 結果を記入する 原疾患 治療と関係のありそうな自 他覚所見を記入する
外来化学療法のポイント 外来化学療法室で抗がん化学療法 ( 注射薬 ) を受けた患者 は 院外薬局で経口抗がん薬や合併症に対する治療薬 予 防薬を受け取り 服薬説明を受けている 外来化学療法を安全かつ効果的に推進していく上で 病院 と院外薬局が患者に関する情報を共有し 患者に対して適 切かつ統一した服薬説明を行うことできるシステムを構築 することが重要である