みずほインサイト マーケット 2014 年 3 月 31 日 ドル円相場と日本株の相関について同時相関の背景と金融市場への影響 市場調査部シニアエコノミスト細沼めぐみ 03-3591-1248 megumi.hosonuma@mizuho-ri.co.jp 2012 年秋以降 ドル円相場と日本株の同時相関が高まっているが この要因として海外投資家による為替ヘッジやアベノミクスへの期待の高まりが挙げられる 同時相関の強まりはドル円相場及び日本株のボラティリティを高め 金融市場を不安定化させている可能性がある 安倍政権への期待が維持される中では今後も同時相関の傾向が継続するとみられ 引き続き日本株の動向からドル円相場を見通すといった視点が必要である 1. はじめに為替は様々な要素が複雑に絡み合って相場形成される 代表的な相場決定要因として挙げられるのは物価格差 ( 購買力平価 ) 需給動向 金利差などである 購買力平価は二国間の物価上昇率格差から算出される為替レートであるが 短期的な説明力は高くなく長期のトレンドを把握するのに適している 一方 短 中期的には需給動向や二国間金利差の影響を受けて為替が変動する ここでいう需給動向とは 実需のみならず投機も含めたあらゆる為替需給を指す 為替需給を占う統計には国際収支統計や先物市場でのポジションなど各種あるが 需給動向の全貌を数値で把握するのは難しい 仮に金利差に基づき資本移動が国境を跨いで起きるとの前提をおけば 現状の金利差或いは先行きへの期待が為替取引の需給を図る拠り所とも考えられる 図表 1 日米金利差とドル円相場 ( 円 / ドル ) ( 米 - 日 %) 135 4.5 125 ドル円相場日米 10 年国債利回り差 ( 右目盛 ) 4.0 3.5 115 3.0 105 2.5 2.0 95 1.5 85 75 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 ( 年 ) 図表 2 ドル円相場との相関係数 ( 相関係数 :260 日 ) 日本株日米 2 年債利回り差日米 10 年債利回り差 07 08 09 10 11 12 13 14 ( 年 ) 1
実際 ドル円相場と日米金利差の推移をみると概ね相関していると言え その相関係数は振れを伴いながらもとりわけ高い相関を示している時期もあることが確認できる ( 前頁図表 1 2) 一方 最近みられる傾向として注目されるのがドル円相場と日本株の相関の高さである 2. ドル円相場と日本株の関係 (1) 高まる同時相関ドル円相場と日本株の関係については 一般的には 円安による日本の輸出企業の業績改善期待が株高に繋がるという形で 為替の変動が先行して 結果として株価がその影響を受けると理解されているが 最近ではドル円相場と日本株の同時相関の傾向が強まっている 図表 3 左図はドル円相場と日経平均株価の日次変化率をとり 1 為替先行 ( ドル円相場と翌日の日経平均株価 ) 2 株価先行 ( 日経平均株価と翌日のドル円相場 ) 3 為替 株価同時 ( 同日のドル円相場と日経平均株価 ) の3パターンの相関係数の推移を示したものである これをみると従来からの認識通り為替の変動が先行して株価に影響を与えた期間が多いことが確認できる一方 株価の変動が先行して為替に影響を与える関係はみられない 為替と株価の同時相関が強まったのは2008 年頃からであり 特にアベノミクスへの期待が高まった2012 年秋以降急速に相関が強まった さらに日中の相場変動の影響も捉えるべく相場変動率の算出を1 時間差とした相関係数をみると 同時相関の様相がより鮮明に確認できる ( 図表 3 右図 ) (2) 同時相関の背景ドル円相場と日本株の同時相関をもたらした一因として海外投資家による為替ヘッジの影響が指摘されている 海外投資家の一部は日本株へ投資を行う際に 先行きの円安期待が存在するもとでは為替差損を防ぐために同時に円売りを行うことが想定される この時点では為替への影響は中立的であるが 株価が上昇した際にヘッジ比率を一定に保つために追加の円売りが必要になり ( 株価下落の場合は円買い ) 株と為替が同時に変動する事象がみられると考えられる また安倍政権の政策運営が円図表 3 ドル円相場と日本株の相関 ( 変化率 ) ( 日次 ) ( 毎時 ) ( 相関係数 :260 日 ) 0.3 為替先行株価先行為替 株価同時 ( 相関係数 :30 時間 ) 為替先行株価先行為替 株価同時 0.1 0.1 0.3 ( 注 ) 為替先行 株価先行の相関係数は それぞれ 1 日差の数値で算出 13/7 13/8 13/9 13/1 13/1 13/1 14/1 14/2 14/3 ( 年 / 月 ) ( 注 ) 為替先行 株価先行の相関係数は それぞれ 1 時間差の数値で算出 2
高是正と株高により日本経済の活性化を図る方針であることから アベノミクスへの期待の高まりによって円安と株高の同時進行が意識されやすくなっている可能性もある 最近では 円安と株高の同時相関の強まりを背景に コンピューターによる自動売買システムに円売り 日本株買い ( 円買い 日本株売り ) が同時取引できるようプログラミングしている投資家も存在するとの報道も聞かれ 同時相関に拍車をかけている可能性もある こうした一連の要因がドル円相場と日本株の同時相関をもたらしたと考えられる (3) 同時相関の高まりがもたらす金融市場への影響ドル円相場と日本株の同時相関が高まるということは 円安 株高 円安というように双方向かつ連鎖的に影響が伝播するため ドル円相場及び日本株のボラティリティを高め 金融市場が不安定化するリスクがあると想定される 図表 4は日経平均株価と日米金利差 (10 年債利回り ) を説明変数 ドル円相場を被説明変数として回帰分析した際の決定係数及び回帰係数の時系列推移である 回帰係数は感応度を示すものであるが 日経平均株価の回帰係数は2011 年にかけて上昇し その後やや低下したものの2013 年後半以降再び上昇トレンドを示している 一方 日米金利差の回帰係数は2013 年以降緩やかな低下基調にある つまり ドル円相場が日本株の変動の影響を受けやすくなっている また図表 5はドル円相場の変化率とダウ平均株価の変化率を説明変数 日経平均株価の変化率を被説明変数として回帰分析した際の決定係数及び回帰係数の時系列推移である ドル円相場の回帰係数は 2008 年から2009 年にかけて上昇し その後は横這いで推移したが2013 年後半に一段と上昇した 一方 ダウ平均株価の回帰係数は2008 年に上昇し 2009 年以降も高位で推移したものの2013 年後半以降やや低下した 日本株の相場変動についてもドル円相場の動きにひきずられやすくなっているとの見方が可能である 円相場及び日本株の最近のボラティリティをみると 他通貨や海外株と比較して高めになっているという傾向が実際に指摘できる 次頁図表 6はドル 円 ユーロの名目実効レートを用いて前日からの相場変動率を算出したものである 円相場の変動率は2012 年末頃から2013 年前半にかけて著しく高まった 2013 年後半から足元にかけても変動率の水準自体は低下したものの ドルやユーロに比べて図表 4 ドル円相場の株感応度図表 5 日本株の為替感応度 1.2 1.2 0.3 0.1 0.1 0.3 決定係数 ( 右目盛 ) 回帰係数 ( 日経平均 ) 回帰係数 ( 日米金利差 ) - ( 注 )1.LN( ドル円相場 )=a*ln( 日経平均株価 )+b* 日米 10 年債利回り差 +c で計算 2. 月末値を用いた 60 カ月ローリング推計 - - - 決定係数 ( 右目盛 ) 回帰係数 ( ドル円相場 ) 回帰係数 ( ダウ平均 ) ( 注 )1. 日経平均株価 ( 前月比 )=a* ドル円相場 ( 前月比 )+b* ダウ平均株価 ( 前月比 )+c で計算 2. 月末値を用いた 60 カ月ローリング推計 3
相対的に変動が大きい時期もみられる また図表 7では 日中株価変動額 (= 日中最高値 - 最安値 ) を株価で除したものを株価変動率と定義し 日本 米国 ドイツ株の株価変動の程度を時系列にみたものである 2010 年以降の日本株は米国及びドイツ株に比べて相場変動が小さい状態が継続していた 両国と比較して相場が大きく動いたと言えるのは2011 年 3 月の東日本大震災後の短期間にとどまる 一方 2013 年以降は日本株の変動率が米国 ドイツ株を上回る期間が多くなっている 円相場及び日本株のボラティリティが相対的に高まった背景には 日本銀行の量的 質的金融緩和も含めたアベノミクスへの期待があろうが そうした期待にも根差した為替と株価の同時相関の強まりという市場の内部要因も影響している可能性がある (4) 同時相関は今後も継続するかドル円相場と日本株の同時相関については2.(2) で挙げた通り 外国人投資家による為替ヘッジの動きやアベノミクスへの期待が背景にあることを前提とすれば 先行きの同時相関の継続性についてはこれらの前提が今後も維持されることが必要である アベノミクスへの見方については 安倍首相の靖国神社参拝を契機に高まった政権の右傾化懸念や成長戦略への期待の後退を背景に海外投資家からの期待が低下している可能性も指摘されているが 日本株売買動向からは海外投資家が日本株に対して弱気に転じたとまではいえない 1 アベノミクスへの期待が維持されれば海外投資家による日本株投資は継続するであろう 一方 日本株への投資を行う際に為替ヘッジが行われるには先行きの円安期待が前提となる 足元のドル円相場はウクライナ情勢や中国経済の減速懸念が重石となり円安進行が一服している ウクライナ情勢については短期間での解決は困難とみられる一方で 軍事衝突に至るなど一段の緊迫化が回避される方向が定まってくれば市場のリスク回避ムードは徐々に緩和していくと想定される 中国経済が減速した際に世界経済へ与える影響は大きいものの 現状では 世界経済は先進国を中心に緩やかに回復する というメインシナリオに大きな変更を生じさせる段階ではないと考えている そうした中で寒波による下押し要因が剥落して米国景気の改善基調が確かなものとなれば FRBはQE3 縮小を徐々に進め 2014 年中には債券購入を終了し 2015 年後半には利上げを開始するものと想定される 一方 日銀は金融緩和を継続することから日米金融政策スタンスの違いを反映した金利差の拡大を背景に先行きの円安ドル高期待は継続する見込みである (%) 5 0 図表 6 円 ドル ユーロの相場変動率 ドル円ユーロ 5.0 4.0 図表 7 日 米 独株の相場変動率 (%) 日 ( 日経平均 ) 米 ( ダウ平均 ) 独 (DAX) 0.15 3.0 0.10 2.0 5 0 10 11 12 13 14 ( 年 ) ( 注 )1. 相場変動率 = 相場変動額 ( 前日差 ) 為替相場 2. 相場変動額及び為替相場は100 日平均値 10 11 12 13 14 ( 年 ) ( 注 )1. 相場変動率 = 相場変動額 (= 日中最高値 - 最安値 ) 株価 2. 相場変動額及び株価は 20 日平均値 4
3. おわりに以上でみてきたように 安倍政権への政策期待が高まる中でドル円相場と日本株の同時相関が高まっており 今後も安倍政権への期待が維持されれば同時相関の関係も継続しやすいといえる 先行きのドル円相場を展望する上で 金利差は引き続き重要な材料であることには変わりないが こうした環境下では金利差に加えて日本株の推移がドル円相場の動向を左右することが予想される 日本株の動向からドル円相場を見通すことは同時相関が確認される限り必要な視点であるといえよう 1 詳細は 武内浩二 海外投資家の日本株投資について ( みずほ総合研究所 みずほインサイト 2014 年 3 月 12 日 ) をご参照 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり 商品の勧誘を目的としたものではありません 本資料は 当社が信頼できると判断した各種データに基づき作成されておりますが その正確性 確実性を保証するものではありません また 本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります 5