卒業論文研究計画書 横浜市立大学国際総合科学部 4 年野村香菜子 1. はじめに他の芸術的産業と同様に 映画産業は作り手の深い情熱の上に成り立っている 映画の製作に携わった各関係者にとって 作品は我が子のようなものであり 誰しもがその映画の成功を願い 奮闘している それゆえ 成功によって生じた利益が 各関係者にどのように どれだけ配分されるのかということが大きな関心事とされている ハリウッドは 映画の成功について 利益を配分するシステムを発展させてきた しかし 映画の利益配分システムは複雑な構造であり 理解することが難しい それが原因で訴訟が起こることは少なくない 映画産業は 膨大な資金を動かす産業の1つである 世界中を席巻しているハリウッドにおいては 特にそれが顕著であるといえるだろう ハリウッドは マネー力学に支配された世界である それゆえ ハリウッドでの慣行 商習慣を認識 理解せずにこの世界に飛び込むことは非常に危険であり 言葉は悪いが いわば いい金づる ( もしくは使い勝手のいい才能 ) として利用されるだけになってしまう危険性がある と光永 (2011) は述べている 本計画書第 2 節では ハリウッドが利益配分システムを発展させるまでの歴史を述べ 第 3 節では 利益配分に関する意見の対立によって実際に起こった訴訟を紹介する そして第 4 節で ハリウッドにおける利益配分の本質を述べていく 2. アメリカ映画産業の構造の歴史現代の映画産業における交渉では 俳優が映画の経済的成功に関与することが可能である つまり 収益の一部を受け取ることができる 現代では 自身が出演した映画によって生じた収益の一部を受け取ることができるということは当たり前のことのように思われるが 俳優が自由に交渉できるようになり 収益の一部を受け取る権利をもったのは 1950 年代以降のことである 1920 年代から 1950 年代初頭のアメリカ映画産業では 少数の映画会社が寡占的に市場を支配しており 俳優が長期固定契約で雇われ スタジオによって支配されていた この当時のアメリカ映画産業の構造をスタジオ システムと呼ぶ スタジオ システムの支配を映し出した例として Daniels- Leedy-Sills(2006) は次のような例を挙げている 1942 年公開の Road To Morocco は 出演者である Bob Hope と Bing Crosbyが パラマウント社が私たちを守ってくれるだろう なぜなら私たちは 5 年の契約で雇われたからだ と口ずさんだ この台詞は 俳優の上にたったスタジオによる支 1
配を映し出している さらに 1939 年公開の Gone With the Wind 出演していた Clark Gableは 長い間世間に 役名の Rhett Butler として記憶されていた それは彼が演じたくない役であったが 1939 年当時 彼は多くの拘束とともに Metro-Goldwyn-Mayer 社との契約下にあったため 断ることができなかったのである 以上のように スタジオ システムの時代においては 俳優は長期契約によって雇われていたため 自由に交渉することはできなかった 1950 年代から スタジオ システムは崩壊の一途を辿った そのきっかけとなった出来事について Daniels- Leedy-Sills (2006) は次のように述べている 1950 年代初頭 ユニバーサル スタジオの元社長である Lew Wasserman は 前金を支払う余裕がなく Jimmy Stewartともめていた しかし 次の目玉作となる長編映画 Winchester 73の主役を Stewart に頼みたかったため Stewart のために成功報酬としての取り分を得ることによって解決したのである ここではじめて利益配分の概念が生まれた Winchester 73 以降 利益配分システムが急速に発達 順応 定着し アメリカ映画産業は新しい構造へと変化していった しかしながら 利益配分システムが実際にどのように働いているかを理解している人は非常に少ないと彼らは述べている 3. 利益配分契約から生じる対立利益配分に関する記述において 純利益 と 総利益 という用語が用いられる Daniels- Leedy-Sills(2006) は 純利益率は 純利益から必然的に支払われるべきであると考えられるが 契約書においては別の意味で 純利益 が定義されることがある そして 契約書と会計報告書の各条項に対する意見の不一致によって訴訟が引き起こされることがある と述べている 実際に起きた訴訟として Daniels- Leedy-Sills(2006) は Buchwald 裁判を挙げている これは 脚本家の Art Buchwald が 大ヒット作 Coming to America おいて 1990 年に Paramount Picturesに対して起こした訴訟である 光永眞久 (2011) によると 事の始まりは 1982 年に脚本家の Art Buchwald が Eddie Murphy を主演とした映画の本書き 1 を Paramount Pictures に売り込んだことである Paramount Pictures はその本書きに興味を示し Art Buchwald とオプション契約を結んだ その後 Paramount Pictures によって映画の製作が進められたが 1985 年に諸々の事情から製作が断念されることとなる 1986 年 別の映画会社である Warner Brosがその本書きについて Art Buchwald とオプション契約を結んだ しかし この頃から Paramount Picturesが製作を進めていた Coming to Americaという映画の内容が Art Buchwald の本書きの内容と似ていたため Warner 1 主要場面の構成やカメラ位置などの概略 粗筋がより詳しく書かれているが 完全な脚本 ではない 2
Bros は映画の製作を中止することとなる そして 1988 年 Paramount Pictures によって Coming to America が公開された しかし ストーリークレジットに Art Buchwald の名前は無かったため Art Buchwald は Paramount Picturesを相手取り 訴訟を起こすに至った 裁判の結果 Coming to America は Art Buchwald の着想をもとに製作されたと判断され Art Buchwald の勝利に終わる しかし この裁判の最大の争点は Art Buchwald が Paramount Picturesに売った着想からComing to Americaが製作されたかどうかに関してではなかった 最大の争点となったのは Art Buchwald への利益配分額である 両者は オプション契約の中で 純利益 (Net profit) に基づく利益配分を決めていたが Paramount 側は 映画が合計約 160,000,000 ドルもの収益を生み出しているにもかかわらず 契約に定められた計算方式に従うと 180,000,000 ドルの赤字となり Net profit はない と主張した 一方 Art Buchwald は 映画産業における純利益は 取引の中で適切なものを意味すべきであると主張した 最終的には Art Buchwald が勝利し Paramount Pictures に対する 150,000 ドルの損害賠償請求を認める結果に終わった しかしながら 上記に似た利益配分に関する別の裁判では 判決は正反対の結果に終わったものもある 大ヒット映画 Batman に関して起こった訴訟では スタジオ側の損害賠償責任は認められなかったことを Daniels- Leedy-Sills(2006) は紹介している ハリウッドにおいて 利益配分に関する言葉の定義 理解は曖昧な部分があるため 利益配分における 純利益 という言葉が指すものに対して意見が対立することがあるようである 両者間で同意のもとに契約が結ばれたにもかかわらず なぜ 後に訴訟問題にまで発展するような事態が起きるのだろうか それを理解するためには ハリウッド映画産業の会計報告書を読み取り ハリウッドに根付く利益配分の本質 仕組みを知る必要がある 4. 予算配分の状況 Daniels- Leedy-Sills(2006) によると 2004 年にスタジオが融資した映画は 製作費が平均して 6400 万ドルかかったそうである 他にも 国内の映画館にその映画を提供するために 印刷費や広告費として平均 3500 万ドルの投資が必要で 主要な配給業者は 映画館の席を埋めるために 毎年 15~20 の映画をリリースしなければならない それには最低でも 毎年 15~20 億ドルの投資金が必要とされる しかしながら 莫大な資金が必ずしもチケット売上につながるとは限らない ハリウッドの過剰宣伝などによって資金が不足すれば 何百万ドルもの投資は簡単に消えてしまうこともある スタジオは 以上のような映画事業のリスクを強く懸念しているため リスク共有の仕方を常に捜し求めている 3
表 1 製作予算の内訳 Above-The-Line ($) Below-The-Line ($) ストーリー 450,000 < 製作 > 脚本 2,175,000 エキストラ / 代役 795,000 プロデューサー 1,500,000 製作スタッフ 1,470,000 監督 4,950,000 美術部門 870,000 主演俳優 17,505,000 カメラ 1,425,000 助演俳優 1,425,000 セット構築 2,625,000 スタント 97,500 小型模型 1,140,000 付加給付 1,200,000 セット操作 1,275,000 移動 滞在 1,080,000 電気製品 1,080,000 Above-The-Line Total 30,382,500 特殊効果 270,000 着付け 990,000 小道具 撮影備品 435,000 アクション小道具 120,000 衣装 780,000 メイク ヘアメイク 510,000 音声 サウンド 345,000 輸送 2,100,000 ロケーション費用 2,550,000 画像加工処理 825,000 製作日報 525,000 経常費以下の移動費 1,065,000 付加給付 3,150,000 テスト 90,000 施設費 255,000 < 製作 > 総予算 24,690,000 < 製作後 > 編集 750,000 音楽 1,950,000 サウンド 645,000 映像資料 37,500 タイトル 82,500 印刷 折り込み広告 82,500 現像プロセス 360,000 付加給付 120,000 < 制作後 > 総予算 4,027,500 < その他の直接経費 > 管理費 390000 保険 300000 広報 宣伝 180000 付加給付 30000 < その他の直接経費 > 総予算 900000 Below-The-Line Total 29,617,500 総予算 60,000,000 ( 出典 :Daniels, Bill, David Leedy, and Steven D. Sills(2006)MOVIE MONEY に基づ き筆者作成 ) 4
表 1は 映画の製作予算の内訳の例を示している この例によると Above-The-Line と呼ばれる予算が全製作予算の 50% 以上を占めていることがわかる つまり 映画製作関係者 ( プロデューサー 脚本家 監督 俳優など ) に対して支払われる分が 予算の半分を占めているということである Daniels- Leedy-Sills(2006) は スタジオは いかに映画製作関係者に投資するお金を少なくするかということを常に考えており 利益配分は スタジオがリスクを共有するための方法の1つである と評している 卒業論文作成に向けてここまで アメリカの映画産業において 利益配分という概念が生まれた背景を歴史的に考察し その利益配分によって起こった対立 そしてハリウッドにおける予算配分の状況を紹介してきた なぜこのような対立が起こってしまうのか これらのことを踏まえ 卒業論文では ハリウッド アカウンティングという言葉に触れながら 利益配分の仕組みとその本質をより詳しく追求していく その際 既存の経済理論モデルと関連付けて研究を進めていけたらよいと考えている さらに 製作費用のなかの各項目について内容を研究し ハリウッドにおける利益配分の正当性について考えていく そして ハリウッドの映画産業の構造と 日本の映画産業の構造の違いの比較まで研究できれば進めていく 参考文献 Daniels, Bill, David Leedy, and Steven D. Sills(2006)MOVIE MONEY, Silman-James Press 光永眞久(2011) ハリウッド アカウンティングと大手スタジオの垂直統合 ~ 米国の判例から学ぶ~ 経済産業省 http://www.producerhub.go.jp/wp-content/uploads/2011/06/hollywood_accounting1.pdf 5