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アセット マネジメント 民間の自助努力が強調された OECD 年金報告 野村亜紀子 要約 1. 2007 年 6 月 経済協力開発機構 (OECD ) より 一目で見る年金 (Pensions at a Glance) と題する報告書が公表された 年金給付と退職前所得の比率である所得代替率など 8 つの指標に基づき OECD30 カ国の強制加入の年金制度を横比較している 2. 同報告では 各国の近年の公的年金改革も概観された 90 年以降 全ての OECD 諸国で何らかの年金改革が行われた 改革の内容は様々であるものの 過去の世代に比べて現役世代の年金の約束を引き下げるというトレンドが 共通のものとして指摘された 3. 公的年金に代わって役割が拡大しているのが 企業年金などの私的年金である 多くの諸国で 程度の差こそあれ確定拠出型年金へのシフトが観察されることから 報告書では OECD 平均並の年金を手に入れるために必要な確定拠出型年金への拠出率の試算が提示された 4. OECD 年金報告は より多くの国民が 自助努力により退職後の収入を確保できるような施策が 国際的にも重視されることを示唆している Ⅰ 30 カ国の年金制度を横比較する報告書 2007 年 6 月 経済協力開発機構 (OECD) より 一目で見る年金 (Pensions at a Glance 以下 OECD 年金報告とする ) と題する報告書が公表された OECD 加盟 30 カ国 1 の年金制度を横比較した内容で 2005 年の初版に次ぐ第 2 版である 同報告では 8 つの指標に基づき 公的年金を中心とする各国の強制加入の制度が比較されている 多様性に富む年金制度を統一基準で表現しているため 数値の解釈には注意を要するものの 国際的な横比較を試みている点は興味深い また 各国の近年の公的年金制度改革に触れ 私的年金による所得代替率引き上げの必要性が指摘されている 公的年金だけでなく 私的年金も合わせて退職後の収入 ( リタイアメント インカム ) を議論 1 30 カ国は オーストラリア オーストリア ベルギー カナダ チェコ デンマーク フィンランド フランス ドイツ ギリシャ ハンガリー アイスランド アイルランド イタリア 日本 韓国 ルクセンブルグ メキシコ オランダ ニュージーランド ノルウェー ポーランド ポルトガル スロバキア スペイン スウェーデン スイス トルコ 英国 米国 横比較の分析の後に 各国の制度概要をまとめている 138

民間の自助努力が強調された OECD 年金報告 するアプローチは 今後の方向性として示唆に富む点があると思われる Ⅱ 年金制度の状況 1. 年金制度の概念整理 OECD 年金報告では まず 各国の年金制度をめぐる概念整理が行われている 年金制度には通常 強制加入と任意加入の 2 つがあり 強制加入制度がさらに 所得の再分配機能を担う部分 (1 階 ) と 保険機能を担う部分 (2 階 ) に分けられる 1 階部分は 最低限の生活保障を目的とし 2 階部分は 現役時代との比較において一定の生活水準確保を目的とする 任意加入の 3 階部分は 職域経由で提供される場合と 個人が自主的に加入する場合とがある これらをさらに 提供者 ( 政府か民間か ) 給付の決定方法 ( 確定給付型か確定拠出型か ) で分類することができる 全ての OECD 諸国が 公的年金の形で 1 階部分を提供しており 所得審査付きの国もあるが 原則として全国民が対象である 他方 2 階部分は 確定給付型の公的年金が 30 カ国中 16 カ国と最も普及しているが スウェーデンのように確定拠出型の公的年金を提供する国や オーストラリアのように確定拠出型の私的年金がここに分類される国もある わが国は国民年金が 1 階 厚生年金の報酬比例部分が 2 階に該当する OECD 年金報告では 公務員等を除く民間セクター被用者に対し提供される強制加入の年金制度が分析対象となっている ただし 上述の概念整理に基づき 制度の提供者が民間の私的年金であっても加入が強制されるのであれば 強制加入年金に含まれる また 加入比率 ( カバレッジ ) が対象者の 90% 以上に達する私的年金も 強制加入制度に準ずるとして分析対象に入れられており デンマーク オランダ スウェーデンの職域年金がこれに含まれる この点は 通常 強制加入ということで想起される公的年金制度とは一致せず 数値を見る際には注意を要する また 同報告の目的が将来展望にあるということで 提示されているのは 2004 年以降の新規加入者のケースであり 近年の年金制度改革で まだ導入の途中段階にある措置については 完全に導入済みとして扱われている 2.8 つの指標に基づく横比較 30 カ国の強制加入年金制度の比較は 1 総所得代替率 2 純所得代替率 3 総年金見込額 4 純年金見込額 5 年金制度の累進性 6 年金 所得リンク 7 年金給付の加重平均 81 階と 2 階の比率という 8 つの指標に基づき行われている ( 以下 図表を随時参照 ) 139

図表 OECD 年金報告の分析結果 ( 一部諸国の抜粋 ) 総所得代替率 (%) 純所得代替率 (%) 総見込年金額 ( 倍 ) 純見込年金額 ( 倍 ) 年金給付加重平均 (%) 見込額加重平均 ( 倍 ) 0.5 1 2 0.5 1 2 0.5 1 2 0.5 1 2 オーストラリア 70.7 43.1 29.2 83.5 56.4 40.8 12.5 7.3 4.6 12.5 7.3 4.3 42.9 7.2 カナダ 75.4 43.9 22.2 89.2 57.4 30.8 11.5 6.7 3.4 11.5 6.6 3.3 41.6 6.4 フランス 63.8 51.2 44.7 78.4 63.1 55.4 11.5 9.2 8.0 10.8 8.1 6.6 50.1 9.0 ドイツ 39.9 39.9 30.0 53.4 58.0 44.4 7.2 7.2 5.5 6.2 6.3 4.2 36.9 6.7 日本 47.8 34.4 27.2 52.5 39.2 31.3 7.9 5.7 4.5 7.2 5.3 4.0 33.5 5.5 オランダ 80.6 81.9 82.6 97.0 96.8 94.8 14.9 15.1 15.2 13.5 12.3 10.5 81.8 15.1 スウェーデン 79.1 62.1 66.3 81.4 64.0 73.9 12.6 10.0 10.5 9.5 7.2 6.8 66.3 10.6 英国 53.4 30.8 17.0 66.1 41.1 24.0 8.0 4.6 2.5 7.9 4.5 2.5 30.0 4.5 米国 55.2 41.2 32.1 67.4 52.4 43.2 7.9 5.9 4.6 7.9 5.7 4.3 40.2 5.7 OECD 平均 73.0 58.7 49.2 83.8 70.1 60.7 11.8 9.4 7.8 10.9 8.1 6.2 57.5 9.2 ( 注 ) 男女差がある場合は 男性のデータを掲載 所得代替率と年金見込額は 所得が平均値の人が 1 とされ 所得が平均の 0.5 倍 2 倍のデータも掲載 ( 出所 ) OECD, Pensions at a Glance, June 2007 より野村資本市場研究所作成 1) 所得代替率 (1 2) 所得代替率とは 年金給付を退職前所得で除した比率である 現役時代の所得と比べてどの程度の年金給付を得られるかを示しており 年金制度の充実度を見る際の 代表的な指標の一つである OECD 年金報告では 税金及び保険料支払い前の所得を用いた 総所得代替率 と それらの支払い後の 純所得代替率 の 2 種類が提示されている 一般に 退職後の方が税金等の支払いは少ないので 総所得代替率よりも純所得代替率の方が高くなる 所得や年金の計測単位は 世帯ではなく個人である また 所得層ごとに所得代替率を提示している ( 退職前所得が平均 平均の半分 2 倍など ) 強制加入年金に所得再分配機能が組み込まれているので 多くの諸国で所得の高い人ほど年金の所得代替率が低くなっている 総所得代替率の OECD 平均は 退職前所得が平均値の人の場合 58.7% だった また 純所得代替率の OECD 平均は 70.1% だった わが国は総所得代替率 34.4% と純所得代替率 39.2% だったが 前述の通り 本報告書の強制加入年金には公的年金以外も含まれるので これらの数値を以て公的年金の充実度を論ずるのは適切ではないであろう 2 OECD 報告ではさらに 多くの人々の年金加入期間は 基本設定の 20 歳から退職年齢 ( ほとんどの国で 65 歳 ) までの 45 年前後よりも短いという現実に鑑みて 25 歳加入の場合の総所得代替率も提示されている (OECD 平均 54.1%) また 8 カ国で確定拠出型年金が導入されていることから 投資収益率が基本設定の実質 3.5% 以外のシナリオ (1~6%) も提示されている 2 なお わが国の 2004 年公的年金改革では 少子高齢化の進行を年金給付額の調整に反映させる制度改正が行われ その結果 純所得代替率が 2004 年当時の 59% から 2023 年に 50% まで低下すると想定されたが この代替率は単位が個人ではなく モデル世帯 ( 配偶者の片方が公的年金に 40 年加入 もう片方が被扶養者として 40 年加入の世帯 ) である 140

民間の自助努力が強調された OECD 年金報告 2) 年金見込額 (3 4) 年金見込額とは 全給付期間にわたる年金給付額の現在価値である すなわち 退職年齢 平均余命 年金給付のインフレ調整を用いて 加入者にとっての給付総額を一時金換算したものである OECD 年金報告では 総年金見込額と純年金見込額が 退職前所得の何倍に当たるかで 国際比較を行っている 例えば 所得代替率が他国に比べて低くても 平均余命が長く 給付期間が他国よりも長い国の場合 生涯にわたる給付総額は実は高いこともあり得る 所得代替率に加えて 年金見込額を見ることで 年金制度の充実度をより包括的に捉えることが可能になる 総年金見込額と退職前所得の比率の OECD 平均は 9.4 倍だった ( 退職前所得が平均値の男性のケース ) 純年金見込額の場合の OECD 平均は 8.1 倍だった わが国はそれぞれ 5.7 倍 5.3 倍だった 3) 強制加入年金の目的 (5 6) OECD 諸国の強制年金は 所得の再分配機能と保険機能のどちらを強調するかにおいて 実に多様である OECD 年金報告では このような強制加入年金の目的の違いを 年金制度の累進性 と 年金 所得リンク の 2 つの指標により提示している 年金制度の累進性は 所得水準に関わらず定額を給付する基礎年金スキームを 100% 退職前所得の一定割合を給付する保険スキームを 0% とする形で指数化されている OECD 平均は 37.5% だった 報告書では この水準の高低は制度の良し悪しを意味するものではなく 各国の強制加入年金の目的の違いを反映しているに過ぎないと指摘された 年金 所得リンクは 各所得層の 相対的年金水準 と退職前所得を対比させる形で提示されている 相対的年金水準とは 年金給付を一国全体の平均所得で除した比率である 所得代替率との違いは 分母が各所得層の退職前所得ではなく国全体の平均所得である点で 定額給付の場合は どの所得層も同じ数値になり 退職前所得に連動して給付額が決まる場合は 所得層が高くなるにつれて この数値も高くなる OECD 年金報告では 強制加入年金の目的に応じて 30 カ国を 6 つのグループに分け 縦軸に相対的年金水準 横軸に所得層を取りグラフ表示している 4) 年金給付と年金見込額の加重平均 (7 8) 一般に 所得の分布には歪みがある 必要データの取得可能な OECD18 カ国では 所得の最頻値 ( モード ) は平均値の約 3 分の 2 中央値( メジアン ) は平均値の 80~ 85% であり 多くの人々が平均よりも低い所得を得ていることが分かる 年金給付 ( 退職時の年間給付額 ) の加重平均とは 所得層ごとの年金給付に対し 所得の分布に基づくウェイト付けを行ったものである 上述の歪みがある以上 一般 141

に年金給付の加重平均は単純平均よりも低くなる OECD 年金報告では 年金給付加重平均を 平均所得で除した比率を提示している この比率の OECD 諸国の平均は 57.5% だった 同様に 年金見込額 ( 全給付期間にわたる総額の一時金換算 ) の加重平均が 平均所得の何倍かを提示しており こちらの OECD 平均は 9.2 倍だった ( 男性 ) 最後に 各国において 年金見込額の加重平均に対し 年金制度の 1 階と 2 階が何割ずつ貢献しているかが提示されている OECD 平均は 1 階が 22.5% 77.6% だった Ⅲ 近年の年金改革と私的年金の役割 1. 公的年金改革の方向性 OECD 年金報告では 強制加入年金の分析に次いで 90 年以降に各国で行われた公的年金改革の紹介と 私的年金の役割について記述されている 90 年以降 全ての OECD 諸国において何らかの年金改革が行われたが 中でも 17 カ国においてはフルタイム被用者一般に影響を及ぼすような本格的な改革が行われた OECD 年金報告では 主な改革の項目として 給付開始年齢の引き上げ 退職の先延ばしを奨励する施策 給付算定に用いる所得の変更 ( 最も高い数年間の平均から生涯平均へ ) 退職前所得のインフレ調整方法の変更 ( 賃金上昇率から物価上昇率へ ) 確定拠出型年金導入 ( 平均余命伸長への対策として ) 年金給付の調整方法の変更( 賃金上昇率から物価上昇率へ ) 公的年金の事前積立強化( 賦課方式から積立方式への変更の代替策として ) 拠出率の変更が挙げられた さらに 改革のインパクトが 所得代替率 公的年金と私的年金のバランス 年金見込額などに与える影響が分析された OECD 年金報告では 年金改革のインパクトは 国家財政の観点のみならず 社会的側面や所得分配への影響なども含めて論ぜられる必要があると指摘された その上で 各国の改革の内容は多種多様であるが 過去の世代に比べて 現役世代に対する年金の約束を引き下げるという基本トレンドは明確である とされた 例えば 主要な公的年金改革が行われた 16 カ国では 平均的な年金見込額は 改革前の 10.7 倍から 8.4 倍に低下した (22% 減 ) 2. 拡大する私的年金の役割 上記の分析を受けて OECD 年金報告では リタイアメント インカムの制度の国際分析を行うに当たっては 老後の所得のために重要であり 拡大している私的年金を無視することはできない としている 私的年金が強制加入年金の一部を担う国もあれば 任 142

民間の自助努力が強調された OECD 年金報告 意加入の私的年金が被用者の 40% 以上をカバーする国もあり 私的年金の位置付けも様々だが 本報告では 任意加入の私的年金を主に取り上げている 具体的には 強制加入年金の総所得代替率が OECD 平均の 58.7% 以下の諸国について 平均との差異である 退職積立ギャップ を私的年金により補足する方策を議論している その際 多くの諸国で 程度の差こそあれ 確定給付型年金から確定拠出型年金へのシフトが観察されることを理由に 確定給付型年金ではなく確定拠出型年金により 退職積立ギャップを補うには何パーセントの拠出が必要かといった分析を行っている この必要拠出率を左右する要素としては 公的年金の加入期間と給付期間がある 前者が長いほど退職積立ギャップは小さくなり 後者が長いほどギャップは大きくなる わが国に必要な拠出率は 6.7% で 英国の 6.9% に次ぐ水準だった 3 位がアイルランドの 6.4% だったが 同国は退職積立ギャップの大きさがわが国よりも大きいものの 平均余命が短いため 必要拠出率はわが国より低かった なお これらの数値は 私的年金への加入を全期間とし 確定拠出型年金の実質リターン 3.5% を前提としている 報告書では 加入期間が 5~20 年短かった場合の拠出率 実質リターンが 2~5% の場合の拠出率も提示されている OECD 年金報告では 現状では退職積立ギャップが無視し得ない水準にあること ギャップを埋めるために人々の行動を促す伝統的なインセンティブは税制優遇であるが 最も活用の進む米国などの諸国でも加入率は 50% であることなどを踏まえ 私的年金による積立を奨励する新たなアプローチとして 行動経済学に学ぶ必要性を挙げている すなわち 人々が脱退しない限り加入させられる ソフトな強制 の発想である OECD 年金報告では これらの年金政策におけるイノベーションを 一目で見る年金 の将来の版では観察して行きたいとして 国際比較に関する章を結んでいる Ⅳ おわりに 繰り返しになるが OECD 年金報告では 強制加入年金に公的年金だけでなく私的年金が含まれる場合もあるなど 純粋な公的年金の議論には使いづらい面もある また 近年の年金改革を経て 多くの諸国で所得代替率や年金見込額が低下したが 年金制度の持続可能性は向上したはずであり そのどちらを重視するのが適切かは 一概に言えない 所得の再分配 高齢者の貧困排除と 退職前の生活水準の維持のいずれの目的を重視するかも 国により様々であって然るべきと言える さらに 年金制度以外にも老後の生活を支える制度として 医療保険や介護保険があり これらの充実度も 本来であれば年金制度のあり方を規定する重要なファクターであろう このように 国際的な横比較の難しさは色々とあるが そのような中で 私的年金の役割が増していることを指摘し とりわけ任意の私的年金で拡大基調にある確定拠出型年金に焦点を当てたのは 今回の年金報告の重要なメッセージの一つと言える 143

また OECD 年金報告で 強制加入年金に敢えて一部の私的年金も含められたことは 考えようによっては 公的年金と私的年金の境界線が曖昧になっていることの現れとも捉えられる 個人の視点に立てば 公的年金と私的年金のどちらが資金源であれ 両方を合わせて 十分なリタイアメント インカムを得られることが重要と言える 3 OECD 年金報告は 今後の年金政策をめぐる国際的な議論において 民間レベルの自助努力拡大の必要性に基づき いかに多くの国民が早い段階から行動する形に持って行くか が一つのポイントとなることを示すものだったと言える 3 ちなみに わが国の確定給付企業年金法及び確定拠出年金法では それぞれの目的が 国民の高齢期における所得の確保に係る自主的な努力を支援し 公的年金の給付と相まって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与すること と規定されている 144