高齢者と慢性運動器痛 性では 70% にみられ 全体として 2500 万人程度存在すると推測されている 女性に多いことと加齢とともに有病率が増加することが明らかであり 80 歳以上の女性では実に約 80% の方が X 線学的 OAを有する ( 図 1) X 線学的 OA があっても痛み症状を有するも

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高齢者と慢性運動器痛 高知大学医学部整形外科教授 池内昌彦 Ⅰ. はじめに 加齢に伴う運動機能の低下により 高齢者の生活の自立は危うくなる ( ロコモ ) 二本足歩行をする人間にとって膝や股関節といった下肢の大関節は 立位や歩行などの下肢機能において最も重要な役割を果たしている 未曾有の超高齢社会を迎えた現在 ロコモを予防し健康寿命を延伸することが喫緊の課題となっている 高齢者個人にとっても健康長寿は最大の関心事であり 最期まで自分の足で歩きたい と誰しもが希望する 高齢者にみられる膝 股関節痛をきたす疾患の多くは 関節の変性を基盤に発症する変形性関節症 (OA: Osteoarthritis) であり ロコモの原因となる代表的疾患である OAは 関節軟骨の変性摩耗と続発する関節構成体 ( 骨や滑膜 ) の増 殖性変化を特徴とする疾患である 外見上または画像検査上で OAを認めても ほとんど症状がなく下肢機能が維持されていることも少なくない 問題になるのは痛みの訴えがある症候性 OAであり 痛みのため立位や歩行が困難になる 現在 変性した関節軟骨を再生する確かな治療法はない 将来的に新しい技術によって本疾患を根治することが可能になる可能性はあるが 現状では痛みを訴える膝 股 OAの症状を和らげて下肢機能を維持することが重要である 本稿では膝 股 OAの痛みに注目して その疫学 病態および治療法について概説する Ⅱ. 疫学 本邦の地域住民を対象にした膝 OAの横断的疫学調査 1) によると X 線検査で検出される X 線学的膝 OA は60 歳以上の男性で 47% 女 プロフィール Masahiko Ikeuchi 最終学歴 1995 年高知医科大学医学部卒主な職歴 1999 年細木病院 2001 年東京逓信病院 2002 年高知赤十字病院 2007 年 University of Iowa 2009 年高知大学専門分野膝関節外科 筋骨格系疼痛 人工関節 スポーツ医学現職高知大学医学部整形外科教授 87

高齢者と慢性運動器痛 性では 70% にみられ 全体として 2500 万人程度存在すると推測されている 女性に多いことと加齢とともに有病率が増加することが明らかであり 80 歳以上の女性では実に約 80% の方が X 線学的 OAを有する ( 図 1) X 線学的 OA があっても痛み症状を有するものは約 1/3 であり 医療機関を受診する可能性のある症候性膝 OA 患者数は約 800 万人と推計されている 同じ地域コホート研究による股 OA の疫学調査 2) では 成人男性の18% 女性の14% にX 線学的股 OA を認め このなかで痛み症状を有するものは男性 0.29% 女性 0.99% である 膝 OAと比べると患者数は少ないものの機能障害が高度であり 股 OA 患者は医療機関を受診することが多い 膝 OAと異なり股 OAの有病率は加齢との関係に乏しい このことは 後述する病態が股関節と膝関節で異なることに起因すると考えられる Ⅲ. 病態 OAは多因子疾患であり OAの原因となる疾患が見出せないものを一次性 OA 何らかの疾患に続発して発症するものを二次性 OA と分類する 膝 OAの多くは一次性 OAであり 肥満 遺伝 外傷などが危険因子とされ加齢の影響を強くうける 一方 股 OAの多くは発育性股関節形成不全や臼蓋形成不全に起因する二次性 OA である 図 2 右のように臼蓋形成不全があると 正常股関節と比べて関節軟骨の一部に過大な荷重負荷がかかり早期に OA に至る OA は関節軟骨が変性磨耗する疾患であるが 関節を構成する組織 ( 図 3) のうち関節軟骨と半月板の中心部だけが神経支配をうけない したがって痛みを発生しているのは軟骨以外の組織である 近年 痛みと関連の深い病態として 滑膜炎と骨髄病変が注目されている 滑膜は血管分布が多く神経支配が豊富な組織 図 1 X 線学的変形性膝関節症の年齢別有病率 ( 文献 1 から作図 ) 88

高齢者と慢性運動器痛 である 磨耗して生じた軟骨細片の貪食により二次性に炎症を起こした滑膜で痛みは発生しやすい 骨髄病変とは X 線像では検出不能で M R I をとって初めてわかる病変である ( 図 4 ) 軟骨が磨耗して衝撃吸収能が低下した部分に 荷重負荷が集中すると骨髄病変が生じるため 軟骨の下の骨組織の微小骨折とも考えられている 骨由来の痛みはかなり強く 保存治療に反応しないことが少なくない 図 2 正常股関節 ( 左 ) と臼蓋形成不全股 ( 右 ) の X 線像 図 3 膝関節のシェーマ ( 横からみたところ ) 89

高齢者と慢性運動器痛 Ⅳ. 症状 股 OAの痛みは 大腿前面や膝に放散することがよく知られている ときに股関節自体にあまり症状がなく膝の痛みが目立つ症例もあり 膝疾患と見誤りやすい また 殿部に痛みが放散し坐骨神経痛と見誤られることもある 図 5 は当科で経験した股 OA 由来の痛み (36 関節 ) の拡がり方をパターン別に図示したものである 3) 全例人工関節手術を受けてこれらの痛みは消失している 膝 OAの痛みは比較的膝に限局しやすいが ときに大腿や下腿に放散することもある O 脚を呈する膝 OAでは 膝の内側だけに痛みが限局すると思われがちであるが 痛みには拡がりがあり部位によって痛みを誘発する動作が異なる 内側型膝 OAの患者は歩行時に内側の痛みを訴えることが多い 膝 図 4 骨髄病変 ( 矢印 ) X 線像では不明 MRI で初めて検出可能 図 5 変形性股関節症患者にみられる痛みの拡がり ( 文献 3 より引用 ) 90

高齢者と慢性運動器痛 内側には圧痛を伴うことが多く診断の際に重要なポイントとなる 痛みを訴える部位として膝内側の次に多いのが膝の裏 ( 膝窩 ) である 膝窩の痛みは膝の屈伸時に生じることが多く 圧痛は伴わないという特徴をもつ ( 図 6) 4) 大きな可動性を有する股 膝関節に動きの制限 ( 拘縮 ) が生じると 体の別の部位でその動きを代償することになる 特に関節自由度の高い股関節に拘縮や亜脱臼による短縮があると 腰椎や膝に影響が出ることが少なくない 図 7 は 両股関節の脱臼と内転拘縮 ( 股を開けない ) のため 両膝にX 脚変形を来たした症例の全下肢 X 線像である 本症例では股関節よりも膝関節の痛みを訴えていた Ⅴ. 診断 臨床症状と X 線検査によって比較的容易に診断される 臨床症状としては 痛み 腫れ こわばり 動きの制限 関節運動に伴う雑音 変形などがみられる 特に膝 OAでは O 脚を呈 することが多く 外見だけで膝 OA の存在は明らかである ( 図 8) X 線所見としては 関節裂隙の狭小化 骨棘形成 軟骨下骨の硬化像や骨嚢胞などがみられる ( 図 9 ) また 先述したように痛みに関係の深い滑膜炎と骨髄病変は X 線像では検出できないため 超音波検査やMRI 検査がときに有用である さらに MRIでは関節軟骨の質的 量的評価も可能となってきている Ⅵ. 治療 OAの進行度と痛み症状は相関しないことが多い 治療方針は画像所見だけで決めるのではなく 痛みや機能障害の程度 患者の年齢や活動性などを勘案して総合的に判断する たとえ進行した OA 症例であってもすぐに手術を行うのではなく まず保存療法を行う 保存療法は 患者教育 生活指導 運動療法 装具療法などからなる非薬物療法と薬物療法の2 つに大別される 非薬物療法は最も基本的です 図 6 O 脚を呈する変形性膝関節症患者にみられる痛みの部位と特徴 ( 文献 4 より引用 ) 91

高齢者と慢性運動器痛 べての OA 患者に推奨すべきcore treatments である 患者の訴えに応じて安易に鎮痛薬を追加処方しがちであるが 積極的に非薬物療法を実践することによって軽快することも少なくない 非薬物療法で改善しない場合は薬物療法を追加し それでも効果に乏しい場合に手術療法を考慮するのが一般的である 1. 非薬物療法 1) 患者教育 生活指導患者教育および生活指導は OAの症状を緩 和するのに有効である 教育によって病識が向上すると 生活指導も実践されやすい 生活指導としては しゃがみこみや正座など関節への負荷が大きい動作を避けること 肥満の場合には体重管理 鎮痛薬の適正使用 歩行補助具の使用などを行う 2 ) 運動療法運動療法は非薬物療法のなかでも中心とすべき治療である 症状緩和だけでなく機能障害の改善効果も見込める 関節周囲の筋力訓練 有酸素運動 関節可動域訓練の3 種類の運動を組み合わせる 筋力訓練として 膝 OA では膝伸展筋 ( 図 10) 股 OAでは股関節外転 図 7 両側股関節の脱臼と内転拘縮のため著明な X 脚を来たした症例 図 8 O 脚 ( 内反変形 ) を呈した変形性膝関節症 92

高齢者と慢性運動器痛 筋の訓練が最も重要である 有酸素運動として週に 3 回 30 分程度の散歩 自転車こぎなどが推奨される 陸地で歩くと痛くて続けられない場合は 浮力を利用できるプールでの歩行がよい 3 ) 装具療法膝 OAで歩行時に膝が横ぶれする場合は膝装具を装着する O 脚の場合は外側楔状足底 板が有効で 股 OAのため脚の長さが左右で異なる場合には足底板や靴で補高するとよい 2. 薬物療法非ステロイド性消炎鎮痛剤 (NSAIDs) アセトアミノフェン トラマドール オピオイドなどが OAの治療に使われる NSAIDs 一辺倒であった従来と比べると 選択肢が増えたものの新規薬剤固有の副作用があり それぞれの薬剤の特徴を熟知しておく必要がある また これらの薬物療法はあくまでも対症療法であり OA の病期進行を遅らせる効果はないことを銘記しておく必要がある 外用剤およびヒアルロン酸の関節内注射は膝 OA で有効であり各種ガイドラインで推奨されている 図 9 変形性膝関節症の X 線像 3. 手術療法保存療法が奏功せず痛みが強く残る場合に手術療法が検討される しかし 痛み症状だけで手術療法の適応が決められるわけではない 関節が動かない ( 可動域制限 ) ことによる日常生活動作の低下や脚の長さの不均衡からくる歩行障害などの機能障害にも目をむけなければいけない OA は慢性に経過する疾患であり 患者の生涯にわたってのライフスタイルを考 図 10 膝伸展筋訓練 ( 下肢伸展挙上訓練 ) 5) 仰向けに寝て 片方の膝を直角に曲げ もう片方の脚を膝伸展位で床から10cmの高さまでゆっくりと上げる 5 秒間静止し その後ゆっくりとおろす 10 ー 20セット行う 93

高齢者と慢性運動器痛 慮して手術療法の適応について慎重に検討する とくに 後述する関節温存を目的とする手術療法は 時期を逸することなく適切なタイミングで施行することが望まれる 1) 関節温存手術膝 OAで内側の関節軟骨が磨耗し O 脚 ( 内反変形 ) になると 荷重線は内側に寄ってさらに内側の関節軟骨に負荷が増える これを是正するために矯正骨切りを行い 荷重線を健常な外側に移動させる治療が高位脛骨骨切り術である ( 図 1 1 ) 股 OAは臼蓋形成不全を基盤に進行することが多いため 寛骨臼を骨切りして外側に回転させて大腿骨頭の被覆率を上げる寛骨臼回転骨切り術が行われる いずれの方法も除痛効果に加えて OA 進行予防効果が期待できる 一般に変形が高度になると関節温存手術は適応外となる 2) 人工関節置換術高度に変形した関節にも対応可能な手術で 著明な除痛 機能改善効果が得られ 費用対効果にも優れている 感染 深部静脈血栓症 ゆるみ 人工関節周囲骨折などの問題点があるものの 一般的に15 20 年以上におよぶ長期成績も良好である の 治療の主体は運動療法を中心とした非薬物療法であり より積極的なアプローチが望まれる また 下肢機能を維持するためには手術を要する患者も少なくない 必要な患者に適切なタイミングで手術療法を適用する関節外科医の専門的視点も重要である Ⅶ. おわりに 超高齢社会において ロコモを予防し健康寿命を延伸することが喫緊の課題である このため ロコモをきたす代表的疾患である股 膝 OA の予防や治療がこれまでにも増して重要となっている 現時点で変性磨耗した関節軟骨を復元することは不可能であるため 治療の主体は痛み症状の緩和とOA 病期の進行予防になる 近年 OA に使用可能な鎮痛薬が増えたもの 図 11 O 脚を呈した変形性膝関節症 ( 左 ) と高位脛骨骨切り術後 ( 右 ) 直線は荷重線 94

高齢者と慢性運動器痛 文献 1)Muraki S, Oka H, Akune T, Mabuchi A, En-yo Y, Yoshida M, et al.:prevalence of radiographic knee osteoarthritis and its association with knee pain in the elderly of Japanese population-based cohorts: the ROAD study. Osteoarthritis and cartilage / OARS, Osteoarthritis Research Society. 2009; 17: 1137 43. 2)Iidaka T, Muraki S, Akune T, Oka H, Kodama R, Tanaka S, et al.:prevalence of radiographic hip osteoarthritis and its association with hip pain in Japanese men and women: the ROAD study. Osteoarthritis and cartilage / OARS, Osteoarthritis Research Society. 2015. 3) 川田倫子, 牛田享宏, 池内昌彦, 川上照彦, 山中紀夫, 池本竜則, et al.: 股関節疾患における関連痛に関する臨床的検討. PAIN RESEARCH. 2006; 21: 127 32. 4)Ikeuchi M, Izumi M, Aso K, Sugimura N, Tani T.:Clinical characteristics of pain originating from intra-articular structures of the knee joint in patients with medial knee osteoarthritis. SpringerPlus 2013; 2: 628. 5) 千田益生.: 高齢者の変形性膝関節症と運動療法 有効性と限界 運動療法の有効性と限界 RCT からみた考察. 臨床スポーツ医学 2011; 28: 655 60. 95