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覚せい剤事犯者の処遇効果に関する研究の現状と課題 1) 勝田聡 2) 羽間京子 3) 1) 法務省保護局 2) 千葉大学大学院人文社会科学研究科 3) 千葉大学教育学部 A review of studies on the effectiveness of treatment for offenders of stimulants: Current status and future issues KATSUTA Satoshi 1) 2), HAZAMA Kyoko 3) 1) Rehabilitation Bureau, Ministry of Justice, Japan 2) Graduate School of Humanities and Social Science, Chiba University, Japan 3) Faculty of Education, Chiba University, Japan 19

要旨日本においては 覚せい剤事犯者は再犯率が高い 薬物事犯者の効果的な保護観察のあり方を探求するためには 保護観察における覚せい剤事犯者処遇プログラムの効果についての実証的研究が不可欠である 本論文は 先行研究の調査の結果 次の 3 点を指摘した 1) 欧米諸国では 薬物の再使用や再犯の追跡調査が行われてきたが 結果は一定していない 2) 日本では 保護観察対象者に関する実証研究はなされていない 保護観察以外の分野での実証研究では 質問紙で測定した動機づけや自己効力感の変化を検証しているものがほとんどであり かつ 明確な結果は示されていない 3) 覚せい剤事犯者の特徴を調査した研究はあるが 検証はなされていない 今後は 日本の保護観察対象者について 再使用や再犯の状況を追跡調査し 実証的な検証を行うことが必要である Abstract In Japan, recidivism rates of offenders of stimulants are extremely high. To explore effective ways to treat drug offenders placed on probation or parole, it is essential to conduct quantitative empirical research that examines the outcomes of stimulant offender treatment programs for those on probation and parole. Through a literature review on the effectiveness of treatment for drug offenders or abusers, we find three points. 1) In Western countries, while several follow-up studies on recidivism rates of drug offenders have been conducted, the research findings are inconsistent. 2) In Japan, no research has examined the outcomes of treatment programs for offenders of stimulants who are on probation or under parole supervision. Although some researchers in psychiatric fields have investigated the effectiveness of drug abuse treatment programs by administrating questionnaires to measure the changes in their patients motivation and self-efficacy, the results of these studies are unclear. 3) While there are studies that have investigated the characteristics of stimulant offenders on 20

probation or under parole supervision in Japan, the results have not been examined using statistical methods. Accordingly, the present study indicates that follow-up studies of stimulant offenders on probation and/or parole and quantitative empirical research on the outcomes of treatment programs for those on probation and/or parole must be conducted in Japan. キーワード : 覚せい剤事犯者処遇プログラム (stimulants offender treatment program) 保護観察 (probation and parole) 認知行動療法 (cognitive behaviour therapy) 動機づけ (motivation) 自己効力感 (self-efficacy) 連絡先著者 : 勝田聡 (katsuta@chiba-u.jp) 21

1. 問題と目的 覚せい剤取締法 ( 昭和 26 年法律第 252 号 ) に違反して 刑に処せられた人 ( 以 下 覚せい剤事犯者 ) は再犯に至ることが多い 法務省法務総合研究所 (2009) によれば 刑事施設から出所した受刑者については 満期釈放者の 55.1% 仮 釈放者の 32.2% が 5 年以内に再入所しているが 覚せい剤事犯者の場合は 満 期釈放者の 62.7% 仮釈放者の 43.0% にのぼっている 法務省保護局は 覚せい剤事犯者の再犯防止のために 専門家の助言を得て 認知行動療法の考え方を取り入れた覚せい剤事犯者処遇プログラムを開発し ( 注覚せい剤事犯者の仮釈放者及び保護観察付執行猶予者を対象とした保護観察 1) の処遇の方法の一つとして 2008 年 6 月から全国の保護観察所において同プ ログラムを実施している 覚せい剤事犯者処遇プログラムの中心は 5 回の教育課程であり 保護観察官 が ワークブックを利用して行う 具体的には 保護観察対象者に 覚せい剤 の再乱用の危険性を高める考え方 環境 身体的 心理的な兆候を自覚させ 再乱用の危険性の高い状態を回避できるように指導助言するものである 保護 観察対象者は保護観察所に出頭し 覚せい剤の不使用を確認するための簡易尿 検査を受けるとともに 各課程を受講する 同プログラムは遵守事項によって 受講が義務付けられており 不受講は刑事施設への収容を伴う措置の可能性が あるという意味で 強制的なものである 同プログラムは開始後 5 年を経過し たところであり 実務経験が積み重ねられてきた 2013 年 6 月 第 183 回国会において 刑法等の一部を改正する法律 ( 平成 25 年法律第 49 号 ) 及び薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に 関する法律 ( 平成 25 年法律第 50 号以下 薬物法 ) が成立し 公布された これらの法律により 刑事施設への初入者等を対象とする刑の一部の執行猶予 制度を実施することとなり 加えて 薬物使用等の罪を犯した人 ( 以下 薬物 事犯者 ) については 累犯者であっても刑の一部の執行猶予制度を適用し そ の再犯防止を図ることとなった 刑の一部の執行猶予制度の適用を受けた保護 観察対象者には 最短 1 年から最長 5 年の期間にわたる長期間の保護観察を実 施し 改善更生を図ることとなる この制度改正に伴い 更生保護法 ( 平成 19 年法律第 88 号 ) も改正されており 薬物事犯者については 保護観察の実施方 22

法に関する規定が新設された 具体的には 薬物法による保護観察対象者のみならず すべての薬物事犯者の保護観察対象者の処遇において 規制薬物等の依存の改善のために 関係機関と連携して保護観察を実施することが明示されている ( 改正後の更生保護法第 65 条の 2) 刑の一部の執行猶予制度の施行は公布後 3 年以内と規定されており 施行を見据え 覚せい剤事犯者を含む 薬物事犯者の保護観察処遇を強化する必要がある このような情勢を踏まえると 覚せい剤事犯者の効果的な保護観察処遇のあり方について探求することが 喫緊の課題と言える そして その探求の基盤となる実証研究 特に 処遇の効果に関する統計的検証が不可欠である そこで 本稿は 海外の先行研究の状況を踏まえ 現時点における日本の覚せい剤事犯者についての処遇効果に関する先行研究を調査し 今後の研究課題について考察する なお 本来 覚せい剤事犯者又は薬物事犯者とは 覚せい剤取締法違反又は薬物の規制に関する法令違反によって 刑事司法手続を受けた人を指す 医学的治療や福祉的援助の対象となる薬物依存の患者等は必ずしも刑事司法手続を受けているとは限らないが 本論文では 刑事司法手続の有無に関わらず 覚せい剤事犯者又は薬物事犯者と呼ぶこととする 2. 文献調査の結果 2.1 欧米諸国における薬物事犯者の処遇プログラムの効果検証欧米諸国においては 薬物事犯者のプログラムの効果について 再使用や再犯の有無を検証した研究が行われてきている たとえば Pearson & Lipton (1999) は 1968 年から 1996 年までに報告された 2,176 研究のメタアナリシスを行い 薬物事犯による刑事施設収容者及び保護観察対象者 ( いずれも少年を含む ) の再使用の有無について検証した その結果 治療的コミュニティ (Therapeutic community) を受けた人には効果が認められたが ブートキャンプや薬物に焦点を当てたグループカウンセリングを受けた人には効果が認められなかった ( 注 2) Pearson, Lipton, Cleland, & Yee (2002) は 1968 年から 1996 年の間に報告された刑務所 仮釈放 保護観察における薬物事犯者への処遇効果についての 69 23

の研究のメタアナリシスを行った その結果 行動療法と認知行動療法による処遇が再犯率の減少と関係があることを示した Prendergast, Podus, Chang, & Urada (2002) は 1965 年から 1996 年までに行われた 78 の犯罪者を含む薬物処遇の研究のメタアナリシスを行い 薬物処遇の受講によって 薬物の再使用や再犯が有意に減少していることを指摘した Mitchell, Wilson, & MacKenzie (2012) は 1980 年から 2011 年の刑務所における薬物処遇の 74 の効果検証のメタアナリシスを行った結果 約 15% から 17% の再使用の減少を認めた 加えて プログラムの種別によって効果が異なることを見出した 具体的には 治療的コミュニティは効果が高く カウンセリング 薬物維持プログラム (narcotic maintenance program) は効果が明らかではなく ブートキャンプにはほとんど効果が見られなかった 2.2 日本における覚せい剤事犯者を対象としたプログラムの効果に関する研究 2.2.1 先行研究の概要日本の保護観察所で行われている覚せい剤事犯者処遇プログラムの効果については 生駒 (2011) が 同プログラムにおいて認知行動療法を用いることによって 薬物使用から離れる選択をする可能性が高まり 副次的に 薬物事犯者に対する共感的な理解が示されることによって 再使用を踏みとどまる動機づけを高めるといった効果があると述べているが 実証的な検証はなされていない なお 同プログラムに関する先行研究はこの文献以外にはない 保護観察所以外で行われている 認知行動療法の考え方を用いた薬物事犯者を対象としたプログラムの効果については 次のような実証研究がなされている まず 森田 末次 嶋根 岡坂 清重 飯塚 岩井 (2007) は 欧米のマニュアルを参考にした認知行動療法によるプログラムを作成し 茨城ダルク ( 注 3) において同プログラムを実施した 10 人と 同ダルクで通常実施されている 12 ステップのミーティングを受けた 10 人とを比較した この研究では 自己効力感に着目し 検証のために 自己効力感スケールを開発している このスケールは 2 種類の質問紙 すなわち 1) 薬物使用を回避できる 周囲に相談するなどの適切な対応を取ることができるかなどの一般的な質問に対して あてはま 24

るかどうかを 5 段階で回答する 5 項目の質問紙と 2) 薬物使用を誘われた時 疲れた時などの特定の場面において 薬物を使わない自信の程度について 7 段階で回答する 11 項目の質問紙からなる 検証の結果 同プログラムを実施した群のほうが 通常のプログラムを受けた群よりも 自己効力感が有意に高かったことから 認知行動療法プログラムの有効性をある程度証明できた としている 厚生労働科学研究費補助金 ( 障害者対策総合研究事業 ) 薬物依存症に対する認知行動療法プログラムの開発と効果に関する研究 ( 研究代表者 : 松本俊彦 ) ( 以下 厚生労働科学研究 ) は 我が国で初めて 認知行動療法の考え方を基盤とした薬物依存症のプログラム ( 研究代表者らが開発した SMARPP ならびにこれと同種のプログラム ) の効果に関する大規模な実証的な研究を行ったものである 同研究においては 効果検証のために主に次の質問紙を使用した 1) 先述した森田他 (2007) の自己効力感スケールと 2) 動機づけを測定する Stages of Change Readiness and Treatment Eagerness Scale: SOCRATES (Miller & Tonigan, 1996) である SOCRATES は 19 項目 5 段階スケールの質問紙であり 問題のある飲酒や薬物乱用をする人の変化への動機づけの高さを測定するものである SOCRATES の日本語版は 小林 松本 千葉 今村 森田 和田 (2010) が作成し 少年鑑別所に入所した薬物乱用のある少年 105 人に実施し 統計尺度の信頼性と妥当性を検証している なお 妥当性の検証の方法は 自己効力感スケール ( 森田他, 2007) と薬物問題の重症度を判定する質問紙である Drug Abuse Screening Test (DAST) -20 (Skinner, 1982) の日本語版の回答結果との比較である 以下 厚生労働科学研究の中で 特に 保護観察所における覚せい剤事犯者処遇プログラムのあり方を検討する上で参考となる 5 研究を概観する すなわち 小林 (2013) 近藤(2013) 松本(2013a, b) 成瀬(2013) である まず 小林 (2013) は 国立精神 神経医療研究センター病院薬物依存症専門外来において実施している 集団による認知行動療法プログラムの検証を行った 検証の対象は同プログラムに参加した 26 人と参加しなかった 143 人である 検証の方法は 治療継続率のほか 同プログラムの実施期間 (16 週間 ) の前後に調査した SOCRATES と自己効力感スケールへの回答結果の分析である 25

検証の結果 同プログラムに参加した人の初診後 90 日目の治療継続率 (92.3%) は 同プログラムに参加しなかった人の治療継続率 (57.5%) よりも有意に高いことを見出した しかし 質問紙の回答結果は SOCRATES も 自己効力感スケールも 同プログラムの実施期間の前後で有意差が認められなかった 小林 (2013) は 同プログラムに参加した人には 同プログラム開始前から病識や治療意欲があったため SOCRATES 自己効力感スケールの回答結果に有意差がなかったのではないかと考察している 加えて 同プログラムは 学習面での直接的な効果よりも 患者の孤立を防ぎ 他者への信頼感を回復させ 全般的な援助希求能力を改善させるといった 対人関係面での間接的な効果の方が高いのではないか としている 次に 成瀬 (2013) は 埼玉県立精神医療センター外来において実施している 認知行動療法に基づく薬物依存症再発予防プログラムの検証を行った 同プログラムは 外来での断薬が困難な患者や希望者に対して 集団教育プログラムを中心とした入院治療を行い 外来でも治療を継続するものである 具体的には 週 1 回 約 9 か月 全 36 回の課程となっている 検証の対象は 同プログラムに参加した患者 45 人である 検証の方法は 同プログラムへの参加率 断薬率を測定するとともに 同プログラム開始時 3 ヶ月経過時 6 ヶ月経過時 9 ヶ月経過時に自己効力感スケールへの回答を求め その結果を分析した 分析の結果 同プログラムへの参加を 9 ヵ月以上継続している人の断薬率 (61.5%) は 参加の継続が 9 ヵ月未満である人の断薬率 (25.0%) よりも有意に高かったことを見出した しかし 定期的に測定した自己効力感スケールの回答結果については 有意差が認められなかった 成瀬 (2013) は この結果について 同プログラムへの参加を継続することにより ワークブックで学習したことを日々の生活の中で実践し 時間をかけて何回も失敗しながら再使用防止に必要なスキルを高めていくことが 断薬継続につながる と論じている 加えて 同プログラムが安心できる仲間と安全な居場所を提供している と述べている 第三に 近藤 (2013) は 多摩総合精神保健福祉センターにおいて実施している 薬物事犯者の再発予防プログラムの検証を行った 同プログラムは ワークブックを使用し 毎週 1 回実施するものである 検証の対象は 同プログラムに参加した 44 名である 検証の方法は 2 ヶ月経過 3 ヶ月経過 6 ヶ月 26

経過時点で面接及び質問紙調査を実施し 自己効力感や治療への動機づけの程度を測定した 分析の結果 自己効力感や動機づけの程度についての有意差は認められなかった 近藤 (2013) は 同プログラムを受講することによって断薬の困難さを認識するため 一旦自己効力感が低下するが 同プログラムを通じて対処スキルを身に付けることによって 自己効力感が高まるのではないか との仮説を提示している また 同プログラムへの参加が気分や感情の安定につながると論じている 第四に 松本 (2013a) は 刑事施設である播磨社会復帰促進センターにおいて実施している薬物依存離脱指導プログラムの検証を行った 同プログラムは 当初 1か月間 ワークブックを使用した自習用プログラムを実施し その後 認知行動療法に基づく再乱用防止スキルのグループワークを行うものである 検証の対象は 同プログラムを受けた男性受刑者 251 人である 検証の方法は 自習ワークブック開始 1 か月前 自習ワークブック開始時 グループワーク開始時 グループワーク ( 週 1 回 12 セッション ) 終了時に SOCRATES と自己効力感スケールへの回答を求め その結果を比較した 分析の結果 自習ワークブックの実施期間において SOCRATES の回答結果が有意に上昇し その後のグループワークの実施期間において SOCRATES と自己効力感スケールの回答結果のいずれについても 有意に上昇したことを見出した 第五に 松本 (2013b) は 千葉ダルク 栃木ダルク及び横浜ダルク入所者において行った ワークブックによるグループ療法プログラムを検証した 検証の対象は 千葉ダルク入所者 35 人 栃木ダルク入所者 39 人 横浜ダルク入所者 14 人である 検証の方法は 千葉ダルクと栃木ダルクでは 10 回のグループ療法を実施し 同プログラム開始時と 1 クール終了時 ( 約 70 日後 ) に SOCRATES と自己効力感スケールへの回答を求めた 横浜ダルクでは 28 回 (7 ヶ月 ) のグループ療法を実施し 同プログラム開始時と最終回終了後に SOCRATES と自己効力感スケールへの回答を求めた 分析の結果 いずれの対象についても 同プログラムの前後において両スケールの有意差は認められなかった しかし 千葉ダルクと栃木ダルクでは 薬物依存に対する問題意識と治療に対する動機づけの程度が低い人についてのみ 自己効力感の高まりや気分や感情の状態の改善が認められたとしている 27

日本における覚せい剤事犯者についての処遇の効果に関する実証研究は 以上に述べたもののほかには 見当たらなかった 2.2.2 自己効力感と動機づけの尺度について 2.2.1 で概観した先行研究の多くが 薬物事犯者のプログラムの効果測定のために 自己効力感と動機づけの尺度を使用していることから ここで これらの概念や尺度について 海外における議論を端的にまとめる まず Bandura (1991) は 人間が自己統制するためには 自己統制のスキルのみならず 自分を統制する能力に対する強い自信 すなわち自己効力感が必要であると指摘し 自己効力感の強さは逸脱行動への抵抗力を高めるが 自己効力感の弱さは逸脱行動をするような脆弱性を高めると論じている Joseph, Breslin, & Skinner (1999) は 自己効力感は Prochaska, DiClemente, & Norcross (1992) が提唱した依存的行動変化の 5 段階 すなわち 1) 前熟考期 2) 熟考期 3) 準備期 4) 実行期 5) 維持期のうち 実行期と維持期における対象者の行動を予測するために有益であるとしている ただし 実行の段階より前の段階にある人の行動の変化と自己効力感とは関係がない とも指摘している 次に 動機づけに関して Miller & Tonigan (1996) は 測定尺度の一つである SOCRATES の回答結果を因子分析し 自覚 (Recognition) 両価性 (Ambivalence) 実行 (Taking Steps) の 3 因子構造であることを明らかにした そして 各因子得点の高さが 変化の段階を検討するための有益な資料になる としている こうした SOCRATES をはじめとする動機づけの尺度は 自己効力感と同じく Prochaska et al. (1992) が提唱した依存的行動の変化のどの段階にあるのかを測定するために用いられてきたものである SOCRATES のスコアの評価については アルコール依存者についての実証研究があり 断酒の継続や依存からの回復のための行動を予測しているとの研究 (Isenhart, 1997) がある 一方で 禁酒するかどうかを予測するものではなかったという研究 (Campbell, 1997) もなされている 2.3 覚せい剤事犯者の特徴に着目した研究日本における先行研究においては 覚せい剤事犯者の特徴を分析するものもあった まず 精神医療の領域では 松本 (2005) は 薬物事犯者の特徴として 他の精神障害との合併が多いこと 特に摂食障害 自傷行為が多く見られ 28

ること 加えて 虐待の既往が多いことを指摘している 尾崎 (2007) も 離別体験を含む養育体験上の問題や被虐待体験があることが少なくないことを指摘している 次に 犯罪者処遇の領域では 川﨑 遠藤 宇戸 齋場 辰野 (1996) は 覚せい剤事犯保護観察付執行猶予者 322 人について 担当保護観察官等を対象とした調査を実施し 1) 何らかの処分歴のある人が多いこと 2) 女性では配偶者や交際相手が濫用仲間である人が半数近くを占めていること 3) 規範意識の欠如 有害性の認識欠如 薬物仲間といった問題がある人が多いこと 4) 若年者では予後が不良である人が多いことを指摘している 法務省法務総合研究所 (2009) は 覚せい剤取締法違反によって執行猶予判決の言渡しを受けた 519 人と 覚せい剤取締法違反によって受刑した 540 人について 刑事事件記録の調査と追跡調査を実施し 次の 5 点を指摘している すなわち 1) 再犯をしやすいのは 覚せい剤の使用開始年齢が低い人 有機溶剤の乱用経験がある人 強い快感を得た経験を持つ人 自制 忍耐 反省が乏しい人 暴力団関係者であること 2) 覚せい剤への依存が深刻化している人は その依存の改善が困難であること 3) 覚せい剤使用の動機は 快感を得ること 嫌なことを忘れること 疲れを取ること としている人が多いこと 4) 知人や友人からの誘惑による覚せい剤の使用が少なくなく 特に 女性のほうが 男性よりも 共犯者がいる傾向があり 交際相手が共犯者である割合が高いこと 5) 居住状況や就労の不安定さは再犯リスクにあまり影響しないこと である 加えて 法務省法務総合研究所 (2009) は 過去に保護観察を受けていた人の遵守事項に対する意識についても調査した 遵守事項を遵守できなかった理由については 窃盗をした人は 守っていなくても執行猶予が取消しになるようなことはないと思っていたから 忘れていた というものが多かったが 覚せい剤事犯者は 守っていなくても見つからないと思ったから というものが多かった 勝田 羽間 (2010) は 保護観察所における覚せい剤事犯者処遇プログラムを受講した保護観察対象者の事例に基づいて 1) 交際相手と薬物使用を続けたケース 2) 不良文化に親和したケース 3) ストレスを契機に薬物使用をしたケースの 3 類型に分類し この類型に応じた覚せい剤事犯者処遇プログラムの 29

内容の修正や実施方法の工夫を検討するとともに 同プログラムを総合的なア セスメントの中に位置付けることが必要であるとしている 3. 考察 3.1 再使用に着目した効果検証について欧米諸国の先行研究では プログラムの種類によって再使用又は再犯の結果に相違があることが示唆されているが その結果は一定していない Tucker & King (1999) も 物質依存者に対する処遇は その方法論の相違や処遇の強度を問わず 物質乱用の減少や生活上の問題の緩和などの短期的な効果は生じるが 長期的な効果は一定していないと指摘している 加えて 松本 (2010) や小林 (2013) は 認知行動療法によるプログラムについて 認知行動療法が薬物依存に対して直接的な治療効果を持つのではなく むしろ認知行動療法という枠組みが薬物事犯者との治療関係の構築に有益であり 間接的な治療効果を発揮している可能性もあると述べている したがって 薬物事犯者の処遇効果は現時点では明らかにされたとまでは言えないものである さらに 欧米諸国の先行研究では 分析の対象となった乱用薬物の種類が文献に明示されていない 乱用している薬物の種類によって薬理作用は異なり 薬物依存からの離脱の困難さは異なるはずであるが 薬物の種類に着目した研究は見当たらなかった 特に 日本においては 覚せい剤事犯者の処遇の充実が重要な課題となっており 本研究の焦点も覚せい剤事犯者に当てているが これらの先行研究は 覚せい剤事犯者の処遇の効果を検証したものではないという限界があることに留意する必要がある 覚せい剤事犯者処遇プログラムの効果検証のあり方について 羽間 勝田 ( 印刷中 ) は 統計的分析の従属変数を 再犯や再使用の有無及び期間とするべきと指摘している しかし 保護観察所以外における薬物事犯者の処遇プログラムに関する実証研究においても 効果を検証するための指標を薬物の再使用や再犯としたものはほとんどない 前掲の通り 成瀬 (2013) は 治療を 9 ヶ月以上継続している人とそうでない人を比較し 断薬率に有意差があったとしている しかし この研究における断薬とは 3 ヶ月間の断薬期間があれば 断薬ありと認定されるものであり 一時的な現象に過ぎない 実際 プログラム 30

受講者の 80% が薬物使用をしていたとされている したがって この研究によって プログラムによる断薬の効果が明らかになったとは言うことは困難である 覚せい剤事犯者の再犯や再使用の追跡調査 特に長期間にわたるものについては 調査対象者の協力を得ることが困難であり 刑事司法関係機関の努力が求められるところであろう 3.2 自己効力感と動機づけに着目した効果検証について 2.2.1 で概観したように 厚生労働科学研究においては 効果測定の指標として 自己効力感スケールと動機づけを測定する SOCRATES の 2 つの質問紙を用い それぞれの得点の変化について検証している 自己効力感スケールは 前述の通り Prochaska et al. (1992) が言う実行期と維持期にある人の行動を予測する資料となる (Joseph et al., 1999) という指摘を踏まえると この得点が高ければ 覚せい剤の使用を止める可能性が高まっている とまでは言えないであろう 加えて 現在我が国で使用されている自己効力感スケールは 十分なデータ数による 尺度としての妥当性の検証もなされていない SOCRATES は 依存的行動の変化の各段階の特徴をどの程度示しているかを測定しているものである したがって この質問紙の得点が高ければ 回答者が実行期や維持期に至っている ということにはならない しかも 断薬に至る変化は直線的ではなく 失敗を繰り返して らせん状に進むものであり (Prochaska et al., 1992) どの段階にあるかによって 依存的行動が変化したとは言えないであろう このような問題点に加え 自己効力感スケールや SOCRATES の測定結果は 一時的あるいは状況依存的であり 変動性が高いものである可能性を否定できないことにも留意する必要がある たとえば プログラム開始前は 不安が強いであろうし プログラム修了時には 自信 薬物についての病識 変化の意欲などが高まるであろうが それが恒常的な変化であるとまでは言えない 厚生労働科学研究の結果でも 測定結果に有意差があったという研究結果と 有意差がなかったという研究結果が混在していることをも踏まえると 自己効力感と動機づけの質問紙による測定結果を効果検証の指標とすることについては 慎重な検討が必要であると言わざるを得ないだろう 我が国の保護観察所において実施している専門的処遇プログラムを実施する 31

上で 保護観察対象者への関わり方を検討するために 保護観察対象者の自己効力感や動機づけの高さを把握することは有益であろう しかし 上述のような問題点を踏まえると 処遇上の資料として 自己効力感スケールや SOCRATES を用いることには 十分な検討が必要であろう 加えて 保護観察対象者の自己効力感や動機づけが低い場合には それが薬物の問題のみに関するものなのか 生活全般に対する意欲の低さや自棄的な態度によるものなのかにも 注意を払い 丁寧なアセスメントを行うことが重要である 3.3 覚せい剤事犯者の特徴について覚せい剤事犯者の特徴に着目した先行研究においては 覚せい剤事犯者の特徴として 合併症や虐待歴 薬物関係者との交友 ( 特に女性における交際相手 ) 薬物による効果 ( 快感 ストレス解消 ) の重視 規範意識の希薄性といった事項が挙げられていた これらは 保護観察処遇に当たっても重要な着眼点である しかしながら いずれの研究においても 指摘している事項が覚せい剤事犯者特有のものであるかどうか それらの特徴があることが再犯リスクの高さと関係があるのかどうかという点に関して 統計的な検証がなされていない 加えて 覚せい剤事犯者に表面化している問題点と その原因や背景となっている事項を区別することも重要である たとえば 薬物関係者との交友は表面化した問題点であり 虐待等の生育歴や 対人関係の問題などは 背景となる事項である 保護観察処遇に当たっては これら両者の視点を踏まえて 指導や援助の方針を検討する必要があろう 今後は 覚せい剤事犯者の特徴に関する統計的検証を行うことが必要であり 加えて 事例検討により 表面化している問題点と背景や原因について明らかにし 実証的な検証のあり方の検討を進めることが重要だと指摘できよう 注 1 保護観察は 法務省の地方機関である保護観察所の長の権限において 保護観察対象者の改善更生を図ることを目的として 指導監督と補導援護を行うことにより実施するものである ( 更生保護法第 49 条第 1 項 ) 保護観察対象者には 少年法の保護処分を受けた者と刑事処分を受けた者が含まれており 具体的には 保護観察処分少年 少年院仮退院者 仮釈放者及び保護観 32

察付執行猶予者の 4 種類が定められている ( 更生保護法第 48 条 ) また 婦人補導院仮退院者も保護観察の対象とされている ( 売春防止法第 26 条第 1 項 ) 保護観察期間中 保護観察対象者は 遵守事項を守るよう義務付けられる 遵守事項には 法律で内容が定められている一般遵守事項 ( 更生保護法第 50 条 ) と 個々の保護観察対象者の改善更生のために特に必要と認められる範囲内において具体的に定めるものとされている特別遵守事項 ( 更生保護法第 51 条 ) とがある 2 Pearson & Lipton (1999) は ブートキャンプ 治療的コミュニティ グループカウンセリングについて次のように定義している ブートキャンプは 軍隊における訓練同様の生活をさせることによって 短期的に強いショックを与えて生活態度を改善しようとするものである 治療的コミュニティとは 勤労 社会的生産性等の社会的価値や 正直 責任感等の個人的価値に適合する正しい生活をするための共同生活を行うものである グループミーティングによって 行動変化の信念を提供したり 失敗についての仲間からの直面化を受けたり 仲間からの強化や助言といった支援を受けたり 幼少時のつらい記憶を想起させるなどの働きかけがなされる グループカウンセリングは グループによって薬物乱用の代替策やライフスタイルを学んだり 薬害教育 個別カウンセリング 環境療法といったことをも内容とするものである 3 ダルクとは ダルク (DARC) とは Drug Addiction Rehabilitation Center を組み合わせた造語で 薬物依存症のリハビリテーション施設を運営する団体である ダルクは 薬物依存の経験がある人がスタッフとなり グループワークを中心とした活動を行っている 文献 Bandura, A. (1991). Social cognitive theory of moral thought and action. In Kurtines, W. M. & Gewirtz, J. L. (Eds.), Handbook of moral behavior and development. NJ: Erlbaum, pp 45-103. Campbell, W. G. (1997). Evaluation of a residential program using the Addiction 33

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