上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013)

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脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

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糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

脂肪滴周囲蛋白Perilipin 1の機能解析 [全文の要約]

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Mincle は死細胞由来の内因性リガンドを認識し 炎症応答を誘導することが報告されているが 非感染性炎症における Mincle の意義は全く不明である 最近 肥満の脂肪組織で生じる線維化により 脂肪組織の脂肪蓄積量が制限され 肝臓などの非脂肪組織に脂肪が沈着し ( 異所性脂肪蓄積 ) 全身のインス

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平成24年7月x日

考えられている 一部の痒疹反応は, 長時間持続する蕁麻疹様の反応から始まり, 持続性の丘疹や結節を形成するに至る マウスでは IgE 存在下に抗原を投与すると, 即時型アレルギー反応, 遅発型アレルギー反応に引き続いて, 好塩基球依存性の第 3 相反応 (IgE-CAI: IgE-dependent

ヒト慢性根尖性歯周炎のbasic fibroblast growth factor とそのreceptor

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解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )

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図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

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第6号-2/8)最前線(大矢)

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Peroxisome Proliferator-Activated Receptor a (PPARa)アゴニストの薬理作用メカニズムの解明

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リーなどアブラナ科野菜の摂取と癌発症率は逆相関し さらに癌病巣の拡大をも抑制する という報告がみられる ブロッコリー発芽早期のスプラウトから抽出されたスルフォラフ ァン (sulforaphane, 1-isothiocyanato-4-methylsulfinylbutane) は強力な抗酸化作用

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学位論文の要約

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く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

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平成 28 年 12 月 12 日 癌の転移の一種である胃癌腹膜播種 ( ふくまくはしゅ ) に特異的な新しい標的分子 synaptotagmin 8 の発見 ~ 革新的な分子標的治療薬とそのコンパニオン診断薬開発へ ~ 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 消化器外科学の小寺泰

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ごく少量のアレルゲンによるアレルギー性気道炎症の発症機序を解明

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( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

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インプラント周囲炎を惹起してから 1 ヶ月毎に 4 ヶ月間 放射線学的周囲骨レベル probing depth clinical attachment level modified gingival index を測定した 実験 2: インプラント周囲炎の進行状況の評価結紮線によってインプラント周囲

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33 NCCN Guidelines Version NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology (NCCN Guidelines ) (NCCN 腫瘍学臨床診療ガイドライン ) 非ホジキンリンパ腫 2015 年第 2 版 NCCN.or

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ストレスが高尿酸血症の発症に関与するメカニズムを解明 ポイント これまで マウス拘束ストレスモデルの解析で ストレスは内臓脂肪に慢性炎症を引き起こし インスリン抵抗性 血栓症の原因となることを示してきました マウス拘束ストレスモデルの解析を行ったところ ストレスは xanthine oxidored

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図アレルギーぜんそくの初期反応の分子メカニズム

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結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.

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乾癬などの炎症性皮膚疾患が悪化するメカニズムを解明

日本標準商品分類番号 カリジノゲナーゼの血管新生抑制作用 カリジノゲナーゼは強力な血管拡張物質であるキニンを遊離することにより 高血圧や末梢循環障害の治療に広く用いられてきた 最近では 糖尿病モデルラットにおいて増加する眼内液中 VEGF 濃度を低下させることにより 血管透過性を抑制す

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現し Gasc1 発現低下は多動 固執傾向 様々な学習 記憶障害などの行動異常や 樹状突起スパイン密度の増加と長期増強の亢進というシナプスの異常を引き起こすことを発見し これらの表現型がヒト自閉スペクトラム症 (ASD) など神経発達症の病態と一部類することを見出した しかしながら Gasc1 発現

報告にも示されている. 本研究では,S1P がもつ細胞遊走作用に着目し, ヒト T 細胞のモデルである Jurkat 細胞を用いて血小板由来 S1P の関与を明らかにすることを目的とした. 動脈硬化などの病態を想定し, 血小板と T リンパ球の細胞間クロストークにおける血小板由来 S1P の関与につ

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難病 です これまでの研究により この病気の原因には免疫を担当する細胞 腸内細菌などに加えて 腸上皮 が密接に関わり 腸上皮 が本来持つ機能や炎症への応答が大事な役割を担っていることが分かっています また 腸上皮 が適切な再生を全うすることが治療を行う上で極めて重要であることも分かっています しかし

関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

作成要領・記載例

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上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013) 133. 大動脈解離 : 分子病態解明への挑戦 青木浩樹 Key words: ストレス応答, 細胞外マトリックス, 炎症性サイトカイン, 組織破壊 久留米大学循環器病研究所 緒言大動脈解離は大動脈瘤と並ぶ成人大動脈疾患の双璧で, 大動脈中膜が突然破断する疾患である. 我が国を含む先進諸国で発症が急増しており,50 歳以降の男性に多く発症し突然死を来すため社会的影響も大きい. 解離の病態はほとんど解明されていないため, 発症予測や予後予測は困難で進行を阻止する治療法も確立していない 1). 著者らは大動脈疾患の病態解明に取り組む中で 2), アンジオテンシン II 負荷により, ヒトにきわめて類似した解離が誘発される2 種類のノックアウトマウスを発見した.1つは多機能 ECM タンパクであるテネイシン C のノックアウト (Tnc -KO), もう1つは JAK/STAT 系の負のフィードバック分子 SOCS3 のマクロファージ特異的ノックアウト (msocs3 -KO) である. これらは, 一見正常な中膜の破断というヒト解離の特徴を再現し, 分子的定義が明確な世界初の解離モデルである. 本研究は, 大動脈解離の病態において TNC と JAK/STAT 系が果たす役割を明らかにすることを目的とした. 方法大動脈ストレスモデル全身麻酔下にマウスを開腹し, 腹部大動脈を塩化カルシウム溶液で処理することで慢性炎症を惹起した (Ca 処理 ) 3). 液性因子および血行動態による大動脈ストレスとして, アンジオテンシン II を浸透圧ミニポンプで 4 週間持続投与した. 大動脈バイオメカニクス 全身麻酔下にマウス大動脈に圧測定カテーテルを挿入し, 大動脈壁へのストレスを計測した. 摘出したマウス大動脈 の分枝を結紮し, 一定の静水圧下に大動脈径を測定することで, 大動脈壁の物理特性を測定した. 発現解析 マウス大動脈より RNA を抽出し,DNA マイクロアレイによる発現解析を行った.Database for Annotation, Visualization and Integrated Discovery (DAVID) により gene ontology 解析を行った 4). 形態学的解析摘出大動脈をパラホルムアルデヒドで固定した後にパラフィン包埋し, 薄切標本の組織化学染色像を観察した. 光干渉断層法により解離大動脈の3 次元像を得た. 結果 1. テネイシン C(TNC) の役割腹部大動脈の Ca 処理により, 大動脈壁の著明な線維化と硬化を認めた. 大動脈壁への血行動態負荷はアンジオテンシン II(AngII) 投与により増大し, 腹部大動脈への Ca 処理によりさらに増大した ( 図 1 A). 腹部大動脈 Ca 処理後に AngII を持続投与し, 大動脈ストレスモデルとした (Ca+AngII モデル ). 1

大動脈ストレスモデルでは AngII Ca 処置および Ca+AngII 処置によるストレスの増強に応じて TNC 発現が亢進 していた 図1 B 野生型マウス 8週齢 11 週齢 の Ca+AngII モデルでは 腎動脈より上部の大動脈には明らか な形態学的変化を認めなかったが Tnc -KO の約半数で腎動脈上の大動脈に著明な拡張を認めた 図1 C 光干渉断 層法により 拡張した部位では真腔と偽腔が交通する典型的な2連銃像を認め 図1 D ヒトにおける大動脈解離の 形態と一致した 組織学的には ほぼ正常の形態を有する中膜層が突然断裂して偽腔壁に連続していた 図1 E マウス大動脈の経時的な超音波検査により 解離は AngII 投与の約 10 日後に発症することが明らかになった 解離 に先立つ分子病態を明らかにするために Ca+AngII 処置1週間後に腎動脈上大動脈の遺伝子発現解析を行った 図1 F 野生型と比較して Tnc -KO では IL-6 ファミリーを始めとする炎症性サイトカインの発現が亢進しており コラー ゲンおよびエラスチンを始めとする細胞外マトリックスの発現誘導が減弱していた 図 1 大動脈解離とテネイシン C A 無処置 アンジオテンシン II AngII Ca 処理 Ca+AngII 大動脈壁への血行動態負荷 dp/ dt は AngII 投与により増大し 腹部大動脈への Ca 処理によりさらに増大した B 大動脈ストレスに応じ て TNC 発現が亢進した C Tnc -KO でのみ腎動脈上大動脈に著明な拡張を認めた D 光干渉断層法によ り 拡張部位では真腔と偽腔が交通する構造を認め 大動脈解離と考えられた E 組織学的には ほぼ正常 の形態を有する中膜層が突然断裂して偽腔壁に連続していた F 野生型と比較して Tnc -KO では IL-6 ファ ミリーを始めとする炎症性サイトカインの発現が亢進しており コラーゲンおよびエラスチンを始めとする細胞 外マトリックスの発現誘導が減弱していた Scale Bar: 1 mm 2

2. マクロファージ SOCS3 の役割 Tnc -KO マウスに大動脈ストレスを与えると, 大動脈解離の発症に先立ち, 解離予測部位において種々のケモカインおよび IL-6 ファミリーの発現が亢進することから, ケモカインで大動脈壁に遊走した炎症細胞に IL-6 ファミリーが作用する可能性が考えられる. この分子病態の意義を明らかにするために,IL-6 ファミリーのシグナル抑制分子である SOCS3 をマクロファージ特異的にノックアウトした (msocs3 -KO). 若年マウス (8 週齢 11 週齢 ) では, 野生型,mSocs3 -KO とも Ca+AngII による大動脈ストレスで大動脈解離を発症しなかったが, 加齢マウス (15 週齢 19 週齢 ) では,mSocs3 -KO でのみ Ca+AngII の4 週後に大動脈解離を認めた ( 図 2 A,B). 組織学的には, ほぼ正常の形態を有する中膜層が突然断裂して偽腔壁に連続しており,Tnc -KO と同様の所見であった ( 図 2 C). 解離部位には基質化の程度が異なる血栓が混在しており, 組織破壊が多段階で進んだことが示唆された. 一方, 野生型加齢マウス (15 週齢 19 週齢 ) の大動脈は解離を認めなかったが, 腹腔動脈または上腸間膜動脈分岐部に, 微小な血管傷害病変 ( 約 200µm の中膜傷害 ) を認め, 同部位にマクロファージの集簇を認めた ( 図 2 D). 集簇したマクロファージでは IL-6 ファミリーのシグナル伝達分子である STAT3 の活性化を認めた. この大動脈解離モデル発症の時間経過を検討するために,15 週齢マウスにおいて Ca+AngII による大動脈ストレス刺激開始後 1 週目と6 週目で解析を行った ( 図 2 E). 開始後 1 週目では, 野生型,mSocs3 -KO ともに約 50% のマウスで腹腔動脈または上腸間膜動脈分岐部に微小血管傷害病変を認めた. 開始後 6 週目の野生型では同じく約 50% のマウスに微小血管傷害を認め, 組織学的には線維化が進み治癒過程にあると考えられた. 一方,mSocs3 -KO では 25% のマウスに腹腔動脈から上腸間膜動脈分岐部を越える大動脈解離を認めた. 以上より, 大動脈ストレス初期には野生型と msocs3 -KO のいずれも微小血管傷害を発症し, 野生型ではその後, 治癒に向かうのに対して msocs3 -KO では組織破壊が進行し, 大動脈解離に至るものと考えられた. 3

図 2 大動脈解離と IL-6 シグナル A 加齢マウスでは msocs3 -KO でのみ大動脈解離を認めた B 光干渉断層法では 真腔と偽腔が交通し た大動脈解離像を認めた C 解離部位には基質化の程度が異なる血栓が混在しており 組織破壊が多段階で 進んだことが示唆された D 野生型加齢マウス 15 週齢 19 週齢 では腹腔動脈または上腸間膜動脈分岐部 に 微小な血管傷害病変を認め 同部位にマクロファージの集簇を認めた 集簇したマクロファージでは IL-6 ファミリーのシグナル伝達分子である STAT3 の活性化を認めた E 大動脈ストレス刺激開始後1週目では 野生型 msocs3 -KO ともに約 50%のマウスで腹腔動脈または上腸間膜動脈分岐部に微小血管傷害病変を認め た 開始後6週目の野生型では同じく約 50%のマウスに微小血管傷害を認めたが msocs3 -KO では 25%で明ら かな大動脈解離を認めた Scale Bar: 1 mm. 考 察 本研究により 大動脈壁には破壊的なストレス応答を抑制する複数の防御機構が存在しており その破綻が大動脈解 離を引き起こすことが示された 大動脈壁防御機構を司る分子として 血管平滑筋で発現する TNC およびマクロファ ージの SOCS3 が同定された TNC は組織強度の強化と過剰な炎症の抑制を介して大動脈解離の発症を抑制することが明らかになった TNC は 通常は発現しておらず大動脈ストレスで発現誘導される このことから TNC 発現は ストレスによる破壊性変化が起 4

きる前に大動脈壁のストレス耐性を高めるフィードフォワード機構であると考えられた 本研究から TNC の作用機 序は2つに大別されることが示された 1つは 細胞外マトリックスタンパクの遺伝子発現をサポートすることで組織 強度を維持する役割であり もう1つは 炎症性サイトカイン ケモカインの発現を低下させることで過度の炎症応答 を抑制する役割である 野生型マウスにおいて若年マウスでは大動脈ストレス Ca+AngII で腎動脈上に大動脈病変を発症しないのに対し て 加齢マウスでは腎動脈上に微小血管傷害を発症した さらに週齢の高い 24 週齢以上 マウスではアンジオテン シン II 投与のみで腎動脈上に大動脈解離を発症すると報告されていることから 5) 加齢に伴い大動脈のストレス耐性 が低下することが強く示唆される 一方 本研究で用いた 15 週齢 19 週齢の大動脈病変は微小血管傷害に止まり大動 脈解離に伸展することは希であった このことから 微小血管傷害の発症後に組織破壊進行を阻止するメカニズムの存 在が示唆され マクロファージの SOCS3 発現が この組織破壊阻止メカニズムに中心的役割を果たすと解釈された マクロファージの SOCS3 発現誘導は 解離の発症自体ではなく 発症後の増悪進展を抑制するメカニズムと考えられ た 大動脈へのストレスにより発現する TNC は 細胞外マトリックスの発現を促進して組織強度を維持 強化すること で解離の発症を防いでいる ストレスにより微小血管傷害が発症すると炎症性サイトカイン発現を介して炎症細胞浸 潤 活性化が起こるが この応答も TNC により抑制され 過度の破壊的応答を防いでいると考えられる IL-6 ファミ リーのサイトカインによりマクロファージで誘導される SOCS3 も過度の破壊的応答を抑制しており その抑制が外れ ると組織破壊が進行し 大動脈解離に至るものと考えられた 即ち 大動脈にはストレスに対する多重の防御機構が存 在し 大動脈解離とは これらの防御機構の破綻による疾患であると考えられた 図3 今後は ヒト大動脈におい て今回の研究で示された大動脈組織の防御機構が存在するか また存在するならばその分子的実体は何か さらにヒト の解離病態でそれらの分子がどのような挙動を示し 臨床的な診断や治療的介入への道を探ることが重要な研究課題と なるであろう 図 3 大動脈解離の病態仮説 血行動態負荷 液性因子 大動脈硬化等によるストレスへの応答において ストレス耐性を高めるフィードフォ ワード機構 TNC 発現 および 過度の炎症を抑制するフィードバック機構 SOCS3 発現 からなる組織防御 機構が作動する 大動脈解離は この防御機構の破綻であると考えられた 共同研究者 本研究の共同研究者は 久留米大学医学部の大野聡子 宮本貴宣 筑波大学大学院人間総合科学研究科の木村泰三 山 口大学大学院医学系研究科の吉村耕一 白石宏造 池田安宏 三重大学大学院医学系研究科の今中恭子である 本稿を 終えるにあたり 本研究をご支援頂きました上原記念生命科学財団に深謝申し上げます 5

文献 1) Cronenwett, J. L. & Johnston, K. W. : in Rutherford's Vascular Surgery. 7th ed. Saunders Elsevier, London, 2010. 2) Kimura, T., Yoshimura, K., Aoki, H., Imanaka-Yoshida, K., Yoshida, T., Ikeda, Y., Morikage, N., Endo, H., Hamano, K., Imaizumi, T., Hiroe, M., Aonuma, K. & Matsuzaki, M. : Tenascin-C is expressed in abdominal aortic aneurysm tissue with an active degradation process. Pathol. Int., 61 : 559-564, 2011. 3) Yoshimura, K., Aoki, H., Ikeda, Y., Fujii, K., Akiyama, N., Furutani, A., Hoshii, Y., Tanaka, N., Ricci, R., Ishihara, T., Esato, K., Hamano, K. & Matsuzaki, M. : Regression of abdominal aortic aneurysm by inhibition of c-jun N-terminal kinase. Nat. Med., 11: 1330-1338, 2005. 4) Huang da, W., Sherman, B. T. & Lempicki, R. A. : Systematic and integrative analysis of large gene lists using DAVID bioinformatics resources. Nat. Protoc., 4 : 44-57, 2009. 5) Tieu, B. C., Lee, C., Sun, H., Lejeune, W., Recinos, A. 3rd., Ju, X., Spratt, H., Guo, D. C., Milewicz, D., Tilton, R. G. & Brasier, A. R. : An adventitial IL-6/MCP1 amplification loop accelerates macrophage-mediated vascular inflammation leading to aortic dissection in mice. J. Clin. Invest., 119 : 3637-3651, 2009. 6