2 中小事業所における交代制勤務者の高血圧症等心血管系障害の基礎的研究 研究者 ( 代表者 ) 清水聡小川赤十字病院内科部長 宮崎大学医学部社会医学講座公衆衛生学分野大学院生 -85-
中小事業所における交代制勤務者の高血圧症等心血管系障害の基礎的研究小川赤十字病院清水聡 要旨 中小事業所では 交代制勤務者 ( シフトワーカー ) が数多く それらは 睡眠障害のみならず 高血圧症等心血管系の問題を抱えていることが多い 産業医は これら勤務者の健康管理において 生活習慣や服薬タイミング等の指導を行うが シフトワーカーに関する文献は少ない 今回 シフトワーカーにおける血圧 心拍数 自律神経 ( 交感神経 副交感神経 ) 活動の概日リズムを計測し シフトワークによる不規則な生活がこれらの心血管系へどのように影響を及ぼしているか検討した 結果としてシフトワーカーにおいて 夜勤時の血圧は夜間勤務時間帯高値となり 日勤時と逆の日内変動を示した この変動は 交感神経活動の日内変動と類似し 血圧の変動は交感神経活動に依存するものと示唆された また 夜勤時副交感神経活動が一日を通し低値を示した このことは 夜勤時は緊張状態が持続し 循環器系のみならず消化器系への影響も示唆された 次に高血圧症を伴うシフトワーカーの服薬タイミングについて検討した 結果として一日 1 回服用タイプの降圧薬は 朝服用 就業前服用で効果に差は認めないものと思われた 次にメラトニン受容体アゴニスト ( ラメルテオン ) が シフトワーカーの概日リズムに与える影響を検討した ラメルテオンは 健常交代制勤務者の夜勤時の血圧に影響を与えなかったが 夜勤後休息前に服用することにより交感神経活動を低下させた このことから夜勤後の緊張状態を低下させることが示唆された 本文 Ⅰ 交代制勤務者の日勤時 夜勤時の自律神経活動と血圧変動 対象および方法 対象は 交代制勤務者 1 名 ( 男性 4 名 女性 6 名 年齢 32.4±7.82 才 ) 方法は 日勤日 夜勤日において 24 時間自由行動下血圧およびホルター心電図を同時測定した ( フクダ電子 FC2,FCM2) 24 時間自由行動下血圧は 2 時間おきにリバロッチ コルトコフまたはオシロメトリック法で測定した 自律神経活動の計測はホルター心電図より得られた 1 時間おきの心電図の RR 間隔データ (512 サンプル 血圧測定時は自律神経への影響を避けるため血圧測定前を採取 ) を高速フーリエ変換法を用いスペクトル解析を行った.148~.398Hz の高周波成分 (HF) と.39~.148Hz の低周波成分 (LF) の power spectrum density を求め HF を副交感神経 LF と HF の比 (LF/HF) を交感神経活動の指標とした -87-
結果 [ 血圧 ] 血圧の日内変動は 収縮期血圧 拡張期血圧共に 日勤時は日中 ( 就業時 ) 高値 夜間 ( 非就業時 ) 低値のいわゆる Dipper 型の日内変動を呈した 一方夜勤時は 日中 ( 非就業時 ) 低値 夜間 ( 就業時 ) 高値の二相性の日内変動を示した (Fig.1) 24 時間の収縮期血圧 拡張期血圧の平均値は 日勤時と夜勤時の間に差は認めなかった ( 収縮期血圧 :119. ± 19.8.v.s123.52±19.82, mean±s.d.mmhg,n.s)( 拡張期血圧 :79.35± 2.36v.s.85.25± 22.8, mean±s.d.mmhg, ) また 日勤時の昼間就業時の収縮期血圧は 126.57±18.65mmHg で 非就業時の 112.27 ±16.86mmHg に比し有意の高値 (P<.1,t-test) を示し 夜勤時の夜間就業時の収縮期血圧は 126.14±17.81mmHg で 日中非就業時の 12.87±21.43mmHg に比し有意の高値 (P<.5,t-test) を示した (Fig.2) 拡張期血圧も同様の傾向で 日勤時の昼間就業時の拡張期血圧は 89.85±19.4mmHg で 非就業時の 68.27±15.25mmHg に比し有意の高値 (P <.1,t-test) を示し 夜勤時の夜間就業時の収縮期血圧は 88.78±2.28mmHg で 日中非就業時の 81.7±23.32mmHg に比し有意の高値 (P<.1,t-test) を示した (Fig3) [ 交感神経活動 ] 交感神経活動は 日勤時は日中就業時高値 夜間非就業時低値 一方 夜勤時は日中非就業時低値 夜間就業時高値の二相性の日内変動を示した (Fig.4) これは 血圧の日内変動パターンに類似した また 交感神経活動は日勤時と夜勤時の間に差は認めなかった 日勤時の昼間就業時の交感神経活動は 6.21±4.29 で 非就業時の 3.2±3.1 に比し有意の高値 (P<.1,t-test) を示し 夜勤時の夜間就業時の交感神経活動は 5.52±4.37 で 日中非就業時の 3.7±3.11 に比し有意の高値 (P<.1,t-test) を示した (Fig.5) [ 副交感神経活動 ] 副交感神経活動は 日勤時は日中就業時低値 夜間非就業時高値の二相性を示した 一方夜勤時は 日中非就業時と就業後 1 時間位でやや上昇するが 一日を通し低値を示した (Fig.6) 副交感神経活動は日勤時 562.8±167.75 に比し夜勤時 274.38±795.69 と有意な低値を認めた (P<.1,t-test) 日勤時の昼間就業時の副交感神経活動は 197.33±288.26 で 非就業時の 876.88±1356.9 に比し有意の低値 (P<.1,t-test) を示し 夜勤時の夜間就業時の副交感神経活動は 296.±118.43 で 日中非就業時の 242.64±21.38 と有意差を認めなかった (Fig.7) まとめ 1 夜勤時の血圧は夜間勤務時間帯高値となり 日勤時と逆の日内変動を示した この変動は 交感神経活動の日内変動と類似し 血圧の変動は交感神経活動に依存するものと示唆された 2 夜勤時副交感神経活動が一日を通し低値を示した このことは 夜勤時は緊張状態が持続し 循環器系のみならず消化器系への影響も示唆された -88-
Ⅱ 高血圧症治療中の交代制勤務者の服薬タイミングの検討 対象および方法 対象は 高血圧症治療中で降圧薬服用中の交代制勤務者 6 名 ( 男性 5 名 女性 1 名 年齢 49.5 ±5.43 才 ) 降圧薬は アンジオテンシン受容体ブロッカー単剤服用 3 名 カルシウムチャンネルブロッカー単剤服用 1 名 アンジオテンシン受容体ブロッカー 利尿薬配合剤 1 名 アンジオテンシン受容体ブロッカーおよびカルシウムチャンネルブロッカーの 2 剤服用 1 名でいずれも一日 1 回朝服用を指示されていた 方法は 夜勤日において 降圧薬を朝服用および就業前服用時において 24 時間自由行動下血圧をそれぞれ測定した ( フクダ電子 FC2,FCM2) 24 時間自由行動下血圧は 2 時間おきにリバロッチ コルトコフまたはオシロメトリック法で測定した 結果 夜勤就業時の収縮期血圧は 降圧剤朝服用時は 135.94±2.68mmHg で降圧剤就業前服用時の 136.48±22.53mmHg と有意差は認めなかった また 夜勤休息中の収縮期血圧においても 降圧剤朝服用時は 144.46±18.3mmHg で降圧剤就業前服用時の 146.51±21.73mmHg と有意差は認めなかった (FIG.8) 夜勤就業時の拡張期血圧は 降圧剤朝服用時は 89.±17.86mmHg で降圧剤就業前服用時の 86.61±16.47mmHg と有意差は認めなかった また 夜勤休息中の拡張期血圧においても 降圧剤朝服用時は 95.71±17.73mmHg で降圧剤就業前服用時の 93.82±17.21mmHg と有意差は認めなかった (Fig.9) まとめ 一日 1 回服用タイプの降圧薬は 朝服用 就業前服用で効果に差は認めないものと思われた Ⅲ 交代制勤務者においてラメルテオンの心血管系の概日リズムに与える影響の検討 対象および方法 対象は 交代制勤務者 9 名 ( 男性 2 名 女性 6 名 年齢 32.3±8.29 才 ) 方法は 夜勤日において 勤務後休息前にラメルテオン 8mg. 服用し 24 時間自由行動下血圧およびホルター心電図を同時測定し ( フクダ電子 FC2,FCM2) ラメルテオン服用なしの場合と比較検討した 24 時間自由行動下血圧は 2 時間おきにリバロッチ コルトコフまたはオシロメトリック法で測定した 自律神経活動の計測はホルター心電図より得られた 1 時間おきの心電図の RR 間隔データ (512 サンプル 血圧測定時は自律神経への影響を避けるため血圧測定前を採取 ) を高速フーリエ変換法を用いスペクトル解析を行った.148~.398Hz の高周波成分 (HF) と.39~.148Hz の低周波成分 (LF) の power spectrum density を求め HF を副交感神経 LF と HF の比 (LF/HF) を交感神経活動の指標とした 結果 [ 血圧 ] 夜勤就業時の収縮期血圧は ラメルテオン服用時は 125.16±17.32mmHg で服用なし時の -89-
126.15±17.81mmHg と有意差は認めなかった また 夜勤休息中の収縮期血圧においても ラメルテオン服用時は 12.74±2.54mmHg で服用なし時の 12.87±21.43mmHg と有意差は認めなかった (FIG.1) 夜勤就業時の拡張期血圧は ラメルテオン服用時は 87.27±19.52mmHg で服用なし時の 88.78±2.29mmHg と有意差は認めなかった また 夜勤休息中の拡張期血圧においても ラメルテオン服用時は 81.7±23.32mmHg で服用なし時の 8.8±2.93mmHg と有意差は認めなかった (Fig.11) [ 交感神経活動 ] 交感神経活動は 夜勤就業中は ラメルテオン服用時 5.1±4.51 で服用しなかった時の 5.53 ±4.38 と有意差は認めなかった 夜勤後休息中においてはラメルテオン服用時 2.9±2.61 で 服用しなかった時の 3.7±3.11 に比し有意の低値を示した (P<.5,t-test)(Fig.12) [ 副交感神経活動 ] 副交感神経活動は 夜勤就業中は ラメルテオン服用時 38.61±12.47 で服用しなかった時の 296.1±118.44 と有意差は認めなかった 夜勤休息中においても ラメルテオン服用時 29.61±369.93 で服用しなかった時の 242.64±21.38 と有意差は認めなかった (Fig.13) まとめ 1 ラメルテオンは 健常交代制勤務者の夜勤時の血圧に影響を与えなかった 2 ラメルテオンは 夜勤後休息前に服用することにより交感神経活動を低下させた このことは 夜勤後の緊張状態を低下させることが示唆された -9-
mmhg 14 13 12 11 1 9 8 7 日勤 (SBP) 日勤 (DBP) 夜勤 (SBP) 夜勤 (DBP) 6 5 4 1 時 3 時 5 時 7 時 9 時 11 時 13 時 15 時 17 時 19 時 21 時 23 時 Fig.1 交代制勤務者の日勤時 夜勤時における血圧の日内変動 mmhg 16 14 12 1 8 6 4 2 P<.1 P<.5 就業時 ( 日勤 ) 非就業時 ( 日勤 ) 就業時 ( 夜勤 ) 非就業時 ( 夜勤 ) Fig.2 交代制勤務者の日勤時 夜勤時における就業時 非就業時の収縮期血圧 -91-
mmhg 12 P<.1 P<.1 1 8 6 4 2 就業時 ( 日勤 ) 非就業中 ( 日勤 ) 就業時 ( 夜勤 ) 非就業時 ( 夜勤 ) Fig.3 交代制勤務者の日勤時 夜勤時における就業時 非就業時の拡張期血圧 9 8 7 6 5 4 3 2 1 1 時 3 時 5 時 7 時 9 時 11 時 13 時 15 時 17 時 19 時 21 時 23 時 日勤 夜勤 Fig.4 交代制勤務者の日勤時 夜勤時における交感神経活動の日内変動 -92-
12 1 P<.1 P<.1 8 6 4 2 就業中 ( 日勤 ) 非就業中 ( 日勤 ) 就業中 ( 夜勤 ) 非就業中 ( 夜勤 ) Fig.5 交代制勤務者の日勤時 夜勤時における就業時 非就業時の交感神経活動 HF 25 2 15 1 日勤 夜勤 5 1 時 3 時 5 時 7 時 9 時 11 時 13 時 15 時 17 時 19 時 21 時 23 時 Fig.6 交代制勤務者の日勤時 夜勤時における副交感神経活動の日内変動 -93-
HF 25 P<.1 2 15 1 5 就業中 ( 日勤 ) 非就業中 ( 日勤 ) 就業中 ( 夜勤 ) 非就業中 ( 夜勤 ) Fig.7 交代制勤務者の日勤時 夜勤時における就業時 非就業時の副交感神経活動 mmhg 18 16 14 12 1 8 6 4 2 朝服用就業中就業前服用就業中朝服用休息中就業前服用休息中 Fig.8 高血圧症治療中の交代制勤務者の降圧薬朝服用 就業前服用時の収縮期血圧 -94-
mmhg 12 1 8 6 4 2 朝服用就業中就業前服用就業中朝服用休息中就業前服用休息中 Fig.9 高血圧症治療中の交代制勤務者の降圧薬朝服用 就業前服用時の拡張期血圧 mmhg 15 145 14 135 13 125 12 115 11 15 夜勤就業中 SBP( 服薬なし ) 夜勤就業中 SBP( 服薬あり ) 夜勤休息中 SBP( 服薬なし ) 夜勤休息中 SBP( 服薬あり ) Fig.1 ラメルテオンの収縮期血圧に与える影響 -95-
mmhg 12 1 8 6 4 2 夜勤就業中 DBP( 服薬なし ) 夜勤就業中 DBP( 服薬あり ) 夜勤休息中 DBP( 服薬なし ) 夜勤休息中 DBP( 服薬あり ) Fig.11 ラメルテオンの拡張期血圧に与える影響 12 1 P<.5 8 6 4 2 夜勤就業中 ( 服薬なし ) 夜勤就業中 ( 服薬あり ) 夜勤休息中 ( 服薬なし ) 夜勤休息中 ( 服薬あり ) Fig.12 ラメルテオンの交感神経活動に与える影響 -96-
HF 14 12 1 8 6 4 2 夜勤就業中 ( 服薬なし ) 夜勤就業中 ( 服薬あり ) 夜勤休息中 ( 服薬なし ) 夜勤休息中 ( 服薬あり ) Fig.13 ラメルテオンの副交感神経活動に与える影響 -97-