EY Institute EY Keiichi Ushijima 保険会社 大手電機メーカー勤務を経て 2013 年にEY 総合研究所 ( 株 ) 入社 大手電機メーカーでビジネスプロセス改革 業務システム開発支援のコンサルティング業務に従事したほか CSRチームの立ち上げ 関連するさまざまなツールやプロセスの開発に携わった サステナビリティー 戦略的 CSR CSV( 共通価値の創造 ) ビジネスと人権 統合レポーティング ダイバーシティ& インクルージョンを専門とする 2014 年 4 月 15 日 欧州議会は 大企業向け非財務情報および取締役会構成員の多様性の開示に関するEU 会計指令改正案を承認しました これにより 従業員 500 人以上のEU 域内企業 ( 主に上場企業や金融機関 ) は マネジメントレポートにおいて 環境 社会 従業員 人権 腐敗防止に関する方針 実績 主要なリスク等 および取締役の多様性に関する方針について 開示が義務付けられることになりました 環境報告書やCSR 報告書 情報セキュリティ報告書等を任意開示しています そこへ統合報告や非財務情報開示の話をしても 開示疲れのため息が聞こえてきます では なぜ今 統合報告や非財務情報の開示が求められるのでしょうか まず 今般改正された会計指令 2013/34/EUを確認し 次に こうした昨今の動向について考察します EU 近年 統合報告や非財務情報開示といった 似て非なる議論が さまざまな場所で繰り広げられています 中には 今 統合報告書を発行しないと 電車に乗り遅れますよ といった営業文句で 企業に統合報告書を発行させようというコンサルタントや業者まであると聞きます こうした営業文句に乗せられて 議論の本質を理解しないまま 報告書の形式や開示項目にこだわる日本企業も散見されます 一方 企業側としては 投資家からは非財務情報のことなど質問されたことがない あるいは 非財務も含む多くの情報を既に開示しているのに なぜ さらに統合報告なのか というのが本音ではないでしょうか 多くの上場企業は 有価証券報告書などの法定開示はもちろん さまざまなステークホルダー向けに 会計指令 2013/34/EUでは 環境 社会 従業員 人権 腐敗防止に関する方針 実績 主要なリスク 特定事業に関する主要業績指標 (KPI) さらにはサプライチェーン等におけるデューデリジェンス プロセスについての情報開示を求めています (< 表 1> 参照 ) 適用される企業は これらの非財務情報をマネジメントレポートに記載しなければなりません 情報開示においては EUの環境管理 監査スキームであるEMASや 国連グローバル コンパクト 国連 ビジネスと人権に関する指導原則 経済協力開発機構 (OECD) の多国籍企業行動指針 ISO26000 国際労働機関 (ILO) の多国籍企業および社会政策に関する原則の第三者宣言 GRI(Global Reporting Initiative) 等 EU 加盟国独自もしくは国際的に認められた枠組みを活用できます ただし これら非財務情報を開示しない場合は その理由を説明しなければならなくなります 12 Vol.96 Aug-Sep 2014
なお 今回のEUの改正会計指令では この非財務情報を必ずしも財務報告と同一のレポートに記載しなければならないわけではなく 同時期に関連して発行されるサステナビリティレポートなど 別なレポートで開示することもできます ポートで代用することが可能です ただし このときも 日本の親会社が発行するレポートが 本会計指令の要件を満たすことが求められます なお 従業員 500 人未満の在欧日系企業には適用されません 1 ILO 1 2 2013/34/EU 1 KPI 2 会計指令改正のもう一つのポイントが 取締役構成員の多様性に関する方針の開示です 多様性とは具体的に 年齢 性別 学歴 職歴などを指します この方針は コーポレート ガバナンスのステートメントの一部として記載されます ただし どのような多様性を確保していくのかなど 方針の決め方については企業に委ねられています また 非財務情報の開示同様 方針を開示しない場合は 理由の説明が求められます これについては EU 域内公認の証券取引所の上場企業へ適用することを前提としており 非上場企業については加盟国法に委ねられています 従って 日本企業については EU 域内公認の証券取引所に上場していなければ 直接の影響はなさそうです EU この指令により 非財務情報開示が義務化される企業は 欧州域内の ( 報告年次を通じた平均 ) 従業員数 500 人以上の社会的影響度が高い企業 (Publicinterest entities) で 上場企業や非上場企業 ( 銀行 保険 その他の加盟国が指定した企業など ) の約 6,000 社といわれています なお 従業員数 500 人未満の中小企業へは適用されません また 親会社が連結でマネジメントレポートを発行している場合は これで代用することが可能となりますが 親会社が発行するレポートが本会計指令の要求を満たす必要があると考えられています これを在欧日系企業へ当てはめると 従業員が500 人以上おり EU 域内公認の証券取引所に上場している場合は適用対象になります 一方 EU 域内において非上場であっても 従業員が500 人以上いれば加盟国の指定により 適用対象となる可能性はあります ただし その場合でも 親会社が当該子会社を含む連結でマネジメントレポートを発行していれば そのレ このように 今後 EUでは 環境 社会 従業員 人権 腐敗防止に関する情報をマネジメントレポートで また 取締役の多様性に関する方針をコーポレート ガバナンス ステートメント ( マネジメントレポートに含めて開示することも可能 ) で開示することが求められます 従来 このマネジメントレポートには 企業の将来の事業発展と業績 財政状態 主要リスク等の情報が掲載されていました 今回 その範囲が大幅に拡大され 義務化される背景には 次の二つのメッセージがあります 第一に 企業の責任範囲が自社や自社グループを超えて サプライヤーや環境 地域社会にまで拡大していることです 当該企業や その所有者 ( 株主 ) の利益が 他のステークホルダーの犠牲に成り立つものでは 健全な経営といえません 自社を中心とした生態系 ( バリューチェーン ) 全体での富の共有と 自社の影響力に応じた責任の自覚を経営に促しているといえます Vol.96 Aug-Sep 2014 13
EY Institute 第二に 環境 社会 従業員 人権 腐敗防止等の課題をあらかじめ経営に組み込むことで 所有者 ( 株主 ) とステークホルダーの共有価値を最大化し 結果として企業に対するリスクの軽減につながることです 企業は単なるお金もうけの道具ではなく 社会にとって必要とされる存在でなければなりません 社会課題をあらかじめ経営に取り込み 企業が社会に与える負の影響を最小化しながら 持続可能な社会の実現に貢献している企業に 収益機会が生まれる仕組みをつくっていかなければなりません 今回の会計指令改正が 企業の開示すべき非財務情報を規定しているのに対し 国際統合報告評議会 (IIRC) が推進する統合報告では 開示内容もさることながら 開示方法についての枠組みが示されています では 統合報告書と普通の報告書では何が違うのでしょうか 一般的に統合報告といえば IIRCが出したフレームワークで定義されている内容を指します ただ よくよく見てみると 例えば 原則 に記されている 重要性 や 完全性 比較可能性 などは 従来のレポーティングにおいても求められており 内 容要素 ( 開示内容 ) にある 事業活動 や リスクと機会 なども すでに企業はアニュアルレポートや他のレポートを通じて開示しています つまり IIRC のフレームワークに書かれていることの多くは これまでの報告書にも当てはまり 統合報告そのものを特徴づけるものではありません では 統合報告を特徴づける要素は何でしょうか 筆者は それは価値創造ストーリー ( プロセス ) にあると考えています ここでいう価値とは 必ずしも財務価値だけを指しているわけではありません 人材や原材料など 企業が調達している さまざまな資源を どのような価値 ( 製品やサービス ) に変換し どの程度 貨幣や その他の資源と交換 ( あるいは還元 ) したか といった一連のプロセスやメカニズムを 価値創造プロセスといっています (< 図 1> 参照 ) こうした活動を通じて社内外に蓄積される さまざまな価値を資本として認識し 企業活動を通じて循環させ 持続可能な経営と社会を実現しようというのが 統合報告の目指す姿です こうして考えると 統合報告とは企業にとって目新しいことではなく 従来の経営で実践してきたこと そのものといえます 他方 企業は 今もなお短期的な利益圧力を受けていると聞きます また 次から次へと求められる経営 1 財務資本 使命とビジョン 財務資本 製造資本 ガバナンス 製造資本 知的資本 リスクと機会 戦略と資源配分 知的資本 ビジネスモデル インプット事業活動アウトプットアウトカム 人的資本 人的資本 社会 関係資本 実績 見通し 社会 関係資本 自然資本 自然資本 外部環境 長期にわたる価値創造 ( 保全 毀損 ) 出典 : 国際統合報告フレームワークから抜粋 14 Vol.96 Aug-Sep 2014
の透明性向上が 企業の開示に係る負担を増大させています その結果 企業は 投資家やメディアに聞かれることは開示するが そうでないものは開示しないといった受け身の姿勢となり 統合報告や非財務情報に対しても 頭ごなしに拒否反応を示してしまうことになります こうした傾向は大変残念なことです なぜなら 企業にとっては 長期的な株主との関係を構築する機会を逸しており 投資家にとっては 経営者の考えや力量を測る材料を失うからです CEO ステークホルダーは 企業が発行する報告書を通じて CEOが どのような機会やリスクを認識し 価値を創造しようとしているのかを 読み取ることができます 例えば ある報告書では 経営理念の実践のために いかに企業がその理念を従業員に浸透させようとしているのか どういった社会的価値を提供しているのか どのように社会や環境への負の影響を抑制しようとしているのか どのように社会と関わりながら財務価値を向上させていくのか などを経営戦略に織り込んで説明しています 他方 別の報告書では 立派な理念を掲げながらも 実際は財務価値しか記述がなく 自社の持続可能性のボトルネックとなる課題を ほとんど認識していないとします このように 報告書が示す経営ストーリーは いわばCEOの戦略的思考そのものであり CEOの世界観 倫理観 志向性が表れます 先に 企業は開示に対して受け身の姿勢になる傾向があると述べましたが このように 報告書はCEOのプレゼンテーションだ と考えれば 報告書を単なる財務データ集とするのではなく CEOの頭の中にあるストーリーやアイデアを表現した経営の脚本にすべきです こうして出来上がるのが 統合報告書です CEOの視野が狭く 短期的であれば その分 報告書の統合の程度も低くなります 広い経営の視点を持ち 長期的なストーリー さまざまなステークホルダーに対する配慮が経営戦略に統合されていれば まさにIIRCが提唱する統合報告といえるでしょう 日本企業はとかく 統合報告の形にこだわろうとします 形にこだわり過ぎると 本質を見失うどころか コミュニケーションの主導権も手放します 投資家の 要求に応えることも重要ですが CEOの頭の中にある世界観やストーリーを報告書に記すことが 統合報告の本質です そして 双方向のコミュニケーションこそが 投資家との長期的な信頼関係を構築します 統合報告は これまでの受け身の報告書から解放され CEOが思い描く経営を自由に表現できるプレゼンテーションなのです 統合報告の議論も 今回のEUの非財務情報開示義務化も 企業の目的は財務価値の向上だけでないことを示すとともに 環境 社会 従業員 人権 腐敗防止といった さまざまな社会 環境課題を経営に取り入れることを求めています これは いままでの短期志向の投資や経営が 社会や環境 人権に対する負の影響を見過ごし 財務価値向上のためなら ( 法律の範囲で ) 何をやってもいいといった経営が横行したことへの警鐘が鳴らされている証拠です しかし 伝統ある日本企業は 昔から社会に貢献することを社是とし ここでいわれる財務価値偏重型経営ではなかったはずです お金を追いかける経営ではなく 信頼と貢献の結果としてお金をいただく というプロセスが日本企業の成功の方程式でした しかし 近年はビジネスがグローバル化し 激しいコスト競争の結果 かつて創業者が志した経営と 現在の実態が かけ離れている可能性があります 一方で 日本企業は海外企業に比べ 株主価値を軽視するといった批判があるのも事実です もうけ は悪ではなく むしろ企業の持続可能な経営における必須要件です 多くの日本企業は 従業員等の身内を大切にするあまり 株主価値に対する意識は希薄だったかもしれません 重要なのは 株主価値が 環境や他のステークホルダーの犠牲の上に成り立つのではなく さまざまなステークホルダーとの価値交換の上に成り立つものであることです 健全な経営によって生み出された健全な利益であるかどうかが 経営の品質を決め これを積極的に説明できる企業が 競争優位性を手に入れる時代が来ています Vol.96 Aug-Sep 2014 15
EY Institute Ⅸ 統合報告書は発行すべきか ます そのためには 経営者が自社とステークホルダー の関係や ステークホルダーに与える正負の影響 さ 今 統合報告書を発行しないと 電車に乗り遅れ らには 価値交換 価値創造のメカニズムを理解する ますよ といった営業文句があると前述しました こ ことが重要です これは いわば経営理念の実践です こでいう統合報告書とは 何を指すのか分かりません 創業者が創業時に社会を見て抱いた志を 現在のCEO が 本質を理解したものとは思えません が現代社会において どのように実践するかが問われ では 統合報告書は発行すべきか という問いに対 ています しては 発行すべきだと回答します すでに発行して 統合報告や非財務情報開示の義務化について 欧米 いる報告書も 現時点での 統合度合いの低い 統合 流の経営や開示方法の押し付け 流行として理解する 報告書と考えられます 多様なステークホルダーの課 のではなく 日本型経営が競争優位性を発揮する機会 題や長期的な視点が あらかじめ経営の意思決定プロ と捉え 長期的な価値創造で社会に支持される経営を セスにインプットされていれば アウトプットとして 実践してほしいと願っています の報告書は おのずと統合されたものになります 経 営や経営者の思考が統合されていなければ 本質的な 統合報告書は発行できません つまり 真の統合報告書の発行を目指すことは 経 営とCSRを統合し 経営を進化させることにつながり お問い合わせ先 EY総合研究所 株 ビジネス調査部 E-mail EYInstitute@jp.ey.com Information EY総研インサイト 創刊のご案内 Service EY総合研究所 株 の研究成果を定期的にお届けするため機関誌 EY総研インサイト を創刊 各調査部 から1編のレポートに加え 特集では 2020年代の日本における経済と社会のあるべき姿を展望し 日本 が課題先進国ではなく 課題解決先進国として世界のモデルになることを願い 12の提言をまとめました URL eyi.eyjapan.jp/knowledge/insight/ 16 情報センサー Vol.96 Aug Sep 2014