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目次 1 降雨時に土砂災害の危険性を知りたい 土砂災害危険度メッシュ図を見る 5 スネークライン図を見る 6 土砂災害危険度判定図を見る 7 雨量解析値を見る 8 土砂災害警戒情報の発表状況を見る 9 2 土砂災害のおそれが高い地域 ( 土砂災害危険箇所 ) を調べたい 土砂災害危険箇所情報を見る

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第 41 巻 21 号 大分県農業気象速報令和元年 7 月下旬 大分県大分地方気象台令和元年 8 月 1 日

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平成 29 年 7 月九州北部豪雨における流木被害 137 今回の九州北部における豪雨は 線状降水帯 と呼ばれる積乱雲の集合体が長時間にわたって狭い範囲に停滞したことによるものである この線状降水帯による記録的な大雨によって 図 1 に示す筑後川の支流河川の山間部の各所で斜面崩壊や土石流が発生し 大

土砂災害警戒情報って何? 土砂災害警戒情報とは 大雨警報が発表されている状況でさらに土砂災害の危険性が高まったときに, 市町村長が避難勧告等を発令する際の判断や住民の方々が自主避難をする際の参考となるよう, 宮城県と仙台管区気象台が共同で発表する防災情報です 気象庁 HP より :

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2. エルニーニョ / ラニーニャ現象の日本への影響前記 1. で触れたように エルニーニョ / ラニーニャ現象は周辺の海洋 大気場と密接な関わりを持つ大規模な現象です そのため エルニーニョ / ラニーニャ現象は周辺の海流や大気の流れを通じたテレコネクション ( キーワード ) を経て日本へも影響

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Taro-●Ⅰ山口県の自然災害(P1-P5

台風経路図 9 月 5 日 09 時温帯低気圧に変わる 9 月 4 日 14 時頃兵庫県神戸市付近に上陸 9 月 4 日 12 時頃徳島県南部に上陸 8 月 28 日 09 時南鳥島近海で台風第 21 号発生 -2-

1. 天候の特徴 2013 年の夏は 全国で暑夏となりました 特に 西日本の夏平均気温平年差は +1.2 となり 統計を開始した 1946 年以降で最も高くなりました ( 表 1) 8 月上旬後半 ~ 中旬前半の高温ピーク時には 東 西日本太平洋側を中心に気温が著しく高くなりました ( 図 1) 特

この資料は速報値であり 後日の調査で変更されることがあります 時間帯 最大震度別回数 震度 1 以上を観測した回数 弱 5 強 6 弱 6 強 7 回数 累計 4/14 21 時 -24 時 /15 00 時 -24 時 30

Wx Files Vol 年2月14日~15日の南岸低気圧による大雪

避難勧告等の 判断 伝達マニュアル ( 土砂災害編 ) ひと 緑がかがやく田園と交流のまち 安全に安心して暮らせるまちの実現に向けて ( 概要版 ) 平成 26 年 9 月 1 日 北海道長沼町

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平成 30 年 2 月の気象概況 2 月は 中旬まで冬型の気圧配置が多く 強い寒気の影響を受け雪や雨の日があった 下旬は短い周期で天気が変化した 県内アメタ スの月降水量は 18.5~88.5 ミリ ( 平年比 29~106%) で 大分 佐賀関 臼杵 竹田 県南部で平年並の他は少ないかかなり少なか

(2) 第 819 号防災平成 29 年 9 月 1 日 H29. 7 九州北部豪雨 H 梅雨前線による大雨 ( 島根県 ) 及び H 梅雨前線による大雨 ( 秋田県 ) の状況 国土交通省及び全国防災協会の支援活動 ( 概報 ) 公益社団法人全国防災協会

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Transcription:

自然災害科学 J.JSNDS 33-283-100(2014) 2012 年 7 月 12 日に熊本県で発生した豪雨と洪水災害の特徴 山本晴彦 * 山崎俊成 * 山本実則 * ** 小林北斗 CharacteristicsofHeavyRainfalandFloodDisaster inkumamotoprefectureonjuly12,2012 HaruhikoYAMAMOTO *,ToshiakiYAMASAKI **, MinoriYAMAMOTO * andhokutokobayashi ** Abstract Heavy rain caused by abaiu front(stationary front)occured in Aso region of KumamotoPrefectureonJuly12,2012.InAso-otohimeAMeDASstation,themaximum 6 hours precipitation (1:00-7:00) and the maximum 3 hours precipitation (2:00-5:00) recorded459.5mm and288.5mm,respectively.inthekurokawariverwhichflowsaso City,the wateroverflowed itsbanksby the heavy rain and seriousflood damage occuredinuchinomakiarea,wherethemaximum inundationdepthwas270cm.shortterm downpoursupstream caused flooding ofthe downstream Tatsuta-Chinto area of KumamotoCity.Oursurveyshowedinundationheightsofupto465 cm inthearea. キーワード : 阿蘇市, 熊本県, 熊本市, 洪水災害, 梅雨前線 Keywords: AsoCity,KumamotoPrefecture,KumamotoCity,flooddisaster,Baiu-front 1. はじめに 2012 年 7 月 11 日から13 日にかけて, 本州付近に停滞した梅雨前線に向かって南から非常に湿った空気が流れ込み, 九州地方を中心に西日本から東日本にかけての広い範囲で大雨となった ( 気象庁, 2012a; 福岡管区気象台,2012; 熊本地方気象台, 2012) 本豪雨により, 土石流や河川の氾濫が発生し, 熊本県 (23 名 ) 福岡県 (4 名 ) 大分県 (3 名 ) で計 30 名の死者, 行方不明 2 名の人的被害, 住家の全半壊 (1,860 棟 ), 浸水被害 (12,600 棟 ) が相次いだ ( 内閣府,2012a; 国土交通省, 2012; 熊本県,2012; 大分県,2012) * 山口大学農学部 FacultyofAgriculture,YamaguchiUniversity ** 山口大学大学院農学研究科 GraduateSchoolofAgriculture,YamaguchiUniversity 本報告に対する討論は平成 27 年 2 月末日まで受け付ける 83

84 山本 山崎 山本 小林 :2012 年 7 月 12 日に熊本県で発生した豪雨と洪水災害の特徴 気象庁では, 九州北部を中心として各地で甚大な被害を発生した7 月 11 日 ~14 日の豪雨を 平成 24 年 7 月九州北部豪雨 と命名し ( 気象庁, 2012a),7 月 31 日には内閣府により6 月 8 日から7 月 23 日の間の豪雨で発生した被害を激甚災害に指定した ( 内閣府,2012b) ここでは,2012 年 7 月 12 日に発生した熊本県における豪雨の特徴, さらには熊本市と阿蘇市で見舞われた洪水災害について調査 解析結果を報告する 2.2012 年 7 月 12 日に発生した豪雨の特徴 2012 年 7 月 12 日 9 時の地上天気図 ( 気象庁, 2012b) および気象衛星 ひまわり7 号 の赤外画像 ( 高知大学気象情報頁,2012) を図 1に示した 梅雨前線が朝鮮半島南部から対馬海流にかけて停滞しており, 前線に向かって暖かく湿った空気が流れ込んだために大気の状態が非常に不安定となった このため,12 日の未明から早朝にかけて激しい雨が断続的に降り, 熊本県阿蘇地方を中心に記録的な大雨となった 図 2は集中豪雨に見舞われた12 日の2 時から7 時までの1 時間降水量の分布, 図 3には2 時 ~7 時の6 時間積算降水量の分布を示した 雨量分布図は, 九州地方 5 県 ( 福岡県 大分県 佐賀県 熊本県 宮崎県 ) における, 気象庁アメダスデータおよび国土交通省九州地方整備局と各県所管の雨量計データを収集 作成した高密度雨量データセットを使用し,ArcMap10.0(ESRI 社製 ) の SpatialAnalyst におけるスプライン機能により作成した (Esri,2013) なお, 今回作成した分布図は気象庁 ( または国土交通省河川局 ) の Cバンドレーダー分布と同程度である また, 図 3の6 時間積算降水量の分布図 (0~6 時 ) を GoogleEarth に重ね合わせて作成した3D 画像を図 4に示した 図 2では,2 時には熊本県阿蘇郡南小国町周辺で約 80mm/h 以上の猛烈な雨を伴う雨域が現れ, その後, 豪雨域は南に移動し,3 時から6 時にかけては阿蘇山北側に位置する阿蘇谷を中心に猛烈な雨を伴う降水帯が東西約 30km, 南北約 10km の帯状の範囲で発生している 図 3に示した2 時 ~7 時の6 時間積算降水量の分布図では, 外輪山に囲まれた阿蘇谷では上述した帯状の範囲で300mm を超えているが, 阿蘇山南側の南郷谷では250mm 以下となっている また, 図 3では不明瞭であった地形的な豪雨の特徴について, 図 4からは阿蘇山北側の阿蘇谷と南側の南郷谷で明瞭な違いを確認することが出来る 図 5には,( 一般財団法人気象業務センター )12 日に熊本でウィンドプロファイラにより観測され 図 1 2012 年 7 月 12 日 9 時の地上天気図 ( 左 ) および気象衛星 ひまわり 7 号 の赤外画像 ( 右 )

自然災害科学 J.J SNDS 332 2014 図2 2012年7月12日2時 7時における1時間降水量の分布図 図3 2012年7月12日2時 7時における6時間積算降水量の分布図 85

86 図4 山本 山崎 山本 小林 2012年7月12日に熊本県で発生した豪雨と洪水災害の特徴 Go o g l eea r t h 上段 に7月1 2日2時 7時までの6時間降水量の分布図を重ね合わせて作成した3D 画像 下段 図5 12日に熊本でウィンドプロファイラにより観測された上層風の風向 風速 一般財団法人気象業務セ ンター

自然災害科学 J.JSNDS 33-2(2014) 87 た上層風の風向 風速を示した 熊本では2 時から梅雨前線が通過時の6 時の豪雨発生時には南西ないし西南西の強風 ( 平均で約 20m/s) が卓越していることがわかる これに加えて図 4より, 黒川と白川が合流する立野の外輪山開口部から湿った気流が絶えず北東方向の阿蘇谷に対して流れ込み, 標高 400m の阿蘇谷の底部から1,100m の外輪山に沿って上昇することにより積乱雲が持続して発生し,2 時から6 時にかけて地形性豪雨が生じたものと推察される このように, 高密度雨量データに基づく雨量分布図を GoogleEarth に重ね合わせて3D 画像を作成することにより, 地形的特徴に基づいて雨量の局地的分布が生じていたことが理解できる ここで強調されることは, 一般的には気象庁のアメダスデータを用いて解析を行う場合, 本豪雨のような短い時間 ( 本豪雨では雨量強度が大きい時間帯は6 時間程度 ) で発生する集中豪雨に対しては,1 時間降水量のデータでは, その強弱が大まかでしかわからない その点,10 分間降水量は時間降水量の6 倍のデータ数であるため, 雨量強 度の変動を詳細に見ることができ, 避難指示等の判断を行うためにもきわめて重要なデータであることが推測される そのため本豪雨のような,0 時から6 時までのわずか6 時間の短時間豪雨を解析する場合, 時間降水量ではなく, さらに短い間隔の10 分間降水量を用いることが重要である 熊本地方気象台から刻々と発表される気象情報, それに伴い市役所が発令する警戒情報と伝達, 避難指示等, 分刻みでの情報に対応するためにはきめ細かな雨量情報の収集, 解析が必要である また, 本豪雨のような著しく局地性を有する豪雨現象の場合,17km 四方に設置されているアメダス雨量だけでは, 豪雨の局地性を見出すことは困難である 図 2は, アメダス以外に, 国土交通省の 川の防災情報 と熊本県の 統合型防災情報システム の雨量データを用いて ArcGIS により作図をしている 雨量データは5 倍程度に増えるため, 豪雨の局地性を詳細に分析に活用することが可能となる 図 6には,2012 年 7 月 11 日から12 日の阿蘇谷のほぼ中央部に位置するアメダスの阿蘇乙姫, およ 図 6 2012 年 7 月 11 日から 12 日の阿蘇乙姫, 阿蘇山の 1 時間降水量,10 分間降水量および積算降水量の推移

88 山本 山崎 山本 小林 :2012 年 7 月 12 日に熊本県で発生した豪雨と洪水災害の特徴 び阿蘇山の1 時間降水量,10 分間降水量およびその積算値の推移とリターンピリオド ( 再現確率 ) を示した なお, リターンピリオドは独立行政法人土木研究所 (2012) が公開している確率降雨強度式として fair 式を用いている アメダス降雨確率解析プログラム を使用した 阿蘇乙姫では, 11 日の24 時までは雨量強度も弱かったものの, 翌 12 日に入って急激に強度が高まり,2~6 時には 10 分間降水量が15mm( 時間降水量 90mm に相当 ) と猛烈な雨が降り続いており, 最大 1 時間降水量は108.0mm(5 時 53 分 ), 最大 6 時間積算降水量は1 時 ~7 時で459.5mm を観測している さらに, リターンピリオドが50 年の6 時間降水量は 48.7mm であるのに対し, 今回観測された最大 6 時間降水量 459.5mm は, リターンピリオド284 年に相当し, きわめて稀な降水現象であったことを物語っている 降り始めから積算降水量が 350mm を超えた5 時頃から阿蘇市東部の外輪山斜面で土石流が発生している 2009 年の山口県防府市で発生した豪雨の6 時間降水量 220.0mm はリターンピリオドが246 年であるのに対して, 阿蘇乙姫 6 時間降水量はその約 2 倍の459.5mm を観測しているが, リターンピリオドは284 年と大きくは変わらない このことは, 阿蘇乙姫が位置する阿蘇谷が, 防府と比べて多雨地域であることを意味している 阿蘇山では阿蘇乙姫よりも積算降水量, 雨量強度は低く, 最大 6 時間積算降水量は1 時 10 分 ~7 時 10 分で360.5mm と阿蘇乙姫の80% 弱であったが, リターンピリオドが50 年の6 時間降水量は 41.6mm であるのに対し, 今回観測された最大 6 時間降水量は約 295 年と, リターンピリオドについてはほぼ同値であった このように, 阿蘇谷を中心に局地的な集中豪雨に見舞われた結果, 土石流災害, さらには洪水災害が発生した 過去に本地域および九州北部で広域な大水害が発生した事象としては,1953( 昭和 28) 年 6 月 26 日 ( 通称 :6.26 水害 ) の梅雨前線による豪雨災害が上げられる 阿蘇山や英彦山を中心に総降水量が1,000mm を超え, 筑後川, 白川など九州北部のほぼすべての河川が氾濫し, 死者 行方不明者 1,000 名, 家屋の浸水被害 45 万棟の大災害となり, 熊本県では 白川大水害, 北九州市では 北九州市大水害 などの呼称が付けられている 今回の豪雨と過去の豪雨災害を比較するため, 1953 年の白川大水害時における阿蘇山と熊本, 近年の豪雨として1990 年 7 月 2 日に阿蘇乙姫での観測データについて,1 時間降水量および積算値の推移を図 7に示した 白川大水害では, 昼前に降雨が強くなり, 夜遅くに雨脚が弱まる長雨型 (13 ~14 時間 ) の豪雨であり, 阿蘇山では時間降水量は19 時で49.1mm と50mm 以下であるが,26 日降水量は432.3mm で日降水量としては観測史上第 1 位 ( 観測開始 1931 年 ) で, 今回の短時間集中豪雨の状況とは大きく異なっていることがわかる 本豪雨における白川の最大流量は3,200~ 3,400m 3 /s, 年超過確率は約 1/150 を観測しており, 熊本 ( 熊本地方気象台, 熊本市中央部に位置 ) の積算降水量は503.7mm と阿蘇山の90% 弱で, 降水パターンも阿蘇山とほぼ同様の傾向を示している このように,1953 年の白川大水害は, 白川水系全域に豪雨をもたらした広域型 長雨型豪雨によるものと言える 近年の1990 年 7 月 2 日に阿蘇乙姫で観測された豪雨は, 未明から降り始め, 午前中に60mm/h を超える集中豪雨となり, 昼過ぎには雨脚が弱まっている リターンピリオドは6 時間降水量 296mm で52.4 年,24 時間降水量 448mm で18.7 年であり, 今回の阿蘇豪雨と比べて雨量強度もやや弱く, 積算降水量は448mm(90%) であり, やや長雨型で雨量強度は中程度, さらに早朝から昼過ぎに午前中に降った豪雨であった 3. 阿蘇市及び熊本市における洪水被害の状況一級河川の白川水系の支流の一つである黒川の洪水により, 甚大な浸水被害を受けた阿蘇市の内牧地区を対象に, 地理情報と空中写真 地形図 洪水ハザードマップを併用した洪水被害の可視化を試みた まず, 内牧地区の南 3km に位置する阿蘇乙姫 ( アメダス ), 内牧地区内に位置する黒川水位局, および熊本 ( 地方気象台 ), 白川子飼橋に

自然災害科学 J.JSNDS 33-2(2014) 89 図 7 1953 年 6 月 26 日の白川大水害時における阿蘇山 熊本,1990 年 7 月 2 日に土砂災害時に阿蘇乙姫で観測された 1 時間降水量と積算降水量の推移 おける10 分間降水量と河川水位の推移および位置関係を図 8に示した 本豪雨の特徴は,1953 年 6 月 26 日 (6.26 水害 ) の白川大水害 ( 西日本水害調査研究委員会,1957) の際の降水イベントとは大きく異なり, 阿蘇地方 ( 阿蘇乙姫 ) と熊本 ( 熊本地方気象台 ) での雨の降り方が全く異なる点である 先の図 6にも示したように, 阿蘇乙姫の降水は6 時間の短時間集中豪雨で, 雨量強度は 20mm/10 分間を超え, 最大 1 時間雨量 106mm, 積算降水量 500.0mm であるのに対して, 熊本では雨量強度のピークは大きく変わらないものの, 最大でも12mm/10 分間で, 最大 1 時間雨量も31 mm に止まっており, 積算降水量も189.5mm と阿蘇乙姫の40% 弱である このように, 白川上流の黒川流域 ( 阿蘇谷 ) で6 時間降水量 459.5mm ( リターンピリオド284.0 年 ) ときわめて稀な降水イベントとなっている反面, 熊本では洪水を引き起こすほどの降水に見舞われていなかったことがわかる 熊本市内の白川子飼橋に隣接する龍田陳内地区では, 後述する大規模かつ甚大な洪水災害に見舞われており,2010 年の山口県山陽小野田市 の厚狭地区で発生した洪水災害 ( 山崎ら,2010) に見られた, 上流で降った雨が下流で洪水を引き越す, いわゆる もらい洪水 と同様な状況であったことがわかる 本項では阿蘇市内牧地区と熊本市龍田陳内四丁目における洪水被害の状況について記述する (1) 阿蘇市内牧地区阿蘇谷には白川水系の支流である黒川しか流れておらず, 阿蘇谷に局地的に降った短時間豪雨により一気に集水した黒川の水位が急激に上昇し, 外水氾濫を引き起こした 1 時の時点でわずか 0.5m ほどの水位であったものが, 雨量強度が増すにつれて2 時には水防団待機水位 2.07m,3 時半には氾濫危険水位 4.36m を超えて短時間で水位が急上昇し,9 時頃に6.5m と深夜から早朝にかけてのわずか8 時間強で5mも水位が上昇していることがわかる 日中であれば浸水被害を回避できる手段を取れた可能性もあるが, 深夜から未明の就寝後に発生した短時間豪雨に伴う浸水であったため, 家具, 電化製品, 畳, 車などを移動

90 山本 山崎 山本 小林 :2012 年 7 月 12 日に熊本県で発生した豪雨と洪水災害の特徴 10 分間降水量 (mm) 10 分間降水量 (mm) 白川子飼橋 ( 熊本市 ) の水位 (mm) 黒川 ( 阿蘇市内牧 ) の水位 (mm) 図 8 阿蘇乙姫と熊本における 10 分間降水量, 黒川 ( 阿蘇市内牧 ) と白川子飼橋 ( 熊本市 ) における水位の推移および観測局の位置 する減災行動を実施できたケースはきわめて少なかったことが現地のヒアリング調査からも明らかとなった 熊本県の地方新聞社である熊本日日新聞では, 新聞社で保存している1902( 明治 35) 年から現在までの写真を 熊日写真ライブラリー (2012) としてインターネットで公開している 今回の洪水災害が発生した内牧地区においても,1937( 昭和 12) 年の水害風景が掲載されており, 家屋前の通路が浸水していることがわかる この写真からも, 阿蘇谷では洪水災害が過去にも発生していたことを物語っている 図 9には, 洪水災害が発生した内牧地区における空中写真 ( 左 ) と地形図 ( 右 ), 現地調査 ( 調査日 :2012 年 9 月 22 日 ) により測定した約 80 ヶ所の浸水深 (cm) および写真 1~4の撮影位置を示した 図中の水色の中央部を東西に流れる河川が黒川で, それ以外は水路, 黒川を改修した以前の河道跡を示している 黒川より北側に東西に広がる 地域が内牧温泉街の中心部で,1897( 明治 30) 年に温泉が発見され, 阿蘇登山のための宿泊場所, 内牧から望む阿蘇の眺望の美しさ等から, 多くのホテル 旅館 保養所が造られてきた 黒川の河道は, 以前は街の中心部を流れていたが, 度重なる水害により改修事業が行われ, 現在は街の南側を流れている 7 月 12 日に発生した洪水災害以降, 筆者らは5 回の現地調査 ( 調査日 :2012 年 7 月 15-16 日,8 月 27 日,9 月 22 日,10 月 8 日,12 月 16-17 日,26 名にヒアリングを実施 ) を実施し, 地区内の洪水災害の状況を撮影すると同時に, 建物の浸水痕跡の計測を行った 浸水深は, 床下浸水の軽微な被害から家屋の軒下 200cm まで浸水するきわめて甚大な被害まで見受けられる 12 月初旬の調査時点でも改修等に時間を要し, 再開できない宿泊施設も見受けられており, 水害が地域経済に及ぼす影響はきわめて大きいものがある 写真 1は, 黒川の泉大橋における流木や塵芥の痕跡の被害状況であ

91 自然災害科学 J.J SNDS 332 2014 図9 洪水災害が発生した内牧地区における空中写真 左 と地形図 右 現地調査により測定した浸水 深 c m および写真1 写真2 写真3 写真4の位置 写真1 黒川の泉大橋における流木や塵芥の痕 跡 位置は図9に記載 写真2 洪水による浸水被害を受けた温泉旅館 位置は図9に記載 写真3 市営住宅の壁に見られる浸水痕跡 位 置は図9に記載 写真4 洪水の水圧により倒壊したフェンスと 側壁に見られる浸水痕跡 位置は図9 に記載

92 山本 山崎 山本 小林 2012年7月12日に熊本県で発生した豪雨と洪水災害の特徴 る 欄干に流木や塵芥が引っかかっており 橋梁 た 図12には図11の内牧温泉中心部を拡大したも の高さまで水位が達していることが伺える 写真 のを示している 2は黒川右岸に位置する宿泊施設の被害状況であ 洪水ハザードマップに示された浸水想定区域の る 大量の流木が堤防から敷地内に流入してお 浸水深の区域は 最新の DEM データが整備され り 多くは温泉施設の建物内部にまで達してお る前の標高データ 2 5 000分の1 を用いている り 営業再開に至っていない状況であった 写真 ため 微細に起伏した地形が反映されていない 3は市営住宅の被害状況で 浸水痕跡が173c mに このため 微細な地形を十分に考慮が出来ず 浸 残っており 平屋建てに居住する住民は屋根裏へ 水想定区域の色分けも大まかな表示となってい 避難した事例も見受けられた 写真4は中心部の る これを踏まえ 筆者が作成したデジタル標高 駐車場と温泉旅館の側壁の被害状況である 駐車 地図を見ると 標高の精度誤差が数10c mである 場のフェンスは木切れ等の塵芥が付着して フェ ため 微細な地形を詳細に表現できている とく ンス網目の閉塞による水圧により倒壊する被害が に 中央部を流れる黒川の河道跡と思われる水路 生 じ て い る 温 泉 旅 館 の 側 壁 に も 浸 水 痕 跡 が の低地部分 旧河道周り などは 図10の既存の 169c mに残っており 基礎を高くして建築してい ハザードマップでは詳細に表現されていないが るにも関わらず 浸水被害を生じていた 図12の筆者が作成したデジタルマップでは詳細に 図10には阿蘇市が作成した洪水ハザードマップ 表示されていることがわかる 阿蘇市防災マップ 2012 に 筆者の現地調査よ 図13には 洪水ハザードマップに記載された浸 り得られた浸水深を 図11には筆者が国土地理院 水深の予測値と筆者が計測した浸水深の実測値と の DEM データを用いて作成したデジタル標高地 の関係を示した 浸水深の予測値は0 50c mを 図に同様の浸水深を記入したものを示した ま 中心値の2 5c m これ以外も5 0 100c mを 75c m 図10 阿蘇市が作成した洪水ハザードマップと現地調査より得られた浸水深 c m 阿蘇市防災マップに浸 水深を加筆

自然災害科学 J.J SNDS 332 2014 93 図11 DEM データを用いて作成したデジタル標高地図と浸水深 c m 図12 DEM データ 国土地理院 を用いて作成したデジタル標高地図と現地調査により得られた浸水深 c m

94 山本 山崎 山本 小林 :2012 年 7 月 12 日に熊本県で発生した豪雨と洪水災害の特徴 図 13 洪水ハザードマップに記載された浸水深の予測値と現地調査により得られた実測値との関係 100~200cm を 150cm,200~300cm を250cm としている 浸水深の予測値が0~50cm の区域でも, 上述した河道跡の低地などでは浸水の実測値は50~180cm にも達しており, 予測値を大幅に上回る浸水被害となっている これとは反対に浸水想定が200~300cm の区域では40~120cm に止まっており, 予測値を下回る結果となっている 以上のように, 洪水ハザードマップによる浸水の予測値が本水害による実測値と大きく異なっていることが明らかになった (2) 熊本市龍田陳内四丁目図 3と図 4に示したように, 阿蘇谷で降った記録的な短時間豪雨により, 黒川から本流の白川に流入した河川水は, 本流を流下して水位が急激に高まり, 図 14( 国土地理院 : 電子国土基本図 ) に示した屈曲部の熊本市龍田陳内地区では外水氾濫により大規模な洪水災害が発生した 本地区を含む白川の両岸は, 図 15 に示した治水地形分類図 ( 国土地理院,NI-52-11-4-3( 熊本 4 号 -3)) から も明らかなように 氾濫平野 に位置し, 幾度となく白川の洪水により外水氾濫を繰り返してきた地区である このため, 熊本市では図 16 に示した白川洪水避難地図 ( 洪水ハザードマップ,2012) を作成し, 被害が甚大であった龍田陳内四丁目では2~5mの浸水想定を行っていた 図 8に示した子飼橋での水位観測のように, 夜中の1 時の時点でわずか0.5m ほどの水位であったものが2 時には水防団待機水位 2.07m,3 時半には氾濫危険水位 4.36m を超え, 短時間で水位が急上昇し,9 時頃に6.5m と深夜から早朝にかけての僅か8 時間強で5mも上昇している 龍田陳内四丁目での現地調査によれば, 8 時前には浸水していなかったが, テレビを見終えて外に出た 8 時 15 分過ぎには浸水が始まっており, 車を高台に移動して戻る際には自宅に近づけないまでに水位が上昇していた と述べている このように, 住宅地内に白川の氾濫水が急激に入り込んだ結果, 自主避難が出来ずに取り残された住民は自衛隊がヘリコプターにより救助することとなった

自然災害科学 J.J SNDS 332 2014 図14 熊本市内を流れる白川の河道と屈曲部の龍田陳内地区 枠で示した箇所 図15 治水地形分類図 NI 521143 熊本4号3 95

96 山本 山崎 山本 小林 2012年7月12日に熊本県で発生した豪雨と洪水災害の特徴 図16 白川洪水避難地図 洪水ハザードマップ と拡大した龍田陳内四丁目の地図 阿蘇市防災マップ 図17 DEM データを用いて作成したデジタル標高地図と浸水深 c m 国土地理院 基盤地図情報 数値標 高モデル5mメッシュ 標高

97 自然災害科学 J.J SNDS 332 2014 図17には DEM データを用いて作成したデジタ さにまで水位が達している 堤防近くのこれらの ル標高地図 右上の拡大図には龍田陳内四丁目に 箇所では 全壊 半壊の家屋が数多く見受けられ おいて筆者の現地調査 調査日 2012年7月16日 写真5 ④ では外水氾濫による水圧で家屋が押 により得られた浸水深 c m 被災写真の位置を し倒される甚大な被害が発生している 示した 龍田陳内四丁目は 白川河道の屈曲部に このように 龍田陳内四丁目は デジタル標高 位置し 白川に突き出て南向きに傾斜した地形 地図を見ても緑色の部分で標高が低く しかも白 で 豊肥本線沿いの市道 標高約4 0m から龍田 川の屈曲部に位置し 河川の流量が急激に増加す 陳内四丁目の通称 枇杷の首 と呼ばれる リバー れば 河道断面が狭いために河川水が河道内に流 サイドニュータウン に入ると 団地内の先端部 下し切れず 標高が低い右岸の堤防を越えて外水 標高約2 5m まで徐々に標高が低くなっており 氾濫が発生する被害は1990 平成2 年7月の豪 約500mの距離で15mもの高低差が存在する 写真5 ① は 白川左岸から対岸の屈曲部 雨時にも発生している ヒアリング調査 調査日 2012年 7 月1 6日 8月27日 9月23日 12月16- 枇杷の首 リバーサイドニュータウン を写し 17日 15名へヒアリングを実施 によると1 990年 たものである 写真5 ② を見ても分かるよう 水害時には リバーサイドニュータウンの中心に に白川の河道の屈曲部に沿って 外水氾濫により 位置する北東 -南西に横切る道路まで外水が流入 河川水が家屋の1階部分を直撃し 水圧により家 したが 本水害ではそれを上回る外水が流入し 屋が破壊される被害が見て取れる 写真5 ③ 図17に示したように 団地の北部では浸水深が に示した白川の堤防に隣接するアパートでは 浸 200c m以下 であるが 南に下るにつれて浸 水深は軒下の約200c m 道路面からは4 65c mの高 水深は高くなり 白川の堤防に面した町内の南端 写真5 ① ④ 龍田陳内四丁目における洪水災害の状況 2012年7月15日撮影

98 山本 山崎 山本 小林 :2012 年 7 月 12 日に熊本県で発生した豪雨と洪水災害の特徴 部 ( 写真 5) では400cm を超える深さまで浸水し, 外水の流水圧による家屋の倒壊も生じている被害となった 熊本市が作成した洪水ハザードマップでも, 龍田陳内四丁目は2~5mの浸水想定となっているが, 今回の豪雨は上流の阿蘇地方で降った集中豪雨が支流の黒川から本流の白川に流れ込み, 水位を急速に上昇させて外水氾濫を引き起こしたいわゆる もらい水害 の典型的な事例であった それに加え, 地域住民はもとより, 白川を管理する行政機関も洪水予報や伝達に対する十分な対応が取れなかったことも被害を拡大した要因と考えられる 甚大な浸水被害に見舞われた龍田陳内四丁目を対象に, 国土変遷アーカイブ空中写真閲覧システム ( 国土交通省国土地理院 ) を用いて, 土地利用の変遷を写真 6に示した 1947( 昭和 22) 年の空中写真では屈曲部の一部に樹林地が形成されており, 過去に発生した白川の洪水により土砂が堆積し運ばれてきた種子が発芽, 生育し, 形成されたものと推察される 1956( 昭和 31) 年の写真には, 撮影年の3 年前の1953( 昭和 28) 年 6 月 26 日 (6.26 水害 ) の白川大水害時において, 屈曲部に土砂が堆積し, 新たに形成された河道の痕跡 ( 白い部分 ) も認められる その14 年後の1967( 昭和 42) 年には土砂が堆積した箇所には樹林地が再生されており, 昭和 22 年とほぼ同様な状態となっている わが国における高度経済成長期に相当する 1975( 昭和 50) 年には, 枇杷の首 の西側で宅地開発がすでに開始されており, 住宅が建ち始めていることがわかる さらに,1986( 昭和 61) 年には宅地開発がほぼ完了し,1992( 平成 4) 年には現在の状況となっている このように, 写真 6の終戦直後や白川大水害後の写真を見ても洪水の痕跡が確認でき, 図 15 の治水地形分類図でも洪水平野に位置付けられている地区に, 経済高度成長期の一戸建て住宅の開発ブームの際に リバーサイドニュータウン として開発が進んでいったことが伺える 結果的には, 標高が低く白川の屈曲部に位置する 水害常襲地 に, 宅地開発が進められた 熊本県は, 水害から約 3ヶ月が経過した10 月 23 日, 白川の改修に関する住民説明会を開き, 蛇行している河道を緩やかにするために龍田陳内 4 丁目の住宅約 110 戸の土地を買収する計画を示している 5ヶ年計画で実施し, 住民に補償額 ( 約 10 万円 / 坪, 現地における聞き取り調査の結果 ) を提示しているが, 団地住民の高齢化, 被害家屋やすでに取り壊した家屋への保証額等を含め, 地方自治体と町内会の間での交渉が継続されている 4. おわりに 2012 年 7 月 11 日から12 日にかけての集中豪雨により, 洪水災害に見舞われた阿蘇市 ( 内牧地区 ) の黒川水系と熊本市 ( 龍田陳内地区 ) の白川水系を対象に, 豪雨と河川水位の特徴, 洪水災害の概要を現地での浸水調査に基づいて報告した 今後は, 本豪雨による被災状況を踏まえた, ハード面 ソフト面における水害対策の再検討が必要と考えられる 特にソフト面については, 雨量 水位 地形等に基づく, 総合的かつ, より具体的な防災対策を地区住民で話し合うことで, 防災力 防災意識の向上やコミュニティの強化につなげる必要がある 7 月 11 日 ~14 日に発生した 九州北部豪雨 については, 各地域で土砂災害 洪水災害により甚大な被害が生じており, それぞれの場所で発生時間 地理的 地形的要因等が大きく異なっている 熊本県の事例の他に, 山本ら (2013), 国土交通省 (2012) は7 月 3 日 14 日の大分県日田市 ( 花月川 ) 中津市 ( 山国川 ) 豪雨災害について報告している 今後は, 大分県竹田市 ( 玉来川,12 日 ), 福岡県八女市 ( 矢部川,14 日 ) などで発生した被害について報告を予定している 謝辞本調査研究は, 総務省 戦略的情報通信研究開発推進制度 (SCOPE) における 地域 ICT 振興型研究開発 の平成 23 年度採択課題 3D 映像と GIS を融合した洪水時における安全な避難路の見える化ツールの研究開発,( 財 ) 河川情報センターの研究助成課題 平成 24 年 7 月九州北部豪雨を対象とした高密度雨量観測データセットの構築に基

自然災害科学 J.J SNDS 332 2014 99 写真6 龍田陳内四丁目における空中写真による土地利用の変遷 国土変遷アーカイブ空中写真閲覧システム

100 山本 山崎 山本 小林 :2012 年 7 月 12 日に熊本県で発生した豪雨と洪水災害の特徴 づくマクロγスケールの雨量解析と避難情報への活用 の一部として実施した 取り纏めにあたり, 国土交通省 ( 国土地理院 ) の電子国土基本図, 基盤地図情報, 国土変遷アーカイブ 空中写真閲覧システムを使用し, 国土交通省九州地方整備局河川部, 大分県土木建築部, 宮崎県県土整備部, 福岡県県土整備部, 熊本県危機管理防災課 河川課からは雨量 河川水位データを御提供していただいた ここに厚く感謝の意を表します 参考文献 1) 阿蘇市 : 阿蘇市防災マップ防災マップ割図 16 内牧, 黒川, 尾ヶ石 htp:/www.city.aso.kumamoto.jp/disaster/protection_ map/pdf/016-017.pdf,2012 年 12 月 18 日 2) 独立行政法人土木研究所, アメダス降雨確率解析プログラム,2012.htp:/www.pwri.go.jp/jpn/ seika/amedas/top.htm,2012 年 12 月 19 日 3)Esri:ArcGISResourceCenter スプライン (Spline) の仕組み.2012. htp:/help.arcgis.com/ ja/arcgisdesktop/10.0/help/index.html#/na/009z00 000078000000/,2012 年 12 月 18 日 4) 福岡管区気象台 : 災害時気象速報平成 24 年 7 月九州北部豪雨.39p.,2012.htp:/www.jmanet.go.jp/fukuoka/chosa/kisho_saigai/20120711-14. pdf,2012 年 11 月 28 日 5) 気象庁 : 平成 24 年 7 月九州北部豪雨 の発生要因について.3p.,2012a.htp:/www.jma.go. jp/jma/press/1207/23a/20120723_kyushu_gouu_ youin.pdf,2012 年 12 月 18 日 6) 気象庁 : 日々の天気図 No.126(2012 年 7 月 ). 4p.,2012b.htp:/www.data.jma.go.jp/fcd/yoho/data/ hibiten/2012/201207.pdf,2012 年 12 月 18 日 7) 北園芳人 他 : 平成 24 年 7 月 12 日集中豪雨による阿蘇地域の土砂災害, 平成 24 年度自然災害総合研究班西部地区部会報研究論文集,No.37, pp.41-44,2013. 8) 高知大学気象情報頁 :2012 年 7 月 12 日 9 時赤外画像.2012.htp:/weather.is.kochi-u.ac.jp/sat/ gms.fareast/2012/07/12/fe.12071209.jpg,2012 年 12 月 18 日 9) 国土交通省 : 平成 24 年 7 月 3 日からの梅雨前線豪雨による被害と九州地方整備局の対応. 80p.,2012a.htp:/www.qsr.mlit.go.jp/bousai_joho/ saigai_news/pdf/h24/20120731_01.pdf,2012 年 12 月 19 日 10) 国土交通省 : 梅雨前線に伴う平成 24 年 7 月 13 14 日出水について ( 速報版第 3 報 ).52p., 2012b.htp:/www.qsr.mlit.go.jp/n-kisyahappyou/ h24/120810/index4.pdf,2012 年 12 月 19 日 11) 熊本地方気象台 : 災害時気象資料平成 24 年 7 月 11 日 ~13 日の熊本県の大雨について.23p., 2012.htp:/www.jma-net.go.jp/fukuoka/chosa/saigai/ 20120712-14_oita.pdf,2012 年 12 月 19 日 12) 熊本県 : 平成 24 年 7 月 12 日熊本広域大水害に係る被害状況と本県の対応.17p.,2012. htp:/www.pref.kumamoto.jp/uploaded/life/106499 8_1142459_misc.pdf,2012 年 12 月 19 日 13) 熊本日日新聞社 : 熊日写真ライブラリー htp:/bp.kumanichi.com/photo/,2012 年 12 月 18 日 14) 熊本市 : 熊本市ハザードマップ ( 洪水 高潮 地震 ) 白川 ( 県管理区間 ) 洪水避難地図 htp:/www.city.kumamoto.jp/hpkiji/pub/detail.aspx?c_ id=5&id=2121,2012 年 12 月 19 日 15) 内閣府, 平成 24 年 7 月 11 日からの大雨による被害状況等について ( 第 15 報 )(8 月 16 日 19:00 分現在 ).21p.,2012a.htp:/www.bousai.go.jp/ updates/pdf/h2407kumamotoooame15.pdf,2012 年 12 月 19 日 16) 内閣府, 平成二十四年六月八日から七月二十三日までの間の豪雨及び暴風雨による災害についての激甚災害並びにこれに対し適用すべき措置の指定に関する政令 について ( 平成 24 年 8 月 3 日 ).3p.,2012b.htp:/www.bousai.go.jp/ taisaku/gekijinhukko/pdf/120803-1kisya.pdf,2012 年 12 月 19 日 17) 西日本水害調査研究委員会 : 昭和 28 年西日本水害調査報告書, 土木学会西部支部,589p., 1957. 18) 大分県 : 平成 24 年梅雨前線豪雨災害復旧 復興推進計画.37p.,2012.htp:/www.pref.oita.jp/ uploaded/atachment/155990.pdf,2012 年 12 月 19 日 19) 山崎俊成 他 :2010 年 7 月 15 日に山口県において発生した豪雨と水災害の概要. 自然災害科学,Vol.29,No.3,pp.413-425,2010. 20) 山本晴彦 他 :2012 年 7 月に大分県北部で発生した豪雨と洪水災害の特徴. 自然災害科学, Vol.32,No.3,pp.233-248,2013 ( 投稿受理 : 平成 25 年 12 月 26 日訂正稿受理 : 平成 26 年 4 月 24 日 )