胎盤の正常構造 : 絨毛性疾患および胎盤病変を理解するための基本 千葉大学大学院医学研究院病態病理学清川貴子 絨毛性疾患や胎盤病変の診断には, 正常構造の理解が不可欠である. ここでは, 胎盤形成期と成熟胎盤の正常構造について概説する. 1. 胎盤形成期の正常構造受精卵は受精後 6 日目ないし 7 日目に桑実期から胚盤胞の状態で子宮内膜に着床する. 着床後, 受精卵からは, 胎芽, 羊膜, 卵黄嚢, 絨毛膜が形成される. 妊娠により子宮内膜には, 子宮内膜腺のアリアス ステラ反応 Arias-Stella reaction と間質の脱落膜変化が生じる. アリアス ステラ反応とは, 内膜腺の分泌亢進により細胞質が淡明で豊富となり, 核は腫大しクロマチンに濃染する変化であり,hobnail 型細胞も認めるようになる. 上皮の偽重層化を認めることはあるが, 真の乳頭状構造を呈することはなく, 核分裂像はほとんど認めない. 妊娠時の内膜では, アリアス ステラ反応を示す子宮内膜腺と低円柱上皮の単層配列からなる拡張した内膜腺が混在する. 脱落膜変化とは, 子宮内膜間質細胞が, グリコーゲンの豊富な広い細胞質を有する多角形上皮様細胞すなわち脱落膜細胞に変化することをさす. びまん性に脱落膜細胞で置換された子宮内膜が脱落膜であり, 着床部の脱落膜を基底脱落膜 decidua basalis と呼ぶ. 胎盤は, 絨毛膜から発生した絨毛と基底脱落膜から形成される. 妊娠初期の絨毛膜は, 細胞性栄養膜細胞 (Langhans 細胞 ) とそれから分化した合胞体栄養膜細胞とからなるが, まず合胞体栄養膜細胞に裂孔が生じ, 癒合拡大し母体血が流入する. 受精後 14 日から 18 日に, 合胞体栄養膜細胞が細胞性栄養膜細胞を取り囲み索状配列する一次絨毛が, 続いて, その芯に中胚葉由来の間質細胞が侵入した二次絨毛が, 受精後 19 日から 21 日には絨毛間質に毛細血管を有する三次絨毛が形成される. 三次絨毛の先端からは栄養膜細胞が基底脱落膜方向に柱状に増殖し (trophoblastic collum) 縦軸方向に成長する一方, 基底脱落膜に達して横に広がり, 癒合して栄養膜殻 trophoblastic shell を形成する. この際, まず細胞性栄養膜細胞が増生し, これが基底膜に達すると, より大型で結合性に乏しい絨毛部中間型栄養膜細胞が形成され, 続いて着床部中間型栄養膜細胞 implantation site intermediate trophoblast に分化して基底脱落膜に ( 後には子宮筋層にも ) 浸潤する. この際, 中間型栄養膜細胞は基底脱落膜のらせん動脈壁を置換するように浸潤し, 胎児 - 母体間の血液循環が確立される. 着床部中間型栄養膜細胞は, 好酸性または両染性の細胞質とクロマチンに濃染する不整形の核や多核を有し, 浸潤性に増生するため, 悪性腫瘍と誤認されることがあるが, 核分裂像や細胞増殖活性は殆どない (Ki-67 陽性率 <1%). 細胞質内空胞を有することもある. 免疫組織化学的にサイトケラチン陽性, ヒト胎盤ラクトーゲン (hpl) 陽性である. 以上のように, 胎盤形成期には栄養膜細胞の増生は著しいが, 一定の方向に増生し極性が保たれる. また, 栄養膜細胞には
細胞性, 合胞体, 中間型と3 種類があるが, 後 2 者は細胞性栄養膜細胞から分化する. 完成された絨毛は, 外側の合胞体栄養膜細胞 ( 細胞質は厚く空胞を有し, 多核で核クロマチンは濃縮傾向を示す ), その内側に配列する細胞性栄養膜細胞 ( 多角形ないし類円形の上皮細胞で, 細胞質は淡明ないし顆粒状, 細胞膜は明瞭, 単核 ), 絨毛間質から構成され, 絨毛間質血管には胎児血が流れる. 絨毛間腔には母体血が流れる, 絨毛胎児への酸素および栄養は, 絨毛間腔の母体血から絨毛を被覆する栄養膜細胞を通り, 絨毛間質血管を経て胎児に送られる. 胎児の老廃物はこの逆の経路で母体血中に戻される. 合胞体栄養膜細胞はヒト絨毛性ゴナドトロピン (HCG) を産生する. 2. 成熟胎盤の正常構造成熟胎盤は円形ないし楕円形で, 径 20cm, 厚さ 2.5cm, 重量 500g 弱である. 胎盤の胎児面は羊膜で覆われ, その直下に絨毛膜 ( 板 ), 絨毛および絨毛間腔が存在し, 絨毛末端部の一部は母体側の脱落膜に付着する. 羊膜は, 単層に配列する立方上皮, 基底膜, 結合織からなる. 絨毛膜 ( 板 ) は, 結合織, 単核栄養膜細胞, 硝子化した絨毛からなり, 臍動脈および臍静脈が走行する. 胎盤の胎児面には, 肉眼的に血管が観察されるが, 動脈は交差部で静脈の胎児側 ( 上 ) を走行する. 羊膜と絨毛膜の間には狭い間隙がある. 絨毛膜からは幹絨毛が出て枝分かれし, 成熟中間絨毛, 末端絨毛が複雑な構造を呈する. 絨毛末端は, 絨毛間腔に浮遊するものと母体側の基底脱落膜に付着するものがある. 妊娠後期の絨毛は小型化し, 合胞体栄養膜細胞は扁平化し, 細胞性栄養膜細胞の数は減少し非連続的に観察される. 絨毛間質毛細血管は合胞体栄養膜細胞直下の絨毛辺縁に局在する. 胎盤の母体面は脱落膜で覆われており, 肉眼的に 15 から 20 の小分葉状構造すなわち cotyldon を形成する. 各 cotyldon の中央部から螺旋動脈の末端が流れ込む. ただし cotyldon が肉眼的に不明瞭な症例もあり, 明瞭か否かは個人差が大きい. 脱落膜は, 絨毛間腔に面する被包脱落膜 decidua capsularis( 緻密脱落膜 ) と子宮筋層に接する壁脱落膜 decidua vera( 海綿脱落膜 ) からなるが, 分娩時には2 者の間に裂隙状間隙が生じ, 胎盤が剥離, 娩出される. 臍帯 umbilical cord は, 胎盤の胎児面中央ないしやや中央からずれて胎盤に付着する. その長さは 28 週以降ほぼ不変で, 平均 55-6-cm である. 組織学的に, 臍帯の表面は羊膜に連続する単層立方上皮で覆われ, 内部には 2 本の臍帯動脈と 1 本の臍帯静脈を有し, 間質は疎な膠様結合組織からなり Wharton s jelly と呼ばれる. 参考文献 1.Benirschke K, Kaufmann P, BaergenR. Pathology of the Human Placenta 5 th ed. Springer, 2006 2.Kraus FT, Redline RW, Gersell DJ, et al. Atlas of nontumor pathology: Placental Pathology. AFIP, 2004 3.Gersell DJ, Kraus FT. Disease of the Placenta. In Blaustein s Pathology of the Female genital tract 5 th ed. Springer, 2002 4. 中山雅弘. 目で見る胎盤病理. 医学書院,2002
胎盤の正常構造 : 絨毛性疾患および胎盤病変を理解するための基本 千葉大学大学院医学研究院病態病理学清川貴子 目次 1. 胎盤形成期の正常構造 胞状奇胎の診断 を理解するた め 2. 成熟胎盤の正常構造 胎盤のみかた を理解するため 胎盤形成期 胎盤形成期の正常構造 受精卵 胎芽卵黄嚢羊膜絨毛膜 絨毛 子宮内膜間質 : 脱落膜変化 * 胎盤 * 基底脱落膜 decidua basalis (DB): 着床部の脱落膜 基底脱落膜 絨毛 胎芽 絨毛膜腔 合胞体栄養細胞 卵黄嚢 絨毛 栄養膜細胞層 ( ラングハンス細胞 ) 1
妊娠時の内膜の変化 間質 : 脱落膜変化 妊娠時の内膜の間質の変化脱落膜変化 腺 : アリアス ステラ反応 着床部内膜の変化中間型栄養膜細胞の浸潤 妊娠時の内膜腺の変化アリアス ステラ反応 妊娠時の内膜腺の変化アリアス ステラ反応 胎盤形成期 妊娠初期の絨毛膜細胞性栄養膜細胞 (CT), 合胞体栄養膜細胞 (ST) STに裂孔が生じ, 癒合拡大し母体血が流入 14 日 ( 以下受精後の日数 ) から 18 日一次絨毛の形成 STがCTを取り囲み索状配列二次絨毛の形成芯に中胚葉由来の間質細胞が侵入 2
胎盤形成期 19 日から21 日三次絨毛の形成 : 絨毛間質に毛細血管形成栄養膜殻の形成三次絨毛の先端から中間型栄養膜細胞 (IT) が増殖し, 基底脱落膜に達する 栄養膜殻を形成着床部で中間型栄養膜細胞が脱落膜に浸潤錨絨毛 anchoring villi 胎盤形成期 : 栄養膜殻の形成 胎盤形成期 : 栄養膜殻の形成 胎盤形成期 : 栄養膜殻の形成 栄養膜殻の形成 脱落膜への中間型栄養膜細胞の浸潤 胎盤形成期 : 三次絨毛 胎盤形成期 : 三次絨毛 絨毛間質血管 絨毛間質毛細血管. 栄養膜細胞の一定方向への増生. 3
胎盤形成期 : 三次絨毛 細胞性栄養膜細胞 合胞体栄養膜細胞 中間型栄養膜細胞 絨毛の成熟による ( 経時的 ) 変化 正常着床部 : 子宮体上, 後壁, 正中 絨毛は時間と共に変化 = 成熟絨毛は小型化合胞体栄養膜細胞 (ST) の層は菲薄化細胞性栄養膜細胞 (CT) は非連続化血管は辺縁へ 絨毛の成熟による ( 経時的 ) 変化 初期 中期 後期 末梢絨毛径 170μm 70μm 40μm ST 立方状, 核は 扁平化, 核の 合胞体結節 均等に配列 不均一分布 CT 連続性 非連続性 (16w ごく僅か ~ 不明瞭 ) 絨毛間質 疎 線維芽細胞, 膠原線維の増加 絨毛内血管 中心性 辺縁 ST 直下 STと癒合 ST: 合胞体栄養膜細胞,CT: 細胞性栄養膜細胞 絨毛は週数とともに小型化する 妊娠 6 週 妊娠 23 週 妊娠 35 週 妊娠 39 週 京都医療センター研究検査科南口早智子先生のご厚意による 胎盤形成期のポイント 1. 栄養膜細胞は著しい増生を示すが, 方向性をもって増生し ( 栄養膜細胞柱 ) 極性が保たれている 2. 栄養膜細胞細胞性栄養膜細胞 ( 幹細胞 ) 分化合胞体栄養膜細胞中間型栄養膜細胞 分化 Key words 栄養膜殻 trophoblastic shell 栄養膜細胞柱 trophoblastic collum 栄養膜細胞 trophoblast 合胞体栄養膜細胞 syncytialtrophoblast 細胞性栄養膜細胞 cytotrophoblast 中間型栄養膜細胞 intermediate trophoblast (IT) villous IT, chorionic IT implantation site IT, 絨毛 : 幹絨毛, 未熟中間型絨毛, 末梢絨毛 4
成熟胎盤 成熟胎盤の正常構造 円形ないし楕円形 : 径 20cm, 厚さ2.5cm, 重量 500g 弱 羊膜絨毛膜絨毛および絨毛間腔絨毛末端部の一部は母体側の脱落膜に付着部 脱落膜被包脱落膜 ( 緻密脱落膜 ): 絨毛間腔に面する壁側脱落膜 ( 海綿脱落膜 ): 子宮筋層に接する分娩時には2 者の間に裂隙状間隙が生じ, 胎盤が剥離, 娩出される 成熟胎盤 成熟胎盤 胎児面 母体面 臍帯 卵膜 ( 絨毛膜無毛部 ) cotyldon Chorionic plate 成熟胎盤 成熟胎盤の組織像 羊膜 絨毛膜 ( 板 ) Terminal villi 末端絨毛 絨毛間腔 Decidua 脱落膜 Stem villi 幹絨毛 絨毛 京都医療センター研究検査科南口早智子先生のご厚意による 5
成熟胎盤の組織像 : 絨毛膜無毛部 羊膜 絨毛膜 成熟胎盤の組織像 : 絨毛膜無毛部 羊膜上皮基底膜結合織 絨毛膜 ( 板 ) 結合織単核栄養膜細胞硝子化した絨毛 脱落膜 脱落膜 成熟胎盤の組織像 : 絨毛 臍帯 umbilical cord 2 臍動脈,1 臍静脈 V A Wharton s jelly A 妊娠末期の子宮 壁側脱落膜 ( 海綿脱落膜 ) 壁側脱落膜 ( 海綿脱落膜 ) 子宮筋層 6