中国における教育について (2) ~ 教育集団 ~ 知識が運命を変える? ある中国の教員の 2011 年 7 月 25 日付け 微博 ( 中国版ツィッター ) が注目を集めている タイトルは 寒門再難出貴子 ( いまや貧しい家からの出世は困難 ) 現状 中考 ( 高校入試 ) や高考 ( 大学入試 ) での成績上位者はほとんどが富裕層の子弟 教師や教育システムの充実した豊かな都市と 教師のなり手にさえ事欠く農村とでは 教育環境自体が全く違う 教育には金がかかる 富裕層の親たちは 子供に最高の教育を施そうと 学校の選択はもちろん 幼児教育の段階から高価な課外授業を買い与える それに対して農村の子供たちは幼稚園に通う機会すらない かつて 知識が運命を変える として 農村の子供たちは必死に勉強した しかしいまや 必死に勉強しても 貧富の差から生ずる教育格差は埋めようが無く むしろ広がるばかり 知識は人の資質の基本的な部分にあるものだけに 根が深い 上記の 微博 が大きな反響を呼んでいるように 中国でもこの問題に真剣に取り組むべきだと考える人々が増えている 教育の相対的なレベルアップに取り組む 教育集団 についてレポートする 教育集団とは ( 杭州市 ) 杭州の街を歩くと 学校の門の横に 学校名と並んで 教育集団 という看板が掛かっているのを目にする 学校だけに 教育の集団 という響きは別にどうということもない自然なつながりだが この 教育集団 が杭州の公立学校界で誕生したのはここ 10 年ほどのこと 実はこの 教育集団化 こそが 杭州方式 と呼ばれる全国の注目を集めた教育改革プランなのだ 教育集団化政策の背景中国の教育では 小中学校 9 年間は義務教育 公立小学校は住んでいる場所で学区が振り分けられる 試験による選抜はなし ここまでは日本と同じだ だが 中国のすごいところは 住んでいる場所で学区が振り分けられ入学試験も無い 学校同士で 明確なレベルの差 名門学校とそうではない学校が存在する という点だ
生まれた土地で教育に格差が生じる 親にある程度の経済力があれば 転居 コネ 裏口 賛助費 といった手段で解決できるかもしれない 因みにこれら 学校選択 のために掛かる費用を 択校費 という しかし 全ての人が潤沢な 択校費 を準備できるわけではない この 貧富の差が教育に及ぶというあたり 実に理不尽だ さらに いわゆる教育水準の高い 良い学校 = 名校 が多くの場合 街の中心部にあり レベルの低い学校 が郊外や農村にある というのがやるせない 公立学校における教員の人事異動制度もなく 学校間の流動性が無い状況で この格差の溝は 絶望的に埋めようが無いように見える 教育集団化 の登場この 教育の不均衡 不公平 を解決するために 新しい切り口で始まったのが 名校教育集団化戦略 である 即ち 良い学校 (= 名校 ) によってその他の学校を牽引する形で 全ての学校を 良い学校 にしてしまおう という発想である 例えば 良い学校 と そうでない学校 を均す形での単純な平準化は 良い学校 側の強烈な反発が予想される しかし 良い学校 がその身を削られるのではなく その勢力を 拡大 していくというのならばどうか つまりこういうことだ 政府出資の新校については設立に際し固有の名前を付けず 核となる学校を中心とする教育集団の新校区としてスタートする等 新しく郊外等に設定する学校やレベルの低い学校 立ち遅れた学校等を 良い学校 の傘下に置いてグループ化 (= 教育集団化 ) する その上で 核となる 良い学校 の教育技術 経営方法 教員資源等を注入 実践する 名校 ( 良い学校 ) はますます名を上げ 傘下に加わった学校は 名校 の エレベーター に乗って 坂道を登る 苦労を省き スムーズに教育水準の底上げを図ることができる まさにウィンウィンの方法というわけだ 浙江省杭州市における教育集団化中国全土において 公立小学校の 教育集団化 のさきがけとなったのは杭州市西湖区にある 求是小学校 ( 浙江大学付属小学校 ) を核とした 求是教育集団 である 1999 年 杭州市城西区に新規に開校する競舟小学校の学校運営を名門 求是小学 が行うことが決定 これが名門校を中心に据えた教育均衡化のための実験的な取組みの始まりである 最初の取組みは純粋に学校の自発的なものであった さらに 2001 年の星洲小学校の管理 運営も開始 これは市当局からの依頼による そして 2002 年 10 月 浙江省初の公立義務教育機関に係る教育集団である 求是教育集団 が誕生 この動きはさらに他の学校へも拡大していく 浙江大学付属小学校 ( 求是教育集団 )
教育集団化 の拡大これらの動きは新しい教育均衡化への取組として各界の反響を呼んだ もともと核に据える学校が持っているノウハウや教育システムを利用するため 改革に要する経費は最小限で済み リスクも少なくてすむ つまり政府にとって非常にやりやすい 杭州市政府はこの結果を重視し 2004 年 9 月 2 日 中央杭州市委弁公庁 杭州市人民政府弁公庁関于進一歩推進基礎教育改革和発展的若干意見 ( 基礎教育改革と発展のさらなる推進に関する若干の意見 ) を発表 教育集団方式による教育均衡化等を目的とした 名校教育集団戦略 が打ち出された さらに 2006 年 中央杭州市委弁公庁 杭州市人民政府弁公庁中小学校名航集団化戦略に係る若干の意見 で 教育集団化モデルの多元化 ( 名校 + 新校 名校 + 民営企業 名校 + 弱校 名校 + 農校 ) と 内容の拡大が進められ 2007 年には 2 年に 1 度の評価制度 ( 杭州市名校集団 ( 互助共同体 ) 考核評価方法 ( 試行 ) ) が始まり 制度が整えられていく また 2007 年 中共杭州市委杭州市人民政府名校集団化戦略の更なる推進にかかる意見 には義務教育前の幼児教育機関にかかる教育集団化が掲げられているなど 教育集団化政策が多層的に拡大していることがわかる 教育集団化戦略にかかる課題 教育集団化戦略 が始まって 8 年 杭州市で 2004 年に 28 箇所であった教育集団は 2010 年時点で 152 箇所へ増加 杭州市の旧 6 区 ( 現 8 区のうち粛山区と余杭区を除く ) にある小中学校の名校集団化の参与率は約 3 分の 2 に 幼児教育の名園集団化率は約 3 分の 1 に達している (2010 年 12 月 7 日杭州市人民政府 ) 一方でこの戦略をめぐって 核となる学校自身のレベル低下 集団内学校間の格差 等 様々な課題が議論されている これらの状況について 教育集団化の先駆校 求是教育集団 の現総校長 鄭氏にお話しを伺う機会を得た 報道等で提起されている情報とともに その内容を記載する 薄まる? 牛乳 教育集団化 の推進政策によりまず懸念されるのは リーダーとなる名校への影響である 本校である 名校 の教育が手薄になりはしないか 管理が相対的に粗雑になりはしないか 下属する学校で本校と同じカリキュラムや教育手法を実施するためには 核となる教員の派遣が必要となり 同時に管理範囲自体が拡大する 中国の報道では 牛乳が薄められてしまわないか という表現が使われている 優良校の増加に必要なのは優良な教育を実施することができる教員の増加である また 管理する立場の優秀な校長の育成 確保も欠かせない 杭州市は教育集団化戦略を打ち出して以降 校長 教員の育成にかかる財政面等のバックアップを掲げている 求是教育集団の鄭総校長は職員の育成について 求是教育集団では 毎週月曜日に教員が集まってディスカッション行う学習会を開催している他 読書会等 積極的に知識を得るとともに相互に交流する時間を設けている その他 様々な教育科学研究 教育活動を通じて 短期間で教員の質の向上を図っている あくまで 牛乳 は薄まるのではなく 濃いまま そしてさまざまな味つけになるのだと胸を張る 管理能力の限界は? 求是教育集団は 2012 年 9 月から杭州市留下鎮に新校を開校する 求是教育集団傘下の第 4 の学校である しかし鄭総校長は 4 校までは問題ないが このまま運営する学
校を単純に増やしていってはいずれ限界が来る と 核心校 1 校で管理可能な学校には量的な限界があると考えている 鄭総校長が新たな管理方法として検討しているのが ピラミッド型 の管理だ 権限の分割を行い 求是小学校の下に数個の下属校 さらにそれぞれに下属する学校がピラミッドのように連なる方式により 上から下まで 求是 の思想を貫くと同時に 各所属が一定の自立をし 円滑な学校運営を可能にする 現在イントラネットを整備し 情報共有 連絡の省力化を図るとともに 数値化による科学的な管理 さらに組織内の権限移譲を進め 運営の円滑化 決裁の簡素化を進めているという 求是教育集団に限らず 名校集団化が進行すると 組織の拡大に伴い 管理能力の課題が生じてくる 引き続き優良教育の普及を図るためには 校長 教師等の 資源 だけでなく 管理制度 システムを含めた核となる 名校 自体の増加が必須となってくる 杭州市は 2007 年 名校集団化戦略を更なる推進にかかる意見 の中で 集団の中で 新しく核となる学校 を育成し 双核集団 の状態に発展 ゆくゆくは新しい 核心校 が集団を離れ 新しい名校集団をつくる という制度を掲げている いずれにせよ 優れた教育の拡大には 現在 下属 している学校自体がその状況に甘んじることなく 自覚を持ち自立していく意識が求められている 教育集団内の格差は? 教育集団の中にある核心校と下属校 以前から集団内に与している学校と新参の学校の間で 教育集団化の進行に伴い 内部格差は生じていないのだろうか どうやって教育集団内の均衡を図っているのだろうか 求是教育集団状況について 鄭総校長は先に述べた管理体制の整備に加え 集団全体を貫く 求是文化 ( 求真 ( 改革 ( 創新 ) 科学 奮闘 )) の浸透 300 項目に及ぶ業務の統一基準の設定による標準化管理 科学的な成果考査制度 人事評価制度を挙げた さらに教員の研修活動 児童のスポーツ活動等のイベントは集団内の全学校でともに取り組み また 教員等の管理には心のケアに目を配り 組織内の関係が和やかになる様 人間性を重視した管理をしているという 集団内の学校で教員の異動も多くはないが実施している 杭州市は 2007 年 名校集団化戦略を更なる推進にかかる意見 において 集団内におけるレベルの均衡化等を目的に 集団内の教員の流動 交流制度を掲げている 集団内の学校の均衡した発展を促し 教員 校長の育成とともに 核となる学校の影響力を強めるというものである 内部格差の問題は名校集団化策の根幹に関わる 中で格差が生じては 教育集団化した意味がないからだ 今後もっとも留意して進めていかねばならない問題の一つである 最後に優良教育の普及により 自宅の門前で 都市部の名校本校と同内容 同レベルの教育を受けることが可能になる というのは紛れもなく多くの子供たちにとって大いなる福音である また同時に 良い学校の拡大は求是教育集団の 成果 としても挙がっていたが 地域の経済活性を促す 具体的には地域の不動産価格の上昇等を意味している つまりある程度意図的なものでもあるのだが 名校の拡大が新たな 学区房 を生み 名校集団化促進の動力となっているのも事実なのである これは名校がまだまだ普及していない状況では利用せざるを得ないことでもある
名校集団化 への流れは 今後もしばらくは継続されることだろう 競って求めなくてもよいレベルで 高いレベルの教育を実施できる学校の数が揃わなくては この 名校集団化 は目的を達成できない 教育の課題は終わりのない課題である ( 参考 ) 求是教育集団の状況 (2011 年 10 月 ) 1 浙江大学附属小学校 2 求是 ( 競舟 ) 小学 3 求是 ( 星洲 ) 小学 生徒数 1,418 1,120 1,439 クラス数 30 24 30 1 クラス当りの人数 47.3 46.7 47.9 教師数 86(80) 78(74) 79(76) () 内の人数は産休等の職員を除いた実勤務数 沿革 1957 年求是村小学 ( 現 浙江大学付属小学校 ) 設立 1999 年競舟路小学校設立 ( 現 求是 ( 競舟 ) 小学 ) 浙江大学付属小学校が管理 運営実施 2001 年紫荊花路小学 ( 現 求是 ( 星洲 ) 小学 ) 設立 浙江大学付属小学校が管理 運営実施 2002 年 12 月 8 日 杭州求是教育集団 成立 2004 年杭州市が 基礎教育改革と発展のさらなる推進に関する若干の意見 を発表 名校集団化戦略の全面的な推進を開始 静岡県企画広報部地域外交局地域外交課主査加納理子