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Chapter 1 HPV 感染と子宮頸癌 はじめに HPV(human papillomavirus) 感染の多くは無症候, あるいは, 自然に消退するものであるが, 子宮頸部に持続感染した場合に子宮頸がんを引き起こす 1,2). また,HPV は子宮頸癌の他に, 肛門癌, 性器癌, 頭頸部癌, 性器ならびに喉頭の疣贅を男女ともに引き起こす. ほぼ全ての子宮頸癌への発生にハイリスク HPV の子宮頸部感染が必須であることが広く認められるようになり, 子宮頸癌の成り立ちの理解には大きな変化がみられている 3). また, これまでの子宮頸がん予防は二次予防である検診によって行われてきたが,HPV 感染を予防するワクチンが登場し, 一次予防が現実のものとなった. 1 HPV と子宮頸癌 HPV は上皮 ( 皮膚および粘膜 ) に感染する DNA ウイルスである. 現在,HPV には 100 以上の型があるが, これは発見順に番号がつけられている 4). 発生学的な系統樹を図 1 に示す. 性器粘膜に感染する HPV は, 癌との関連の程度に従って ハイリスク と ローリスク に分けられている 6).13 種あるいは 15 種のハイリスク型 HPV が子宮頸癌やその他の性器肛門癌の発がん因子になる 7,8). ハイリスク型に分類されるのは 16,18,31,33,35,39,45,51,52, 56,58,59,68,69,73 および 82 型で, 軽度および高度の子宮頸部ならびに性器肛門癌前 図 1 HPV の発生系統樹 1 HPV と子宮頸癌 1

駆病変を引き起こし, その一部が癌に至る. 疫学的 ウイルス学的な研究に基づくと, ハイリスク HPV が原因となるのは子宮頸癌症例のほぼ 100%, 肛門癌症例の約 90%, 外陰, 腟, 陰茎癌の 50% と見積もられている. また, 最低でも咽頭癌の 12%, 口腔癌の 3%, 中咽頭癌の 30 60% も HPV によるものである 9). 子宮頸癌に最も関与の強い HPV が 16 型と 18 型である. 世界中の子宮頸癌, 上皮内癌, 上皮内腺癌の約 70% が 16 型および 18 型によるものである. また,CIN(cervical intraepithelial neoplasia)2 の約 50% の原因になっている. そして, 頻度の高い上位 8 つの型 (HPV16,18,45,31,33,52,58,35) が子宮頸癌症例のおよそ 90% を占めている 10).HPV16 および 18 以外の型の頻度は高くなく, いずれも 5% 以下である. これらの 8 タイプは世界のいずれの地域においても同様の傾向である. 一方, ローリスク型 HPV(6 型や 11 型など ) の感染では, 良性または軽度の子宮頸部細胞変化, 性器疣贅, 再発性呼吸器乳頭腫などが生じることがある. ローリスク型 HPV が癌を引き起こすことは非常に稀である. 2 HPV 感染の自然史と発癌過程 大多数の HPV 感染は一過性で症状を伴わず, 臨床的な問題には至らない. 新規 HPV 感染の 70% が 1 年以内に消失し, 約 90% が 2 年以内に消失する 11).HPV 感染は最初, 上皮の基底細胞層のみに感染する. ほとんどの子宮頸部における HPV 感染は無症候性で, 治療することなしに自然に消退する. 新規感染の持続期間中央値は 8 カ月である.HPV は感染しやすく, ほとんどの男性および女性が生涯のうちに感染するありふれたものである. とくに, 感染のリスクは性行動を始めた後の思春期から成人若年期に最も多いが 12,13), その多くが消失することが重要である.12 カ月を超える持続感染は, がんのリスクが増加する. 子宮頸癌前駆病変および浸潤子宮頸癌の危険因子で最も重要なのはハイリスク型 HPV の持続感染である 14). 感染の持続および前癌病変への進行のリスクは HPV の型によって異なり,HPV16 型は他のハイリスク型 HPV に比べて発癌性が高い 15).HPV への初回感染から子宮頸癌発生までの期間は, 通常, 数年 数十年である. HPV はほとんどが性行為で感染するが, 感染には必ずしも penetrative sex が必要なわけではない. 皮膚 ( あるいは粘膜 ) と皮膚 ( たとえば, 陰茎と外陰の接触 ) でも感染することが知られている.HPV 感染の後に子宮頸癌まで進行するための関連因子には免疫学的因子のほかに, 多産, 早い初産, 喫煙なども加えられている 16). しかし, これらは必ずしも強固な因果関係はもっておらず,HPV 感染のみがほとんどの子宮頸癌にとって唯一の必要条件である.HIV 感染も HPV 感染のリスクファクターであり,HIV 感染者は HPV 関連の子宮頸癌や肛門癌に罹患するリスクが増加する. HPV 感染と sexual partner の関係の検討では, 生涯に複数の partner をもつ女性は,1 人の partner しかもたなかった女性に比べて,HPV 感染の頻度が高いが, 必ずしも子宮頸癌に進行するとは限らない.HPV 感染から子宮頸癌に進行する頻度は 1/100 1000 程度であり,HPV 感染とコンドーム使用についての検討では, コンドームを使用する人々に HPV 感染が低くなると 2 Chapter 1. HPV 感染と子宮頸癌

いう結論は得られていない 男性における HPV に関する疫学的な研究は女性におけるものより非常に少ない その主な理 由は 男性においては子宮頸がん検診のようながんの自然史を探るためのデータが乏しいからで ある 男性同性愛者においては HPV 関連肛門癌の増加がみられている また 最近 欧米に おいて HPV 関連頭頸部癌の増加が報告されているが女性より男性が多い 3 HPV の生物学 HPV は エンベロープをもたない二本鎖 DNA ウイルスで パピローマウイルス科に属する HPV 型はゲノムの特定領域のヌクレオチド配列に基づいて割り当てられる いずれの型の HPV も 主要カプシド蛋白 L1 と微量カプシド蛋白 L2 からなるカプシド殻の内部に 8 kb の環状ゲノ ムをもつ 図 2 これらの構造遺伝子 L1 および L2 以外にも ゲノムは ウイルスの転写 複製を可能にして宿主ゲノムと相互に作用するいくつかの初期遺伝子 E1 E2 E4 E5 E6 および E7 をコードしている 図 3 ハイリスク型 HPV の E6 遺伝子および E7 遺伝子には不 死化機能と形質転換機能が備わっている ハイリスク型 HPV の E6 および E7 蛋白は 主要なが ん蛋白であり 細胞周期調節因子を操作して染色体異常を誘発し アポトーシスを阻害する 子宮頸部の扁平 円柱上皮境界領域にある予備細胞は幹細胞として multi-potential な機能を 有しており これを起源として化生細胞を経て扁平上皮にも円柱上皮にも分化することが古くか ら提唱され定説となっている HPV の発癌メカニズムはその定説に新たな知見を積み重ね 従 来の pathogenesis を裏打ちした 性行為や他の非特異的な原因による非常に微細な上皮の損傷 部位から HPV が予備細胞または基底細胞に感染する 多くの細胞においては変化をきたさない まま細胞性免疫によって HPV が除去される 一方 一部の HPV 感染細胞においては宿主細胞が 基底細胞から傍基底細胞 中層細胞 表層細胞と分化するに従い HPV の特異的遺伝子領域が 発現する すなわち 基底細胞から中層細胞までは E6 および E7 といわれる初期遺伝子領域が 増幅され 表層細胞では L1 および L2 の後期遺伝子領域が発現する E6 および E7 は癌遺伝子 L1 蛋白 5 量体 L2 蛋白 環状 DNA 図2 HPV の構造遺伝子とカプシド蛋白 3 HPV の生物学 3

図 3 HPV の遺伝子構造 としての性格を有し, それぞれ, 癌抑制遺伝子 p53 および Rb の発現蛋白に結合しその機能を不活化する. また, テロメラーゼの機能を賦活化する. その結果,HPV 感染細胞では癌化への契機となる変異遺伝子を有する細胞をみつけ, 修復し, あるいは不死化する機能が損なわれるので, ブレーキ の壊れた細胞が増殖の道を暴走することになる.L1 および L2 遺伝子は HPV の蛋白質の殻をコードしている. 金平糖のような形態をとる HPV の表面蛋白質を L1 が, 凹みの部分の蛋白質を L2 が発現している. これら L1 L2 遺伝子の発現によりウイルス粒子は完成し, 子宮頸部表層細胞で HPV は次の感染機会を待つこととなる. HPV の子宮頸部病変細胞内の存在様式には 2 つの種類がある. すなわち, 上記のような HPV の感染からウイルス粒子感染までのいわゆる 感染 の様式をとる episomal と, ヒトの遺伝子の中に 組み込み が行われた様式の integrated である. 前者は HPV の 一過性感染 であり, ウイルスはヒト細胞核内で自身の遺伝子フルサイズをコピーし, 自己の遺伝子の種の保存と複製をはかるが, いずれヒト細胞から除去される. 一方, 後者では 5 10 年以上の長期間の 持続感染 を経て形態変化をきたした異型細胞は高度異形成から上皮内癌, 浸潤癌に進行する. この場合は,HPV の遺伝子は核内にフルサイズでは存在しておらず, 前述の E6,E7 のみがフラグメントとして存在し, 癌遺伝子としての機能を発揮している. しかし,HPV のウイルスとしての自己複製はできず, もはやヒト癌細胞の中で断片が存在するのみである. HPV 感染は cytolytic ではなく, 局所の炎症も引き起こさないので免疫反応に大きな影響を与えない.HPV の自然感染では 50 60% の女性だけが抗体価の上昇があるにすぎず, その程度も低い. 自然感染後の, 抗体産生が十分でなく, 同じ HPV 型への感染も起こると考えられている. 4 Chapter 1. HPV 感染と子宮頸癌

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